ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

このはげ!

「なんかクサイわよ」魔子様が言う
魔子様は匂いに敏感である。
ちなみに隔週月曜日は、”瓶缶”の日である。(盛岡市山岸地区!関係ないが…!)

魔子様は、腐っているかどうか?は匂いを嗅ぐ
それでもわからないのは、嘗めてみる

小生の場合は、食べてから腹の調子で判断する。
別に何を食べても変化がないので、あまりあてにならない。
多分、学生時代の貧乏生活(なんでも口に入れて身体の肥やしにした)の精神の習慣である(?)

その敏感な魔子様が、クサイというのだから

クサイのだろう?
どんなクサさ?
「馬鹿くさい」「アホくさい」「焦げくさい」と三択の問題です

最近(?)燻製醤油というのが出始めた。
冷奴に垂らすと、香ばしいような…焦げたような…
液体を燻製して、香りがつくのかどうか疑問だが…
なんとなく芳しい薫りがして、愛飲している。
コレはコレで値段がまちまちで、”高ければ良い”というものでもない。
安くて美味しいのは…
話が飛んだ

 

その「焦げクサイ」匂いが、朝の厨房に漂ったと言う
周りを見渡した。
そう言えば…圧力釜が変だ?
確か、シュルシュルと錘が回ってから20分弱火にしたはずなのに…
なんだか1時間ぐらい弱火にして…
おまけに圧力ピンが下がっている?
この状態が理解不能だ。

圧力ピンが下がっているということは、蓋を開けてもいいということだから

開けてみた

今日の玄米ご飯用の釜である
一日に圧力釜で二釜炊く。
玄米ご飯用と、玄米おにぎり用である。
その玄米ご飯用が焦げた

焦げは時々できるが、今回の焦げは水分がなくなって全体に焦げた状態である

被害がひどい。これは修復できない。

「全くこのハゲ!」

(特定の人の外観を中傷するものではありません)
と秘書を怒鳴りつけたい。

 

間違い

「全くこの焦げ!」

とオカマを怒鳴りつけたい。

玄米ご飯は48時間低温で浸漬してから、沸騰まで14分、弱火で22分、蒸らしで33分。
合計49.48時間(計算ができない)の労作である。
そうたやすく修復できない。

と言っておにぎり用の玄米は最初から塩が混入されている。
代替品にならない

困った。

しかし、冷静に考えて何故この現象が起きたのか?
その反省がないと、また同じことを繰り返す。

といってその時のことを思い出しても…
不可思議な状況である
弱火の状態で圧力ピンが下がっている
これは長時間の弱火で、できるような状態ではない。

う〜んわからん!

後ろから秘書を蹴り倒したい気分だ!

塩むすび

こんなチラシを見た

しかし、こんな表もある。

年齢調整受療率

 

つまり脳卒中の死亡率は全国一位だが…
脳卒中の原因とおもわれる高血圧で治療している人の値は全国11番目だ。ということと理解する

脳疾患は、倒れたときに病院にすぐ駆け込めば血圧を下げるだけで後遺症も残らず、治療できるという。
つまり倒れたときに

過疎化の一人暮らしで周りに人いないので気づかなかった。
何が何だかわからないので、少し様子を見ていた
救急車がではらって、なかなかこない
田舎なので病院まで時間がかかった。
医者が少なくて他の患者にかかりきりだった。

大病院は救急患者が多くて、対応ができなかった
そんな諸々で死亡率が高くなるのである。

摂取する塩分が、すべての原因では無いのではないか?
岩手は広大な面積のわりあいに病院が遠いのである。

塩は、身体に必要なものだから美味しいのである。
玄米も日常では良いが…

漬物は岩手の大事な食文化だ!
死ぬ前に食べたい!
いや!いつも食べたい!

塩辛い胡瓜の古漬けと、ホカホカの白米塩むすびを…

 

追伸!

塩を持った枡でモッキリをやっつけたい(願望)

さんさの弁当?

弁当の注文を一日一件にしぼっている。
どうしても朝定食とランチの準備の間に、弁当の製造は大量にはできない。

何軒も、弁当の注文を取っているところが不思議だ。
なぜなら昼食用の弁当は、時間が限られているからである。
早めに配達に行っても、まさか9時〜10時に昼食用弁当配達でもあるまい
こんな暑いときに、クーラーの聞いた部屋においてくれればいいが
無造作に、その辺に置かれ日には目も当てられない

そうなると、早くても11時前後
遅くなっても、1時半までぐらいだろう
二時間半の間に、どれだけ配達して回れるか…
都会なら良い
盛岡の場合は、南北20kmぐらいの距離がある。
大阪でいえば、梅田から阪神高速で芦屋へ行くような距離である。
東京でいえば、東京から横浜を首都高で配達して回るのである。

だから一日一件と、基本を決めている
しかし、どうしても注文を受けないといけない場合がある
それは、お得意さんである。
しょっちゅう注文をくれるところから電話があると断りづらい
それを契機に、他に流れる可能性がある
また個数が少なくて、まだ製造余力がある場合は、やはり売上は欲しい
そういうときは、配達場所が同じ方向なら(希望時間帯に配達できるなら…)受ける

しかし、今回は違った。
盛岡の北と南である。距離はそれこそ20kmはあった。
最初に注文をもらったのは12時15分の盛岡の南だった。
そのあと、急に飛び込んできたおなじみさんからの注文が11時半に盛岡の北だった。
45分の間に移動するのは難しい距離である。
しかし、真夏に車内で弁当を温めて走るのも問題だ。
やはり別々に配送しなければ…

そこで店に弁当を冷ましておいて

配達時間を少しずらして、なんとか対応したが
何かトラブルがあればすべてが狂う。
一日二軒は、受けるものではない。

しかし、盛岡はさんさ踊り真っ最中。
「さんさのランチは、客が入らない」と得意先のシェフが言う
店に客が入らなければ…弁当で稼ぐしか無い(泣)

 

 

吠えるライオン

熊本大学名誉教授徳野貞雄が、来た。
「文学部の農学者」という異名を持ち、
社会学の学会では、スター教授だという。
農村問題と言うと、テレビに呼び出される

体型と顔から判断すると「教授」というよりも、「吠えるライオン」という感じだ。(内緒だ)
彼に吠えられたことがある。
最初は17〜8年前である。

2000年の20世紀最後の全国合鴨フォーラムを岩手で…と言うときだった。
合鴨フォーラムの全国代表であった鹿児島大学の萬田教授に依頼され、
それ以前は、村の公民館を使い、農家に民泊などをして、全国大会を小さな地域の大きなイベントとして続けてきたのである。
そして、その方式を岩手で…と考えたときに…
あまりにも広すぎる県土に、点在する合鴨農家。
全国から客を迎えるのに間違いが有ると、一泊二日の日程では取り戻しようがない。
打ち合わせをする実行委員会を開くにしても、みんなが集まった十分な打ち合わせもできない
そんなことのなかで、繋温泉の大きなホテルでプロの応援を借りて、なんとか開催することができた。
そのときに全国フォーラムの理事をやっていたのが、徳野貞雄教授だった。
開催前に事務局長を勤めた武田哲と、二人で説教を受けたのである。
「合鴨フォーラムの趣旨をゆがめた」と言って!

あの調子だから神妙に聞くしか無い。
(テレビにでたときに見て欲しい。口角泡を飛ばし、髭面の顔が総毛だって、眼鏡の奥の目ン玉が煌々とひかる。ド迫力)
大会が終わって講評のときには「大変、良かった」と感激するぐらいに褒めてくれたのだが…
そんな出会いがあって、あちこちn全国大会で何回か挨拶をする仲になったが…

 

今回は有機農業研究会と農民大学の招請で岩手に来たという
県立大の三須田先生が連れてきてくれた。

 

徳野教授の専門は農村社会学である。
農村問題を得意としている。
農村が抱えている問題は、街も抱えている問題である。

農村から若者が飛び出して後継者難で、農村が維持できない。
それを国は農業問題としているから、機械化や大規模化、移民などの対応を打とうとしているが
農村問題であり、人や家族の問題であることを、彼は強く主張している。

街も一緒である。
若い人が仕事がないからと言って、都会へ都会へとでていく。
高齢化した地方都市は、介護施設ばかりがふえ、
そこへ大規模スーバーがやってきて零細企業の小売業をつぶし
おまけに生鮮野菜の流通も産直が増えて市場流通が青息吐息になっている。
障害者や、車を持っていない人、高齢者などの買い物困難者が増えて、街のコミュニティも破壊されている
何と言っても、岩手の生鮮野菜の旬は4ヶ月しか無いのである。
その旬のときに農家が街へどんどん進出してくるのは、良いことなのか…

ヤニだらけの口の中から飛び出てくるツバキを顔に受けながら、そんな問いかけをした。

彼は、静かに考えた…
それは総合で考えなければ…思想として…

魔の7月

7月が本日で終わりだ。
7月は、いつも悩む。

売上が思うとおりにいかないのである。
7月は岩手の夏野菜の旬の始まりである。
野菜の種類は豊富に揃っている。
それで、いつも期待するのだが…

その原因がわかったのは…(原因だろうと、おもわれることが…)
店を開いてから4〜5年経った頃だろ〜

要するに岩手の旬は、農家だけでなく
家庭菜園にも来るのである。

5月は一番売上が上がる
その時期の売上の構成は、山菜と苗や種である。
その苗や種が7月に収穫時期を迎えるのである。

産直を始めた当初、ラジオの生放送が何度も取材にきた。
当時、街中の産直は珍しかったし、近くなので手軽に来てくれた。
5月に某IBCのラジオ番組が来たときに、
人気アナウンサーの大塚富雄アナにスタジオから聞かれた
「そんなに苗を売って、大丈夫なのですか?」と言う、
一瞬、言葉に詰まったことを思い出す。
”そうだ売上が…“

 

果菜類は多くの人が植えたい品種だろう
目に見える形で収穫できるのである
トマト・ナス・胡瓜
そしてオクラなどは、きれいな花が咲く

その果菜類は栽培が難しい。と多くの人が想っている
難しいのである。
難しいのは、取り続けることが難しいのである。
最初は、みんな生る。それから次に生らせる技がある。
そして病気が始まる。

7月は多くの家庭菜園で収穫できるが、8月になると収穫できなくなる
プロの農家は、それを乗り越えて(と言っても農薬散布だが…)9月10月と取り続ける

また7月の出始めは、みんな農家は売れてほしいから安値競争に走る。
つまり100均の八百屋になるのである。売上金額が上がらない
そして農家も取れ初めのおすそ分けで、親戚や田植えで手伝ってくれた人に、ただで配るのである。

先日も「5反歩ほどキャベツを作ったのだけど置いて欲しい」という定年帰農のひとがやってきた。
5反歩のキャベツは、だいたい2万個ぐらいだから…
つまり当店でも売りきれない数なのである
「今まで。どうしてたの?」と聞くと
「面積が少なかったから… 今年は、学校へ行って勉強してきたので…」
「昨年までは、ご近所に配って歩いたが… 今年は配りきれない」

本当に商売の邪魔をしているようなものだ。

だから7月は売上が上がらないのである。
しかし、売上が上がらない正当な理由があっても金融機関は許してくれない。

魔の7月が終わろうとしている。
これから苦難の8月が始まる(?)

川の流れ

あちこちで大雨の被害が続く
大雨が降るのは、アタリマエのことと思う
今までの歴史上、最大の大雨などという記述は無い
たかが100年ぐらいの気象観測では、何千年前の実態を予想するのも難しい

なぜ被害が大きくなるのか…
素人が考えてみた

まず被害と言うのは、人間が作ったものや利用したものが破壊されること(使えなくなること)である
そもそも大昔は、人間が作ったものなど殆どなかった。
自然のまえに畏怖するだけで、被害に合わなかった、
そして被害に合わないだろうと思わるところに人工の建造物(?)を作った。
多分高台に…

食糧を採取時代、人間は、もともと高い尾根を移動して歩いたと言う
栽培という農耕を知った人間は
安易に食糧を得よう(悪知恵が働いて…)と栽培を初めて、水辺に移り住んできた
度々、洪水や津波にあって徐々に高台に戻されてきた。
しかし、忘れる動物である人間は、再び水辺に戻ってきた。
しかし、山から水を利用して木材を運び、建造物を作ってきた人間は、
山を、とことん利用してきた。
暖房(薪・炭)・エネルギー(製塩。製鉄)・建設資材・枕木
それが石油や科学技術の発展に伴い利用価値が少なくなってきた。

 

その山が荒れている
朽ちた木・台風の倒木が禿山から滑り落ちるように川に流れ込む。
手がかけられない捨て間伐材…
それだけでないだろう、河川にすてるゴミなどが流れてくる

山をとことん利用しているうちは良いのだが…
山の価値がなくなった(木材の下落)とたん、朽ちた木や捨て間伐、が溜まってきた。
東日本大震災のあと、山菜採りに行った人が言う
「倒れている木を乗り越えて、山菜を取りに行く体力がない」
倒木だらけで山が荒れていたと言う。それを、出したという形跡もない。
登山道は整備しただろうが、山の中は倒れた木が折り重なっている

それに河畔林が、殆ど消えた。
むかしは、土手の代わりに河畔林がある風景があった。
河原に木が、生えているのである。
そこへ、流木が引っかかった。
その河畔林は、水を流すの邪魔だと法律で伐採するようになったと言う

水が直線的に流れていく。
河川工学では、水底もコンクリで固め。直線で一気に海に流すと言う近代的水の流れが主流だという
戦国時代の河川管理は、曲線の流れや、石であちこちに流れをぶつけ、流れる速度遅くしたと言う

また橋は丈夫なコンクリで固めて作られた橋である。
昔は土橋や木橋で、流れてきたものを絡んで一緒に流れたという
そこには自然には逆らえないと言う思想があった。

近代科学は自然を克服しようという思想が見え隠れする。

 

台風10号の被害にあった人は言う
「橋に木が引っかかって、両側から水が溢れ、あっという間に水浸しになった」

追伸

岩手大学演習林の山本准教授によると

「今回の流木被害は、流木に根がついていることから根こそぎ土砂崩れの状態で流れて行った。杉だから、広葉樹だから、根が浅い、深いと言うのは関係がない。」と森林総合研究所が発表した。。

文中に憶測で書いた部分がありますので訂正します。

夏バテ

友人が店を閉めた。
街中のビルの一階。一等地だ。
前の店が閉店してから、リニューアルした店だが…
三年持たなかった。

飲食業は、立地が第一と言う。
当店のように郊外型で団地が直ぐ側に有るが…

歩いてくるには遠い。
車で来るほどではない。
と言っても、自転車は坂道がきつい

と言う条件は、店周辺の人にとっては出かけにくい

「賑やかな街のビルの一階」に…と思っても、多分競争相手が多いだろう
ましてランチタイムは、一気だ。
友人の店もランチに70人が食べに来るという
1時間の間に、集中して対応しないといけない。
従業員の数がいる。数だけでなく慣れた人でないと…
人件費はかかり、コスト競争が激しい。
ランチは売上で、利益は夜に…と思っていたら、夜はガラガラだという
都会と違って地方は、みな通勤は車だ。
ノミュニケーションで「ちょっと一杯」と言う人は少ない。

このまえ盛岡駅が、リニューアルオープンした。
駅のリニューアルではなく、駅ビルのリニューアルである。
「ちょいのみ」の店が、数多くできたという。
駅からバスで帰る人。駅から電車で帰る人。待ち合わせの人。観光客…ビジネスマン…
そんな人が結構いるようだ。
街中よりも駅周辺というのも、酒を呑ませる店の立地にはおもしろそうだ

 

しかし、夏場は客が入らない。
いったい何を食べているのだ!
みんな家でソーメンを、すすっているのか?

そうしたら日本人は夏場の基礎代謝量が落ちるという。
冬が上がり、比べて夏は8%ダウンするという。
基礎代謝が減っているのに「夏こそ栄養を!と言う食べ方」は夏ブトリの原因です。
道理で「夏痩せ」とか「食欲の秋」とかいう言葉が言い伝えられる。

夏は食欲が減って当たり前、
売上が8%ダウンするのは当たり前だ!と言うのは乱暴か…
もっとも8%以上ダウンするのだが…

 

こびる食堂からの連絡
だし定食はじめました。
するする、するすると、ご飯が入ります。
夏バテ防止に、夏野菜をたっぷりと食べましょう。
夏を乗り切るために…(?)

 

花椰菜

花椰菜が余った。
花椰菜である。英語ではカリフラワーと言う

さてこれをどう利用しようか…

毎日毎日残った野菜の処理を考える
基本的には食べられる部分を残して様々な調理に利用するのだが…

八百屋の場合は、多種で家庭に比べて一個一個の量が結構多い
コレが農家なら一種類で量が多い。
農家の場合は、大量に漬け込んで古漬けなのだが…
八百屋の場合は、古漬けなら桶を置いておく場所がない

知人の八百屋は、いつも白菜はキムチ漬けか…
胡瓜は辛子漬けだ。
チョロチョロ残ったのは自分の家で食べる
だからエンゲル係数が低くなる(?)

産直場合は大変である。

自分たちの産直は、持ち込んだ人が引き取るから良いが
と言っても。在庫を引き取って持ち帰るのは面倒くさいから
店の外で、納品にやってきた生産者と物々交換である。

一番困るのは小生の様はところである。
委託と仕入と二種類あると、仕入れた分はもったいないからなんとか商品化しないとロスになる。
また委託でも、のこった商品は生産者が「お店で使ってくれ!」と言う。

他に利用できるものなら良いが…
カリフラワーだ
英語の名前は良いが…
和名では仮の花か?

しかたないのでちょっと湯がいて、極辛のカレー粉をまぶした。

う〜んいける
カレーの辛さと、サクサクの食感がいい感じだ。

売れないか…
売れるか…
とりあえずこびる食堂で食べさせてみよう

 

ボカシ肥

発酵研究会が設立された。
発酵は、小生のライフワークだ。

何と言っても一生飲み続けている酒は、発酵のタマモノである。
「酒なくて何が己の命ぞや!」と宮沢賢治が唄ったと言う(フェイクニュースである)

酒だけではない。
あの好きで、たまらない納豆
オリジナルで二種類も作って、製造販売している
それだけではない、あの豆蔵(豆味噌)だ!
ようやく日の目を見て、追加、追加で年間安定供給販売ができた。
そして今、実践中の糠漬けである。
悪戦苦闘しながら、少し先が見えてきた。

すべて小生が手掛けた発酵商品である。

 

発酵という事象を知ったのはいつごろだろか…

カビを見たりは、幼い頃から知っている。
しかし、それは単なる黴「かび」だ。
それが「発酵」と言う現象だと認識したのは、40歳になって農業の世界に入ったときだろう。

当時「肥料をつくる」ということから入った。
“肥料は買うものだ“と思っていたのが、“肥料を作る“と言う
その作り方が、”土と米糠と、鶏糞や木くずを、微生物資材と混ぜ合わせて発酵させる“という農法だった。
それを大量に500kgとか1トン作るのである。
その材料をスコップで混ぜ合わせてかき回して積み上げて、上から毛布をかけると、温度が上がってくるのだ。

最初は、”まさか?”と思った。
その内に、毛布を取ると、もうもうと水蒸気を上げてその土の山が50℃〜60℃になるのである。
そしてその周囲には、かぐわしい匂いが漂う。
これが”ボカシ肥”と呼ばれるもので「発酵」だった。
この温まった土を乾燥させて、畑や田圃に散布して肥料とする農法だった。

頭のなかでは窒素やリン酸・カリの詰まった肥料を、きっちり蒔いて植物の生育を促すのが栽培だと思っていた。
その農法は、土の上に単なる土を蒔いて、成長するのを待つのである。
不思議だ?
しかし、それで良いとわかったのは、しばらくしたころだ。

植物の生育は、種のなかに初期生育の養分が詰まっている。
それが温度や水分などの初期条件が合えば、芽が出て根が出てくる。
そして芽が光合成をおこない、根は土の中から水分と養分を吸い上げて成長する。
その養分は土の中で有機質として存在しているのを微生物が分解して無機質として吸収するのである。
つまり微生物が分解するという工程が入るか入らないかで大きな違いが出る。
それが化学肥料主体の慣行農業と、有機農業の違いである。

有機農業には微生物が大きな役割を果たしている。
さまざまな微生物がバランスよく土の中にいることが良い土で
その良い土を作るために「土を発酵させて散布するのである」

つまり温度が上がった土は、微生物のかたまりであるし
温度が上がり蒸発する水分というのは、増えた微生物の呼吸である。

ボカシ肥と言う言葉は、この農法から生まれた
つまり発酵した土の塊が”ボケたような…、ぼぉ〜っとした発酵している”状態の肥料だったので
ボカシ肥」と言い始めたのである

 

土は多様性を持つ。
それを単一栽培で同じ微生物しかいないような土になると連作障害を引き起こす
そのために多様な微生物を大量に増やした土を散布することで、健全な土を作り、
食料生産を永続する農にするのが有機農業である。
付加価値で経済的価値を高めたり、安心安全の作物を作るのが目的ではない

それを理解していない人が多いのである。

 

発酵研究会は、どうやら発酵で工業生産をたかめ商品開発を目的にしているようだが…
小生の思いとは、ちょっとちがうが…
農業における…食料生産における…
ちいさな発酵を提案したいと思う

発酵研究会の記念講演は、○○の素の研究員の講演だった。
アミノ酸の発見と生産技術の歴史と、これからの技術革新と多岐にわたったが…

小生には、ちんぷんかんぷんだった。
帰り際に、有名や豆腐屋のオヤジは
「文科系も来ると言っていたが、理科系ばっかりだ」
と話がわからなかったと言う
良かった仲間がいて…(泣)