ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

食育


児童書を、こびる食堂においてある。
漫画も「おいしんぼ」「玄米せんせい」「もやしもん」もおいてある
食と農にかんするものだ

以前は農業に関する話題のもの…
くだいて書かれた新規就農の準備の本
そんなものを置いてあったが…

若い人に「そんなの読みませんよ!漫画を置いてください」と言われた
そういえばそうだ
昼飯を食うのに硬い本の1章も読んだら、美味しい飯がまずくなる。

軽く読める本を置こうと、児童書をさがした。

ふと昔、自分の子供達に読ませた本を自宅で探した。
シリーズでは「ぐりとぐら」「てんぐちゃんシリーズ」「かこさとしシリーズ」
当時、小生は興味がなくて、ほとんど魔子様に任せていたが、
良い本を選んでくれていた。

 

むかしの児童書と比べると、今の児童書はなんだか現実的な教訓的なテーマが多いような気がする
もっとも小生が読ませたいと思った本は、押し付けがましい本である。

びょうきからまもってくれるたべもの―みどりのえいようのなかまたち (げんきをつくる食育えほん) 
にんげんはたべたものからつくられる (かしこいからだ絵本) 
つよいちからがでるたべもの―きいろのえいようのなかまたち (げんきをつくる食育えほん) 
じょうぶなからだをつくるたべもの―あかのえいようのなかまたち (げんきをつくる食育えほん) 
世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ 
小学生のボクは、鬼のようなお母さんにナスビを売らされました。 
絵本 「弁当の日」がやってきた! ! 
できる!を伸ばす 弁当の日 親はけっして手伝わないで 
読む 知る 話す ほんとうにあった食べものと命のお話 
コンビニの買ってはいけない食品 買ってもいい食品 (だいわ文庫) 
買ってはいけないお菓子 買ってもいいお菓子 (だいわ文庫) 
食べるなら、どっち! ? 不安食品見極めガイド (Sanctuary books) 
子どもにこれを食べさせてはいけない (知的生きかた文庫) 
お母さんは命がけであなたを産みました 
絵本 いのちをいただく みいちゃんがお肉になる日 (講談社の創作絵本) 
娘・はなへ‐‐ ママが遺した いのちのレシピ 
はなちゃん12歳の台所 
絵本 はなちゃんのみそ汁 (講談社の創作絵本) 
玄米せんせいの弁当箱 コミック 全10巻完結セット (ビッグ コミックス) 
ゼロから始める玄米生活〈2〉おかず編―高取保育園の食育実践レシピ集 (西日本新聞ブックレット―シリーズ・食卓の向こう側) 
いのちをつくる愛情ごはん: 高取保育園の食育レシピ集 
子どもが育つ玄米和食 高取保育園のいのちの食育 (光文社新書) 

若い頃、髭を生やしていた。
そうなのだ

若く!優しく!見られていたので、
少し大人に…
少し怖く…

見せたいと思ったのである。

一番最初は、学生時代だった。
ラグビーをやっていた頃
対面(トイメン)に恐怖感を抱かせようとしたのである
いまなら素顔でも十分だと言う人もいるが(泣)
当時は、ぼっちゃん顔だったのである

二回目は、商社時代である。
商売は迫力だ!という時代で…
“相手に勝つ”という顔が必要だった
しかし、顔よりも、言葉が必要だと強く認識した。
(関西弁の迫力である)

辞めたあと、新しき会社でまた伸ばした。
写真は30代なかばのころ

素顔は迫力のない顔である

しかし、どんどん膨らんだ顔が、年とともにしぼんで来た。

若い頃は、年令を重ねたら
太った豚よりも、禿げたソクラテスになりたい

と痛切に思った。

 

「40を過ぎたら顔に責任を持て!」というコトワザがあるが
このごろテレビでは
「60を過ぎて責任のなすり合いみたいな顔」が跳梁跋扈している
これでいいのか日本は!

ニュースをみながら、
顔を変えようか…
禿げたソクラテスに、髭は似合うだろうか…
しなびた顔に…

グッドラック

熱暑である
いや!酷暑である
猛暑!と言ってもいい

暑すぎる

ムーンと熱気が、身体にまとわりつく
こんな時に
”「炊きたてのご飯を食べたい」というやつの気が知れない”

と言う奴もいる

そんな人達に負けたくないのです!(秋葉原の演説口調で!)

暑いときに、炊きたての熱いご飯を
汗をかきながら必死に頬張るのが生きてる幸せなのです

ご飯には香り立つ味噌汁。
豆腐と…納豆と…生卵があれば…
ついでにとろろと…梅干しも…

 

今当店で、お米を買うと、もれなく米びつ当番がついてきます。

お米は、コクゾウムシがつきものです。
(無農薬の証だ!と言う人もいますが、慣行農法でも着きます)
コクゾウムシは15℃で以上で活動を開始します。
冷蔵庫の野菜室に入れるのがおすすめ。

当店では2週間で食べ切れる程度のお米を量り売りします
(野菜室に入る量をお買い求めください)

もしコクゾウムシがついたら、晴天の日に新聞紙などの上に薄く広げると、コクゾウムシは出ていきます。
出戻り娘のように戻ってくることはありません。

米びつ当番(トウガラシ)は、一ヶ月ほど効果が持続すると言われております。
トウガラシが効くかどうかは、貴方の思い込み次第です。(神のみぞ知る)

グッドラック!

哲学の森

第12回「哲学の森」開催のお知らせ

もう12回も重ねた。
重ねればいい、というものではないが…

誰かが内山さんに聞いた?
「内山さんの話は、哲学というよりも、社会学では…」

内山さんは言う

「社会学よりも、幅広い分野で語ることができるから…」

優しい言葉で諭す哲学であり
深い言葉で探る社会学であり
広い言葉で語る民俗学であり

わかりやすい歴史学でもある。

一度聞いてみませんか?
(注!)岩手大学の公開講座になったために、大変な人気で早めに定員に達する傾向にあるようです。

 

二日目の日曜日の朝、山本信次先生と歩く、岩手大学演習林の散策が秀逸です。
気が付かないことを、見せてくれます。

配達

いつものことながら、弁当の配達には気を使う

今回は、初めてのところである

以前に行ったことは有るが、弁当の配達という用件では初めてである。

弁当の配達は、時間指定がある。

昼に食べるのに、2時頃の配達ではどうしようもない
最近、手広くやっている弁当屋は、最初2時間遅れで配達したという
文句を言ったら、お金を返したという
それでも繁盛しているようだが
金を返せばいい、と言う考え方は
商売の基本とちがうだろう、と思うのだが…
消費者も忘れる動物だから、それでいいのだという風潮なのだろうか…

いちど時間を大きく違えて、配達したことが有る
同じ名前だが、場所が違った。
気がついたときには、配達時間が迫っていた。
その場所に行くのに、あと小一時間かかる
電話をしようとしたが番号がわからない
慌てて渋滞の列に並んでイライラした
結局30分遅れたが、その後、そこからの注文は無い。

今回の配達は、森林公園だという
岩手県は、77%が森林という森林県である
市町村を冠した森林公園なら、あちこちにあっても不思議ではない

盛岡森林公園
滝沢森林公園
雫石森林公園などなど
いろいろな公園が想像されるが…
それに東西南北をつけたら。いくらでも創造できる

念のために電話をした
「国道4号線を北上して…」電話に出た女性は親切に道案内をしてくれた
「いやわかっているのですが、確認のための電話です」
と言うと
「それでは、気をつけておいでください」

やはりソコだった。
一度、関西の先輩夫婦を案内した処だった。
領収証の宛名が、隣町の農場の名前だったので一瞬、迷ったのだが…

 

 

 

科学は技を超えない

こびる食堂のメインの白米の米が変わった。
ひとめぼれの今摺り米なのだが…。
生産者が替わったのでコメの味も変わった。(だろうと思う)

今まで、毎月300kgの米を契約している。
梅雨頃から味が落ちるので、低温倉庫(15度以下)に保存する条件だ。
それが「倉庫に行ったら米がなかった」と一方的に言われた
こちらの言い分は、いっぱいあるが、農家にはよくあることだ。
「消える」のである。
契約は口頭でも文書でも一緒のことである
無いものは無いのだ

仕方がない。持っている人を探すことになる。
幸い農家の若い友人が探してくれた。
沢内の米である。沢内は米どころである
沢内甚句に「沢内3000石おこめのでどこ」と唄う

しかし、コメの味は一番は品種に寄る
二番目は栽培土壌である。
三番目は気象かな?

品種は大雑把に分けて
餅系が好きな人と、さっぱり系が好きな人で品種の良さは別れる

餅系の代表はこしひかり・ひとめぼれだ
さっぱり系は、ささにしきなど昔のタイプだ
餅系は洋食に向き、さっぱり系は和食に向くと言われる

次に土壌だ
やはりリン酸が効く沖積土壌が一番いい
アルミにリン酸が吸着される火山灰土は今ひとつである

気象は米粒の大きさに影響を与える
天気が良ければ十分に実が太り充実した米ができる

であるから栽培場所や年によって味が違う
それを昔の米屋は混米技術で「年間一律の味」にする“わざ”を持っていた。
今の量販店やドラックストアの安いコメは「やすくする混米」の”ワザ”である。

そんなわけで、こびる食堂のご飯の味が替わってしまうのだが…
それを補う”技”として「炊飯」がある。
水の量、火の加減、蒸らしの時間。それができるのガスという直火の羽釜焚きである。

電気炊飯器は「羽釜炊きの美味しさ」と宣伝するが、加減の微調整はできない。
科学は技を超えない!

 

食のブーム

「24年目に入ります」と人に言っていた。

たしかそうだったと思うのだが…
鶴亀算だったか…植木算だったか…
暗算は得意だが…
和算が苦手で、しっかりと覚えた記憶がない

だから平成7年7月7日に開店しようと思ったら、何かの理由で翌日

平成7年7月8日がちいさな野菜畑の開店記念日
だから今年は平成29年7月8日は、開店してから丸22年で23年目に入る。(これでいいのか?)
とりあえず長くやっている。

盛岡正食普及会が、昨日で休業をした。
戦後から(?)盛岡の食のリーダーとして長きに渡って続けてきたが、ついに休業である
長きに渡って続けてきたことがさまざまな垢が溜まってきたのだろう

長く続ければいいというものではない
時代に合わせて変化を遂げるという考え方と
古くて良いものを残していくという考え方と
問題はバランスなのだろうか…

戦後の食生活を考える上において
「外食産業」の与えた影響は大きい
昭和45年までに物心ついた子ども時代を終えた人たちは
懐かしくも貧しく質素な昭和の家庭料理を覚えている
人それぞれ、地域によってもだが、昭和45年頃から外食産業が入ってきて
華やかな甘いグルメの料理がもてはやされている。
それを作ったのが小麦の粉食文化であろう
それを岩手では盛岡正食普及会が、地元の麦で…地元の粉で…と、学校給食などの下地を作り担ってきた。
現在も、固い歯の丈夫な人しか食べることのできないロシアビスケットなど、古き良きものを続けながら…
グルメパンなどの対応ができずに、売上が低迷していったのか…

いずれにせよ盛岡正食普及会が岩手の食に残した功績は大きい

食のブームが、次から次へと変わっていく。
人間の体は水分とタンパク質でできている。
タンパク質は人間自身で作り出すことができない。
食べることでしか補給できないのである

食べるということを、ブームにしていけないと思うのは、

23年目の早朝の「想い」である。

 

と言ってブームの「蕎麦の実」「もち麦」置いてあります!
ぜひお買い求めを!

 

150坪

家庭菜園があった
店から車で7〜8分のところだ
家庭菜園と言うには、大きすぎるか…。
一区画20坪ぐらいある感じだ

平日の昼間に二人の初老の人が作業していた、

多分定年退職して家にいたたまれず、出てきた人だろうか…
農作業が好きで一日、ここで過ごしている人だろうか…

様々な野菜を植えてある
トマト・ナス・胡瓜・葱・水菜・ブロッコリー…
みんな少しづつである

 

昔、水沢の古老に話を聞いたことがある
彼は専業農家だが…
息子に譲って、自分は自給用の野菜を作っていた

彼は独特の笑みを満面に浮かべて語った。
「一反歩の畑で、朝から晩まで一日働いても、夏場でも体が疲れない」と…
そのコツは、「15分おきに作業を変えることだ」と言う

種まき、畝お越し、定植、葉摘み、土寄せ、農薬散布、収穫、片付け、
一つの作物に成長に従って作業が有り、それが多種類の作物が重なり合い、
雨の作業はできなくて…天気の段取りもいろいろある。
そんなことを思うと、やるべきことがちいさな面積でも一杯ある
それを15分毎に変えるのである
立ったり、座ったり、体全体を使ったり、手先を使ったり
頭の中は
次の作業を考えたり、目の前の作業の判断をしたり、天気の状況を考えて次の作業の段取り
あっという間に一日が過ぎる

 

これが広い面積だと
一つの作業時間が長い。
同じ姿勢を続けないといけない
身体がもたない。機械化する。機械でできないことも有る、人を頼む、重労働をする人がいない、外国人を使う
大規模面積は、効率よく土地を利用すると言う名のもと、人間を酷使し原価を高くするのである

小面積は身体を使いながら、取れた野菜でエネルギーを補給する。循環する。
原価は発生しない(?)身体は健康になる

人間が一年間の食糧を得るには5畝で十分だという
5畝は150坪である。

ゆたかさとは

「生が良いですか?」「火入れが良いですか?」と突然、若い彼は聞いてきた。

大酒飲みだが、実のところ微細なうまさの違いを知らない。
日本酒は冷なら純米酒、熱燗なら醸造用アルコールが入っていても良い。

そんな感覚だが…

若い頃、酒なら何でも良かったが…
コジャレた酒が出回る頃には、辛口が…
齢を重ねるにしたがって甘口でも…まぁまあぁ〜と、なり

今は肴に合わせて…
天気に合わせて…
酒なら要するに、なんでも良いのだ!

「生か?」「火入れか?」と言う選択を尋ねられたのは初めてだろう
彼の作ったコメで仕込んだ酒である。「与右衛門」というブランドなのだが…


彼は「亀の尾」という米を作っており、それを酒米として納め杜氏としても働いている

数年前だろうか…
彼が店に来て「夏はコメを作り、冬は杜氏としてはたらく、そんな生き方をしたい」と言ってきた。
それ以前に、彼の奥さんが店には出入りしていたのだが…
二人揃って会ったことは、記憶にない

真面目で、ひ弱そうな感じで…大丈夫か…と思ったが…
着実に有機農家で研修し、ようやく一人で田んぼをやるようになって見に行った。
ひどい田んぼだった。雑草が…
「これを物にするには3年ですまないだろう…」と思うような田んぼだった。
普通は、集落で良い田んぼは、すぐ近くの人が借りてしまう。
新規就農者には、悪い田んぼしか回ってこないのである。

しかし、彼は辛抱強く田んぼをモノにした。
そして思った通りに造り酒屋に持ち込んで酒にした。
それも昔の品種「亀の尾」である。

稲は品種改良が、どんどん進んで、食味がよく、量産できて、作りやすい品種開発が進んでいる
そのなかで「作りやすい」と言うのは、草丈が短いのも一つの特徴である
「垂れるほど こうべをたれる稲穂かな」という言葉は、実のたっぷりはいった稲穂の表現であるが、入りすぎると倒れるである。
倒伏は、モミが発芽して、米にならない
だから試験場は、草丈の短い米を開発しているのだが…
それにともなって草丈の長い昔の米を作りこなす技を持つ人が少なくなった
作りこなそうという気概を持った農家も少なくなった。

彼は草だらけの田んぼで「亀の尾」を作りこなした。
その「酔右衛門」である。

生でも火入れでも良いのだ…

暑い定休日、締め切った精米室の掃除をして汗をかき
シャワーを浴びてグラスで一献

あの雑草だらけの田んぼを思い、
数年前のひ弱な彼が、たくましい身体になって作った酒を味わった

「豊かさ」とはこんな事を言うのであろう

定休日の夕方の幸せである

売れ残ったら食べて!

あちこちで「採算」というか…
「原価計算」というか…
「それで合いますか?」というような言葉を聞く。

「売値と原価」があるから、それは合わせなければならない
合わせるというのは、原価+経費=最低売値である
本来は原価+経費+利潤=適正売値が望ましいが…

 

ところが新聞報道で、ビールが上がると言う情報を聞いた
なんと酒販業界では原価+経費>売値という計算が有るのだという

その酒販業界の売値計算は
原価+経費=売値+メーカー補助金
と言う仕組みらしい

ところが農業界も
原価+経費=売値+農林省補助金で成り立っていると言っても過言でない
しかしそれは大手農家(販売農家という=農産物を販売を主とする農家)だけである。

 

殆どは中小の兼業農家であるし、補助金と言っても微々たるものでしか無い
なぜ!それをやっているのだ?と問うと「なりわいだから」と言う

以前、その中小規模の農家は「三ちゃん農業」といわれた。
ようするに、父ちゃんは外へ金を稼ぎにいき
のこされた「爺ちゃん」「婆ちゃん」「母ちゃん」の三人が狭い農地をこまめに耕して自給しながら、兄弟親戚へ米や野菜を配っていた。

そこには現金を必要としなかった。
つまり原価計算を必要としない世界があった
父ちゃんの現金で自分たちで作ることのできないものだけを購入していた

 

ひょっとしたら、それがこれからの地方の中小企業のあり方かもしれない
つまり家族経営である。「家業」であり「なりわい」である
単純に金銭を必要としない生き方をしないと、地方での生活は厳しくなる

なぜなら今の時代、十分な収入をもたらす仕組みは大企業にしか無い
大企業が地方に、新しくできるはずがない。
(大企業が進出し、社員を地方都市で雇うのだが…少ない。後は給料に格差をつけられた現地採用社員という仕組みである)
某大手の○○○ショッピングモールは、社員は少なく、ほとんどがパートである。
ショッピングモールは、地方から都市への巨大な集金マシンと言っても過言ではない
あとは「安定」と言う名の(過酷な?)公共事業団体か役所である。

 

そうすると農業(自給食料生産)をベースに、ある程度の金銭収入を得ると言う生き方が面白い。
つまり自給自足をしながら、少額の現金を稼ぐ。
または、さまざまな仕事を組み合わせて一人前の収入にする。
(江戸時代、農山村は、不作に対応して自由な発想でさまざまな稼ぎの道を作り出したと言う)

都会では、すべて金で解決する。
金さえあれば安泰である。きちんと収入が安定していれば…
田舎では、農地さえあれば安泰である。身体さえ丈夫であれば…
地方では、人間関係さえできていれば、安泰である。周りの自然にも助けられる。

今、岩手は、山菜のシーズンである。
山に入れば、いくらでも食べものが生えている。
そして、こういう商売をしていると
「売れ残ったら食べて!」と言う、温かい生産者が多い。
だが、食べきれないのだ…(泣)