ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

ちいさな妄想

いろいろと考えなければならないことが、いっぱい有る
すこし原点に戻ろうと想っている

年末に一世代下の友人に…
「未来が広がっている息子に…」と言った言葉がある

そうなのである
自分自身30代前半、未来は、ようようと広がっていた。
「なんでもできる。どうしても生きていける」と言う、変な自信があった。
今にして思えば、時代が思わせたのかもしれない。
それが自分の中で変わっていったのは、40代の農業(農?)との出会いであった。
農業でも、なんとかなるさと思いながら飛び込んだ世界は、まるっきり違っていた
やること、やることが、思い通りにいかない。
そんなことから「一から勉強をしなおしたい」と思ったのは45歳の時だった。

そして様々な出会いがあって、多くのことに気がついた。
経済や国やその組織は、人が効率的に動きかつ効果的な仕組みを作るために人工的に作られてきた
ところがそのその人工的な仕組みの中で動く人間は、食糧というどうしようもないコントロールできない基盤に立っている。
(昔の戦も、すべて不安定な食糧確保から作戦が立てられていたという)
つまり足元が不安定なまま、組織に活かされて安定を目指すという矛盾の中で生きているである。

ところが農の世界は最初から不安定なのである。
雨が降れば根が腐り、晴れが続けば葉が枯れる、植物にとって当たり前のことであるが…
それを食糧として生きていく人間は、不安定な生活を強いられる。そして為す術がない。
ただただ、祈るというだけなのである。
だから農業と宗教は密接につながるのである

それを産業革命以後の科学技術は産業という考え方で農業を変えた。
さまざまな技術革新で単位あたりの生産量も上がったが…
そろそろ限界にきている
科学技術を支えているエネルギーが不安定だからである。

新エネルギーとして原子力やシェールオイル、再生可能エネルギーなど言われているが、いずれも安全性やコスト、量的問題を抱えている。
つまり今まで化石エネルギーを利用してグイグイ成長してきた社会は
全体的に、ここへ来て成長速度が鈍化しているのではないだろうか…

よく考えてみれば、自分の周りは、どんどん成長の可能性があるが
ひょっとして世界のある部分では、衰退しているのではなかろうか…。
つまり格差が広がっている。と言う状況ではないのだろうか…
なんと言ったって地球は、閉鎖空間の循環型世界なのである。

宮沢賢治は言ったという
「世界全体が幸福にならなければ、個人の幸福はありえない」と…
これは閉鎖空間の循環型世界では。
「現状に満足すべき」ということなのでは、ないだろうか…

世界一幸せな国ブータンが、その有り様では…

 

ちいさな世界の、ちいさな循環の輪が、
幾重にも横につながって…

 

そんな戌年のワンダフルの妄想である。

四日間

年が明けて四日間が過ぎた。
夜中に起きて事務作業をし、太陽が昇り暖かくなったら店に行き、
普段できないことをすごして、指が、かじかんで動かなくなったら、
家に戻って酒で温め、風呂に入って早々に寝る。
と言う単純な四日間である。
思っていたことの80%ぐらいしかできなかった…

一番感じたのば、指先がもげるように痛いということである。
穏やかなあ正月だったが、真冬日にもならず日中は太陽も顔を見せた。
それなのに指先だけが、ジンジンと痛む。
もう指をちょん切ってしまいたいほどだが…
たぶん歳のせいだ。
毛細血管まで血が流れないのだろうか…
手袋を買ってはめても…
お湯で温めても…
指先が思うように動かない。
こういう処から年齢を感じる。

何をしたか?と問われると痛い。
事務作業は決算処理だし、店の片付けも普段できない整理整頓だ。
日常の中で断捨離をして、掃除を日々重ねて、ということが出来ていない証拠である。
まぁそれでも、新しい歳を迎えるという気分にはなるが…

しかし、唯一心残りは…
まだ賀状が書けていない。
そうなのだ自宅に届く賀状は良いが
店に届く賀状は、今日(5日)でないと受け取れないのである。
年末に「賀状入れのダンボール」を店の玄関に置いておくのを忘れた。
毎年のことなのに…「魔子様は何をしているのだ!」と人に責任を押し付ける(泣)

賀状は買ってあるが、8日までに出さないと「10円プラスしろ」と郵政省から通達が有ったという。
10円を馬鹿にしないで欲しい。
岩手県民130万人分といえば1300万円である。
岩手でさえも、小さな家なら土地付きで、二軒も買える。
盛岡市民30万人分なら、300万円である。
ホンダの冬にも強い4輪駆動のNボックスが2台である。

今話題の相撲でも

昔の話だが横綱北の湖が若い衆に
「これでアイスキャンディを買ってこい」と言って1万円札を出したと報道されていた。
今のモンゴル絡みのガチンコ相撲界でもアイスキャンディーは喰いきれないだろう(意味不明)

そんなこんなで4日間のツケが、この8日までの三日間の勝負につながってしまった。

反省!

 

(反省は戌でもできる?猿か?)
今年は何年だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

第一報

正月の引き売りという名前の老人ホーム販売は二週おやすみ。

1日(正月)と8日(成人の日)

なぜ成人の日が8日なのだ?
わけがわからん

とりあえず一回ごとに配るチラシを
今回はブログで公開

 

少食のひとに…

ハンバーグを、始めた。
ハンバーグ定食である。
どこにでもあるハンバーグであるが…
どこにもないハンバーグである
つまり、短角牛のハンバーグである。

高校を卒業するまで、家でハンバーグを食べたことがない。
そもそも「肉」といえば豚肉が、カレーや野菜に混じっているという感じだ
そのカレーだって、肉の代わりに魚肉ソーセージが、ときおり入っていた。
肉を食べたという意識は、浪人時代下宿の友人の父親に連れられて
仙台の一番町のすき焼き屋だった。
そのとき初めて、牛肉を食べた。
すき焼きは牛肉なのだ。と認識した。

貧乏な学生時代、6畳一間で共同便所風呂の下宿だった。
ラグビーをしていたので、アルバイトができなかった。
というよりも、アルバイトは、夜しかできなかった。
コンパ(昔のカウンターバー)のバーテンをした。
他のところは、若い女の子が一杯座った。
小生のカウンターには、ヤクザしか座らなかった。
ヤクザは言う。
「おまえ!だちだろう!つけるな!」
と脅された。
つまり「友人だろう、伝票なんか付けないで、ただで呑ませろ」
という、ケチなヤクザばかりだった。
そのアルバイトが終わった深夜
スナックで始めた食べたのが「ハンバーグ」だった
皿に、ふっくらと盛り上がった肉の塊は

こんな美味いものがあるのか?
と感動した。
それ以来、深夜にハンバーグと食べながら、オールドの水割りを呑むのが
月に一度の給料日の楽しみだった。
昭和40年代中頃の話だ。

そして今
誰もが安く食べられる
○○○ドンキーという全国チェーンがあるという
「認知症の母がディサービスで「連れて行った」と書いてあった。
本人は、「行ったのかね〜」と記憶がない。
それも札幌本社のドンキーは盛岡が発祥の地だという。
そこの肉と比べようがない
そもそも重量が違うのである

向こうは150g
こちらは短角牛と豚肉の合い挽きで80g

子供向けと老人向けであるが
少食の小生向けでもある
一人前が食べられない人に…。

 

 

 

 

 

入道流

元日の朝、いつものように元朝詣りに行った
昔は家族総出で行ったものだが…

子どもたちが大きなって友人と出歩くようになり
魔子様も、ご利益がないので(?)いかなくなり
出かけるときも、起きてこない

ここは盛岡を見下ろす場所に立つ商売の神様だが、急坂だ
いつもは歩いていくのだが…
今年は、膝がおかしい
学生時代のラグビーで膝の靭帯のうち一本が切れていたようだ。
周りの筋肉が抑えていたので不自由は感じなかったが…
高齢化にともなって、筋肉が落ちたようだ。
膝が思うように動かない
まして3年前に化膿性脊椎炎で「絶対安静」の40日間ですっかり筋肉が落ちた。
本人の動きの感覚は、まるでピノキオ状態。
そんなわけで歩いていかない。
歩いていかないということは、神社のおふるまいのお神酒も呑めない。
呑まない元朝詣りなどあるか?
そんな正月早々の燃えるような葛藤の中で、車に乗り込もうと思ったら
雪が積もっている。
「雪をハカねば…」
と雪ベラを探して椅子の下に手を入れたら、何かおかしいものが手に触った。
なんと数ヶ月前に“落とした!“と思った「認め印」である・

これは正月早々縁起がいい。
「失せ物」が見つかった。

そして気持ちよくスイスイと神社の坂を駆け上がった
引いたおみくじは「大吉」だった。
素直に嬉しい。

昔。おみくじを引いて「凶」だったことがある。
そんなバナナ?と、また引いたら、また「凶」だった。
赤坂の豊川稲荷である。
と言って大凶事が有ったという想い出もない。

それ以来おみくじは信用しない(都合の良い解釈)
今回は信じる(都合の良い解釈)

しかし「失せ物ー”出てこず人の手に渡る”」と書いてある
これは無視。
つまりすべてのことは、自分に都合よく解釈するのが入道流である。

年始早々

元日から店に出ている。
店を開けているわけではないが…
少し模様替えをしようと思って…

元日、足りないものを書いにDIYの店に行った。
「二日から営業」の看板
仕方ないので近くで一軒だけ開いていた量販店に行った。
駐車場が満杯、すごい混みようだった。
年末商戦で売り切れたと思った商品も揃っている。
正月、家族でゆっくりしようという雰囲気ではない

と言う小生も、子どもも孫も魔子様も温泉であるが、
小生は部屋にこもり事務作業。あきたら店で仕事…
もったいないので暖房をする訳にはいかない。
指が、かじかんで動かなくなったら店から撤退。
家に戻ってBSでラグビーを見ながら、母の食事を作って風呂で温まり一杯やる
それが四日間つづく。

二日の母の夕食は、
ごはん、すまし汁、とろろ、牛蒡と人参のきんぴら、フキと野菜の煮物

こちとらは

息子がくれた純米酒「伯楽星」をひやで一合。お歳暮の缶ビールを500cc
芋焼酎のお湯割りを二杯。
あては、たっぷりのとろろと、ナンプラー入りの湯豆腐に海鮮唐辛子を掛けて
京都のお土産「ちりめん山椒」をつまみながら…

もう満腹で…何も考えられない

これで正月は仕事が終わるのか…
無事に5日8時に店が開けられるのか…

 

 

 

 

あけましておめでとうございます

年賀状をまだ書いていない。
「せっこき」をしている。
岩手の方言で、「なまけている」ということらしい

怠けているわけではない。”時間がないのだ”と言う言い訳をする。
「“時間がないというのは、能力がなくて時間が作れない”という事だ!と
魔子様に言いたいが、言えずに一年が過ぎた。
今年も自分だけは“時間がない“と言う言い訳をしないようにしたいと元日の朝固く誓った。」

とりあえず年賀状は購入してある。
後は来た人を精査して…(人種差別だ)
出す人出さない人を選別するのだ。(コレが難しい)

今まで、のべつ幕なし出してきたが、この選別をしてから出す枚数が少なくなった
とはいえ余ってしまって出すハメになるのが毎年のことである。
どうせ印刷だから、適当に…と言うが、それが出来ない

 

結婚当初は魔子様が一手に引き受けていた。
字がヘタなのである。自分で書いた字が読めないことがしばしばである。
勤めていた1000人規模の会社で三大悪筆と言われたことが有る
いまでも急いで書いた殴り書きのメモは読めない。
ゆっくり書けば読めるか?という事は聞かないで欲しい(泣)
だから魔子様の仕事だった。

ところが科学技術の発達の素晴らしさは、こんな夫婦の分担の仕事まで変えてしまった。30代後半から年賀状は小生の担当になった。
ワープロというのが出来たのである。
当時、「某○○○計算機にクリーンルーム用の遠赤外線基盤乾燥炉」納入したおかげで
画面に4行しかみえないワープロを購入させられたのである。
だから文意が途中変わってもわからない
何回も印刷して書き直して、日記を書いたり、新聞記事を写したりして遊んだ。
印刷は感熱紙だから、インクリボンは必要なかった。感熱紙が買ってあれば…
しかし、すぐ黒い文字は黄ばんだ。
ただタイピングは自己流であるが、ブラインドタッチは覚えた。
当時パソコンも出ていたが、パソコンのワープロソフトは使えなかった。
ワープロ専用機がどんどん進化を遂げていたのである
パソコンのワープロ機能が追いついてきたのは、それから10年後だっただろうか…
そんなワープロ専用機からパソコンの時代の転換期
いつの間にか夫婦の分担まで変わってしまった。
いま魔子様の年末は、”忙しい忙しい”と言いながら暇を持て余している。

母親は、文部省認定の毛筆とペン習字の二つの一級をもっている。
「公的機関の文字の認定は、文部省の一級が最高だ」と自慢げに母親が言っていた。
そんな母親もボケた。
ボケた息子は、最初から字もボケた。

年賀状をかかねば…
正月はこれでつぶれる。

だんらん

ひさしぶりの朝である。
いや、ゆっくりと時間が取れる朝である。
いつもは目が覚めて慌ただしく資料を読み探し慌てだしく介護食を作り、慌ただしく店に出かける。

今日は定休日である。
仕事は山ほどあるが、とりあえず15分や30分は時間が取れる。
ストーブの前でボォーっとしていると、なんだか静から腹に響く音が聞こえる
なんだ?ガスの火が勝手について燃え上がったか?とそちらを見る

なにもない。
ふと窓の外から音が聞こえる。耳を澄ますと
なんだ!除雪機の音だ!
自転車道路を除雪機がゆっくりと作業員が押しながら歩いている。
「積もったのか?」とみるとそうでもないが、5センチ程度は有るだろうか
通学前に除雪をしているようだ…

熱い珈琲をブラックで入れて一息つく
特注の「フレンチブレンド」を挽いて、熱湯を注ぐ。
そして反射式ストーブの前でまたボォーっと座って火を見る。
火のある暮らしは、なんとなくホッとする。
ひとしきりボーっとした後、甘いものが飲みたくなった。
いつもなら机の上で駄菓子を一口つまみながら珈琲を飲むのだが…

今日は定休日なので居間のストーブの前だ。
自分の部屋の駄菓子を取りに行くのも面倒くさい。
ふと見渡すとココアが有る。
そうだ!久しぶりにココアを淹れてみよう

ヴァンフォーデンのココアの缶だが、開けると底の方に塊になっている。
缶に書いてある「ココアの淹れ方」を読むと
ティースプーンで1杯(4g)を入れて10ccの水またはミルクでペースト状にすると有る
テーブル計量器を出して測る

そうなのだ
いつもは適当なのだ
エィ!ヤァ!と入れて、ドバドバと注ぎ入れる
忙しいふりをして適当にやっていた
いつも人には言う
「忙しいという字は、心を亡くすと書くのだよ」と…

丁寧な仕事をする人は、忙しいふりをしない。
ほんとうは忙しいのだろうが…

「料理は科学である」と思ったことが有る
有るシェフは調味料を一つ一つ測って入れる
量や時間を測るということが身についている
そして最後は、ベロメーターである

 

そんなことを考えながら認知症の母が昔、作ってくれたココアを思い出した。
たっぷりとして甘〜いココアだった。
牛乳ではない。たしかスキムミルクだった。
いや赤ん坊用の粉ミルクのような気がする。
ココアも、どこか日本のメーカーだったような…

そこには有ったのは、美味しいココアではなく「団欒」だった。
家族が、火鉢の周りに集まってココアをすすった。

薪ストーブや火鉢、そして炬燵、家庭の火の周りには「団欒」があった。
火が見えなくなって、消えたものがいくつもある。

消えたものと…増えたものと…
どちらが多いか?少ないか?
良いのか?悪いのか?

これからの世代が決めることなのだろう

 

群れない生き方

二つ問題が起きた。問題と言うほどでもないが…

まず一つは、郵便局に残高証明を頼みに行った。
決算の法人としての残高証明だ。

ところが郵便局の通帳は「法人名ではなく」「店名」の「 ちいさな野菜畑」となっている
「店名」を振込先に利用している。
振り込んでくる客が、わかりやすいようにと替えているのである。
郵便局には以前、慣れた人がいたが、転勤になったようだ。
今回は古参だが、初めて残高証明と本局とのやり取りで入手するらしい。
残高証明の入手の用紙の書き方に手間取った。
ひとしきり本局とのやり取りをして終わったと思ったら
聞いてきた
「法人登録してますか?」
「登録?どこへ」
「…」
どうやら古参の局員は電話で本局と小声で話している
「どうやら個人商店のようです」
それを聞くなら「法人登記をしておりますか?」と聞け
ムカついて言ってしまった。
「銀行は法人名で口座を作っているが、郵便局は一般の人の振込利用しているので店名の口座になっているのだ」と言って他の銀行の通帳の束を見せた
住民のために個人サービスに徹底している特定郵便局は「法人対応」がわかっていないのだ。

束の通帳群だが、残高は束になっていない。貯まらないのだ(泣)

 

もう一つは、ケアマネジャーだ。
認知症の母を施設に入れようと秋から相談している。
一向に話が進まないので、このまえ話をした
三軒もってきたが、
「一軒は新設、もう一軒は今利用しているデイサービス。もう一軒は近くだがサ高住(サービス付き高齢者住宅)と言う有料老人ホーム」

一軒目の新設は、旧施設からの移行だがショートスティで利用しながら3月末の新設を待つという。二軒目は、年明けの予約待ちだ。そして三軒目は空いている。と言う

たまたま三軒めのサ高住は、「代表と懇意だ。」とそんな話をしたら
翌日、代表から電話がかかってきた
「ウチで進めていいですか?」「いやちょっとまって…」
”こちらが探している”ということをケアマネから聞いたという。

費用の問題、設備の問題、距離の問題、様々な問題を考えていくと
どうしても代表と懇意のサ高住は、三番目になってしまう
それを検討するために、近くの施設の比較を、お願いしたのだが…
これでは三番目を選ばざるを得なくなってきた
「断ってもいいですから」とケアマネは簡単に言う。
「断ったら、代表とわしとの関係はどうなるの?」

それこそ「個人情報の漏洩だ」とケアマネを怒鳴りつけて電話を切った。

 

だんだん歳が進んでくると気が短くなってくる
しかし、一時期よりも長いと思うのだが…

群れない生き方をしている
群れるということは、依頼心を増す
責任の所在が、はっきりしない。
そして深く考えない。
独りだと、考えて考えて、考え抜いて一歩踏み出す

 

よく言う

早くやりたいなら、独りで…
大きくしたいなら、みんなで…

 

善意の忖度

「火曜日しかいないので、火曜日必着ね!」
「はい!”火曜日必着”で出荷しました」と言って一週間前の火曜日に出荷した。

いまどき離島や沖縄ならいざしらず、国内でどんなところでも翌日には着くだろう
いや東北から関西だと二日かかる便もあるが…
一週間前に出荷すれば…
配達地域の営業所止めで荷物は保管されるだろう

そして当日の火曜日、客から電話がかかってきた。
「まだ着かない」
夕方暗くなった6時過ぎのことである

荷物は米を300kgである。
出荷を手配した業者は、
「大きい荷物なので…安い便を利用しました」と配慮を見せた
その安い便の現地営業所へ電話をすると
「配達先の山村へは、月・水・金の隔日しか行かない」という。
夕方6時現在、まだ荷物は営業所にある。
そして「火曜日着だと赤帽を頼まないと…」
「今から手配すると荷物は9時すぎの到着になる」と言う

先方は「着くまで待っている」
「出かけないといけないが、それまでは…
荷物の置き場所も指示しないと…
大きな場所をとるから…」と言う

 

最初出荷の指示をだすときに「火曜日しかいない。火曜日必着」と言って出した
そして一週間前の火曜日に「出荷しました」と言う出荷案内書が届いた。
心配になって、メールを打った。
「火曜日到着は、間違いないか?」
何回かやり取りがあって本人から「火曜日必着で出した」という確認が取れたが
なんとなく一抹の不安が残った。
それを飲み込んだのはもう何年も前から、
”この時期に出荷して着いている実績がある“と言う実績主義だ。

そして遅れた。遅れながら火曜日の夜遅くに着いたが…

300kgと言う荷物を送るのを宅配便のように考えてしまった当方と
いつも大量の荷物を送り慣れていない業者が。いくらでも安い運賃を…
と言う善意の仕事が結果的には迷惑をかけた。

つまり「米のような安いものを大量に運ぶには小さな運送会社に無理を言えば…安くなる。という経験から来る善意の忖度である。
そこには「前後は仕事が忙しいから火曜日しか受け取れない」という得意先の気持ちが蔑ろにされている。

得意先は言う
「運賃がかかっても、きちんと火曜日に着くほうがありがたい」

 

忖度は、経験でしか判断できない
モリカケ問題も、経験がなせる忖度なのだろう