ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

春まだ浅く

久しぶりに岩手山を見た
薄曇りの早い春にしては、寒い日だった

曇り空を後ろに雪を冠って春に向かう岩手山は、なぜか寂しい
蒼い空に真っ白な岩手山は冬の景色だが、なぜか晴れやかである。

 

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もうすぐ本物の春がやってくる
友人に「もうすぐ桜が見られるね」と囁いたら
「あと2ヶ月もある」と言う
今年も桜を見ることができるか…

春はまだ浅い、どころか…まだまだである。
この寒さの山を越えれば…
この雨が上がれば…

日一日と暖かさを増してきているが…
春は、まだまだ浅い。

おかわりし放題

朝定食が少しづつであるが、お客が増えてきている
簡単な定食である。

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ご飯と味噌汁、お浸しと季節の小鉢、それにとろろと納豆と卵からチョイス出来て500円、食後に珈琲までつく。
そして、なんといっても御飯と味噌汁が、おかわりし放題である
ご飯のおかわりは、どこでもやっている。
しかし、味噌汁のおかわりは、たぶんあまりないであろう

日本人は、口中調味と言って、口に入れた食べ物を混ぜあわせて(?)食べることを特徴とする
欧米人は、ひと皿ごとに食べる習慣を持っているために、様々なものを口の中に放り込むことはできない
そのためではないが、小生はごはんを食べる時に、味噌汁などの汁ものを必要とする
それが食堂で食べると、味噌汁は、おかわりできないのが普通である
だから自分が食堂をやるときには、味噌汁はお代わりできるようにしたいと、常々思い描いていた(大げさ)のである

ご飯は、ガス火の羽釜焚きである。
「羽釜炊きの美味しいさ」と電気釜のCMをでよく表現される
あの底の丸い構造と重い木の蓋、これが均一に熱をわたらせ、ある程度の圧力をかけて「炊く(たく)」という技をつくり上げるのだろう
「炊く」とは、「煮る」「焼く」「蒸す」の3つの技が組み合わさった複合技術である。
それを、ある程度の火力の調整ができるガス火で炊きあげるのである。
米は北上川沿いの沖積土で栽培したひとめぼれである。

味噌汁は、青豆の秘伝豆を使用したオリジナル豆味噌である。
殆ど今、味噌は米味噌になってしまった。
米味噌と豆味噌の違いは、麹を何を使うかである
米を麹で発酵させてから豆と塩に混ぜるのが米味噌
豆を麹で発酵させてから豆と塩に混ぜるのが豆味噌

つまり米味噌の表示は、大豆、塩、米麹となるが
豆味噌は 大豆、塩、麹となる
つまり大豆全体に麹菌をまぶして熟成させるのである
たぶん米が取れなかった地域ではこれが主力だったと思う
例外:八丁味噌(豆味噌)もあるが…
(麦味噌は麦作地帯の味噌だったのか?)

米味噌と違って豆味噌は麹が多いせいか…
それで作った味噌汁は、香りが素晴らしい。(ダシの問題も有る)
食べたお客さんは、驚いて「オリジナル豆味噌「豆蔵」を買っていく。

 

定食は、ご飯と味噌汁があれば、何もいらない

と言う状況を作りたいのである。
これが、やはり食堂の基本ではないか?と思うのである。

朝、ときおりくる親子がいる。父と幼い4〜5歳の息子である。
以前は、家族で来ていたような気がするが…
賑やかに食べる家族であったが…。なぜか一人前しか頼まない
子どもは「美味しいね〜美味しいね〜」と言いながらよく食べる
父は、何回もおかわりして食べていく
そればかりか、子どもはサービスで出している漬物(日本人のサラダ?)を総ざらいして食べていく
幼い子どもと一緒だから一人前しか取らないが、たぶん大人三人分ぐらい食べていくだろう

今回は、幼い子どもだから…と思って見過ごしていると
どこからか奥さんらしい女性が来て、子ども用の茶碗をとってご飯を食べだし、漬物を何回もお代わりするではないか
それも、堂々と注文カウンターの前のテーブルである。
ご主人はいつも食べ終わった後、これ以上はないと言う深々としたお辞儀をして店を出て行く
食べ過ぎて申し訳ないと思っているのだろうか…

ちょっと驚いた。
隠れて食べるのなら我慢もしようが、目の前で堂々とやられると
なんだか挑戦しているように思われる

ご主人がテーブルを離れたときに、注意した。
「お子さんが食べられるのは良いですが…奥さんが食べるのはルール違反ですよ」
すぐわかったのだろう
「すいません」と言って席へ戻ったが…
帰り際女性は、ふてぶてしく笑っていった。

魔子様は「これから来なくなるじゃないの…」と言うが…
もともと「おかわりし放題」は厳密に原価計算すれば採算は合っていないだろう。
「安いから量を食べて…」という人が増えても、意味が無いと思うのだが…

しかし、後から反省した
ひょっとして生活困窮者ではないのか?
岩手には生活困窮者は16%もいるというが…
潜在困窮者は、もっと多いという

「ルール違反ですよ」と言う前に
「生活に困っているなら、相談するところを紹介しましょうか?」
と言って上げたほうが良かったのかも…
魔子様は「乗ってきた車は、良い車だった」と言う

酒を鑑賞する

少し発酵をきちんと勉強しようと思う
四〇代に島本微生物を勉強してから、ある程度は知っていたが、農業分野における発酵技術であった。
ところがやはり食に関しても、日本の食文化は発酵を抜きにして考えられない

そういう意味ではもう一度おさらいをしようと思って、やぎっこから見舞いにもらった「発酵食品」と
紹介してもらった「発酵学者の坂口謹一郎の名著「日本の酒」を手にとった

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「日本の酒」は、日本酒の技と文化と歴史を書いた名著だという。
こんな本が有ったのだ!とページをくくると冒頭から、頭をガンと殴られた

 

世界の歴史を見ても、古い文明は必ずうるわしい酒を持つ。
すぐれた文化のみが人間の感覚を洗練し、美化し、豊富にすることができるからである。
それゆえ、優れた酒をもつ国民は、進んだ文化の持ち主であるといっていい。
一人びとりの個人の場合でも、或る酒を十分に鑑賞できるということは、
めいめいの教養の深さを示していると同時に、それはまた人生の大きな楽しみの一つである。
「食らえども、その味わいを知らず」という中国の古い諺がある。
未熟者に対する戒めの言葉であるというが、「その味わいを知る」ことの難しさは、
我が日本の酒の場合、全く文字通りの意味で受け取らざるをえない。
世阿弥や、利休や、芭蕉や、光悦の生まれた国民の間に、昔から育まれてきた日本酒ゆえ、
それを完全に鑑賞するには、よほどの深い教養が必要なことは言うまでもないのである。

 

”或る酒を十分に鑑賞できる”ということは、どれぐらいの量を呑むのだろう?
呑めない人は、進んだ文化の持ち主ではないのか?
味わいを知らずに足元が頼りなくなるのは、いかがなものか…
深い教養は、酒を鑑賞できるようになってから身についたのか?

いろいろと疑念が沸き起こる

読みすすめるのが、楽しみである(?)

 

原発と酒

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最近、本をもらったり、本を紹介されたり、することが多い。

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大変うれしい。
まして原発の問題が次から次へと明らかにされている今、開発者からみた福島の真相

そして発酵という今注目されている技術を解き明かしたとされる古典の名著
(もともと注目されているが、あらためての感が最近有る)

 

脈絡もない二つの文庫本だが、たぶん小生にとっては密接に関係しているだろう

原子力発電という科学技術の粋を集めた文明の装置の問題点と
発酵技術の集大成である日本酒という文化の象徴の歴史と技と…

所詮、時代は文明と文化のバランスで成り立っている。
その折り合いをつけるためにも、文明と文化の深い理解と認識が必要である

 

さぁ〜LEDを点けて、燗酒を飲みながら文庫本を開くか…

大雪の朝

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久しぶりの大雪の朝
多くの人が「今冬初めての雪かきだ!」と言って腰をさすっていた。
春の雪の湿った重い雪ではない
軽快な…箒で、はける雪である

そんな朝に、電話がかかってきた
「長野の人から電話だけど…」魔子様
「昼ごろ来るって…〇〇さんと言う人!}

「しらないな〜!」

ばたばたとランチの準備をしていると、見慣れた顔が…
「なんだ!お前か〜」

県名と旦那の苗字で言われると、結びつかない
「G大にいた、あっきゃです」と言わないと…

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子供が二人、長野では珍しくもない雪に大はしゃぎで遊んで、食べて…行った。
「恩師の退官記念と神楽の練習に…」と言って、家族揃って来てくれた。

しまった。
子どもたちにソフトクリームをごちそうして上げれば…

卒業生が懐かしく家族を連れて戻ってくる
そんなときに、待っていてくれる場所にしなければ…

 

そういえば、小生の学生時代
昼飯をツケで食わしてくれた「美松食堂」や
何本呑んでも千円しか取らない「鶴八」は…
どうなっているだろう?「

ねくら

日本国内の全照明をLEDに帰ると原発十三基が不要になる
と言うので、店の照明をLEDに換えた
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換えて点灯した瞬間、根暗の店主がいても、店内が一挙に明るくなった。

 

大体が店主は、顔も悪いが評判はもっと悪い

表情が暗い
黙っていて、何を考えているかわからない
一日座って、むっつりしている
ひょっとして、ムッリスケべではないか?
ストーブのそばで、よだれを垂らして居眠りしている
うごいていると厨房の奥で”皿洗い”まがいのことをしている。
本当に皿を洗っているのか?
茶碗を割っているようにしか見えない!

 

そんな評判を一掃する明るさだ。
安倍政権の”ネクラのミクス”も一掃するだろう
あの顔を見ると世の中が暗くなる

 

明るいということはいいことだ
昔あったCMを思い出す

♫明るいナショナル!♫明るいナショナル!
みんな元気で〜明るいナショ〜ナル🎶〜

あれはどこのCMだったのだろう?
○芝は原発関連の機器開発でウォール街から融資を受けらないからあやくなったとか
シャー○は、液晶技術が東南アジアに負けて台湾企業に吸収されたとか

さまざまな本当の噂が飛んでいる

昭和四十年代から五十年代。
飛ぶ鳥を落とす勢いで伸びていた家電企業が、どんどん落ち目になっている
企業は平均寿命は三十年という。
よく持ったほうだ!

小生の友人も○芝に入社して定年退職をした
定年退職できたのは幸運というほかない
定年退職前にリストラにあったらどうすんだ
初孫を抱えて、年金を減らされ、まごまごするだけの人生ではないか?

 

なんだか、どうしてもネクラの話題になってしまう
こんな話題を朝から読んだからだろう

キャスター3人の降板が首相官邸の圧力によるものだ、と海外メディアは断定した。

知足

101歳の”むのたけじ”さんが朝日新聞に連載している
なんでも木瀬公二さんの聞き書きだという。

いぜん「人間の復興大学」の開講式に秋田から二人で来県され、終了後に当店で懇親会がわりの食事をされた。
その時は「もうすこしで100歳になります」と言っていたが、そんな歳には見えなかった。
とてもとても、小生はそんな歳まで生きられそうにないが、できたらあと35年先の世はどうなっているのか…
見たいものだ

しかし、世の中変わる様相を見せながら、この調子だろうと思う反面
生まれて一世紀もあれば大幅に変わる可能性があるのか…という期待もある

そんなことを思い出しながら朝日の連載を読んだ

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ココイチの業務用食材の横流しから、安いに飛びつく消費者を責め、本来の人間の生活のあり方を考えるという文面だが…

そこで”消費者と生産者の間に商いする人が入ったから間違いが起こる”とあった。
要するに、商人が予想した仕入れ量がさばけなくて、ごまかして売ったり捨てたりする構造ができるようになった。と言う
そうだろうか…。

 

どの時代のことを言っているのだろう?
江戸時代は、腐りやすい、しおれやすい葉物は、武家屋敷の裏で足軽や下男などが栽培していた。
若干日持ちのする大根類(亀戸大根や練馬大根)は、大八車やてんびん棒で江戸の街まで鮮度が届けられる範囲であった。
そして川越は、日持ちのする甘藷の産地として川を利用して江戸まで運ばれてきた。
戦国時代も含め江戸時代までは、食べ物が中心で街が形成されていた。
たべものが続かなければ、戦も勝てないし、何も生産しない武士の生活も成り立たないのである
その食べ物を誰が運んだか?
近くなら百姓だろうし、船や馬や大八車なら、やはり食糧を扱う業者だっただろう。
彼らは、信頼関係で成り立つ商売だったはずだ
そうでなければ、毎日せっかく運んだものが金に変わらないと言うことは、続かない。
金に変わらなくても、火鉢の灰(カリ肥料)の回収、し尿(窒素・リン酸肥料)の回収を行う必要があったので、
農作業に忙しい百姓が動けるのは近くの場合しかないはずである。
だから正確に仕入れる農家と販売先がわかっている商人がいたはずである。
そこには信頼関係があった。毎日の生業で、ごまかしや、ロスを生むほどの余裕は無かったのである。

江戸時代日本の人口は3000万だったという
現在1億2000万、食料自給率40%と考えると、5000万人が鎖国時代でも養えるが
江戸時代と比べ農業技術は数段進歩した数字である。
たぶん江戸時代は、3000万人がやっと食える時代ではなかったか?
だから節約して食べる、分け合って食べる。
山野草から茸まで、野山のさまざまなものを食べる技と智慧が出来ていた。
余り物を捨てる余裕など、なかったはずである。

それが明治の文明開化で欧米の産業革命が一気に入ってきた。
西洋野菜も白菜や玉葱ブロッコリーのように明治に導入されてきたのが数多く見られるが、
十分に行き渡るのはやはり昭和になってからだろうと言われる
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近場の流通は有ったかもしれないが、まだまだ遠隔地への化石エネルギーを利用した流通は無かったと思う
そして日清戦争や日露戦争のごとく食料を求めての領土拡張の戦争であり、
そのいさましい戦争も食糧や銃弾を確保しながら前進するという兵站という考え方がなくてはならなかった。

その明治をすぎて大正昭和と、まだまだ食料自給は程遠い
統計的には昭和36年頃からの統計しかないが…その頃90%近くあった。
まだ満足できないが、その凸凹を行き渡らせる化石エネルギーを利用した貨車輸送やトラックの流通が発達してきた
昭和30年台40年代前半までは、まだまだ市街には八百屋があり。魚屋が有り、食糧雑貨屋があった。
そこへ農業基本法(昭和36年)卸売市場法(昭和46年)など生産と流通の基本的な法律が整備されたが
そこへ現れてきたのが昭和37年開店の「主婦の店ダイエーの千林店」である。
このアメリカ型量販店は、一気に国内の隅々まで広がった。
小生が高校時代を過ごした昭和40年代前半の人口3万人程度の北上にも
当時「北上スーバー」「タシマヤフード」の2店舗が競っていた。

そのころからであろう
消費者と生産者が離れ
満ち足りているところから、足りないところへ流れていた流通が
金という腐らないところへと、方向を変えて流れていった。
また生鮮食品は保存する智慧や、すぐ食べる努力をしないで捨てられるようになったのは…

長い自給が出来ない歴史があり、どこからも食糧が入ってこない島国であった日本は、
”我慢”と”もったいない”という精神の習慣が根付いた
それが「知足(足るを知る)」という言葉だろう

高度経済成長とバブル、そしてグローバル化と経済成長を求める中で
”足る”を忘れた人々が、このような構造を作ってきたのだろう
しかし自分も、その社会の一部かもしれないという反省と認識をもつべきだろう

タクアン考

たくあんと言うと懐かしい思い出しかない
というか…

たくあんでボリボリとご飯を食べた記憶しか無い
もちろん、最初からたくあんで酒を呑むような年齢には至っていない
もっともたくあんで酒を呑むというのは、落語の「長屋の花見」だろう
確か、タクワンは玉子焼きの代わりだったような気がする
しかし、今玉子焼きのほうが安いのではないか?
十個で二百円ぐらいの卵と、一本三百円のたくあんと、どちらが食べごたえが有るのだ

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そんなたくあんが、あちこちの産直で売られている
真っ黄色の甘いたくあんである。
そんなのは、沢庵ではなく、タクアンだろう(?)と思うのだが…

当店の熱烈なファンのお客様が、当店自家製造のたくあんを大量に買っていただく
「どうするのだ?」と聞いたら
「これが本物のたくあんだ!」と言って周囲に配るという。

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もうだいぶ前になる。
あまりにも色鮮やかなタクアンが農家から出てくる
そして、砂糖をまぶしたような甘いタクアンである

「こんなタクアンを、昔から作っていたの?」と聞くと
「うんにゃ。うめがら…」と言う

美味いという味覚が麻痺しているのではないか?
いやそれとも市販の漬物の真似をしているのではないか?
(市販の漬物は防腐剤代わりに砂糖を多用している)
いろいろと文献を探して調べた結果…

市販の漬物と似ているように作ると「売れる」と思っている。
「甘い」という感覚は、「美味い」と言う感覚である
(生まれた時に最初に感じる味が甘みだという。その甘さをうまいと感じるが、年齢を重ねるにしたがい赤ん坊のように戻る。
つまり甘いモノを欲しがるようになる。タクアンを作るおばあちゃんは、甘いのが美味いと思っているのである。)
そして市販の漬物の素である。真っ黄色の着色料と、ザラメを入れろというレシピ
以前の作り方と違って、「売れるもの」を造っているのである。
たぶん、行政の産直担当の指導者は。そういうふうに教えているのだろう

当店の熱烈のファンのお客様は、他の産直店で聞いたという
「なぜ塩だけの沢庵を作らないのですか?」
「”売れないから…”とポツリと言われた」と言う。
売れれば良いのである

そんな産直と一緒にされるのを嫌って「脱産直宣言」をした
10年前のことだ。
しかし、多くの人が当店を。まだまだ産直だと思っている
そして声が出る時から「産直が農家を駄目にする」と講演で何回も喋っているのだが…。
しかし、それも、なかなか浸透しない
「地産地消」や「身土不二」は、経済効果があるとなると、すぐ浸透する
ようするに売上が上がれば…儲かれば…すぐやるのである
儲かったほうが、勝ちか…?

産直とは、農家のじっちゃん、ばっちゃんの長年の技や文化を紹介するものである。
既存の流通を変えるものではない。
既存の流通が本来の役目、”モノのないところへ、モノを流す”ことが
”金のあるところへ、モノが流れる”ように変わってきたから、間違うのである。

いずれにせよ、当店の熱烈なるファンのお客様は塩だけで漬けた沢庵は
「噛みしめると甘みがにじみ出てくる」と言う
それを食べて日本人は、歴史を積み重ねてきたのだ

塩と糠と唐辛子だけのたくあん
子どもに伝えたい味である。

サヴァ?(元気?)

鯖缶である
昔、良く食べた。
鯛や、鮪、鮃は口に入らなかった。
缶詰にも入らなかっただろう!
缶詰というと鯖だった。

水煮・味噌煮は、やすかった。
家では、缶詰ではなかったが、鯖はよく食べた
缶詰は学生時代だったような…

近くの食料品店に行くと、まっすぐに缶詰売り場で鯖缶を買った。
いつにまにか、ポケットにカニ缶が入っていることも、時折有った。
あの婆ちゃん、気があったのだろうか?

魔子様は麸が嫌いだ。あの可愛らしい丸こい麸が嫌いとは合点がいかない。
その訳は、”いつも味噌汁は麸だった”と言う。”だから食べ飽きた!”と

そして鯖も、”いつも食卓に出ていた”と
まぁしかし最近は、水煮・味噌煮よく食べる
やはり安くて栄養価が有って、EPAやTPPやエイコハペンタゴンサエンサン(?)やドコサヘキサイッタノ(?)などが豊富に含まれているからだろう

そんな鯖缶に、こんな鯖缶がでてきた
まるでフランス語のようである
(仏語で元気?という意味らしい
学生時代、第二外国語はフランス語だった。
未だに英語も仏語も話せない(大泣))

”宮崎の小林市の真似か?注CM!”

3月1日プレスリリースがあると、仰々しいが…
所詮、鯖缶である。(この言葉は差別ではない、区別だ!)

3月1日意向、県内のあちこちに並ぶだろうが…
これを当店で並べるのか?悩む!

どこで買っても一緒のものは並べるのは…
しかし、来店のお客様の利便を考えると…

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寄生

 

薪小屋から、こぼれ落ちた薪に一枚の葉がついていた
その葉っぱが落ちたら…

昔読んだ小説に、壁につたった最後の一枚の葉っぱが落ちたら死ぬと想っていた患者が
なかなか落ちない葉っぱで生き延びた
その葉っぱは。心配した人が壁に書いていた絵だった
と言うような海外の小説(?)を読んだような気がする
と変なことを想像していたら、
やはりその端が黄化していつの間にか落ちた

そこへ若い芽が青々として伸びてきた

「これヤドカリでないの?」と言う人がいた
ヤドカリ?
そうだ!ヤドカリかぁ〜

と思っていたら、ふと気がついた

それを言うなら「宿り木だろ!」

いずれにせよ、寄生して育つ動植物である
寄生して…

ヤドカリも宿り木も、寄生するのだ
なんだか農家に寄生している店主に似ている

この宿り木、大きくできるだろうか…
寄生して養分吸って…
大きくしてみよう!枯れてしまったら、その時は…

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