ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

巨星

野口誠一が死んだ。
もう一年になるらしい。
年末にりんごを贈ったら、礼状とともに奥さんから連絡があった。
「悪性リンパ腫で入院二ヶ月、2月18日だった。
知らせないようにと言う遺言で黙っていた
内々で法要を済ませた」と言う

野口誠一は、八起会の会長である。
八起会は倒産者の会である。
東京が本部である。

小生は会員だった。倒産経験者ではないが、「転ばぬ先の杖」である。
40代のときには、月に一回の八起会月例会に東京へ一生懸命通った。

衝撃的であった。
倒産者が涙を流して経験を語った。

有るときは、「来月の手形が落ちない」と切れそうな頭の経営者が吐いた。
翌月、その細身の若い切れそうな経営者は、いなかった。
「自殺した」と言う

親しげに声をかけてきた人がいた。
「岩手ですか…」「私は久慈の出身で、家族を捨てて逃げてきました」

体験発表で
「娘が口をきいてくれない」とビルの片隅でボイラーマンをやっている元経営者がいた。
「ヤクザに追われて名前を変えて逃げている」と言う小柄な元経営者もいた。

そんな人たちの単なるたまり場ではなく、再起の場だった。
七転び八起きで七回倒産しても八回立ち上がろう
(七回倒れたら七回立ち上げれば良いのでは…と言う茶々を入れる人もいる)
反省して再起を測ろうと言う場を野口誠一は作っていた
自身も、大学を卒業してすぐ起業し、何社も潰した経験を持つ
彼は、その経験談を語り、講演で稼ぎ、その金を八起会につぎ込んだ。
倒産者が集まってきても、誰一人金を持っていないからである。
全国各地に講演で回った。
盛岡にも来た。くれば必ず電話をくれた。
「飯をくおう」と言って
そしていつも言う
「失敗に学べ!成功した話は運だ。
失敗をした話をいっぱい聞け。その失敗をしなければ続く」

二年前に上野で会う機会があった。
彼は言った「仕事をやめちゃいけないよ」と伝法な東京の言葉で語った。
暑い夏だった。
汗を流しながら下谷神社にお参りした。

また一つ、巨星が消えた。

合掌!

頭の体操

朝から…
いや目覚めたのが1時だから…
パソコンに向き合って7ページに渡る「答弁書」を5時間かかって書き上げた。

疲れる
何杯、珈琲をいれたことか…

ようやく適当(?)まとめを書き終わった

 

答弁書「まとめ」

理解のない人へ理解させるのは大変な努力を必要とします。

特に放射能は、空間線量と、食品に含まれる放射能は単位も違いますし、影響も違います。単に「検出」「不検出」と言う言葉が独り歩きすることを大変心配されます。その放射能が人間の体に多大な影響をあたえることは、被爆国の日本なら広島や長崎の悲劇を知られております。

放射能を異常に恐れる人や、全く無関心な人など、さまざまな人が生まれます

控訴人は、単にデーターを添えて出荷すれば売上につながる。と言う発想なのですが、食料生産と言う体内に取り込むものを作る立場ではいかがなものかと思います。

農薬にしても過剰に散布すれば環境にも人体にも影響が出てきます。
食品添加物もしかりです。さまざまな化学物質を取り込み続けている現代人にこれ以上のものを許されるのか、まだはっきりと分かっておりません。
そんな時代に、こんな食品の生産者がいるという認識は驚きです
こんな生産者を抱えている産直の対応も問題だと思います。
産直は「顔が見える」ではなく「顔しか見えない」ことを心に留めるべきです。

尋問で「農家登録しておりますか」と聞いたのは。
「農家」なら十分な情報を行政から農協から得ているという認識があったからです。控訴人は「農家登録」も知らない、たぶん食品の安全に対する認識も殆ど無い、生産者だとおもいます。こういう人が生産をすることは危険です。

この裁判が、山菜を食べる「食文化」と「食の安全」を、もう一度考える切っ掛けになれば…と言う思いです。

 

手直して、本日提出。来週控訴審だ!

しかし、よい頭の体操になる。

ある定休日

久しぶりに定休日だ。
と言っても気分的には何も変わらない。
ようするに着替えないでパジャマに羽織っただけで一日を過ごした。
出会ったのは、認知症の母のヘルパーと…
その母が壊した便器の修理に来た設備屋さんだけだ。

早朝から机にかじりついて仕事をしていた。
魔子様は、いつもギリギリまで寝ている。
定休日の朝は、認知症の母がデイサービスに行く日だ。
ヘルパーが来る前に準備をしておかないと…
魔子様がギリギリに母屋に行くとすぐ
机の上においたガラケーが鳴った。
「部屋中水浸しだ。トイレから漏れている」と言う
ガウンを羽織って、慌てて母屋に行く。
なんとトイレから漏れた水が溢れて玄関まで漏れている

どこだ!漏れているのは…
元栓は…

母屋の水道管の元栓まで熟知していない。
慌てて探す。
元栓を締めると水は停まったが…
水浸しの床には古いシーツとかタオルが山のように敷かれた

その間に母は、ディサービスに持参する着替えをひっくり返して
そこへ迎えの車が…
ヘルパーが水浸しの玄関マットを…
魔子様は母の着替えを…
定休日は、てんやわんやの朝で始まった。

よく洋風便座をみると、簡単に外せるようになっている。
止めた水をまた出してみると、ウォッシュレットに水を供給している部分から漏れているようだ
どうやら凍って配水の部分が壊れたようだ。
いつも、主語を抜いて言う魔子さまは
「全部、抜いてあった」
ふとみると電気配線のコンセントが抜かれていた。
昭和一桁生まれの母は、節約が大好きというか…身にしみている
部屋の暖房も、すべてコンセントは抜いて寝るのである。
ところが便座の暖房は、便座だけでなく配管の凍結防止も兼ねていたようだ。
それがこの寒さで凍って便座を破壊したようである。

知人に電話して
「知っている設備屋さんを紹介してくれ」
「了解しました」「後で電話をさせますから…」
という会話を、ディサービスに出かけた直後にしたが…
昼を食べても、午後のお茶を飲んでも…

こない
「今日は来ないのですかね?」と電話をすると…
「別のところを、当たりますから…」
やってきた別の設備屋の社長さんは
「いやぁ〜定期検査で病院に行っていたところを呼び出されて…」

紹介してくれた知人に言う
「忙しいところ申し訳ない。この寒さであちこちから依頼があって、大変ですね」
知人
「まったく、”水が出ない””湯が出ない”と、てんやわんやで、どうしようもないのです」
「それは、それは…金を稼げるときに、こんな仕事を頼んで…」
「いや〜金にはならない!忙しいだけで…」

この洋風便座は几帳面な母のファイルを見ると15年前に購入したものである。
まぁ寿命か…と思いながら、
寒波の影響は、あちこちに出ている。
しかし、ほんの20年前の冬には、真冬日が一ヶ月も続いたときもある
暖冬で油断していたと言うが、
快適さに慣れた人間というものは、忘れやすいものだ。

冷えた

窓ガラスが凍った

冷えた!

そういえば最近この「冷えた」という感覚がない
以前は…と言っても、20年前は、こんなものではなかった。

油断すると、水道が凍結するのは当たり前だった。
「水を降ろしておいて…」と今は認知症だが、当時はしっかりしている母に言われて、
お江戸の生まれの魔子様は、台所の棚に乗せてあるポットの水を下におろしたそうだ

スープの冷めない距離に孫がいる家がある
築40年は経っているだろうか…
ドアが凍りついて。あかないと言う
寒すぎて2歳の孫は、家に帰りたくないと言う

店は冷え切っている。
以前は、砂利をしいたテントハウスだった。
外気温と室内と一緒だった。
大根が棒のようになった。
卵も凍った。凍った卵は、割れない
リンゴの蜜のところが凍った。溶けても売り物にならなかった。

今の店の基礎は、コンクリートだ。深く打ってある。
それでも室内は冷えている
冬でもソフトクリームが時々注文がある
ソフトクリームの設備は、水冷式である。その水が凍った。

ボイラーで沸かしている温水も出てこない
ボイラーに供給している水道が凍ったようだ

魔子様は喜んでいる。
江戸と違って”ごきちゃん”がいない。
当たり前だ。この寒さで生きられるゴキブリがいるか?
ゴキブリのような男はドテラを着て生息しているが…

 

そんなときに小正月だ。
お粥を振る舞い、ミズキ団子を飾った。

ミズキ団子は小正月のお飾りだという

岩泉の彼は言う。「岩泉らしく質素だから…」
赤・黄・緑のカラフルな団子ではなく、そば粉と米粉だけの質素なミズキ団子だ
無病息災・商売繁盛・飲酒呑友・家内安全・桃色遊戯・

さまざまな願いを込めてミズキ団子を焼いて食べた

45年後の結論

友人から貰い物だ
最近、貧乏になってきたせいか…
貰い物が多くなった

「ほんの気持ち」が嬉しい
「酒の…」と言っていたので「酒か?」と思って開けたら
手づくりのパンと、鶏が入っていた

手づくりのパンは、魔子様が早速切り分けて口に放り込んだ。
「うまい」というより、作り慣れた人のパンだ。上手だ!旨い!

 

そして鶏である。
これを内臓の部分に何か入っているに違いない
解体するには…
やはり解体学校に入って勉強しないと…(と昔は思った)
今はネットで調べられる
もも・手羽・胸・乳・尻と切り開いて行くが、包丁が問題だ
(あこがれの乳はない、哺乳動物ではない)
この手の肉は、洋包丁で良いはずなのだが…
その包丁が切れない洋包丁なのだ
毎日、きっちりと研いでいない
仕事と一緒で、行き当たりばったりである。
バサバサの、ばらばらの肉塊が出来た。
しかし、口に入れると香ばしくて塩気が強くて旨い
なるほど「酒のあて」である。

 

彼と「売る」ということを話した。
もともと農業は原始時代から自給自足だった。
それが物々交換になり、貨幣経済になった。
しかし、日本の隅々まで貨幣経済が行き渡ったのは、つい最近昭和50年代である
山形の知人は、少年の頃、軽トラで売りに来る人と「米と魚を交換した」と言っていた
1930年の恐慌は、岩手の山奥では、だれもそんなことを知らなかったと言う
貨幣経済は、浸透していなかったのである。

ところが貨幣は、その手軽さから、そして保存性から可及的速やかに広がって行ったのである。
何と言っても、持っていて腐らない

食べ物は、どんどん腐る。
腐るから、本来はいる分しか作らなかった
それが武士が生まれ、都市と農村に分離してから、武士や都市のぶんまで作らないといけなくなった。
徴税や貨幣目当てに…
以前は不足していたから、ほとんど作ったものは供給された
昭和30年台に米が完全自給された。
その後、農産物も余剰ができ「売る」ということが重要視された
卸売市場法は、昭和30年代だった。

そして飽食の時代は、輸入農産物と大量生産技術によって余剰のものを「売る」ということが技となり。力となった。
小生22歳のときの、「卒論」と言う丸写しのレポートは「流通業に卸売は必要か?」で商社に入社した。
そして45年後の結論は

「作るのは楽しい。売るのは難しい」
「良いものはい売れるではなく、売れたものが良いものである」

 

少し端折って書いた

詳しく書きたいが…今は時間がない。後からじっくりと書こう!

 

 

栄養指導してみろ2!

栄養指導と言っても、ようするに、食べている量の数字分配にすぎない

タンパク質は何グラム摂っているか…
脂質は何グラムで
塩分は…

そして余っている分を減らせ!
減らす代替商品を提案する
それが栄養指導である

小生の場合、絶対量が足りないのである
今の栄養学は十分な摂取量が確保されていることを前提として、偏っているから変えろと言う
食道がんの手術をした執刀医は術後
「高蛋白高脂肪の食事をしろ!」と指導した
術後5年、足がむくみすぎた小生に、腎臓リュウマチ科の主治医は
「逆です」と言った
管理栄養士は
どちらとも、はっきりしなかった
なぜか朝のお菓子の一口を
「替えてチーズにしたら…」と言うアドバイスだけだった。
糖尿の心配をしている総合診療科は
「血糖の波が大きくならないようにのべつ幕なし食べるのは、それでいい」と言う
消化器内科は
「食べる量を増やすには食道を広げないと…バルーンやる?」
ようするに食道に胃カメラをいれて風船を広げるのである。
もう10回以上やっているが、体の中というのは柔軟である。
風船が膨らんで食道が広がっても、すぐもとへ戻るのである

要するに西洋医学は、その場その場の対処療法である
そこで東洋医学の鍼医が登場するのである

「酒飲めばいいよ、酒呑めば…。」
「蒸留酒はだめ。醸造でないと…酒やワインは良いがウィスキーはだめ!」
「汗を出せ。汗を…風呂に入って…」
「水分を取るな」
「足のむくみは、身体が水分を保持できなくて下におちるのだ。内蔵を強化しないと…」
そして
「バランスが良ければ、それでいい」と言う

「救われる」

 

昔、と言っても15年まえぐらいか…
鷹觜テルという栄養学者の晩年に知り合った
某国立大学の名誉教授をしていた
栄養学で有名な先生だった。
医者と一緒に山梨の山村棡原村の長寿の健康調査をした
長寿の村が、街へ続く道路が一本通っただけで「逆さ仏の村」になったと言う
ようするに高齢者よりも若者から先に亡くなっていくのである。

これより引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(古守豊甫・鷹觜テル著『長寿村・短命化の教訓:医と食からみた棡原の60年』(樹心社、1986年)より)

山梨と長寿との関係については、もっと古くから注目、研究されていました。
それは、急峻な山に囲まれた地域、上野原市「棡原」地区の長寿の状況です。
棡原の入口にある記念碑「長寿村棡原」には、次の言葉が刻まれています。

『・・・古来、村人は健康で人情に篤く、粗衣粗食、耕雲種月の日々を楽しんできた。
穀菜食を主とし、肉食を嗜まず女性は多産且つ母乳豊富、老人は皆天寿を全うしまさに、身士不二の桃源郷である・・・』

昭和43年、この棡原住民の生活を微に入り細にわたって疫学調査したのは、甲府市の古守病院院長・古守豊甫と東北大学医学部の近藤正二教授。彼らは、雑穀や野菜を中心とした粗食と、高齢になっても辞めない(定年がない)労働が長寿の元になっていると分析しています。
厳しい生活環境であるにもかかわらず、住民は、腰も曲がらず、寝たきりになることもなく、夫婦ともども長寿を全うする棡原の住民。経済成長が山間地に及ぶと、生活習慣は大きく様変わりしました。
80・90歳代の親よりも、50・60歳代の子どもが生活習慣病になり、親よりも先に亡くなってしまう「逆さ仏」現象が目立つようになったのです。
古くから当地の疫学研究を続けてきた古守医師と、栄養学者の岩手大学・鷹觜テル教授は、棡原に起きた短命化現象を研究、昔の食生活に比べ、住民の動物性タンパク質や脂質の摂取量は増えた一方、各種ビタミンやミネラル、食物繊維の摂取量が減少していったことから、両氏は、食生活の変化が長寿村・棡原を崩壊させたと結論づけました。

健康長寿日本一に関連深い山梨の郷土食「ほうとう」

引用終わり〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

その鷹嘴テル先生と出会って話をお聞きした

先生は「講演会が終わって質問の時間になったときに
有る女性が”先生!それでは私たちは何を食べたら良いのですか…?”」

聞かれて先生は、答えられなかった。
「”これは食べて駄目”とばかり言っていたのである」
その後先生は色々と考えた。行き着いた答えは

「体の栄養と、心の栄養」である。

体の栄養ばかり訴えても、心がついてこない
満足感や食欲など、ある程度心を充足させることが必要だと、気がついたのである
先生は、それを文字に書き表したいと言って「筆記をしてくれ」と頼まれたが、当時もめちゃくちゃ忙しい時代だった。
ついつい「いつか…」「いつか…」と思って疎かになっている間に、亡くなってしまった。
もったいないことをした

 

今の時代は、ちぐはぐである
「柔らかい」「甘い」「旨い」というのが優先して身体の栄養がついてこない
そして、その対応は、身体を優先して、心をみていない

やはり東洋医学のバランスが重要なのである。

栄養指導してみろ!

「栄養指導を受けろ」と新しい主治医は言う

循環器や消化器外科・内科、乳腺外科、整形外科、眼科、産婦人科、総合診療科と、さまざまな科を受診してきたが、
これにまた新しく加わった。腎臓・リュウマチ科と言う。

「腎臓の機能が悪くなっている」と言う
なんでも数値から言うと腎臓の機能が四割り程度しか働かないという
そして、一割を割ったら「透析」だという

 

ラグビーをやっていた農家仲間が、透析をしている。
帰りに店によって、雑談をしながらリンゴを買って帰る
べつに大変そうではない。ラグビーもしている。と言う
鍼医は、「ラグビーでもなんでも良い、汗を出せ!汗を!」と言う
風呂に入っても、運動しても良い
”汗を出す体質が、腎臓の機能を回復させる”と言う
そういえば、痩せてから汗をかかなくなった
昔は脂ぎって、汗をダラダラかいていた体質だったのが
満員電車は若い娘は近寄ってこなかった。露骨に嫌な顔をされた。(泣)
準高齢者となった今は、性格と一緒で、さっぱりとしている(?)
そんなこんなで三月に一回、腎臓リュウマチ科を受診する羽目になった。

昨年末に急に体重が増えた。
70kgを割っていたのが一挙に78kgまで増えた
その増えた分は、左足に来た。
脚が象の足になった。むくんだのである。
「ひょっとしたら胸水も溜まっているかもしれない」
「すぐ入院!」と言われた

大事な年末年始である。
喪中とは言え、正月しか呑めないお屠蘇代わりの朝酒はやめられない。
そんな時期に、ベッドで酒が切れて、うつらうつらしていられるか?
というわけで入院は断った。

「じゃ〜年明けに数値を確認して…」ということになったが

そのまえに栄養指導を…と言う
栄養指導?
ワシに栄養指導ができるのか!

だれや責任者は!
と怒鳴ったが、可愛い栄養管理士が出てきたので許す

しかし、ワシの栄養指導は大変である。
そんじょそこらのおっさんと違って、知識だけ豊富である。
そして本体は、食道が狭まっているから、食べ物が入っていかない。
つまり、カロリーが不足なのである。
おまけに味見と称して、店のものをのべつ幕なし口に入れる
一日五食などと言う、生半可なものではない
要するに、細かに分けて少量づつ食べているから、何をどう食べているのかわからんというのが実態である。

早朝に起きて、コーヒーを淹れる。駄菓子を一個つまむ。(目覚めの一発)
一段落すると昨日の魔子さまの残りの鍋物の汁をリメイクしてすする。(もったいない)
店に行って玄米を炊き、残った玄米を口に入れる(味見だ)
赤飯も残るからそれも口に放り込む。(これまた味見だ)
ついでに味噌汁の味見を小皿でする(これが美味しい!)
弁当の残りのだし巻き卵の切れ端をつまむ。(タンパク質の補給だ)
お漬物や、ぬか漬けの味見をする。(塩分の加減を見る)
そうこうしている間にお茶を飲む。(喉が渇くが飲むと食べ物が入るスペースが無くなる)
それから昼飯はとらない(取ると眠くなる)
配達や集荷で外に出るとコンビニで珈琲を買う(小分けに水分供給)
コンビニで、何か目新しいものがあれば口に入れる(市場調査)
店を閉めて家に戻ると、豆腐を半丁、湯豆腐にする。(良質タンパク質の補給)
たいこばん納豆と、ギバサ(アカモクを細かく刻んだ海藻)を混ぜ合わせたものを、ちょっとつまむ。(酒の肴)
松前漬けや、煮物をちょっとつまむ。(栄養補給)
お酒は一合、風呂に入ればビールが一つ。(カロリー摂取)

そんなものだ
だから計算しても1500カロリーは、いかない
そして塩分も6グラムが基準だと言うが、そんなもんだ。
どうだ!これで栄養指導してみろ!

複合汚染

コンビニでおにぎりを買った。
いつも買う

別に好きではないが…

売れているものがどういうものか…
どんな味付けなのか…

当店のものと比較する
また商品開発も兼ねて買うのである

食道を切除したから、余り量は入らない
食道を切除して縫合した部分が狭まって量が入らないのである
や量が入らないのではなく、食べ物が通っていかない
いったん溜まる、そして少しづつ落ちていく、
だから溜まる量(オニギリ1個分)ぐらいしか入らない?
まして、購入して食べるほどうまいものが有るバズはない
のだが…

たまたま入ったコンビニで

「ふわとろ玉子のオムライスおむすび」とあった
見た目は美味しそうだった。
食べてみたが、冷えてぼろぼろしていた。
それよりも裏を見てびっくりした
原材料表示のラベルが、オニギリ全体に貼り付けてあるのである

書ききれないのである

多分一つ一つは、法的に問題はないのだろう
いや問題は無いはずだ

しかし、一つ一つが混じり合って、胃酸と絡んだら…

問題は無いのだろうか…

有吉佐和子の「複合汚染」と言う言葉を思い出した。
放射能は10歳までは放射能の感受性が強いという
調味料や保存料などの口から入れるものが…
幼い子供たちには、どんな影響があるのか…
しらべた事はあるのだろうか…

どんどん疑問が膨らんで、腹も膨れた

そういえば今、我々世代は、どんどんガンで亡くなる
我々世代は、核実験の放射能だけでなく、公害問題や食品添加物、輸入食品等々、規制がない状態で食べるだけ食べた。
あとから規制が、どんどんできてきた世代だ。

その結果がガンの多発かもしれない
しかし、その原因はだれもわからない

わからないまま進行する。
子どもたちに何を食べさせるのか…

 

当店の玄米オニギリは

玄米と味噌と秘伝豆と…
至ってシンプルである

新春の夢

年末に弁当の注文の問い合わせがあった。
年明け早々に40食だという。

当店は、消費者ニーズに懐疑的である
しかし、お客様のワガママには、できるだけ対応している(?)
魔子様は「40食は多いね…」と言って無言である。
こういうときは、あとでなんと言われようと押し切る
「注文!受けたよ!!」と言って…
「なんだかんだと言って…受けるのね」と言いながらブツブツ言う魔子様に注文書を渡す。

昨年から最低単価を上げた。
500円から700円である。
最低500円だと「配達付きのほか弁」と勘違いして注文をくれる。
注文はありがたいのだが、「配達」がメインになって弁当の評価があまりされない。
ようするに弁当担当が「焼肉弁当を選んだのか?」「焼き魚弁当なのか?」「幕の内なのか?「のり弁なのか?」
「まぜあわせで注文をしたのか…」それで頭を悩ます。

当店は「800円の弁当」と言うとそれなりに作る。
そして魔子様は、それなり以上に作ってしまう。
「原価が合わないよ!」ときつく叱っても
「手は抜けない!」と言い張る

 

若かりし頃、会社で電話がかかってくると
「三回ベルが鳴る前に電話を取れ!」と言われた。そして
「”こちらから掛けます”などと言うな!どこから電話だ!
遠方は電話賃がいくら掛かると思うのだ!すぐ出ろ!」と怒られた。
しかし「来客中は出るな!」と教わった。
わざわざ尋ねてきた人と向き合っているのに、割り込んできた電話に出るのは、来ている人に失礼だ。と言うのである。

それと一緒で、「朝定食」や「ランチ」で、わざわざ来店している客をそっちのけで、配達弁当を作っているのは申し訳ない。
だから弁当を、どんどん広げると、来店している人に申し訳ない
じゃ〜別会社で弁当事業を大きくして、人を雇って…、
規模拡大で… 原価を安く上げて…
と言うのが資本主義経済の拡大思考の発想である。
そうすると、資金が必要となり…、人件費がかかって…、経費が増えて…、競争が激化して…それに立ち向かうためにコンサルに相談して…
金融機関の餌食になり…と言う悪循環に陥る。

こちとらが狙っているのは、縮小経済の循環型の仕組みである。
その発想方法の原点が農業である。いや「農」か…
ようするに暮らしとしての…
営みとしての農である。
そして三ちゃん農業である。

もう若い人は知らないだろうが
昔の兼業農家は、オヤジが金を稼ぎに行って、残された爺ちゃん婆ちゃん、かぁちゃんで農業をやるという仕組みである。
ようするに、家で食べるもの、使うものは、すべて家族で作り、ほんの少しの現金収入でも一家が元気で仲良く暮らせると言う仕組みである。
そこには「原価計算」という仕組みがないのである。
働けば働くだけ、自然がお返しをしてくれると言う仕組みである。

そんな仕組みが、今の家族という単位で出来ないか?
という馬鹿みたいな、夢のような試みである。
新春に、ふさわしい試みである(?)

そんな試みは、新春に形として現れた。

配達をした某国立大学の芸術系の集まりの担当者がメールをくれた

「本日はありがとうございました。
参会者の皆から好評をいただきました。
毎年この時期に研究会を行なっていますが、弁当で感謝をされたのは初めてです。
私も嬉しくなりました。
お品書きなども添えられていて、真心が伝わるお弁当でした。
大変ありがとうございました」

お金ではない、感謝の気持ちが嬉しい。

一日一本

昨年Blogを186本書いた。
2日に1本である。
その前年は261本書いた
3日に2本である。

本来の目標は一日一本なのだが、朝の時間がなくて、ついつい疎かになる。
早く起きているのだが、ネットサーフィンで時間を取られる
別にネットを、あちこち見ているわけでなく、捜し物をしているのだ

つまり前日に疑問に思ったことを調べていると、次から次へと疑問が湧いてくる
そのそばにあるコラムを、ついつい読んでしまい、それからまた新たな疑問が湧き調べ物が続くのである。
ようするに検索技術の向上で時間を減らせるのかと思うのだが…
そんなことを勉強している暇があったら、ネットサーフィンをしたほうが良いのか…

そもそもパソコンの勉強などしたことがない
というか自己流である。だから基本的なことも余り知らない
文章を書く、簡単な表計算をする、ネット検索、そんなものである。

しかし、携帯にせよ、パソコンにせよ、その機能の10%も使いこなしていないだろう
携帯は、必要なときに電話をかけるだけ、後はマナーモードだ。
携帯メールは、太い人差し指であちこち間違えながら一本指で打つので絶対に必要なときにしか打たない
先日、古いガラケー携帯でも「Suicaカード」が使えることを初めて聞いた。しかし、やるつもりはない。
その携帯は、20年近くAuで、替えたことがない。
昔の人は、一つのものをとことん使い込んで自家薬籠中の物としていた。
今の人は、新しい物が出るとすぐ乗り換えてしまう。経済のためにはそのほうが良いのだろうが…
”モノを大切にする”という心は、どうなるのだろう

どんどん科学技術が発達し、すべてのもののスピードが早くなる
しかし、そのスピードに「マナー」や「こころ」が追いついていくのだろうか…

先日、携帯に電話があった。
見知らぬ電話番号だった。出なかった。
後で取引先の若い女の子から「電話かけても出なかった」と言って責められた。
以前は、電話を掛けるのは失礼なことだった。
用事があるなら出向いてお話をしなさい。と教わった。
そして電話よりも、わざわざ出向いて来てくれた人を優先しなさいと

新しいBlogという情報発信も私信ではないから、マナーに欠ける部分もあるだろう
気に障る部分も色々とあるが、何とか「一日一本」を目標に地道に続けたいものだ