ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

善意の忖度

「火曜日しかいないので、火曜日必着ね!」
「はい!”火曜日必着”で出荷しました」と言って一週間前の火曜日に出荷した。

いまどき離島や沖縄ならいざしらず、国内でどんなところでも翌日には着くだろう
いや東北から関西だと二日かかる便もあるが…
一週間前に出荷すれば…
配達地域の営業所止めで荷物は保管されるだろう

そして当日の火曜日、客から電話がかかってきた。
「まだ着かない」
夕方暗くなった6時過ぎのことである

荷物は米を300kgである。
出荷を手配した業者は、
「大きい荷物なので…安い便を利用しました」と配慮を見せた
その安い便の現地営業所へ電話をすると
「配達先の山村へは、月・水・金の隔日しか行かない」という。
夕方6時現在、まだ荷物は営業所にある。
そして「火曜日着だと赤帽を頼まないと…」
「今から手配すると荷物は9時すぎの到着になる」と言う

先方は「着くまで待っている」
「出かけないといけないが、それまでは…
荷物の置き場所も指示しないと…
大きな場所をとるから…」と言う

 

最初出荷の指示をだすときに「火曜日しかいない。火曜日必着」と言って出した
そして一週間前の火曜日に「出荷しました」と言う出荷案内書が届いた。
心配になって、メールを打った。
「火曜日到着は、間違いないか?」
何回かやり取りがあって本人から「火曜日必着で出した」という確認が取れたが
なんとなく一抹の不安が残った。
それを飲み込んだのはもう何年も前から、
”この時期に出荷して着いている実績がある“と言う実績主義だ。

そして遅れた。遅れながら火曜日の夜遅くに着いたが…

300kgと言う荷物を送るのを宅配便のように考えてしまった当方と
いつも大量の荷物を送り慣れていない業者が。いくらでも安い運賃を…
と言う善意の仕事が結果的には迷惑をかけた。

つまり「米のような安いものを大量に運ぶには小さな運送会社に無理を言えば…安くなる。という経験から来る善意の忖度である。
そこには「前後は仕事が忙しいから火曜日しか受け取れない」という得意先の気持ちが蔑ろにされている。

得意先は言う
「運賃がかかっても、きちんと火曜日に着くほうがありがたい」

 

忖度は、経験でしか判断できない
モリカケ問題も、経験がなせる忖度なのだろう

 

緑花椰菜の旬

緑花椰菜の旬とは?
まず第一に「緑花椰菜」の漢字が読めない
これは、ブロッコリと呼ぶ
なんとなく漢字のイメージがブロッコリと言う感じだ。
カリフラワーは花椰菜と書く。
なるほど…なるほど…

そんな感じだが…
花と菜の間にある「揶」の字がわからない
久しぶりに漢和辞典を引いた。

木部の11画だ。読み方は「や」という
ヤシの木のことらしい
椰子と書くと「やし」と読める

「日本語は難しい。」と言うが、漢字は難しいが面白い。

この面白さは漢和辞典を引くということで発見されるが…

今の若い人達は、漢和辞典を引くということがあるのだろうか…
引き方も教えているのだろうか…
すべてパソコンで処理されているのかもしれないが…

 

つまりブロッコリは、 緑の花の椰子のような菜っ葉ということか…
そんなイメージだが…

緑花椰菜の旬は、「十二月の今だ!」と言う
そして産地は、北海道と愛知と埼玉だという
北海道で今野菜が取れるの?と思うのがあたりまえだろう
そうしたら春早く蒔いて、秋に収穫して11月には終了する栽培だという
全国各地でリレー栽培を仕掛けた農林省の仕業である

北海道が終わると愛知、そして埼玉と産地が移って年中ブロッコリーが食べられるという

「どれか野菜一種類を食べなさい」と言われたらブロッコリーを選べ

と言わるほど栄養価が高くバランスが優れておりますので年中食べられるのは嬉しいことですが…

やはり夏秋の栽培は無理があるようで、大量の農薬を必要とすると書いてありました。岩手の夏ほうれん草のように旬を外れた作物は、どうしても無理が出ます。

そんなブロッコりを、小さな頃食べた記憶がありません。
始めた食べたのが、おとなになってからだと思いますが…

レタスも学生時代に同じ下宿の名古屋の先輩がむしゃくしゃ食っているのを見て
たまげました。何だそれは…と

ほんの50年前は

冬の野菜は、大根・馬鈴薯・牛蒡・人参・玉葱・玉菜・白菜・菠薐草ぐらいしか無かったのです。

今は年中豊富にありますが…
おかげで「旬」が無くなりました。

「旬が無くなった」ということの検証は誰がするのでしょうか?

良かったのか…?悪かったのか…?

そんなことを引き売りのコラムに書きました。

ありがとう!ありがとう!

おばぁちゃんが、這いながら買い物をしている。
「ありがとう!ありがとう!」と言いながら…
そして買ったものを並べ、
「いくら?」と聞く
「970円」と言うと
「あぁ良かった」と言って握りしめたクチャクチャの1000円札を出す。
30円のお釣りをもらいながら、脇の下に手を差し伸べられて、ようやく立った。
すっかり筋肉が弱っている。
「やはり食べものよね…食べものさえあれば…」
「ありがとう!ありがとう!」
を繰り返しながら、ヘルパーに支えられて部屋に帰っていった。

皺くちゃながら、以前よく店に来ていた客である。
あっという間に時が経ち、老けた。

食べものが豊富にあり、選んで買える。
という幸せに気がつくのは
歩けなくなってからのことだろう

老人ホームへの出張販売は、さまざまな気づきがある

強者で回っている社会の影に、弱者がいる
社会とは、助け合って生きる弱者のために有るのではないだろうか…

いかされて

友人から、プレゼントを貰った。
「山椒七味とかんずり、自家製の一升漬だ」と言う

味噌汁に入れて、山椒七味を味わった。
ピリッとした辛さと、ゆずの風味が香ばしい。

かんずりは、新潟の土産だ。
以前、もらったことが有る。
辛い唐辛子の発酵味噌だという。
そういえば、ここしばらくは味わったことがない。
早速、田楽茶屋の岩豆腐のステーキに添えて、いただこう!
バターで肉厚の固い岩豆腐を、じっくり焼き上げてかんずりを添えたら最高だろう

 

一升漬は、多分多くの人は知らないだろう。
寒さの厳しい東北の食べものだと想うのだが…
地域によって三升漬けともいう
「青南蛮」と「米麹」そして「醤油」が原材料で、それを各一升づつ配合して寝かす
併せて三升だから、三升漬けともいう。

なぜか「一升漬」という商品はあまり見たことがない
多分、みんな自分で作ってしまうからだろう
安代の”もとみや”は、味噌屋だが麹製品を数多く商品化している

友人は、誕生日のプレゼントとだという
自家製と言うが…何が入っているのだろう
気をつけなければ… ヤツのことだから、自毛製かもしれない。
ひょっとして怪しげな縮れたものが一本混じっているかもしれない

 

小生の誕生日は石原裕次郎と北原三枝の結婚記念日だ。(もう若い人は知らないだろう)
そう言い続けて67年。
長く生きてきた。あとどれだけ生きられるのか…

生きるという西洋的発想ではなく
生かされていると言う、こうべをさげた東洋的生き方をしたいものだ

れんこん

蓮根を持ってきた。
「横浜出身だ」という東和町の佐々木君だ。
蓮根を手堀りで掘っているという。
指先まで土で汚れて、洗っても取れないと言う
都会出身のIターンの彼は、なんでそんな作物を選んだのだろう

 

「レンコン」
その言葉の響きは、郷愁をさそう
その素朴な黒い肌が、あの沼に咲くキリッとした姿の蓮の花と結びつかない
田舎道を走っていると、時折、沼地に咲いている蓮の花を見かける
そのきれいな花の下に、レンコンがあることを想像する人は少ないだろう

桜の木の下に死体が…と言う話があるが…
蓮の花の下にレンコンが…あるのだ

レンコンは、その酸化した黒い肌を脱色するために漂白すると聞いた
今は、酸素の供給を断つために緑の青々とした葉を切除するという

彼は、葉が枯れたときに収穫して、黒いままの完熟レンコンで売りたいと言う

 

とりあえず放射能検査を…

老い

店の陳列棚を整理していた。
ふと見上げると、オバァちゃんが一人
スクッと立って、こちらを見ていた。

 

あれぇ〜何処かで見たことが…
とりあえず「あっ!どうも…」

こういうときの「どうも」という言葉はありがたい
とりあえず時間を稼いで…
誰か思い出そうとするが…

笑っているオバァちゃんは、黙っている

沈黙に耐えきれなくなって
「久しぶりですね。どこでお会いしました?
お名前は…」と言うと
「〇〇です」
頭の中が走馬灯のように回転する

「〇〇」は昔いた。日本一大きなバスケットの選手だった。
しかし、眼の前の「〇〇」は小さい。年齢もいっている。。
違う!
「〇〇」は西日本の県名だ。
違う!

そうだ!思い出した
刻まれたシワの奥底に、あのオバアちゃんの顔が見えた。
土手の上の道路を信号無視して、大きな道路を渡って歩いてくるオバアちゃんだ。
そして時折、肥料を配達して、隣の空き家の庭を耕していた「〇〇さん」だった。

そう言えば…
このところ5年ぐらいになるだろうか…
来ない。

「久しぶりだね〜。どうしていたの?」
「一人暮らし」
「畑は…」
「もうとっくにやってないよ」
「バスカードを使って生協に買い物に行っている」
「それは良かった。今日は?」
「バスカードを買いに来たの…」
「幾つになるの」
「もう90の坂を超えた」
「じゃ〜昭和2年!うちの母と一緒だ」
「もう、すっかり足が弱って…」
「しっかりしているよ」
「頭もボケて…」

と言いながら手すりにすがって歩いて登っていった。

歳を重ねて、老いは平等にくる。

しかし、そのボケ方は大きな違いがでてくる
それはいったい、どういう生き方で差がつくのだろう

母はいつも言っていた
「書道は指先を動かすから、ボケないのだよ…」
しかし、ボケた。ひどく…

知らない道

弁当の配達である。
だんだんこの頃は、固定化して新しい得意先は、あまり出てこない
だから、ギリギリまで仕事をしてから出かけることが多い。

新しい得意先は、昨今出来た「〇〇弁当」に注文が流れているのだろう
「有名店のシェフの作る500円弁当を一個でも配達する」と言う
だんだん安値競争になって、ほか弁みたいになってきた。

まぁどちらが辞めるかの時間の問題である
ひょっとしら当店が先かもしれない(泣)

弁当は配達時間が限られている
時間を、どう配分して効率化するかなのだが…
さて今回は

そういえば…あのへんに有ったな?と言う認識で
その前に集荷を済ませなければ…
と田楽茶屋で豆腐の集荷を済ませ、そして慌てて出発した。

しかし、念のためにナビをセットした。
ところが思っていた場所と違う行き先を示した
やばい

時間が迫っている

思っていたところの近くへ行ったが、ナビは、そのような場所を示さない。

もっと先へ行け!

と言う

おかしい、と思って暫く走ると、看板を掲げた建物が見えてきた

ここだ!
ところがナビは

もっと先へ行け!

と言う

おかしい、と思いながら飛び込んでみた。
担当者が出てきて

「有難うございます」と言いながら
「最近、引っ越して来たのです。以前は向にありました。」と言う

そういえば、ナビの道案内も途中で行き止まりだったりして
古い地図をベースにして案内だった。

ふと先日、一周忌で東京に行ったときに
「〇〇寺」というと詳細な画面が出てきた。
「すごいね。今のナビは…」と運転手に語りかけると

「いやぁ〜飲み屋でも新しい店ができると、次の日には表示されます」

と言う

知らない街を歩く、知らない道を歩く、探しながら歩く。
そんな楽しみは、古典的になったのだろうか…

だんだん人間は便利になって、馬鹿になっていくような気がする。

なこうど

喪中欠礼のはがきが来る。
最初に来たのは…

仲人の奥さんだ。
仲人は昨年亡くなった。

後を追うように逝った。

魔子様は「仲がいいと後を追うというから…」と言う
小生は早く逝きそうだが
魔子様は長生きするだろう

 

「仲人」という“職業?”も無くなってきた。
そういえば娘のときも、息子のときも「仲人は立てなかった」

小生の時代は、「誰を仲人に立てるか?」が大きな問題だった。
社内結婚だったが転勤直後だったので、
前の上司か?新しい上司か?
の選択が求められた。

選んだ仲人は、オイルショックの在庫過多で多くの社員を希望退職の陣頭指揮をとり責任を取って会社を移っていった。

 

奇しくも先日、不意に戻ってきた孫は嫁が選んだ「ムージョンジョン」の服を着ていた
仲人が移っていった会社は「ムージョンジョン」と言うブランドを持った子ども服メーカーだった。

報恩講

報恩講の案内を掲示するのを忘れた。

EPSON MFP image

基本的には「政治」と「宗教」と「おかしな営業」は、店内の掲示板、ブログに載せないことにしている。
が…

これは別だ。

以前、怪しげな集まりの案内を持ってきた人に
掲示を断ると
「宗教と哲学と何が違うのだ?」と文句を言われたことが有る。

また「経皮毒」を説明すると言って「シャンプーを売りつける案内も来た。
どうやら新興宗教くさかった。

間際らしいパンフレットが時々紛れ込んでくる
が…

これは別だ

 

「内山節」は小生の師匠である。
もう付き合いは長い。
師匠と言いながら、不肖の弟子である。

思っていることの何分の一も出来ないものだ。
思っていることと理解していると違う。
ということを実感している。

どんな話をするのか、多くの人に聞いてみて欲しい。

2 / 22712345...102030...最後 »