ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

アテンダント

以前、「アテンダント」と言うものをやったことが有る。
新宿で一番大きいデパートで、一日付ききりで説明をする仕事である。
ついでに品物が売れれば、それが一番いい。

商品は「遠赤外線」である。

当時遠赤外線は、コマーシャルで流れていた。
有名だが、誰も本当のことは知らないと言う”もの?”である。

赤外線は知っているが、触ったことがない!という人ばかりだ?
そんななか、「遠赤外線とはなんだ?」という説明をしなければならない。

 

一応パネルを飾り、説明用の商品を持ち、手持ち無沙汰だった。
ひやかしのような客も来た
真剣に問いかけてくる客も来た。
何もわからない人も来た。
詳しい人も来た。

アテンダントというのは、最初の一言でどの程度の知識を持っているのか?を判断して説明をしなければならない。
こちらの知識を総動員して説明しても相手がそれを上回る知識を持っていたら聞く耳を持たないし、売れない。
相手が知識を全然持たなかったら、いくら説明しても意味を持たない。
相手の持っている倍の知識を持たないと、わかりやすい説明は出来ないのである。

遠赤外線の石というのが、商品に有った。
天ぷら鍋に入れると、からりと揚げる
甘藷を焼くとホクホク焼ける

と言う物であり、ある意味では偽物である。

 

面白半分に買っていく人がいる。
「嘘だろう」と突っかかってくる人もいる。
そういう人には、本当のことを言う
天ぷら鍋に入れると、石に蓄熱されて油温が下がりにくいのです。
だから高温でカラリと上がります。別に遠赤外線のせいではありません

甘藷は、温かい石に漬けると伝導熱で均一に焼けます
調理の基本は「均一」です。だから美味しく焼けます

遠赤外線は輻射熱ですから接して、遠赤外線効果があるということはありません

そろそろ遠赤外線の下着が売れる頃です。
遠赤外線を発するという物質を編み込むことに寄って、そこに蓄積されて暖かさが持続します。温めるまでに体温から熱が奪われます。

しかし、世の中、”効果があれば理屈はどうでもいい”と言う人が多いのである。

だから「一人ひとりの相手に納得させる」というのが、アテンダントの仕事である。
そしてそれは、営業としての仕事でも有る。

売る

最近「売る」ということを考えている。
「売る」とは、どういう事か…
単純には「ものを金に換える」事なのだろう

昭和40年頃から、末端の小売業が変わってきた。
食品では八百屋・魚屋・肉屋から、スーパーになってきた。
雑貨も量産品がでてきてから、スーパーで扱うようになってきた。
ようするに日本型〇〇屋が、アメリカ型量販店になってきたのである。
それは物を並べる、欲しい人が選択して選べる。と言う方式である。

それまでは、ものが乏しかった。
小売店がお客の顔が頭に浮かび、市場や問屋から欲しいものを代わりに選んでいた。
だから小売店は、客の家族構成から好きなものから好悪の判断基準まで深く知っていた。
その時代は、戦後と呼ばれていたが、そこへ高度成長期がやってきた。
不足していた物資が、生産設備の改良や流通ルートの整備でどんどんものが溢れ、選べるようになった。
そしてスーパーと呼ばれる量販店である。
効率化した店内は物が溢れ、人々は選ぶという楽しみを知った。
大きな店内に豊富なものが溢れ、中小の店は駆逐され、商店街が消えた。

「それも時代の流れだ」と言いながら、その影で買い物難民がひっそりと生まれていた。
今は、団塊の世代が大量に定年を迎え、車の免許を返上し、団地は歯抜けとなり、子どもたちは都会へと就職し、コンビニは過当競争で人口減少下の街は撤退が続く。

ものは揃っている、ネット環境も良い。
贅沢さえしなければ、何もいらない。
テレビとパソコンで情報は入る。ネットで物は届く。
食事も弁当が配達されれば…
一日話をしなくても、済む。

そういえば東京に住んでいる人が言った。
「朝から晩まで、一日話しなくても良くなった」
生の言葉を聞くのは、コンビニの

「いらっしゃいませ、こんにちは」

である。

初めて営業という仕事に携わったときに

「売るとは、自分を売るのである」

と教わった。
「会話の中で、さり気なく相手のきもちを聞き出す」
相手の気持を読み、何を考えているのか…を想い
察してやる

ものの説明をして、ものを売ることではない。

そんな会話が無くなったときに街のコミュニティも無くなった。
それを復活する方法を、今作ろうとしている。
しかし、今の若者に、そんな会話ができるのだろうか…

あせりとあおり

ちかごろ「あおり運転」が問題されてニュースで様々に取り上げられている。
ヒョとしたら小生の運転もアオリか?

大体が土日は、道路が混んでいる。
そこへ、時間に追われて走っているのである。
弁当などは時間が決まっているから早めに出ても、信号を右折できない車がウロウロしている。
心のアセリが、運転のアオリを生む。
ついつい車間距離が短くなる。
スキあらば、右でも左でも抜いて行こう。
右折できない車がいたら、後ろから追い抜かしてしまえ

そうでもしないと弁当の時間が間に合わないのだ

運転に自信のない人は、平日の昼間に走ってくれ
慎重運転に自信のある人は、夜中でも良いが…

 

そういえば、家族を乗せて走っていたときに、
小学校の息子が言った
「お父さんの顔見て、あわてて右折していった」
だいぶ前の車に、接近していたような気がする。

 

いぜん交差点で停まったときに
うしろのトラックから降りてきた腹巻き姿のおっさんがいた。
小生の車に近づくと「おい」と声をかけてきた
「何か?」と振り向くと…
何も言わずに「いや」と言って車に戻った
何回か、ブレーキランプがつくかどうか?
確かめながら走っていたときだった…

 

そういえば前を走っていたパトカーに近づいていったら
パトカーの後部窓ガラスに、電子掲示板で表示された
「車間距離をあけなさい」と褒められた。


40を過ぎたら自分の顔に責任を持て

と言う

人生は迫力だ!

とうひょう

投票に行った。
棄権したことは一度もない。
いやひょっとしたら、一度ぐらい有るかもしれない。
投票には「行かない」と言う人もいる
小理屈を言っているが、何を言っているのかわからない。

小生は素直(?)だから行くことにしている。

日曜にも店は、やっている。
だから、朝7時に行くか?
店が閉まってから行くか?
どちらかだが…

台風だから帰りは、大荒れになると思って、朝行った。
魔子様は言う
「朝は、ヒマな爺さんや婆さんが多いから混むよ」と言う
(魔子様は自分たちの年齢を考えたことがない。
自分たちも立派に、爺さんと婆さんなのだが…)
そういえば、朝、行ったことがない。
店には7時に着くように行くが、大体が遅れている。
介護の朝食や、トイレやブログで、いつも朝は大忙しなのだ
だから、いつも帰りに寄るのだが…

投票所は歩いて5分、車で1分の活動センターだ。
7時5分に着いた。やはり受付の前で10人ぐらいもう並んでいる。
ようやく投票所の中が見渡せるところまで来ると、なぜ並んでいるのがわかった。
途中の投票券を渡すところで5人溜まると、入場制限をしているのだ。

馬鹿じゃないのか?

爺さんや婆さんだから、長い人生、いろいろ考えることも有るだろう
”自民党にいれようか… 共産党にいれようか…”
”頼まれた創価学会か…”
”いやいや、トランプもいいから共和党も…“

などと考える人が多くて、入場受付の制限で行列は長くなる。
その内に行列が外へはみ出し、ゴミ収拾場所までいくぞ!
雨が強くなってきたら、どうすんだ?

と思いながら受付まで来た。

入場券を出した。
夫婦のセットの葉書の入場券だ、一枚に二人の名前が書いてある。
受付の二人の若い人の一人は、その葉書を切り離そうとしている
「二人だから良いだろう」と言うと
一人が小声で「投票は独りで回りますから…」と言う
今まで66年間そんなことは無かった。

見ていると手が震えている。
折り目から、きれいに切り離せない。
最後のところがもうギブアップだ
もう一人の受付が、後ろを振り返り「ハサミ」と叫んだ。
後ろの連中も、ハサミを探してウロウロする。

麻子様こころのなかで
”切り離すのなら最初から用意しろよ”

こんなことが有るから行列は長くなるが短くなることはない。
しかし、毎回こんな事だったのだろうか…
今までの人は、握力が(指力?)が強かったのか?
投票券を良心的な印刷所に頼んだのだろうか…
ひょっとして急な解散だったので値切って、
ずさんな切り目の悪徳もりかけ印刷所に頼んだのだろうか?

そんなことを思い出しながら投票所を後にした。
行政の仕事として選挙は公平と言うなの大事な仕事なのだろう

だから多分、上司から、きつく言い含められた作業で朝一番
ドスの利いた声で「夫婦だからいいだろう」という声に、震え上がったのかもしれない。
悪いことをしてしまった。
こんなことでノイローゼになったら小生の責任か?

「公務員になってよかった」
と言う若い娘がいた。その娘もノイローゼ気味だった。
「うちの子は公務員にならなかった」
と誇らしげに言った母親もいた
「公務員という選択肢はなかった」
公務員をみると、そう思う

大根の煮物

以前、雇っていた女の子が亡くなったと聞いた。
乳がんだという。

そう言えば…10年ぐらい前だろうか…
働いていたときに、なんとなくおかしい感じがした。
真面目に一生懸命働いて、店の戦力としては十分の力になっていた。
子どもを3人持ち、上の子が受験生の時代に当店で働いていた。
最初は「今まで短期でしか雇ってもらえなかったので…長く働きたいのですが…」と言っていた。
今までの人と比べて十分な働きをしてくれたので、それはこちらも歓迎していた。
ただ、それも限界が有った。
収入の上限が103万だったのだ。それ以上になると「扶養が外れる」と言う
それはそれで、こちらも仕方がないと思っていたが…
それでも一番長く働いてくれたのだが…

忙しくなって人が足りずに
その穴埋めに、新しい若い娘をやとった。
その若い娘も一生懸命に働いてくれた。
103万の制限がある子は、制限一杯働いてもらうことを約束して
若い娘を主力に据えた。

そうするとその子は、「他で働きたい」という。
103万の制限一杯働いて、他で働くとは?
そうすると「こちらを辞める」という。
「辞める」と口に出したら、なかなか引き止められない。
「仕方ないね」と言って、辞めていったが…

 

「旬の野菜を小鉢に…」と言っても、
いつも「大根の煮物を作りましょうか?」と口癖のように言う
お米を研ぐときは「必ずザルで…最初は手早く…」と言っても
いつも話をしながら、お釜に米と水を注ぎ、研いでいた。
一生懸命に真面目にやるのだが…
なんとなく、心ここにあらず。と言う働きぶりだった。
受験生がいて幼い子供がいて、旦那の面倒を見て大変なのだろう…と思っていたが…
どうやら乳がんの手術を受けて、再発に怯えて日々の暮らしをしていたようである。
子供の学費や先々のことを考えると、もっともっと働いて金を稼ぎたかったのだろう

季節感を出すために小鉢は旬を意識してと言い
「大根の旬は、今じゃないだろう」ときつく言うと
「今です」と強情に言い張った夏の日のことを思い出す。

 

 

 

 

 

ピンポイント

弁当の配達は楽しい。
相手は腹をすかしているから
「待ってました」と歓迎される。

それでも歓迎されないときもある。
遅れたときである。
一度は、ひったくりのように弁当を持っていかれたことも有る
また一度は「だからこんなところに頼むのはいやよね…」と嫌味を言われたことがある。

それでも遅れることは、あまりない
なんとか10分前から15分前に着くように心がけているからである。
どこかの弁当屋のように「遅れたら金を戻せはすむ」と思ってはいないのだ。

そこは二階だった。
以前も来たことが有る。
二階は弁当の配達はつらい、
弁当が持ちづらいので、二回三回に分けて持たないといけない。
まして今回は、味噌汁付きである。
鍋も持たないと…

しかし、よく見てみたらエレベーターが有った
”ラッキー!”
台車に乗せてエレベーターに乗り、二階に上がった。
歌声が聞こえた

どうやら集会の最中だ。
しばらく待った。5時の約束だから15分前だった。
歌声がやんだ。
近くの人に声かけた。

「すいません弁当の配達なのですが…」
「えッ?5時の約束では…」
「15分前では、いけないのですか…」
「ちょっと待って下さい」と言って15分待たされた。

こんなところは5分遅れたらイヤミを言われそうな気がする。

こんなにピンポイントで配達時間を指定されては…

 

露と答えて

演劇を見に行った。
「劇」である。
劇と名のつくものを見たことは、最近はない。

映画も見ない。テレビドラマも見ない。
小説も最近は読まない。
それでも最近読んだのは「豆の上で眠る」という湊かなえの推理小説だ。
ラジオで書評を語っていた。たまたま寄った本屋に有ったので買った。
小生にとっては、推理小説は息抜きであるが、読後は、なんだか人間関係がこんがらかって、息抜きにならなかった。
というよりも、作者は一世代か二世代、年下なのだろう。
子供の頃の思い出を語るくだりは、小生の社会人か学生時代の頃の話だ。

齢を、とったものだ。

それで「演劇」だ。
演劇もここしばらく…
思い出しても10年は見ていないだろう
盛岡は”演劇の町と言っても良い”と、聞いたことがある
小さなホールが有って、さまざまな劇団がさまざまな芝居をしている。
以前も招待券をもらったので行った。
行けば行ったで面白いのだが…

金を払ってまで時間を潰してまでいこうとは、思わない。
しかし、招待券をもらってしまった。二枚も…
定年退職した友人に「ヒマか?」と誘って行った。

普通は予習していくのだが…
失敗した。
目先の仕事が忙しくて、なんとなく行ってしまった。

パンフレットには「怪談」と題が振って有り
「露と答えて…」「業平・双六」と有ったので
昔の怪談話か…
お寺の人間関係の話か(博打の話か(=昔お寺は博打場だったと言う)…と思って行ったのだった。

話の内容は在原業平という平安初期の有名な歌人である色男の天皇の后(藤原高子)との恋と、現代の若者の恋を、愛するものが亡くなったという執着する心の葛藤を描いたものだった。
乱暴に一言で言うと、生と死と愛が絡み合ったシリアスな心理劇というべきものであろうか…
それを鬼と仏が見守る。(たぶん人間の心に鬼の部分と仏の部分があるという意味なのだろう)

それは後から類推した。
話が始まったときから背景がわからずに鬼の言葉がポンポンと飛び出し
理解するのに時間がかかった。

 

そういえは古文が苦手であった。
高校の時、国語は「現代国語」と「漢文」と「古文」という三科目が有り、一番苦手だったのが古文だった。先生は爺さんだった。なんだか、いつもむにゃむにゃ言っていた。
もし古文が得意科目であったら、古文書に何が書いてあり、何を思って多くの人は生きていたのが興味を持っていただろうに…

歴史は得意だったが、平安時代は記憶にない。というか面白いのは戦国時代からの出来事で、せいぜい平安時代というのは長いこと続いた無事な世界と言う認識であった。
そして「強い権力者の物語」を「歴史」と思っていたのである。
それを変えてくれたのは「網野善彦」や「田中圭一」が語る江戸時代であり、「宮本常一」の明治の民俗学であり、「渡辺京二」の江戸から明治への来日した外国人の書簡集「逝きし世の面影」であった。
庶民が何を考えて生きてきたのか…それが地についた歴史ではないのか…
それを知っていたら歴史ももっと奥の深い理解が出来ていたのかもしれない

しょせん古文や日本史/世界史は受験のための暗記科目だった。

 

その弊害が、亡霊としてここに現れたのである。
思い出せば一つひとつ意味がある仕草やセリフだったのだろうが…

もう一度じっくり見たいものだ。

 

風流怪談「露と答えて」(yahoo 知恵袋より引用改竄)

『白玉か何ぞと人の問ひしとき露と答へて消えなましものを』

主人公の『男(在原の業平)』が、長年好きだったある身分の高い女性(藤原高子)を連れ出したときのこと。
女を背負って、郊外の草地を歩いていると、地面の草は露で濡れてキラキラ光っています。
それを見て女は男に聞きました。
『あのキラキラしているものは何?』
男は急いでいたので、それには答えず必死で歩き続け、あるあばら屋に女を隠します。
あばら屋の前で一晩、追っ手が来ないかと見張っていたのですが、突然中から女の悲鳴が。
驚いて中を見ると、女はすでに鬼に喰われた後でした。このとき嘆きかなし男が詠んだ歌です。

『白玉か何ぞと人の問ひしとき露と答へて消えなましものを』

『あれは何?真珠なのかしら?』とあなたが聞いたとき、せめて『これは露ですよ』と答えて、私もあなたと一緒に露となって消えてしまえばよかったのに。

実際は、途中で追っ手に捕まって連れ戻されたのを、このような美談にして語ったと注釈がつけられています。

こんな恋をしたいものだ(ブツブツブツ)

ヘンプ&ヘルプ

麻は、大麻である。
いや「麻」は、昔から日本で栽培されていた。
ところが「大麻」になると言うので麻の栽培が禁止されているのである。
麻は日本の文化である。麻の着物や洋服などがあるが…

たしか蚊帳も麻じゃなかったか?
「蚊帳(かや)」も死後になりつつあるが…

そうそう七味唐辛子にも「麻の実」が入っている。
別に食べても「幻覚」など見ないが…

数年前からヘンプキッチンの商品をおいてある。
「麻」を英語で「ヘンプ」というらしい
この商品は日本では栽培禁止なのでカナダで栽培して輸入している。

あまり売れない。
売れる前に賞味期限が切れるほうが多い。
強力販売推進商品なのだが…

この麻の実ナッツに「非加熱の麻の実ナッツ」の商品が加わった。
一生懸命に非加熱のメリットを調べようと思っているときに

若い母親であろうか…レジの前に立ち
「非加熱と加熱の違いは?」と問われた

一瞬、「こんなことを知らないで並べて売っているの」と咎められたような気がして「それは好き好きですから…」と言う言葉がスラスラと出てしまった。
相手は驚いたようにオウム返しに「すきずき?」

なんで、こんな言葉が出たのだろう
返事になっていない
だいたいが「すきずき」などという無茶苦茶な返事をするのがおかしい。

一瞬頭が白くなった。

そこへ小さな子供がスキャナをいじって、一度スキャナを通した商品を再び通してしまった。
若い母親は「駄目よ!おじさんに謝りなさい」と子どもの頭を押さえつけた。

「いやかまわないよ。子どもはなんにでも興味をもつのだから…」
「ほらやってごらん」と二〜三種類のバーコードを読ませると
子どもは嬉しそうに笑った。

子どもの読んだバーコードを消して精算を済ませると
母親は「他所でやっちゃダメよ。おじさんに謝りなさい」と再びいった。
「いや子どもは好奇心が旺盛だから、あんまり叱らないで…」

子どもの好奇心を伸ばしてやらないと、子どもは伸びない。
小生のように「好奇心を後回し」にして、言い訳のような返事にならない言葉を発しては駄目なのである。

チョ~反省!

 

 

 

だし

先日、若者が言う

「ほんものの出汁の味がわからないのですよ…。
幼いときは母親も忙しくて化学調味料ばかりで…
結婚しても家内は料理に興味がなくて…
昼食は、化学調味料だらけのファーストフードが主体で…」

 

和食は、出しが基本である。
さまざまな料理本で出汁のとり方が書いてあるが
当店も出汁が基本である。
できるだけ本物を味わってほしいと…
当店の味噌汁が美味しいのも、豆蔵という秘伝豆の青大豆の豆のせいも有るが、
それをいかす出汁があればこそである。

 

先日ある文章に出会った。

 

京料理の要となる昆布出汁(だし)について、大学の研究者らによる実験で「昆布のグルタミン酸を最大限に抽出するには60度を保って1時間加熱するのがいい」という結果が出たのだ。
仲間同士でふだんのやり方を比べると、火にかける時間は20分~80分までバラバラ。徐々に温度を上げて沸騰直前に取りだし、カツオ節を加えてふたたび沸騰したところで火を消す、というのが一般的な出汁のひき方だった。代々受け継がれて、そういうもの、と疑わなかった。

調理場で、できたての出汁を味見させてくれた。「間口は細くてすーっと、のどまで入っていくけれど、奥行きがあるでしょ。西洋のブイヨンやフォンは口に入れた瞬間、味がぶわっと横に広がる。和食の『吸い物』とはよくいったもんです」
「出汁」は、昆布のグルタミン酸とカツオ節のイノシン酸が一緒になることで、うま味の相乗効果がうまれる。

 

と書いてあった。
料理も、まだまだ奥が深い

しかし、科学的に解明されても、また人が違えば味も違うという
使用する昆布、水、鰹節。そして気温と火加減に寄る水温の上昇カーブと、さまざまな技の集大成なのだとつくづく感じる。

試してみた。
短時間で濃い出汁が取れた。濃厚で奥が深くて旨い。
魔子様は
「あんまり温度を上げると出汁が濁る」と言い
「水分が蒸発して、とれる出汁の量が少なくなる」と言う

材料や方法だけでなく、それに美的センスと原価まで関わってくるのか?

 

介護の日々

母の朝食を毎日作っている。
最初は1時間かかったが、最近は30分ぐらいでできるようになった。
以前から言っているが…
「売るのは難しい…作るのは楽しい」のである

店から余り物のご飯を冷凍しておく。
前の晩に冷凍庫から自然解凍しておき、蒸し器で蒸す。
前夜の湯豆腐の昆布出汁が効いた湯に、煮干しをいれておき、油揚げとわかめと豆腐を入れて味噌汁を作る
魚を焼いて、生野菜を切るか…炒めるか…蒸すか…そしてドレッシングだ。
それに目玉焼きである。
また、ちょっとした惣菜をつける。それは前夜の残り物であったり、店の惣菜であったり。
魚の代わりにウィンナーだったり、ハムやベーコンのときもあるし
卵はゆで卵だったり、だし巻きだったりする。
道具と材料さえあれば、慣れてくれば30分である。
なにをつくるか…どのようにつくるか…作業手順を考えるのも楽しい。

しかし、これからが大変である。
持っていった母は、大げさに感謝する

「いつもいつも、ありがとうございます。こんなにご馳走を…」

どうやら自分の弟と間違えているようである。
「息子が、こんなに齢を取っているはずがない!」と

そんな具合だから、介護は大変である。
テープレコーダー(これは死語か?)のように何回も何回も繰り返す。
そして、こちらも同じ返事を何回も、何回もする。

そのうちに苛ついてくる。
ついぞんざいな口調になる

これは身内だから、また厳しい口調に生る
介護の仕事をしている人は、「きにならない」と言う
そうだろうか…

そんな生産性のない、感謝の気持ちがない、言葉をいくらかけられても…
介護施設での事件が、後を絶たないのもよくわかる

こんな老後をおくるのなら、いっそ脳卒中かなんかで…
と思っても中途半端で半身不随となっても…

とりあえず元気に働ける間は、元気に働こうと思う
介護の日々である

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