ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

豊かさとは…

ようやく結審した。

EPSON MFP image

 

 

なんと長い裁判だった!
裁判が長くかかるというのを、身をもって実証した。
そして、それは”不毛の時間だった”と言うことも…

振り返ってみると
昨年のゴールディング前からであるから、
33000円の損害賠償請求事件が10ヶ月かかったということである。
金額の多寡ではないが、月に一度の何らかの動きが
自分の心に重くのしかかってきたことは事実である。

心の動きとしては
最初に調停の呼び出しを受けたときには、「丁寧に」と説明責任を果たそうと思った。
ところが相手は、嘘と無理を重ねた言いがかりで、こちらを罵倒した。
それに乗ったのではないが、強い口調の合理的反論で裁判所を味方につけた。
調停は、不成立に終わった。
このへんまでは、理性が勝っていた。
ところが、それが気に食わないということで簡易裁判所に持ち込み、和解も蹴って
判決を求めるという暴挙に出た。
呆れた。当然判決は、こちら側よりの2:8だった。
それで決まったかと思ったら、
被告から裁判所が騙されたと言う地方裁判所への控訴である。
呆れ果てた。いつまで時間を費やせば納得するのか…
この辺で疲れてきた。多分裁判所は、もっと疲れていただろう
”早く終わらせたい”と言う気持ちが、少し弱気にさせたのかもしれない。

なんというか先方は蛇のような狡猾かつ執拗、偏屈で剛腹な吝嗇の輩である
しかし、ふと振り返って落ち着いて考えると「無知」だったのかもしれ無い。
無知だから、なせることなのか…

「その人!ほんとうの農家じゃないのでは…」という人がいた
「農家=善」と言うイメージがあるが…
「農家で無知」と言うのは、愛嬌になる場合と、
呆れ果てて、憎たらしくなる場合がある。

自然とともに暮らしていると、どうしても社会よりも自然が優先である。
それは仕方がないことであるが…
社会のさまざまな関係や知識を謙虚に受け入れるということが望まれるが…
そこに介在する貨幣経済は、お金が優先だという農家もいる。

以前農家と話をしていて
「お返しや御礼は、農産物で良いから現金はあまり出ないでしょう」
「いや農家ほど様々なやりとりは、現金でしかない」と言う
多くの現金を必要とする農家は、豊かさとは違う生き方ではないか?

いろいろと考えさせられることだった。

辞めたら…

先日、若い子にあった。
若い子と言っても、自分の子供ぐらいだから20代後半か?
言い争いになった。
「仕事が進まない。」と言う愚痴だった。
そして「本来、望まなかった仕事だった。」と言う

「辞めたら…」とアドバイスした。
逆説的なアドバイスだ。
辞めたら、次のところへ行っても、また同じことだ。
そこで自分の存在意義を見出さなかったら、どこでも見出すことはできないだろう

 

30代中頃、誘われて転職した。
3社目、2回目の転職だ。
「営業が足りない。能力の有るやつがいない」と言う
ベンチャー企業だった。
”削れる”セラミックスのメーカーだった。
セラミックスとは陶器のことだ。陶器だから、電気を通さない!熱を通さない!
しかし、陶器だから精密部品には適さない。
成型したとおりに、精密には焼き上がらないからである。
それを削れるようにして精密な加工ができるセラミックスを開発した。
世界的な特許だ。
「営業が足りない」と言われていたが、
部材としての対応技術や生産力に問題が有り。特許権の闘いがあって、思ったよりも当初の営業規模は小さかった。
そこで切削技術や部材の知識のないのは、他の部門に回された。

それが「遠赤外線」だった。
今でこそ調理家電メーカーや暖房家電メーカーから、遠赤外線の商品が色々と出ている。
30年前当時は、魔法の遠赤外線プレートだった。
なんでも遠赤外線で解決した。
魔法のプレートを入れれば甘く美味しくなり、早く調理ができ、問題がすべて解決するというスグレモノだった。
しかし、基本的に数値に現れない再現性のないものを、あまり信用しない小生は、商品担当ながら否定的だった。
「新しい削れるセラミックスを営業するために来たのに、こんな商品を売らされて…」
当然、営業が力が入らない。売上は上がらなかった。
そこへ、ベンチャー企業を吸収する大メーカーが現れた。
社員の多くは有名国立大・私立大と言う大企業だった。
そこから出向してきた優秀と言われる社員は、遠赤外線のプレートを売り始めた。
冷ややかに眺めていたが、それでは元からいる請われてきた営業としては申し訳ない。
遠赤外線の量産型の家庭用ストーブ、遠赤外線の自動車補修用の業務用塗装乾燥機を得意先のメーカーと一緒に開発した。
本社の技術部門は、営業が主体的に動く商品開発に否定的で非協力だったが、営業としては何しろものが無いと売上につながらない。
それ以上に、相手から反応が聴けない。
否定にしても肯定にしても、こちらの思い込みで生産はできない。
たたき台を作って、さまざまな意見を集約して次の商品開発に勧めなければ…
そんな思いだったが、社内では孤軍奮闘だった。

しかし、それを動いている間に、精密メーカーの基盤の遠赤外線乾燥機を受注した。
クリーンルームでの基盤への樹脂塗装の最先端の遠赤外線の輻射熱を利用した連続乾燥炉だった。

本社の技術部門の応援をうけられないために、下請けを利用して取り組んだ
技術部門から、さまざまな反発をされた。それを意に介さず、勧めた。
半年ぐらいの納期で、なんとか納めた。
相手の担当者から「次も…」という話があったが
技術部門から孤立したままの状態で続けるのは、問題が有った。
というか「農業」から誘いがあったので、移った。

心ならずも、「削れるセラミックス」から「遠赤外線」へと望まなかった仕事をさせられる羽目になったが、基本的には「営業」なのである。
「技術」と「営業」と「管理」と言う部門があれば、営業はどんな仕事でもこなせなければならない。好きとか嫌いとかいうまえに
その仕事の本質を理解しないと続くのは難しいだろう。
しかし、今の組織は営業社員に本質を教える前に、「単なる短期的売上」を求めているのではないだろうか…
組織に入るということは、組織の一員として自分を犠牲にするのが求められる。
ただ上司に、人を活かすとか、育てる意識があれば…救われるが…

一口メモ
遠赤外線は輻射熱である。
多くの遠赤外線効果と言っているのは、殆どが嘘である。
熱源と対象物の間に空気の層が無かったら、それは対流熱や伝導熱であり輻射熱ではない。

遠赤外線は寒い冬に締め切った窓辺で、太陽から感じる暖かい熱である。
電磁波による分子の共振現象で、離れていても熱を感じるのである。

 

 

かんじめ

牡蠣と菠薐草「ほうれんそう」のバター炒めである。

牡蠣は、島香魚店から加熱用の牡蠣を買ってきた。
島香魚店は、午後二時から開店する宮古港直送の魚屋である。
魚の流通も複雑である。
以前、三陸の魚は一度築地へ行ってから戻ってきた。
盛岡市内にも「釜石直送」「大船渡より」とか三陸から来たものが特徴的商品と位置づけられている。
それだけ北上山地を超えて内陸に運んでくることが、距離的に中途半端であり、需要が中途半端だったのだろう、と思う
以前は、なんでも大量生産・大量消費が、もてはやされていた時代だった・
今はそういう意味では、小ロット流通が少しづつ力をつけてきたというか、ニッチ産業として生きる道となってきたのだろう

新鮮な生牡蠣が美味しいと言うが定番だが、
島香魚店は、違った。
「加熱用の牡蠣が濃厚で美味しい」と言う。
生牡蠣は、生で食べて大丈夫なように清浄(?)処理をしている。
だから本来の味も失ってしまうのだという。
本当の魚屋でないと、言えないことである。
その加熱用牡蠣に、ハマってしまった。

その加熱用牡蠣を美味しく食べるには…
魔子様は言う
「何と言っても”寒締め菠薐草と加熱用牡蠣のバター炒め”」と言う。
加熱用牡蠣と寒締め菠薐草のボリュームの有る甘さが、応えられない!と言う
娘が菠薐草が嫌いだった。
しかし、寒締め菠薐草と牡蠣のバター炒めを食べて、その菠薐草の甘さを初めて旨さを知った。
魔子様は言う。
「寒締め菠薐草を、もっと早く知っていれば…」

寒締め菠薐草は、最近の栽培方法である。
菠薐草の旬は、冬である。
国の政策により、野菜のリレー出荷が昭和30〜40年代に始まり、
南から北へと産地が移動した。
それが全国的に、特に東京に旬を失くした。
魔子様は東京の下町出身である。
一年中”菠薐草”があり、特に地域の葉物として”小松菜”が有った。
だから小松菜が主体で、菠薐草などは、あまり眼中になかったのだろう。
盛岡に来て、冬越しの根が太くて赤く葉っぱが広がった菠薐草を春に食べたときに「とても美味しかった。」と言う
「東京へ贈ってやろうとしたら、運賃のほうが高かった。」と言う
その春に食べる太く赤い根の甘い菠薐草を、真冬に作ろうという技術が「寒締め」である。
東北農業技術センター(盛岡市厨川 前国立東北農業試験場)の技術である。
ここ10年前ぐらいの技術である。と言っても難しいことではない。
菠薐草は、もともと冬が旬である。秋に種を蒔いて成長が止まる寒さになったらハウスを締め切る
ハウスであるから雪がかぶらない。そして葉っぱは地温の暖かさを求めて広がり、じっくりと伸びる。
広げた葉を活かして包装する技と、じっくり成長することによって糖度を溜め込むのである。
植物は葉っぱで光合成をしてブドウ糖を作る。
それを成長のエネルギとーとするが、余った分を糖として溜め込むのである。
夏だったら暖かいので、どんどん成長に使われ溜め込む余地がない。
岩手は、リレー出荷のために夏の菠薐草の産地と位置づけられた。
おかげで、細い伸びた菠薐草で、金のために美味しくないものを作っている役目なのである。

そういえば「寒卵」という言葉も有った。
大寒の日に生まれた卵だという。
今はケージ飼いで一年中温度コントロールされているからあまり意味ないが…
うたがき優命園の自然卵なら「かんたまご」は意味があるのだろう

年中食べられる菠薐草や、年中安定して供給される卵が「国民の安定食料供給」という大きな命題のためにできた
それを知って食べるのと、知らないで食べるでは、将来にどういう禍根を残すのか…

誰も知らない・

テレビジャック

店から家に戻って、魔子様は”雪はき”をする
(本人は重い”雪かき”だと想っている。こちらの人は”雪を掃く”という軽い感覚なのだろう)
入道は、暖房をつけ、熱燗をつけながら、湯豆腐を作る。
そして認知症の母親と魔子様の鍋の下準備だ。
テレビを付けてニュースを見ながら作業をしていると
岩泉のにゃんこの話が出てきた。
みると”もとこ”だ。
そういえば今、にゃんこ展をやっている
ポスターをチラシを置かせてくれと言って来たのは1月だっただろうか…
去年だったような気がする

悩みながら色々と企画している
バイタリティあふれる30代か…40代か…の”おばさん”だ(?)
頑張ってるね
応援してあげたいが、こちらが応援されそうだ(泣)

熱燗がついた

平盃で一杯やりながら、某国営放送のニュースを眺めていると
眺めるのである。見るのではない。
その程度で十分だ。どうせマスコミのヤラセだ。

終わって風呂に入ろうとした。なんだか見覚えのある場所が出てきた
そういえは金曜日の夜に、もてぎ店長のドキュメントが有るとフェイスブックで聞いた
座り直して、じっと見ると(眺めるのではない。見るのだ)
なんと出てくる。出てくる。知った人ばかり
合砂さん、嘉村のあけみ、きしおかくん、そしてもてぎ店長と…

ついつい、思い出しながら懐かしく、見てしまった。
伝え聞いていたが、こんなにひどいとは想っていなかった。
大変だっただろう。
と思いながら平盃を傾けた。

番組が終わった後、」魔子様が言った
「今日は茂木夫妻の日だね。」
素子のイベントも紹介され、旦那の店長もクローズアップをされた」
どうなっているのだ!岩泉は、人がいないのか?

そういえば一人、東京で出稼ぎに行ったやつがいるが…
まだ!戻ってこないのか…

流通不全

値上げを言ってきた。
仕入先からである。
「こんどから値上げをするので見積書を持参する」
もう一軒な
「家族経営的なものから、企業経営に大きく変更するのでこれを機会に採算を見直したい」
そんな話だ

「値段を上げる」というのは、なかなか難しい。
積み上げて値段が合わないから値段を上げる
というのでは、積み上げたものが妥当なのか…という問題が有る
それ以上に、なぜ上がるのか?という説明が必要である。
そして、徹底して無駄を省いた合理化を実行しているのか?

生産者が直接に消費者に販売しているのなら、双方が駄目ならやめる、了解なら上げる。
ということで良いのだろう
しかし、仲介の労を取る者(野菜畑)にとっては、双方(仕入先とお客)の納得を得なければ子供の使いである

仕入先が、”そんなのめんどくさい、嫌ならやめたら”というのも一つの方法である
大きなメーカーや流通は、そのように彼らのシステムを押し付けてきた。
ちいさなメーカーや流通は、その間隙をついて商売を広げてきた。

「産直」もそうである
ちいさなときは、それぞれのお客にきちんと対応してきた。
値段は感覚である。(相対のおまけがあった)
大きくなると、大量の商品を並べてお客が選ぶという対応になった。
値段も、あくまでも相場である。(一方的な値付けである)
当店のような”中途半端な流通”は、値上げに対して対応を間違えると、その存在価値が疑われる。

農家のために…生産者のために…
ということで始まった産直も、これだけ地方経済が悪化していると
農家ほど…生産者ほど…安定しているものも、ないのではないか
何と言っても働く場所があり、食べ物があるのだから…

 

朝、店に通う道で、乳母車にゴミの袋を積んでゴミ出しをしている一人暮らしだろう老婆がいる。
だれも面倒を見てくれないのか…
弁当屋からいつも二食の弁当をかかえて変える老人がいる、朝昼兼用と夜の分だろうか…
市場からでる残り物を販売している店に、群がる客がいる。
標準年収以下といわれる貧困率が16%だという。
ひょっとして、それ以上にいるかもしれないと言う。

農家は、長い付き合いだから、その暮らしぶりは、ある程度予測がつく
しかし都会の人は、壁一枚隔てて隣は何をする人ぞ?だれも知らない。

政府や日銀は2%の物価上昇というが、それが貧困の解消にどんな意味を持つのか…
一つ一つの値上げに何故?という強い疑問を持たないと、野放しになってしまうのではないか…
農家の生活と…お客の生活と…お互いの理解がないと…
それを取り持つ(?)のが流通なのか…

流通不全

と言いながら、消費税アップの納豆の値上げがなかなかできない。
毎日食べるものだから…(泣)

 

うめはる

「昔、繊維業界に勤めていた。」と言うと、人はある程度納得する。
ところが「ファッション業界に勤めていた」と言うと、驚く。
ジッと、上から下まで見て…
”そのセンスで…”と心のなかで、つぶやいているのが聞こえる

最初に勤めたところが「商社」なのである
「商社」と言っても”総合商社化”に乗り遅れた「老舗の繊維専門商社」である。
多くの新入社員が、繊維に配属された。
英語ができそうなやつは、繊維貿易へ
まるっきり英語が話せなさそうな顔をしているやつは、国内繊維へ

国内繊維でも、身体や、声の大きな体育会系は、大阪へ
ちょっと神経質なおぼっちゃん風は、東京へ配属された

何と言っても大阪の繊維業界は、ヤクザである
「繊維で一人前になったら商売は一流だ!」と言われていたが
今にして思えば。「山口組」で若頭になるようなものだ
そういえば先輩たちもヤクザのような人ばかりだ。(Blogを読んでいないと思うから言うが…)
女子社員は、すべてヤクザの情婦のような感じだ(感じだ!たぶん!)
最初は東京へ配属されたが、やはり間違えたのか?すぐ大阪に転勤になった。
大阪は、水を得た魚のように動き回った。

あるとき「横縞のボーダーが曲がった」というクレームが付いた
丸編であるから螺旋上にボーダーができあがる。それを切り開いて糊ではっつけて伸ばすのである。
反物のときは真っ直ぐである。縫製している最中に、徐々にもとに戻ってくる。
今はなくなったが、昔、わきで縞模様がずれているシャツをきていたやつが多い。
だから大きな縞模様はできなかった。というよりもメーカーは嫌がった。
「縞が曲がった」とクレームがついて販売員が一緒に行ってくれ!と言われた
一緒に行った。
担当の人が出てきて、ネチネチと嫌味を言った。
すぐ言った「当たり前や!こんなんは曲がるもんや!」と言うと
相手は驚いて黙った。
すこし大声だったかもしれない。
すこし声が低かったかもしれない。
すこし語気が荒かったかもしれない。
顔が歪んでいたかもしれない。
眉毛が逆だっていたかもしれない。
右手が内ポケットのピストルを触っていたかもしれない。
交渉は、最初が肝心である。

無事にクレームは解決した。(相手が黙ったので…)
あとから販売員が言った
「あの人もう連れてきていらん」とトランプ(?)のようなことを云われたらしい。

そんな大阪の繊維業界から東京へ転勤になった。
東京は「ファッション業界」と言う。場違いのところへ来てしまった。
なんと言ったって、キンキラキンの女の子ばかりである
と思ったら、当時は黒と白のファッションだった。
マンションメーカーと言われるマンション一室で、デザインをおこし、
縫製業者に委託し、ちいさなブティックに卸すところが一杯あった。
そんなところのデザイナーと商売するのに、自身の服にセンスが無いので困ったが
当時は白黒だったので、これ幸いとヤクザルックにした。
ダークスーツにピンストライブである。
しかし、商売はカラーコォーデネートである(?)
「流行色協会の色を参考に…」と言っても、ちんぷんかんぷんである
そんななか記憶に残っているのは「うめはる」という言葉である。
「うめはる」と言うのは「梅春」と書く。
春よりも早い季節、真冬が終わった頃である。
ようするに1月2月に店頭に並べる商品群や、その色である。
年末セールが終わり、消費が冷え込む1〜2月、
暖かくなって出歩くようになって購買力も回復する3月から4月の春。

そんな1月2月の梅春は、商売も停滞する。
毎日食わないとやっていけない人間も、冷蔵庫にある買いだめ他正月の残りを漁って過ごす日々である
岩手の八百屋も新鮮なものは無い。下りものばかりである。
あるのは沢庵、それさえも昨年の秋は不作で早々に終わった。

次にでてくる山菜まで、じっと我慢の梅春が続く。

 

 

たんじょうび

「誕生日おめでとう」
玄関にボール持って出てきた男の子に声をかけた
「いくつ?」と聞くと
指を四本出して突き出してきた。
「もうすぐ幼稚園?」と言うと、嬉しそうに顔をほころばせた

誕生日会の弁当をである
親せきが集まるのか…
仲良し友達が集まるのか

一つだけ子供用で、後は大人だと言う

 

なかなか違いが出せない
そこでメニューを…

しかし、ひらがな読めるかな?

すすむ

またまた金沢から、かぶら寿しの詰め合わせをもらった
その中に”ふぐの子糠漬け”が入っていた。
ぬか漬けにこっている入道としては、是非賞味しなければ…

それよりも久しぶりに、フグを食べてみたかったのである
フグを食べなくなって、久しい。
子供の頃から、フグは猛毒という認識があった。
青年になっても食べたことはない。
だれだか歌舞伎役者があたって死んだという話もあった。
社会人になっても、食べたことはない。
それが一変したのは、ひれ酒である
いや、ひれ酒と共に、”てっちり””てっさ”を食べる20代中頃の大阪時代である
道頓堀に安いフグ屋が、軒を連ねていた。
東京では高級料理だったので驚いた。

香ばしいひれ酒と、淡白なてっさを食べた。
あまりにも淡白すぎて、美味しいと思ったことはない
これが高級フグか…とB級フグ屋で思った。
フグよりも、ひれ酒だった。

てっちりも、鱈鍋とどう違うのか…と思った。
味覚音痴を自認した。

それが東京へ転勤して、両国のフグ屋へ行った
「厚く切ってくれ!」と、接待先の得意先の人が言った
”薄く皿の模様が見えるように着るのが技だ!”と一般的に言う
その店は、厚く切った。カツオのように…
喰いごたえが有った。そのボリュウムと濃い味は。インパクトが有った。
まるで白鳳と入道のガチンコ勝負のような、一方的な負けだった・

それ以来、てっさは食べたことがない。あの味にまさるものは無いからである。
しかしヒレ酒は美味しい。ストーブの上でヒレを炙り、チンチンに熱くした燗酒に入れる。
ふうふういって、アチアチと言いながら喉に流し込む。
あの香ばしいかおりが、鼻から、喉から、口の周りにまとわりつく。
至福のひとときである。

安いものが好きなのである。昔から…

そして、いつもは、”ふぐの子”など口に入らぬ
いつも口に入れるのは、
海辺の育ちの魔子様が嫌う「生臭い!生臭い!」という

”ししゃもの子供”である

しかし、ふぐのこ糠漬けは
塩と糠と糀を用い、伝統の技法にて2〜3年発酵させ、毒を消し旨味を引き出した。
昔ながらの保存食で塩辛さが特徴です
とある
塩辛いのである。特別に…
酒が…ご飯が…なんでも…すすむのである。

ぬか

レジにたって、食事を済ませた客と会話をする
こびる食堂で野菜天ぷら定食を頼んだ客だ。
ご飯が切れて、だいぶ待たせてしまった。
家族連れで四人、幼い二人の子は就学前だろうか…

「待たせて申し訳ありませんでした」
「いえ大変美味しかった」
「天ぷらも…炊きたての御飯も…」
「いつもは、ご飯を食べない子どもたちがお代りをした」
と言いながら
「ぬか漬けも、美味しかった」と言う

ふとみたら漬物コーナーに、最後になったので残ったぬか漬けを並べた
べつに「ぬか漬け」と表示したわけではない
食べて「ぬか漬け」とわかったようだ…

「関東の方ですか…」
「ええ転勤で…」

「ぬか漬け」を分かる人は、盛岡には少ない
”酸味”が有るから、ちょっと過ぎた塩漬けのような感じがする。
以前、盛岡の某生協で「ぬか漬け」を売っていた。
買い求めて、熱燗のお供に”ぬか漬けきゅうり”を添えた。
塩漬けだった。まわりには、それらしく糠がくつけられていた。

東北の人は、ぬか漬けを知らない。
そういう文化ではないからである。
ぬか漬けと言うのは、コメ糠がふんだんに有り、温度が高い等土地柄でないと、そのような文化は育たない
そして自宅に人がいて、しょっちゅう手をかけて育てるという、ところでないと…
ちなみに”ぬか漬け”と検索すると、九州の福岡がネットではでてくる
九州の文化なのかもしれない

つまり、温度が低く、
農作業や山仕事で、朝、出ていったら昼しか…
いや弁当を持って、夜しか帰ってこない東北の田舎ではなかった文化である。
そして玄米を供出する東北では…

「江戸わずらい」という言葉がある。
江戸時代、参勤交代で江戸に行く武士がかかる病気であると言う
身体がだるくなり、脚がむくみ、食欲がなくなるという。
結果、死に至るケースも有るという。
それが故郷にもどると、不思議に治ると言う
白米を多食する江戸の武士にだけ起こる病気である(とは後世にわかった)
脚気である。ビタミンB1の不足である。
商人などの住民には少なかったのだろうか…
ぬか漬けを食べている庶民には…

さて大分、ぬかもゆるくなってきた。
当店の糠を炒って、塩を足し、唐辛子を放り込んで、今回はわかめの粉を入れてみた。
さてさて味は…

最後の新年会

いわて食文化研究会の新年会が当店のこびる食堂で開かれた
代表である岩手大学の副学長菅原悦子教授の挨拶と、元スコーレ校長の宮本副代表の乾杯で始まった

”食べる会としては人数が多かった”という田沢事務局長の話だった。

 

飲物は

ベアレンの生ビール(クラッシク)の予定だったが、サーバーの部品が見当たらないので、瓶ビールに…
(クラッシックとシュバルツにアルト)
亀ヶ森醸造所のシードルと微発泡ワイン二種
わしの尾の陸羽132号の冷酒と熱燗
岩泉のじっちゃばっちゃ
本物のジンジャーエール
岩手町遠藤幸悦と盛岡筒治万里子のリンゴジュース
大迫の大和田博の濃厚キャンベルジュースとコラボジュース

料理は
旬のウドの豆味噌(豆蔵)マヨネーズ和え
短角牛の中華いなきび和え
里芋のエゴマあえ
紫甘藷の春巻き
田楽茶屋豆腐の白和え
宮古の牡蠣と寒締め菠薐草のオリーブオイル炒め
山形村の貴重な短角牛のもつ煮
葛巻みち草の驛の保存食、蕨・蕗の煮物
岩泉の寒干し大根の含め煮
ジビエ(鹿肉)のステーキ
自家製本格ぬか漬け
無農薬玄米きらほおにぎり
打ち立て手打ち濃厚つゆ温そば

一つ一つ意味といわれがあるが…

一つだけ紹介
ジビエ(フランス語で野生の肉)鹿肉
ハンター作家村井直衛さん(地上文学賞受賞)の仲間の撃った肉(紫波町産)
彼の小説は、農産物がイノシシや熊、鹿等の被害に悩む農家と自然保護との摩擦の中で
悩む行政の取り組みを紹介している。

それを元フランス料理のシェフ(マクロビのウサギボタニカ)の福士正巳シェフに食べごろに下ごしらえ(掃除)してもらい、
彼のおすすめで、オリーブオイルとバターを掛けながら焼いた。

放射能検査は10ベクレル
思ったより少ない。

 

人間と野生動物との共存
企業畜産の問題。
従来の獣食文化の保存
狩猟の技の継承
原発における科学技術と農業問題

さまざまな問題が、この一品には含まれている

差し入れ
葛巻森のそば屋の高家さんから
「薪」の差し入れが有った・
最高級のナラの尺五寸の薪である。
「最高級の薪」という言葉は、今は通用しないか…(都会では…)

追加:事務局次長の中村氏持参
サンマの飯寿司(東山町)
(米の保存ではなくサンマの保存のために米を利用した
米は食べない、サンマだけを食べると言う)

陸羽132号が4本(四升)空いた。(唖然!)