ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

ちらばる

「佑哉くん」である。
幼稚園に上がるという4月に引っ越していった。
そう来たときは、まだ、お母さんのお腹にいた。
ふたりとも盛岡の人ではない。

ここ盛岡へ転勤になって、初めて子供を授かり、生まれて育て移っていった。
色々有っただろう。
三人揃ってきたことも…
母親と二人で…父親と二人で
そういえば、おじいちゃんとも来たことも…
お父さんがアレルギーを発症したことも…
農園で初めて耕すことを覚えたことも…
食べものの大切さを知ったことも…
全部、盛岡で知ったという。
最後の食事は「こびる食堂」で食べたいと言う

そういえば、
まぁ〜君は、奈良で社会人になったという。
あいちゃんは、名古屋で幼稚園だという。
しおりちゃんは、おばあちゃんの鎌倉で中学生になるという。
いろいろな子どもたちが、野菜畑で出会って、散っていった。

種が散らばって広がるように…

 

しば

岩手にも、ようやく春が来た。
庭の福寿草が黄金色の蕾が開き、
緑の水仙が勢い良く空に伸び、
黄色や紫のクロッカスが、あっという間に花を開いた。

そんな中、シバも、おがってきた。

これはシバである。
おじいさんのシバである。
市原悦子と常田富士男の日本昔話によく出てくる。
おばあさんは川へ、洗濯に…
おじいさんは山へ、シバ刈りに…
の「シバ」である。

現代のシバは、夫婦に亀裂をもたらす緑の芝であるが…
おじいさんは、クラブを担いで芝刈りに…
おばあさんは、愛人と命の洗濯に…
と言う現代のシバは、さまざまな問題を引き起こす
これは昔話の「シバ」である。
漢字で「柴」とかく

ようするに雑木のわきから萌芽してくる若い木々のことを言う
このわきから伸びてくる柴を刈り取ってやらないと、木々が暴れる
つまりヤブになる、
それを刈り取って散髪すると武蔵野のような素晴らしい雑木林ができる、
春は、地上までさんさんと陽が入って山菜が芽を出し、夏の新緑が木々の光合成を促し、秋の紅葉を彩り春を蓄える落ち葉となる。

柴刈は、大事な山の手入れである。

橋ではなくハシ

たぶん!自分のコンプレックスは、ここに有るのだろう
と66歳も半ばの春を迎えて思った。
アクセントである。

アクセントは高低である。強弱でない。

と昨年亡くなった元アナウンサーの前田正二は書いてある。

え?「強弱」と「高低」と、どう分けるの?

そして前田正二は、強弱と高低を聞き分けられる人は、少ないと言う

本が好きで、ずっと活字中毒で生きてきた。

娘が「子供を本好きに育てたい」と言っているが、本好きにするには親が本を読んであげなければ…
と思ったら、前田正二は、「耳に貯金を…」と呼びかけている
つまり、多くの文章を読んであげることだと言う

そういえば子供の頃、母親は布団に入ってよく本を読んでくれた。
貧乏だったからだろうか…
読む本が無くなると、百科事典の歴史人物の項目まで読んでくれた。
おかげで歴史好きになり、吉川英治などの時代小説が好きだった。
ただ難点が一つ、おもいおこせば、多分「仙台弁のアクセント」で読んでくれたのだろう

小学校4年のときに岩手県北上市に転校してきた。
仙台弁を笑われた。
「まぁぜろ〜」と遊びに仲間に加わることを仙台弁でこういった。
ところが北上弁は「かぁ〜ぜろ」といい、仙台弁を
「んなぁ〜、おなごど混ざるのか?(おまえ女と混ざるのか?)」と卑猥ではないが、そんな意味で囃された。
そのころである
テレビが各家庭で入ってきて、NHKのアナウンサーのスマートな言葉が流れてきた。
当時、集団就職で金の卵ともてはやされた東北の子どもたちは、「ズーズー弁」と、からかわれてきた
小学校でも「標準語で話しましょう」と言う運動が流行った。
標準語とは「NHKのアナウンサーの言葉だ」と…(都会へ出て馬鹿にされないように…)
言葉でなやんでいた自分は、すぐに標準語と呼ばれる言葉を覚えた。
仲間内では北上弁を…
家では仙台弁を…
あらたまったところでは標準語を…
なんと三つの言葉を自在に操っていたのだ。

それから家を出て大学へ行くと、入ったラグビー部は関西弁だった。
三重や名古屋、大阪、兵庫、徳島、高知など関西地方で厳密には一人ひとり言葉が違うのだろうが
とりあえず圧倒された。あの関西弁の大声の迫力に。
必然的に関西弁と呼ばれる言葉が身につき、就職した先が繊維専門商社だった。
繊維業界は、標準語が関西弁だった。
東京にいても関西弁を使い、大阪ではもちろんコテコテの関西弁である。
大阪の飲み屋で「どこの出身見える?」と聞くと大体が「関西の人?」と言われる
それだけ染まってしまった。

盛岡に帰って気がついた
北上弁と違うことに…
盛岡のほうが、なんとなく柔らかいのである。
南部藩主の奥さんが京都から来ているせいだと、ものの本に書いてある。
盛岡の言葉も、いいものだ…

と思いながら、前田正二の本を読んでいたら

アクセントは強弱でなく高低だ。と言う
さまざまな言葉の環境で暮らしてきたために
言葉を覚えるのが精一杯で、アクセントやイントネーションまで覚えていないことに気がついた。

魔子様は東京生まれである。
いつも食事のときに小生に言う
「あんた!アクセントが違うよ。橋でなくハシ!

たぶん「こんなアクセントやイントネーションでは人前で話すな!」と神様は。言葉を奪ったのかもしれない(泣)

 

追伸:
小中高と一緒の友人がいる。いつのまにかアナウンサーになっていた。
子供の頃、北上弁で話していたのが、なぜか標準語(共通語)になっている
油断も隙もない。

ほん…

上盛岡のさわやが、3月末で閉店するという
スケベ根性ではないが、スケベ根性だ。
本がなにか安くなっているかと、近くへ行ったときに寄った。
掘り出し物があった、「盛岡藩宝暦の飢饉とその資料」3800円とある。
だいぶカバーが日焼けしていた。
「100円にする」と言うのですぐ買った。
飢饉をどんな食べもので乗り切ったのか…ちょっと興味があった。

 

鍼医のそばのTUTAYAに行った。
あまり買わないが、中古本はしかたない。
ぱらぱらと「発酵関係」と「梅」と「麹関係」を買った。
中古本5冊で20%割引だという
後一冊探し出しても、時間と金の無駄だ。

 

家に戻ったら書籍郵便が届いていた。

昨年亡くなった前田正二アナウンサーの遺稿集だ。
読み始めたら止まらない。
まず最初に読みきらないと…

 

そうなんだ、
アクセントで悩んだ一生だった。
仙台弁のコンプレックスから、標準語と北上弁の混ざった少年時代、
そして商売の関西弁と…
そして憧れの盛岡弁を、話せるようになりたいと思いながら…

 

 

 

盛岡の春風


店を留守している間に、酒を置いていった若い友人がいる。
誰でも良い。
酒さえ置いていけば…

しかし、見慣れないラベルだ。
「御礼」と添え書きもついている。
読んでみると「五百万石」で作った酒だという。

酒米(酒造好適米)は、いろいろある。
そのうちで一番有名なのは、山田錦だ。
滝沢で武田哲君が作っているのは美山錦だ。
その他有名なのは、「五百万石」「出羽燦々」「雄町」と続くが岩手では作られていない。
その「五百万石」を田村和大くんが岩手で、震災の年から6年かけて作りこなしたという。

その他に「飯米」「酒米」ともに利用されている米もある。
石鳥谷で高橋亮介くんが作っているのは「亀の尾」である
西根で渡辺晴久君が作っているのは「陸羽132号」
米は適地適作でないと実らない
まして酒米と言う制約(大粒・心拍など)の多い稲は、岩手ではほとんど無理である。
山田錦の北限は、県南の一関だという

陸羽132にしても亀の尾にしても、以前は主に飯米として作られた。
飯米が自給できないのに、酒を作るなどというバカげたことはできないのである。
と一般的なことをいう。
実は隠れて作っていたのである。

まして岩手は日本三大杜氏の中で最大の杜氏集団南部杜氏のふるさとである。(越後杜氏・丹波杜氏)
岩手は厳しい寒さから酒米が作れず、まして冬の仕事が無いために全国に散らばって酒造りをしたものとおもわれる。
以前「岩手は有名な酒がない。いい酒などないだろう」と言う人がいた。
実は全国に散らばった南部杜氏は、各地の有名な蔵元に入って作りこんでいたのである。

その彼らが春になって帰ってきて米を作っていた。
そして、歳をとって出かけられなくなったら、隠れてどぶろくも…
また岩手には小さな酒蔵がいっぱいある。
そんな小さな酒蔵で作られた南部杜氏の自慢の酒は、量が少ないために全国区にはならないのである。

そんな岩手に新しい美酒が加わった。
 盛岡の新しい風 「平井六右衛門 盛流」(菊の司酒造 醸し手平井佑樹)

大ぶりのカクテルグラスに、長芋の糠漬けを添えて…

さわやかな春風の薫りがした。

多種多様な豊かな文化は、南部の持ち味だ

病院がない

盛岡市内を一望に見渡す病院に見舞いに行った。

「来週伺いますから…」と言われて、三週間、音沙汰がない知人だ。
久しぶりにかかってきた電話は
「いや〜脳内出血で倒れて…入院して、今はリハビリで…」と言う
驚いた。
”そんなことが有ったのか?”
と思いながら、とりあえず店の商品を持って見舞いに出かけた。

新しい病院は受付で「そのエレベーターで4階です」といわれ、
エレベーターに乗ったら病棟の前にインターフォンが有り
押すと、向こうの看護婦だろうか「何度ですか?」と聞いてくる。
何度も何も、何をどうすれば良いのだ?
と思って見渡すと体温計が置いてある。「測れ!」ということらしい
インフルエンザ対策のようである。

37度である。これでは断わられるか?と思いながら「37」と言うと
「嘘つけ!66だろう」と歳がバレた(泣)

 

そんな関所を通って病室へ行くと知人は元気にしていた。
三週間前に勤めていた学校で、頭がふらっとして気持ちが悪くなって、
「これはやばい」と救急車で緊急病院を指定していかせた!「医大へ行け」と
緊急センターでは血圧を下げて、出血を止める薬を飲んで3日でリハビリに退院したと言う

「なるほど、なるほど」と聞いていたが
一歩間違えると「死んでいた」と言う
「えっ?そんなに意識がはっきりして元気なのに…」

彼は普段から高めの血圧だが、薬をのむほどの高血圧というほどではない。
年相応の、ちょっと高めだという感じらしい。
それが、ちょっと脳の血管がきれて出血した。
誰にも有ることらしい。普通は自然に治るのだが
切れる場所によっては、やばいところがある。
そのときは一刻を争う。”医務室でゆっくりと休んでから…”などと言わないで
すぐ救急センターに駆け込んで手当をしてもらう。
手当といっても、血圧を下げるだけである。
たまたま彼は、救急車がすぐ来て、道が空いていて、病院が近くで、CTが空いていて、と良い条件が重なったという。
これが少し休んでから…とか、道が渋滞で…、病院をたらい回しにされて…、CTの順番待ちで…と、悪い条件が一つでも入っていたらどんなふうになっていたか、わからないと言う。

そんなものか…

人間の生死というものは、ほんのちょっとのことで決まるのである。
彼は、歯科医であるから、医学的知識は十二分に持っていたのである。

そんな彼が言う
「自分があたって言うのもなんだが…。ひとそれぞれ塩分感受性が違う。
一括りにして塩分6%というのも漬物文化を否定するようなものだ。
”岩手は脳卒中の死亡率が高いから塩分を減らせ”と言うが
脳卒中の発症率ではなく、死亡率が高いのである。
つまり近くに病院が無いと言うことなのだ!」と医療行政に携わった彼は言う。

適地適作

人品卑しからぬ初老の人が尋ねてきた
「花や野菜の苗は…まだ?」
ふと”家庭菜園か?”と思いながら
「まだまだですよ。それに昨年と引き続いて、今年は苗は予約販売となります」

 

「なんせDIYの店が、早出しして苗が殆ど売れません。
当店は農家から直に仕入れしているので、農家が植えるタイミングに苗が揃います。
そうすると、ほとんどの家庭菜園は植えてしまい、苗類が売れません。
せっかく自分が植えるために作った農家の余剰苗ですが、ロスになります。
本来ゴールデンウィーク明けに、果菜の苗は植えるのですが、
家庭菜園はゴールデンウィークの仕事が休みのときに植えてしまうのです。
それに合わせてDIYの店が、苗を揃えますから連休前に勝負は決まってしまいます」

今年も同じ事を言わないといけない

苗の販売は、以前は市場で行われていた。
八百屋が苗類を市場から購入して並べていた程度だった。
農家も、自家菜園用の苗は、苗を作っている野菜農家から購入していた。
苗の管理は結構手間隙がかかるので、数本の苗をつくるよりも買ったほうが効率的なのである。
と言っても苗半作(いい苗は収量の半分は保証されたようなものである)と言う言葉があるように、
良い苗を作っている農家に依頼したり、買ったりしていた。そしていい苗を見る目を持っていた。

ところが家庭菜園が大流行になって、どんどん苗が売れるようになると苗生産専用の農家が出てきた。
しかし、それでも適地適作で、その地域の植えられる時期に苗が並ぶように作っていた。
それがDIYの店が大々的に扱うようになって、変わった。
販売面積に合わせて苗を並べたのである。ようするに「売り場を埋める」と言う発想である。
そして他店よりも早く並べて”見せる”と言う販売手法である。
そのためには、そのためには南の地方で栽培した苗を早めに北で売る、と言う手法が取られた
いや南で売れ残ったものが、北へ持ってくると言う手法だったかもしれない
それ以上に海外で生産された苗もあった。
(土は輸入禁止だから、ロックウールなどの繊維に植え付けて芽出しをして輸入した)
とりあえず、他店よりも早く並べる競争である。
おかげでその土地の植え付け適期が、わからなくなってきた。
まして家庭菜園を始めようとする人々は、なにもわからずに苗を買い、植え始めた。
あっというまに家庭菜園は苗で埋まり、人々は満足した。

そしてクレームが始まる。
「植えたまま大きくならない」
「枯れた」
「腐った」
「霜に当たった」
一つづつ勉強して来年に生かされれば良いのだが…
翌年も同じことをする

 

農業に「となり農業」という侮蔑の言葉がある
ようするに「隣の農家が何をしているのか…それをみて真似をする農家である」
種を蒔いたら、翌日に種を播き、肥料をふったら、同じ肥料をまく。
隣に真似をされないように、中身は違う肥料袋を抱えて撒くという農家もいるぐらいである
自然とともに暮らすと言いながら、自然の中で作業体系までわからない農家もいる。
農家でさえそうなのだから、定年になって初めて農作業をして嬉しくてしょうがない
暇だから先に先に気はせって、どんどんはやくなって植物を見る目が疎かになってしまう

植物は地温が15℃以上にならないと生育しない
と言うと
ビニールを張って地温を高める。
キャップを被せる。
黒マルチを…とすぐ対応をする
しかし、それ以上に温度が下がったり上がったり雨風で対応ができなかったり
自然の中での作業は、思いつかないことが起きるのが当然である。

盛岡は15℃以上の気温(気温が地温に反映される)は5月の中旬ごろである。
その頃に植えれば十分なのだが…

早植えしても温度が上がるまでじっと植物は待つのである。
いや待っている間に「待ちグセ(?)」がついて、成長が滞る場合もある。

適期に植えるというのは昔からの言い伝えであり、今も生きている自然に中の生きる大切な言葉なのである
それを経済や科学は、「欲」という楽しみに、その言葉を踏み潰し、忘れさせてしまった。

 

人品卑しからぬ紳士は
「オタクの苗が良いから遠くから買い求めに来たのだが…」と言いながら
「きゅうりの苗は…いつごろ?」と聞く
「胡瓜は、5月末ですよ」
「そうかぁ〜、ジャーその頃」と言いながら
「何をしているのですか?」と聞くと
「造園屋だ、得意先から頼まれて買いに来た」と言う

造園という自然の仕事をしている人でも
野菜の植える時期は覚えていない

そんなものである

とろとろ

「沢庵ありませんか?」という客が、ちらほらいる。
3月末に沢庵が切れる。
大体が11月から売り出して2月までに売り切れるように塩の調整などをしている。

以前なら…
保存の自家用として夏までもあったが、酸っぱくなり酸味が勝つので、商品としてはせいぜい寒さが続く2月いっぱいだろう。
酸っぱくなった沢庵を切り刻んで茶漬け風に食べるのもいいものだ
いや、それ以上に、炒めて、さまざまな料理に利用できる。自家用なら…
それを売りにして出すのをためらわれるので、商品としての沢庵は3月末に完全に切れるのだが…
今年の沢庵は、昨年の秋雨の状況で種が流され大不作で、年明けから沢庵がない状態が続いた。

そのせいだろうか…
ここへ来て「糠漬け」が売れている。
「沢庵がないか?」と言いながら試食して買わない客がほとんどだが、
試食して「おや?」と思いながら買っていく客。
のこっていたらまとめて買っていく客。
「東京のお袋の味だ」と言って買っていく客。
「こんな美味しいの家ではできない」と言う客。
「大根だけほしいのだが…」と言う客
「人参が絶品だ」と言う客

沢庵の代替品という位置づけだろうか
それとも糠漬けの味が評価されてきたのだろうか…
毎日毎日ぬか床をかき回し、塩を振り水分調整して、漬ける。
漬けてしまえば、半日でできる。
手軽のなのだが、匂いと日々の管理が面倒くさいのが難点である。

毎日毎日同じことをやるのは
「難しい」と言うのか…「飽きる」というのか…
そんな中、一番難しいのが水分である、
野菜からにじみ出てきた水分がすぐぬか床をトロトロにしてしまう。
これをなんとかしたい

だし昆布を入れ、豆を入れ、スポンジで給水して
なるべくぬか床に新しい糠を入れないで熟成させる方向で検討中である。

「糠漬け」は江戸の文化だが…
「玄米と糠漬け」という盛岡の新しい文化の創造のために

春がきた

「とうが立つ」と言う
「十が立つと、五は座るのか?」と言うオヤジギャグを一発

食用の草で花芽がすぎて、茎が固くなる事を言うらしい
茎のことを「薹(とう)」と言う。
五十過ぎた女性のことを(50にするか…40にするか…迷った)
「薹の立ったおばはん」というらしい。
一般には「盛の過ぎた女性」と言う意味らしい
私のまわりは”特殊”だから、そんな人はいない(断言)
みんな素敵に齢を重ねているお姉さまたちである。
(売上に響くから、ここ重要!)

 

その「薹」である。
春になれば「ふきのとう」である。
「蕨(わらび)や蕗(ふき)」と春の山菜の代表格に称せられるが
蕗は”薹”も、名前が売れている
ところが蕨(わらび)の「薹」は、聞いたことが無い。
何故だろう?考え始めたら眠れなくなってきた。
蕨に薹(「わらびとう」(花茎)は無いのだろうか…

ちなみにこちらの言葉で「蕗の薹」は「ばっけ」と言う
ネットでさがしてみたら、こんな文章を見つけた

引用 北のフィールドノートから…(http://snowmelt.exblog.jp/9955361/)
これらが何から由来するか。更科源蔵・光著のコタン生物記にはこうある。
「本州でもフキノトウのことをバッカイとかバッケイと呼ぶところがあるが、これは元来アイヌ語である。
パッカイ(破裂音筆者注)とは子供を背負うことで、フキノトウが雪の間から丸く花を背負うようにして出てくる姿に名づけたものである」とある。

そんな蕗の薹が、あちこちに出始めてきた。
それをこまめに摘んで石鳥谷の熊谷哲はパック詰にしてきた。

魔子さまは、その”春の苦味”を天ぷらに揚げ

久慈市山形町の短角考房北風土の短角牛を”春雨”とともに麻婆にし、
鹿児島の紫甘藷を”春巻”にした。

 

そして一品デザート
”さくら”のフィナンシェ」という焼き菓子を添えて

三寒四温の卒業式の弁当に
一足先に春が来た。

 

またひとつ

さわや書店が、閉店すると言う
「honyaクラブ」のメールで回ってきた。
そういえば近頃、足が遠のいている。
いや、いけば何冊か抱えて出てくるのだが…
読みきれないので、いかないようにしているというのが現状だ。
これ以上、トイレに籠る時間がない。(泣)

 

閉店するのは、上盛岡店だという
一番利用する店舗だ。
なんと言ったって、病院の直ぐそばである。
待ち時間が、ちょっとあると寄る。
待ち時間がなくても、時間を作って寄る。
そのたびに読みたい本が、どんどん積み上がる。
部屋の中は崩れかかった新刊の本と、読みかけの本が雑多である。

これ以上は、死ぬまで読みきれるか…と言う状況である。
そういえば中学の時に購入した本もある。高校のときも…
「本を買う」といえば、小遣いをくれた母親だった。
もういちど読み直したいと思っている本が、山ほど…

そんななかさわや上盛岡店が閉店するという。
もう近くには、三割東山堂しかない。
あそこは、レコードと漫画と週刊誌しかない。
読みたい本が、あまりない。
と言って、「駅前さわや」まで行くと駐車場代がかかる。
1000円の本を買うのに400円駐車場代にかかって、どうすんだ
ついつい元を取ろうとして5〜6冊まとめ買いをしてしまう
それならアマゾンのほうが…合理的だ。
しかし本という文化を、合理的経済発想で決めていいのか…
小心者は悩む。

 

そんなわけで上盛岡さわやに行った。
また一つ、ちいさな文化が消えるのを確かめに…

ふと財布を見ると1400円しか無い
これでは何も買えない!と思いながら、二冊読みたい本を見つけた。
ぎりぎりだ
と思って札束(?)をだして、サワヤのカードと一緒に出した。
カードはポイントが溜まっていた。
「59円です」と店員が笑いながら言った。

まだ買える(嬉々)