ちいさな野菜畑

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カテゴリーアーカイブ: 秘伝一家の団欒

うばざくら

秘伝一家(というちいさな野菜畑オリジナル商品シリーズ)に又一人、加わった。豆乳である。
散々苦労して、ようやく形が出来た。
あとは洋服を着せるだけである

しかし、最近また再考に迫られた
豆乳の濃度である。

三百グラムの乾燥秘伝豆を、1200CCの水に36時間浸漬して粉砕し、1200CCのお湯に入れてかき混ぜて絞る
という作業なのだが

36時間以上浸漬すると若い時の小生みたいにぶよぶよになってしまう
1200CC以上の水を入れると、小生の髪のように薄く分離してしまう
かき混ぜ方をサボると、小生の借金のように焦げ付いてしまう

さまざまな問題をクリアして、ようやくこれだ!という濃度のものが出来た
しかし、あとに残ったのは核のゴミである
どうにも処分できない雪花菜「おから」が、大量に出るのである
おからをご飯代わりに食べる鶏を飼うか?豚を飼うか?
豚のような魔子様に言い含めて食べさせるか…(内緒だ)

様々に悩んでいる

おからクラッカーや
おからクッキーをやってみたが、小麦粉を同量入れないと、学級崩壊のようにまとまらない
同量いれたら、それだけで原価が上がる。
それこそ核のゴミを見習って
地下に埋めて熟成させて…と考えたが、すぐ「アメル」
アメルというのは、飴がカラメル状になることではない
なんというか…
ようするに…
または…
つまり食べられないように腐るということである(汗 方言か?)

雪花菜「おから」を大量に使ったものを考えださないと、
原発と一緒で、美味しいけど、やっかいなものが残ると言う、現代の暗闇に陥る
なんとか次世代に引き継がないで解決できないか?検討中

 

ところが豆乳の名前だけは決まっている
秘伝一家は、それぞれに名前をつけている

乾燥青豆は主人公「豆太郎」である
粋で、いなせな細身の伯父さんは、醤油の「醤次郎」である
ずんぐりむっくりの真面目で律儀な叔父さんは、豆味噌「豆蔵」である。

そんな秘伝一家の”守り神”は納豆「太鼓判(たいこばん)」である。
そのほかコメ味噌「米蔵」倍コメ味噌「およね」等々いたが、今は行方知らずである

そんな一家に豆乳が加わった。
そうである、名前からして豆太郎の乳母である。
優しくて思いやりのある心温かい豆乳は、寅さんの妹にちなんで「さくら」と名付けた
(倍賞千恵子のイメージである)

日本一の香り枝豆の秘伝豆「豆乳」は、豆太郎の乳母「さくら」と名付けることにした
近日発売検討中!

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醬油せんべい

貧乏性である
なんと言ったって食べ物を余すこと無く食べる性である
おかげで若いころは、三桁の体重を誇った。
BMWも…
いやBWHも常に三桁を守っていた。
裸になったら、パンツからあふれる肉が垂れ下がった。

そんな肉体を改造した!されたのが、食道がんである。
食道を除去し、食べ物が通らなくなって…
正確に言うと食べ物が詰まって落ちていかなくなって
”おなかがいっぱい”という感覚はなく、”胸がいっぱい”という感覚である
ご飯茶碗を軽く一杯食べると、もう胸がいっぱいである
よく「少食で…」と言う人は「少々食うで〜」という隠語だと思っていた
こんなので体が持つか?と思ったものだが
自分がそうなってみると、身体は持たないが
食べられないという現実を強く認識した(?)

 

そこで雪花菜だ!
唐突に意味不明の言葉が出てきたが
「雪花菜」は「おから」だ
要するに豆腐の粕だ
有機物に粕はありえない
すべて分解して循環するからである(主張)

有機物である糞尿も、昔は循環の役割の一部だった
田んぼに肥タゴがあって、よく落ちた。
人糞尿は、田んぼのそばの地中の温度を利用して熟成させているのである。
熟成すると匂いは消え、雪が降ると、どこに肥タゴがあるかわからなくなってしまう。
だから学校へ近道を…という小学生が落ちるのである。

今、糞尿は海洋投棄が多いと聞く。
海洋で捨てられた人糞尿を小魚(いわし)が食べて中魚(さば)が食べ、大魚(おおとろ)の餌になり、人間が食べる
すべて循環しているのである

雪花菜「おから)も多くは飼料である。鶏や牛豚の飼料となり、その肉を人間が食べる
その雪花菜を横取りして食べようと考えているのである
いやそれは、豆乳をつくる時に大量に出てくるのである
じゃ〜豆乳を作らなけれは良いではないか?
という問題ではない
作らなければいけない必然性が有るのだ

その時に雪花菜が出てくる
300グラムの乾燥大豆を水に浸漬し、豆乳を絞ったたら雪花菜が750gできる
つまり450gも水を含んで絞り切れないのである
この450gを絞り出すには、道具か機械を使わないと絞りだすことは不可能である
しかたがなく小麦粉を混ぜて含水率を少なくして焼く

クッキーとビスケットの違いはよくわからないが
これはクラッカーである。
ところが上に醤油を塗ったので、醬油煎餅になってしまった。
難しいものだ。
これにチリを入れ…胡椒を振って…唐辛子を散らして…

ポリポリ食べる酒のあてにしたいと切実に思っているのである。
作るのは楽しい。

美味しいおから煎餅ができるか…

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出来たのは醤油せんべいだった(泣)

シンプルイズベスト

いや驚いた
「保険屋さんから、入道さんを紹介してほしい」と言う
”こうさん”の子息だ。
「なんでも豆を作っている人だ」と言う

なかなかスケジュールが合わずに、のびのびになっていた。
午前中は朝定食と弁当とランチの準備で、慌ただしく時間が過ぎていく
ようやく午後になると、来客や鍼、集荷等があり、
ホッと休むと昼飯が胃袋に入り込んで眠くなる
空いた午後の時間が、なかなか作れないのである

やってきたのは背広姿の坊主男である
「”秘伝”を無農薬で造っている」
と言う

「なぜ秘伝なのか?」というと
「美味しいから」と言う

美味しいだけで、一反歩も蒔いて
「9月に枝豆として11月には青大豆として収穫して食べている」
と言う。そのレシピは…

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なんと、自分で作ったレシピを貼り付けて持ってきた。
こんなに秘伝に惚れこんでいる奴がいる
素人である。
学生時代は経済を勉強したという
経済から程遠い、豆を作りを趣味としている
いや趣味なのか…
将来のなりわいなのだろうか…
最近から、だろうか…
以前からなのだろうか…
ひょとして土をいじるというのは、人間のさがなのだろうか…
美味しいものを作って食べようとするのは…
疑問がどんどん湧いてくるなか、話が弾んだ。

経済は、世界を均一にする
そのなかで拡大が衝突し、較差が生じ、争いごとを生む
美味しい食文化は笑顔を生む
さまざまな風土の違いが様々な食文化を産み、食べて違いを認識する
三人で、ひとしきりグローバル経済と現状の政治経済の話をしたあと
一杯やりながら話をしようと言うことになった

 

彼が作った秘伝を貰った
その乾燥秘伝を家に持ち帰り
一晩水につけ、レシピどおりに熱湯で二分ゆで、塩を振って酒のツマミに…

美味い
やはり秘伝は美味い

”シンプルイズベスト”だ!

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雪花菜

雪花菜は、厄介者である
厄介者と言う言葉を聞くと

「そりゃ〜入道だろう」と思う人が大半である
だって「雪のように肌が白くて…花のように華やかで…菜のように存在感が有って…」
と言う人が多い。
間違いである。雪花菜は「おから」と呼ぶのだ。

雪花菜とか「きらず」とか「おから」とか、なんだか空虚な文字がならぶ
これは豆腐を作る時の副産物である。
大豆を粉砕して水で煮て、豆乳を絞ると出てくる搾りかすである。
やっかいものである
街に豆腐屋があったころ
おからは貴重な惣菜であり。豆腐と一緒のタンパク源であった。
いつの頃から厄介者になったのであろう

たぶん豆腐が安くなった頃だろう
町の豆腐屋が豆腐を作っていた頃
出来た豆腐を鍋を持って買いに行くのが手伝いだった
そういえは「プ〜フ〜」という豆腐屋のラッパも聞こえた
自転車で後ろの荷台に大きな箱を積んで、売りに来ていたのである

そんな街の豆腐屋がどんどん消えて、新しいスーパーにパック入りの安い豆腐が並ぶようになった
豆腐屋が見えなくなって、おからも消えた
やすい豆腐は、豆腐屋もおからも消してしまった。
消えたのではない。

おからは足が速い。カールルイスのようだ。とよく言う(古いか?)
ようするに、腐るのが早いのである。
有機物は、ある程度の温度と水分で発酵する。
おからは適量の水分と温度をその中に持っている
つまり、おのずから発酵するのである。
みずから発酵すると言っても良い
(おのずからと、みずからの違いは?)
そして発酵が過ぎると過熟して腐敗が進行するのである

街の豆腐屋さんが製造する少量だったら、発酵する前に調理ができた
ところが今の豆腐製造業のばあいは、出てきたおからが大量に積み上げた段階で発酵するのである
有る豆腐製造業者は、工場の中からベルトコンベアーでおからを出荷していた。
そのコンベアーの下にダンプが入ってきて、コンベアから落ちたおからを何処かへ持って行った。
発酵して腐敗すると臭うのである。夏は、時間との勝負である。
都会の真中では豆腐製造業は出来ない
盛岡は、統計によると日本一の豆腐消費量である
街の人は「鍋を持って寄せ豆腐を買いに行く」と言われた
そんな街の豆腐屋も少なくなった。

以前から秘伝豆の豆乳を研究している。
その副産物として「おから」がでてくる
このおからの問題を解決しないと将来に禍根を残す。
核燃料のゴミと一緒だ!
六ケ所や、もんじゅをどうすんだ!
ちいさな野菜畑もどうなるのだ!

ということになったら大変だ。
そこで考えた。熟慮だ。

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クラッカーである
ただのクラッカーではない。
有料だ!

クラッカー製造機も設備投資した。
(5000円の電気オーブンと棒だ)
製造の工程を梅さんにも指導を受けた
(そば打ちと一緒だ)

中に入れるスパイスは…
塩と花椒
塩とチリ
カレーとグラムマサラ

あとは…
表面に
醤次郎を塗り、ごま油を塗り、おしろいを塗った

これでおから問題は解決だ
後は、食べて美味しいという原子炉のような胃袋まで到達するか

さて仕上げは五郎次郎!

なましぼり

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これは自家製ヨーグルトである
見づらいが、よくみれば豆乳である。(よく見たってわからない)
玄米に豆乳をかけると、ヨーグルトができるという
玄米は「無農薬米きらほ」豆乳は自家製秘伝豆の豆乳である
いままで、秘伝豆で通常の豆乳を作っていいた。

これは、生搾り豆乳である
「生搾り」というビールが有った。
あれは美味しいが、たぶん冷たいからだろう
冷たくないビールと温かいビールは、どちらが美味しいか?
というようなものである(話がずれた)

いや!福島の有るところで…
生搾りの豆乳で豆腐を造っていると有った
生搾りの豆乳?

大体豆乳を作るときは

300グラムの乾燥した大豆
三倍の水(体積で三倍だから1080CC)に24時間浸漬して
ミキサーで4回に分けて撹拌する。最後に100CCの水で洗い流さず、それも撹拌した豆乳の中に入れる
あらかじめ1200CCの水を沸かしておく、それにミキサーで撹拌した豆乳を投入して(親父ギャグ)
強火で煮立てながら泡を取る
そんなに泡を取ると、豆乳が少なくなって泡てるので(親父ギャグ)いい加減にする
それから中弱火で大豆の臭いが豆腐の臭いにかわるまで焦げないようにかき回す
その間に話しかけられたりすると、精神の集中が出来ないので、焦げてしまう。
「赤子泣くとも蓋取るな」と諺にあるが
「孫が、すがりつこうと、けとばせ」という豆腐業界の新しい言葉ができた

そしてその2400CCの煮立った豆乳を真新しい晒で濾す
それで熱々の豆乳が1200CCできる(副産物の雪花菜「おから」が650gできる)
のだが…

水につけるのが23時間だったとか…
2分撹拌するのが、魔子様に用事を言いつけられて1分30秒になったとか…
孫がすがりついて離れないとか…
いろいろと言い訳があって、頭の毛のように薄かったり
初老の女性のように固太りだったり
いろいろと出来不出来が多すぎる

そういうわけで均一な豆乳を作りたい
と言う強い要望のもと
この「生搾り」にたどり着いたのである

まずは生で絞って、煮立てた豆乳は1200CCできるのが、生搾りは980CCしか出来ない

う〜ん

これで良いのか?と生搾りビールを飲みながら
豆乳玄米ヨーグルトを作った

結果は後日だ!

これはなんだ?

これなんだ?

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多分、多くの人は見たことがないだろう
関西の人は、大徳寺納豆と言う人がいるかもしれない
近い!

関東の人は、落花生に砂糖をまぶしたものと思うかもしれない

遠い!

こレは、豆麹である
豆麹は多分多くの人は見たことがない

普通は米麹である
米を蒸して、糀菌をまぶし繁殖させて乾燥させて販売している
味噌用である

米麹を大豆と塩と混ぜあわせ熟成させると米味噌になる(簡単な説明)
豆麹は、そのまま塩と混ぜ合わせ熟成させると豆味噌になる(おおざっぱな説明)

その他に麦味噌がある。
これは麦に麹菌を繁殖させて作ったものである

要するにその土地で何が取れるかで味噌用の麹を作ったのである
稲作地帯は米で…
小麦などの麦作地帯は麦で…
米も麦も取れないところは大豆で…

岩手県北部は山間地ばかりで寒く、米は取れなかった
だから味噌は豆味噌だった。
タイマグラの人たちが今でも作っている
豆を蒸して味噌玉を作り
天井の鍼にぶら下げて麹菌をくっつけ(?)
下に堕ろして塩と混ぜ込む
そんな作り方をしている豆味噌だった

現代ではそんな作り方で不特定多数の人に販売することは出来ない
保健所が許さないからである

だから豆を蒸して麹菌を繁殖させて塩を混ぜ込むで熟成させる
豆を蒸して麹菌を繁殖サせた豆麹

多分多くの人は見たことがない
米麹を売っているが豆麹はどこにも売っていない

さてこれで何を作ろうか?

ことわる

放映されたらしい

らしいというのは、見ていないからである
いつもそうなのだが、大体が主婦の番組は夕方である
その時間帯は、店で忙しぶりをしている最中だ
だから、ほとんどが見逃す

最近は、ディレクターや外注の制作会社が気を使ってDVDに焼いてくれたりする

しかし、恥ずかしくてあまりみない
大体が人前にでて、しゃべる面ではない(どんなツラだ!)

電話が、かかってきた
「おたく!どこに有るの?」
店に来た客が「さっき見たよ」と言った。
テレビの影響は絶大である
翌日は、たんまりと仕込んで準備をしなければ…

放映されたという大粒秘伝豆納豆「たいこばん」を大量に用意した
大量と言っても、いつも作っているのが週に40個程度を60個にしただけである
売れ残ったら困る。
売り出し初めの時は、週に100〜150個ぐらい作っていたが、最近は競争相手も出てきて減っている

委託している納豆屋さんから「たいこばん」を持って帰ると
店の前で魔子様が、待っている
こんなことは、今までにない
「どうしたの?」
「お客様が30個欲しいと言って、待ってるの?」
「えっ?30個?」

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せっせとラベルを張る前で
割烹着を着たおばさんが待っていた。
聞いた

「あの30個一度に食べるのですか?」
「いえ一日に三個づつ食べます」
「それでは夏場は悪くなりますから、少なくしたほうがいいですよ」
あわてたおばさんは、
「いえ、隣近所に配りますから…」
「それだったら一度に30でなくても良いでしょう。半分にしてください」

常連客もいるし、放映されたことで来る客もいる、
それなのにモノが無い、というのは致命傷である
作っても翌日の土日に間に合わないどころか、製造スペースが空いているかどうかもわからない
また一時に対応しても、それで終わるケースが殆どである

もじもじしているおばさんに
「どちらにお住まいですか?」
「紫波町から、わざわざきたの!」
「それでは、送料はこちらで持ちますから、半分にしてください。半分は送りますから…」
「いや20個でも…」
「いや半分の15個に…」
本当は10個にしたかったのだが、

しぶしぶ”仕方ない”という顔のおばさんに、頭を下げた。
おばさんは
「私も産直しているが、断ったことはない」と言い
帰り際に、もう一度
「客商売していて、こんなこと初めてだ」と叫んで言ったらしい
どうやらテレビの放映をみての大量購入のようであった。

 

ものを有るだけ売ると言う発想は、ここ半世紀の文化である
本来「流通」は「あるところから無いところへ流す」という役目を持っていた
それがアメリカの資本主義は、金のあるところへ流れるように変えた
以前の日本なら、分をわきまえ、見えている客の売れる分だけ仕入れて売っていた
ロスはあまりでず、そのロスの処理も大切なノウハウだった
今、売れそうだ、売れるからと言って大量に仕入れ、売れなかったと言って大量に廃棄したり返品をする
その文化は、多分アメリカを真似た「主婦の店ダイエー」が生まれた昭和40年前後から始まったのだろう。その頃から常連客とか、地域コミュニティとか…地域の関係性が失われてきたような気がする

 

以前、食文化研究会で話をしたことが有る
テーマは「産直は農家をつぶす」だった
本来の流通のあり方をしらない農家は、金儲けのために単にあるものを高く売ると言うことだけである
クレームがついたら「頭を下げて謝って謝って、お土産を持たせて…」という農家のリーダーがいた
昭和40年代の「お客様は神様」という言葉が流行ったことがそう思わせるのだろう

本来商売は「売ってもらう。買ってもらう」の対等である
そして関係性の世界の構築である。だからコミュニティがあった。
常連さんの好みや食べる量まで知っていた。
今、商売は単純に量を並べて選んでもらうという手法に特化している

そろそろ、エネルギー大量使用や人口減少の社会で、
もう一度、社会のあり方を考えなおさないと行けない時期に来ている

頭がピーマン

頭が空っぽの人や、そのような状態を
頭がピーマンと言うらしい。

そもそもピーマンという野菜は、必要なのか?
苦くて青臭くて…
だいたい子供が嫌いな野菜の典型的なものだ

小生も嫌いだった

子どもの嫌いな野菜のランキングでも、ピーマンがベスト3に安定している
そんなピーマンの夏場の産地が岩手で有る
岩手は胆沢郡がもっとも多く栽培し、次に岩手町が続く
なんでそんな嫌いものを栽培するのだ?と思うのだが

売れればいいのだ!何でも!

多分「青椒肉絲」を世界中の人が食べるのだろう

ところがそのピーマンが大量に余る。
以前も書いたが、都会向けの産地リレーである
産地リレーといえ、初期の早く採れたピーマンはいかに地産地消と言っても

人口の少ない産地では捌き切れない

そこで行き先のないピーマンは、直売所に溜まることになる
早くさばけるように安くする!安くしても限界だ。

10個も20個も入ったピーマンが100円だ!と言っても

老夫婦二人でなじょして食べる?

ピーマン嫌いの子ども三人の一家は、
どうやって消費するのだ。

安ければ良いというのではない
つかえなければどうしようもない

そういうわけで直売所の親父は漬物に走る
ピーマンのつけもの?
そんなのはまがい物だ!
誰も金をだしてまで食べようと想っていない

しかたない、しわくちゃのものを安く売るか?
そうしたらピカピカのピーマンが、またしわくちゃになる

そこで頭のいい直売所の親父は考えた
嘗め味噌!ふりかけ!である

あの苦味が消えれば…

嘗め味噌は、たっぷりのピーマンを切り刻んでもったいないが酒と味醂と砂糖と、
これが秘伝豆に米麹を20割入れた野菜畑オリジナル味噌「およね」

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次はふりかけ
ふりかけは、タップリのオリーブオイルで水分が飛ぶまで炒めて塩で痛めた南蛮を和える
オリーブオイルと塩の黄金コンビに韓国南蛮を散らして…

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おっおっおっ

これ絶品

冷たい冷奴にかけて
熱いご飯にかけて
さっぱりとした胡瓜にぬりたくって…

今日の”たそがれサロン”のメインディシュの脇に…

 

 

苦汁の選択

秘伝豆の豆腐を作っている
うまくいかない

問題は苦汁(にがり)である。

苦汁を打つタイミングというか…
苦汁の流し方…というか

ひょっとして苦汁そのものが問題あるのか…

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秘伝の青豆の豆腐は、豆腐屋はみんな嫌がる
なぜか?

要するに通常は黄大豆だが青大豆でやると、設備に色が移ると言う
だから相当量のロットが必要であると言う

本当は豆腐屋に委託加工できれば良いのだが
しかし、売れるかどうかわからないのに、ある程度のロットを作らないといけないというのは勇気がいる
しかたなく手作りの豆腐のセットを購入し、手作りで作っている
もう三ヶ月になる。まだ開発中だ

そうなのだ、そこで苦汁(にがり)である
海水から取った液体の苦汁を使用している
木綿豆腐はできた。(満足度30%)
寄せ豆腐ができない
できたら秘伝の寄せ豆腐で定食を作りたいものだ
夏の暑い時期の冷たい寄せ豆腐を崩しながら熱いご飯にかけて…

幼いころ(まだお酒を呑みたいと思わなかったころ)は、豆腐が嫌いだった
いや、その〜木綿豆腐の網目のところが「固い」
食べている時に、その部分があたると何となく食べる気が失せた
そのころは何でも食べていたが…
多分、みんなの話の中で「嫌いな食べ物」みたいな話題に参加できなくて
「嫌いなもの」が自分の中に欲しかったのかもしれない
「この子は豆腐が固いというのよ」と母はいつも言っていた

栄養豆腐という袋豆腐ができ、絹ごしができて、寄せ豆腐と
どんどんと網目のない豆腐ができてきた。
それをグズグズに崩して熱々のご飯にかけて醬油をまわしかける。
ワシワシとかきこむ。夏の醍醐味である。
木綿豆腐は、やはり湯豆腐に限る。あのゆらゆらと煮上がった頃のするりと喉を通る食感はなんとも言えない
”冷奴”は、やはり寄せ豆腐だろう

と思うのだが、店ではとりあえず秘伝の寄せ豆腐が出来るまでは
木綿豆腐の冷奴だ
(苦渋の選択である)

 

 

まとめがい

作家の島村菜津さんが”岩泉に呼ばれた”と言って、和尚と一緒に来た。
これで三回目だろうか…
島村菜津さんは「スローフード」と言う言葉を、最初に日本に伝えた人だ
スローフードの本場は、イタリアだ。
菜津さんは、イタリアに留学してスローフードを知ったらしい。

いまでこそスローフードやスローライフ、「スロー」と言う言葉は、もてはやされているが、それまではあまり一般的ではなかった。
いや日本では「有機的生活」や「郷土料理」などと言われて一部の人のものとして、ほそぼそと伝えられて来たのかもしれない
しかし、それはどちらかと言うと「前時代的」とか「物好きな…」という意味合いであったかもしれない

そんな菜津さんは「この店は何を基準にして品物を選別しているの?」と聞いてきた。
彼女が最近出版した「スローシティ」の最終章に書いてあるジロロモーニのパスタソースが並んでいたからである。

ジロロモーニは、イタリアの有機農業の先駆者である。
菜津さんの言うところによると、アドリア海を望む高台にある素晴らしい農場と言う

ジロロモーニの実家は、日本の前近代的農業(?)の有畜複合小規模経営の農家であった。
牛を飼い、鶏を育てて卵を取り、ぶどう畑でワインを製造し、さまざまな野菜を作った。
その彼が様々な有機農業の組織を作りながら、イタリアの有機運動が規模を広げていった。
日本は有機農業の耕地面積が1%未満だが、イタリアは世界で一番の面積になったのは彼の功績が大きいからだろう
そんな彼の顔を貼り付けたジロロモーニ協同組合の商品が、当店に並んであったのである

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菜津さんの問いに

「いや買う人がいるから…」としか言えない自分が恥ずかしかったが…
そのパスタソースは、置いておくといつも無くなるのである
いったい誰が買っているのだろう?
そして店の一角にある一連の秘伝の商品を見て「醤次郎」を買い求め
「”たいこばん”を旅館の朝食に…」と小生がさしあげると…
「美味しそうな納豆ね。じゃ〜明日帰るときに、また買いに来るわ〜」と言いながら岩泉の講演に向かった

 

翌日、朝から待っていても来ない。
閉店間際まで、音沙汰が無い。
”たぶん被災地の三陸を見て釜石経由で帰ったのか…
もう閉店の準備をしなくては…”と思った頃、
さんざん岩泉のあちこちを引きずり回されて、やってきた

「たいこばんは?」と菜津さん
魔子様「本日、売り切れ!」

最近、売れているのだよね。まとめ買いがいて…
いったい誰が、まとめ買いをしているのだろうか…

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