ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

カテゴリーアーカイブ: 私たちの思い

食べて作る

野菜が高騰している
人参が…馬鈴薯が…大根が…キャベツが…白菜が…
全部、土地利用型野菜である。
もっとも今の時期、岩手では施設利用の果菜類は、おしまいというか気温が低すぎてならない
寒いからトマトや胡瓜のサラダや、生食ようのメニューがおしまいである

%e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-03-5-50-17

その土地利用型野菜は、北海道が産地である。
なんと言ったって広大な土地を利用した機械化農業の先端産業である。
その北海道が先日の台風10号で壊滅的な被害を受けたという

だから野菜が!と一括りにして言うが、土地利用型の根菜類や大型葉物が被害を受けた
水に浸かれば、土地利用型は挽回できない
ギリギリに播種や定植をしているから、今播き直しても雪が降るまでに収穫できないのである。
つまり、上手く行けは来春、雪の下から顔を出すが、売り物にならないだろう。

 

しかし、それは農業なのである
つまり機械化した大規模農業の問題である
日本の農業は、産地のリレー出荷を国が定めて動いている
つまり西から東へと産地が移動していく
そのために一年中野菜が豊富にある状況を作り出しているのである
今回問題になったのは、北海道の台風10号の被災である。
人参や馬鈴薯などの秋冬用の根菜類が壊滅したのである。

リレー出荷は、消費地の旬を無くしただけでなく、局地的災害で多大な影響を与え、多種類の地域に根ざした野菜を失ってしまった。

それを補うのが地域に根ざした地産地消なのであるが…
その地産地消も、売れればよいという生産者と、良いもの安くという消費者の声に、単なる流通になってしまった。

単なる流通には、「食べて身体を作る」という思想が無い

とおに

義母が亡くなった。
義父は遠に亡くなった。
実父も遠に亡くなった。

子どもたちにとって祖父母と言われるのは実母だけになった。
小生も祖父母は、遠に亡くなったから、母だけになった。

順番とは言え、なんとなくそろそろか…という気になってしまう。

義母に最初に会ったのは、東京のはずれにある海辺の魔子様の実家だった。
覚えているのは、義父がちゃぶ台の前にすわり、シャコを剥いてくれた。それを義母は、勧めてくれた。
「ほげ、ほげ、たべな!」と言って…
魔子様が翻訳してくれた
「いっぱい食べてください」と言う意味らしい。
そうそう海苔も出てきた。
海苔は憧れの高級な食べ物だった。
それまでは焼き海苔しか、食べたことがなかった。
出された海苔は、生のりを煮たものだった。
三木のり平が宣伝をしていた「桃屋のえどむらさき」の薄味だった。
ご飯を何杯も食べることが出来た。
そしていつも行くと出前に寿司を取ってくれた。
この寿司が美味しかった。
さすがに下町とは言え海辺の町は魚が美味しかった。
今でも浅蜊が取れるという。
いつも料理は大皿で山盛り出てきた。
下町の家族が多い食卓の風景だった。

新婚生活をおくるのに東京駅から大阪まで新幹線で向かった。
一人で東京駅のホームで涙を拭いているのを思い出す。
長男が先に逝った。
大事に大事に残された株券を持っていた。
「早く売らないと紙くずになるよ」と言ったが、「思い出だ」と言って聞き入れなかった
JALの株券は、ゴミクズになった。
次男は、多忙な仕事で脳卒中に倒れた。
ずーっと仕事を続けながら援助をしていた。

家族思いの義母だった。
下町の両隣の家は、義父の兄弟だった。
両隣を親戚に囲まれ、さぞかし苦労が有っただろう

苦労をしながら働きづくめの人生だった。
大正から昭和一桁と言われる人の典型的な人生だったような気がする。
幸せとか…喜びとか…あったのだろうか…
そういえは怒った顔は見たことがない。

ただただ合掌

0-02

たぶん

「たぶん」都市部に住んでいる多くの人が、道路が陥没して不通になる影響を想像出来ないだろうと思う
現代人は、そういう意味で便利さに慣れてアタリマエのことと思っていることが当たり前にならないのが自然災害です。
下記は、以前岩泉町有芸に住んでいた元ハム屋のレポートです

 

スクリーンショット 2016-09-03 6.16.20 スクリーンショット 2016-09-03 6.17.39

岩泉町内では大水害から3日目の夜を迎えようとしていますが、未だに孤立している集落が多くあります。

有芸地区の一番奥にある水堀集落も道路が寸断され、徒歩でしか行き来出来ない状況です。養豚や酪農家を中心に6軒が住んでいますが、当然電気も止まったままです。水道はもともと山奥過ぎるので、上水道は無く各家ごとに井戸があります。但し井戸の水を汲み上げるポンプは当然電気で動きます。

岩泉の養豚農家や酪農家などは大震災などの経験もあり、ほとんどの家で発電機を持っています。電気が無いと仕事にならないだけではなく、最悪の場合牛や豚が死んでしまうので。

ところがその発電機も燃料となる軽油が無いと、動かないわけです。停電から3日目を迎え、そろそろ燃料も底が見え始め、農家さんの悲鳴が聞こえ始めていました。

そこに今日、軽油400Lが宮古市から 井田 裕基 (Yuki Ida)くんの手配と運転で、櫛桁 一則 (Kazunori Kushigeta)さん 古舘 裕三 (Youzoh Furudate)さんのご協力を頂き、運ばれてきました。本当にありがたいです。

有芸地区は岩泉町ですから、いつもであれば20分ほどで岩泉の街中へ降りていくのですが、そちらの県道は何か所も大規模に崩落していて通行できません。し かしお隣の宮古市に抜ける県道が幸いにも通れる状態になったので、宮古市には1時間以上かかりますが山を超えていく事が出来ます。

そのため宮古市からわざわざ有芸地区まで、燃料を運んできてくれました。有芸地区で地元の人に引き継ぎ、徒歩でみんなで運び、無事水堀集落の農家に軽油が渡りました。これで数日間はしのげると思います。その間に何とか道路が開通してくれればいいのですが。

ちなみに水堀の一番奥にある龍泉洞黒豚ファームで、大学の後輩が1名研修中でしたが、軽油を運んできた車に同乗して無事岩泉を離れることが出来ました。本 当はこちらがメインだったのですが、ついでに「少しでいいから軽油を」と言ったら井田君の手配であれよあれよと大きな話になり、400Lなんて話になりま した。

井田君を始め、ご協力頂いたみなさん、本当にありがとうございました!

スクリーンショット 2016-09-03 6.15.58

美味しい肉が食べられるのは、ライフラインが不安定な地方で生産している農業のたまものです。国内で作られる意味、地方で生産される意味を、もっともっと都会の人は考えてほしい。

へいがい

もうあちこちの病院を転々として
認知症もすすみ、食べられなくなって一ヶ月
排泄もできなくなって…
大勢の医者と看護婦が付き添って自宅に戻し
家族が介護して訪問の医者が言う
「もうそろそろだ。あと三日持たないだろう」

店の弁当の仕事を断って、90を過ぎた寝たきりの母と介護している姉夫婦が住む東京の実家に戻って三日目。
魔子様から「落ち着いてきた」とメールに有った

 

そんな時に実母のケアマネージャーが電話で言う
「一ヶ月に一回、母と息子さんとお会いすることになっているので…」
「危篤で実家に戻ったので人手が足りなくて、店を空けられる状況にない。」
「お約束ですから…日を決めてもらわないと…」
まるで義母が死ぬのを待っているような…

 

これで介護の仕事に携わっているのか…
単なる仕事をしているのか…
これが今の介護の実態なのか…
個人の資質なら替えてもらえば…
しかし。また別の担当になるのだろう

介護を行政のシステムとして、おこなう弊害なのだろう

哲学の森Ⅱ

内山節の話を聞いている。
今現在、聞いているという進行形だ。
岩手大学、演習林の”哲学の森”に出た
今日もやっているはずだが、残念ながら出席できない。
いや驚いた、
あの教室が目いっぱいになったのだ。
後ろの方は、机がな若者たちでいっぱいだ。

内山さんも最初の言葉は
「オリンピックだから、参加者は2〜3人だろう!と思ったが…」
と驚きの言葉で始まった。

岩手に内山哲学を浸透させたという想いが
ようやく、ここまで来たような気がする

IMGP4064

初日は

第一講 今世界で何が起こっているのか?
第二講 生きる世界の再創造
と言うテーマである。
彼は言う

今の社会は、いい成績を採り、いい学校に入り、いい役職につくという。いいポジションにつくためのシステムだという
だからいいポジションについた人は現状が変わることを恐れている
それは資本主義は普遍を求めており、普遍主義の限界に来ている
現状の世界は普遍主義を追い求めてきた先進国の富の独占のもとで作られたシステムであるが中国やブラジルなどの新興国の台頭によって、近代的世界が崩壊しつつ有る。
それを守ろうとする先進国のファシズムとのせめぎあいだ
それは日本だけでなく欧米も一緒である。
それに対して、大衆の間でさまざまな動きが出てきている。
反グローバルの運動が…
世界は多様である。ローカリズムの多様な動きの多層な動きが起きつつ有る

 

もったいない

夜半から雨が降るという予報だ。
夜半だ!もう12時を過ぎた。
雨音がする。そろそろ窓を閉めるか…

ぽつりぽつりが…
ジャボジャボになって…
ピシャピシャという音に変わり…
土砂降りぶりに(?)なる前に…

久しぶりの深夜の雨音である。
定休日の夕方の楽しみは早めのビールである。
しかし、それを二つやっつけると、もう7時には眠くなる。
そういえは今日は昼寝もした。
昼寝の後、孫も遊びに来た。
この孫はYouTubeの「はたらくくるま」が大好きだ。
パソコンを占領されるので仕事にならない
しかたなくビールを呑みながら孫とあそぶ。
孫が帰ったらもう眠くなった。

IMGP3968
起きたら11時だ。
「えっ!いつの11時だ?」と寝ぼけ眼で携帯の時計をみた
頭がすっきりしているので、寝たりた11時だ。

 

仕方がない仕事をしようか…

ふと仕事とは何か?と考えた。
20代初めの会社勤めを始めた時は、週休二日ではなかった。
土曜日は半ドン、そしてすぐ交代制で土曜日休みになり、
そして土日の連休になった。
若い時は土曜日の半ドンは、なんだか中途半端な時間だった。
しかし、その週の整理をして、午後は仲間と会社付近の遊びまわった。
責任ある立場になった時は、土日連休だった。
仕事は間に合わなかった。というよりも
”仕事は見つけるものだ”と教わった。
”言われて、やるものではない。”
そうなると、どんどん見つかる。
仕事は、土日出てこないと、こなせないようになった。
結局、休むということは、仕事をしながら休むことだった(?)

 

農業の世界に入ったらもっと顕著である。
植物に…動物に…合わせて、仕事を…生活を…組み立てないといけない
そして天気である。
「産直奴隷」という言葉が昔はあった。いまはどうか知らない。
「雨が降ったら、畑仕事はやすみ」というのが農業のきまりである
なぜならフカフカに作った土を、足あとで踏み固めてしまうからである。
土は三相構造になっており、固相(土)・気相(空気)・水相(水分)と3分の1のバランスが一番いい。
それが身体の重量で、空気の部分を踏み固めてしまうのである。
ところが産直をやっていると売り場を埋めないといけないから、収穫をしないといけない。
雨だろうが日曜日だろうが、人間の都合で畑に入らないといけないのである。
産直という目先の利益のために土を壊し、身体を壊すのである。
農業(食糧生産)というのは、植物や動物に合わせた生活をしろということなのだ
採れなかった時に食べないということではなく
採れた時に先のことを考えて保存し、
採れなかった時に保存食料や山の恵、海の恵みを食べるという謙虚な生き方しろと言うことなのだ。
食糧を自由に流通するグローバル社会などという幻想は、有るはずがない。
(自国の民を見捨てて他国に食糧を供給することは絶対に無いのだ)

以前、農家は今年の新米を、来年取れるという見込みが立った時(つまり翌年の8月)に食べるという。
そんな農家は、もういないだろう
まして消費者も賞味期限が来たら捨てると言う
「もったいない」と思うのは団塊の世代までだろうか…

ほぞん

”きゅう”をする。
”きゅう”というと、なんとなく古い感覚にとらわれる
よく昔というか、今話題の東京都知事だが…
青島幸男が一期やったことがある
かれは放送作家だったが、いじわるばあさんの役でも有名だった。
いじわるばあさんは、いつも灸の跡が首筋についていたような気がする
まわりには居なかったから、多分テレビが出てきてから「灸」という物を知ったのかもしれない.

IMGP3905

そういえば「鍼」というのもテレビで知った。
そうだ”丸坊主の盲のあんま藤枝梅安”だ。
池波正太郎の梅安は、小型犬がやっていた
なんで”おがたけん”と叩くと小型犬になるのだ!これも時代か…
本来は緒形拳と変換されるのだが…

あの首筋を鍼で刺して殺すという場面が何度も出てきて
鍼というのは怖い
と言うイメージが植え付けられていたのかも知れない

だから鍼はしたことがなかったが、
思い出してみると東京から一度、盛岡に戻ってきた時
会社で誘われラグビーをした。腰を痛めた。
当時の仲間に誘われていったのがいわしな治療院だった。
30代前半だった。
当時は、治ったのかどうか記憶にない
盛岡で30年も続いている鍼灸院は二軒しかない。
そのうちの一軒である。

昨年、体調が悪い時(全てが最悪だった)
化膿性脊椎炎で入院し、食道がんの後遺症で腸閉塞をおこし、下半身がむくんで象の足状態になった。
そのときに若い友人が紹介して一緒に連れて行ってくれたのが、移転したいわしな治療院だった。
”ここは昔来たことがあるよ”と言ったら、奥から
「ありました!昭和59年の10月に来ています」と若い息子がでてきてカルテを示した。
30年前のペンで書いたカルテが有ったのだ
鍼医は「それでは初診ではなくて再診でみましょう」と言う

3年保存とか5年保存とか書類の保存が法律で決められ、断捨離という捨てる技術がもてはやされている世の中で、30年前のカルテが保存されているのに”驚愕”である。
どうやらすべて時間が経ったら無くすという精神の習慣が身についてしまったらしい
本当に大事なものの区別ができなくなってしまったような気がする
本当に大事なもの!それは”生きた証”なのかもしれない。

最近、戦後71年と言われて様々な文書が発表される
ふとパソコンで叩いた文章も、気軽に再生されるのであろうか…
中学生の頃、家庭に入ってきたテープレコダーも消え、カセットになり、CDになり、DVDになり
、たった50年余りの変化に長いテープの再生機能をもっ装置は家庭にはない。
そういえば初めての給料で買ったのは、当時最新式のラジカセだった。
カセットはまだ引き出しの奥にあるが…デッキが無い。
カセットもテーブがくっついてデッキに掛けられるものかどうかもわからない
多分、科学技術はそれも解消するのであろうが…
また新しい問題が発生するのだろう

整理整頓

友人が言う

「スマフォを持ってるかい?」
「これを持っていると若者の考え方がよく分かる」と言って、スマフォを見せてくれた
「一台でも持っていたほうが…」
「これ一台で、”一人で生きていける”という感覚を持てる」
「今の若者の考え方や…心の持ち方…気持ちが…」

へそ曲がりで天邪鬼の小生は、ふと違う考えがよぎった
いや違う考えでは、ない。
旧態依然とした「投下資本と効率だ」
IMGP3901

「だいたいガラケーでも機能の1割も使っていない(ひょっとしたら1%か?)
電話をする・受け取る。Cメールをする・受け取る。時刻を見る。電話帳を見る
この機能だけである
最初はカメラに凝ったが、あまりにもちゃちなカメラなので止めた

そして、いつもマナーモードにしているので、ほとんどかかってこない
かかってきても、わからない。わかろうと努力していない。
家に戻って。充電しようとして気づく。
登録していない電話番号が表示されても、こちらからかけることは無い。

そして最初からAUで、携帯を持って、この22年間他社に変更をしたことはない。
パソコンだってシステムが変わると、対応ができない。
小生のパソコンの先生が「こちらのほうが便利だから…」と一生懸命に変更してくれるが
変わるとお手上げである。
「元へ戻してくれ」と泣きを入れる

きちんと覚えれば、覚えられるのだが、時間がもったいないような気がする
というか基礎から覚えようとする老人と、感覚で進んでいく若者と…の違いだろうか?
時代の問題か?教育の問題か?
それともこれは残り少ない人生のなせる技なのかもしれない
若者は、なかなか日曜日がやってこないのに、老人は、あっという間に一年がすぎる

スマフォを新しく勉強している間に、人生のやり残したことをやったほうが…
と言うのは、言い訳だろうか…

と言うそばで、いつもガラケーを探している魔子様がいた
「探す時間が無駄だから、いつも整理整頓」と言いながら
「整理整頓」と認知症の母親が書いたPOPを探していた自分がいる。

笛吹き男

ポケモンGOが流行っているという
ふとハーメルンの笛吹き男を思い出した。

0-81
確か、ネズミの疫病で困った町が若い男に依頼した所
若い男は笛を吹いて街中を練り歩き、大量のネズミを集めて川へ引き寄せて溺死させた
しかし、何らかの報酬(?)を約束した街の人は、若者の約束を反故にした。
それに怒った若者が、今度は、笛を吹いて街中を練り歩き。街の子どもたちをすべて連れ去って消えた
そんな童話だった。
母親が読んでくれたのか?
自分で読んだのか?
記憶に無い

スマートフォンを片手に街中を歩いている人たち
その仕掛けを作っている人たち。

しかし、これは今の世相を反映している
と言うか、これが世の中というものだろう

流行に流される人々
裏で流行を作り出す人
その流行で貨幣が動く政策を作る人。
政策という利益でしか動かない人。

その結果は、誰も予測できないが…
ひょっとしてそんなことを予測して、狙っている人がいるのかもしれない

スクリーンショット 2016-07-31 5.45.22

塩気と酸味

糠漬けがうまくいかない

というか…

やはり細かな温度管理と時間管理と、十分な下ごしらえが必要だということがよくわかった
それを、仕事中にさまざまな事を抱えてやるのは至難の業だ

IMGP3841

胡瓜一本漬けるのにも
早く漬かるよりもじっくり漬けたほうが…
そのためには、両端を切り落とさないようにすべきか?
塩をどの程度付けるべきか?
塩を付けないで、糠に塩を強めにしたほうが良いのではないか?
どの程度だ?
温度は低温で、長いほうが良いのかも…
いや早めに引き上げたほうが…
日中だと時間に追われるから、夜の冷蔵庫に入れて…
時間が長すぎるか…
温度が低すぎるか…
色が緑色に綺麗に出るには…
塩か時間か?
浸かり過ぎたら…

しかし、うまく漬けられたとしても
糠漬けの酸味が美味しいという感覚は岩手県人に有るのだろうか…
そもそも「糠」は「米ぬか」である。
玄米から白米にする過程でとれた糠である。
米は収穫後、玄米で集められ江戸へ出荷した。
多くの米問屋が集まる江戸では、白米を精米したために米ぬかが豊富に余った。
(江戸時代「えどわずらい」という病気が有ったという。
白米だけ食べたのでビタミンB1不足の脚気のことをいう)
ところが産地である南部は、玄米出荷なので米ぬかは残らない
そんな中で糠漬けが食文化として根付いていたのだろうか…
酸味は、古漬けの漬物というイメージである
つまり古い!腐っている!という酸味なのである

糠漬けの「塩気と酸味」、そのバランスはもともと南部には根付いていないのかもしれない
そんなことを考えながら、売れるものではなく、食べさせたい食文化をつくるのが仕事だ

と思う今日このごろ!

 

カテゴリーアーカイブ: 私たちの思い