ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

カテゴリーアーカイブ: 私たちの思い

VEND

浅田次郎のエッセイを読んでいる。
なんでも日本航空の機内誌に連載したものだとう。
浅田次郎は、「壬生義士伝」が映画化されたときから、読み始めた。
壬生義士伝は盛岡を題材とした映画だから!と勧められて見に行った。
久しぶりの映画館で、その小ささに驚いた。
それまでは高倉健の「鉄道員(ぽっぽや)」をテレビで見たような気がする

 

読み始めたと言っても熱心に読んでいるわけではない
目についたものを、ちょと読む程度である。
このエッセイは、たまたま時間が有ったので上盛岡のさわや(本屋)で手に取った
ハマってしまった。
この中で浅田次郎の娘が「岩手医大」だと書かれ、そのために盛岡に何度も行く機会があり
「盛岡をテーマにした小説を…」ということで”壬生義士伝”が生まれたと言う逸話が書かれていた

浅田次郎は、ちょうど一年下である。同世代の作家である。
だからエッセイの中で書かれている昔のことがよく分かる

やはり小生と一緒で英語には苦労したらしく、JALの機内誌らしく海外旅行のことがよく書いてあるが
通訳といつも一緒だ。
ペンクラブ会長も務める大作家だから、編集者も一緒の大旅行のようだ…

そのエッセイの中で「EVER VENDING STORY」というテーマが有った。
この意味が、わからない。
高校のときに買い求めた古いエッセンシャルの辞書を引いた。
「辞書を引く」という言葉は死語になったのか?
今、辞書などという本(?)は使わないのか?
パソコンで入力すると、すぐ翻訳されるのでは無いだろうか?
そんなことを思いながら、時代遅れのおっさんは、辞書を引いた。
なんとVENDは「売る」という意味だった。
売るという英語は「SELL」しか知らない。
なんと貧困な英語力なのだ(泣)

そしてVENDING MACHINEは、自動販売機だという
エッセイは日本に自動販売機が多い。海外ではほとんど見当たらない。ということを書いてある
そしてコミュニケーションを取らないで買い物ができることの疑問を投げかけていた
なるほど!そうだ!そうだ!と思いながら自分の英語力なさを嘆き、

それだけではない。
冷たく、熱いものが出てくる自動販売機が、どれだけ電力を食うか?
日本に自動販売機が、なかりせば原発は必要ないと言う人もいる

便利な自動販売機が、どれだけのデメリットをもたらしているのか…
考えさせられる

当店は街道沿いに有るために、さまざまな自動販売機の業者がやってくる
すべて断っている。
売上だけで考えて良いはずはないのだ!

と言いながら、赤字に悩む毎日である

最短距離

本棚の整理をした。といえば、かっこいい。
整理整頓を信条としている小生としては、一番の難関が本棚の整理だ。

何と言っても、未読の積読が山から転げ落ちてくる。
それを見始めていると(読み始めではない、見始めるのだ)止まらないのである。

そしてジャンル別に分けていくが、ジャンルが多岐にわたる。
農業でも農法・新規就農・農業法人・農村問題、農業の歴史。世界の農業…

食は世界の食・そばうどん・調味料・料理法・季節の料理・テレビテキスト・食の歴史・日本酒・

経済は…
哲学は…
経営は…
福祉は…
小説は…池波正太郎・向田邦子・浅田次郎・重松清・藤沢周平・司馬遼太郎。新田次郎・
政治や原発、池上彰・宇沢弘文・中野剛志・堤未果・時事問題・etc

そして農業と経済がくっついたり
福祉と宗教がくっついたり
原発と歴史がくっついたり

さまざまに、くっついて離れるのだ
だからジャンル別整理はできない

つまりどこかの大学のセンセイが
「研究室は、きちんと整理整頓されている。時系列に…」と言っているように

時系列で積み上げるのである。つまり順番に上に乗っけていく
しかし、探しものをして、下のものを引っ張り出したりして、途端にドォっと崩れ落ちる
その時点で、再度、「時系列」に積み上げるのである。
「時系列」という言葉は、便利だ!
しかし、時系列に積み上げる”努力”も大変なのである。(汗)

そして見つけてしまった。

やはり二冊だった。
良かった!三冊でなくて…

喜びと後悔と入り混じった感情の中で、呆然と立ちすくむのである。
なんだか、読んだような気がしたんだよな…(泣)

 

しかし、ここで元を取らなければ…気を取り直す

「思考の整理学」は「時代を超えたバイブル」と帯にうたっている
裏を見ると昨年の2月、30年かかって107刷りの200万部発行している
最初に買った本は、”2007年の36刷”であるから、20年かかって36刷である。
ということは、20年かかって熟成し、後の10年で倍のスピードで駆け上がった
と言う感じである

勢いがつくとすごいものだ。

この36刷りの帯の裏には

何かを生み出すことに近道はありませんが、最短距離を行く指針となり得る本です。

 

と書いてある。
新しく本を、かいている人がいる。
最短距離の20年後が、楽しみである。
そんな長い時間で熟成しないと、いいものは広がらないのかもしれない

もう〜とうに〜、小生は、いないが…

45年後の結論

友人から貰い物だ
最近、貧乏になってきたせいか…
貰い物が多くなった

「ほんの気持ち」が嬉しい
「酒の…」と言っていたので「酒か?」と思って開けたら
手づくりのパンと、鶏が入っていた

手づくりのパンは、魔子様が早速切り分けて口に放り込んだ。
「うまい」というより、作り慣れた人のパンだ。上手だ!旨い!

 

そして鶏である。
これを内臓の部分に何か入っているに違いない
解体するには…
やはり解体学校に入って勉強しないと…(と昔は思った)
今はネットで調べられる
もも・手羽・胸・乳・尻と切り開いて行くが、包丁が問題だ
(あこがれの乳はない、哺乳動物ではない)
この手の肉は、洋包丁で良いはずなのだが…
その包丁が切れない洋包丁なのだ
毎日、きっちりと研いでいない
仕事と一緒で、行き当たりばったりである。
バサバサの、ばらばらの肉塊が出来た。
しかし、口に入れると香ばしくて塩気が強くて旨い
なるほど「酒のあて」である。

 

彼と「売る」ということを話した。
もともと農業は原始時代から自給自足だった。
それが物々交換になり、貨幣経済になった。
しかし、日本の隅々まで貨幣経済が行き渡ったのは、つい最近昭和50年代である
山形の知人は、少年の頃、軽トラで売りに来る人と「米と魚を交換した」と言っていた
1930年の恐慌は、岩手の山奥では、だれもそんなことを知らなかったと言う
貨幣経済は、浸透していなかったのである。

ところが貨幣は、その手軽さから、そして保存性から可及的速やかに広がって行ったのである。
何と言っても、持っていて腐らない

食べ物は、どんどん腐る。
腐るから、本来はいる分しか作らなかった
それが武士が生まれ、都市と農村に分離してから、武士や都市のぶんまで作らないといけなくなった。
徴税や貨幣目当てに…
以前は不足していたから、ほとんど作ったものは供給された
昭和30年台に米が完全自給された。
その後、農産物も余剰ができ「売る」ということが重要視された
卸売市場法は、昭和30年代だった。

そして飽食の時代は、輸入農産物と大量生産技術によって余剰のものを「売る」ということが技となり。力となった。
小生22歳のときの、「卒論」と言う丸写しのレポートは「流通業に卸売は必要か?」で商社に入社した。
そして45年後の結論は

「作るのは楽しい。売るのは難しい」
「良いものはい売れるではなく、売れたものが良いものである」

 

少し端折って書いた

詳しく書きたいが…今は時間がない。後からじっくりと書こう!

 

 

一日一本

昨年Blogを186本書いた。
2日に1本である。
その前年は261本書いた
3日に2本である。

本来の目標は一日一本なのだが、朝の時間がなくて、ついつい疎かになる。
早く起きているのだが、ネットサーフィンで時間を取られる
別にネットを、あちこち見ているわけでなく、捜し物をしているのだ

つまり前日に疑問に思ったことを調べていると、次から次へと疑問が湧いてくる
そのそばにあるコラムを、ついつい読んでしまい、それからまた新たな疑問が湧き調べ物が続くのである。
ようするに検索技術の向上で時間を減らせるのかと思うのだが…
そんなことを勉強している暇があったら、ネットサーフィンをしたほうが良いのか…

そもそもパソコンの勉強などしたことがない
というか自己流である。だから基本的なことも余り知らない
文章を書く、簡単な表計算をする、ネット検索、そんなものである。

しかし、携帯にせよ、パソコンにせよ、その機能の10%も使いこなしていないだろう
携帯は、必要なときに電話をかけるだけ、後はマナーモードだ。
携帯メールは、太い人差し指であちこち間違えながら一本指で打つので絶対に必要なときにしか打たない
先日、古いガラケー携帯でも「Suicaカード」が使えることを初めて聞いた。しかし、やるつもりはない。
その携帯は、20年近くAuで、替えたことがない。
昔の人は、一つのものをとことん使い込んで自家薬籠中の物としていた。
今の人は、新しい物が出るとすぐ乗り換えてしまう。経済のためにはそのほうが良いのだろうが…
”モノを大切にする”という心は、どうなるのだろう

どんどん科学技術が発達し、すべてのもののスピードが早くなる
しかし、そのスピードに「マナー」や「こころ」が追いついていくのだろうか…

先日、携帯に電話があった。
見知らぬ電話番号だった。出なかった。
後で取引先の若い女の子から「電話かけても出なかった」と言って責められた。
以前は、電話を掛けるのは失礼なことだった。
用事があるなら出向いてお話をしなさい。と教わった。
そして電話よりも、わざわざ出向いて来てくれた人を優先しなさいと

新しいBlogという情報発信も私信ではないから、マナーに欠ける部分もあるだろう
気に障る部分も色々とあるが、何とか「一日一本」を目標に地道に続けたいものだ

効率的老化

先日テレビで見た。外山滋比古である。
30年を掛けて200万部売れた!という文庫本のニュースである

100万部売れたらミリオンセラー(大ヒット)だと言うのに、
その2倍200万部を30年もかかったと言う。
しかし、30年でも売れればいい。売れないで消えていく本がいかに多いか…

この本は、確か買ってある。と思って手を出さなかった。
多分、買ってある。
今までに買っていないと思って家に持ち帰ると有った。
それが、二回や三回どころではない
同じ本を、三冊買ったことも有る。(魔子様には内緒だ!シッ)
三冊目を本棚を整理して見つけたときには、あまりにも記憶力の悪さに泣けた。

この本は、絶対に買ってある。
だから30年間買わなかった。買わない訳がない。
そして読まなかった。読まない訳がない。
しかし、気になっていた。
なんと言ったて、「さわや書店の松本大介」

もっと若いときに読んでいれば…

と言う言葉が帯に書いてある。

覚悟した。
多分、本棚を整理すれば2~3冊出てくるかもしれない。
しかし、読まなければならない。
なんとしても今、読まなければ…

本を開くのが恐ろしかったが…
最初のページで引き込まれた

 

グライダーの話だ。
機械工学でも、流体力学でもない
教育の話である。学びの本質である。
飛行機は自力で飛ぶことができる
グライダーは自力で飛ぶことが出来ない
つまり、日本の教育は(学びは…)
学校と言う人間養成所でグライダーと言う、
自分で考える力を持たない人間を量産している
自分で考える飛行機型人間を、作ることができない
人間は本来、両面の機能を持っているのに…
これからグライダー型人間にエンジンを搭載して飛行機型人間を作るにはどうしたらいいのか…
グライダー人間では、コンピュターに取って代わられる。

と第一章から手厳しい。
しかし、これは30年前の文章であるが、
30年経って今のコンピューターは将棋界・囲碁界の名人をなぎ倒し、飛行機型に近づいてきている。恐ろしいことである。

 

そして今朝は、第三章「朝飯前」を読んだ。
ようするに「朝飯前」と言う言葉は、「簡単だ」という意味に取られるが

朝のほうが頭脳が明晰であり事柄がよくはかどる。
と言う意味だという。
それは作者も体験して実感していると言う
だから朝飯前の時間を長く取ることが有意義な時間活用方法であると説く。

早朝に起きて一区切り着いたら朝飯を食って寝る、
目が覚めたら、本を開いてまた朝めしを食う
ようするに二度朝飯を食っている間に時間は夜になるという
朝飯前の時間を、いかに取るかが工夫のしどころである。

なんだか自分の生活と一緒だ
朝2~3時に起きる。
ネットサーフィンや、本を読んだりしていると、
いつの間にか腹が空き4〜5時ごろ朝めしを食う
食べると必然的に眠くなる。軽く睡眠をして6時に起きて店に行く。
店で怒涛のような午前中の時間を過ごし、午後になると眠くなる。
ちょっと一休みすると、もう閉店時間である。
それから翌日の段取りをすると、もう夕食の時間である。
気がついたら、テレビの前で盃を抱えて、ニュースを見ていた。
それが終わると朝飯前の熟睡に入る

これが、ここ5年ぐらいのスタイルである、
それ以前は、朝型であるが、ここまで徹底しなかった。
しかし、このスタイルは時間が早く過ぎる
あっという間に60代も後半に突入である。

効率的に時間を過ごすことが効率的に老化すると言う実践的体感である。
しかし、もう一冊本棚の片隅に有るだろうという想いは消えない

 

ほうおん

浄土真宗大谷派騎雲山専立寺にてビックイベントがある

「報恩講」である

報恩講は、ひらたくいえば宗祖親鸞の命日である。
キリスト教で言えば、クリスマスのようなものである
(ひょっとしたら、あれは誕生日か?)

だいたいが浄土真宗と言うのは、よくわからん
日本史で習った、一向一揆と言うは、浄土真宗のことらしい
なぜ一向宗というのだ?いっこうにわからん!

その京都の駅前に本願寺というのが二つ有る
東と西と呼ばれる。なぜ東と西なのだ?
京都に北朝と南朝と二つ朝廷があったが、京都は東西南北なんでもありだ!

そして本願寺派とか、東本願寺派とか、大谷派とか、陸前高田派とか
なんだか学生運動のセクトみたいだが
隣の寺のように相続争いから発展しているのだろうか…

とりあえず人生は惑わせるために、有るようなものであるから
惑わないように教え諭すのが親鸞らしい

その親鸞に匹敵するありがたい内山節が講演するという
ありがたいと言う言葉は、「有りがたい」に通ずる。
ようするに「ありえない=無い」ということだから「無」である

なんだか、わからんようになってきた。
それが、わかるように教え諭す内山節の話を聞きに行くのだ
住職と副住職のお経は、声楽としては最高であるが、ついでだ。

(内緒だが…)

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たぬきときつね

トランプが、”ババ抜き”で勝った!とテレビで放映している。
まさかと思ったが、やはりという気持ちもある

それだけ変化を求めている閉塞社会なのだろう。
アメリカは…
日本も同様であるが…
マスコミや、組織にいる人は、変化は望まない。
そこに属さない人々が、いき詰まっているのが目に見えるようである

と言ってもトランプで変化が起きるとは思えない
なぜならトランプの言動は、ビジネスの常套手段である
トランプが、本当のビジネスマンであるならば…

政治屋は、平気で嘘をつく。
政治家は、嘘を突き通して真実にする。
ビジネスマンは、大ぼらを吹きながら落とし所を考える。
商売人は、誠実に嘘をつく。

いずれにせよ、たぬきときつねの化かしあいである。
ずいぶん低レベルの国際社会になってきたものだ
いや、もともと低レベルだったのかもしれない
政治の世界は…

0-95 0-96

 

食べて作る

野菜が高騰している
人参が…馬鈴薯が…大根が…キャベツが…白菜が…
全部、土地利用型野菜である。
もっとも今の時期、岩手では施設利用の果菜類は、おしまいというか気温が低すぎてならない
寒いからトマトや胡瓜のサラダや、生食ようのメニューがおしまいである

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その土地利用型野菜は、北海道が産地である。
なんと言ったって広大な土地を利用した機械化農業の先端産業である。
その北海道が先日の台風10号で壊滅的な被害を受けたという

だから野菜が!と一括りにして言うが、土地利用型の根菜類や大型葉物が被害を受けた
水に浸かれば、土地利用型は挽回できない
ギリギリに播種や定植をしているから、今播き直しても雪が降るまでに収穫できないのである。
つまり、上手く行けは来春、雪の下から顔を出すが、売り物にならないだろう。

 

しかし、それは農業なのである
つまり機械化した大規模農業の問題である
日本の農業は、産地のリレー出荷を国が定めて動いている
つまり西から東へと産地が移動していく
そのために一年中野菜が豊富にある状況を作り出しているのである
今回問題になったのは、北海道の台風10号の被災である。
人参や馬鈴薯などの秋冬用の根菜類が壊滅したのである。

リレー出荷は、消費地の旬を無くしただけでなく、局地的災害で多大な影響を与え、多種類の地域に根ざした野菜を失ってしまった。

それを補うのが地域に根ざした地産地消なのであるが…
その地産地消も、売れればよいという生産者と、良いもの安くという消費者の声に、単なる流通になってしまった。

単なる流通には、「食べて身体を作る」という思想が無い

とおに

義母が亡くなった。
義父は遠に亡くなった。
実父も遠に亡くなった。

子どもたちにとって祖父母と言われるのは実母だけになった。
小生も祖父母は、遠に亡くなったから、母だけになった。

順番とは言え、なんとなくそろそろか…という気になってしまう。

義母に最初に会ったのは、東京のはずれにある海辺の魔子様の実家だった。
覚えているのは、義父がちゃぶ台の前にすわり、シャコを剥いてくれた。それを義母は、勧めてくれた。
「ほげ、ほげ、たべな!」と言って…
魔子様が翻訳してくれた
「いっぱい食べてください」と言う意味らしい。
そうそう海苔も出てきた。
海苔は憧れの高級な食べ物だった。
それまでは焼き海苔しか、食べたことがなかった。
出された海苔は、生のりを煮たものだった。
三木のり平が宣伝をしていた「桃屋のえどむらさき」の薄味だった。
ご飯を何杯も食べることが出来た。
そしていつも行くと出前に寿司を取ってくれた。
この寿司が美味しかった。
さすがに下町とは言え海辺の町は魚が美味しかった。
今でも浅蜊が取れるという。
いつも料理は大皿で山盛り出てきた。
下町の家族が多い食卓の風景だった。

新婚生活をおくるのに東京駅から大阪まで新幹線で向かった。
一人で東京駅のホームで涙を拭いているのを思い出す。
長男が先に逝った。
大事に大事に残された株券を持っていた。
「早く売らないと紙くずになるよ」と言ったが、「思い出だ」と言って聞き入れなかった
JALの株券は、ゴミクズになった。
次男は、多忙な仕事で脳卒中に倒れた。
ずーっと仕事を続けながら援助をしていた。

家族思いの義母だった。
下町の両隣の家は、義父の兄弟だった。
両隣を親戚に囲まれ、さぞかし苦労が有っただろう

苦労をしながら働きづくめの人生だった。
大正から昭和一桁と言われる人の典型的な人生だったような気がする。
幸せとか…喜びとか…あったのだろうか…
そういえは怒った顔は見たことがない。

ただただ合掌

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たぶん

「たぶん」都市部に住んでいる多くの人が、道路が陥没して不通になる影響を想像出来ないだろうと思う
現代人は、そういう意味で便利さに慣れてアタリマエのことと思っていることが当たり前にならないのが自然災害です。
下記は、以前岩泉町有芸に住んでいた元ハム屋のレポートです

 

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岩泉町内では大水害から3日目の夜を迎えようとしていますが、未だに孤立している集落が多くあります。

有芸地区の一番奥にある水堀集落も道路が寸断され、徒歩でしか行き来出来ない状況です。養豚や酪農家を中心に6軒が住んでいますが、当然電気も止まったままです。水道はもともと山奥過ぎるので、上水道は無く各家ごとに井戸があります。但し井戸の水を汲み上げるポンプは当然電気で動きます。

岩泉の養豚農家や酪農家などは大震災などの経験もあり、ほとんどの家で発電機を持っています。電気が無いと仕事にならないだけではなく、最悪の場合牛や豚が死んでしまうので。

ところがその発電機も燃料となる軽油が無いと、動かないわけです。停電から3日目を迎え、そろそろ燃料も底が見え始め、農家さんの悲鳴が聞こえ始めていました。

そこに今日、軽油400Lが宮古市から 井田 裕基 (Yuki Ida)くんの手配と運転で、櫛桁 一則 (Kazunori Kushigeta)さん 古舘 裕三 (Youzoh Furudate)さんのご協力を頂き、運ばれてきました。本当にありがたいです。

有芸地区は岩泉町ですから、いつもであれば20分ほどで岩泉の街中へ降りていくのですが、そちらの県道は何か所も大規模に崩落していて通行できません。し かしお隣の宮古市に抜ける県道が幸いにも通れる状態になったので、宮古市には1時間以上かかりますが山を超えていく事が出来ます。

そのため宮古市からわざわざ有芸地区まで、燃料を運んできてくれました。有芸地区で地元の人に引き継ぎ、徒歩でみんなで運び、無事水堀集落の農家に軽油が渡りました。これで数日間はしのげると思います。その間に何とか道路が開通してくれればいいのですが。

ちなみに水堀の一番奥にある龍泉洞黒豚ファームで、大学の後輩が1名研修中でしたが、軽油を運んできた車に同乗して無事岩泉を離れることが出来ました。本 当はこちらがメインだったのですが、ついでに「少しでいいから軽油を」と言ったら井田君の手配であれよあれよと大きな話になり、400Lなんて話になりま した。

井田君を始め、ご協力頂いたみなさん、本当にありがとうございました!

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美味しい肉が食べられるのは、ライフラインが不安定な地方で生産している農業のたまものです。国内で作られる意味、地方で生産される意味を、もっともっと都会の人は考えてほしい。

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