ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

カテゴリーアーカイブ: 私たちの思い

いただきます

松園新聞の原稿を書いた

創刊号以来、毎月書いている
広告なのだが、コラム風にしている
従来の広告は、商品やイベントを知らせる広告が主流です
「意見広告」や「イメージ広告」もあるが…
当店のは、「情報広告」「姿勢広告」とも言うべき物である
農業情報や当店の姿勢を表現した広告にしている
どれだけの効果があるかは、解らない。
しかし、商売というのは信頼を売ると言う事だと思う

ある人が「良い物を安くと、あちこちを探していたが…、もっと良い物、もっと安い物が出てくる」
「これからは、好きな店で買う、そうすれば納得する」と言っていた

そういうことだろう。
好きな店になるためには、当店の姿勢や、情報を流すことが最大の広告ではないだろうか
 

7月号の原稿

「いただきます」

お客様が言っておりました。
「今年の天気は、昭和50年代の冷害のあった年の気候に似ている。
6月が暑くて7月は梅雨が長引き、梅雨が明けなかった。出産した年だから、鮮明に記憶が残っている」
稲作にとって、一番肝心なのは、7月後半の温度と89月の積算温度です。
7月後半にいつも低温が来ますが、その低温が稲穂の形成期にあたると、障害不稔という、稔らない穂が生まれます。
また穂が出ても、その中に十分にデンプンを溜めるための温度が積算温度です。この積算温度が足りないと、ちいさなお米しか実りません。
今年は45月の低温を、6月になんとか回復したような感じですが。そういうわけで、まだまだ油断は出来ません。
冷害は、起きて欲しくありませんが、農作物は自然の恵みで、工業製品のように生産を人為的にコントロール出来ません。
「海外から輸入すれば…」という人もありますが、グローバルな天候不順で自国の民を犠牲にしてまで輸出する国があるかどうか…
冷害の度に「農業の大切さ」が叫ばれますが、翌年豊作になるとケロッと忘れるのが日本人です。
食事の度に「いただきます」というのは、作ってくれた人だけでなく、自然の恵みに感謝を忘れないためでは、ないかと思います。

愛永(アイーナ)

庭の紫蘭が

雨の影響か?それとも暑さのせいか?

小生のように酒乱の様相を呈してきた。
立ち上がれるのだろうか?

そんな日に、「男だけなのでボリュームのある弁当を…」という注文が舞い込んだ
なんだか会社の会議のようである、領収証の但し書きが
「会議時、弁当代として」と書いてくれるようにと連絡があった。
”会議費”として経費で落とすのだろう。
小生が会社勤めをしていたころは、適当だった。
飲み代の領収証を集めておいては、月末に予算が余ると、適当に探しては提出していた物だっだ
おおらかな時代だった。

そんな弁当を作って届けた。場所は、愛永ではなくアイーナである。
「○○号会議室へ12時頃」という指定だった。
ドアをノックし開けると、背広を着た男どもが、がやがや話していたのが止まった。

無事に届けて、シースルーのエレベーターに乗る
しかし、いつ来ても、いつ見ても思う

この建物は、壮大なエネルギーと莫大な光熱費を必要とするのだろうな〜
建物がある限り…
                               

当時は「ピークオイル」という言葉を知っていたのだろうか?
それとも「六ヶ所村」があるから良いと思っていたのだろうか?

稼ぎと仕事

沢内の渡辺哲哉が「おひさま米」をもって来た

天日干し米である。
以前から天日干しの米を探していたが…どこにも無い。
だいたい手間のかかる天日干しは、今の農家はやらない。
昔は、乾燥機もなく人手が十分にあったので大勢で作業をすることが出来たが…
手間がかかりすぎ、また乾燥が不十分で夏場になるとカビが生える可能性がある

しかし、天日干しは美味い。なぜなら乾燥が不十分だからである(?)
今の農協の指示は、「含水率15%以下にしろ」と言う。保管の関係だろう
天日干しは、自然乾燥であるからせいぜい16%ぐらいだろう
それ以下にするには、化石燃料を焚いて強制乾燥するしかない
強制乾燥をさせた米は、発芽しない。
「死んでいるコメである。」と言って天日干しを探し求める人もいる
水分が16%前後の米が一番美味しいと言われる
一度食べてみて欲しいが…しかし、そんなに量が採れない。

おひさま米をもって来た奥さんのまい子さんが

「”そんなに稼いで”と言われる」と言った
なんでも隣の人が、漬け物の名人で、ワラビも採れる
その人に「ワラビの一本漬けを…」とお願いしたときだ
どうやら日常の暮らしを金に換える事を、近隣の人にさげすんで言われるらしい

「稼ぎ」と「仕事」がある。
稼ぎとは、金銭を稼ぐことであり
仕事とは、集落の共同作業や、日常のいとなみのことを言う
日常の営みを、金に換えることを、恥じる文化がまだ残っているようだ
しかし日本は、もともとそんな文化だった
金を稼ぐことと仕事を明確に分けて、暮らしを作っていた

いつの間にか、「金さえあれば…」「儲けて何が悪い」と言う風潮が蔓延してきた
最近その経済至上主義に、ちょっとブレーキがかかってきたような気がするが…
沢内には、まだ「稼ぎ」と「仕事」が残っていた、
「一週遅れのトップランナー」と言う言葉があるが…まさに西和賀は次世代のトップランナーである


ちょっと嬉しい、


 

美少女

こんな格好をした美少女が、店にやってきた

(注:個人や年齢が特定されるために、顔は消してあります。想像していただければ…。個人の好みもそれぞれですから…)

 

チャグチャグ馬っこだ!

いつの間にか6月15日と特定されていたのが、6月の第二週土曜日に変更になった

変更の論争の時に選ばれた民間の委員の一人が
「家族と一緒に見たい。学校が休みの日に…」といったのが契機となったように聞いたが
当時、教育問題でうるさかった小生は
「学校を休ませろ、学校よりも地域の行事を大事だと覚えさせろ」と思った物だが…

 

所詮、観光の経済効果なのだろうが…。
経済効果を求めることによって、地域の大切さを失うことの検証は、どうなったのだろうか?

いずれアヤメかカキツバタ

「初夏」という言葉の響きが、心地よい
梅雨入り前の晩春というよりは「初夏」だろう盛岡は…

店にカキツバタはどこですか?と聞く人が多くなるのもこの頃である
店から500mぐらい下がったところに、カキツバタの群落がある

 

時には間違って、「ここですか?カキツバタは?」
と店に入ってくる客もいる。

これはジャーマンアイリスである。

アヤメか?カキツバタか?花菖蒲か?ジャーマンアイリスか?

なにがなんだか解らない_葉っぱの網目模様で分けるとあるが…

「いずれアヤメか、カキツバタ」と言うことわざがあるが…
多分「どうせ変わらないから、どっちゃでもいい」と言うことなのだろう
自民党でも民主党でも、鳩山政権でも管政権でも…

盛岡は、アヤメ属が満開の初夏である。

 

注:いずれ菖蒲か杜若

農村と都市

ある町の「食生活改善グループ」の会合で弁当を頼まれた
シェフがいなくなって、早起きして魔子様は、作った。

                   

お品書き
 短角牛の炒め煮  南部短角牛(久慈市山形町 北風土)
          新玉葱(北海道)糸こん(秋田)
          絹さや  (岩手町 田中清憲)
 タケノコと椎茸の唐揚げ
          タケノコ (盛岡市 高堰恵美子)
          椎茸   (岩泉町 新谷優子)
 煮物       ふき   (盛岡市 民部田淳子)
          わらび・タケノコ(盛岡市 高堰恵美子)
          人参(岩手町一方井 遠藤栄)
 アスパラのゴマ味噌和え
          アスパラ(北上市 八重樫真純)
 だし巻き卵    卵(奥州市菊池農場)
 漬け物      ウルイの塩漬 盛岡市玉山区 よねちゃん工房 
          ウドのピクルス ちいさなやさい畑オリジナル 
 羽釜炊きご飯   米  (ひとめぼれ 北上市 八重樫真純)
          古代米(朝紫 花泉古代米生産組合)

後から「食生活改善グループに、こんな弁当で良いの?」と魔子様が言う

しかし、農村には「農業改良普及員」とか「生活改良普及員」とか、公が数多く関与している
「余計なお世話だ」と思うのだが…
そんなに悪いとこばかりあるのか?農村は!

ファーストフードなど無い農村が、食生活を改善するよりも
都市のほうが、問題だ!

せんべい

青豆入り南部せんべいが、「だぁすこ」に売っていた。

 

花巻まで行って花巻酵素の「ぼかし肥」買いに行った帰りの時である
「青豆」と強調しているのが目に付いたので、ついつい買ってしまった
「秘伝」を利用できないか?と思ったのである
しかし、裏を見たら二戸の業者が作っている。
花巻の産直で、二戸のせんべいを買ってしまった。

まぁ〜JA系の産直だから、なんでも有りだが…
産直には、大きく分けて、JA系と行政系と民間系と三種類ある。
経営を農協が担っているJA系。道の駅など行政が絡んでいる行政系。そして農家が自主的にやったり民間企業がやっている民間系
だいたい規模が大きいのがJA系である。中程度が行政系。小規模が民間系、と思えば間違いがない(岩手の場合)
あるJA系の産直は「スーバーをやっつけろ」みたいなイケイケドンドンでやっていると聞く
結局、資本力の勝負になってしまうのだが

資本力の勝負に持ち込まないためにも、関係性の世界で生きていきたい物だ

懐かしく力強い味

10年前ぐらいだろうか?記憶が定かでない
タイマグラに、身土不二いわてのイベントで行った。
10年前の民宿「フィールドノート」は、森に囲まれていた

確か、その2〜3年前にタイマグラから一本の電話が有った。
「ばぁちゃんが山を降りたので、ばぁちゃんの作った味噌を売って欲しい」
そのときは、単なる味噌玉で造った味噌という認識しか無かった。
「袋に詰めてくれたら、扱いが出来るのだが…」
当時は、量り売りする手間もなかった。ビニールハウスの店で温度管理も出来なかった
 

その後「ばぁちゃんの作った人参や、ジャガイモを売って欲しい」と、また電話が有った
おんぼろ車で山奥へ向かった。ばぁちゃんの家は、フィールドノートの上にあった。
薄暗い納屋のような大きな家で、土間にあった山のような人参とジャガイモを、肥料袋に詰めて帰ってきた、

そんなことからタイマグラのとの付き合いが始まった。
そのとき電話を掛けてきたのは「タイマグラばぁちゃん」の監督澄川嘉彦である。

タイマグラばあちゃん」は、彼がNHKのディレクターとして日本で一番最後に電気が通ったタイマグラで「マサヨばぁちゃんの天地」というドキュメンタリーを制作し
その縁がもとでNHKを退社してタイマグラに移り住み、マサヨばぁちゃんの記録をした映画である。
”タイマグラ”とは、アイヌ語の地名で”森の奥へと続く道”という意味らしい。(最初は、、水の豊かな森というような事を聞いたが…)

そんな縁で、彼が岩手食文化研究会の総会で特別講演をすると言うので出かけていった

           

「タイマグラばぁちゃん」は、3度ほど見た。しかし、じっくりと話を聞いたのは今回が初めてだろう
その映像の深い意味がよく分かり、その映像にでてこない風景が思い起こされた

「タイマグラが明るくなった」という言葉に驚いた
鬱蒼とした森の中にあると思っていたが、昭和30年代に何百年というブナや広葉樹の森が伐採されて、小生らが行ったときの周辺は50年程度の森だったのだ

「ジャガイモが凍らなくなった」
マイナス26℃ぐらいまで下がった冬の気温が、今はマイナス15℃ぐらいとなったと言う

川の水に浸けて、軒下に下げて保存食として利用していたジャガイモが凍らなくなった
彼は「気温差があるほど、地球の温度の変化を感じる」と言った、

彼の話すばぁちゃんの自然とともに暮らす話は、まさに「身土不二」そのものであった
そして八百万の神と一緒に棲む、そのすばらしい世界は、これからのあるべき方向が見えてくるような気がした

  今,そのマサヨばぁちゃんの畑は、照屋靖が耕している
  彼は「タイマグラという表示をしたくない。ばぁちゃんの名を使いたくない」
  と言って”川井村江繋 照屋靖”の表示しかしていない

  
 

 

そんないい話のあと、蕎麦屋の二階での懇親会は
ちょっと場違いの料理と         
そばに座った牛飼いの酌で、大量に飲みすぎた
 

意地汚い小生は、つぎの呑み屋で
「ばぁちゃんは、雑穀でどぶろくを作っていただろうね」と
あくまでも八百万の世界と酒の関係性を追求するのだった(笑)

しかし、あのマサヨばぁちゃんの味噌が、あれば…
あの味噌は「懐かしく力強い味がした」と言う

テスト送信 昨日の一本桜

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これはテストです。

mixiは、いちいちブログをコピペするのは面倒だと思っていたが…
なんとブログのURLを記入しただけでテーマも、mixiの日記に表示されることを発見した(驚き)

そして携帯写真は今までtwitterにしか送らなかったが…ブログに送ってみたらmixiでどうなるかのテスト?

世の中、こんなに進んでいるんだ。
わしが、遅れているだけか?

そのうちに、飯を食わなくても腹一杯になったり
稼がなくても財布に、いつも金が入っていたり
女嫌いの小生に、若い美女が、はべったり(?)

願えば、なんでも叶うのか?

降参

店から自宅に帰ってくると、まず服を抜いて夕刊に目を通し、それから、おもむろにニュースをみながら晩酌をする。
寒ければ熱燗、暑ければビール、どちらとも言えない時は”もっきり(コップ酒)”である。
最近は、「熱燗」と「もっきり」と「ビール」が、交互である。
それだけ、気温の変化が激しいという、小生の体内温度計である。

今日は、「もっきり」を呑もうと夕刊を広げる。
夕刊は、いつも一面の見出しを見て、その下のコラム「交差点」を見る。
日替わりで筆者が替わり。社会時評や家庭問題など結構おもしろいコラムが多い。

「今日は…」とひろげたら

なんだか小生のblogをもとに書いた内容である。

ふむふむ、なるほど、なるほど、

単なる小生のような、批判のための批判ではなく、
一歩突っ込んで政策と結びつけ、きっちりと批判し。最後に落ちを作っている

  う〜ん!上手い!

まったく、この筆者には「降参」である。

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