ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

カテゴリーアーカイブ: 私たちの思い

食農一体

こんな記事が今朝載った。

”ゆうぜん”さん、がんばっているなぁ〜

そうだよね、食農一体だ!
いいところに目を付けた。

土を喰らう日々

「土を喰らう日々」をぱらぱらめくっている
昭和57年頃、文庫を買い、それから8年後単行本を購入した。

なんでも水上勉が、ミセス誌に昭和53年に連載したモノをまとめたモノらしい
購入した単行本は、第11刷とあるが、文庫本は昭和57年の初版だ。なんと文庫本は、320円である
もっきり一杯の値段だ(?)そんな安いか?もっきりが…

しかし、今読んでも新鮮というか、本質を突いている本である
文豪が料理を書くと、こんなに深淵になるという、見本である
今のグルメ本とは全く異なる
少年時代を禅寺で修行した水上勉が、軽井沢の山荘での一年を食材とともに、精進料理の考え方や食べると言う文化の根源を説いた本である

4月の山菜・6月の梅干し、ぱらぱらと思い出しながら流し読みしては、もう一度めくり返す
そんな名著である

コンポスト

朝はいつも、母親の住む母屋に挨拶に行く

庭の小径を踏みしめて行くと
ニチャッと、なにか踏んづけた
”しまった野良猫の糞か?それとも野良犬の…
まさか野良オオカミでは…”

とおもって見ると

熟して落ちた柿である。

いつもは拾ってコンポストに入れるのだが…
コンポストも満杯状態である

大体がコンポストは、生ゴミの蓄積場になっている
多くの人は「コンポストで、良い堆肥を…」とおもってやっているだろうが
それは行政の「生ゴミを減らして焼却炉を長持ちさせる」という狙いにはまっているのである

以前といっても20年ぐらい前だろうか
I大の農学部で堆肥を専門に研究している学者が
「家でコンポストで堆肥化しているのだが、アレは難しいね、出来ないよ」と言っていた
専門家でもできないのに、素人のおばさんが一生懸命やったって出来るはずがない

 

そもそも生ゴミは、水分が多すぎるのである
野菜の重量のほとんどが水分であり、流しの三角かごのなかにあるものは、水がかかっている
それを微生物が発酵しやすいように水分を落とすとなると、乾かさないといけない
毎日出る生ゴミを、乾かして含水率を確かめてコンポストに入れるなどは、とうてい出来ない
微生物が発酵するためには、50%前後の水分でいいのだが…
50%の水分というと、ぎゅっと握りしめた掌に水がつく(付着?)程度である

それに空気の流通である
コンポストはプラスチックで出来ている
ゴミを入れるとき、上を開けるが…
横側から空気は出入りできない。地面に接している下側からだけである
それが生ゴミの水分で、じめじめしていると空気が通らない

水分過多と空気が流れない中で、空気から酸素を取り入れる好気性菌は、活動ができない
じゃ〜水分から酸素を取り入れる嫌気性菌なら…
密閉状態なら嫌気性菌も可能性が有るだろうが…生ゴミを入れたり出したりする状態では…

それ以上に発酵をするためには、ある程度、量が必要である
中学校で習ったと思うが、熱を溜めるには量が必要である
山のように積んだ堆肥なら、中心部が熱くなり保温できるが
少量なら表面積が多くて、熱が放散するのである
熱というのは、微生物の呼吸熱である。
 (人間でも寒いときに、口に手を当て息を吹きかける 
     体温と同じ口の中から空気を手に吹きかけるのである)
微生物が増えることによって、温度があがるが
持続するための保温には、量の確保が必要である。
家庭で量を確保しようとすると、家と同じようなコンポストが…(大げさか?)

だから家庭ではコンポストで良い堆肥はできないのである
そういえば、「○○菌で家庭でも、良い堆肥が出来る」という運動があったが…

最近は、話を聞かない

ワッコリ

「おとうさん!マッコリと、どう違うの?」
「同じだよ。麹菌が違うんじゃないの?」

先日、北上で焼き肉冷麺の店をやっている友人から冷麺とマッコリをもらった
その後、沢内の友人から「和製のマッコリ(入道命名 ワッコリ)」をもらった。

ワッコリ好きの魔子様が、飲み比べているのである
「やはり私は、ワッコリのほうが、好きだわ。なんだかマッコリは甘くて…」

 

むかし、もう2〜30年前になるだろうか?
ある農家のワッコリを、もらった。
透明である。さらっとしている、いくらでも呑める
あらかた3合ほど呑んだだろうか

抜けた、二階に這って上がるほど腰が抜けた

「腰が抜ける」という表現は、大げさな…と思っていたが
腰が無いのである。腕に力は入るが。腰の存在感がない
ようするに上半身で支えて、腰という物体をひきづって、腕を前に前進する
という感じ。そんな強烈なものだった
その農家は「ちんたら、ちんたら、濾すのよ…」
と納屋で、泥状のモノを新聞紙に少しづつあけて濾していた
「○○新聞はだめ、××新聞ではないと…」と新聞紙まで厳選しながら…

 

ワッコリは、残さなければならない地域固有の食文化である
作り方・材料も、風土によっても違い、人によっても違う
韓国では、甘藷や玉蜀黍で作るところもあるという
岩手は絶対に、雑穀のワッコリがあったはずだが…
「昔、もちあわのワッコリを呑んだ」という人がいた

誰か知らんか?作り方と…作っている人を…

一度味わってみたいものだ!

好きなように…

苗ハウスの裏の広場を整理した。
これから冬場、雪を捨てるところが無いからである。
北国は、冬場は雪との戦いである。
(魔子様との戦いは、一年中ではあるが…)
若いころは、「いかに早く起きて雪かきをするか?」が、新興団地の住民の競争だったが…
もう定年が過ぎて気力が無くなり、役所に「除雪が遅い」と文句を言うようになったという話を聞く
北国は出勤前に家の雪かきをして、会社について会社の雪かきをして、
雪が降り続けるようなら就寝前に雪かきをして、朝の雪かきの軽減を計るのである。
雪かきに労力と時間を取られて「売上がそのぶん落ち込むのは、仕方がない」と胸を張って言い訳をする小生であった。(泣)


当店も広い駐車場を、いくら若いから(古いから?)と言って人力で雪かきをする訳にはいかない
そこで道路の除雪をしている業者を頼んで除雪してもらう事にしている

除雪は、北国の大事な公共事業である。
雪が天から舞い降り、仕事の無くなった土木作業員・農家に、仕事をもたらす
昔は出稼ぎ、少し前はスキー場のアルバイトなどが有ったが、今はスキー場も閑古鳥が鳴いて、仕事がない
公共事業批判をしている小生も、除雪だけは認めてやらないといけない
 雪の多い沢内でおひさま米(天日干し米)を作っている渡辺哲哉も、例年除雪の仕事をしていたが、
今年は「県から土壌分析の仕事が出来た」と喜んでいた
秋に畑から取った土を分析して、春の肥料散布の参考にするのである。
なるほど、そんな公共事業もあるのだ
そのほか、道路ののり面の工事作業員、酒造りの作業員、パチンコ屋店員、まだ少し客がいるスキー場
焼き鳥の串さし、などなど、農家は様々な仕事を探して冬場の仕事をしている
「専業で、冬場は休み」などという農家は、ほとんどいない。

 

店の除雪した押した雪を、溜める場所が必要となってくる。
除雪車が押しやすいように、構造物を取り払い、
「ここに押して溜めろ!」というスペースを作ってやらなければならない
大切な冬の準備の作業である

そんな作業をしていたら懐かしいことを思い出した

これは春に、苗を置く台である
上から水をかけるので、水が溜まらないようにしなければならない
そのため、網の上にのせるのだが…
探し回ったが、適当な網の台がなくて…(あってもべらぼうに高いし、小さすぎる)
ある人から言われて、道路のフェンスを利用した物である
あちこちの道路から引っこ抜いて、見つからないように盗んで集め回った
と多くの人が思うだろうが…
これは廃棄物業者から買った物である
役所の入札で、落札したものを積み上げてあったのを買って、L字鋼を溶接した

「入札で落札した」というとすぐ「談合だろう」と想う人がいるが、談合である
「談合は悪」という方程式がなりたっているが、談合も地方の少ない仕事を交代で順番にするためのシステムである
これに大企業が国会議員を使ってちょかいを出したり、仕切るから問題なのである。
大企業は正々堂々と競争入札で勝負しろ、ちいさな地方の仕事に口出しするな、と声を大にして言いたい
しかし、そんな事を知っておりながら、談合を指摘されると摘発する役所も情けない
役所に言いたい「胸を張れ!談合は地方で仕事を回し、金を回す大切な安全装置なのだ!」
言えないなら、ワシが言ったル!


しかし、フェンスは廃棄物として入札にだしたものだから、当然錆びだらけである
開店前の平成7年の春、魔子様と当時小学生だった息子と、三人がかりで錆びを落とし塗装をした
”お絵かき”が好きな息子にペンキを持たして
「好きなように書いて良いよ。好きなように…」とだまして…
今、息子は東京で土木関係の仕事をしている
好きなように、仕事をしているだろうか?

300円でいい

かぶちゃんから、お酒が届いた。
言ってみるもんだ。

かぶちゃんは、酒が呑めないのに、なんで持っていたのだろう
貰ったお酒が、山ほど押し入れにはいっっているのだろうか?
それを料理酒にして、あふれるほど入れて調理しているのであろうか?
いちど、かぶちゃんの料理を食べてみたい物だ

そもそも、酒を呑まないかぶちゃんは、麺類も食べない
いつも、ご飯だ。
米をジュースで摂取しない分、ご飯を食べているのだろうと想うが…
その大飯ぐらいのかぶちゃんは、キジ打ちの名手だ。
都会では、なかなかキジ打ちもできないだろう
はやく田舎に戻って来て欲しいが…

かぶちゃんは、寒さに弱いからなぁ〜
岩手は11月になると、布団からでられないと言っていた。
そういえば、いつも冬は沖縄のサトウキビやパイナップル畑で働いていた
沖縄に行っているかな?それともハワイか?
もっと南国で生産することを考えているかな?

「大学では法学を学んだ」とかぶちゃんは、言っていた
「民主主義は、少数意見を大事にすること」と教えてくれた
民俗学者の宮本常一は、
長い時間をかけてみんなの意見をまとめる、集落のあり方を書いた
昔の日本は、民主主義だったのだ
今の政治は、民主主義ではなく多数決主義ではないのか?
いや。小さなところでしか、民主主義はあり得ないのではないか?
そんなことを、思い出させるかぶちゃんだった。

ありがとうね!ありがとうね!
酒は、もういいから…
次は、札束がつまった金庫が欲しい!
いや300円でいい。
1億円が当たる宝くじを贈ってくれ!

米粉クッキー

子連れの若い女性が
「こんなの作ったのですけど…」
 

動物の型を使用したクッキーである
適度に甘みもあって、さくさくとして美味しい。

「米粉にカボチャを混ぜて焼いたのですが…」
自分の子どもが、アレルギーだという
それも、「小麦と卵と牛乳」のアレルギーだと…
それでは食べられるものが、何もないんじゃないか?

あるデパートで「アレルギー対応の食品」を買ったら発症した
卵を溶いた箸で、つまんで食べさせても発症する
アナフィラキシーと言って、急性ショック症状で亡くなるケースもあるという
だから「食べ物には十分に注意を払う」というが…

しかし、今の世の中、小麦と卵と牛乳をつかわない食品があったら教えて欲しい
と思うぐらい使われている
大体が輸入小麦に、輸入飼料を使った企業畜産の養鶏や酪農、大量生産の産物である
戦後、欧米の文化が入ってきて、安く大量に使われた食材ばかりである
団塊の世代は、卵は三人に一個、牛乳は脱脂粉乳がほとんどで、毎日飲むことが出来なかった
それが今は、卵が入っている加工食材をどんどん食べ、水のように牛乳を飲む毎日である
そういう環境に育った団塊ジュニアの身体に溜まった物が、次の世代に出てくるのだろうか?

いずれにせよ、アレルギーに対応する食品を増やさないと…と思っても
生産は、大量生産でないとコストダウンできない。
製造許可は、ちいさなロットでは合わないような設備投資を求められる
小ロットの生産は、最初から採算ベースに合わない。といってそれを必要とする人はすくなからずいる
弱者に厳しい世の中である

彼女に「当店で作ってお客様に食べて貰ったら…。ある程度めどが付いたら商品化することを真剣に考えて…」とアドバイスした
当店は、「食堂・惣菜・仕出」の許可を持っている
食堂では、何を作っても提供出来るので。そんなことが可能である

大人の世間話

「すらーっとしてるね」と極悪和尚は言う

今までそんな事を言われたことはない
「ズラッとしてる」と言われたり
「でっぷりしている」とは、よく言われる

「すらっとしているとは…」と聞くと
「せいきがない」ことだと極悪和尚は言う
”そんなに大きくないが、ちゃんと一本、付いてる。
だいたい二本付いていたら、アサガオに的が絞りにくいではないか…”と思ったら
「精気がない」と言う事だという

う〜ん!仏教用語なのだろうか、方言なのだろうか
この「スラーっとしている」という言葉は…?

毎月第二木曜日は、「哲学寺子屋」である
早朝から店に出ていたので夕方6時頃、疲れ果て専立寺で横になっていたときの話である

「哲学寺子屋」は哲学者内山節の読書会である。もう10年は続いているだろか
信濃毎日新聞の連載を本にまとめた著作を、読んで話題にすると言う会である。
2004年から2005年に、信濃毎日に連載され、2006年に発行された本である
もう怒濤の変動期を5年を過ぎても、まだまだ新鮮に読むことができる
新聞の連載であるから、1回が1回が短くまとめてあるので、進めやすい
それを2回分づつ読み進めていく会である、
しかし、話の内容は世間話とそう違わない

11月は、そろそろ終章に近い「偉人」「分業」「平和」の三章を読んだ

「偉人」
他人の職業を尊重しない風土が定着した。資本主義経済の貨幣愛が原因である
資本主義経済は、労働の結果としての価値を貨幣にしかみいだせない
その過程で生み出される物を、尊重しなかった
真面目に働く人を尊重しない時代は、どうして…
ケインズは資本主義経済は人間の退廃を招くと述べた
それは、全ての価値を「お金で表現する一つの価値尺度しかないから効率が良いから

「分業」
現代の経済活動は有機的に結ばれているが,それを支えている労働は切れ切れになって分断されている
それは分業化されているからだ。
昔は分業化されていても労働の結びつきで、全体が成り立つことを実感していた
ところが現代は、労働の結びつきが実感できない分業である
労働が作業になって、作業を効率よくこなすことが求められ追求され疲れ果てていく
今の労働問題は,働く意欲が低下しているのではなく、労働が経済の手段になり、時には犠牲になっている現在の仕組みの中で働くことに意欲が無くなってきた

「平和」
村での仕事は、全て過去や近未来と結ばれながら行われる営みである
その営みは「いのちのやりとり」であるとともに自然のいのちである
命を育て、それを頂き、命の源にする、そして過去から未来へと結ばれていく
いのちは、無事としての平和を感じることができた
それが現在の市場経済で作られる工業製品には、命はは感じることが出来なくなった
それを作り出す仕事にも、命のやりとりが感じられなくなり、市場を睨みながらいかに効率よく作るかを争うようになった
ものづくりのなかに無事の営みを感じ、平和を感じることが出来なくなった現代社会
我々の社会は、無事でもない平和でもない命を見つめる仕事をやめたとき、平和の原点にある物を捨ててしまった
ただ終戦後の日本は、一度だけその歯車を止めようとした。が公租成長期の社会が風化させた
その歴史を経て、命と結ばれた仕事に対するあこがれが農業に向かせ、市場経済のなかで失った物を取り戻したくなったのである

 

まぁ要約すれば。こんな事が書いてある。本はもっと具体的な事例を挙げて読みやすく、わかりやすく、書いてあるのだが…
これを読みながら話題は

「海上保安官の問題」や「新規就農の問題」「昔の盛岡」「家族関係」「愛人関係」「隠し子問題」等々、さまざまな話題に発展していくのである
まったく極悪和尚も大変だ!

一ヶ月に一回、3時間の大人の世間話である

そろそろ「戦争という仕事」もお終いだ
次の本に取りかかるのは、来年初めになるだろう

地産地消は海外産

「久しぶりに、先輩に会いたいのですが…」と電話がかかってきた
先輩後輩という親しい間柄ではないが、昔いた会社の後輩である
2年ほど音沙汰が無かったが「今度、日本に帰ってきた。」と言う

以前にいた会社で、同期入社の奴が
「新しい会社を作ったので、会ってやって欲しい」と電話がかかってきたのが、もう3〜4年前になるだろうか?
なんでも肥料の販売会社らしい。電話がかかってきたのは、その肥料販売会社の社員である。
東京から足を運んできたので、とりあえず肥料を置いて販売している
有機素材を使用した一発肥料である。


  一発肥料や一発除草剤という、「一発」という名前がついているのは、「一回で済む」という意味である
  肥料は、元肥や追肥など何回か分けて施すが、それを一回で済むように化学肥料や有機肥料など、短期で効果を発揮する物と長く効くものと組み合わせたものである
  除草剤は、春先に出てくる雑草と、夏に出てくる雑草が違う。そのために除草剤を二種類組み合わせるか、強力な奴を一回やるだけで済むようにしてある
  作業が簡便である。という省力化のためであるが…
  肥料にとっては、天気に併せて肥効を効かせることができない。
  しかし、家庭菜園ていどだったら、難しい肥培管理をしなくて済むから、楽しむ農業ならそれで良い
  除草剤は、「一回しか除草剤をかけておりません。通常より少ない低農薬です」と言いながら、毒性の強い除草剤だったりする

そんな「有機一発肥料」を開発したと言って持って来てから、数年が経っている
「久しぶりに会いたい」というのであるが…
話は「インドネシアに魚を買いに行っていた、イチゴ農家が魚粕を欲しいというので…」
日本の魚は、ほとんど塩漬けにしてあるので、日本の魚粕は塩分が多い
インドネシアも魚を捕ると、コンクリートに魚を広げて塩を振って水分を出し、乾燥させて輸出する
これまた塩分が多い「煮出して乾燥させろ」と言ってあるのだが…
「そこで、良い魚が一杯あるので、工場を造った。そのために短期間の予定だったが、二年も向こうに行っていた」という事であった。

肥料は、ほとんどが原材料は輸入である
植物の三要素と言われる、窒素・リン酸・カリがある
窒素は、空中のの二酸化窒素から、石油や天然ガスを利用して生産する
リン酸・カリは、大体が鉱物資源リン鉱山やカリ鉱山から掘り出して精製する
日本で、化学肥料の自給は出来ない。
化学肥料が作られていない時代は、人糞尿や草木灰の有機質肥料を使用していた
ところが人糞尿は下水道が完備され、草木灰も乾燥させて焼却する手間を惜しんで、無くなった
今は、有機質肥料や飼料も、ほとんどが輸入である
大豆粕・菜種粕・グアノ・パームアッシュ・魚粕・とうもろこし・海草・カニ殻・骨粉…

つまり国産の農産物と言いながら、肥料はほとんど海外産である。
そして農業機械をつくる鉄鉱石と、石油から由来するプラスチック類やゴム類
それらを動かす重油は、当然のことながら全て輸入である
また野菜の大規模農家で働く人は、中国やフィリッピンの人々である
おまけに種は、ほとんど海外農場で育種している。
はたしてそれは、国産と言えるのだろうか?

今、TPP論議が、かまびすしい。
某外務大臣が「1.5%の人のために98.5%の人々が犠牲になっている」と言うが
1.5%の人が、カロリーベースで40%、金額ベースで70%弱の食糧を作り出しているすばらしい仕事である
しかし、それが成り立っている基盤は、あまりにも脆弱である。

関税撤廃で輸入資材は、値下がりするだろうが…
結局は、地代と人件費は、東南アジアに太刀打ちできない
結局、日本の農業は壊滅するだろう
そして98.5%の人々は、東南アジアのコメや野菜を食べるハメになる
それでも金が稼げるから良いと想う人は、それで良いだろう
あくせくと金を稼ぎ、ふと気がついたら、帰るべき故郷は荒れはて
トムヤンクンスープを飲み、タイ米を食べ、杏仁豆腐をすする日々をおくるだろう

そして1.5%の人は、自給的農業の世界で、自家製味噌の味噌汁に炊きたてのご飯と美味しい漬け物をたらふく食べて、ゆたかにくらして行くだろう

そんなことを考えていると彼は
「宮城の農家で貰ったコメですが…」とコシヒカリを置いていった

北山バイパス

岩手県から手紙が来た。岩手県の方から歩いて来たのではない。
「岩手県庁」から来たのである
大体が行政から来る手紙というは、固定資産税の納付書か、国民年金、健康保険の納付書ぐらいのものだ

そういえは、年金請求書というのがきた
  そうか年金をもらえる歳なのか?
  でも25年も納めたかな?
  いや65歳からでは、ないのか?
  とりあえず出そうか?
「もらえる物なら、なんでも…」と言って、”犬の糞”など欲しくはないが…
”猫の糞”も、欲しくはない
蛇の糞”は、珍しいから貰っておこうか!

そんな事を思いながら封を開けた
「一般国道北山パイパス」の開通アンケート調査だ
もう一年経ったか?

トンネルが出来て、便利になった。4号線へはすぐだ。
中央病院へも信号無視をすれば、5分で行ける。
盛岡駅まで、15分だ。邪魔な車をどついて、横にどければ…
もう高速道路と一緒だ、邪魔なのは枯れ葉マークの車だ
 

そこでアンケートに満足と○を付けた

しかし、満足だけで良いのだろうか?
なんだか、このアンケートは胡散臭い。

道路が出来たから便利になった。
道路が出来て不便になる人も少数は、いるかも知れないが…
便利になって満足して、
「住民のために、今後ますます道路の整備を…」と言うところへ導こうとしているのではないか
この北山パイパスは、トンネルと含む1.4kmの道路である
松園方面から盛岡市内にはいるのに、上田方面と、三ツ割方面からはいるのと、二つの入り方がある。
この二つの道路が朝晩、慢性渋滞する、それを解消するために作られた道路である

松園ニュータウンは、昭和47〜8年から開発が始まったが…
当時30〜40代の人達が購入した。
働き盛りである多くの人が盛岡市内に通い、当然渋滞しただろう
しかし、今はもうほとんどが定年退職者であり、空き家も目立つ”ニュータウン(?)”である

当然、早期完工の予定だったのだろうが、地権者の反対や、地盤が軟らかくて土砂崩れが起きたりとして長引いたので
着工した時期の需要と、実際の需要とは、大きくかけ離れているだろうとおもう
まして計画した費用より、実際にかかった工事金額は莫大な金額になっただろう

将来予測が甘かった責任は?
工事が遅れた責任は?
金額が増えた責任は?
そして本当に、これは必要な道路だったのだろうか?
中途で止めるという決断は出来なかったのだろうか
そういう模索をしなかった責任は…
公共事業は、だれも責任を取らない

盛岡市は盛南開発に力を入れている
北側は寂れるばかりである。
そんなときに出来た道路である
満足だけで良いのか?

 

当初の需要予測との差
当初の金額との差
それを示して、この道路は必要だったのか?
利用する455号の近隣だけでなく、田野畑。岩泉・そして盛岡市民からも聞くべきであろう

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