ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

カテゴリーアーカイブ: 私たちの思い

思い出のメロディ(盛岡バージョン)

第42回思い出のメロディーが終わった。
二葉百合子の「岸壁の母」が古かったと思ったら
「銀座カンカン娘」が昭和24年で一番古いようである。
「岸壁の母」は、昭和47年という

確か引き揚げ船で息子が帰ってくるのを待つ母を唄ったモノだが…
あとから作ったものだったのだ

しかし、何か足りない。
そうなんです。
想い出のメロディということなのだから、やはり軍歌を入れないと…
小生が中学生時代、先輩を見送る予餞会で、たしか軍歌を元に寸劇をしたものだった
団塊の世代でもまだまだ、軍歌は歌い継がれていた
なんせ、隠れて行ったパチンコ屋は、軍艦マーチだった
当時、玉が1円で、それが1個2円になるとか…手打ちだったのが、自動になるとか…言っていたころの話である
親の仕送りでパチンコをやっていたので、大きな声では言えないが…

何の話だ?そうそう軍歌の話だ!

「軍歌は厭戦歌だった」という
そういえば勇ましいのは軍艦マーチぐらいで、後はもの悲しい雰囲気が漂う感じの唄が多い
たぶん兵士の間では、望郷の…家族を思う…替え歌があったのだろうと思うが…

資本主義大国のアメリカは、常に戦争をしております
スクラップ&ビルドが資本主義のシステムだから戦争とは切り離せません
そんなアメリカに追随している日本が、また巻き込まれないように…

「厭戦歌を聞きたい」

という多くの人々の要望にこたえて

魂の歌声・天使の歌声と言われる、岩大の日本兵のリサイタルを企画してみだ

日時:9月11日土曜日午後6時〜

場所:こびる食堂in八百よろず屋ちいさな野菜畑

会費:2000円(ワンドリンク付き)
   追加ドリンクは有料(ベアレン500円・陸羽132号もっきり300円。その他ノンアルコールは200円、
   また亭主に一杯呑ませる場合は。持ち込み可)

定員:30名(超えた場合は、立ち見有り)

申込締切:9月10日(定員不足の場合は、当日飛び入り可)

お願い:岩大の日本兵には出演料が払えません。
    もしお気に入りの場合は、お捻りの用意を…

内容:6:30〜一部 厭戦歌 7:30〜二部 昭和の唄

   本リサイタルは、うまくいけば全世界に生中継予定です。
   世界中の参加できない「岩大の日本兵」のファンの皆様、11日夜は、お茶の間で…

食文化と薪

「冬は寒い。夏は暑い」「当たり前だ」と言ったら
「南半球では、逆だ」と言われた(しゅん…)

この暑い夏に、寒い冬の用意をしなければならない
それが秋収穫用の種まきである。

先日、竜田揚げ丼を食べに来た「淳(女性)」は
「真室川では。春から冬の準備をするのです」と本を差し出した

  

良くできた本だ、一つの町の春夏秋冬の食文化が余すことなく書いてある
一つの町と言っても、合併して一つの町になったので、集落によって少しづつ違う
一つの町で、これだけの食文化になるのだから、岩手ならさぞ…と思ったが
そんな本は、無い。

東北の冬の寒さは厳しい。
その厳しい寒さを楽しむために春・夏・秋は、あるのだとつくづく思う

その厳しい寒さのための夏の仕事といえば、もう一つは薪づくりである
今年は、遅れている。
冬のストーブ用の薪を、今作らなければ乾かない

その薪を、いわて森林再生研究会の理事長と毎年二人で作っている
薪は、通常ナラとかクヌギの広葉樹なのだが…、当店は間伐材の杉を使っている

杉は熾き(おき)にならずに、すぎ燃える(親父ギャグ)
しかし、一番の利点は、すぎ乾燥する(再度、親父ぎゃぐ)

通常、薪づくりは、広葉樹を
 秋に切り倒して、山で乾燥させ、
 冬に雪を利用して山から降ろし、
 春に薪割りして
 夏から秋にかけて乾燥させ、
 冬に使う

ところがいわて森林再生研究会の間伐材を使っているために
春に切り倒したものを、夏に薪割りして積み上げ、冬に使う
いわて森林再生研究会は、森林ボランティアを育てる研究会である
春に募集して、一年の講習を行う、
きちんと山の道具を使いこなせるようになり
ひとりで山仕事ができるようになると評判で、募集するとすぐ定員になる

そのため、間伐した木は春に切り倒したものしか手に入らない
しかし、”すぎ乾燥する”から問題は無い
ところが薪割りの講習のせいだろうか?おもしろがってだろか?

非常に細かく、丹念に割ってくれる。(ありがたいことである)
しかし、これでは薪にならない。
なぜなら、めらめらと紙のように燃えて無くなるからである
 

そういうわけで理事長は再度玉切りして積み上げることになる

薪を割ることが目的の人と、薪を使うことが目的の人の違いである
世の中、そんなことが一杯ある

人生色々、会社も色々

ときおり時雨れる中、北上へ行った。
北上は、米の集荷やトウモロコシの集荷で、時々行くが、荷物があるので、いつも車だ。
今回は,酒を呑むので電車で行った。
北上は、第二の故郷である。仙台から北上へ小学校のとき転校し9年間を過ごした街である。
当時は人口3万人の何もない街だったが、今は盛岡に次ぐ岩手第二の街になった。
工場誘致で人口が増え、店が増え、住宅が増え。活気づいているが…
一昨年ののリーマンショックで、これからどうなるか…
そんな街の中学校や高校を卒業した。
その高校の還暦の同窓会が駅近くのホテルであった。
一学年310名の約80有余人が集まった

                 

  顔がわかるけど、名前が出てこない
名前は覚えているが、顔が全然変わった
名前も顔も、まるっきり知らない
まるっきり変わらないのもいる

42年ぶりに初めて…
20数年前に東京で会って以来
近くに住んでいるが、42年ぶり…
10年ほどまえに、なんかの会合で…
人生の途中で、すれ違った人達である

功成り名を遂げた人
「店を手放して、これから何を…」転職して悪戦苦闘している人
「来年から嘱託で…」と定年間近で、次のことを考えている人
「故郷には、もう戻れない」と東京から来た人
「孫のおもりで手一杯」と、年老いた女性が…
「子どもが手を離れたので、パートに…」と

人生色々である。生き方も色々、これからも色々

忍耐

せっかく書いたblogが消えた

なんと忍耐を強いるパソコンなのだろう

深夜図書館

夏祭りの時 

町内会長が言った。
「家の光協会だか、農文協だか…、日本の食事を書いた本が…。家内は全然読まないんだよ。あんたの所に持って行ったら良いかと思って…」
80歳を過ぎ、白髪のひょうひょうとした元高校教師である。
 

祭りが終わって、集荷で留守の間にもって来たのは

農文協の日本の食事全集49巻。

各県の地方の昔の食事をおばぁさんから聞きだし、書き留めた物である

これは財産である

一冊3000円近くするから、合計で15万になるだろう
とりあえず、せっせと本棚に詰め込んだが…
心配である。万引きが…
「ふるさとの家庭料理」も、だいぶ抜かれた。
本屋は。割に合わない商売である。
20%の粗利だから、1冊万引きされると、4冊売らないと元が取れない
(本当はネット利益を失うので、もっと多くの損害になるのだが…)

「これは、もらったのものだから…万引きされても良い」と言う物ではない
これだけ揃っているから、価値がある
各県の食文化を、比較できるのだから…
食文化とは、庶民が、その土地で生きていくための智慧の集大成である。
多様な価値観を生み出す源泉ではないか?と大げさに考えるのだが…(微笑)

 

以前「深夜図書館」というテーマの空想エッセーを読んだことがある
24時間、開いている図書館である。
宵っ張りの人も、朝が早い人も…利用でき。
そこでは薪ストーブの上にいつもお湯が沸いて、熱い珈琲がいつでも飲め、朝食には美味しいスープ、そして焼きたてのパンの香りが漂い
多くの人が持ち寄った本を並べ、ページをくる音だけが心地よく響く
そんな森の中の一軒家である

そんな空間を作りたい物だと思っているが…
そんな場所になってくれれば…

安心して、死ねる街を!

「子どもたちに故郷を」が松園夏祭りのテーマです

昭和47〜8年にできた松園ニュータウンは、高度経済成長期の街である
松林の山を切り崩して作った一戸建ての団地に、県営アパートが混じっている

以前は高校まで作る計画だったそうだが…
それまで持たないうちに、人口の減少が始まったようだ
ニュータウンの維持は難しい。
なんせ、コミュニティがないのだから…
ほとんどが外へ会社勤めで、定年になってから地元に慌ててコミュニティを作ろうと頑張っても…
せいぜい小学校や中学校のPTAで知り合った程度の、関係性でしかない
そんな子どもたちは、どんどん街を出て行く
そんな子どもたちに、故郷という感じを持たせようしても…
                

しかし、小生も一緒だ。小生にとって故郷とは、どこであろうか?
仙台で生まれて。北上で育ち。東京・高崎・大阪と転々とし、盛岡にたどり着いた

人生は、故郷を想うよりも。最後に、安心して眠れる場所を探す旅ではなかろうか?

そんな事を考えながら、周囲を見渡すと、人生最後の場所として
盛岡を選んだ人が。大勢いるようだ。
 

これからの街づくりは「安心して死ねる街を…」だ!

産直マニア

先日、某地方紙のコラムに,こんな文章が載っていた

産直は「新鮮で値段が安い」というのが最大の魅力
残っていたコメを買ったら、美味かった。こんな発見の楽しみ

等、書いてあって最後に
「中には、これはいかがなものかという産直もある。市場からの商品が並べられ、新鮮でない物が売られている。
生産者の思いが商品から伝わってくるから日々通うのである。お互いの信頼が産直を支えている」
と結んである

 

「生産者の思いが伝わってくる」と他者のことを言いながら「最大の魅力は、新鮮で安い」というモノをいうのは矛盾しているのでは無かろうか?
思いが伝わってこなくても、安ければ良いのか?と突っ込みを入れたいが…

まぁしかし、コラムを連載するような人だから、十分な知識を持っている人を選んでいるのだろが…
深い見識に欠けていると言わざるを得ない

岩手は、夏野菜の産地である。
7月の初めにこんな注文があった。

・ズッキーニ 50本程度
・キュウリ  200本程度
・トマト    200個程度
・にんじん  30本程度
・セロリ    30本程度
・ジャガイモ 100個程度
・姫タケノコ 300本程度
・ジャガイモ 100個程度
・枝豆(房から外したもの) 50袋程度
・トウモロコシ 100本程度(間に合わないですかね・・・)

こんな注文に対応できるのは、8月にならないと揃えられない
(もっともセロリは秋、姫タケノコは、終わっているが…)

岩手の夏野菜は、7月からぼちぼち出始め、9月には終了してしまう
つまり3ヶ月やそこらが旬なのである。

そこへ産直が、「新鮮で安いよ」と言ってあちこちで販売することで
街中の八百屋は、大打撃を受ける
地方経済が冷え込んでいるのに、一年の三分の一の売上が減少することによって、利幅の薄い八百屋は苦境に迫られる
それで困るのは、街中の生活弱者である。車を持っていない人、運転できない人、障害者、介護で遠くに出かけられない人
現に八百屋が何軒も店を閉め、卸売市場の売上が減少して、赤字補填を税金でしようとしている
ドイツでは生産商品の販売は、歩いて買い物に行ける範囲という法律があるという

そして旬が終われば、後は知らない。
野菜を有るときだけ売って無いときは売らないという、生鮮食品の供給に責任を持たないのが産直である
少し違うが、大型ショッピングセンターが売れなかったら、撤退すると言うのと一緒である
そこにある暮らしを、大事にしない

また鮮度をいうが、日本人は「もったいない」という精神が、あった、
それが賞味期限や過度の鮮度競争で食べられるものを捨てているのが現状である
産直は、内部で鮮度競争をしている。昨日出荷した物は、今日撤去するか値段を下げる
そこへ群がる業者がいる
 また「朝採り」と名前をつければ、消費者はダマされてすぐ飛びつく
葉物(ホウレン草や小松菜など)は。朝採るとカスを採っているのと一緒である
植物は、葉っぱで光合成して葉の中にブドウ糖をため込む、それを気温が低い夜に根におくり、根を伸ばし、茎を育てる
ようするに朝は、葉っぱの中の栄養素は減少している。
現実にホウレン草農家は、夕方収穫し、夜中に調整して予冷して、朝出荷をするのである
 朝採って良いのは、トウモロコシと枝豆である。
”トウモロコシは、6時間で糖度が半減する”といわれており、枝豆も栄養素が減少する
しかし、最近は糖度が下がらない品種開発がされており、そんなに朝採りで無くても良い品種ばかりである

そして「安い」である。
”良い物を安く”という金科玉条のごとく、言われ続けてきたが…
安いものを求めることで、人件費の安い中国や東南アジアに産業が逃げ、就職難になってきているのをどう思うのであろうか?
 農産物の場合は、原価が解らない。
種代と肥料代と機械の償却費、燃料代、それにかかった人件費(最低賃金)を入れたらほとんどが赤字である
そして何よりも太陽光や、水や、土が金に換算できない
そして気候によって生産量が変わってくる。
それを貨幣経済の「安い」という判断基準で選択することが正しいのか?

そして信頼は、直接販売しているから、出来るのであろうか
ただラベルを貼って商品を並べているだけで、信頼が出来るのであろうか?
商品を見ただけで、その人となりが判断できるのであろうか?
安心とは、人との関係性の中で出来るモノである
商品から出来るモノは、不安ではないだろうか?

 

当店は、そんな産直になりたくない。
それで八百よろず屋という新しいカテゴリーを作ったのである

農業は産業なのか?

変な天気だ。
雨が落ちてきて、風が吹いて、小康状態になったので岩手町に出かけた

空は、黒雲と驚くほど澄んだ青空と混在している

     

 

 

「24日25日の松園夏祭りにとうもろこし間に合うかな?」
「無理、無理、この前の雹の時に倒れたのが立ち上がったと思ったら、今日の風で逆に倒れました」
と田中清憲はきっぱりと否定した。どうやら、すごい風が吹いたらしい
 

 

千葉忠栄は、屋根に乗っていた。
屋根といってもビニールハウスの屋根である

家族総出で寒冷紗の掛け替えをしていた
「寒冷紗が飛ばされて、水菜がすっかりしおれてしまって出荷できません」

 と屋根の上から答えた

「大丈夫か?」
「冬場のアルバイトは、100mも高いところでの作業なのでこんなのは平気です」

下で寒冷紗を押さえていた奥さんは  

「今朝の風でトウモロコシが倒れて、雹ではそんなに被害はなかったが…今回は寒冷紗が飛ばされて…」
「隣のたばこの畑は、雹で全滅しました、下の鉄工所は、小屋の中まで水が流れてきて…道路が川のようでした。」
「私は盛岡の病院にいましたが…、帰ってきてびっくりしました。盛岡は暑かったのに…」
屋根の上の千葉忠栄にロープを投げながら
「四十肩で肩が上がらなくて…」「五十肩でないの?」「四十肩です!」と笑いながら…

お盆の小菊は、助かったらしいが、秋の彼岸の小菊がちょっとやられたらしい

     

農業に自然災害は、つきものです。
工業生産ならば、原因を追及して解決できるが
農業生産は、自然と折り合いをつけていかなければならない
はたして、農業は、産業なのか?

便利の裏に…

盛岡のヨン様の日記に書いてあった。

へ〜こんなのがあるんだ!

いつもは、だいたい決めているのだが…

今回は、小さなところが多くて…

どんな違いがあるのか、解らない

これは便利だ。

しかし、便利の裏には…何が潜んでいるのだろう?

*プログラムを仕組んでおけば…
*他の意図する新聞社がやれば…

考えすぎか?

結果は、きっこのブログのファンであることがわかった

いただきます

松園新聞の原稿を書いた

創刊号以来、毎月書いている
広告なのだが、コラム風にしている
従来の広告は、商品やイベントを知らせる広告が主流です
「意見広告」や「イメージ広告」もあるが…
当店のは、「情報広告」「姿勢広告」とも言うべき物である
農業情報や当店の姿勢を表現した広告にしている
どれだけの効果があるかは、解らない。
しかし、商売というのは信頼を売ると言う事だと思う

ある人が「良い物を安くと、あちこちを探していたが…、もっと良い物、もっと安い物が出てくる」
「これからは、好きな店で買う、そうすれば納得する」と言っていた

そういうことだろう。
好きな店になるためには、当店の姿勢や、情報を流すことが最大の広告ではないだろうか
 

7月号の原稿

「いただきます」

お客様が言っておりました。
「今年の天気は、昭和50年代の冷害のあった年の気候に似ている。
6月が暑くて7月は梅雨が長引き、梅雨が明けなかった。出産した年だから、鮮明に記憶が残っている」
稲作にとって、一番肝心なのは、7月後半の温度と89月の積算温度です。
7月後半にいつも低温が来ますが、その低温が稲穂の形成期にあたると、障害不稔という、稔らない穂が生まれます。
また穂が出ても、その中に十分にデンプンを溜めるための温度が積算温度です。この積算温度が足りないと、ちいさなお米しか実りません。
今年は45月の低温を、6月になんとか回復したような感じですが。そういうわけで、まだまだ油断は出来ません。
冷害は、起きて欲しくありませんが、農作物は自然の恵みで、工業製品のように生産を人為的にコントロール出来ません。
「海外から輸入すれば…」という人もありますが、グローバルな天候不順で自国の民を犠牲にしてまで輸出する国があるかどうか…
冷害の度に「農業の大切さ」が叫ばれますが、翌年豊作になるとケロッと忘れるのが日本人です。
食事の度に「いただきます」というのは、作ってくれた人だけでなく、自然の恵みに感謝を忘れないためでは、ないかと思います。

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