ちいさな野菜畑

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カテゴリーアーカイブ: 私たちの思い

南部藩騒動パート2

「おっさん!川に近づけば見られるっと、いうもんじゃながんすよ。
鮭見は、橋の上からのぞき込むのが正式な作法でがんす!」
と声をかけたくなる天気の良い昼下がり、市役所の説明会に出かけた
中津川に鮭が上ってくる時期に、起きた桜山問題の説明会である

だいたい役所というのは苦手だ。
税金の申告書を届ける時と、印鑑証明が必要なときしか、行かない、行きたくない。
あのきまじめな、よそよそしい雰囲気が好きでない
と言って、女子職員が
「あら〜、いらっしゃいスーさん」などと言ってシナを作ってきたら困るが…

8階の説明会場は、満杯だった。時間になってもドンドン人が集まってくる
6〜70人が入る会場に、倍ぐらい入っただろうか?
それでも役所は仕切りを広げ、椅子をおき座らせた
すばらしい対応です。
全ての問題に、こういう素早い的確な対応が役所には望まれます!ニジュウマル!

会場には何故かマスコミが充満しておりました

こういう構図は、マスコミも取り上げやすいのでしょうね
 対立する行政と住民!
 口角泡を飛ばして詰め寄る住民!
 あわてふためき泣き叫ぶ住民!

その住民の代表みたいに、小生がどアップで写されたと、4〜5人から言われた
つけまつげも、アイシャドウもしてないのに…
スッピンが、ばれてしまうじゃないか?
某国営放送に肖像権の侵害だ!と訴えなければ…
「肖像権があるほどの、顔じゃない」と小沢一郎みたいに門前払いで却下されてしまうが…
小沢一郎と同様、顔の悪いのは損をする(泣)

説明会が始まった。
役所らしく、渡した資料を慎重に言質を取られないように読んでいる
そばでニコニコ?ニヤニヤ?笑っている上司がいた
どうやら、これが問題か?

説明会は紛糾した
こちらから見ていると、一方的に攻撃しているようにみえる(マスコミが狙っている構図だ)
前に座っている職員は、うなだれて黙って聞いている
腹の中は何を考えているかわからない

 こういう公務員の態度がきらいだ。
 「上司が何を言っても、私は反対だ!」
 と言うような公務員はいないのか?
 職をなげうって、住民のことを思う職員が…
 いないだろうな。給料が高いから
 やめても民間じゃ使い物にならんだろ

しかし、上司だろうと思う人だけが一方的に答弁する
 その答弁が、絶妙である。
 回答になっていない返事をする 
 う〜ん!上手い。敵ながらあっぱれ!
 あとでテープ起こしをすれば、答えはどこにあるのか探さなければならない

とりあえず弁当の配達が迫っていたので退席したが…

上司のあの余裕のあるにやにやIが気になる
どこに”彼のより所”があるのであろう
お役所仕事だから、法律的には完璧なのだろう
文化庁の予算も取れることが分かっている
それに有識者という学者に文化的裏付けを取っているのだろう
しかし、それだけか?
なにか不気味だ。

町内会にも、市議会にも、話が無くて急に出てきた話、
いや彼らにとっては、市長が替わってから着々と進めてきた仕事なのだろう
その準備が万全なだけに、この程度の反対は想定内であろう

岩手公園の名称を盛岡城趾公園に変えたり
公園を覆うヒマラヤシーダー杉を伐採したり
これは一連の仕事の流れだったのだろう。
後は「市民のガス抜き」だけ?
そんな気がしてならない

多分、彼らの仕事は、時代認識が違っているのだろう?
法律を作ってから動く彼らの仕事は、先を行く時代に着いていかない。

「三丁目の夕日」という映画に代表されるように、今、時代は昭和を求めている
高度成長期からバブルと続き、リーマンショックで、「ちょっとおかしいぞ?」と皆が気づき始めた今の時代
拡大していく経済ではなく、住民がコミュニティを大事にしていた時代。
一人一人が、地域のみんなに見守られていた時代。
それに気がついた若者が、大勢集まって来ている。
そんな時代の象徴が、”さくらやま”なのだ。


 

南部藩騒動

桜山が燃えている
別に山火事ではない

桜山神社である。
桜山神社が燃えているのではない

南部藩の守り神「桜山神社」周辺の飲み屋街をめぐる騒動である

「さくらやまさん」と親しみをもって呼ばれる桜山神社の周辺に、戦後出来たバラックの飲食街を再整備しようと市役所が画策しているのである
たしかに雑然とした、雑踏である。統一感などなにもない。
しかし、雑然とした統一感がある。(?)
レトロなどという人もいるが、まぁ〜懐かしい賑わいである
お好み焼き屋があり、蕎麦屋・ラーメンや、じゃじゃ麺や、居酒屋、小料理屋、様々な人が様々な物を提供している
そこへ、多くの人が集まってくる、
ここを”きれいに揃った街並み”にしようという計画である
「雑然」を「綺麗」に変えようという計画である

個人の性格で二種類にわかれるという
洗濯型と整理型
綺麗だけど、どこに何があるかわからない
汚いけど、どこに何があるかわかっている
どちらかといえば、小生は整理型である
 

街の性格も二つに分かれるのかも知れない
綺麗だけど、よそよそしい
雑然として、親しみがある
桜山は、後者である

行政は、お客をよぶのに綺麗を選択した
しかし、お客は綺麗を見に来るだろうか?
綺麗なところは、いくらでもある
綺麗にしようと思えば、いくらでもできる
しかし雑然とした賑わいは、作る物ではなく、できあがる物である

できあがった物を壊すのは、予算があるからである
予算が無かったら、手を付けようとはしない。

要するにこれは自民党政治の最後のあがきなのだろうと思う
「公共事業によって経済を活性化させる」という自民党政治である
戦後から計画があったというが、計画を作っておいて予算がでてきたから、
「やってしまえ」
ということなのだろう

税収のないこの時代に、今不必要なこの計画をすすめる必然性はまるっきりない
これで観光振興とか環境整備だとかとってつけたような理由をつけて、自分たちの仕事を作る
これも予算があるからである。
民主党政権になって、予算を見直しても官僚が自分たちの仕事を作るために予算のぶんどり合戦をしているのだから
余剰資金が出てくる訳はない
官僚の仕事のために予算はある
住民とか街づくりとか、そんなことは関係ない
自分たちの仕事なのだから…

そういう予算の仕組みと
街づくりのグランドデザインが無いから、こんな問題が起きるのであろう

ここを毎日のように利用している県庁職員や市役所職員は、どう思っているのだろう
表だってアンケートを採ったら、曖昧な結果しか出てこないだろうが
裏で氏名の公表などないというアンケートを採れば、多くの職員が反対にまわる
結局、公務員の仕事とはなにか?
住民をないがしろにして、自分の仕事をつくると言う事に気づくのでは無かろうか?

行政はサービス産業と言いながら、自分たちの仕事を作っているだけなのである
それに気づく公務員が大勢いることを望むしか、この計画を阻止するほかない

そして、財源が無いと騒ぐなか、こんな予算が本当に必要なのか?
レンホウ大臣に、仕分けしてもらわないと…

安心・安全

いわて森林再生研究会のS理事長が、薪を運んでくれた

冬の準備が、遅れている
薪を大量に作らないと行けないのだが…
なんせ杉の間伐材なので、余りにも早い時期から乾燥させると
紙のように、ペラペラ燃えてしまう
と言って生木に近い乾燥状態だとを、火が消えてしまう
普通は、広葉樹(ナラやクヌギなど)を薪にするのだが…

以前、ある農家が
「いい薪だ!」と積んだナラ薪を自慢していた

そしてある農家は、
「こんなんじゃ、みっともない」と言う

積んだ薪は、農家にとって家の一部分なのだろう


しかし積み上げた薪をみると、ホッとする
”これで今年の冬も安心だ”と…
石油タンクを満杯にしても、この安心感は得られない
安心感というのは、体感なのだろう
目で見て、手で触って、感じることなのだろう
よく「食の安心・安全」と標語のように言われる
安心は、人と人との関係性でしか生まれない。

そろそろ黄とうがらしを、乾燥させて…
冬の準備をしなければ…

お手並み拝見

大迫の鎌田千香子から葡萄が出てきた

大迫の葡萄は。いつも花巻の大型産直「だぁすこ」に出すのだが…
今「だぁすこ」は。あふれかえっているらしい
大型産直は、多くの客が集まってくる。
しかし、それだけ生産者が多い。
そんな中、顔の見える関係が作れるはずがないのだが…
大型産直の店舗の人は
「消費者は、名前を指名して買うのだから、きちんとした商品を…」と生産者に言う

だいたい生産者の氏名なんか、覚えているはずがないし、覚えていたとしても探すテマヒマを考えたら
そんなことは、やってられない

ここ2〜3年前から、大型産直は「消費者のため」と言って品種別に商品を並べ始めた
以前は。生産者個人のスペースだったのだが…
結局「空きスペースを有効利用するためでしかない」
大型スーパーの「坪効率をあげる=一坪あたりの売上の効率化」である

だんだんスーパーと一緒になってきた。陰では
「スーパーに勝て、駆逐しろ」と言っているらしいが…
規模拡大すると、所詮資本力の勝負になってしまう
その土俵に上がろうとしているのだろうが…
大型産直は、ほとんどが農協の系列である
販売力の無さを、産直の売上でカバーしようと想っているのだろうが、所詮素人の商法である
今現在、伸び悩んでいる

当たり前である
一人が食べる量は胃袋に入る量しか売れない
10万人の街だったら、10万個の胃袋に入る量しか売れないのである
スーパーは、どんどん他の街へ出店をしながら売上を伸ばす
イオンなどは、不動産賃貸業である。出店して貸店舗の賃料で収入を伸ばす
売上の上がらない店舗は、すぐ交代させられる

単に食品を売る場合、そんな新商品を出しても胃袋の量しか売れないから、別の商品が売れない
結局、売れる量は限られてくるのである
そんなところへ、「東北最大の産直を目指す」という農協系の産直が、盛岡の南にオープンした
お手並み拝見である

これからの食品小売業は、地域に根ざし、地域に無くてはならない店でないと生き残れないと思うのだが…

宴の後

B級グルメinきたかみ2日目
1日中、無心にお握りを焼く。
200個のお握りを焼くのに6個入れのフライパンで焼く
最初は4個で焼いていたが、それでは50回焼かないといけない
一回10分だとすると500分÷60分=10時間である
(計算が違うという人がいるが…
人間だから途中、トイレ、昼めし、煙草、息抜き、散歩、娯楽、昼寝時間も必要だ)

1日やっても追いつかない
6個焼いて短縮と言っても7時間はかかる
必死に、ときどき息抜きで、なんとか夕方4時前に焼き上がった
焼き上がったら客は少なかった
残った2個パックを10パックぐらいを大廉売

ふと、まわりを見渡すと…

宴の後だった。

「チケットが2万枚売れた」という
2万枚×1000円=20000000円である
大成功といえるだろう
北上の周辺部からも一杯来ていたようだ
そういえば盛岡の人も…江刺の人も…東和の人も…
 

多分二匹目のドジョウを狙って来年もやるだろう
来年はもっとしっかりした準備を…と思ったが…

しょせん「食」のイベントである…
確か当初は「食と農の地域づくり」がテーマだと聞いていたが…
いつの間に「農」が無くなったのか、見えてこない
そのへんが来年の大きな問題だと想うが…
若手経営者があつまる青年会議所で、そのへんが出来るのか?
おおきな課題である

帰りの国道は、おぼろ月が

 

 


 

死にそうだ

「お爺さんが…”死にそうだ”と言っている」と魔子様が言う
いつものFさんだ
胡瓜の辛子漬けが好きで、それを食べながらご飯を食べる
それがないとご飯が食べられないと言う
それも”和田三男の辛子漬け”でないといけない
一年中、三パック五パックと買い求めるが…
足がないので。娘さんが買いに来る
ところが娘さんも働いているので、その間は配達することになる
三パックもっていくと
「ありがと、ありがと、釣りは良いから」と言って
「コレがないと…」と言って何度もお礼を繰り返す

 

呼び鈴を押して、無施錠のドアを開ける
玄関の正面の廊下の奥から、歩行器に伝わってお婆さんがゆっくりと向かってくる
「これが食べたくて…。コレさえあればご飯はいらない」
道くさの嶧の小麦団子だ。
歩行器の台に小麦団子と野菜をのせて…
「配達してくれるなんて、知らなかった。これからも頼みます」
と何度も頭を下げる

 

県営アパートの三階にあがる
お婆さんに野菜を渡す
「少なくて申し訳ありません」と言って
紙に包んだ

くれた

 

ブザーをならすと「どなた様ですか?」と聞く
名乗ると、しばらく立ってから、ようやく引き戸が開く
でてきた車いすの人は、「暑いところをすいません」と言って

いつもくれる
ケースで買って冷やしてあるのだろうか?
週に三回も四回も配達する

 

生活弱者と呼ばれる人が、ニュータウンや街中に大勢いる
どこにも出かけられない人が…
ドイツでは、新規の生鮮品を扱う店は歩いて行ける範囲でしか認可されないと聞いた

今朝の地元紙は、産直のフルーツ祭りの特集をしていた。
その実行委員長は、「産直は食や命の再認識の場」という
そこまで行けない人も大勢いる

哲学の森

内山節と出会ったのは、いつだろう
そういえば今年のように暑かった平成6年の暮れだったかも知れない
場所は八戸。農山漁村文化協会の中期講習だった。
農文協が、東北の農家を集めて行っているセミナーであった。

「本格的な農業を勉強したいのですが.」と岩大の農業経済の先生に言って紹介されたのがこのセミナーである
当時農業生産法人を辞めて、直売所を設立しようと考えていた時期である
まだ具体的な行動はおこしていない失業同然の時だった

集まった2〜30名の農家から白い眼で見られたような気がする
当然だ
眼光鋭い大男が、ボロボロの車に乗ってやってきた(当時の車もボロボロだった、弊衣破帽号は、3台目である)
なにも言わずに黙って座っている
(当たり前だ、しゃべっていることがチンプンカンプンだった。今にして思えば、使用価値とか交換価値とかを語っていたような気がする)
ただただ車と一緒で、ぼろが出ないように黙って座っているだけである
翌年の再会を約して解散したが、帰りの車は、ホッとした気分だったのを思い出す

翌年はは仙台で行われた。しかし叉も、良く理解できず、ただただ座っていたような.
鮮明に覚えているのは、三年目の仙台の青少年会館のことだった。
とりあえず中身は覚えていないが、別に質問をしている訳ではないのに、抱えて来た問題に「脳みそに、スーッと染み渡る答え」が出てきたのである
あのときの感動というのは、言葉で表せないほどの驚きだった
そして参加する度に、質問をしていないのに答えが出てくる状態が続く
それから、内山節に、はまった。

農文協の中期講習は、「東北農家の二月セミナー」と名前を変え、農家の自主組織として未だに続いている
東北農家と名前を付けているが、京都・長野・静岡・新潟・東京と農家以外の人も集まる30人規模のセミナーとなって、毎回参加人数の調整に苦慮している状態である.

「是非、岩手の人にもコレを聞かせたい」と思い。岩泉の”哲学の広場”を経て、「哲学の森」と名付けた講座が、岩大演習林で5年目を迎える

ある人曰く「日本で、哲学者という肩書きだけで食える、唯一の人」と彼を評する

庄内のふたり

庄内に行ったときに、初日でデジカメの電池が切れた
二日目は、携帯カメラで20枚近く撮ったが.この写真がパソコンに読み込めない
しかたなく、Eメールに添付して、一つ一つ送信した。
”操作に習熟しないと、時間ばかりかかる。”と言って、取説を読もうともしない
たぶんこういう事が、老いのなせる技なのだろう

しかし、科学技術の進歩について行けないことは、悪いことなのだろうか?
不便だけど、昔よりは、ましだ。
追いかけて行くよりも、これで良いのだ。という心の余裕(あきらめ)が必要な気もするが.
追いかけて追いかけて疲れ果て、結果、なにも残っていないという事になりはしないか?

そんなことを思いながら写真を眺めていた

庄内では、同世代の2人にあった菅原進と志籐正一である

田んぼに立つ菅原進

奥さんと志籐正一    

 

菅原進は、疎植に取り組んで30年、それ以上にグループを作ってイナ作の記録をつけて40年という
また志籐正一は、庄内共同ファームをつくって米の販売に取り組み、農家で初めて農産加工(餅加工)に取り組んで30年。

2人とも長い年月をかけて地に足を付けて生きてきた人達である
彼らは、その年月のあいだ、生産量は拡大していない
ただ有機栽培を始め質の変化はあっただろうし、それによる価格の変化もあっただろうと思う
それにしても、売上という数字では、増大と言うか、進歩というか、発展拡大はしていない

よく言うが、一反歩あたりの収量は最高24俵採れると言う
ただ24俵採ってしまったら、翌年の収穫は皆無になる。
24俵に、長年かけて作ってきた地力(腐植)が吸い上げられてしまうからである
食べ物は、今年豊作だからたらふく食べて、翌年は不作だから、食べなくて良い、と言う事にならない
拡大増大しないで、どんな天気でも毎年同じ量を収穫することが最高の技なのである

これは農林水産業の第一次産業に共通して言えることではないか?
どんなに科学技術が進歩発展しても、一反歩に降り注ぐ太陽エネルギーは増大しないのだから

虫見板

宇根豊さんが、やって来た。
宇根さんは、元福岡県の農業改良普及員で、虫見板を作った人だ
 虫見板とは、農薬を振るか?振らないか?を判断するのに、黒い板に稲を揺すって、落ちた虫を数える、
 その落ちた虫の種類や数で、農薬を振るか振らないか?量をどうするか?判断材料とする

農薬には三種類ある。除草剤・殺菌剤・殺虫剤である
除草剤は雑草を駆除し、肥料効果を高める、
殺菌剤は、いもち菌など目に見えない菌を駆除する
この二つは、ある程度、人力や栽培方法でクリアーすることができるが
害虫だけは、なかなかクリアーできない
農家は、手で駆除するといっても取り切れない。
害虫と共存して我慢するか?

農薬は、防除暦と言って県や農協の指導に従って、散布する
殺虫財散布は、害虫がいるか?いないかは関係無いのである。要するに予防なのだ
それを、しっかりと害虫をみて、農薬を振ろうと言うが宇根さんの虫見板である

日本は農薬の使用量が世界で一番という
害虫がいないのに、農薬を散布したり
益虫ばかりなのに、農薬を散布したり
無駄な農薬をじゃんじゃん振る。日本人の潔癖性のあらわれか?

それを、田んぼの状況を見てふることにより、農薬の使用量を減らすことを可能にした
虫見板の減農薬栽培である
有機栽培が、無農薬・無化学肥料なのに対し、減農薬栽培は栽培技術としては一段低くみられるが
国全体としては、農家が取り組みやすく、全体の使用量が減らせることができる
有機栽培をする農家が、高温多湿の日本では、なかなか増えていかないが、減農薬栽培は現実的に農薬を減らせる

なるほどそんな考え方もあるなぁ〜と思ったのが15〜6年前である
宇根さんは県職員を辞めて、「農と自然の研究所」を開き10年目の今年、研究所を閉じた、

「使命を終えた」という理由で.

そんな宇根さん夫妻を有機農業研究会が呼んで(お金がないので県の主催となったが.)
講演会を開き、当店で夕食の歓迎会を開いたのである

宇根さんは「蚊がいない。九州なら外でこんなことをしたら蚊に囲まれてしまう、まるでヨーロッパのようだ」という

しかし、あちこちでアルコールの匂いをかぎつけたのか、腕を.足をはたく人が.

ウッドデッキ用の虫見板を作らなければ.

帰り際「美味しい酒だった」というので「陸羽132号」をプレゼントしたら

本をくれた

季節の変わり目

昼過ぎに、急激に温度が下がったような.
「あぁ季節の変わり目だ」と感じた

8月も”お盆を過ぎれば秋だ。”と、この付近ではいうが.
なかなか秋がこない、
それでも幾分か朝晩は過ごしやすい温度になり、風があれば裸では寒いときも時々ある
しかし、日中は暑い
そんな日中に、”ふっ”と暑さを感じない、まさに季節の変わり目である。

こんな感じは、60歳近くになって初めてだ

トマトは花が落ち、これから高くなる
茄子は、水分不足でかすかす。
今年のトウモロコシは、つくるのに苦労している
そして米は、高温障害で一等米比率が相当さがるだろう

そんな話があちこちで聞こえてくる
今年の夏が、異常なのか
これからも、こういう夏が続くのか
新聞には「温暖化」ではなく「高温化」という文字が.

ひょっとして何万年という地球の歴史の中の、1サイクルなのか?

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