ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

カテゴリーアーカイブ: 私たちの思い

起きられない

朝起きられない。目覚めて朝食を作るのが精一杯である

というのは、夜に面白すぎる番組が多い。

テレビではない。ユーチューブやニコニコ。ustream等々の動画である

マスコミが機能しないから、動画を見るハメになるのだが…

http://www.ustream.tv/recorded/14906087

これは永久保存版の動画ではないか?

しかし、これも、今朝の新聞には一行も載っていない。

いかにマスコミにだまされていたのか?

だから夜の動画は、やめられない。おかげで酒もすすむ

食べられない

いよいよ体重が、手術前より20kgも減った。
昨晩、計量したら72.4kgだった。手術前は、93kgほどしかなかったのに…
しかし、ダイエットにもってこいである。”食道癌”は…。多くの人に勧めたい
今まで、「計るだけダイエット」「痩せたいなら食べなさい」「デブは醜い」「大きければ良いのか」等々、様々なダイエットに挑戦してきたが…
こんなに効果があるダイエットは無かった。

しかし、手術直後は、こんなんでは無かった。
少量とは言え、毎日少しづつ食べることが出来た
ところがここ二〜三週間前から、食道がふさがったようにピタァッと食べ物のみならず飲物も入らないのである
その期間が二日続いたり、一日半続いたり、不定期なのだが
その時は、水を飲んでもゼリーを呑んでも、まして酒をおちょこ一杯呑んでも、呑んだ以上に吐き出すのである。
吐き出したのは呑んだものであるが、それ以上に出てくるのは胃液ではない。
どうやら唾液のような気がする泡状の物である
何も入らないが、水分だけは取りたいので、口をゆすぐ少し喉に注ぎ込む、しかし、それも吐き出す。
それがしかし、さかのぼって出てくるから、一日吐き通しである。

椅子に座っていても…本を読んででも…、人と話をしていても…作業をしていても…運転していても…
しょっちゅう、トイレや流しに駆け込まないと行けない

そしてある時「ポカァッ」と食道が開くのである。天の岩戸が開くように…
それは突然で、音は出ない
感覚として「アッ!開いた」と分かるのである

慌ててその辺にある流動食を詰め込む
いつも手元に置いてあるのはチューブで呑むゼリー状の「一日で採れるビタミン」「ビタミンC」「朝バナナ」「エネルギー補給」
そして高カロリーの「割れせんべい」を粉にして食べ、「いろはす」「岩手山の水」で流し込む

ようするに、そんなもんである。あっという間に半日程度で、胃袋が一杯になる
「一杯になった感じが、ある程度するなぁ〜」と感じたときがアウト。
それ以降一切、喉を通らない

多分一日絶食状態の時は、0キロカロリー。
食べ物が入ったときは、1000キロカロリー
ならせば500キロかロリー/日ぐらいしか腹に入っていかない!

計算してみたら一日250gづつ、体重が落ちている。4日で1kgである。
こういう落ち方は、急激なのか?緩慢なのか?

学生時代は、素麺を食べながらラグビーをしていた
インスタントラーメンは,高価な食べ物だった
電気ポットで素麺を茹で、醤油をぶっかけて食べたものだ

おかげで181cm70kg。そんな身体に近づいた

週末の過ごし方

5月14日15日の週末は、イベントだらけである
岩手もようやく春本番となり、穏やかな春の日だまりに”外に出かけよう”と言う気になるのだろう
天気もまずまずだから、スニーカーを履いて出かけよう

まず14日土曜日の午前中は「モリブロ」である。
モリブロのなんたるかを知らない。しかし、とりあえず動いてみよう

              

盛岡の市内で30カ所で様々なイベントを開催しているようだが…
冷やかしながら、あちこちを覗いてみようと思っている。

昼飯は「八百よろず屋 ちいさな野菜畑」で旬の山菜天ぷら定食をたらふく食べて、
厨川の東北農研センターへ向かおう

なんと黄色が一杯

岩手山を背景に、黄色を堪能してから、
また桜山に戻る。

夕方。公会堂では
アン・サリーのコンサートが…

終わったら桜山の…
みかんやで…Massで…SUNで…
呑んだくれて飯を食い、そのままなりゆきで…

 

15日は、すがすがしく…県立美術館へ

         

少しだけ良い気分で…また桜山にもどろう
芳本酒店で缶ビールを片手に、七頭舞で溢れる桜山に…

そろそろ春か〜

夜桜を見に行った。
石割桜は、数人の若者がカメラを構えていた

”少ない”
夜でも群がるようにいた客が…

昼の石割桜も少ない。
警備の人が着いていつも叫んでいたのに
「立ち止まらないでください・立ち止まらないで‥」

岩手公園は、もう一つ少ない。
花見の客でブルーシートの青色が地面を埋めていたのに

震災のせいだろうか?
自粛ムードに流されたからだろうか?

しかし、元に戻っても、なんとなく空しい気分は残るだろう
多分、この雰囲気がこれからも続く、
と言うより、これがいつもの事になるのだろう

しばらくblogを書かなかった。
なんとなく書く気がしない。
49日も過ぎたし…
そろそろと想いながらも、なかなか書き出せないでいた

桜も咲いたし、ぼちぼちと書き始めようか!

追悼の呼びかけ

 

      東日本大震災で亡くなった人々を、みんなで供養しよう

   ―亡くなられた方々の冥福を祈る日をみんなでつくりだすことを呼びかけますー

                          最初の呼びかけ人・内山 節

 

 

   日時  2011年(平成23年)4月24日日曜日

 

この日にそれぞれの場所、それぞれの方法で亡くなられた方々への冥福を祈りまし

ょう。また12時正午にはみんなで祈りを捧げたいと思います。

 

   方法  ご自身の信仰をおもちの方はその方法で、また他の方々はそれぞれが思い

ついた方法で。被災地の方角を向いて手を合わせる、仏壇などをおもちの

方はお線香を上げる、近くのお寺、神社、教会などに集まり祈りを捧げる、

ご自宅に思い思いのデザインの半旗を掲げる、追悼の集まり、コンサート

などを開く、・・・・方法は自分がよいと思う方法で、自分のできる方法で。

国葬のような儀式にするのではなく、全国津々浦々でみんなが送る日にし

たいと思います

 

 

 東日本大震災は私たちのなかに驚き、恐怖、悲しみとともに、自分自身もまた「支え合う社会の一員でいたい」という強い意志をも生みだしました。皆様もそれぞれの場所、それぞれの方法で、直接、間接的な被災者への支援の活動をおこなわれていることと思います。私たちの役割はこれからも持続的な支援活動を続けながら、被災地の復旧、復興に協力していくともに、この直接、間接的な活動をとおして社会とは何か、社会はどうあるべきか、暮らしや労働をどう変えていったらよいのかなどを捉え直し、日本の社会を再生させていくことだろうと思います。

 その意志を示し、未来への歩みをすすめるために、みんなで東日本大震災で亡くなった方々を供養する日を設定することを呼びかけます。

 古来から日本の社会には、災害や「戦」などの後に亡くなられたすべての方々の冥福を祈り、死者供養をする伝統がありました。「戦」の後には敵味方を区別せず供養しました。またそのときには人間だけではなく、巻き込まれて命を落としたすべての生き物たちの冥福を祈りました。さらに災害の後には、大地が鎮まることをもみんなで祈りました。そうすることによって、悲劇に巻き込まれていった生命への思いを共有し、ひとつの区切りをつけ、次の歩みに向かう入り口をつくりだしてきました。

 この度の大災害で亡くなられた方々に対してはすでにご遺族の方々などの手によって、精一杯の供養がおこなわれたことだろうと思います。しかしその一方でご家族が全員亡くなられるなどして、誰にも送ってもらうことができないでいる人たちもおられると思います。そのような方々に対してはもちろんのこと、すでにご遺族の方々なとによって供養された人たちに対しても、みんなで追悼、供養してあげようではありませんか。そうすることによって、これからの私たちの決意をも示したいと思います。

 この案内を受けられた方は、ご友人、お知り合いなどに転送し、この呼びかけを伝えてはいただけないでしょうか。またホームページ、さまざまなSNSなどでも呼びかけ合うとともに、供養の方法を提案していただければ幸いです。お寺、神社、教会などにも呼びかけ、私たちはこの災害とともにこれから生きていくことを確認したいと思っています。

 亡くなられた方々を十分に追悼することなく、未来を語ることに私はためらいを感じます。
ここからはじめませんか。

農業とビジネス パート1

「農業ビジネス」という本を、本屋でみた。
手に取る気もしない
農業は、ビジネスにならないからだ。

小生が分けて考えているのだが…
「商売」と「ビジネス」は違う。
同じ利益の追求ではあるが、ビジネスは個人的感情が入らず、契約の世界で利益を求める。
商売は、関係性の中でのモノのやりとりであり、結果として利益を得る
農業は、商売として関係性の世界をつくる商材となるが、ビジネスの商材にはなりようがない

利益を求めるものと、結果として利益を得るものと…
欧米の「ビジネス=商売」と訳したのだろうが、「みずから(自ら)」と「おのずから(自ずから)」の違いだろう

モノのやりとりの違いだけだが…

その農業生産と工業生産のモノが違う。
工業生産は、様々な問題があれ、人間の努力で解決することができる
農業生産は、多くは天候の問題であり、人間の努力が反映されない
つまり作るのでなく、できるのである

モノが売れれば工業製品は量産する。
量産が出来なければ、希少価値で高値で販売する

ところが農業生産は、売れたと言っても量産はできない
一反歩の生産量は、太陽光が降り注ぐだけである。
量産できなければ希少価値で高価で取引されるか?と言ったら、
別に食べる必然性がないから、高値はつかないし、着いたとしても腐るから値段を安くなる
食べ物は必要だが、食べなくてはならないモノはないのである

「注文にあわせて量産をする」と言う事は農業では不可能であると言える
一反歩(300坪)の農地で作られるのは、倍々ゲームで量産できないのである
1トン採れたから、翌年は2トン、そしてその次は3トン、てな具合にいかない
ところが企業は、売れたら増産しなければ、ビジネスチャンスを逃す。。
一反歩で量産できないと、今度は面積を広げる。計算では倍にすれば倍採れる
しかし、これに天候が加わる。天気が悪ければ、生産量は確保できない
だから農業に立脚した商売は、拡大しない。

効率が悪いのである
大規模農業で効率生産でコスト競争力を…という絵空事を言う人が多いが…
欧米でも大規模農業は補助金を貰わないとやっていけない。

モヤァッ

口が渇く、と言うのだろうか
喉が渇く、と言うのだろうか

この渇きは、冷たいわき水に口をつけ、唇からしたたり落ちるほど飲んでも…
もっきりで冷酒を枡から、こぼれるほど呑んでも、止まらないだろう
いや酒を呑んだら…酔いで止まらなくても、忘れられるか?

頭の前頭葉の部分が、モヤァッと重いのである。
「モヤァッ」と言う表現が、なかなか難しい。
”頭が垂れ下がる”ほど、でもないが…
”意識が垂れ下がる”と言っても良いが…
すっきりと霧が晴れない「庭」というのか
見えているモノが見えない。ハッキリしない。
先が見えない世の中とは、このようなモノか?

集中力が無くなる。
考えが、まとまらなくなる
書いた文章も脈絡がない
集中できていない。
アイディアがわかない

blogを書けない
twitterを書けない
集中力がないから、ニュースも見ていられない

多分一本呑んでも、劇的な変化は現れない
今までの歴史から(?)続けて…何本も呑まないと…
と思いながら、煙草を…煙草を…一本だけ…
くれないなら、その辺の物や人をたたき壊すぞ!
そんな感じだ。

こんな苦しい思いをするのなら、煙草は止めよう
おぉ〜いっ!タスポがないがぁ…。マイルドセブンを…一箱、買ってきてくれ!

煙草ではない。禁煙を止めよう

と想うのだが…

平成の開国

施政方針演説のニュースをみた
やはりこの人は、器ではないのだろう
ぎゃんぎゃん攻める人なのだろう

どこへ行くのだろう日本は。
たぶん相当暮らしにくくなるのではないか?

そんな想いで、TPPの話を聞いた。
しかし、議論が盛んだが、その本質が語られることがない
マスゴミも雰囲気で流れているような気がするが…

中野剛志のトロイの木馬を読んだ

TPPで日本農業は滅びる。しかし、農家は滅びない
自分で食べる分だけ作って行けば良いのだから
困るのは都市住民である。
農家とつながりのない人である。

困らないか?中国産が一杯あるから…

いや中国も、大豆も玉蜀黍も輸入禁止に…
オーストラリアは、大洪水だと言っている
アメリカ中部は、水不足で…

しっかり聞こう

メールが来た。
「東北農家の二月セミナー」の仲間、福島会津の五十嵐からだ。
一回目は聞き逃した。二回目は呑みすぎた。三回目はメモを取りながら聞いたので、内容は覚えていない(泣)
四回目は、しっかりと聞こう!
しかし、何回聞いても同じ話なのだが、いつも気がつくところが違う
人間というのは自分の問題意識で、他人の話を聞くモノだ。
同じ話でも違うように聞こえる。

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本日、内山さんの番組が放送されます。

農文協の『田舎の本屋さん通信』(メルマガ)1月14日号より
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◇内山節さん 4回にわたって ラジオで語る「山村から見える風景」
[放送]NHKラジオ第2放送「NHK日曜カルチャーラジオ」
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毎週日曜20:00−21:00 
2011年1月放送予定
1/9:村の自由、都市の自由 —自然・共同体とともに生きる意味
1/16:伝統社会と街道 —地域における交流の意味
1/23:農のある世界 —農業とは何なのか
1/30:戦後史の転換期のなかで —自然と結ぶ、他者と結ぶ
http://www.nhk.or.jp/r2bunka/ch07/index.html


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畝栽培と鍬

  

GRAPHICATIONという小冊子がある。富士ゼロックスが発行している冊子だ
「ときどき内山節さんの雉が載ってる。申し込めば、無料で送ってくれるよ」
とタイマグラの澄川さんが教えてくれた

「タイマグラとはなんだ」と言う人がいるが、岩手では有名な地名である
アイヌ語で「盛の奥へ続く道」という意味らしい。
山奥である。どんなに山奥か?と言うと
水道が、源泉掛け流しである。
常時、台所の水道が流れている。
都会の人は、もったいないと思うだろうが…
沢水を直接引いているから、止めようがない
そんな山奥である

そんなタイマグラの澄川さんが教えてくれた「GRAPHICATION]
冊子の中にも表紙にも全く広告がない。企業が作っているのに…
最後に「発行 富士ゼロックス株式会社」とだけある
ちいさなコーナーまで隅々と利用して宣伝している某企業とは雲泥の差、月とすっぽんである。
こういう企業を応援したいモノだ

月に一回届く冊子を、いつもペラペラめくるのだが…
ふと目にとまったのが「農業」という文字
バタバタしていたのでサラーっと読んだのだが

西洋の近代化は、中国から移入された農法によってもたらされた
それは「畝栽培」と「鍬の使用」である
中国では畝をたてて、種を蒔くと言う農業は、紀元6世紀に始まっていた
それを西洋がマネをして始めたのが18世紀だという

中国では、風が通りやすくする。根が絡まないので成長を妨げないから畝をたてて栽培することを発明(?)した。
それに鍬(くわ)で除草をし、また鋤(すき)を作って牛馬に農耕させ、乾燥して固い土地や重くて水分の多い土地も耕作可能にした
それを十八世紀に導入した西洋は、食糧を増産し人口が増え、技術や芸術に余力をさくことが出来てルネサンス・大航海・宗教革命・科学革命・産業革命へと西洋の近代化に大きな役割を果たした。

畝をたてるのは、過湿の土壌で栽培するときに高い畝をたてて水が上がらないように…と教わったが、収量を上げるという意味もあったのだ。
なるほど西洋はそれを利用して、人口を増やし近代化が成し遂げられたのか?
しかし、この話は、もう一歩進んで…

中国は古代・中世において西洋を追い越していたのに、なぜ中国は抜かれたのか?
西洋の封建制は下級の助けを借りて成り立っていたが、中国は上意下達の官僚制度で科学の発展を阻害する役割しかはたさなかった。
という見方もあるが、
中国は自然環境がゆたかなために現象をそのまま受けいれ原因を解明しなかった。
西洋近代科学は、自然の征服という発想から抜けきれない
自然と対立する西洋的な発想の反省が迫られている時代、西洋の知とアジアの知を結合する時代、文明の転換期にさしかかっている。

と結んである
ここにも和辻哲郎の風土論が表れてきている
風土の違いが根本的に発想まで違い、その違いを認め合うことが必要なのだと

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