ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

カテゴリーアーカイブ: 私たちの思い

ふたつの国

「インド土産」と言って貫禄たっぷりの若い美人に珈琲を貰った
「インドは、紅茶だと習ったが‥」
「インドの南のほうのプランティーションでつくっている」という

50年前に教科書で習ったこととは、全然違う
たしかインドの南の島、半島からしたたり落ちた滴のような島国「セイロン」のセイロン紅茶が有名と習ったが‥

えっ!セイロンと言わないの?
今、スリランカ?
スリランカとセイロンと、二つの国があるんじゃないんだ

 

ひょっとしてニッポンとジャパンと、二つの国があるのかと思っているのだが

国民生活第一の「ニッポン」と‥
原発再稼働経済成長優先の「ジャパン」と‥

嘆きと祈り

   

「コリンキーありますか?」
「姫とうがん。まだですか?」

最近変な注文がある
と言うよりも、出回らない品種を、裏庭で苗を作っているので注文がくるのだが

別に温室で作っているわけではない
だから、気温に合わせて少しづつ発芽しておがる(成長する)
だから今頃、苗として売れるようになっている。

最近、紫波町の駅前に産直も入った店を行政が作ったと言う
その名前が『オガール」というらしい。
成長していくようにと、願いを込めた店名だろうが
そういえば仙北町の駅前に出来たJAの産直も、売上が伸びているとは聞かない
(たしか「売上20億を目指す東北最大の産直」という触れ込みだったが‥)

どんどん新しい店が出来る
そして旧来の店が閉まる
新しい店は、成長を求めて頑張る
しかし、成長しない
既存店で十分間に合っているからである

つまり、売上を分け合っているだけなのである
(売上は人口に比例する。人口減少の地方都市は全体の売上は上がらない)
だから成長はしない
だから他所へ進出するしかない
しかし、他所も一緒だ

「新しい発想で‥」「新しい仕組みで‥」と言うが
さんざん考えられてきた社会システムで、そうそう新しいのが出来るはずがない

「コリンキー」や「姫とうがん」のように、数多く売れないものを並べることが違いを浮きだたせる
それは消費者ニーズという大量の要求に対応することではなく、個人個人のちいさなニーズに応えていくことではないか?

そんな事を思いながら、売上が上がらないことを嘆き、落ちないことを祈る、地方都市の小売業である

食べたい!食べたい!

足が悪い老女の一人暮らしがいる
いつも配達をしている
廊下の奥から手押し車を押しながら出てくる

「お宅の饅頭は、美味しいね。入ったらすぐ持って来て」
「子ども達にも贈ってあげるから」といつも言うが

この時期は
「わらび入った?わらび!息子達が岩手の柔らかいわらびを、食べたいって言うの…。東京のわらびは固くて…。私も食べたい!食べたい!」
「うるいが入ったら、すぐちょうだい、すぐね。ウルイの味噌汁が食べたい。食べたい。」(ウルイは大葉擬宝珠「おおばぎぼうし」の若葉である)

「今、山菜は放射能の問題で、なかなか入りがたくて…、出来るだけ入ったら持って来ますが…」

そして、老女は小生に手を合わせるのである
お釈迦様を拝むように…
お釈迦様ではない、和尚でもない。入道だが…

山菜は岩手の(東北の?)大切な食文化である
それが放射能で30年食べられなかったら、若い人は忘れて…
そのうちに単なる雑草になってしまう
それが良いことなのだろうか?


どう思う?
東京電力と再稼働を決断する野田総理に問う!

ヒーロー

小出裕章さんの講演会に行った
と言うよりも「測定しませんか?」のチラシを配りに行ったのだが…

主催者の方で
「参加者に配布する資料の中に入れてくれる」
と言うので、開演二時間前に行った

1000部である
5〜6人で1000部だからたいした時間がかからない
と思っていたら

なんと、なんと、チラシが手にくっつかない
一枚、一枚、剥がすのが大変な作業である

ふと、周りを見渡すと
みんな平然とすいすいと指に紙が吸い付いていく
 

だんだん老化して指に油が回らなくなってきたようである(泣)
ついに言われてしまった
「少し休んだら、疲れてきたでしょう」
だんだん作業が小生のところで詰まってきたようである。(大泣)

休んだ振りをして休んでいると(?)

やってきた

さすがに現代のヒーローである。


並んで記念写真をとるもの
カメラのフラッシュを焚くもの
握手を求めるもの

四十年、無骨に同じ事を言い続けた結果である
これが3.11以前なら、ほんの少数の人しか知らなかった人物である
3.11があと20年後に起きたらなら、多くの人に知られずに亡くなっていたかも知れない
たぶん彼は、ヒーローとしての役目を果たす運命だったのだろう

講演は会館が満杯になった。
これだけ岩手で彼に関心が…
いや放射能に関心をもっている人が多いとは…

それともヒーロー見たさなのだろうか?

 

しかし、放射線管理区域の厳重なマニュアルと比べて
あまりにも甘い汚染の対応は、
国が何を守ろうとしているのがを、浮き彫りにしたような気がする

ちらし

なんだか訳のわからん間にblogを消してしまったようだ

とりあえずアップしよう

本日の小出裕章さんの講演会にて配るチラシです。

 

疑心暗鬼

閉店間際に、長髪髭面の異様な風体の大男が来た
多分100kg近くあった以前の小生も、似たような雰囲気だったのだろう
と思うような大男である
しかし、歳は一回りも下であるが、貫禄は小生よりもある。唖然!

 

一人で来たわけではなく牛豚一家の組長が、連れて来たのだが…
なんでも雑誌で、放射能表示の特集をするという

なるほど編集者か?と思ったら名刺はルポライターになっていたが‥


この特集の第二弾で牛豚一家の組長を取り上げるという。
数字を公表して消費者に選択させると言う事が当たり前になれば良いが‥
マスコミがどんどん騒いでくれれば、Bq数字の表示が当たり前になって、

消費者は選択の余地が‥
生産者は、汚染された状況の把握が‥

それなりに対応が取れる
今のままでは、疑心暗鬼のまま、流通している

五加木

”うこぎ”が出てきた。

うこぎとは、
ウコギはもともと中国の原産と見られ、平安時代中期の『本草和名』には五加という中国名で牟古岐(むこぎ)と読ませたヒメウコギが紹介されている[1]
ウコギの和名漢字、五加木はこれに由来している。
専ら根や幹を煎じて薬用強壮剤として利用されたり、天日干にした根や皮を焼酎につけた五加皮酒などの原材料として用いられていた。
1603年(慶長8年)の『日葡辞書』ではVcoguiとして「根は薬用に、葉は和え物に、幹は酒に用いる」とあり、古来より広く利用されていた事が窺える[1]
また、幹に棘を持つその性質から垣根としても利用が普及しており、
「おもしろき盗みや月のうこぎ垣」『卯辰集』といった唄が詠まれている。(wikpediaより)

ようするに垣根の若芽である。
これを、切り刻んで、そして胡桃と塩辛い味噌大根をみじん切りにして、ご飯に振りかけて食べる春の食べ物である、
これを「ほろほろ」と言う
眼では桜が咲いて春を確認し、舌で春がきたということを確認する盛岡の食文化である。
(福島の人も「うこぎごはんが食べたい」と言っていたのを聞いた。東北の食文化ではないか?と思ったが、盛岡周辺でしかあまり聞かない)
Googleで検索しても、ほとんど岩手の人しか出てこない

たぶん細く長く続けてきた狭い地域の食文化なのだろう
しかし、これも放射能の問題がある。なんと東電は罪深い事よ
 

この情報化社会で様々な食材と料理があふれる中で。こんなシンプルな食文化が残ってきたのには何か訳がありそうだ
それを単にただ一瞬の原発事故の放射能の問題でお終いにして良いのだろうか?

原発を賛成しないまでも、強力に反対してこなかった60代以上の人達の責任だろう
春の山菜、秋のキノコは、60代の人が積極的に食べて、この食文化を守っていく必要があるのではないだろうか?

岩手は山菜の苦みで身体の中に春を取り込み、秋のキノコを塩漬けにして鍋の出汁を取り冬を耐える。そんな食文化なのだ

原発も‥

コーヒーカップが割れた。
気に入っていたカップだった。
コーヒーを注ぐ前に、カップを温めよう!と思って、指先でつまんだ。
カップの下の何というのだろうか?
敷いてあるクッション状のものにくっついていた。
軽くつまんだ指先が滑って、持ち上がったカップが宙を舞った。

ア〜アッ割れる

スローモーションのようにカップが、舞って床に落ち、乾いた音をたてて、四つに割れた。

朝からいやな気分だ。
なんとなくこの気分を替えて…

そういえば、同じカップがあったような?
サイドボードの扉の内側に、一個あった。

コレは五客の最後か?

だいたいが揃っていないのだ、家の食器類は‥

「形ある物は壊れる、命ある物は死ぬ」

そう言い続けているのだが‥忘れてはいけない真理だ‥、

原発も‥

西和賀農民大学

「3月もお終いだ」というのに、雪が積もったと、沢内の人間が交互に来て言う。
沢内は、だいたいが秋田の気候だ。
天気予報は、秋田の内陸地方を見るという
そして冬は、大雪が降る。

そんな雪を見に行こう

という訳ではないが、まだまだ農閑期の沢内で西和賀農民大学が開催される

今回は震災後の新著「文明の災禍」がテーマらしい

何回やっても縦横が直らない。どうしたら直るのか?

 

傑物

「黃興」という人がいるという

バレンタインに芦屋の友人から貰った本に書いてあった
「中国の傑物」であると

読んでみたらなんと100年前の人である。
中国の傑物というと三国志に代表される古い古い昔の人というイメージだが

たかだか100年。辛亥革命や孫文と一緒に活躍した人という
しかし、われわれは、本当の歴史を‥必要な歴史を‥学んできたのだろうか?

そんな思いに駆られる人である。

隣国の中国で、日本が様々な形で関わった歴史が、今読んで分かるという
そんな大切なことを学ばなかったのは、何故なのだろうか?
わざと消したのであろうか?わざと省略したのだろうか?
それとも欧米の方を重視したのだろうか?

昭和30〜40年代の教科書は、偏向しているのではないか?
だいたいが近代歴史を習っていないのだ。
受験には出ないと言って

しかし「黄興」といい「孫文」といい、革命の時はみな三十代前後である
明治維新もそんな年代の下級武士が活躍したと言う

今時代は変わるとき

そんな若者に!
ムリなら育てなければ‥(泣)

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