ちいさな野菜畑

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カテゴリーアーカイブ: 私たちの思い

褒める教育

先日有るBlogでこんな言葉を見つけた

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うぬぼれても自分の得意な点を              
            見つけてそれを伸ばすようにする。
 
それこそが教育の大切なところ、と語るのは
玉井義臣・あしなが育英会会長です
(『NEWあしながファミリー』9・10月号)。
欠点を探し矯正する日本の教育法は、うまくいかぬどころか
自信も失くす、と言うのは正しい。私は小学4年の担任の
先生のお陰で自信がつき、学力が上がるばかりか
最下位からリレーの選手へ足まで速くなってしまいました。
 

ただし、仕事はまず自信を失うところから出発するものです。 

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先日の”独り言”で「怒らない教育」というのが話題になった
正確に言えば「やたらと怒らずに教え諭す教育である」
怒るというのも相手に威圧感を与える怒り方ではなく、諒解させる怒り方ではないか?と思う

小生の場合は、顔が、体格が、威圧的だから、教え諭すように怒っても、高圧的に怒っているようにみられる(泣)
だから余り怒らないようにしているのだが…それは対象による

最近「褒める教育」というのがもてはやされる
それが冒頭の言葉である
「褒める教育」は正しいと思う
しかし、時によっては…である
その時とは、学生時代である。伸びる人は精一杯伸びていくだろう
学生時代というのは特殊な社会である。
なんといっても、同じ年代の人が集まっている場である
社会では、そうはいかない。
定年間際のから、新入社員まで40年の隔たりがある社会である

先日ある若者と出会った。
彼は「褒める教育」の見本のような若者だった
自信満々である
「私にはリーダーシップがあります」という
リーダーシップとは、他人が認めるものであって、自分で言うものではない

学生時代に褒められて有頂天になって、勘違いに気付かずに社会に出て行く
その嫌味な言動に、たぶん周囲からいじめられて落ち込んでいくだろう

そこから気がついて這い上がるか、そのまま沈んでいくか…
社会の教育と言うのは、そこから始まるのだ

 

自分の新入社員時代は、まったく自信のない若者だった。

周囲は、海外をヒッチハイクで歩きまわったとか…
日本国中を旅行したとか、
有名大学に入って色々な仕事をしたとか
様々な経験を売り物にした同期がいっぱい居た

圧倒された。
なんせ、ラグビーと、その仲間の交流しかしらなかったのだから…
役員と新入社員の同期の集まりで
「ラグビーしか知りません。これから頑張ります」と言って
当時の常務に、みんなの前で怒られた
それが契機ではないが、大きな端緒になったかもしれない
40年たっても、未だに記憶から抜けない

山本五十六の
やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ

一部分だけ取って教えても、人は動かないということだろう
本当に人を教え育むことは、手間ヒマがかかり、難しいものだ。

残さなければいけないもの

初めて国立競技場に行ったのは、大学も卒業する頃、昭和47〜8年ぐらいだろうか?
東京オリンピックのために作られた246のわきの歩道に「外苑前」と言う、ちいさな地下鉄の薄暗い駅で乗り降りした。
そういえば「表参道」の駅も、似たような細くて長くて暗い駅だった。
そんな駅から地上に出ると、まだまだ二〜三階建ての建物が連なり”にぎわい”とは、ほど遠い街を呈していた
何時も行くのは冬、当時は釜石の試合だっただろか?早明戦だっただろうか?
年末年始のラグビーの試合である
ひょっとして学生時代と、社会人になりたての時代が混同しているかもしれない
だからもう40年も前のことである
広い幅の割合に、車の台数も少なく寂しい通りだった
まして冬である
外苑の並木道を、落ち葉を踏みしめながら歩いた覚えがある
その時は訪問者だった。

 

それから10年後、勤め先が移転して南青山に移ってきた
その頃には、表通りは鉄骨造りのビルが何軒も立ち一応のにぎわいはあったが、
奥まったところに古い蕎麦屋と、新しいブテックが混在し、
夕方になると、外人が夫婦で…老人が犬を連れて…恋人が腕を組んで…散歩をしていた
狭い裏通りには、密集した住宅の中に、ぽつんと焼き鳥屋があったり
そこでは高齢の俳優が、女を口説きながら焼き鳥を喰っていたり
入り口は目立たない造りだが、地下に降りると洒落たバーが営業をしていたり、
マンションメーカーと呼ばれたアパレルのオーナーが、ピンクのリンカーンから降りてきたり
そして、ある日突然、そのマンションの一室が”空になっていた”というような話が飛び交っていたり
そういえば向田邦子も、当時は近くに住んでいたようだったが、亡くなった後から気がついた。
新旧取り混ぜたというような、アンバランスな面白い街ではあった。

そんな街に会社が有ったから、夜も昼も楽しい。
昼はキックオフ10分前にいけば、ラグビーの試合は、いつでも見られる
そんな人が、いっぱい居たのだろう
競技場では「〇〇先生!教室にお戻りください。生徒さんたちが待っております」
というようなアナウンスがあって、みんな爆笑した。
夜は、面白い変わった店はないかと、朝まで徘徊し、時折、会社に泊まった。

そんな懐かしい街だったが、数年前に行った時には、新しい駅・新しいビル・新しい街に変わっていた

新しいということは、嬉しい。新鮮という感じだ
しかし、なんとなく薄っぺらな…頼りない…表面的な感じがする。
そこから時が経って、想いが積み重なって、大きな重いものが出来上がってくるのだろう

こんな運動があるのだ

神宮外苑と国立競技場を未来へ手わたす会

いろんな人がいるが、歴史の重さと新しい快適さの中で、何を残さなければいけないのか?
よく考えてみたい

 

個人の弱さ

都会でサラリーマンをしていた時に、活字中毒の退屈しのぎに買い求めいたタブロイド版夕刊紙に、こんな記事が載っていた。真偽の程はわからないが…

食品偽装が大流行である
しかし、食品偽装は、以前から何回もみつかり報道されている
産地であったり、品種であったり、枚挙にいとまがないが
行政はトレサビリティーをやっているなどと、アリバイ証明を一生懸命画策している
しかし、巧妙に網をくぐり抜けてというか、どうどうと網目をすり抜けて無視して行われている

なぜ、こんなことが何回も繰り返し起きるのだろうか?

原因は単純である。
「売上」である
売上を作るのには、売れる商品をつくらないといけない
組織となると、上からの命令は絶対である
「売上をつくれ!」
まして「前年以上の…」という前置きがつくからどうしようもない

組織に属していない小規模経営ならいいか?と言うと
「伸びる計画を立てられない企業」に金融機関は融資はできない
勢い、前年比以上の売上計画を作ることにせざるを得ない

つまり拡大経済の資本主義は、「売上を伸ばす」という足かせをはめられているのである

売上が伸びるには人口が増えていかないと売上は伸びないのである
ところが日本は、人口減少社会である
まして食産業は、食の細くなる高齢化がますます進み、食欲のある若い人が少なくなってくる。

それなら飢えに悩む発展途上国へ食べ物を輸出すればいいのではないか?というアメリカ的発想になる。
そこには弱肉強食の押し付け世界である
日本はアメリカにとって発展途上国である。だから、ポストハーベストや遺伝子組換・狂牛病等を押し付けてくる
しかし、日本では自給率も満足でないのに、そんな余分のものを作れるか?ということである
まぁ金儲けのためなら見つからなければ、なんでもやるという風潮もあるが…

だから売上が伸び続けていくと言う発想の拡大資本主義経済は、日本の食産業にはあてはまらない
都市では、企業は潰れてまた起きて潰れてまた起きて、と言う動的起業経営がもてはやされるが…
人口減の静的地方企業は、定住的地方社会にはなじまないのである


そんな「売上拡大」を強制する資本主義組織社会が、問題なのである
個人の弱さに矮小化してはならない

こめ

ところが食品は昭和39年ぐらいに、ようやく米が自給できたが、すぐ米余りで減反政策ができた
国が主食である米を管理(農家から米を高く買い、市場に安く供給)していたので赤字が増大して国も面倒が見きれなくなったのである。赤字幅を少なくしようとして、補助金で対応しようというのが減反政策である
ところがそれも、止めようという動きがある
これは、食品は人間の胃袋を満たす以上に流通しないのである
モノならば、少し余分に買っておこうか?という気分になるが
食べ物は気分になっても胃袋に入っていかない。
ただただ腐るだけである
 

人口減少化社会

久しぶりに「講演会」なるものに行った
題名は「シンポジウム」だったが、基調講演だけ聞いてきたので小生にとっては「講演会」である
 

名前は、「人口減少社会における”豊かさ”を考えるシンポジウム」である
以前から気になっていた「藻谷浩介」が基調講演である
 「デフレの正体」はとうに買ってある。まだ積読状態である。
 内山節さんは、”ふと気がつくと近くに居た。”と言う
 友人は「里山資本主義」を読んだ。「知っている内容だが…」と言って勧められた

題名から内容は想像がつくが、
「人口減少社会」と「経済成長の可否」と「価値観の変換」をどのように論理だてて説明するのか?興味があった。
 

 結論から言うと

 都市部ほど生産人口からリタイヤする人が増え高齢化し住みにくくなる
 地方は、それに歯止めをかけられる経済簿外資産(自然)が多々ある
 それを利用したマネー資本主義とは違う里山資本主義による林業の再生が大きな鍵である
 そして子どもを産み育てたいという豊かな地域社会を作っていかなければならない

 

さすがに年間400回も講演しているから、話は聞かせる。
眠くはならない。(ちょと眠った)
数字の羅列も繰り返して見させることによって、感じがつかめた
しゃべり口調の緩急や、大小、強弱によって、インパクトの有る話し方である

内容的に驚いたのは、都市部ほど若い人が集まった結果、高齢化しているという現状である


 

そういえば都会のマンションは、ほとんどが高齢化マンションとなりつつ有る
そうだろう、中古マンションなんか若い人が買うはずがない
いやぁ〜地方に住んでいて良かった。
地方にも松園のような高齢化団地があるが、まだまだ再生ができる
藻谷いわく「家庭菜園つき戸建住宅」として…


そして
50年後は、二人で一人の老人の面倒を見る社会
昭和49年生まれが死滅した(?)ころから安定した社会が現れるという

50年後は、息子は80歳、孫が50歳、小生は110歳を超えている(生きているつもり)
そんなころに安定と言われても…

日本を取り戻す

反原発釣り竿

こんな映像がFBで流れていた
日本人は、やはり想像力が不足しているのだろう

単なる福島や東北の問題ではなく、その影響は自然界に広くあまねく広がっているのだ
それを、一フクシマの問題に…
たんなる食べ物の問題にすり替えている
自然には国境は、無い。

 

そういえば「美しい日本」という言葉が
最近のポスターには「日本を取り戻す」と書いてあった

「美しい日本を取り戻す」と言う言葉は、変更したのか?
「日本を取り戻す」という言葉の形容詞は、何?

いつの日本を取り戻すのだ。
縄文か?江戸か?
ひょっとしたら「強い…」とか「戦前の…」とか「帝国主義の…」とか。
前に付いているのではないだろうか…(シンゾーの頭のなかには…)

「強い」唱えた大統領が、あちこちで戦争を仕掛けている

あたりまえ

こんなニュースが流れていた

阪神阪急ホテルで違う食材

こういうニュースを聞いて、「食と農」の業界にいる人は当たり前だと思う。


ところが「食」だけに携わっている人、「農」だけに携わっている人は、気が付かない

例えば
〇〇さんのほうれん草とか
☓☓さんのリンゴとか

作った総量がわからないから本当にそうなのかわからない
いつの間にか作った量の倍以上が流通している
(魚沼のコシヒカリなど)

また葉物などは、収穫時期が何時も遅れたり早まったりする
だから時期をきめて販売するなどというのは至難の業である
「11月末より寒じめほうれん草予約受付」などなど

また食の現場でも、業務用は多くは冷凍加工食品である
「業務用スーパー」が、最近どうどうとあちこちに展開している
だから調理師専門学校を卒業してホテルに就職しても
「枝豆と隠元の区別がつかない」

また大手のショッピングモールのキッチンでは
料理好きの主婦がパートで入っても
中央から送られてきた食材の袋を温めるだけの、だれでも出来る仕事である

 

多分これは「食」と「農」が、「地方」と「都市」のように分離しているからだろう
だからこそ「食農一体」が求められるが、その信頼関係はちいさなものの積み重ねでしか無い
大きなところや拡大志向では、不可能である

 

ハングル文字

韓国語の名刺をもらった
だいたいが、こんな名刺をどう管理したらいいのだ

全然読み方も知らないし、意味もわからん

名刺を整理するにの韓国人だから「か」に分類するのか
いやひょっとして「朝鮮人」だから「ち」に分類するのか
ハングル文字だから「は」に分類するのか…
なにがなんだかわからんから「わ」に分類しよう
これはOCRの名刺読み取りでは読めるのであろうか?(素朴な疑問)

いや実は、某大学の先生が「韓国でも農家の活性化というか…次期展開というか…農協の市場のような直売ではなく、農家の産直を考えている。産直先進国日本の状況を調査に来た」と言って農水省の日韓同時通訳の韓国の人と三人で来店したのだ。
日本国内を何カ所も回って最後に岩手に来たらしい

ここぞとばかりに力が入った
要するに戦後日本の復興がたどってきた歴史を東南アジアが急スピードで追いかけてきた
その結果、さまざまな問題(公害。貧富の格差。労働力の移動、教育の荒廃。拡大経済の行く末…等々)が起きてきた。本来、日本は、「このような拡大成長を遂げてはいけない」ということを東南アジアに伝えるべきだった
今頃になって「昭和三十年代が懐かしい」とか「懐かしき未来」とか日本は反省している

産直もそうである
産直など考えれば分かりそうなものである
人間の胃袋が入る容量しか食糧は売れないのに、地域経済はどんどん拡大を続けている
(もっとも、動物は獲物がいても満腹だったら襲わないが…
人間じゃ、満腹でも口に入れる、卑しい動物であるが…)

昭和30年代に、街の中に八百屋・魚屋・肉屋がありコミュニティができていた
昭和40年代に、量販店ができはじめ、街の中小の小売業を飲み込んでいった
昭和50年代に、量販店同士の統廃合で国内隅々まで量販店網ができあがり
平成に入って、巨大モールの進出で街の小売業は壊滅した
そして生鮮野菜は、車で買い物に行かないといけない産直とショッピングモールだけになり
買い物難民がどんどん生まれてきた
(ドイツでは、歩いていけるところにしか生鮮品の店は開店できないと言う法律があるという)

韓国はどのような状況にあるのかわからないが…
このような日本の状況を勉強して、暮らしやすい地域社会はどうあるべきなのか
考えてもらわないと…

セーフティーネット

収穫祭である

あちこちで収穫祭が行われている
収穫祭は酒が飲めると、多くの人がおもうだろう
フードファームは、酒なしである
当たり前だ!昼間の収穫祭である
「昼間から呑んでもいいじゃないか〜」と思う人が周りにいっぱいいる
周りのせいにしているが、中心に一人いる。それは私です

 

被災者と…訳ありの若者と…障害者の究極のセーフティーネット
フードファームの収穫祭である

芋と芋と芋の収穫祭である
要するに甘藷を焼き、馬鈴薯を焼いてバターで、里芋を煮て

食すのである

芋に酒は合わない。
いや芋酒というのがあると聞いた
そういえば昔、実践した「芋酒」
これは長芋を酒を加えながらすりおろすのである
味はどうか…思い出せない
もう一度試してみよう

そんな話ではないが、芋が大量に収穫できた

姿形はよくない。見た目も良くない。
そんじょそこらにいる、おばさんと一緒だ。

しかし、食べることは可能だ
おばさんも稼ぐのは稼ぐ

 

「農業は難しい」とよく言う
そして「農業はもうからない」と…

天気に左右される
管理をしないと草だらけになる
肥料をやるタイミングがわからない
虫や病気がついて対処がわからない
3K(汚い。きつい。きけん)のさいたるものである

しかし、一番の問題点は農産物を「売れる商品」にすることなのである
ようするに

100収穫して1本商品になれば、初心者
100収穫して30本商品になれば家庭菜園の王者
100収穫して60本商品になれば農家というプロ

要するに「売れる商品」として規格通りかどうかを選別するテマヒマなのである
あるJAの幹部が言っていた
「農家に支払っているのは商品代金ではない、選別の手間賃だ」と言う

野菜を規格どおりに作ろうというのは、人間の傲慢さである
規格に合わせて選別をするというのが、正しい農業である


採れたものを見目形が悪くても、美味しくいただき
売れる商品をつくるのでなく「食べる商品」をつくるのが究極のセーフティネットである

結婚して、何十年経って見目形が悪くなっても、諦めて一緒にいるのが夫婦のセーフティネットである
小生のところではない!断じて…

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