ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

カテゴリーアーカイブ: 私たちの思い

さぽすて

「さぼすて」と言う団体か…グループか…言う名前の組織がある

”サボった奴は、捨てる”と言う現代のスパルタ教育の実践団体か?と思ったら違うらしい

正式には「サポートステーション」という語句の略らしい
国が法律で作った若者の自立支援の組織らしい。

「それはいいことだ!」と多くの人が思うだろうが…
そんな単純な話ではないらしい

そのサポステの人がきた
「盛岡ぐらいの都市だと3000人ぐらいいると文科省はいう
そのうちサポステに登録している人は500人
そのうち月に一度でもサポステに来る人は50人
毎日10人ぐらいは、来所して勉強したりしている」

と言う

岩手山ではないが、見えている部分は少しなのだが…裾野は大きいのだ

30万都市で3000人と言うのは、1%である
岩手で3000人以上の企業は市役所と県庁ぐらいである
それも働き盛りの15歳から39歳までの人数という

そんな話を魔子様としていると
「あ〜あ、いるいる、あの子も…この子も…」
と子どもの同級生の名前が、どんどん出てくる

これって大問題じゃないかい?
オリンピックなんて浮かれているばかりじゃないだろう

結局、学校は出たけれど、働く場所がない
その働くにしても、マニュアルどおりの仕事だから
「交換可能」な人しか使わないシステムになっている
働いても使い捨てだから、そのまま引きこもる

企業は効率化と合理化で人件費の削減で海外に行ってしまう
ようするに俺等が中学生の頃、集団就職で都会へ出て行った仕事とか
実業高校を卒業した人たちとかの仕事が無くなって
大学を卒業したやつらがその仕事をやっている
もっとも大学自体が義務教育の延長みたいなものだが

働くとはなんだろう
時間いっぱいマニュアルどおりに体を動かして、自分の時間を売っているだけなのだろうか?
働く喜びとはなんだろう
賃金という形で貨幣をもらい自分の好きなものを買うことだろうか

働くとは技を取得して、自身の技の向上と、周囲の人への役に立つことを喜びとすることではないだろうか

今、被災地支援や経済の活性化でものを作ることではない
それは政治でできることでは、ないような気がする
そんなことを感じている

雲間

雲がたなびく山なみをみながら、フードファームに向かった
いつもいつも直前になると雨が上がるフードファームの日である

今朝も、小雨が降っていたが…
雨は…上がった。

フードファームでは

「空いた畑に播く大根の種が欲しい」
「いや、もう大根はお終いだ、岩手は、せいぜい9月中頃までだが…」
「形だけでも大根の加工をしたいのだが…」
「じゃ〜ちょっと探してくる」

そんな会話をしながら、佐藤政行種苗に向かった
佐藤政行種苗では、そろそろ秋用の種を片付けようか…というところだった
「とりあえず形になればいいから、形になれば…」といいながら二種類ほど大根の種をピックアップして
「会計!」といったところに社長が出てきた

「いやぁ〜この前、あるシンポジウムに出たら…
70億かけて機内食のシステムを。高齢者の宅配弁当に使うという話を聞いた。
温かいままに食事を届けるという。

また一回に1トンの米で1200人前のご飯を提供するシステムを作っているような話を聞いた
その提供先は、ショッピングモールのイ○ンだという

なんでも巨大化して効率と合理化で食と農は、大丈夫なのか?」


雲間から首を出し耳をすませて聞いていた岩手山は、

「馬鹿だな〜人間どもは…経済だけで成り立っていると思うのだろうが、
食と農は自然と密接につながっている、自然は見えていない部分が大きいのだ。」

といっているような気がする

あこぎな宣伝

子どもが某ブラック企業のワッペンをはったシャツを着ている
聞いたら

「協会が主催して大会を開催し、スポンサーになっている」と言う
子どもの大会に、ユニフォームを支給して、しっかりと宣伝している

恐ろしい

子どもの頃から、しっかりと刷り込もうと言う遠大な下心か…
大きな企業は長期的に、ものごとを考えられるが…

今、大企業が世界に羽ばたき、どんどん大きくなることではなく
地方が、ちいさな雇用を生み出すことが必要なのだが
逆に、どんどん縮小していかないと続かない

 

ちいさなところは、その日その日が精一杯である

トキョ

「フードファーム」は、農を自分たちにとりもどす運動である
我々が生きるための命の糧をつくる「農」が、いつの間にか「農業」になってしまった
生きていくための食べることが「食産業」に取って替わられてように

国という大きな組織ができると、それを円滑に動かすために貨幣ができ貨幣が価値を持ち始めた
たぶんそれまでは、人々は一日中、食べ物を探して採って、獲って、取っていたのだろう
家族は、お父さんが獲って、お母さんが採って、子どもたちも取ってきたものを分けあって食べていた
そのうちに集落ができてリーダーが生まれ、ちいさな国ができて権力が生まれ、大きな国ができて貨幣が生まれた

それでも大多数の人は農に軸足をおかない食べていけなかった
その軸足の農が崩れてきたのは、ここ100年の話ではないか
化石燃料をふんだんに使うことに寄って、我々は効率的な大量生産と大規模な消費と大きな無駄を生んだ
以前からそんな雰囲気が漂っていたが、東日本大震災と原発事故は、それを決定的に気が付かせてくれた。

100年前、人口のほとんどが農となんらかの関わりをもっていた
そこへ戻れなくても、原点に立ち返ることが今、必要なのだ
「おもてなし」の「トキョ」ではない

 

 

熾す

手仕事市で炭を熾し、湯を沸かした
「炭を熾す(おこす)」たぶん、炭を使わない若い人は、この言葉を知らないだろう
そして「炭をつぐ」と言う言葉もしらないだろう

じゃ〜今の若い人はなんというのか?

炭に火をつける
炭を燃やす
炭をくべる
炭を配る
炭をたす

なんとなく、しっくりと来ない

そのうちに
炭にスイッチを入れる
炭を赤くする

などなどの表現が一般的になるのだろうか
囲炉裏などはまだ形があるから、いいが
言葉は使わないと消えてしまいそうな気がする

今は、せいぜい焼き鳥屋でしか炭を使わないが
焼き鳥屋でも面倒な炭を使わない方向に進んでいる
「備長炭」も読めない若者が増えてくるだろう

 

そんな囲炉裏を囲みながら話をした
「夏でも囲炉裏を使っていたのかしら…」と若い女性が首を傾げた

「夏下冬上(かかとうじょう)という言葉がある。
これは炭の注ぎ方のことをいう。夏は下に、冬は上に炭をつぐという言葉で、
夏は周りが暑くならないように…冬は熱を有効に使えるようにと言う言葉だ…」
と、昔からそう言っていたが…

心配になって調べてみた
そうしたら「炭の熾し方」と「炭の注ぎ方」と二つ書いてあった
夏は種火の炭を下に入れ、冬は上に置くと炭が熾きやすい…と…

う〜ん、いったい全体どっちだ?戦後生まれの生半可な知識だ!

56年ぶり?

「56年ぶり」という言葉が踊っている
「お父さん!56年ぶりって言ってるけど…わたしは小学生の時だから…おかしいんじゃない?」
と魔子様が言う
”そうだ!56年ぶりなら、ワシも中学生だから、今70歳になっているはずだが…?”

東京オリンピック開催が、前回から56年ぶりで、
東京オリンピック開催が決まったのは49年目だったのである
計算機を使って初めてわかった(泣)

 

東京オリンピックは、自宅でテレビで見た
カラーだったか白黒だったか、思い出せない
テレビが普及し初めたのは、正田美智子さんの結婚式で、
東京オリンピックでまんべんなく広がったような気がするが

どこのうちでもテレビの画面にカーテンが掛かったりして貴重な財産だった

それから半世紀経って一人一台になって使い捨てのようになった

 

聖火リレーのランナーの後をついて伴走者として走った
「記念に」とメダルと賞状、そしてユニフォームとシューズをもらった。
長いことタンスの奥にたたんであったが、引っ越しのたびに何かを捨てて…
ついにメダルも見当たらない

物は、どんどん変化して捨てられてしまう
残ったのは国中を熱狂に導びき連呼した名前と、思い出だけである
マラソンの円谷幸吉、大松博文の東洋の魔女、重量挙げの三宅義信、体操やレスリング・柔道、
今でもフルネームで覚えている。

東京オリンピックの熱狂の影で忘却されたもの…
その反省が今、「懐かしき未来」になっているのではないだろうか?

今回のオリンピックが、何をもたらすのだろうか…
政治家は平気で嘘を言う
マスコミは平気で嘘を垂れ流す

それだけかもしれない

丁稚募集

G大の盛岡ヒグマ先生が…
「丁稚募集を広告したら…」と言う
なるほど、いいアイディアである

だいたいにして地方都市の流通が、めちゃくちゃになりつつある
大型ショッピングセンターが何店舗も進出し、中小の小売業が壊滅状態である
壊滅すると何が起きるかを住民は、思い描けない
そこには買い物難民という避けて通れない、おおきなおおきな問題が起きるのである
そんな地方都市で、拡大経済資本主義の権化のような大型モールに
ささやかな反抗心をもって体当たりをするには、玉砕しか無い

しかし、死んでたまるか!

という心意気だけでもどうにもならない
マニュアルに勝つ人海戦術で、大型モールを包囲網を作らなければ…

そこで、「丁稚」と言う優秀な人材を募集しよう

入道がもつ「食と農」のありったけの知識と、関係性の世界を教えます
朝食・昼食つき、交通費支給、小遣い程度の金銭、社保なし、
老若男女関係なし、将来性のある人募集、委細面談。別途相談。

  

身土不二考

 

昭和30年代だろうか…
「金の卵」ともてはやされた、中学生たちがいた
街には職業高校が必ず有り、商業・工業・農業と…
そして、それぞれに就職先があった
若い人たちの働く場が数多く有った
そのときの国は、閉じていた

 

今グローバル時代になって、人件費の安い国へ製造業が行き
人件費の安い人が日本のサービス業に稼ぎに来ている
若い人たちの働く場所が無くなった
今、国は開いている

 

地球という閉じた空間で人が暮らしている
気候や風景や、自然の違いの中で人が暮らす

発想や思惑などの思考方法は、風土の違いで現れてくる
その違いが「国」や「宗教」のような気がする
それを合理的に均一化してしまおうというから無理(戦争)が起きる
 

そこで、無理の無い別の均一化をすることになる
人間の労働を貨幣に替えて、働く質や技も均一にしてしまう

お互いの個性を尊重しと言うが、貨幣は価値観を均一にしてしまう
世界共通のルールが、簡単にできる

国を開くということは、その人々の違いを認めないということではないか
 

これは日本でも一緒だ
閉じた地域は、閉鎖的と言われる
しかし、そこにはおもいやりとか分相応とか、助け合うとか、

そんな非合理の地域の暮らしが仲間とともに有った・

都市と言われる開かれた地域は、個人が閉じている
そこには貨幣を媒介した薄い合理的関係性しかない

今の人にとって、それは心地よい空間である。煩わしくないと言う

そして、すべて人に決めてもらう。
国の将来も、ルールも…多くの人が納得する合理的ルールを…

考え方の違う人達が地域で決める、非合理のルールは、煩わしいのである

 

そこで今「俺がルールブックだ」という賢い独裁者が求められる。

哲学の森

毎日が月曜日の日々を送っているが、その一年に三回の楽しみがある。
2月の東北農家のセミナー
11月の専立寺の報恩講
そして8月末の哲学の森である

すべて哲学者内山節の講演会というか…勉強会というか…
ようするに哲学者の内山節の話を聞いて思索を重ねる時間である

中学生の頃、よく先生たちに「自分の考えをもて」と言われた
そのときの友人で、さまざまな本を読んで自分の意見をいう人がいた
彼の意見は、素晴らしかったが、反論できなかった。
「自分の意見」これを持てたらいいな?とそのときから思っていた。
数年前に出会った、その友人は以前の考え方そのままだった。

 

歳を重ね、経験を積んで、45過ぎだろうか。内山節と出会った。
驚いた。こんな考えがあるのか?


ふと思う。
今の時代に、歴史を重ねると新しい発想が湧く

今の時代をどう捉えるか?
それは、自分の生き方で違う
歴史を重ねる?
自分が捉える歴史で違う

未来という空間はない。
あるのは今と、昔だけである。そこから懐かしき未来が生まれる

そんな至福の時間が8月31日と9月1日、岩手を象徴する森のなかで開催される

おはな

多くの人が盆休みをとっている中、ちいさな野菜畑は営業をしている
お盆は以前、”かきいれどき”だった
どちらかと言うと”いれぐい”と言う感じだ。
盆前は、お墓に供える切り花を買い求めに早朝からお客が入った。

「おたくの駐車場に入るのに、30分も周辺を回っていたよ」
と言って朝の6時半に、お客がきた
お盆の最中は、久しぶりに帰省した客や観光客が群れをなした

あるときから、そんな現象が無くなった
リーマン・ショックを境に…と思ったが
その前からのようである。
ふと考えてみたら化膿性脊椎炎や僧帽弁閉鎖不全症、胸部大動脈瘤で入院をした7〜8年前からのようだ
なにがきっかけかよくわからないが、お盆用の切り花を早朝に買い求めるというよりも、
前日に大量に買い込んでおくというスタイルが、常態になってきたような気がする

盛岡は、親戚中の墓を回って花を活けて歩く。
だから係累の多い人は、10束20束と買うのである
そうなると広いスペースに大量の花を並べて売るスタイルが客を呼ぶ
そしてそこへ車で乗り付け、まとめ買いをして、安く済ませるそんなお客の消費行動が変わってきたように思う
お花は、お墓参りの当日の朝に、「新鮮で長持ちするものを、お先祖様にお供えをする」と言う風習が
「大量に買うから、安くてきれいに見えるものを…」という風に…

そんな消費行動の変化が地域につながる小さな店を駆逐する原因にもなる

そして産直に花を供給する花農家からでてくるものは、規格外が多い
小菊を栽培している農家は「赤と黄は咲いたが白は蕾だ」と言う場合、
赤と黄色は農協に単色出荷し、蕾の白だけ産直に出すのである
(農協出荷はカラー別出荷である。それを花屋が組み合わせて花束にする。)
ところが産直に出された白だけの小菊だけでは売れないから勢い安くする

また長さがある
だいたい80センチぐらいの基準で箱詰めして農協に収める
その長さがない(成育や、病気・病葉を採っていくと長さが足りない)
基準に合わないのでB品やC品になる
それを産直に出すのだが、客は長い茎を切って墓に供えるのだから長さは関係ない
長い茎は、流通段階で花屋が切り戻すために長いものが必要なのである
 
それだけではなく一般の農家も、庭や畑の片隅にお盆用に花を植えてある
それを適当に(センスが無い)束ねて切り花として出してくるのが産直の花であった
しかし、お客も義理で供えるお墓の場合、それでよしとする
(これが仙台だったら大変である。花を入れる竹筒に名前を入れる風習がある。
墓地のそばで花を買い求めると、そこに竹筒も売っており、サインペンまで置いてある。
「誰がきた。」というのがすぐわかるし「どんな花を買ったのか?」もすぐわかる)
 
ところがそんな産直の花業界に殴りこみをかけてきたのがいる
〇〇半島のお花の産直である
なぜ?と思うほど盛岡市内に何カ所ができている
一年中のお花の需要があるのだろうし、〇〇半島だったら一年中咲いているのだろうが…
そしてもう一つ、大型産直である
これは売上が大きいが、参加農家の数が多いだけで農家自身の売上は大きくない
(当然である、農家が売上を拡大するには、広い面積と多くの人数が自由自在に拡大縮小できるシステムがいる)
 
結局、ちいさな需要のところへも、大量生産のシステムの供給は向くのである
つまり、少しの需要でも大量生産は、少しづつ何箇所にも置いて量の供給の確保を図るのである(コンビニのように…)
工業生産のように、生産の拡大縮小がすぐにできない農林水産業においても…
だから拡大は止まらないし、地域につながる小規模はなかなか生き残れない
そんなお盆の先祖に対する、いいわけである

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