ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

カテゴリーアーカイブ: 私たちの思い

人生

IMG_0343 IMG_0349 IMG_0352

 

北上は大雪だった。一日に40㌢降ったという
やはり、東京には負けていない
沖縄へ遊びに行って帰ってきたばかりだと言う農家の友は、
沖縄では悪天候で飛行機が飛ばないと言い、羽田はタクシーを1時間待だった、帰ってくるのに三日かかったと言いながら
荷物を放り出して、「ゆきはき」をしたという
おばぁちゃんがディサービスから帰ってきて、息子夫婦は母が入院している病院に行っているという
大家族がそれぞれに、動いている

米を引き取りに行った家でも、孫が大声で帰ってきた
夫婦でお茶を飲んで、昔の話と後継の話を、しきりに…

農家は大家族である
老後を心配する必要はない

先日、年金生活の人と話をした

定年になって下げられ続ける年金生活がよかったのか…
自営で老体に鞭打って働き続けたほうが、よかったのか…

年をとって、ふと今までの生き方と今後を考えてしまう
結局、何を頑張って生きてきたのだろう
農家の生き方と勤め人の生き方と…

 

 

 

 

 

モザンビーク

 

「お金の話が多くなる過程と地域が衰退していく過程は一緒だった」
と話してくれたのは、60年余り専業農家として暮らした東北の農民である。

こんな言葉で内山節のコラムは始まった。

0-54

そういえば20数年前に農業の世界に入った時は、
まだ、いかにして収穫を安定させるか?
稲作は、早生と中手と晩生を組み合わせて、天候不順でもどれかが収穫できるような生産体系だった
しかし、共済という保険で、そのような生産体系は不要となり、技と智慧は、消えていった。
そして、いかにして一年を通して米を食べることができるか…がある程度語られてきた
農家は、新米は収穫した直後と翌年の収穫が確実に見込まれる7月に食べ始めた
ところが腐らない貨幣は、すべて金銭に変えさせた
またいま、語られてきていることは「再生産できる価格を…」と言う
土と種があれば、再生産は可能であるにもかかわらず。

米屋も、新米の時期と梅雨ごしの米の味をいかに均一にするかが米屋の技であった
いま科学技術の発達で、冷蔵設備ができ、真空技術である程度の保管は味を損なわないで日持ちすることができるようになった
しかし、それは枯渇する化石燃料やそれから作られるプラスチック製品のおかげである
それらをつかって、いかに安くていいものを販売していくかに変わっていった。
本来流通は、あるところから無いところへ流れるようにするのが役目である
しかし流通も、お金のあるところへ、あるところへと流れるシステムになってしまった。

 

グローバルに考えれば、自給率40%を切ってほとんど輸入に頼っている日本は、これから中国に買い負けるだろう
貨幣経済で化石燃料を輸入し大規模で合理的・効率的な農業生産は、続くのであろうか

そんなことを思っているときに、こんな文章を見つけた
余計なことをするな日本!
モザンビークを見習わないと…
最近の日本にも通ずる話だ。

 

 

TICAD V:モザンビークの人々から安倍首相に手渡された驚くべき公開書簡

投稿日: 2013年06月02日 18時06分 http://www.huffingtonpost.jp/maiko-morishita/ticad-v_b_3373974.html?view=print

TICAD V(第5回アフリカ開発会議)に特段興味がなくとも、大豆食品を食べる全ての人に知ってほしい話がある。第5回を迎えるアフリカ開発会議の開幕前夜の5月 31日、安倍首相主催のレセプションにおいて、モザンビークから来日した一人の男性が同国の十数万の人々より託された公開書簡を首相に手渡すという任務を 全うした。その内容は、日本に対して大きな問いを突きつけるものだった。

「援助から投資へ」――6月1日から3日にかけて横浜で開催されるTICAD Vの打ち出しは、明確だ。「最後のフロンティア」と目されたアフリカの豊かな天然資源を獲得するため、オールジャパンで日本企業による対アフリカ投資を後 押しし、中国や韓国に対する出遅れを挽回する。海外投資を呼び込むことでアフリカ経済を成長へと導く。これこそ理想的な「ウィン・ウィン」だと。

果たして本当にそうなのか。

公開書簡に話を戻そう。モザンビークの農民組織やNGO団体により起草された「公開書簡」を安倍首相に渡すという重任を託され来日したのは3人。

1人目は、2000以上の加盟団体をから構成されるモザンビーク最大かつ全国規模の農民組織、「モザンビーク全国農民連盟(UNAC)」のアウグス ト・マフィゴ代表。2人目は、同じくUNACのアドボカシー(政策提言)を担うヴィンセント・アドリアーノ事務局長。3人目は、モザンビーク北部のナン プーラ州の100以上のNGO/CSOが傘下する「ナンプーラ市民社会プラットフォーム」のアントニオ・ムジェネレ代表。ムジェネレ氏は、モザンビークの 首都マプトで開催された市民社会会合でモザンビークの市民社会の代表として選出された。彼らは、モザンビークの十数万人の人々の声を代表している。

「公開書簡」の内容は深刻だ。日本政府並びにJICAが力を入れる大型農業開発ODA「プロサバンナ(ProSAVANA)」事業の即時停止の要求 だ。支援の対象とされる小規模農家との協議や情報共有が2009年の事業合意から現在までほぼ不在だったこと、リークされたマスタープランのドラフトとも とれる報告書の内容が小規模農家の置かれた状況や彼らの望む開発のあり方にまったく立脚しないことに基づき、事業の即時停止と見直しを行い、小規模農家な らびに市民社会との協議や合意に基づいて事業を進めるためのインクルーシブなメカニズムの設置を求めている。それは、日本のODA(政府開発援助)のあり 方のみならず、日本の農業投資政策、そして日本に住む私たちの食のあり方を根本的に問い直すものだ。

プロサバンナ事業とは、日本・ブラジル・モザンビークの三角協力による大型農業開発事業で、日本がブラジルに対して行った農業支援「プロデセール (PRODECER)」をモザンビークで再現するという触れ込みだ。プロデセールは、70年代、日本の大豆輸入先であった米国が輸出禁止措置を敷いたこと から大豆輸入先の多角化を念頭に行われたもので、ブラジルを世界屈指の大豆輸出国へと変貌させた成功物語として語られている。

プロサバンナ事業は、モザンビーク北部のニアサ州、ザンベジア州、ナンプーラ州にまたがる巨大な農業開発プロジェクトだ。対象となる農地はなんと 1400万ヘクタール。日本の耕作面積の実に3倍という途方もない規模だ。事業は、農産物の輸出を担う港としてナカラ港の改修計画に始まり、モザンビーク 内陸部と港をつなぐ鉄道や幹線道路の整備改修など、「ナカラ回廊」全体の開発を目指す。

事業は、PPP(public-private partnerships:官民連携)として、早くから企業との協力体制が敷かれ、2012年4月には官民合同ミッションも実施。伊藤忠をはじめとした企 業が大豆や胡麻などの生産輸出事業の展開を念頭に準備を進める。日本政府JICAはODA事業として日本向けに適した大豆品種の開発や安定した収量確保の ための農業支援を行い、こうした大豆を商社などが買い受け、日本の食卓へと届ける。日本は、大豆や胡麻といった、私たちの生活に欠かせない作物の安定供給 を達成し、日本の食料安全保障にも貢献するというストーリーだ。ちなみに、これはODA案件なので、モザンビークの貧困削減と小規模農家支援にも資すると いう。

しかし、そうした喧伝とは異なり、プロサバンナ事業は、モザンビークの小規模農家支援にも貧困削減にもつながらないという批判が各国の市民社会、国際NGOから寄せられている。

モザンビークは非常に貧しい国だ。過去10年にわたって7%の経済成長率を続けていることが注目されるが、最新の人間開発指数(HDI)では、世界 ワースト3位。2015年までに貧困を半減することを目標に設定されたミレニアム開発目標の達成の見込みも低く、貧困線以下で生活する人は未だ58%、栄 養不良人口も多く、人々の食料へのアクセスが確保されているとはいえない状態だ。

プロサバンナ事業の予定地である北部は、モザンビークの中でも気候が温暖で土壌も豊かなことで知られる。この地域に住む人々の多くは自給自足を基本 とする小規模農家だが、自らの食料を生産し、南部もこの地域の食料生産に頼っている構図だ。こうした土地が、輸出向けの換金作物を中心とした大規模農業に 取って代わったときに何が起きるのか。

決して豊かとは言えずとも自給自足型の農業に従事していれば、食べることには困らない。しかし、農地を明け渡し、農業経営者に雇われる賃金労働者と なると、食べ物はお金を出して買うものになる。そして、受け取る賃金が低く、充分に買うお金がなければ(そして多くの場合そうなのだが)、充分に食べられ ない事態に陥ってしまう。実際に、アグリビジネスの参入などによって大規模農業を展開した結果、国としての生産量や輸出量、そして経済成長率が上がったに も関わらず、貧困率は改善せず、小規模農家の生活が苦しくなったケースは、世界中で報告されている。2007/8年の食糧価格高騰以来、高水準で推移する 食糧価格は、アグリビジネスにとっては収益増をもたらしたが、固定された安い賃金で雇用される小規模農家の家計はさらに圧迫されることとなった。

今回の来日は、こうした問題を日本政府に直接訴えるために行われた。
モザンビークからの3人に同行して、ある国会議員を訪ねた。

「では本当に必要な支援はどんなものか。」

議員に聞かれた質問に、彼らは明快な答えを持っていた。

「モザンビークの小規模農業にはインフラが足りていない。だが、今必要なのは、自分たちの食料を奪い、海外に作物を輸出するための港や幹線道路の整 備改修じゃない。必要なのは、小さな村と村の市場をつなぐ道路や、持続可能な形で環境負荷の低い農業を行うための、小規模な灌漑設備だ。種子についても、 毎年種を買うことを強いられる遺伝子組み換え種子ではなく、小規模農家自身が選び守ってきた伝統品種や固定種の優良な種子をきちんと保存し、共有するため のシステムだ。技術指導も必要には違いない。しかし、それは土壌を急速に劣化させる大規模な単一栽培を進めるための技術指導ではなく、自分たちが食べる作 物をいかに環境負荷の低い持続可能な形で生産し、収量や品質を改善できるかという指導だ。」

投資を呼び込む形で経済成長を促しても、それが貧困削減に必ずしもつながらないことは、急成長を遂げる新興国が、一方で格差拡大と深刻な貧困問題に 直面している例を見るまでもなく明白だ。加えて、「支援」とは、当事者の自発的な取組みや意向を支え、後押しするのがあるべき姿だ。援助業界で枕詞のよう に使われる「オーナーシップ」が本来意味するのは、まさにそういうことだ。そしてモザンビークの彼らには明確な知恵とビジョンがあるのだ。

「援助から投資へ」「戦略的なODAの活用」こうした言葉の持つ意味と実際にもたらすことになる影響を今一度考え、支援のあり方を再考する必要がある。プロサバンナ事業は、モザンビークの小規模農家にとって、「ウィン」の実現からはほど遠い。

一方で、食料の1/3を捨てている日本。生産調整を行い、休耕地を抱えながらも、大豆、トウモロコシ、小麦、胡麻の大部分を海外からの輸入に頼る日 本。日本の食料安全保障の追求が、世界の最も貧しい国の一つであるモザンビークの最も肥沃な土地を、「援助」の名の下に食料生産地として獲得することでい いのか。日本政府の描く「ウィン」の姿は、本当に私たち市民が望むものなのか。

明確な知恵と開発のビジョンを持ち合わせる彼らの取組みを支える支援のあり方をなぜ実現できないのか。

日本のODAのあり方、日本という国の農業のあり方、そして私たちの食への向き合い方が今問われている。

【訂正】公開書簡を安倍首相に手渡した日付が3月31日となっていましたが、正確には5月31日でした。

循環

エコビレッヂというのがある
エコな村?環境にやさしい村?と思うだろうが…

こんな村のことを言うらしい

  • ヒューマン・スケールを基準に設計される。
  • 生活のための装備が十分に備わった住居がある。
  • 人間が自然界に害を与えず、調和した生活を行っている。
  • 人間の健全な発達を促進する。
  • 未来に向けて持続的である。

世界各地にあるらしい
それを日本で実践している村の住民から話を聞いた
IMG_0117

20年目を迎える
当初20人で始めたのが現在81名になっている
田んぼや畑、を20町歩ちかくみんなで力を合わせて耕し自給自足的な生活をしている
自然農法で無化学農薬・無化学肥料で、野菜米など多くのものを栽培している
その野菜を利用した弁当や宿泊、様々な研修で金銭的な収入を得ている
農園の収入を全員で分けあい財布は一つで、子育ては全員で行う
大きな家族という感覚であるし、ちいさな村という感覚でも有る

今の経済優先社会や貨幣経済に疑問を持つ人にとって、素晴らしい村である
いや、ひょっとしたら今の社会の反面教師として、こんな村がどんどん出てくるのだろう
面白い
たぶんこんな村なら、入村希望者がどんどん出てくるのだろう
しかし、20年で80人しかいない、ということはそんなに希望者がいないのか?
それとも入るのに厳格なルールや何か主義・信条に同調しないと、と言う項目があるのか?
パンフレットには「人や自然と調和して生活し、自らの役割を進んで果たしていく人であれば…」
と書いてある

 

主たる仕事は農業だという
17ヘクタールの畑や田んぼを耕し110品目250品種の作物を作っているという
無農薬・無化学肥料の自然農法で…
持続的な暮らしとしているが、広大な水田や畑を耕作するのに枯渇する化石燃料のトラクターを使用している
まぁ地域の人からどんどん農地をまかされて自然と大きくなったのだろうが…

しかし、農業の一番の問題は、不安定な気象条件のなかでものを生み出さないといけないことである
一生懸命努力しても、一発の大雨、台風、干ばつで全滅する
そのために先人たちは、さまさまな智慧を注ぎ込んで努力してきた、
(早生、晩生、中手と栽培の危険分散や品種改良、土作り、食糧の保管方法等々)
科学が進歩しても、植物が成長するということは、光と水と空気(二酸化炭素)の光合成の仕組みから離れられないのである
そして、努力しても叶わないときは神仏に祈るしかなかった
だから農業は、宗教と密接につながるのである
昔の神楽や伝統芸能は、神仏に豊作を祈ったり、生産のための自然の安寧を祈るための風習なのである

ところが最近の有機農業は新興宗教とつながっている
有機農業という言葉も戦後の言葉である
新しい農業に新興宗教が結びつくというのもよく分かる
それを否定するものでないが、なぜ有機農業がもてはやされているのか?をわかっていない人が多い

今我々は、枯渇資源を使って農産物を生み出している
それを持続可能な農業(生き方)にしようというので地域の有機物を投入しようというのが原点である
つまり、そこに流れているのは「循環」なのである
無農薬・無化学肥料栽培が、有機農業ではない
大規模の有機農業をやっていますということは利用できなほどのゴミを出す
それでは慣行農業の単一大規模の効率化した農業と一緒である

地球は閉鎖空間である。その中で循環を目指さないと未来はない
拡大有りきの資本主義経済では、もうもたないという反省がされている。
人も地域もちいさな関係性の世界で、循環する経済が必要なのだ
そんなことを、思ってしまった

 

横割り

冷凍庫のような低温が続く
低温注意報が出ているという
そんなときに、わざわざ買い物に出てこない
家の中でジッとしている
冷蔵庫の中の残り物を漁って食べる
どうしても出ないといけない時は、
トイレットペーパーや洗剤も買えるような一回で買い物が済むところへ行く
だから、売上は不調だ

放射能検査に来る人もいない
そこで放射能ボランティアの平佐先生と長話をする
平佐先生は、高分子の専門家で、岩大を定年退官した教育学部の家庭科の先生である
「家庭科に男の教授がやってきた」と言って話題になったという
もともと高分子の繊維の試験所にいた
だから被服の担当なのだが、なにをどう教えていたかは知らない
ただ長話のなかで「家庭科というのは横割りなのだよね」といった
そういえば稲作の先生も教育大学の技術家庭科の栽培の担当だった。
食文化研究会の会長は、家庭科で栄養学を教えている。
なるほど、英語や数学、理科と違って家庭科は、生活に役立つ総合学問かもしれない。

IMG_2074
これは
英語の先生を辞めて家庭科の先生になった人の本である

ふと気がついた
行政だけでなく、今の時代は我々の生き方も、すべて縦割りなのである
多分、専門として(?)動いたほうが今の経済社会は効率的なのである
大学も農学部は農業だけ
教育学部は教育分野で…
建築や土木は、その業界へ

小生は高校の中途で幅広い職業の選択ができるだろうと経済学部へ変更したが、
所詮、会計のシステムから抜けられない業種ばかりであった

しかし、そのシステムからこぼれた人が横割りの糸を形成しているのではないか?
システムからこぼれた小生は「農業の通訳」を自称している
これは縦割りの中で農業の大切さを、横割りの多くの人に伝える役割である
しかし、農家自身がよくわかっていない
縦割りの中で単なる一生産を担っているという位置づけだから
たぶんそれは産業として効率化のためにある政策だからであろう

しかし、それは地域としては、どういう意味をもっているのだろう
単なる地域分断でしかない
いま我々は地域として自分の職業や家庭、近隣との関係をかんがえなければ
単なる隣の人が何をしているのかわからない都市のマンションと一緒になってしまう
これからは、共生とか…共助とか…言うが、関係性のないところには生まれない
その関係性を、だれが?どうして作るのか?

まさか縦割りの行政の役目ではあるまい!

新宴会?

新年会は何回あっても良い
忘年会も何回あっても良い

中年会も
老年会も
若年会も

何回あっても良い

ようするに宴会は何回あっても良い
ようするに酒が呑めればいつでも醉いのである

こんな美味しい酒が呑めない人がいる
可哀想だ。
人生の喜びを一生、享受できないのではないだろうか?
青春のあの素敵な酔を享受できないのではないだろうか
可愛そうだ。

IMG_0030

そんな人用に出来たお酒
するすると入る、酒が呑めない和尚は
「水だ!」と言う

 

寺子屋は、新年会で始まった。

新春のことば

IMG_9625

苦しいから逃げるのではない。逃げるから苦しくなるのだ。

米国の心理学者・哲学者、W・ジェームズのこの言葉を、
心理カウンセラーの岩田明子さんが紹介していました
(12月25日の『ラジオ深夜便』ないとエッセー)。
仮に逃げ出しても、苦しみは消えることはない。
箱根駅伝でブレーキを起こした選手が、よく言う言葉に
「箱根の借りは、箱根で返す」があります。でも、
決まって選手は逃げ出したい気持ちを乗り越えているのです。

今年の箱根駅伝、出場選手は全員、逃げなかった選手です。

天のまさに

天将降大任于斯人也,
必先苦其心志,
労其筋骨,
餓其体膚,
空乏其身,
行拂乱其所為,
所以動心忍性,益其所不能

IMG_9817

若い友人からもらった言葉です

生かされております

賀状を書き上げるヒマがなかった
いつものことであるが…

元旦に着くような賀状は、多分いままで2〜3年しか無いだろう
今回も切羽詰まってから賀状を買いに行った。
30日だった
と言っても31日は、忙しくて書けない
1日は酔っ払っている
2日の極早朝に郵便受けから賀状を取り出して読んだ

それから、おもむろにパソコンを立ち上げ住所録を呼び出した
呼び出したが…出てこない

なぜだ?

Macの上で、Windowsでしか動かない筆まめを動かしているからである
MacとWindowsをつなぐソフトが立ち上げらないので筆まめが動かないのである。

なぜ立ち上がらないのだ?

小一時間ほどいじったが、小生のパソコンの知識ではどうにもならない
しかたなく早朝に”りょうくん”に「あけおめ」メールに「SOS」をいれた
何回かのやりとりの中で、治った。

スクリーンショット 2014-01-02 7.36.11

 

多くの人に助けられ、生かされていることを正月早々実感した(泣)

 

正月第二考

榊山稲荷のおみくじは「吉」だった。
かけつけ三杯呑んで、再度引いたおみくじは「中吉」だった

IMG_9939

 

色々と内容は書いてあったが、2つとも縁結びに結んできたので
忘れたが、要は「人の言うことをきけ」ということだったと思う

そうなのである
人の言うことを素直に聞かないから、このような人生を歩んでいるのだ
もっと素直な人生を歩んでいたら…

そうか、最初から間違えていたのかもしれない
間違うような選択をしなければいけない場面は、最初は高校受験だったと思う

高校の選択
文化系理科系の選択
大学の選択
会社の選択
会社を辞める辞めないの選択

様々な選択の場面が有った。様々にアドバイスを受けた
しかし、それは多分、自分で決めていたのだろう
決めてから相談したのかもしれない
そういう人が、多々いる
大体、相談に来て素直に従う人は、相談なんかしない
悩むことも無いだろう

自分の考え方が正しいのか?正しくないのか?
正しいと言われたら、安心する、
正しくないと言われたら、その正当性を探すのだろう

そんな気がする

気楽に行こう!気楽に…

昨年の反省

昨年合計したら、362件ブログを書いた。
あと3件で、一日一件のペースである
一日三本の目標を掲げて3分の1も達成できない

自分に負荷をかけて生きる生き方は、体育会系のなせる技か?
それとも団塊の世代の生き方か…
はたまた高度成長の時代的生き方か…

会社に勤めていたころ、高い目標を掲げて頑張るということをならった
できない目標を掲げるのである
そして、どうしたら良いのか、常に発想の転換を迫られていた
常に現状の全否定である
自分はダメだ。というところから立ち上げるのである

100のできる目標を掲げるのは、当たり前だ
ちょっとがんばれはできるという120の目標は、運も絡んでくる
300と言う、できない高い目標を掲げることにより、
自分を否定してもがき苦しみながら考え、動き回って判断し行動する
その結果が130になったら、新しい発想の中で達成した数字である

そんなことを以前は考えていたが…
だんだん疲れてきた
今年は、楽に行こう!楽に…

と思ったら、内山節さんいわく
「今まで、そのように生きてきた人が、急に生き方を変えることはできない」

0-85

カテゴリーアーカイブ: 私たちの思い