ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

カテゴリーアーカイブ: 私たちの思い

農業は消費者の問題

朝3時から起きていると、もう夜9時には眠くなる
まして寒い一日が終わって、もっきりを一杯やって暖まっていれば…
ちょうど9時半に布団に入って、深い眠りに落ちようとした途端

携帯電話が鳴った
こんな時間は、店の警備のセコムからだとおもいつつ、布団を抜けだした途端に切れた

着信履歴を見たら友人だった。電話をかけると
「今、テレビを見られる環境にあるか?山下惣一さんがNHKのニュースにでている」という

山下惣一さんは、農業と付き合い始めた頃よく読んだ。
農民作家の直木賞と言われる「地上文学賞」をもらった佐賀県唐津の人である
また直木賞の候補にもなった
 

20年近く前だろうか、沢内村で山下惣一さんの講演会があると聞いた
山下惣一ファンの仲間何人かで出かけた
講演会の終わったあとの交流会
山下さんと一緒に呑み、焚きつけた

「あれだけ若い人たちを扇動しているのだから、一年に一度は岩手に来て若い人たちと呑まないと…
宿泊と酒代は全部出すから、旅費だけたのむ」と言って岩手山下塾を立ち上げた
東北に来たら岩手に寄って、山下ファンの仲間と一杯やろうというのだ
 

それから毎年一度は岩手に来て、盛岡で…北上で…沢内で…
若い人たちと…秋田の人たちと…何回も呑んだ
そのうちに身土不二の本を出すのでと
当時入院中の栄養学者の鷹觜テル先生の病室へ行ったり
専立寺の住職の話を聞いたりして「身土不二の探求」という本がでた
その本の中に小生も「盛岡の友人」と言う形で登場している

ところが小生が心臓のやまいで入院してからだろうか
体調が悪いのでアテンドができなくなり
遠慮したのだろうか、徐々に遠のいていた
しかし、年賀状と新しい本が出てくると必ず送ってくる

彼は、いつも言う
「農業は消費者の問題だ。農家は自給自足すれば事足りるのだから…」

 

石油漬け?

フードファームに行った。
ここは知的障害者と、ひきこもりの若者と、震災の被災者の三団体が、合同で農業をやろうというグループである
「ただでさえ農業で飯が食えなくて補助金を出しているのに…
そんな団体が農業をやれるのか?」と多くの人は思う

「農業」とは「農」を「産業」にすることである
この団体が狙っているのは、違うことである
「産業」ではない
「なりわい」なのである
農は以前、なりわいであった。
それが昭和36年の農業基本法で、他産業にまけないと言う
単一作物を大規模に作る産業に転換させた
それまでは「小規模有畜複合経営」であった
ようするに野菜くずを与えた庭先養鶏、あぜを利用した大豆、雑草を食べさせる牛、残飯を与えた豚、それらの糞尿を発酵させて畑や田んぼにもどした。
小規模で廃棄物がでない循環型農業である

今、大規模稲作農家が野菜の栽培方法を知らない。畜産農家は大量の糞尿廃棄物を多大の経費をかけて処理する
土地利用型(大根・キャベツ・白菜など)野菜農家は、多忙な時期の人夫が足りなくて中国人、フィリッピン人の研修生が入ってくる
施設園芸(ハウス栽培のトマトなど)農家は、多大な設備投資に補助金を利用する

そんな産業としての農業は、合理的に効率化された農業だという
しかし、それはたった50年の近代化農業である
はたして、これは続くのか…

ようするに化石燃料の石油漬け農業である
種子は海外で大量に生産され油で運ばれる
田圃や畑は、油を使ったトラクターで耕起され
油を使って生産される窒素・リン酸・加里の三大肥料は、すべて海外から油を使って輸入される
生産に使われる農機具は、鉄鉱石プラスチックもすべて油を使って海外からの手当
米の乾燥は、油をつかった重油乾燥・
そして単一産地は消費地と離れて運送される油が必要である

今「ピークオイルを迎えた」という人がいる
油が制限されたら…高騰したら…
一挙に食べ物が手に入らない人が多くでる
金を持っていても…

油がないから原発を…
というのがエネルギー政策なのです。
エネルギーがなかった時代を振り返らない
核廃棄物の処理さえできない原発と
多くの人が働く喜びを感じる
「なりわいとしての農、くらしとしての農」
それが本当のセーフティーネットでは…

 

そんなに先の長い話をされても…
目先は大丈夫だから…という人が大部分だと思う
しかし、それはほんの50年先の話かもしれない
50年先それは、あなたの子供が年金をもらう時代である。
「年金がもらえる」と断言出来ますか?

そこにセーフティーネットを張らないと…

そこに立っていた

選挙が終わった
様々な政党が、様々な政策を掲げて戦ったと言う
戦うなら徹底的に!暴力的に!戦えよ
と思うのだが…
大きな声で、名前をがなりたてるだけでは生ぬるい

しかし、選挙のたびに蒸し返される一票の格差
いい加減にどうにかしたらいいのに…と思うのだが
住民数と地域の面積で按分するような方策を…
智慧を出せばいくらでも良い解決策が出てくるのに…
智慧が出ないやつらだ…
民間だったらゆるされない

また選挙に行かない若い人たち
投票率の低さは教育の結果
自分たちの知らない所で徴兵制がどんどん進まれているかも
自分たちの知らない所で借金を抱え込んでいるかも
自分たちの知らない所で権利を剥奪されているかも…
後から「知らなかった」と言っても遅い
我々の年金のように…

しかし、国がなんでもかんでも決めるというのも問題である

国が決めることを、わずかにしなければ…
間接経費が膨大になって、収入がすべて人件費になってしまう
今、国の税収が40兆円で人件費にほとんど消えていると言う人もいる
そもそも民間の就職先がなくて、しかたなく公務員になった人たちばかりだ

政争に明け暮れて、マスゴミをにぎわすだけの政治はいらない
所詮政治は、権力獲得戦争である
大勝しても、また揺り戻してバランスが取れるという
しかし、徐々に右に右に行っているような気がするのは、
左により過ぎているのだろうか?
いつの間にか知らない間に、
「そこに立っていた」というように…

卸はいらない

先日、あるブログを見つけた
どうやら新規就農で直販をしている西日本の農家らしい
「つながる幸せ」という言葉を使っていた
ようするに農家と消費者に直接つながることに寄って幸せを感じると言う
そして「卸は、いらない」と、どうどうと言う
多分、彼は自分のことだけを考えているのだろう

「卸(おろし)」と読んでいるのは多分「農協」のことだろう
農協は、そう言われても仕方がない面もある
しかし、そのルートでしか売り先を求められない農家が大勢いる
それに変わるシステムを作らないと、
販売の自助努力を求められても自給自足になるしかない農家が数多くいるし
まして自給率100%のコメですら国内に行き渡らない

また収穫した途端に腐り始める野菜は、
農協の集荷システムと卸売市場の仕組みがないとほとんどが捨てるハメになる
ある大学の先生の数字から類推すると(若干うろ覚えだが…)
岩手の野菜の生産量は180億
直売所で3億(新聞記事)
主力の白菜・大根・キャベツ・夏秋トマトは、ほとんどが首都圏に出荷されていると言う
つまり食料基地岩手で、産直が日本で一番多いと言われている県でも、たったこれだけのことなのである

「所詮、産直なんてばぁちゃんの小遣い稼ぎだ」という人もいる

そうなのである
産直は、単なるアンテナショップであると小生は思っている
それを低迷する地方経済の打つ手が無い行政や農協は、大型産直をせっせと作りたがる
結果、農家は自分で自分の首を絞めることになる
産直をすることによって地元の従来ルートが破壊されていく
直売所の影響が小さいといっても、その価格破壊は市場の競りの価格よりも断然低いのである
市場では「産直並みの価格でないと…」と言って買い控える地元の八百屋が多いという

そして店を閉める八百屋が後を絶たない
車でいかないといけないスーパーが増え
大量の商品を並べるショッピングモールができて
街の中央部は買い物難民がふえる
そして一番の問題は、オフシーズンに生鮮野菜を地域に行き渡る仕組みがないのである
生産地のオフシーズンの買い物難民の食生活を想像したことがあるだろうか?

想像力の欠如が、「卸はいらない」などと言う傲慢な言葉を吐かせる

夕焼け

溶鉱炉もかくあるらん、というような夕焼けを見た

しばらく雨が続いた盛岡は、明日の晴れを誰もが信じた夕焼けだった
しかし、目覚めたら雨音が…

4月5月の低温と長雨、6月の空梅雨の暑さ、そして7月の西日本と北日本のアンバランスな天気

天変地異と言う言葉がある
「人類の歴史」というスパンで考えれば、そう大したことではないかもしれない。
「気象観測の歴史」からいえば「まれにみる」とかそういう気象事象かもしれない
「小生の人生」からすれば、「今まで経験したことのない」ということがらである
しかし、よく考えてみたら
「地球の歴史」と言うスパンの中で、たぶん人間が引き起こした文明の影響は、
ここ100年、急激なものがある
人類自身も、産業革命以降の100年は、なにもかもスピードが早すぎた。

スピードに対応できない人間と自然が、バランスを崩し始めている
ような気がする

 

媚びる

また病院である
今回は、一つ忘れていた
忘れていたのは受診科である
確か11:00から循環器科で
11:30から消化器内科で…
と思っていたら

10:30の総合診療科を忘れていた
これに中央処置室の検査や心臓血管外科や産婦人科が加わったら
覚えるのが大変で
一日を病院で過ごさないといけない

待合室で
隣りに座ったむさ苦しいおっさんが、指を二本出して

「……待っている」「?」
どうやら「二時間も待っている」と言う話しらしい

そんなら本でも持ってきて読めば…
と、わざとらしく本を広げた

しかし、集中できない。いつもの子供の鳴き声がうるさい
執拗にうるさく診察室から鳴り響く

イライラして本から眼をあげると
飛び込んできた張り紙

そこまで媚びること無いぞ!
いくらサービス業とはいえ…

こびる食堂をみならえ。できんもんは、できんのじゃ!

経済と思想

夜道をあるく
街なかである。

ふと灯りが付いているところがある
惣菜とお弁当を売っているのだ

のぞいてみた

雨が当たらないようにビニールがかけてあったのをサッと外してくれた

まだ結構商品が並んでいた
売り切れるのかな?
そこそこ値引きもしている
雨で予想が外れて売れ残ったのか?
美味しそうな帆立の貝柱と、いきのいいかつおのたたきを買い求めた

売っている小父さんは、雇われ人だろうか?
従業員だとしたら、電気代を払って残業代を払って、合うのか?
そういう経済と

すこしでも作ったものを売りさばかないと
殺生した食べ物に申し訳ないし、もったいない
と言う思想と…
 

経営者は、どちらをとるのか?
それとも経済と思想の真逆のバランスをとるのか?
そんなことを考えながら

農業は作ったもの潰すことがある、供給過多ということで
商業は、ロスなく販売するということを求められる
その経済も違う

そんなことを考えながら千鳥足で帰った。

丸干し

丸干しを食べた。
美味しい丸干しである。
普通の人は、「何の丸干しだ?」と聞くだろう
異常な人は、すぐわかる。イワシの丸干だ。

昔は、よく食べた。
これを肴に、冷酒を煽った。

これで飯を食うなんという発想はない
しかし、これで飯を食うと言う男がマスコミで話題になった
経団連の土光敏夫だ。
清貧の土光敏夫だという
今の会長は誰だかわからんが、丸干しなど口にしないだろう
「経済だけ良ければいい、企業だけ良ければいい
企業が基本だ。企業が良くならなければ従業員も良くならない
従業員がよくなれば社会はよくなる」
しかし何がよくなるのか…
それは、収入というカネのことだけしか考えていない
所詮、脂ぎった経済優先の親玉の考え方だ

そんな土光敏夫のことを思い出しながら、よく脂ののった丸干しを食べた
以前は、よく食べたのだが、脂が滴り落ちて汚れるのと、生臭い匂いが充満するので家ではなかなかできない
やきたてのホクホクしたやつをハフハフ言いながら、口にほおばると、幸せがあふれかえる
なんと言ったって、塩味と苦味の微妙なバランスを、脂とともに酒で洗い流すのがうれしい

そんな盛金デモの後、みかんやでの至福の時間をすごした
そしてその後は

秋刀魚の塩焼きだ
缶詰の…(泣)お湯割りの焼酎とともに…
古本屋にて…

大雨の中、盛金デモは40人を超えた
次回は、49回目。ラス前だ

セーフティーネット

娘が家を出た。
一番心配をした娘だった。
生まれてすぐ病気になり、乳幼児のカプセルに長いこと入っていた
しっかりと抱きしめてやることもなく、

思い出す。
ちょうど大阪のホテルで研修をしていた時に電話がかかってきた
「これから手術をするが、親の同意が必要だというが、どうしたら良いか?」と…
たしか、生まれてすぐの2週間前に産院に見に行ったのだが…
”前の子と比べて細い子だなぁ〜”と思った

数日前から吐いたりして食べ物も飲み物も受け付けなくなって…
産院から大学病院に回されたという
研修を中途にして、すぐ伊丹に向かい、飛行機に乗った

大学病院につくとガラス戸越しにみえる集中治療室では、数人の医者が乳児を見て
レントゲンだろうか?当時、最新鋭のCTスキャンの画像だろうか、談笑をしていた

「なんだ?大丈夫なのか?」と胸をなでおろした
と言うよりも、そう思い込もうとした。
後から担当の小児科医の女医の言葉に愕然とした
「正常な発達は望めない」

 

そんなことがあり、大阪から東京へ転勤して看病をしながら長い入院生活を送った娘だった。
岩手に転職するときも、地元の病院に紹介状を書いてもらった。
しかし、1〜2年だろうか、通院しただけで「もう大丈夫」と言う診断を受けた
奇跡的に回復した

生まれた時からハラハラ・ドキドキさせた子供だったが、
その成長の過程でも一番心配をした子供だった
この厳しい社会を生き抜いていくことができるのか?


今の社会は、弱者が生きにくい社会である
単に金銭で生活を成り立たせれば良いと言う政治と…
営みを大切にする人間の関係性と…
2つのバランスが崩れているような気がする

そんな人達が大勢いる
そのために最後のセーフティーネットが必要だ
そこに行けば、食べ物と働くことと、温かい人達がいると言うセーフティーネットが

ついに、スタートの時と一緒、二人きりになってしまった朝を迎えた。

お金は食べられない

「やませ」である。若年性助平症の「おませ」とは違う
豪腕性乱暴症の「ぶちかませ」と凄むのとも違う

「やませ」である
たぶん「山背」という字を当てるのだと思うが…
6月末から7月初めにかけて、盛岡は寒かった。
「寒い」というのは、素肌に半袖でいられない程度だ
”じゃ〜その上に、ウィンドブレーカーを羽織れば…”というが
それでも朝は寒かった
しかたがないので朝市は、革ジャンをきていた

そのぉ〜よく知らないが、沿岸の方では海の方から濃霧のような雲が流れて覆い尽くされるという
盛岡は、海が遠いから街なかまでは、こないが…時折、山が霧で覆われる

夏は涼しくていいじゃん

と言う人がいる。暑さに弱い人だ。(小生もデブの頃は多感な時代だった。多汗の間違い)
滝のような汗をかき、満員電車で隣の若い女性に汗だらけの腕をおしつけてものだ。
今、ほとんど汗をかかない。かくのは、「恥」ばかりである
常にさらっとして、気持ちがいいのだが…なんとなく、したたる汗をかいてみたい
そういう意味では、汗が出ない体質というのは気持ちが悪い
まぁ〜顔を見て「気持ちが悪い」といわれるより、いっか?

そんな話ではないが
やませは、北上山地特有の現象である
なんだか海から攻めてくる
夏でもストーブを焚かないといけないような寒さがくる
 稲は亜熱帯性植物である
ある程度、暖かくないと栽培できない
それで「やませ」が来ると冷害になる
冷害とは、例外と間違える人がいるが、そんな人は例外である。
稲作は「苗半作」という。
「いい苗さえできれば、半分できたようなものである」
と言う言い伝えだ

じゃぁ〜その後の半分はなんだ?
と当然思うだろうが、北上山地は冷害対策だろう

以前は「早生(わせ)」「中手(なかて)」「晩生(おくて)」と三種類の米を植えていた
ほんの20年前だ
そして、いつ冷害が来ても、「どれかの品種が助かる」と言う冷害対策をしていた
今は「あきたこまち」や「ひとめぼれ」などのブランド米一色である
冷害がきて全滅すると、保険がおりる
だから、全滅に近い被害になるとカネになる
半分でも助かると保険金は非常に少ない
そうすると農家は、損をする

昔は、新米は農家は食べなかった
自家飯米でも、翌年採れる見込みがついたとき(7月末頃?)に初めて新米に手をつけた

そんな、さまざまな冷害対策の工夫も、貨幣経済はぶち壊した
お金は、物があれば買うことができるが…
お金を、食べることはできない。単なる交換価値である。

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