ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

カテゴリーアーカイブ: 私たちの思い

まずは味噌をつくろう

ようやく一段落
というか何が一段落なのかわからないが、ひとつ線を引いたという感覚です
農家と違って、八百屋という商売は、ここで終わりというものが無い
農家も栽培は一区切りつくが、暮らしは永遠です
八百屋というのは、暮らしに密着している分、区切りがないような気がします

定休日明けの朝。
ようやく立春が過ぎた朝
旧正月の松の内
事始めの朝

なんだか、あらためて二度目の正月というか、新しい区切りの旧正月というか
さて今年も難問を抱え込んだ突っ走らないと…
そういう意味では四季のある日本は、新しい出発がいつでも出来る風土ではないだろうか?

 

今年も、やりたいことが山ほどある。
一つ一つ整理して計画や建てなおすと、それだけで一年が掛かりそうだ

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そうだ!まずは味噌を作ろう!

「山上り」という言葉がある。
むかしと言っても江戸の頃だろう、
借金を背負うと、その一家は山に上がったという
一家の主が、金を稼ぐために江戸に稼ぎにでたあと、
家族で木を切り倒し、小屋を立て、薪をつくり、小動物や山菜、茸をとって食べたという
山にさえ上がれば、生きていける智慧があったという。
だが、そこには山にはない、味噌(塩分)が必需品だった。
そこで”「山上り」には味噌を持たせる”という風習があったという。

とりあえず味噌を作ろう
豆麹たっぷりの豆味噌か…
米麹たっぷりの甘い米味噌か…

味噌作りは、再出発の原点なのかもしれない
(写真は、秋田の米麹をたっぷり入れた味噌です。甘いがしょっぱい。
濃い煮干し出汁で溶かすと美味しいという。ハマる味だ!)

せいじや

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日曜日の朝、議員がやってきた
珈琲を飲みながら語った。
「持山を、すべて雑木に変えた」
「雑木は30年だが、杉は7〜80年かかる。そして杉は金にならない」

「それは良かったですね。雑木は薪になるし、保水力も保てる。それはいいことをした。
ところで、貴方は70年後どんな社会になっていると考えておりますか?」
「えっ?」
「戦後、荒れた里山に、成長の早い針葉樹を植えて金にしようとしたのはほんの70年前ですよ」
「その杉山が、輸入材で金にならないのが今の現実です」
「こんど70年後、化石燃料の枯渇が如実に現れてきますよ」
「そんなときに、海外から、ものが豊富に入ってくると考えてますか?」

多くの人は組織に縛られている
組織の会計年度は1年毎である。
短いスパンでしか、考えることができない

以前は、「家」という組織(?)で考えていた
家の周りには、風を防ぐ屋敷林として孫の家を建てるために針葉樹を植えた。
そして近くの里山には薪炭林や、落ち葉を畑にすきこむようにと広葉樹が植えられた。
土作りには、長い年月がかかるのである。

今の政治屋は、目先のことでしか考えられない。
農林水産業は、単なる産業ではない。

小○

 

”かんかのゆうよ”の申請してきた
「かんかのゆうよ」とはなんだろう?

たぶん、感化院というのが昔あった。
今あるのだろうか?
少年刑務所にとって替わったのだろか?
調べてみたら14歳未満の不良行為を行ったものまた行う恐れのあるものが入る施設だという

そういえば昔
「そんなことをすると感化院に入れられるよ!」と近所のおばさんに脅されたものだ
たぶん消費税を払わないから、感化院に入れられるのを猶予してくれということなのか?
そうなのである
客から預かった消費税を払えないのである
「預かったものを払え」と国は言う
しかし、無理して預かったものではない
預かったと言う認識は無い。
日々の金銭のやり取りで、”これは国から預かったもの”、”これは自分が稼いだもの”と
お金に色が付いているわけではない

日々の商売において、100万の元手で120万の売上を上げて、その120万の資金で150万の売上を上げる
その差額に利益と消費税が入っているのだが…
その時に、150万の売上金で買った商品が、120万の売上しか上がらない。
そこで元手を取ろうとして一発勝負、利益の高い商品を買う、だいたいそれが失敗して、100万しか売上が上がらない
そこで地道に…と考えて100万を投入して120万の売上を上げる。
大体ちいさな小売業の商売なんか、こんな日々の繰り返しだから、利益から消費税がとられる
「とられる」という感覚である
「あずかった」という感覚はない
公務員は「預かったものを返せ」と言うが、庶民にそんな感覚はない

だから申告して、一挙に「50万払え」と言われるとお手上げである
そこで消費税を払わないから感化院に入れられる

というのだろうか?
”かんか”というのは「換価」という漢字を当てはめるらしい
つまり、「価格に換える=売却する」という法律用語(?)らしい
要するに消費税を払えない人は「財産を売却しないでくれ」という申請書を出せといのが

かんかのゆうよのしんせい=換価の猶予の申請

と言うことなのだ
しかし、小生のような財産がない人は、何を売却するのであろう
「きもちだ!」「きもちで行こう!」それでは駄目か?

いつにまにか消費税は8%になってしまった。
この前までは3%で大騒ぎをしていたのに…
また最近では、軽減税率や10%の実施時期など喧しい
そもそも税金が足りないというのは嘘ではないのか

税金は足りている
財政再建は成し遂げられている
と言う人がいる

そんな人たちでテレビの間で堂々と論陣を張って議論したらよくわかるのに…
なんだか、いつの間にかどんどん騙されて吸い上げられて、大きな政府になっていくが
日本は、ちいさな政府が良いのか?大きな政府か良いのか?の議論もなされていない

このままでは圧政に苦しむ庶民と中小企業だらけになってしまう

「悪代官様!殺生でござる」
一揆が起きてほしい!

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反面教師

一日に一個のブログを書くこと自分に課している
書くことが大切ではなく

一日に一つ、「これは!」と想うことを見つけることが大事である
それから、いろいろと思考をめぐらして行く

何個も見つかることがあり、書ききれないときもある。
ようやく一個見つかるが、大したことがかけないこともある
しかし、そのような目で、いつも見ていることが大切である

今日は書くことがいっぱい有ったが、書けない
書いている時間がないということではなく、少し落ち着いて考えないと誤解を与える内容である。
こういう時もある

一日一件のBlogが少ない時は、不調の時である
好調の時は、さまざまなことが見つかり、さまざまな思いを巡らし、さまざまな言葉が出てくるのだが…

人間関係がうまくいかない
商売がうまくいかない
などなど不調なときは、考える時間も、書く時間も産み出せない
そして文章も出てこない
そんな時は寝るに限る、と思うのだが寝ても解決しない
浴びるほど酒を…と思うが頭が痛くなるだけである

黙って静かに人と向き合うことでしか解決しないのかもしれない
人と向き合うことは「反面教師」である
気が付かないことを気づかしてくれる。

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今月も少なかった。
人と出会わなかった。

 

 

 

便利になって失ったもの

昔は、出血をすると大変だった
まずは傷口に塩を摺りこんで血を止め、それでも止まらない時は焼きごてをあてて火傷をさせて血を止め
それから手ぬぐいをきつく巻いて…(たぶん江戸時代の止血方法か?)

小さな頃は、脱脂綿とガーゼと包帯が欠かせなかった
傷口を綺麗に洗って、それから脱脂綿をあて、ガーゼで押さえて、包帯を巻いた
包帯を結ぶのが大変だった。不器用だから、いつも結び目がほどけた
まして、手を切った時は、片手が使えないのでますます大変だった

 

いつのころだろう日本に入ってきたのは戦後だという
それにしても目にしたのは昭和40年代の高校時代ではなかったか…
手軽に貼れるバンドエイドが出てきた
大学に入った時に、他の地域から来た人が違う名前を使っていた
バンドエイド。カットバン。サビオ、など。いろいろと名前があった。

その地方の方言かと思った

しかし、殆どは基本的スタイルで、殺菌されたガーゼが貼り付けられていた
しかし、最近はすごい
細いのから太いのから、こんな指先に巻くタイプまで発売されている

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これは便利だ
一番巻きにくいところへ独りで巻くことが可能だ。

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しかし、独りで出来ることで便利になった。
これで幼い子供は母親に巻いてもらうことができなくなった
恋人同士は、お互いに巻きあうことが出来なくなった
夫婦は、助け合うことができなくなった

いつも魔子様に言う「お〜いバンドエイドは?」
「その辺に有るわよ」とさり気なく魔子様は言う
なんでも独りでできることが良いことではない(泣)

便利になったことで失うものがある

 

しかし、これはスライサーで切った傷である

多くの人が「これはスライサーで…」というと
大きな声で「きゃぁ〜、わたしも…}
「いやぁ〜それは僕も…」
「痛いですよね…」
と、それぞれに思い出して、顔をしかめる

最近スライサーに補助の押さえが付いているが…
救急絆創膏を沢山付けたほうが、うれるんじゃない?

まんべんなく

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暖冬である
なぜ暖冬なのか?よくわからない
しかし、雪かきをしない暖冬は良い
雪かきをしないといけない暖冬は。あまり嬉しくない

つまり雪かきが、嫌いなのだ
そういえば、亡くなったコウさんが言っていた

若い時は団地で競って早起きして雪かきをしたものだが
今は、除雪車がこないと、役所に文句を言うようになった。

そうなのだ、小生も若い時は体全身に汗をかき、シャワーを浴びてでかけたものだが…
今は、痩せこけた身体で、汗がでる暇もなく外に出た途端、凍えて死んでいる
しかし、大丈夫だ、今は力仕事の魔子様がいる(?)

今週から盛岡は氷点下4〜5度が最低気温だという
そこへ雪が降ると溶けないで氷る
年末の日陰の雪がようやく溶けかかって土が見えたのに…

小岩井の雪まつりは、大丈夫か?
安比は?網張は?スキー場は…?
そして春の農業用水は大丈夫か…
水需要の90%は農業用水だという
日本は水田というすこいシステムを持っている
上流に降った雪や雨が、川や水田をつたって下流までまんべんなく行き渡る

政治は富の再分配だという
水田を満たす水システムのように、まんべんなく、行き渡ってほしいと思う
暖冬だから水不足だといって増税することの無いように…

 

乾いたモリオカである
しかし、春になればドカ雪はふる(と思う)

 

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三方良し

正月の初詣は、いつも榊山稲荷へ歩いて行く
盛岡の北にある榊山稲荷は、庶民の神社である
盛岡を見下ろす坂の上の境内には、池や金運神社や飲食業の神様、安産、学業のなんでもござれの神様である。盛岡の氏神様といへば榊山稲荷かもしれない

街の中心部にある桜山神社は、のんべのサラリーマの居酒屋の守り神ではない。
不来方城内にあるから、武士のための南部さんの神社だろう。

八幡宮も参道には寂れた飲み屋街があるが、その名前から八幡太郎義家を祀っていると思っている人が多い。
しかし祀っているのが武運祈る応神天皇である。
つまり天皇家の守り神としての神社であるから系列としては国家神道である
お稲荷さんなどの氏神様は民間神道(?)である。

 

つまり神様というか神道には二系列あって、天皇家の系列である天照大神の国家神道と
八百万の神(山の神、海の神、水の神。…)をまつる民間神道と二つである
それをごっちゃにしている人が多い。

商社に勤めていたころの上司である課長は、関西出雲大社教の神主であった。
出雲大社教と言うのは、なんでも出雲大社の大国主命の左側(右かもしれない?)にいる神様を信仰している宗教である。
一部上場会社の課長が。宗教にはいっていると言うのはちょっとおかしいのかもしれないが
彼は堂々と言ってあるき、勧誘していた。
そして書類に決済するときも、じっと書類に手のひらを当て祈りながら「よし!」と大声を出して判子を押した
もっともグダグダ言って結論がはっきりしない課長が多くいた。
それよりは、まだましだったが…
そんなことから、ちょっと宗教に関心を持った。
彼に教わったのは、柏手を2回打つのは下位の神様でお稲荷さんや蛇を祀っている神様で
一番上位の伊勢神宮では6回柏手を叩く、大国主命は4回と聞いた

たしかに伊勢神宮に詣でた時に6回叩いている人がいた
盛岡駅に有るホテルの結婚式場では大国主命を祀っているので4回だと人から聞いた
いろいろとややこしいしきたりがあるのだが、連綿と続いているのだから宗教というのはすごい

 

その榊山稲荷に行くのに、いつも歩いて行ったが、今年はズルをした。
車で行ったのである。おかげで酒は飲めないので
榊山稲荷の振る舞いの樽酒もいっぱいしか飲めなかった(?)
いつもは100円を納めて、なみなみと三杯は飲み干していたのだが…

 

氏神様をお参りしたら、次は菩提寺だろうということで寺にも行った
紅白を見たのか夜通し映画を見ていたのか、しんとしていたが坊守さんはストーブを点けておいてくれたのだろう。本堂の中は暖かかった・

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「「なんまいだ」を三回言って、三方に頭を下げて
三宝にに乗っている鏡餅をながめつつ三方良しを唱えた

三方良し。これが今年のキーワードだ
三方良しは、近江商人の言葉である
「売り手よし。買い手よし。世間よし。」の三方がよいのが商売だ。という意味である。
今のように「消費者は神様です」「消費者ニーズを…」というような目先のことではなく
また「利は元にあり」という言葉も深い意味があるが。もう一つ足りない
やはり世間に貢献をするということがこれから求められるのだろう
大手は木を植えました。寄付をしました。
とさまざまな目に見えることやっているが、眼に見えないことが大切なのである。
そんなことを感じる年明けである

さて次は…
いつもは疲れ果てて帰るのだが。今回は車である
よし足を伸ばそうと、初春の盛岡を眺めに行った

 

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いつもは、三方からくっきりと見える岩手山も、今日は雲の中である
しかし、街中はくっきりと浮き上がって見えた

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山岸方面の白百合も…生協の青い屋根も…IMG_1046

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三方がしっかりと見えた初春の岩手であった。

いとパン

人参を買う客がいた。
もうテントハウスの時だから17〜8年前のことだろう
単に人参だけを買う客ならいつもいる。
その客は、若いのに夕方買いに来る。
それも人参だけを大量に!である。

最初は、どんな仕事をしているのだろうか…
と思ったが、真面目そうな顔をしている。

その時は、なんとなく話しかけたいが、
話しかけられないような雰囲気も持っている
それは病気のせいだったのかもしれない。
有るときは、年上らしい女性と一緒に来た
母親だろうか…年上の姉だろうか…

しばらく見えないな…
と思ったら、”九州に行っていた”と言う
なんでも”ガンの治療だ”という

そんな話があって、しばらくして来なくなった。
亡くなった。と人づてに聞いた

ちいさな野菜畑20年の歴史の中で、なぜか記憶に残っている客であった。

その客の遺稿集を出したという

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県職員で、スミレの研究者で森林インストラクターの第一号の人だという
そういえば、小岩井で環境問題をテーマに県のイベントをやった。
その時に店以外で初めて彼と出会った。
しかし、その時彼は主催者側ではなく、森林インストラクターという参加者側だったような気がする

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開いた最初のページに、カタクリの花が載っていた。
某朝日新聞の写真コンテストで秋山庄太郎賞をもらった作品だという

亡くなって16年。
”イトパン”と多くの人に親しみを込めて呼ばれていた。
こんなに多くの人に思い出を語らってもらった人がいるであろか?

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岩泉に行くと呑み会で必ず合う櫃取湿原の西間薫も…
高校で一級下の澤口たまみも、思い出を寄せている

そんな伊藤正逸の濃密な関係性の遺稿集を
自然とともに有りたいと想う人に…と編集人がおいて行った。

20年前、竹やぶと葛だらけの店の土手も、毎年せっせと草刈りをしていたら、
植生が変わったのだろうか、スミレが咲き乱れるようになった。

今年の目標

この三〜四年、雑煮というものを、満足行くまで食べたことがない
いつも満足する前に腹が一杯になってしまうのである
いや”腹が…”ではなく、”胸が…”である。
食道癌で食道を獲ってって以来、30kgほど痩せた。
それから胃袋が一杯になる感触は無くなって、初恋のように胸がキュ〜と一杯の感触なのである
食道を取った手術痕が、食べ物を通る道を妨げているようである。
だから大晦日のご馳走も…正月のご馳走も…無い

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なんせ、煮た大根を二切れ食べ、雑煮の餅抜きの煮汁を呑んで、
盃で一〜二杯、唇を濡らしただけでもう胸がいっぱいである。
(コップ型の盃? 盃型のコップ? いずれも正解!)

ところが、この煮た大根が絶品なのである。
口に含むと、ほろほろと溶けるように崩れ、その苦味と甘味が重なりあって絶妙なのである。これに有るところで買った「ハラペーニョ味噌」を塗りたくって食べると
後からくる辛味が、しつこく絡んできて、いやはや酒がすすむのである
だから、もうこれでいいと思わせるのだが…

 

年末に、睡眠時無呼吸症候群の病院に行った。
いつものまるで自身が無呼吸ではないかと思わせる太った女医ではなく、
小柄な白石明媚な医者というような感じの先生が出てきた。
なかなか治らない「日中の眠気」について再び問うた。
彼は明確に「治らない日中の眠気は無呼吸が原因ではありません。
無呼吸の眠気はデーターから治っています。
無呼吸は脳からくる疲れですが…
貴方の場合は、体力が無くなって、筋肉の疲れからくる眠気です。
高脂肪・高蛋白の食事をしてください
玄米菜食はビタミンだけで、蛋白と脂肪は不足です。
どうですか?よく食べられていますか?」と問われた。

ハッ!と気がついた
そういえば、痩せたから良いと思っていたが。必要以上に筋肉が落ちている
先日も居酒屋でバランスを崩してころんだ
起き上がろうと膝に力を入れた途端、力が入らなかった。
今朝も、元日のルーティングワークのコースをでかけたが
いつもは歩いて榊山稲荷へ向かうのだが…今日はズルをして、車ででかけた。

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そしていつもの本殿と金運神社と農業の神様旭龍神社をめぐろうと思ったが
金運神社まで上がる気力が湧いてこないのである
なんといっても、魔子様と膝は「言うことをきかない。」
これでは金が貯まるはずがない(貯まるそばから、こぼれ落ちていく)

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大晦日の昨日は、年越しそばを当店で何回も打っていた梅さんが、
今日は神社の徹夜の手伝いである。よく働く人だ。感動モノである。
その梅さんがいる休憩所で唇をアルコール消毒して引き上げてきたが…
足はガクガク、ブルブル。これでは今年一年の体力が心配である

来年はワールドカップの日本代表のように
必死になってフィジカルトレーニングをしなければ…
そこで今年の目標は、
体力を回復し、五合を呑んでも脚がふらつかない!できれば一升を!

ということにしました。
皆さんの絶大な協力をいただきながら、果てしない悪戦苦闘を乗り越えて、
感動の人生を邁進し「歴史を変えたい」と考えております。

 

注!体力の回復が目標ではなく、五合を呑んでもふらつかないのが目標です
優柔不断の自己弁護入道拝

すっぱい。しょっぱい。

金沢の友人が「漬物贈るから…どちらに送ったら良いか…」と電話がかかってきた
自宅に送るか?店に送るか?を聞いてきたようだ
”まだ店をやっているのか?”という確認だろう

翌日、届いた。
漬物と言っても、かぶら寿しだ。

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これは漬物なのだろうか?
名前は寿司なのだが?

岩手にも”飯寿司(いずし)”というのが有る
いや”なれ寿司”だっただろうか…

どちらか忘れた

 

今年の春先から、糠漬けをやっている
こまめに野菜を残りを漬けて、こびる食堂で多くの人に食べてもらおうと思ってやり始めた
しかし、糠漬けは難しい。というか

米ぬかは、自家精米しているので大量にある。
余るので鶏を飼っている公太郎(山地酪農牛乳の吉塚家長男)に引き取ってもらっているぐらいだ
ホーローの容器、カメの容器もいくらもある。
だから、いくらでも出来ると想うだろうが、材料がそろわない
適材(胡瓜・茄子・大根・人参・などなど)が出てくるときは良いが
あまりにも量が多すぎると食べきれない
少ないと容器だけ数ができ、かき回すテマヒマが大変である

しかし、それ以前に味である
糠漬けというのは過ぎると酸味が勝つ
過ぎなくても酸味がでてくる
この「酸味、すっぱい」
多分東北人には。向いていないのかもしれない
「すっぱい」よりも「しょっぱい」のほうが東北人に合っているのではないだろうか
糠漬けが、なかなか量がはけない。
先日某生協で「胡瓜の糠漬け」というのを購入した
胡瓜に糠がベッタリと付いているのである。ワンパック二本で290円だった。
買って食べたら、塩味しかしなかった。
「エッ?これが糠漬け? 単なる塩漬けでは…」という代物だった

だから岩手の人は本物の 糠漬けを食べたことがないのではないか?

うちの魔子様は、東京の下町育ちだから糠漬けは子供の頃から食べ慣れている
「この酸味が良いのよね…」と言って酸っぱい漬物をパクパク食べる
だから当店の糠漬けは、魔子様に味見してもらってから店頭に出すようにしているが…
これは失敗だったかもしれない
魔子様の味見は「酸っぱくてまずい」のかもしれない。漬物に関して言えば…

小生の味見のほうがいいかも
なんと言ったって”酒のあてに良いかどうか”で判断するのだから…

 

そのかぶら寿司だ
以前、北上の八重樫真純からもらった飯寿司は、まさに発酵しているというシロモノであった
酸味が勝って、これは喰えるシロモノか?と思ったが
食べ慣れてみると、それなりに美味しい
見た目は気持ち悪いが…
金沢のかぶら寿司も、同じ乳酸発酵だという

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これは蕪の間にブリがはさまっているという。

乳酸発酵は、殺菌効果が抜群であるという
冬の季節に動物性タンパクを乳酸菌で体に取り入れる古来の智慧だろう
これは北海道から東北、北陸までさまざまなものがあると言う
地域の食文化と言いながら、「地域の気象(風土)」が似ているところは同じ食文化が発達するのだ

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