ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

カテゴリーアーカイブ: 私たちの思い

やま

ようやく一山越えた
こじ開けて、むりやりに…
自分で自分を鼓舞しながら、ようやく越えた。

いや安心は出来ない
まだまだ越えないといけない山が立ちはだかっている

よく見渡してみると山だらけだ
高い山、低い山、道なき山、道が消えている山
登山家のマロリーは「そこに山があるから」といったというが
山を越えても、また山があるのだろう

そんな気がする人生である。

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手焼き

よこやませんべいを知ってるかい?

なんでも有名な煎餅だという。「羽田うちでは…」と魔子様は言う

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東京は蒲田にある穴守稲荷の擬宝珠の形をした醤油せんべいである。
魔子様が子供の頃、よく食べた、夫婦でやっているちいさなせんべい屋だったという

有名になったが、未だに夫婦が手焼きで焼けるぶんしかないという。それも電話で予約だという
下町のちいさなせんべい屋が生き残っている文化である。

 

そんな魔子様の家に、いつも南部せんべいを手土産に持って行っていた。
今でこそ認知症でボケた母親だが、当時は

「”ほら!あの、いつも南部せんべいを持ってくる人!”とおぼえてくれるから…」

と手土産は「南部せんべい」にしていた。
魔子様の家族は、あまり好きでは無かったと後から聞いた。
「よこやませんべいが、あるから…」と

 

江戸のハズレの羽田で、頑なにちいさな煎餅にこだわっている手焼きの煎餅屋と
田舎町で、大きくなろう大きくなろうとしてあがいているせんべい屋と…
資本主義の拡大経済と地域の食文化、人口が増えていく都市と、減少の田舎、技の継承と機械化のこれから等々
様々なことを考えさせられる

 

ときおり魔子様の実家に入った姉が、横山煎餅を贈ってくれる
あっという間に無くなるが…
しかし、最近はあのゴマ味の南部せんべいも捨てがたい、と思うような歳になった。

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JAPAN WAY

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何回も、何回も、見なおしている
極早朝に目が覚めて、まずスイッチを入れて、画面に広がるのはグーグルのニュースだ
それをグッ−っと下におろして、スポーツをみる
いや、その前にエンターメントや政治ネタで取り上げられている小さな記事も読む

ワールドカップの日本の活躍である
ただただファンとして単純に嬉しいから見ていたが…
ふと気がついた
おれは何を見ようとしているのだろう

結局、今まで勝ったことのない日本が勝ったという快感
そして小が大を倒した快感だけでなく
あのラグビーで、番狂わせがないラグビーで、体格の違いも運動量の違いも大きすぎる差を物ともせずに、
ちいさな選手たちが…鍛え上げられた選手たちが勝てるのは…

なぜ?

確かに外人選手の力が大きな影響を与えたチームだったが
外人選手だって、祖国の代表選手には、一歩も二歩も遠い選手たちである
それをまとめて鍛え上げたエディの手腕と
「日本ラグビーに誇りを取り戻す」という強い信念だろう

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その彼が掲げたのは「JAPAN WAY」である
今までの指導者は日本人は体力に劣るから…と言って

「接近・展開」の発想だった。つまり身体の大きな選手に近づきながらボールをパスしてつなぐ

ところが彼は
身体の小さな日本人を身体の大きな外人選手の足元にツッコミ、ちいさなパスでボールを繋ぎ、又足元にツッコミ、小さなパスでボールを繋ぐ
それをミスすることもなく何回も繰り返して相手のスキ(空隙)に飛び込んで距離を稼ぐという戦術を実行した
これは突っ込んでも潰されないような頑丈な体力と、跳ね飛ばされないように瞬発力を鍛えないと戦いにならない
そのためにフィジカルトレーニングを一日に何回も、世界で一番というぐらいやったという

やはり世界でベストエイトに入ろうとするには、小手先の器用さでは難しいことを身体で知っていたのであろう
しかし、見ていてイライラしたのは

ボールを持ってツッコミ…ボールを持ってツッコミ…それを繰り返しながらジリジリと後ずさりのように下がっていくことである
いくら前に投げたらダメというルールでも、後ろに下がってはトライに結びつかないと、イライラしていたが
正確にミスせずにボールを繋ぎ続けていくと、相手は根負けして必ずちいさな穴が空くのである。

なるほど、これが「JAPAN WAY」か

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しかし、この戦術は使える

今地方都市は、大型資本にかき回されている
商品の種類、売り場面積、見せ方、もう勝てないというぐらい圧倒されている
いや、ちいさなコンビニでも、その商品の並べ方や種類、その展開力は地方の小売店の努力を凌駕している

勝てないまでも、どうしたら負けないのか…

そんなことを考えながらエディジャパンを何回も繰り返しみていると

「JAPAN WAY」にむすびつく
そうだ!これだ!

小さな企画を…小ロットの商品を…ちいさなニーズを…
大型資本が手を出せない、ちいさなものを数多く正確にタイミングよく打ち出すことではないか

そのうちに相手が、ほころびを見せてくる
そこが狙いめである。

 

 

つながるさろん

ちいさな野菜畑開設20年を数え、新しい店の形をつくります
今まで「地産地消」や「身土不二」を唱え、地域の人々が心の通いあうなかで農産物が流れる流通をつくろうと取り組んできました。
ようやく道の駅が、あちこちにでき、農協の直売所も規模拡大し、量販店にはインストア−産直が増え、手軽に地域の農産物が手に入る状況になりました。
また以前は、仲間はずれにされた有機農産物も、認められるようになり、多くの需要が生まれ、農家が直接繋がる流通ができつつ有ります。

全国に先駆けて岩手県が掲げる「地産地消」に、当店が農家と市民をつなぐ街中の直売所、県内の有機農産物の直売所として、一定の役割を果たしてきたと自負しております。
そこで20年目を迎え、新しい店の形を打ち出したいと思います
それは、人口減少社会に向けて、地方都市の新しい流通と地域のあり方です。
歴史上、人口が増えるということで、全てのことがらが考えられてきました。

人が増えるということは、増えた人数分の需要が増加するということですから、物は必要となり、需要が増えて生産が増えます。人口に見合う分だけの生産が行われれば良いのですが、増大した生産は止まりません。必然的に世界へ向けて生産・販売されていき、世界をターゲットにしたグローバル化が叫ばれるようになりました

しかし、その拡大する経済を支えているのは、枯渇する天然資源の石油です。
ところが科学技術の発達は、石油資源の枯渇も克服すると思わせる様相を呈していますが、東日本大震災の原発事故以来、科学万能の社会に警鐘をならし、疑問を抱く人が増えてきました。

そこで「江戸時代の循環型社会に戻ろう」と言う動きが出てきました

江戸時代にもどるのではなく、循環型社会へもどろうという動きです
それは単なる物質のリサイクルではなく、生産と流通と消費が一定の循環する成長しない社会なのです。

日本は、欧米のような安定した気候の乾燥地帯ではなく、嵐が吹き荒れるモンスーン地帯で、助けあって生きるというコミュニティが生まれました
また細長い島国は、平坦な地形は無く、山と海と陸の組み合わさった複雑な地形を生み出しており、一箇所として同じ気候風土が無いと言っても過言ではありません。そんな地域の自然は、暮らす人にとって当たり前のことでも、ひと山越えれば、違う気候風土の中では違う発想がうみだされます。
青森と岩手の言葉がわからないように、そして岩手でも県南と県北と沿岸部は、風土も風習も違います。
それを我々は、一方通行のマスコミや、学校教育の共通語で話すことによって一定の理解をしているように思っておりますが、真の理解はできていないような気がします

もう一度、同じ風土に住む人々が、深い理解と、真の理解を…
そして狭い地域で深い関係性をつくることが、人口減少社会の地域と交流のあり方ではないか?と思う次第です
そして、また隣のむらの違いを理解する深い理解を…
循環型社会の基本は、農林水産業です。
なぜなら単位面積あたりの生産量は限られており、生産は増大しません
農業は生産技術の発達で、単位面積あたりの生産量は限界まで伸びました。
林業は、皆伐と手入不足で森は荒れ、水産業は乱獲で水揚げが減少しております
それをもう一度、永続して循環する生産のちいさな営みが、あちこちで行われるようにすることが、地域で我々の目指すところではないか?
地域の人々がもつ様々な智慧を出し合って、もっと深い関係性のつながりの中での交流が必要ではないかと考えます。

そこで、ちいさな野菜畑では「つなぐサロン」と称し、一人ひとりの顔が見え、言葉を交わすことができる、深い交流の中で、問題意が語られる場を目指したいと考えております。
ちいさなサロンですが、深いサロンです
多くの人が集まるイベントにはない、心の交流を積み重ねていきたいと考えます

その中で語られる氣づきが、新しい地方の叡智となり、次の世代につながる智慧となるように願っております。
人と人が、単なる知り合えるサロンではなく、「深くつながるサロン」
 

そんなことを、二十年目にして考えております

 

この国のかたち

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「TPPが大筋合意した」と騒いで「合意内容」がいろいろと取り沙汰されて解説がされている

ようするに自由に輸出入ができるように努力している。
それが少しづつ前進している。という感じだ。
輸出入が関税が無くなって、どのようなメリットがあるのか?
どのようなデメリットを、もたらすのか?

さまざまに、いろいろと利害関係が有り、よくわからない
デメリットばかり強調しているところもあるし、メリットが有るところはあまり騒がない
しかし、国を二分してデメリット・メリットばかりで議論されているが、それだけで良いのだろうか?
「この国のかたち」が議論されていないのが大きな問題では無いのか?

「戦争法案」でさえ、なし崩しに戦争に向かっている。
紛争の解決策として、戦争をするのか?しないのか?
この国のかたちとして、隣国や国際社会とどのような形をつくり上げるのか?
それが多くの人の威勢のいい言葉だけで、進んでいるような気がする

TPPにしても一時の「がんばれば良い社会が…」という言葉の羅列にすぎない
頑張れない人々の想いはどうなるのだ。
政治は、富の再分配ではないのか?
だんだんアメリカ型の格差社会に近づいている

我々は江戸時代、日本にやってきた外国人たちが驚嘆した世界を持っている

「世界一清潔で、明るく整然とした社会だ!」

渡辺京二「逝きし世の面影」

そんな社会で…国で…いいのだ。
そして明日も、食べるものがあれば…

ささ

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ささにしきは、作付面積が少なくなった
それだけ食事が肉化されたのだろう(?)

今、品種的には、全国的には「こしひかり」が大勢を占め
東北は宮城まで作れるが、安定しないために「ひうとめぼれ」が主流である

「こしひかり」「ひとめぼれ」は、同じ系統である。つまりもちもち
ほんらい日本の食事は、さまざまな副食とともにあった
野菜や豆、小魚
それに合う米ということで、他の味を邪魔しないさっぱり系の米が多食された
「ささにしき」である

ところが戦後、食事が欧風化されて肉魚が多くなると、その味に負けない米
「こしひかり」「ひとめぼれ」が選ばれてきた
それが、今は美味しい米の代名詞となっている

こんどはTPPで肉や魚が安く大量に入ってくる!と喜んでいる人がいるだろうが
多分、違うのではないだろうか

ひょっとして原油が上がってくる。
そうなると輸送コストが上昇し、その石油で生産しているコストも見直されてくる
それ以上に海外から輸入する食糧争奪戦争がおきる
今、さまざまなもので中国に買い負けている
中国経済も落ち目になりそうだが日本が勝ち続けると言う保障があるのだろうか

そんなことで一喜一憂してはならない
食料は飢饉が起きても、備蓄が三ヶ月程度あれば次の産地から生産されてくると言う(世界規模では…)
神戸や東日本の大震災で、明日の米もなく、飢えた経験のある人には

世界よりも目先だろう
近くの米屋に積んである玄米が食糧の安全保障なのだ
量販店やコンビニなどの本部に置いてある米でさえ、輸送手段がなければ役に立たない

それ以上に海外から取り寄せる肉魚にあう米よりも、野菜にあう品種を残しておかないと…
あっさりしたササニシキは、野菜に合います

ササニシキが消えたのは、食事が欧風化されただけではなく
作りにくい(草丈が高くて倒伏しやすい)品種だからです
しかし、誰もが作れるよりも、
どんなものでも作りこなす技をもっている人を大切にすることが必要ではないか?

そんなことを思っている”しんまい”のTPP評論家入道であった。

金の切れ目が、縁の切れ目

雑穀の畑である

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いや畑ではない。
水田に雑穀を植えて転作をしているのである
転作奨励金がでるからだろうか…
農協ぐるみで取り組んでいる
しかし、組織で取り組まないと難しい。
なんといっても種まきは良いが、収穫が大変なのである
お米の収穫にコンバイン(収穫用機械)を使うが、雑穀用には、できていない
雑穀は、米と違って粒が小さいのである。
だから米用のコンバインを使うとほとんどの雑穀は、地上に落ちてしまう
という話を聞いた
だから雑穀専用のコンバインを購入しないと、大変な労力を必要とする
そんな大型機械を導入しても、雑穀の値段は、収量が少なく、それに比して安い
大面積で合理化して栽培しないと採算に合わないのである
それを岩手県南の農協は、組織ぐるみでやっている

岩手を縦断している4号線沿いを走っても、雑穀畑はみたことがない
どこで栽培しているのだろう
と思いながら走っていたら、横道にそれた山沿いに畑があった。
4号線沿いの南北に走る平野部は、北上川の沖積土だから保水性も保肥性もある良い土である
そこに流れ込む川ぞいのところに栽培畑があった
やはり味の良いコメが取れるところでは転作はしていない

ところが雑穀は県南の文化ではない
岩手県北部の山沿いの小さな畑でほそぼそと作られてきた。
手作業だが家族労働で支えられる仕事だった。
県南は、餅文化である。
餅は低温につよく、商品になるような餅の品種は岩手県南が北限だった
食べる程度の餅は、県北部でも取れていたが…

本来、作物は地域の文化と密接な関係性を持っていた
それは、その地域の風土とともに作られていた
ところが「農政」と言う名の政治や経済性で歪められてきた。
こんどはTPPである。
グローバルという名のものに、地域の文化が根こそぎ破壊されてしまう
それでも「地方創生」という
政治は、やっていることと言っていることが違っても、平気らしい。

 

南部藩は、雑穀と豆の産地であると言う
雑穀と豆を共作していれば、凶作にはならない
どちらかが、収穫できるからである
ところが米と豆では、両方共に凶作になるという
南部藩は、ひどい飢饉に何度も襲われたのは、そのせいだという

自然とともにある暮らしは、続くが
貨幣とともにある暮らしは

金の切れ目が、縁の切れ目か?

転機

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「業界紙に、お前の写真が出ている」と先輩がメールに添付して記事を送ってくれた。
業界紙の記事は、同期の人間の出世話なのだが…
何故か写真の中では、小生が一番手前で、一番大きく写っている。どこへ行っても目立つ奴だ。
30前後のころだろうか…
アメリカに出張した時の写真である。懐かしい面々が一緒に写っている

ふと思った。
人生の転機という言葉を…
この訪米のあと一年後くらいだろうか、その会社を辞めた。
良かったのだろうか?
いや今のことを思えば、そのまま我慢していたほうが良かったのだろうか…
我慢して続けて入れば、今頃は都会の片隅で、孫に囲まれ年金暮らしだった。だろう
いや、そこまで順調に行っているだろうか…
なんせ、その会社は、辞めたあと他の鉄鋼メーカーの商社に吸収合併されている。
そのときに合併に反対する人たちから「一緒にやろう」と話がきたこともある

盛岡に帰ってきて、会社に入り、又東京に呼ばれ、又盛岡に帰り、
「Uターンではなく、Wターンです」と言って人を笑わせたのだが…
それぞれの時に、それぞれの転機があった。
4っつの会社に入り、4っつの会社ともに今は無い。
まさに一つ一つの転機が、ドラマのような展開だった。

 

高度成長期までは、一つの会社に務め上げることが最大の仕事だった
だからいい成績をあげていい学校に入り、良い会社に入った人が勝ち組だった。
だから受験戦争があり、就職戦線があり、出世競争があった。そして定年になった。
戦争だったのである。
多分本当の戦争が終わっても、日本人のがんばりは、別の戦線拡大にいったのかもしれない
そして勝った(?)結果が、現在の社会である。

良かったのか?悪かったのか?わからない。
が、良くはないと思っている。

ふと思う
一つの会社にいて務め上げていれば、それなりに良かったと思うのであろうか…
たぶん死ぬまで、わからないだろう。
いや死んでもわからないだろう!

あぶら

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カウンター席に座って外を見た
ここは、バイパス沿いの車の代理店である
”芋がどうした”というキーの電池が切れたらしい

そんなマークが、車のメーターのところに点いた
キーの電池は、自分で取り替えられるというが
そんなこと覚える時間はない
やることが多すぎるのだ

と言って代理店に行った
そこへ行くと、珈琲のサービスがあって、飴もついてきて、週刊誌も読み放題である
ちょっと息抜きではないが、息抜きである
キーの電池の交換だけではなく、定期点検もタイヤ交換も忘れていたことを思い出した。
スタッドレスはもう、今冬は役に立たないと言う。痛い出費だ。

スポーツ新聞をみていたら代理店の担当者が挨拶に来た
慌てて新聞を閉じた。
見てはいないが、女性の裸が載っているページが開いてあった。
そんな歳ではない。

世間話をして、アベノミクスで地方は疲弊して売上が上がらない話をえんえんとした
そして、盛岡の北は、良い車が売れるが廃車にする人も多いという
盛岡の南は盛南開発ブームに乗って、営業マン一人あたりの台数が多いと言う
先日、内山節さんが
「某◯ヨ◯自動車の悲願は、国内の営業が黒字なることと聞いたが…本当か?」
「それ日経新聞にも載っていましたが、うちも一緒です。
うちの営業拠点は北米・アジア・日本とヨーロパがありますが、赤字で足を引っ張っているのは日本だけです。他も一緒ですよ」
と言う
「それだけ国内では需要が少ないのだ。金も無いけと…」
「海外では、インドですね、インドは順調にと言うか急激に伸びてます。ウチも行っておりますが、軽のメーカーが強い」
「ス◯キだけだね、伸びているのは…」
「ぇ〜でも今年あたりは、ガソリンが安くなっていますから、北米の新車販売は好調のようです」
「しかし、原油は大丈夫なの?OPECが無理に下げいるから安いけれど…」
「今年度は、大丈夫と関係者は言っておりますが…来年辺りから少し上げ基調でしょうね」
「上がったら、一気に上る可能性があるよね」
「それは、そうですね」

枯渇する化石燃料の不安があがれば、さまざまな影響が一気に吹き出てくる可能性が…

食べる!食べない!

”アミタケ”と言うキノコ、知ってます?
なめこのような感じなのだけど、何故か酒呑みは、よく知っている
よく居酒屋で、大根おろしと一緒にお通しに出てくるキノコです
塩漬けキノコとして、年中出回ります。

今が収穫の旬ですIMG_0002
ナラタケ(別名ボリ)と並んでポピュラーなキノコです

 

放射能が検出されました
「検出」というと驚いて手を放す人がおりますが…
きちんと見て、知って、わかって、手を放して欲しいと思います

検出した数値は「20ベクレル」です
その「20ベクレル」も、セシウム37とセシウム34を合わせて「20ベクレル」です。
福島の原発が事故を起こした当時、セシウム37とセシウム34の比率は、2:1でした。
半減期が短いセシウム34は、37より少なくなって現在4:1ぐらいになっております。
このアミタケの数値は、ほとんどその比率の数値になっております
チェルノブイリの放射能は、もう34は出現しませんセシウム37だけになりました。
だからフクシマ由来の放射能であることは確かです。

その20ベクレルという数字の意味が理解できません!と言うか、個人個人でバラバラの理解です。
これを食べると身体に悪い変化があるのか、無いのか…
一応国の基準が100ベクレル以下は販売しても、食べてもいいと、なっております
しかし、原発事故当時、国の基準が二転三転したことや、他国の基準と比べたりで不信感を持っている人もいます。また人工的なものを身体に取り入れることは一切許さないと言って、積極的拒否をしている人もいます。
以前は国の基準が絶対的だったのですが、さまざまな問題で国の基準が、ショッチュウくつがえることから不安視されていると思われます。
総理大臣や政府が、これだけ信用のない国は、先進国では最近聞いたことがありません

しかし、アミタケは、食べないと生きていけないというほどの食材ではありません
まして主役になりきれない材料です。
放射能がでて、「じゃあ〜食べない」という選択もできます。
しかし、秋だ!秋の証拠だ!という季節の旬を感じて、様々に利用できる山の恵を味わうべきではありませんか…
20ベクレルというのは、1kgを食べた場合の数値です
アミタケを1kg食べるというのは容易ではありません。多分50グラムも食べれば満足します。。
秋の味覚をつまんで秋の夜長を感じて一杯やる。そんな豊かさが味わえるのは天然のキノコでは無いでしょうか?
ひょとして、それが岩手の豊かさの証なのかも…

最近、われわれ団塊の世代のがん患者が周りに急に多くなってきました
以前は「がん」というと不治の病だったのですが、最近は医者も、すぐ宣言します
早期発見なら治る可能性が高いからです
しかし、宣言されて、すぐ亡くなるかたもおります。
以前は脳卒中が死因の一番だったのですが、「がん」が一番になり、その原因が色々と取り沙汰されております。
やはり着色料や保存料など合成化学の添加物が多くの原因だったのかもしれません。

いすれにせよ科学の進歩で我々の生活は格段の変化を遂げました
また「食べ物」という分野では、長い年月をかけて壮大な実験をしているような気がします
科学優先で変化を続ける社会なのか…連綿として続いてきた食文化を残して行くべきか
さまざまな局面で、我々の個々の判断が後世に…子どもたちに…影響をあたえるのでは…
多くのことを考えて、食べる!食べない!の判断をしなければ…

 

アミタケは下記文章と共に店頭販売しました
真っ先に売れました。

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