ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

カテゴリーアーカイブ: 私たちの思い

物流

盛岡正食普及会の再建に関わったのは昨年夏だっただろうか…
最近認知症気味で、時系列がわからなくなってきた

そう思っていたら、マナ自然食品店が1月末に店を閉めると言う
年末に、ご主人が倒れて亡くなったらしい。

盛岡の自然食品の老舗が相次いで閉店をした。
二軒とも自然食品の扱うキッカケがちがう
盛岡正食普及協会は、戦後のアメリカ戦略の小麦の処分のために押し付けたパンへの食糧改善(?)から安心の自然食品へ…
マナ自然食品店は、マクロビオテックから自然食品へ42年の長きに渡って続けてきたという。
(ちなみにマナと言うのは聖書に出てくる「命のパン」という意味らしい)
当店などは身土不二の農から、地産地消の食へと言う流れで、自然食品の調味料を扱うようになったが…
たかが23年である

自然食品の発想の元は、石塚左玄である。
石塚左玄は明治の軍医で、身土不二や一物全体食を提唱した。
病弱な桜沢如一(さくらざわゆきかず)は、石塚左玄の食養生を学んで健康になったという
そして世界にマクロビオテックを広めた(詳しくは知らない)
自然食品業界メーカーのオーサワジャパンは彼の「桜沢(オーサワ)」からきている。

農産物が産直の展開で、どこからでも手に入るように流通が乱れている
自然食品業界も乱れに乱れている
今までは、ある程度秩序ある流通ルートが
ネット販売が盛んになるに連れて
卸売業や小売業、団体客や個人客。入り乱れて複層して商品が流れ始めている
一つ自然食品店が失くなると、あっという間に別のルートが幾らでもできる。
そんな雰囲気である。

当店もマナ自然食品の閉店した在庫を格安にて販売しているが
安いからと言って売れるものでもない
このような主張を持っている商品は、なかなか売れ筋にはつながらないのである。
安かったら試しに使ってみるか…という人がほとんどであるが

いずれにせよ
今流通の劣化が叫ばれ、直接消費者から情報を得ると言って「利益の中抜き」が行われているのが実態だ。
基本的には流通業界自身の劣化が契機となっているのだから、仕方のない面があるが…

とはいえ最近のヤマト運輸の運賃の見直しが、どのような影響があるのか興味津々である。
流通の劣化は、流通業者のタイマンと、運賃の値下げ競争にあると言っても過言でない
その運賃が上がるということで、各メーカーが一斉に商品の値上げや運賃の値上げに向かうだろう

 

あまり無理をしない
無理をしないでぼちぼちやろう

そんな感じだ!

 

 

 

 

 

 

 

ただめし

久しぶりに出張をした。
上京である。なぜ上京というのか
下京では、いけないのか?
いや右京や左京なら京都になってしまう
そいえば仙台に「花京院」と言う地名が有った。(関係ない)

前回の上京が、義母の一周忌だったらから、こんどは二回忌か?
半年に一回あるわけがない
実は、新しい仕事なのだ

どうしても聞きたい話と
どうしても見たいところと

二つ組み合わせて行くことにした。
聞きたい話は、おいおいと…
見たいところを今回書いてみよう

「未来食堂」である。

神保町の、とあるビルの地下にある。

客席12席のちいさな定食屋である。
レトロな椅子にすわれば定番の…と言うか…
メニューが一食の定食が出てくる。

小生が行った時間は、4時過ぎである。
時間を確認して行っただのが…
11時から夜まで…ぶっ通しで…
ところが夜は貸し切りが入っていたらしい

女性店主の小林せかいさんは
「もうおしまいなのですが…
今日は夜の貸し切りで…
こんどからはホームページで確認しておいでください」
と厳しい顔と声で言い放った。
なるほど本に書いてあるとおりだ。
愛想笑いをしない。言いたいことを明確にきっちり言う。
伝えながらもテキパキと作業をする
あっという間に定食が出てきた。

「それは申し訳ない。
岩手から出てきたもので…」
こういうときは遠方から来たと言うのは便利だ。
声が柔らかくなったのだろうか
「こんどはホームページをご覧になってから…」と言う
ランチを70食作り、6回転から7回転するという
その効率的な運営のほかに

驚くのは「ただめし券」を配るという
このシステムは
独りで店をしているので「掃除や下ごしらえ」などを手伝ってくれた人に
一時間労働の対価として「ただめし券」をくれるという
そしてそれを使って食べてもいいが、その「ただめし券」を店内に貼り付けて
自由にはがして使って良い。と言う
ようするにカネに困って食べられない人が都会の片隅で
遠慮なしに食べられるシステムである。

そんな馬鹿な?と思うだろう
まったく信じられないことをやっているのである

しかし、よく考えてあるシステムである
一食900円のただめし券なら原価は300円
時給300円にてアルバイトを雇っているようなものである。
アルバイトも勤めることによって技が身につく
一日に何枚もただめし券をもらっても使い切れないから
貼り付けて「寄付(布施)」という自分の心を満足する。
(行ったときは、千葉のおかあさんが一日まかないだった。将来定食屋を千葉で開きたいと言う。一日7枚のただめし券をもらっても…)
そしてただめし券」を使った人は、ただただ困っているときに感謝であり
自分もまた役に立つ仕事をしなければ…と思う

三者三様に納得するシステムである。
う〜ん素晴らしい

もしコレが成り立たないことが考えられるとすれば

食堂の効率的経営がうまくいかない
手伝い人が単に時間稼ぎの人
食べる人は面白半分に食べる人

そんな人ばかりではないと言うことを、この未来食堂は世の中に知らせてくれた。

たぶん貨幣経済のみで動くシステムなら、このようには行かないだろう
最低時間給を払えとか…
効率的に働けとか…

貨幣経済を超えたもの…
それが未来食堂のコンセプト

懐かしき未来

なのだろう

そのほかに
「さしいれ(酒をもちこみ、半分を持ち込み料としてさしいれ」
「あつらえ(夜は、冷蔵庫の中の二種類を使ってお好み料理」
「18禁(18歳以上、入場禁止の子ども食堂)」

さまざまなアイディアと実行力と社会を見る力と
単に経済だけでないこれからの事業のあり方を…示してくれたようなものだ。

問題は、コレが地方で成立するのか?ということである。
地方なりの工夫が必要だろう
それが地方の文化ということなのだろう
さまざまな地方の文化と組み合わせた、さまざまな未来食堂

真剣に考えてみたい。

ちいさな妄想

いろいろと考えなければならないことが、いっぱい有る
すこし原点に戻ろうと想っている

年末に一世代下の友人に…
「未来が広がっている息子に…」と言った言葉がある

そうなのである
自分自身30代前半、未来は、ようようと広がっていた。
「なんでもできる。どうしても生きていける」と言う、変な自信があった。
今にして思えば、時代が思わせたのかもしれない。
それが自分の中で変わっていったのは、40代の農業(農?)との出会いであった。
農業でも、なんとかなるさと思いながら飛び込んだ世界は、まるっきり違っていた
やること、やることが、思い通りにいかない。
そんなことから「一から勉強をしなおしたい」と思ったのは45歳の時だった。

そして様々な出会いがあって、多くのことに気がついた。
経済や国やその組織は、人が効率的に動きかつ効果的な仕組みを作るために人工的に作られてきた
ところがそのその人工的な仕組みの中で動く人間は、食糧というどうしようもないコントロールできない基盤に立っている。
(昔の戦も、すべて不安定な食糧確保から作戦が立てられていたという)
つまり足元が不安定なまま、組織に活かされて安定を目指すという矛盾の中で生きているである。

ところが農の世界は最初から不安定なのである。
雨が降れば根が腐り、晴れが続けば葉が枯れる、植物にとって当たり前のことであるが…
それを食糧として生きていく人間は、不安定な生活を強いられる。そして為す術がない。
ただただ、祈るというだけなのである。
だから農業と宗教は密接につながるのである

それを産業革命以後の科学技術は産業という考え方で農業を変えた。
さまざまな技術革新で単位あたりの生産量も上がったが…
そろそろ限界にきている
科学技術を支えているエネルギーが不安定だからである。

新エネルギーとして原子力やシェールオイル、再生可能エネルギーなど言われているが、いずれも安全性やコスト、量的問題を抱えている。
つまり今まで化石エネルギーを利用してグイグイ成長してきた社会は
全体的に、ここへ来て成長速度が鈍化しているのではないだろうか…

よく考えてみれば、自分の周りは、どんどん成長の可能性があるが
ひょっとして世界のある部分では、衰退しているのではなかろうか…。
つまり格差が広がっている。と言う状況ではないのだろうか…
なんと言ったって地球は、閉鎖空間の循環型世界なのである。

宮沢賢治は言ったという
「世界全体が幸福にならなければ、個人の幸福はありえない」と…
これは閉鎖空間の循環型世界では。
「現状に満足すべき」ということなのでは、ないだろうか…

世界一幸せな国ブータンが、その有り様では…

 

ちいさな世界の、ちいさな循環の輪が、
幾重にも横につながって…

 

そんな戌年のワンダフルの妄想である。

だんらん

ひさしぶりの朝である。
いや、ゆっくりと時間が取れる朝である。
いつもは目が覚めて慌ただしく資料を読み探し慌てだしく介護食を作り、慌ただしく店に出かける。

今日は定休日である。
仕事は山ほどあるが、とりあえず15分や30分は時間が取れる。
ストーブの前でボォーっとしていると、なんだか静から腹に響く音が聞こえる
なんだ?ガスの火が勝手について燃え上がったか?とそちらを見る

なにもない。
ふと窓の外から音が聞こえる。耳を澄ますと
なんだ!除雪機の音だ!
自転車道路を除雪機がゆっくりと作業員が押しながら歩いている。
「積もったのか?」とみるとそうでもないが、5センチ程度は有るだろうか
通学前に除雪をしているようだ…

熱い珈琲をブラックで入れて一息つく
特注の「フレンチブレンド」を挽いて、熱湯を注ぐ。
そして反射式ストーブの前でまたボォーっと座って火を見る。
火のある暮らしは、なんとなくホッとする。
ひとしきりボーっとした後、甘いものが飲みたくなった。
いつもなら机の上で駄菓子を一口つまみながら珈琲を飲むのだが…

今日は定休日なので居間のストーブの前だ。
自分の部屋の駄菓子を取りに行くのも面倒くさい。
ふと見渡すとココアが有る。
そうだ!久しぶりにココアを淹れてみよう

ヴァンフォーデンのココアの缶だが、開けると底の方に塊になっている。
缶に書いてある「ココアの淹れ方」を読むと
ティースプーンで1杯(4g)を入れて10ccの水またはミルクでペースト状にすると有る
テーブル計量器を出して測る

そうなのだ
いつもは適当なのだ
エィ!ヤァ!と入れて、ドバドバと注ぎ入れる
忙しいふりをして適当にやっていた
いつも人には言う
「忙しいという字は、心を亡くすと書くのだよ」と…

丁寧な仕事をする人は、忙しいふりをしない。
ほんとうは忙しいのだろうが…

「料理は科学である」と思ったことが有る
有るシェフは調味料を一つ一つ測って入れる
量や時間を測るということが身についている
そして最後は、ベロメーターである

 

そんなことを考えながら認知症の母が昔、作ってくれたココアを思い出した。
たっぷりとして甘〜いココアだった。
牛乳ではない。たしかスキムミルクだった。
いや赤ん坊用の粉ミルクのような気がする。
ココアも、どこか日本のメーカーだったような…

そこには有ったのは、美味しいココアではなく「団欒」だった。
家族が、火鉢の周りに集まってココアをすすった。

薪ストーブや火鉢、そして炬燵、家庭の火の周りには「団欒」があった。
火が見えなくなって、消えたものがいくつもある。

消えたものと…増えたものと…
どちらが多いか?少ないか?
良いのか?悪いのか?

これからの世代が決めることなのだろう

 

群れない生き方

二つ問題が起きた。問題と言うほどでもないが…

まず一つは、郵便局に残高証明を頼みに行った。
決算の法人としての残高証明だ。

ところが郵便局の通帳は「法人名ではなく」「店名」の「 ちいさな野菜畑」となっている
「店名」を振込先に利用している。
振り込んでくる客が、わかりやすいようにと替えているのである。
郵便局には以前、慣れた人がいたが、転勤になったようだ。
今回は古参だが、初めて残高証明と本局とのやり取りで入手するらしい。
残高証明の入手の用紙の書き方に手間取った。
ひとしきり本局とのやり取りをして終わったと思ったら
聞いてきた
「法人登録してますか?」
「登録?どこへ」
「…」
どうやら古参の局員は電話で本局と小声で話している
「どうやら個人商店のようです」
それを聞くなら「法人登記をしておりますか?」と聞け
ムカついて言ってしまった。
「銀行は法人名で口座を作っているが、郵便局は一般の人の振込利用しているので店名の口座になっているのだ」と言って他の銀行の通帳の束を見せた
住民のために個人サービスに徹底している特定郵便局は「法人対応」がわかっていないのだ。

束の通帳群だが、残高は束になっていない。貯まらないのだ(泣)

 

もう一つは、ケアマネジャーだ。
認知症の母を施設に入れようと秋から相談している。
一向に話が進まないので、このまえ話をした
三軒もってきたが、
「一軒は新設、もう一軒は今利用しているデイサービス。もう一軒は近くだがサ高住(サービス付き高齢者住宅)と言う有料老人ホーム」

一軒目の新設は、旧施設からの移行だがショートスティで利用しながら3月末の新設を待つという。二軒目は、年明けの予約待ちだ。そして三軒目は空いている。と言う

たまたま三軒めのサ高住は、「代表と懇意だ。」とそんな話をしたら
翌日、代表から電話がかかってきた
「ウチで進めていいですか?」「いやちょっとまって…」
”こちらが探している”ということをケアマネから聞いたという。

費用の問題、設備の問題、距離の問題、様々な問題を考えていくと
どうしても代表と懇意のサ高住は、三番目になってしまう
それを検討するために、近くの施設の比較を、お願いしたのだが…
これでは三番目を選ばざるを得なくなってきた
「断ってもいいですから」とケアマネは簡単に言う。
「断ったら、代表とわしとの関係はどうなるの?」

それこそ「個人情報の漏洩だ」とケアマネを怒鳴りつけて電話を切った。

 

だんだん歳が進んでくると気が短くなってくる
しかし、一時期よりも長いと思うのだが…

群れない生き方をしている
群れるということは、依頼心を増す
責任の所在が、はっきりしない。
そして深く考えない。
独りだと、考えて考えて、考え抜いて一歩踏み出す

 

よく言う

早くやりたいなら、独りで…
大きくしたいなら、みんなで…

 

いかされて

友人から、プレゼントを貰った。
「山椒七味とかんずり、自家製の一升漬だ」と言う

味噌汁に入れて、山椒七味を味わった。
ピリッとした辛さと、ゆずの風味が香ばしい。

かんずりは、新潟の土産だ。
以前、もらったことが有る。
辛い唐辛子の発酵味噌だという。
そういえば、ここしばらくは味わったことがない。
早速、田楽茶屋の岩豆腐のステーキに添えて、いただこう!
バターで肉厚の固い岩豆腐を、じっくり焼き上げてかんずりを添えたら最高だろう

 

一升漬は、多分多くの人は知らないだろう。
寒さの厳しい東北の食べものだと想うのだが…
地域によって三升漬けともいう
「青南蛮」と「米麹」そして「醤油」が原材料で、それを各一升づつ配合して寝かす
併せて三升だから、三升漬けともいう。

なぜか「一升漬」という商品はあまり見たことがない
多分、みんな自分で作ってしまうからだろう
安代の”もとみや”は、味噌屋だが麹製品を数多く商品化している

友人は、誕生日のプレゼントとだという
自家製と言うが…何が入っているのだろう
気をつけなければ… ヤツのことだから、自毛製かもしれない。
ひょっとして怪しげな縮れたものが一本混じっているかもしれない

 

小生の誕生日は石原裕次郎と北原三枝の結婚記念日だ。(もう若い人は知らないだろう)
そう言い続けて67年。
長く生きてきた。あとどれだけ生きられるのか…

生きるという西洋的発想ではなく
生かされていると言う、こうべをさげた東洋的生き方をしたいものだ

報恩講

報恩講の案内を掲示するのを忘れた。

EPSON MFP image

基本的には「政治」と「宗教」と「おかしな営業」は、店内の掲示板、ブログに載せないことにしている。
が…

これは別だ。

以前、怪しげな集まりの案内を持ってきた人に
掲示を断ると
「宗教と哲学と何が違うのだ?」と文句を言われたことが有る。

また「経皮毒」を説明すると言って「シャンプーを売りつける案内も来た。
どうやら新興宗教くさかった。

間際らしいパンフレットが時々紛れ込んでくる
が…

これは別だ

 

「内山節」は小生の師匠である。
もう付き合いは長い。
師匠と言いながら、不肖の弟子である。

思っていることの何分の一も出来ないものだ。
思っていることと理解していると違う。
ということを実感している。

どんな話をするのか、多くの人に聞いてみて欲しい。

裸足と靴

二人の人間に会った。

一人は問屋の老セールスマンである。
一人は福祉施設の若き代表である。

老セールスマンは、嘆いた。
「流通業界は壊滅です」
「地方の小売店は、どんどん廃業に追い込まれている」
「大手の需要先は、本社で決めてくるので地方まで回ってこない」
「仲間の問屋も、人が辞めていく」
「運賃も人件費も、どんどん上がる」

福祉施設の代表は
「施設に子どもや老人を呼び込むことをやっている」
「地域の人に、施設を利用してもらいたいと画策している」
「様々なことをしてきた、福祉タクシーや福祉弁当、
上手く行かなかったが、やり方ではなかったか…」
「地域に根ざすと、さまざまな小さな需要が見えてくる」

 

そういえば、昔、読んだコラムがある
「裸足と靴」というショートストーリーだった。
商社マン二人がアフリカに靴を販売するという特命を受けた
一人は、アフリカの現地人を見て言った
「これはダメだ。みんな靴を必要としていない裸足だ」
もう一人は
「これはいける。みんな裸足だ。いくらでも靴を必要とする」

 

たぶん大きな目で業界を見ると見えてこないものが
目先の地域の個々の訴えを塊にすることで解決することが有るのかもしれない。

ふと積雪7センチの朝、想う。

少欲知足

さまざまな大企業が、さまざまな問題を起こしてマスコミに騒がれている。
ほんの少し前

大企業(一部上場会社)という信用は重かった

商社に入社したときに

一流のところからものを買って、一流のところへ売るのが、一流の商社だ。

と教わった。
一流のところは、万が一問題が起きても対応は万全だ。と想っていたが

「万が一」どころではない。
頻繁に…と言うか、常態化している問題が数多く起きている。
これで一流の大企業といえるのか…
一昔前の言葉が、だんだん軽くなってきた

これは企業の問題ではなく
たぶん資本主義の問題なのではないだろうか…
「そういう宿命にある」という…

資本を投じて利益を上げて経費を賄うと言うシステムは、常に拡大を伴う
その拡大が一杯一杯になってきたのではないか
拡大しないで分散を望んでも、こんどは企業の精神が薄まる
ようするに二流三流になってくる。

はちきれそうに膨らんだ大企業と
二流三流に落ちこぼれた小会社グループと…

そんな大企業グループと、新興企業の争い

 

そんな構図が頭のなかに浮かんだ。

いずれにせよ
グローバル、はどこかで行き詰まるだろうと思っていたら
さっそく自国最優先のトランプが出て世界に広がっている。

そこから戦争になるのか…

その土地に根ざした循環型家族経営が、一番安心できるのか…
ところが人間は、「野心という向上心」をもった動物である

「少欲知足」と言う言葉が、身にしみて思うのは、いつのときか…

冬の時代に向かう朝の戯言である。

教えて欲しい

フェアートレードのチョコレートが並んだ
恒例の冬の商品である

いつも売っているのだが…
いつも思う
フェアートレードは良いことなのか?

ようするに海外の貧しい国の生産者から直接購入することによって援助する
ということらしいのだが…

貧しい国!貧しい人々!と言う位置づけが、こちらの上から目線ではないか…
経済的に優位に立っているから支援する
しかし、精神的には優位に立っているのだろうか…
また、金銭的に援助することで、貨幣経済に巻き込んでしまうのではないか?
彼らはちがう価値観で生きているのだ

ブータンは幸せ度が世界一だという
さまざまな国の幸福感が違って良いのではないか?
それを資本主義拡大経済の中に引き込んでしまうのが良いのか?

いつも考えてしまう。
正解はみつからない

教えて欲しい

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