ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

カテゴリーアーカイブ: 生産者と共に

父と息子

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久しぶりに北上に行った
一年ぶりだろか?

昨年、7月に入院してから、なかなか行く機会が無かった。
いや実際は、あるのだが車を運転するのが怖かった…
というか、病み上がりで筋肉が衰え、店のトラックハイエースの運転台に登るがやっとであった。
登ったら降りられない(泣)
というか、荷物の積み下ろしには何の役にも立たない
黙ってみているだけである。

先日も、生産者の奥さんの葬儀があったが、ランパスの皿洗いで欠席した。
こちらは軽のNボックスで行こうと思ったが、人手が足りなくて結局皿洗いを外れることが出来なかった(大泣)

今回、副住職(モヒカン坊主)の助手で行くことになっていたが、副住職は急に葬儀が入ったという
本当に亡くなるときは、お寺の売上計画通りに逝って欲しいと思う。
年末年始やクリスマス、幼稚園の入園式などのときは遠慮して欲しい(お寺の内部事情 代弁)

そこで独りで運転していくはめになったが、行った先でも焼香しないといけない
一軒の農家からハイエースに米を積んで(もらって)、それからもう一軒の農家に回った。

なんとか運転台に座ることは出来たが、今度は仏壇のまえに座ることができない
「棒のように」と言う形容詞がある
足を棒のようにして歩きまわる。とか
足が棒のようになった。とか
犬も歩けば棒に当たる、など
棒さんかんざし刺すをみた(?)

いろいろとあるが、棒のようにではない
足が棒なのだ。
むかし、下半身デブという女性に会ったことがある
スカートに隠れているが太ももが異常に発達した女性だった
別にスカートを捲ってみたわけではない
たまたま、触ったらめくれただけである(それはどうでもいい)

その足が足首から膝、太ももまでむくんで、一直線なのである。
つまり曲がらない。
脚が曲がらないと、いいことと、悪いことがある
良いことは「自転車に乗れ!」と強制されないことである
脚が長いから地面についてしまう。
悪くないことは「スピード違反でつかまらない」ことである
アクセルを踏みっぱなしでも「病気だ」の一言で片がつく

しかし、単なるこの症状を治すことができないというのは現代医学はどないなっているのじゃ?
西洋医学は、単に「あふれるほどオシッコがでるように利尿剤を飲め」という
東洋医学は、「内臓に細胞水を貯めこんでおく力が無くなった。内蔵が弱っている。」と言う。
おまけに「酒が美味しくない」というと「そんなにむくんだら当たり前だ!」と一喝された

とりあえず膝が十分に曲がらない、足首が曲がらない。だから正座も胡座もかけない(いびきはかける)
とりあえず中腰で焼香し、話をしようとしたら、なんとなく居づらい雰囲気である
大きな家の奥の一室に祭壇が会ったが、奥というだけでなく静かだった。
本人は言わないが、後から聞いたら、奥さんが亡くなった後、息子夫婦は家を出たという。
なんと…

嫁と姑と言うのはテレビドラマでよくテーマになる
しかし、もっと陰湿でひどいのは農家の長男と父親である
肉親だけに遠慮がない。そして自然相手は、結論がでない農業である。
だからこそ人生に裏打ちされた親としての経験と、若者の旺盛なやる気とのぶつかり合いは激しい
ぶつかり合いや殴り合いの喧嘩から、家からの追い出し、一切無視まで、さまざまな手法で相まみえる

地元の名士だけに、どう解決するのか
見てきた農家は、ほとんどが時間が解決していたが…

どん百姓

「どん百姓」という言葉があるのなら、彼らに送りたい。
と彼に言った。彼は苦笑いをしていた。
彼は高校の時、生徒会長をしていた。
小生は、体育会系のノンポリ派だだから、家と教室とグランドの三角形を三年間うろうろしていた。
だから彼とは話をしたこともない。おまけに彼は、病休で年が2つも上だ

小生が故郷に戻って農業をやるようになって、彼が近くになった。
彼は地元の農業や政治の名士になっていた。
そんな彼に「”秘伝”と言う青豆をやらないか?」と声をかけた

当時、あるグループから”秘伝”を買い求めていた。
納豆に利用したり、新しい企画「秘伝一家」に豆腐や味噌、醬油などを企画していた時だった
そのグループは、枝豆として売り、売り切れないものを大豆として小生のところへ持ってきた
その内に「味噌を作りたい」というので小生の加工場を教えてあげた。
彼らは、大量に作り、町内の役場やイベントで安く売り始めた
彼らにとって大豆が商品で、味噌は余計に出来た余り物なのであるが、量を売りやすいのは味噌の方である
ある年、秘伝が不作の年にであった。
そうすると突然、契約していた秘伝を出荷しないと言い始めた
「種豆が足りない」のだという

「種豆は更新したら!とりあえずこちらは契約だから…」
と言っても、種豆を更新する種代金が高額になる
だから契約は破棄して、自分たちの種豆にする、という話だ。
「あきれた。これでは契約は出来ないではないか?」と言っても、平気な顔だ。

あきらめた。
そんな時に転作に大豆を栽培していた、元生徒会長に声をかけた
「”秘伝”と言う青豆をやらないか?」
当時は白大豆は補助金がでるが、民間育種の青豆は、国から補助金が出なかった。
山形のダダッ茶豆は、茶豆だが県が奨励して補助金を出しているのだろう。だから生産量が多い

白大豆は、国が責任をもって育種開発している。そのため補助金を出して奨励しているし、栽培研究も盛んである
青大豆や黒大豆・茶大豆などの色豆は、育種は民間に任せてあるので、民間の希少価値の”技”であるが、収穫量は少ない

収穫量も少なく、補助金も出ない。そんな青豆をやらないか?と言う誘いに彼は生返事だった。
ただ枝豆としては旨い。
大手の種苗メーカーが「日本一の香り枝豆」として販売を始め、その秘伝を利用した大豆加工品が色々と出始めた。

そうしてるあいだに彼は「種が欲しい」と言ってきた。
最初の年「ずいぶん種が高い」と言い。播種時期がずれてものにならなかった。
二年目は、出来た豆がほとんどB級品。
そして三年目、彼は「40センチの播種機を買った」と言ってきた
秘伝は、覇種間隔が広いのである。つまり大きく枝を広げた状態をイメージして間隔を広く取って植えるのである
狭く植えると最初は見た目が良いが、後半に枝が伸びた時に葉っぱに日光が十分に当たらないので光合成の量が少ない。
そんな大豆専用の播種機が40万もしたと言う

ちょっと心配したが、彼が本業してる稲作は息子に任せて、自分はこれからの大豆生産にかけたようだ。
それが三年目にようやく実った。

持参した秘伝の袋を開けて、小生は言った
「この袋だけ良い豆を集めて詰めたのでは?いくらする?」
「いつもの値段でいいよ」と言う
「いや、それでは申し訳ない。この秘伝ならどこに出しても喜ばれる秘伝だ」
通常、小売業で買い求めている秘伝は12000円だが、8500円で良いという
グッときた

通常なら屑大豆だった二年目のB級品を8500円で買い支えたことを
彼は恩に来ているのだ

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まわる

早朝に台所に立って鶏ガラを煮ている
いや、昨晩から煮ているところへ大根と人参と葱を入れて、生姜とニンニクを刻んで足した。IMG_0657

 

別に何をつくろうというアテもない
様々なことを思い出しながら、ふと思い立ったのである

自然養鶏のルーデンス農場が廃業するという
「今までの御礼に…」と、農場で飼っていた廃鶏をもらったのである
ルーデンスの梶本夫妻とは20年ぐらいの付き合いになるだろうか?

いや奥さんは、新橋の三井物産ビルに勤めていたという
ひょっとしたら田村町の交差点辺りですれ違っていたのだろうか…
そうなると40年ぐらいになる(?)

20数年前農場に努めていた頃、観光牧場だった安比高原牧場から養鶏を習いに来ていた
当時は、様々なところから養鶏の実習生がきていた
農業生産法人として自然養鶏をやっているところが無かったのである
いや有機農業の基本である自然養鶏を体系だてて教えるところが無かったのである

有機農業は「無農薬・無化学肥料の野菜やコメを造っている」と思っている人が大部分だが、基本は自然養鶏である
その鶏糞を畑に利用し、畑の野菜屑を鶏に餌として与える。
稲作のわらを敷きワラに、籾殻を敷料にして、堆肥に利用する。
雛の時は、玄米の小米を給餌して雛の消化能力を高める

などと養鶏と野菜や稲作の農業は、きっても切れないのである
ようするに養鶏をいれると回る(循環型農業)のである。

無農薬無化学肥料の野菜や米でも、良い堆肥が作れないと良い土ができない
良い堆肥とは、完熟した発行堆肥であり嫌な臭いではなくミツバチが寄って来るようなかぐわしい匂いの堆肥である
そして良い土とは、団粒構造の排水性がよく水もちがよく、空気も流れ、肥料をつかむ土である
その土を作るのが有機農業の目的である

今の単なる金をかせぐ付加価値農業や、美味しい野菜や栄養価の高い米などと言うのは、結果であって目的ではない
そのために自然養鶏で健康な鶏を育て、健康な鶏が産んだ卵をたべ、健康な鶏が朝から晩までかき回した鶏舎の床を堆肥に利用するのである。
鶏舎の床は、日々鶏がかき回すことに寄って好気性状態になり、鶏糞の中に含まれている微生物が活発に活動し、有機物を分解するのである。それを利用して、野菜を混ぜて発酵を促進して堆肥や肥料を作るのである
(堆肥と肥料は違います。堆肥は土のために、肥料は作物のために投入するものです。
また堆肥と堆厩肥もちがいます。植物性だけの堆肥と、動物性(畜糞)も入れ堆厩肥)

そんな自然養鶏をやっている有機農家が少なくなった
というよりも、高く売れるからとやっているニセ有機農家が多くなったというべきであろう

ルーデンスの梶本さんは、不治の病だという
もう「緩和ケア」の状態だという

奥さん一人では生産は配達、集荷(飼料をあつめる、おから米ぬか等々)ができないので廃業するという
また一軒、真面目な農家が消えていく。

さぁ野菜畑の自前の養鶏場を作らなければ…

ハッピー(^_^;)

年始休みの朝食は、餅と決まっている
その餅は、あこがれの納豆餅である
幼いころ、もっともっと食べたくて、父の食べた後に
丼に残っていた納豆から引いたねばねばの糸を餅にこすりつけながら食べていた
一家を構えて、ようやく潤沢に…贅沢に…どっさりと食べられるようになったが…
今度は、食道がんで手術痕がふさがり量が入らない(泣)

しかし、納豆餅を食べるために、年末から準備をした
納豆に大根の葉を刻んで漬け込んだのである
それを納豆に入れてかき混ぜて、食べる準備をしていた
根っこに、くっついた大根の葉は、ちょっと固かった。
もうすこし時間をかければよかった。
それとも別の青菜が良かったのだろうか…

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そして次の日も納豆餅である。
「たいこばん」をタップリの醤油で溶き、辛子を入れた。
たっぷり入れたと思った醤油が、すこし足りなかった。(反省)
やはり醤油は、少し多めにかけたほうが…

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正月も4日目になると、いい加減、納豆餅も飽きてくる。(贅沢な悩みだ)
さっぱりと食べたい!と「山岸の冬」をつくる
これは池波正太郎の「鵠沼の夏」のパクリである

池波正太郎が、鵠沼の恩師子母沢寛の自宅に行った時に出された料理(?)だという
夏の暑いさなか豚バラを入れた昆布出汁鍋にウドンをいれ、
しゃぶしゃぶのようにして生醤油で豚脂をからませて食べるのである

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一時これにハマって毎日のように食べたことがある
30代後半だろうか…

最近、冷凍ウドンが、どんどん旨くなって、安くなってきた
これを利用しない手はない
鍋にたっぷりのお湯と豚バラをいれ、(なければもーとんのベーコンでも可)
ウドンが熱くなるまでストーブの上に放おっておく(ウドンはさぬきか…兼平製麺のウドンをおすすめ)
うどんが、いい塩梅に熱くなったら、やおら小鉢に味覇(中華だし)に大量の刻んだネギを入れ、熱湯を注ぐ
そして、ウドンを一本つるつると浸けてすする
美味しかったら出来上がりだ。そのままずるずると大量に小鉢に入れてすする
これは絶品である

これは美味しい汁が前提である
美味しくないのは,味覇がおかしいか…腐った葱を入れたか…
味覇がおかしかったら販売した店に文句を…
葱が腐っていたら、やさい畑が今日から初売りだから、買いに行けばいい

熱湯がおかしかったら、盛岡市の水道局へ…
ウドンがおかしかったら、野菜畑で兼平製麺のウドンを分けてもらえば…

野菜畑にいけば、今年はハッピーじゃ!

産地直送

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年末になると、いろいろな客が挨拶に訪れる
本当はじっくりと話し込みたいのだが、それは許されぬ
師走と言われるように、恩師まで走らせられる、年末である。

その人は研究機関に務めていたがリタイヤして大学に勤めた
大学のほうが、65歳までと定年が長いからである。

「産直というのは産地直送だ」と彼は立ち話をしながら言った

彼が勧める「すずこま」は千葉の水耕栽培である
夏と秋、岩手の生産者がつくり、冬春は温暖な関東の生産者が作る
一年を通して、加熱用のクッキングトマトが店頭に並ぶように彼は仕組んでいる
そのために岩手の生産者にアドバイスをしている。
「シーズンオフにものが無いと忘れられるから、千葉から取り寄せて売るように」
言われた生産者は、取り寄せて一生懸命にレストランに小売店に収めている、
(これも新規就農者だが、ある大手の電力会社を辞めて就農している。こどもが障害者でその働く場所を農業に…)

それが、ある産直と言われる道の駅で
「千葉のものは、地元のものでないからおかない」と言われて、生産者は困惑していた
そこへ当店に持ち込むきっかけになったのだが…

大学に勤める彼は「一年を通して供給することが、安定生産につながると言う
以前はメーカーの営業マンは「売り場の確保が至上命題だった。
なんといっても”売れないと作れない”からである
年中並べて、見てもらい手にとってもらい、売れる戦略を考えた
それが今では、ネットで簡単に消費者の目に触れる。
そして簡単に直送できる

しかし、一番の問題は価格である
安価なものは、送料負担の割合が高くなる
そして毎日、食べるのにいちいちネットで注文するだろうか…
だから青果物の流通は、ある程度の鮮度でなんでも流通する仕組みが必要である
「旬が…」「地産地消が…」やはり「産直が…」

というが岩手の旬は短い、
9月から翌年の5月までのほとんどが、山菜・茸・保存食の食文化である
地産地消と言いながら、欲にたけた生産農家も数多く居る
産直と言いながら「岩手は夏野菜の産地」である、秋の根菜は冬の保存食用である
そんな岩手で青果物の小売業は、地元のものだけで成り立つはずがない
冬場の青果物の流通は、誰が責任を負うのか…
雪に閉ざされた室内には、車のない人や、障害者、高齢化した夫婦、など生活弱者が閉じ込められている。
そこへ日々食べるものが、産直まで行かないと手に入らないという事態が引き起きている
それに対して行政は、なにも答えない
しょせん産直と言われる”産地直売所”は「補助金狙い」の「新鮮ですよ、安いですよ」の、なにもない産直である。

おそなえ

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そろそろ年末。
餅の準備を、しなければ…

ご幼少のみぎり、お餅はごちそうだった。
腹いっぱい食べた。今の餅の大きさだったら、20個はゆうに食べただろう
仙台育ちだから餅文化である。両親とも仙台の育ちで仙台弁がペラペラ(?)だから仙台の食文化である
雑煮は具沢山だが、なぜか最後の食べ物だった
最初は、餅を焼き上げてあんことゴマに、雑煮の汁につけて柔らかくした餅に納豆をかけた納豆餅、
もう食いきれないというところに雑煮が出てくる
その雑煮は、まだ食べられるときは餅を入れたが、たいていはギブアップで餅のない具沢山の雑煮だった

その影響があるのか、餅は大好きである
しかし、最近は食べられない。餅がつかえるからである。食道を取ってから飲み込む力が衰えた。
これが餅を詰まらせて呼吸困難になるのか?という目には会っていないが、なんとなく恐ろしい目にはあった

そんな餅を商品として、そろそろ並べないと…
以前は賞味期限など無かったのだ、最近はうるさい
のし餅の賞味期限は三日だと書いてある
ということは元日に食べるのなら29日から売り出さないと…
しかし、29日は「苦もち」になるといって、29日の餅の注文はすくない

と言っても30日31日の大量仕入れは、すぐ賞味期限キレになって不良在庫になる
と言って売り切れたら、わざわざ来てくれたお客に申し訳ない
といろいろと思い悩み、年明けは大量の処分品をかかえることになる。

そんなことを考えながら車を走らせ、サンファームへ向かった
サンファームは、大農家だが切りごぼうなどの農産加工を色々とやっており
正月は餅加工である
もう20年近いつきあいだろうか…

出てきた若主人に「今年はまだ始まらないの?」
「いえいえもう22日から始まってます」
「えっ?そんなに早く?」
「某S石食品が、採算に合わないからと言って”お供え餅”をやめたのですよ」と言う
「その注文が、イッパイ来て…」と困った顔をして
大手は、人件費を抱えて採算が合わないとすぐ止める
しかし、正月前に「お供え」の無い売り場は考えられない
そこで、量販店は中小の加工業者に無理強いするのである
中小の加工業者は、普通ののし餅とお供えが一緒になって、正月の商品を造っている
それがお供えだけだと、人件費がかかって採算バランスが崩れてくる

と言って止める訳にはいかない。連綿と続いてきた「文化」なのだ
大手(組織)は経済合理性で物事を決めていくが、中小は目の前の人との関係性の中で判断していく

それがグローバルとローカルの違いなのだろうが…

 

 

 

 

 

煎り酒

IMG_0317煎り酒という酒があった。
「旨い酒か?」と問う人がいる!

旨い調味料である

池波正太郎の小説で初めて「煎り酒」を知った
和田はつ子の”料理人季蔵捕物控”で、武士をやめて料理人になった季蔵がよく使う調味料である。
江戸時代の調味料だという

塩か?味噌か?と言う時代、醤油があらわれ、そして煎酒が生まれた

煎り酒は、梅干しと酒である。

梅干しを酒で煮詰めるという
「梅干しを酒で煎り付ける」という表現なのだろうか

以前に何回か作ってみたことが有る
それはそれで美味しかったが、我が家には根付かなかった
それは単に「面倒くさい」からと言う小生の性分の問題だが…

今度は、海の精が商品として売り出した。
一度試してみよう

 

甘い

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りんごは面倒なのだ。
皮をむくのが…

だから皮を向いて、塩水につけて冷蔵庫にいれておく
いつでも食べられるようにだ…

ところがいつも忘れる。
塩水につけておくと言っても、やはり酸化して変色する
あまり食欲をそそる色ではない

そこへクッキングトマトの「すずこま」が皺が寄ってきた
りんごとすずこまを、ストーブの上でくつくつと煮た
水分がすくなくなって、柔らかくなってきた
それをミキサーに掛けた

「甘い」

一瞬、砂糖を入れたのかと思った
すずこまの酸味が、また良い

これは、林檎が大量に残ったら…
リンゴジャムであるが…
そのジャムを保存する方法が…

かねつ


「すずこま」を知ってるかい?
池波正太郎の圏客商売にでてくる幡随院長兵衛と喧嘩をした「鈴屋駒太郎」という渡世人ではない
秋山小兵衛が、かわいがっていた鈴懸駒二郎でもない

赤茄子である。
赤いなすびなど、完熟のなすびか?
と思う人が多いが…

毛唐の言葉でトマトのことである
たぶん最初に茄子が入ってきて、その後にトマトが入ってきたのだろう
区別するために赤茄子になったのではないか(入道推理=当たり前だ)
欧米でも最初は観賞用植物だったらしい。
トマトと言っても、いろいろある
最近は、トマトといえば桃太郎という
桃太郎と言ってもいろいろある
桃太郎は、ある人に言わせれば
「形がいいだけで、味は良くない」と言う
そして「ファースト系のトマトが美味しい」と言う
ファースト系というのは、頂点が尖っているトマトである
とがりすぎて箱に収まらず、農協の選別から外れてしまったのである。
箱に一杯、きちんと入るほうが運賃の合理化につながるのである

そして春になると家庭菜園に、甘いトマトがなる苗がほしい
と言う
甘い辛いは、水ストレスである。
水をやらないと、トマトはストレスで濃縮する。
だから甘くなる。栽培方法なのである。
だが濃縮するから小玉しかとれない
よくCMで、ボールにトマトが浮かぶが、濃縮する甘いトマトは浮かばない
絵にならないのである。

そんなトマトの基本知識であるが…
すずこまは、クッキングトマトである
当たり前だ、クッキングしないで食べることできるのか?
と言う疑問を数多く持つ人がいる
ようするに加熱用トマトである
そうしたらヒーティングトマトといえ、などという人がいる
さもありなん

加熱すると旨味が倍増するトマトである
鈴なりになるトマトである、
駒のようにちいさなトマトである
そんなトマトは、やはり夏のものだろう
それを千葉でつくった水耕栽培のトマトである
オールシーズンの「千葉産」である
しかし、身土不二に反するではないか?とか
一物全体食は、どうした?とか
旬は、どうなるのだ?とか

いろいろという人がいる
まぁいいじゃないか!
バナナを食べたい高齢者が居る
厳密に言えば今の食も多様である
地域の多様なニーズに応える「八百よろず屋」である

並びます「千葉産 クッキングトマト」
加熱したら旨味が倍増します。

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そしょく

仙台に行った。
仙台は、あまりにも遠いし重いので(?)、副住職と一緒に行った。
夏の暑い盛りに40日も入院をして、安静にしたお陰で、すっかりと筋肉が落ちた
お陰で、冬は寒い。
まるで2〜3枚肌着とダウンを脱いだようなものだ。
それだけではない、重いものを持ちあげられないのである。
米は、以前は一俵60kgだった。
小生が農業を初めた頃、紙袋の30kgに替わった。高齢化で荷扱いの負担を軽くするために
それまでは、60kgを肩に担いで歩くのが農家であることの条件の一つだった。
しかし退院後、その30kgが持ちあげられないのである。
だからいつも、力持ちの魔子様が精米機まで30kgの米袋を持ってきてくれるのである。

今回は、仙台の本田先生の米を引き取りに行く仙台行である
本田先生は、もう83歳。宮城教育大学を定年退官して長い。
現役の時は技術家庭の「栽培」を教えていた。
昭和40年代のころから自分で疎植稲作の研究をしていた。

疎植は、多くの人が「粗食のことだろう。コメばかり食べて…おかずはお新香か?」などと思っているだろう
違うのである、まばらに植える疎植だ。
「アート増毛法で、まばらに植える植毛ではない!(そんな増毛法やる人がいるのか?)」
アタリマエのことだが、稲を間隔をとって、少ない本数を植えるのである
そうすると、日光が少ない本数に十二分にあたって、養分も周囲から十分に吸収し、よく育つのである
ところが農家は、田植えの後、青々とした早苗が風にそよぐのを見て満足する
疎植だと早苗は、水面のさざなみに消されて、単なる池のような風景しかみることができない
だから疎植がいいとわかっていても、隣の田んぼと比べ、自己満足のために一杯植え付けるのである
農業は「となり農業」とよく言う。理論よりも隣との比較が大事なのである。
そうして植えた疎植の田んぼは、7月に入ると隣の田んぼよりも青々として勢いがよくなる。
密植の田んぼは、日陰が多く光合成の量が少ないのである。
アタリマエのことだが、一平米の日射量は、一平米分しか当たらないのである
工夫のしようがない。これが農業の大原則なのである。
大規模にして、効率化しても、一平米の日射量は増減しないのである。
そのために、どうしたら太陽光を上手に利用するために何本植えるか(疎植)を研究している
簡単にいえば、そんなことである

本田先生は、イタリアにも指導に行っているという
イタリアは欧米でもコメを食べる習慣を持っている(リゾットなど…米粉スパゲッティは無い)
だから稲作があるのだろうが、一軒の農家が家族農業で350町歩平均だという。
350町歩と言うのは、広いのである。
日本的表現をすると、一杯、大変イッパイ、なのである
日本の農家の平均耕作面積は1.2町歩だという
だからだから、イッパイなのである。
よく東京ドームに比較されるが、せいぜい日本平均耕作面積は東京ドームの内野だけで
イタリアの家族農業は、東京ドーム90個分が平均耕作面積なのである。(矮小な頭では想像できない)
それでもイタリアでは飯が食えない
フランスでは小麦を200町歩つくっても食えない
アメリカの農産物は、国策の商品だから輸出補助金でなりたっている
だから大規模の農業では、食えないのである
それを日本の農業も大規模化・効率化という人がいる、勉強してほしい。世界の実情を…

そんな話を教えてもらって、本田先生の疎植で作った9袋の米を引き取って副住職と帰ってきた
行きと帰りに、サービスエリアでcoffeeを買った
副住職は、今の珈琲は蓋をあけないで呑むのだという
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すごいことを教えてもらった。いつも蓋が邪魔で、揺れる車内にこぼしながら
「なんと 飲みにくいのだろう」と思っていたが、これで一つ利口になった。
64歳になっても、いつも勉強である(嬉々?)

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