ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

カテゴリーアーカイブ: 生産者と共に

ちち

IMG_0004

当店のソフトが美味しいと以前から評判である。
別にたいしたことはない
しかし、ココにヒメられた秘密がある(?)

 

まず第一にソフトクリーム製造機が違う
岩手県内に多分2〜3台しかはいっていないだろう
海外のメーカーが製造した輸入機である。
だからなんだ?と言うわけではないが
ソフトクリームの中に細かわ泡がタップリと含まれているのでクリーミーである
その滑らかさは、10代の処女の肌のようである
60前後のばあばぁ〜と、一緒にせんといてくれ
(該当する年齢の人、読み飛ばしてください)
お店にとっては、空気もお金になる!

 

第二に、ソフトミックスが違う
ソフトクリームは、原材料は「ソフトクリームミックス」というの添加物だらけの原料をメーカーから購入する
それを使用するのでメーカーの違いこそあれ、大差がない
当店のソフトクリームは「ミックス」と「ミルク」のミックスである(?)
それも「ミックス」はアイスクリームのミックスを、ミックスしている
ミックスには、アイスクリームとアイスミルクとラクトアイスがある。
乳脂肪分で分けられるが、一番高脂肪(最高値の)のアイスクリームを使用している
他店のことは言わないが、安いところは、それなりである
当店のソフトは「250円」と安すぎるが、それは値段をつけた入道の気の弱さを反映している値段である。
当初は「150円」だった(大泣)
本来は「500円」ぐらいにしたい!と店主は思っているらしい

 

第三に味が違う。
ミックスしているミルクは「田野畑山地酪農研究会」の牛乳である
よく牛乳パックに、放牧している白黒のぶちの牛が書いてある
あれは嘘である。
ほとんどの牛は「舎飼い」と言って、一日中、牛舎の中で飼われている。
一日中だから、年中である。
牧場に放牧すると運動をしすぎて腹が減り、餌(飼料代)がかかるからである。
つまり餌を食って乳を出す、乳出し機械のようなものだ
余談=そして当然体内から出てくるから、出てきたばかりの乳は、温かいのである。
(冷蔵庫からだけ飲んでいる人は、牛乳は冷たいものと思っている)
余談2=また乳牛は、一年中乳を出していると誤解しているが、
人間と同じ乳の量が減るとまた種付けされるのである。
妊娠中は休みであるが、乳を出している時に種付けをされるのである
オスは羨ましいというか…メスは腹が引っ込むヒマもないというか…

一年中同じ餌(穀物や大豆主体)を食べているから同じ味であるが、
本来は草を食べて乳を出す機械(?)である。

夏になれば青臭い匂いが…
秋になれば紅葉の臭いが…
冬になれば枯れ草の臭いが…
春になれば希望の臭いが…

するのが普通の牛乳である、一年中同じ臭いというのは、「おかしい?}と思いわないといけない
おかしいと思わないほと飼いならされた人間たちが、一リットル198円の牛乳を飲む
山地酪農研究会の牛は、一年に4000kリットルしか乳を出さない
通常は”10000kリットルに挑戦”とか言う標語が畜産農協にはぶら下がっている

半分以下しか絞らないということは、あまり無理をしないということである
山地酪農研究会の牛達は、10年以上飼われるが
通常の牛達は、2年から3年でお役御免になり「国産牛肉」に化けて飼い慣らされた人間の口に入る。

人間でも児童手当をもらおうと、8人も9人も産む人がいたり
PTAで顔を売って選挙に勝とうと7人も子どもも産む人がいると聞いた
少子高齢化に悩む、経済優先の施策である(?)

だから(?)大地の臭いがこもって、その複雑高尚な味がする牛乳を太っ腹である半分も投入している
3分の1にしたいのだが、魔子様が許さない

 

第4の食育になる

ミックスには固まる添加物が入っているが、当店のソフトは、ミックスして半分しか入っていないのですぐ溶ける
子どもが遊び半分に食べていると、食べてるそばから垂れ下がってくる
だから子どもに集中力がつく

食べるときは、集中だ!という食育が集中してできる

 

第5にグローバルへの抵抗

当店のソフトを食べることにより、〇オ◯ショッピングモールのようなグローバル企業ではなく、
地域に根ざすローカル企業を結果として応援することになる
多くの産直に出荷している農家は、売上金をもって孫を連れ、イ◯ンにパンツを買いに行く
わしは◯〇〇に行ったことがない!

 

等々多々メリットがあるが、まだまだ書ききれない
みんなで行こう20周年
みんなで食べよう牛乳ソフト
(写真と文章は関係ありません。かわいい姉妹が食べていたので…)

提供は、盛岡のグローバル企業を目指すちいさな野菜畑でした

 

しょうげき

いよいよ夏本番が始まった。

岩手町の田中清憲は、最初に絹さやを出してくる。
いよいよ春野菜の出荷が始まったか…と言う思いだが

そろそろ夏野菜の本番というとレタスである。
これが大量に出てくる
これが売るほど有るのである
ところが売り切れないので、困るのである
毎年6月の悩みは、レタスの大量入荷である。

レタスを最初に見たのは、学生時代である
下宿に名古屋出身のテニス部のおしゃれな先輩がいた。
その先輩は、はやりのビートルズをヘッドフォンで聞きながら、パンをかじり、葉っぱに塩をふりかけてムシャムシャ食べていた
まだ酒を知らない頃、小学生か…(中学校の頃は試し呑みをしていた。内緒だ)
葉っぱは、生で食べるものではなかった。
どんな葉っぱであろうとも、おひたしか…漬物か…煮物だった。
と言って、葉っぱといえば、ポパイの「ほうれんそう」である。
いまこそ小松菜とか、山東菜とか、水菜とかいろいろあるが、
酒を呑まない頃は、”ほうれん草しかなかった。”と思う。
そんな時代に、葉っぱを生で食べていた。なんと貧しいのだ!
茹でる時間も鍋も無いのか…と一瞬思ったが、
そのパリパリ食べる音が、なんとも美味しそうだった。

それが玉レタスとの衝撃的な最初の出会いだった。

結球しないレタスは、奈良時代から国内で食べられていたと言う、その時は「ちしゃ」と言っていたそうだ
品種改良のせいで生まれた玉レタスは、明治維新で持ち込まれ、敗戦で進駐軍が広めたと言う
そして高度経済成長の波にのり、食事も欧米化して一般家庭まで広がったのが1960年代だという
都会では60年代中頃から流通していたのだろうが、小生の衝撃的な出会いは1969年だった。

そんなレタスの二回目の衝撃は

産直をやり始めた時、レタスが大量に出荷された。
国内の野菜の流通は、産地リレーである。
つまり、愛知のレタスが終わったら、長野のレタス、群馬のレタス、岩手のレタスと切れ目がなく続く
ところがその繋ぎ目にどんなことが有るかというと
次の産地のレタスが早く採れ始めると、前の産地が生産が遅れ、大量に余ってくる
そして契約している都会のスーパーは、契約とはいえ安値の方を買い求める
(スーパーは「売れ行きが悪くて…」と言い逃れをして契約を破棄する)
注文が浮いたレタスを地元の市場にだすと、量が多いので値段が暴落する。
(逆のケースもある。足りなくなって高騰する場合も…)
しかたなく畑でトラクター踏み潰すはめになる。(よくテレビで放映され賛否が渦巻く)
そして産地リレーを作った農林省は、潰した農家に補助金をだす

そんな仕組みになっている
だから産地リレーは、都会に野菜を安定供給するためであるし。地方の農家の生産を保証するためである
都会の人達は、そんなことを知らずに「踏み潰すのはもったいない」と言い「補助金だのみの農業はお荷物だ」と言う
すべて都会を中心に回っている農政のせいである

そんな農業でいいのか?

いや、こんな話ではない

その二回目の衝撃であるが、大量に出たレタスを
「いくらなんでも、こんなに売り切れない。一家族で2個も買ったら精一杯だ」と言うと
「おらだぁ〜、すお振ってくぅじゃ〜。なんぼでもへぇる(俺達は塩を振って漬物で食べれば、いくらでも体に入る」
と言う

エッ!レタスの漬物?

驚いたが、食べてみたら、さっぱりしてシャキシャキして美味しい
昔、塩漬けの白菜にご飯をくるんで食べるのが好きだったが、それと同じだ

これはいける

それから、大量のレタスは、漬物に限る
レタスは、今だけなので売り切らないと…
100円である。
漬けたものは200gで
生は2個で…

IMG_0002

はながらつみ

そろそろ苗の販売も、お終いだ。
パンジー・ビオラに始まり、マリーゴールド。インパチェンスときて夏の花の植え替え時期である
IMG_0006
これは出遅れた遠藤幸悦のマリーゴールドだ。もう花壇もイッパイだ。
植え遅れた人のために三鉢100円だ!

 

店を始めたころは、花壇苗、野菜苗が結構売れた。
もう20年になるが、当時は花苗や、野菜苗は、八百屋で売っていいた。
つまり、苗農家が苗を作れない稲作農家から依頼され、余分を市場に出していた。だから八百屋の商品だった。
八百屋は専門知識がないから「トマト」「キュウリ」「なす」などとしか表示していなかった。
それを、ちいさな野菜畑では品種を明記した。
「桃太郎」「桃太郎8」「麗夏」「夏すずみ」「南極2号」「千両」などなど

 

また当時は種苗メーカーが、桃太郎を売りだした時期だったので、一気にトマトは桃太郎が美味しいと思われ、
品種を指定して買い求める客が増えた。
マスコミの力はすごい。
「甘い桃太郎トマトください」「これ甘いですね」という客に、いちいち答えた
「栽培方法で、甘くなります。水ストレスと言って水やりを制限することで甘くなります。品種ではありません」
と何回繰り返しただろう
それでも客は、これ甘いですか?甘いトマトください。と今でも言う。
今、桃太郎は品種が10種類近くなって、そろそろ新しい品種が生まれてきそうである。

 

品種を書いて販売したことが客の興味を引き、客が集まるようになってきた。
つぎには他がやっていない品種を、店の独自のリスクで作り販売するようにした。
それは種を買って、農家に委託するのである。(黄色いトマト・白い茄子・げきから唐辛子。海外の種等々)
他で販売していない品種なので、また客が集まった。
しかし、その頃から苗の専門店ができてきた。
苗の専門店は、そばに栽培ハウスをもち、ハウスから売り場のハウスに苗を移した
苗の販売は、管理が大変である。
また植える時期があるので、売り場が、すぐ変わらないといけない
売れていた時は、回転がよく、次から次へと持ってきても、すぐ売れ、毎日のように補充した。
ところが苗専門店ができ、またDIYの店が大々的に苗を扱うようになると、売れ行きが鈍くなってきた
当然である、野菜などの食糧は、人の胃袋に入る量しかうれない。
苗も、花壇の面積や菜園の面積ぶんしか売れないのである。
プランターに、いくら植えても知れている。

そうなると競争である。
安売り競争が始まり、今度は早売り競争が生まれた。早く売り場に並べて販売するのである。
それが西から余り苗をもってきてうる。また海外から輸入して売る。
(土の輸入は禁止なので、ロックウールという化学繊維に播種して芽出しをして輸入し、日本で土を入れたポットに植え替えるのである)
そうなると地元の業者はお手上げである。
今や、苗の生産は、種苗メーカーや、化粧品メーカー、洋酒メーカーなどが全国的に各地の農家に委託生産し販売している

20年の間に、これだけ変わった。
変わらないのは、管理である。
苗売り場に置いてある苗は、水やりがかかせないし、
咲き終わった花や、黄化した葉っぱをとらないと、見栄えが悪くますます売れない。

IMG_0007

 

そして新入社員を痛めつけるように、どんどん花を摘まないと、「なりグセ」がつかないのである。
(”新入社員は叩いて許育をしないと、伸びない”という考え方。ゆとり教育世代には通用しないが…)
子どもの教育と、植物を育てるのは、よく似ている(?)

 

だしはじめました。

以前からやっていた「だし定食」を始めた。
山形の郷土料理の「だし」である
九州の「冷っちる」に似ているような気がするが…
やはり暑い夏を凌ぐには、食欲をそそり、さっぱりとガシガシ食べる料理が必要だったのだろう
発明は必要の母というが、料理も必要に迫られて、つくるのだろう

IMG_0003

「だし」は簡単である。
野菜を切り刻んで昆布を入れればいいだけである
ところが、みじん切りは面倒臭い。
だいたいが、切れない包丁を細かに動かすなどという芸当は、指を切るだけである。
なんど、みじん切りで指を切ったことか…
指が一部短くなっているのは、そのせいかもしれない
(小指のこと、落としたわけではない?)

しかし、切る野菜は、”夏やさい”でないといけない。
”夏やさい”といえば「トマト」と思う同居人はいるが
トマトは、入らない。
「胡瓜」「茄子」「オクラ」「葱」「茗荷」などだが、人によっては玉ねぎや人参を入れる人もいる
だからそのへんにあるものを、適当に細かく切ってわからないようにすればいいのだ。
どうせ同居人が食べるのだから…
とトラ子は思う。(それではいけない!と強く反論した入道であった)

 

そんな面倒臭い料理をつくった。
昆布のかわりに、陸中海産の和布蕪の粉である。
和布蕪を読めない人にふりがなを付ける「めかぶ」である。
和布(わかめ)の蕪(根本)と言う意味である。
以前、山地酪農から生の和布蕪をもらったが…
切り刻もうとしてもヌルヌルして均一に刻めないので、止めた
「切って持ってこい」と返してやったが…
それだけヌメリがあるのだ。
陸中海産は、なぜか花巻にあって全国販売している。。
海産物が、なぜ内陸なのだ?と問われるだろうが
海産物は内陸は憧れの食材である。それを大船渡から持ってきて内陸で売っていたのだろう
3.11以前は、三陸の海産物は内陸を経由しないで、直接築地に向かった。
だから三陸と内陸と結ぶ業者が、昔から必要だったのかもしれない

夏本番

IMG_0021アスパラをもらった

アズパラの生産者である北上の八重樫真純からである。
包んである新聞紙にメモ紙が。ついていた。
「切れハシですが、袋に入れて味噌をまぶすし、一日置くと美味しいです」と女性の文字であった。
奥さんを亡くしてから、手伝いの人がアスパラを担当しているようだが…
ひょっとして子育てで忙しい嫁だろうか?

味噌の浅漬を造っている。
以前に作った秘伝豆の味噌「およね」を使い、味噌の浅漬という市販のものを混ぜあわせている
それに昆布を入れて、大根を拍子切りにして放り込むと
大根の味噌漬けが一晩で出来上がる
これが結構美味しい。
その浅漬味噌の漬け床へ、このアスパラの切れハシを皮を向いて放り込んだ

IMG_0005一晩で美味しいアスパラの味噌漬けができた。
残念ながらこれは売り物にも…
試食コーナーにも並べられない

ちょっとしかないから、マカナイ用です

 

 

まかない用は、まだまだ有る。
ちょっとした切れハシや
新規の浅漬の試作とか…
さまざまでてくる

IMG_0015
これは新玉葱と根生姜のぬか漬けを混ぜあわせて、塩を降って一晩寝かしたものである
ちょと甘じょっぱいくてさっぱりしている。

酒の肴に最適
大体、小生が作るものは「酒の肴」である
これで一杯呑めれば、なにもいらない(金は別)

そろそろ茄子の季節だ。
茄子の糠漬けは色落ちしないようにと「釘を入れろ」と言う。
それも錆びついた釘だという

IMG_0001

しかし、ぬか漬けは苦戦している
東北はぬか漬けを食べる食文化が無いのでは…
あまり売れない。安くしても売れない。
以前は、米が採れなかったから、米ぬかでつけるという発想は出なかったのか?
米ぬかは、肥料や飼料に回ったのかもしれない。

 

ある農家は、
「冬越しのごわごわしたほうれん草、春一番に雪が消えると出てくる太いアズパラ
どちらも規格外で市場出荷はできないが、一番甘みが乗って美味しい」と言う
本当に美味しいものは、市場には出回らない。

そのアスパラは、もう終盤になる。
そろそろ夏野菜の本番が始まる。

違和感

 

”ゴルフに行った。”いや、「ゴルフ場に行った」というのが正解だろう

IMG_0001
「盛岡南」と言うゴルフ場である。

「盛岡の南」と思ったら「盛岡から南」という感じで50kmほど離れていた。
東京だったら、もう千葉を通り越して茨城か、栃木まで行ってしまうだろう
まったく、いい加減な名前だ

参加賞の景品を届けに行ったのである。
小生の出身高の同窓会コンペである

 

もうクラブを握るのをやめて20年になる
学生時代から握っていたが、親父の指導が画一的なのでやめた
親父は「キカイダー」と呼ばれていたほど正確にスィングして、決めたところに、ちまちまと落とすゴルフだった。
小生は、身体で振るので、あちこちに飛んで、当たれば飛ぶ、当たらないと親父に叱られた

頭を動かすな
背中が曲がっている
グリップはやわらかく
スタンスが大きい
根性が悪い
膝が硬すぎる

もういい!好きにさせてくれ!
とオヤジの指導をやめた。なにか寂しそうだったが…

社会人になって大阪時代は、よく連れて行かれた。
白浜。茨木。城陽。賢島 和合

名門コースも多々行った。ワンバックの時もあった。

東京でも片道2時間とか1時間半とか…電車に乗って行った。
帰りは電車で寝た。

相変わらず下手だった。100を切ったのは数えるほどしか無い
大体があんな小さなボールを、あんな杖の先で打つ、なんという曲芸は出来るはずがない
サーカスじゃないのだ

だから、力を込めておもいっきり振り回す振り子打法(?)である
当たればホームラン、当たらないとスピンして後ろに飛んだ(?)

そして、いつも自嘲気味に言う
「4番、サード腹」と言って腹を突き出して、ティグランドに立った。
(スコアの良い順に打つ。”四番目の腹のつきだした奴”と言う意味
当時巨人の原監督は、サードを守っていた。)

 

自営業になって誰も誘ってくれないので自然と行かなくなった。
クラブも靴も物置でホコリをかぶっている

ところが、農家まわりをするようになって、
いつも雨の日は、作業小屋で家族揃って作業してたのが、親父だけいない

「どこへ行ったの?」と聞くと
奥さんは、苦虫を潰したような顔で「草刈り」と言いながらゴルフのスィングをした

雨の日は農家は休みである。ゴルフ場も客は少ない
そんなときは農家のゴルフ休日である

しかし、何となく違和感がある

 

これでいいのか?岩手山!

久しぶりに岩手町に行った。
岩手町は、岩手県岩手郡岩手町という住所なので「岩手の中心地」と言う噂があるが

「噂を信じちゃいけないよ」とリンダが言っている。(リンダを知らない人はワシに聞け!)
そうなのだ噂だけで、岩手の県北部のちいさな町である。
以前ニュースで”全国の新幹線で乗降客が一番少ない駅”と紹介されていた。
今でも、そうなのだろうか…

その岩手町は、野菜の産地である。
特に”玉菜”は、全国一の生産量と言って良い。
こちらの古い人(小生よりも頭の禿げ上がった皺が深い人)は
キャベツのことを「たまな」と言う
最初聞いた時は「何か?」と首を傾げたが、言い得て妙である。

しかし、その玉菜も、最近では玉になるが、昔は結球しなかったと言う
最近流行りの「ケール」が当初の姿だという
昔と言っても、1000年も前の大昔のことだ!
日本でも最近食べられるようになってきた。
最近と言っても、100年前ぐらいのことだ。
野菜の歴史のスパンは長い

戦前戦後、岩手町では貨車を満載にして「すみすご」に入れて出荷した
「すみすご」はワラで編んだ炭を入れるカゴである。
そんなニュース画像を見たことが有る。

IMG_0009

そんな岩手町の田中清憲は、この季節の風物詩の”物置にネット”を貼ってあった。
これは物置の中に、ツバメの巣ができているのである。
この時期に北上してきたツバメが、いつものところに巣を作り産卵をして子育てをするのである。
ところがそれを狙う、鳶や同居人がいるので、入らないようにネットをかぶせてあるのである。
こんなので突っ込んでくるだろう、と思うのは浅はかな人間だけである
鳶は賢いのである。同居人とは違う!
しかし、なんと優しいのであろう!この田中夫婦は…
トラ子や魔子様に見習って欲しいと切実に想う。

家の裏の畑に行くと、トマトのハウスの横に見慣れないものが植えてある

IMG_0013 IMG_0015アイスプラントである。
流行りものはやらない清憲であるが、面白がってやり始めたのか…
アイスプラントは、ここ5〜6年前から流行り始めた
葉っぱに氷の粒のようなものが着くのである。
なんでも南アフリカの植物だという
それをどうやって食べるのか?たぶんsaladである
なんでもsaladと言っておけば間違いがない。
外人は煮物やあえ物や、など喰わないからだ!
日本人は、なんと繊細な調理を考えだすのか…

 

岩手町の町並みはしばらく行っていなかったが、あまり変わっていなかった
ところがそれのアクセスが、バイパスが出来て一気に近くなっていた。
街は変わっていない。道は直線で短距離になった。
人口は減っている。生産量が落ちて、車も少ない。
新しい道路は、快適にスピードを出す。
ガソリンの消費が拡大し、事故が多発する。
こんなので良いのか?と岩手山に問う!

IMG_0034

ところが麦秋の岩手山も、道端にこんな看板を掲げられて予算の無駄遣いである。
(こんな看板アッキャしかみない!)

IMG_0038

これでいいのか?岩手山!

地方の塊

送別会である。
「会うは、別れの始まり」と言うナレーションのドラマが有った(?)
「愛別離苦」という仏教の言葉もある。
別れることは、寂しくて辛いものである。

しかし送別会が、こんなに明るくていいのか?
と言う送別会である。

IMG_0042

もーとんファミリーの穴田くんが東京へ帰った。
所詮東京生まれだから、凱旋だろう。それでいいのだ。
ド田舎で20年近く苦労した。その苦労がこれからの都会の仕事で報われるだろう
そういう意味では、今までの逆である

よく言う
「まちおこしには、わか者・ばか者・よそ者が必要だ」
なんでも苦にしない若いパワーと…
従来の発想とは違うばか者と…
地元の慣習にとらわれないよそ者…

そんな都会からやってくる人や、戻ってくる人を迎えた言葉である

しかし、世界を向いている都会には、地方を省みる優しさが無いといけないはずである
地方から都会へ行く若者は、それに慣れよう、純化しよう、というコンプレックスが邪魔をする
地方の都会化である。
しかし、ホントは都会も地方の塊なのである

300人いた高校の同級生達も、都会へ行ったのは約3分の1。戻ってきたのは半分
50人前後が都会から戻ってこれないというか、置き去りである
その子どもたちは、地方に田舎を持つ都会っ子である。
そして孫達は、帰るべき田舎のない都会っ子になってしまう。
そして労働の現場が海外へ行ってしまうことに寄って、高齢化した都会が生まれる

そんなところへ、コンプレックスを持たない都会の地方出身者(?)は貴重である
都会をかき回して、その渦を田舎まで振り回して欲しい。
そんな願いを込めた明るい送別会だった。

穴田光宏送別会in野菜畑150529

 

 

 

 

 

 

田植えⅢ

ようやく6月

岩手も、ほとんど田植えが終わった。
後は大面積の人たち(武田くんたち…)や、岩手県北部の一部は6月に入ってもやっているところがある
苗半作といい(また苗七分作という人もいる)育苗管理が終わって田植えがすんで
三日で活着すれば、後は待つだけ
と思っている人が多いが…

DSCF2385

6月からは、水管理が大変である
田んぼに水をはるのは、除草のためと、根の保温のためである
雑草は水の中では、そんなに大きならないが、一端!水面が低くなり
少しでも草の先端が水面から顔を出すと、するすると伸びる。
そうなると後は、稲との競争である。

だから代掻きが重要なのである。
田んぼを平らにすることで、水口と水尻の差を少なくするのが代掻きである。
これが苦手な農家が多いが、これができないと、あとあと除草で苦労する
また、根の保温である。最初に田んぼに流れこむ水温は15℃前後である。
稲の生育には25℃前後が望ましい
朝、冷たい水を入れ、日中太陽光で温め、その温水を夜まで引き伸ばすのが水管理である

どの時間帯に水を入れてどの時間帯に水を止め、出すか…。それも地域によって変わってくる。
沢水や湧き水を入れているところは、年中冷たい水であるから、
早朝に入れていくらでも早朝の太陽光で温度の上昇を目指すが、
水田を巡ってきた水を流し入れるところはぬるい水だから、水温で時間を設定しないといけない。

関東のコシヒカリはあまり美味しくないと言う
それは、水管理が難しいからである
日中の高温で水が日中50℃になるときもある。その温度がなかなか下がらないのである
水温を揚げないために水面を水草で覆っているところもある
(岩手は逆に水温を上げるために水草を取る)
だから関東の平野部では源泉掛け流しではないが、一日中掛け流しのところが多い
植物(稲)は、日中太陽光により葉っぱで光合成をして、養分を根に送る。
ところがあまりにも暑いと、根に送るよりも草体の維持に使われて根に送られないのである
だから暖地の米でおいいしと言われるものは少ない
だから一日の気温の較差が必要であり、美味しさにつながる
コシヒカリの名産地、魚沼は谷あいの尾根であり、夜は布団をかけて寝ないとさむいが日中は暑い。
その根を保温し、日昼間の気温較差を人工的に創りだすのが水管理である。

平成5年の大冷害のとき
多くの人は水で保温をした。ところが気温が17〜18℃で水温が15℃だったところがある
そこはかえって水を抜いたほうが良かった」。
また、いっぱい呑んで寝てから夜の11時頃水を入れ、朝4時に水を止めるという人もいる。
そのように水との駆け引きが重要なのである
昔は、その水が思うように入ってこないところに水争いがおきる
平成5年の大冷害のとき、岩手で水を止めて宮城で水不足になるという話を聞いた
また水需要の90%が農業用水で、あとの各5%が工業用水と飲料水だという話も聞いた
そして、水田から蒸発する水、雨となって水田に溜まる水、川に流れ海の注ぎ込み、蒸発して雨となる
水の循環が、われわれが生存する環境を造っているのである

貨幣経済では、自然環境は買えない

田植えⅡ

3000坪を使って、年間150万しか売上が上がらない
つまり6畳一間の1000部屋を一部屋年間1500円で貸しているのである
つまり一畳250円だ!
小生が学生の頃(40年前)でさえ、下宿は1畳1000円が相場だった!
先日、火事になった川崎の簡易宿泊所だって、こんな部屋代ではやっていけない
そんな田んぼに機械代金・肥料代金・農薬代金・油代・そして殆ど入っていない人件費がかかってくる。

いかに効率が悪い産業か…(例えが変!)

そんな土地利用なら田んぼを埋めて、イ◯ンに貸したほうが断然効率がいい
だから郊外に、どんどんショッピングモールができるのである(?)

なんだか話が飛んだ!

そんな効率悪い産業を、なぜ続けているのか…
赤字をどんどん生産しているようなものだ(アホノミクスに泣く、地方の中小企業のようだ)

そこで出てくるのが農協である。
ほとんど価値の無い田畑を担保にカネを貸す。
農家の手助けをすると言って作業受託をする
団体で圧力をかけて米価を上げる

効率化という名のもとに手抜き(?)の稲作を農協は勧める

P1060872

「苗半作」という言葉がある
一年の稲作は、苗作りにあるという意味である
良い苗ができたら、半分収量が決まったようなものであるという言葉である
その苗を、農家のために大量に生産して支給する。(農協の売り上げにつながる)
農家は、育苗管理をしなくていいから他に働きに行ける
(育苗管理は、家を空けられない。ハウスは閉めておくと、短時間に中は高温になる。
開け閉めを頻繁にしないといけない。湿度管理もしかり…)

大事な大事な年間半分の仕事を農協は肩代わりしてくれるのである。
これを農協は偉い!とみるか…
農家が手抜きをしているとみるか…

そして全中(全国農業協同組合中央会)はいう。
「国民の食糧を守る大事な仕事だ」と言って政治家に圧力をかけ補助金制度をつくる
その補助金が農協と農家に回る
だから一畳250円でその他の経費がかかってもやり抜けるのである(笑)

それだけではないが…

やはり、作るのが楽しいのである
作るのは楽しい、売るのは難しい

しかし、農家は本当に作っているのか?
それとも単に材料を組み立てているのか…?

その辺を判断できる人が…

 

武田くんは嘆く
留守にした時、ハウスが高温になり
「今年の苗は、油断していている内に焼いてしまった。どうなることか…」

カテゴリーアーカイブ: 生産者と共に