ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

カテゴリーアーカイブ: 生産者と共に

はながらつみ

そろそろ苗の販売も、お終いだ。
パンジー・ビオラに始まり、マリーゴールド。インパチェンスときて夏の花の植え替え時期である
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これは出遅れた遠藤幸悦のマリーゴールドだ。もう花壇もイッパイだ。
植え遅れた人のために三鉢100円だ!

 

店を始めたころは、花壇苗、野菜苗が結構売れた。
もう20年になるが、当時は花苗や、野菜苗は、八百屋で売っていいた。
つまり、苗農家が苗を作れない稲作農家から依頼され、余分を市場に出していた。だから八百屋の商品だった。
八百屋は専門知識がないから「トマト」「キュウリ」「なす」などとしか表示していなかった。
それを、ちいさな野菜畑では品種を明記した。
「桃太郎」「桃太郎8」「麗夏」「夏すずみ」「南極2号」「千両」などなど

 

また当時は種苗メーカーが、桃太郎を売りだした時期だったので、一気にトマトは桃太郎が美味しいと思われ、
品種を指定して買い求める客が増えた。
マスコミの力はすごい。
「甘い桃太郎トマトください」「これ甘いですね」という客に、いちいち答えた
「栽培方法で、甘くなります。水ストレスと言って水やりを制限することで甘くなります。品種ではありません」
と何回繰り返しただろう
それでも客は、これ甘いですか?甘いトマトください。と今でも言う。
今、桃太郎は品種が10種類近くなって、そろそろ新しい品種が生まれてきそうである。

 

品種を書いて販売したことが客の興味を引き、客が集まるようになってきた。
つぎには他がやっていない品種を、店の独自のリスクで作り販売するようにした。
それは種を買って、農家に委託するのである。(黄色いトマト・白い茄子・げきから唐辛子。海外の種等々)
他で販売していない品種なので、また客が集まった。
しかし、その頃から苗の専門店ができてきた。
苗の専門店は、そばに栽培ハウスをもち、ハウスから売り場のハウスに苗を移した
苗の販売は、管理が大変である。
また植える時期があるので、売り場が、すぐ変わらないといけない
売れていた時は、回転がよく、次から次へと持ってきても、すぐ売れ、毎日のように補充した。
ところが苗専門店ができ、またDIYの店が大々的に苗を扱うようになると、売れ行きが鈍くなってきた
当然である、野菜などの食糧は、人の胃袋に入る量しかうれない。
苗も、花壇の面積や菜園の面積ぶんしか売れないのである。
プランターに、いくら植えても知れている。

そうなると競争である。
安売り競争が始まり、今度は早売り競争が生まれた。早く売り場に並べて販売するのである。
それが西から余り苗をもってきてうる。また海外から輸入して売る。
(土の輸入は禁止なので、ロックウールという化学繊維に播種して芽出しをして輸入し、日本で土を入れたポットに植え替えるのである)
そうなると地元の業者はお手上げである。
今や、苗の生産は、種苗メーカーや、化粧品メーカー、洋酒メーカーなどが全国的に各地の農家に委託生産し販売している

20年の間に、これだけ変わった。
変わらないのは、管理である。
苗売り場に置いてある苗は、水やりがかかせないし、
咲き終わった花や、黄化した葉っぱをとらないと、見栄えが悪くますます売れない。

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そして新入社員を痛めつけるように、どんどん花を摘まないと、「なりグセ」がつかないのである。
(”新入社員は叩いて許育をしないと、伸びない”という考え方。ゆとり教育世代には通用しないが…)
子どもの教育と、植物を育てるのは、よく似ている(?)

 

だしはじめました。

以前からやっていた「だし定食」を始めた。
山形の郷土料理の「だし」である
九州の「冷っちる」に似ているような気がするが…
やはり暑い夏を凌ぐには、食欲をそそり、さっぱりとガシガシ食べる料理が必要だったのだろう
発明は必要の母というが、料理も必要に迫られて、つくるのだろう

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「だし」は簡単である。
野菜を切り刻んで昆布を入れればいいだけである
ところが、みじん切りは面倒臭い。
だいたいが、切れない包丁を細かに動かすなどという芸当は、指を切るだけである。
なんど、みじん切りで指を切ったことか…
指が一部短くなっているのは、そのせいかもしれない
(小指のこと、落としたわけではない?)

しかし、切る野菜は、”夏やさい”でないといけない。
”夏やさい”といえば「トマト」と思う同居人はいるが
トマトは、入らない。
「胡瓜」「茄子」「オクラ」「葱」「茗荷」などだが、人によっては玉ねぎや人参を入れる人もいる
だからそのへんにあるものを、適当に細かく切ってわからないようにすればいいのだ。
どうせ同居人が食べるのだから…
とトラ子は思う。(それではいけない!と強く反論した入道であった)

 

そんな面倒臭い料理をつくった。
昆布のかわりに、陸中海産の和布蕪の粉である。
和布蕪を読めない人にふりがなを付ける「めかぶ」である。
和布(わかめ)の蕪(根本)と言う意味である。
以前、山地酪農から生の和布蕪をもらったが…
切り刻もうとしてもヌルヌルして均一に刻めないので、止めた
「切って持ってこい」と返してやったが…
それだけヌメリがあるのだ。
陸中海産は、なぜか花巻にあって全国販売している。。
海産物が、なぜ内陸なのだ?と問われるだろうが
海産物は内陸は憧れの食材である。それを大船渡から持ってきて内陸で売っていたのだろう
3.11以前は、三陸の海産物は内陸を経由しないで、直接築地に向かった。
だから三陸と内陸と結ぶ業者が、昔から必要だったのかもしれない

夏本番

IMG_0021アスパラをもらった

アズパラの生産者である北上の八重樫真純からである。
包んである新聞紙にメモ紙が。ついていた。
「切れハシですが、袋に入れて味噌をまぶすし、一日置くと美味しいです」と女性の文字であった。
奥さんを亡くしてから、手伝いの人がアスパラを担当しているようだが…
ひょっとして子育てで忙しい嫁だろうか?

味噌の浅漬を造っている。
以前に作った秘伝豆の味噌「およね」を使い、味噌の浅漬という市販のものを混ぜあわせている
それに昆布を入れて、大根を拍子切りにして放り込むと
大根の味噌漬けが一晩で出来上がる
これが結構美味しい。
その浅漬味噌の漬け床へ、このアスパラの切れハシを皮を向いて放り込んだ

IMG_0005一晩で美味しいアスパラの味噌漬けができた。
残念ながらこれは売り物にも…
試食コーナーにも並べられない

ちょっとしかないから、マカナイ用です

 

 

まかない用は、まだまだ有る。
ちょっとした切れハシや
新規の浅漬の試作とか…
さまざまでてくる

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これは新玉葱と根生姜のぬか漬けを混ぜあわせて、塩を降って一晩寝かしたものである
ちょと甘じょっぱいくてさっぱりしている。

酒の肴に最適
大体、小生が作るものは「酒の肴」である
これで一杯呑めれば、なにもいらない(金は別)

そろそろ茄子の季節だ。
茄子の糠漬けは色落ちしないようにと「釘を入れろ」と言う。
それも錆びついた釘だという

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しかし、ぬか漬けは苦戦している
東北はぬか漬けを食べる食文化が無いのでは…
あまり売れない。安くしても売れない。
以前は、米が採れなかったから、米ぬかでつけるという発想は出なかったのか?
米ぬかは、肥料や飼料に回ったのかもしれない。

 

ある農家は、
「冬越しのごわごわしたほうれん草、春一番に雪が消えると出てくる太いアズパラ
どちらも規格外で市場出荷はできないが、一番甘みが乗って美味しい」と言う
本当に美味しいものは、市場には出回らない。

そのアスパラは、もう終盤になる。
そろそろ夏野菜の本番が始まる。

違和感

 

”ゴルフに行った。”いや、「ゴルフ場に行った」というのが正解だろう

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「盛岡南」と言うゴルフ場である。

「盛岡の南」と思ったら「盛岡から南」という感じで50kmほど離れていた。
東京だったら、もう千葉を通り越して茨城か、栃木まで行ってしまうだろう
まったく、いい加減な名前だ

参加賞の景品を届けに行ったのである。
小生の出身高の同窓会コンペである

 

もうクラブを握るのをやめて20年になる
学生時代から握っていたが、親父の指導が画一的なのでやめた
親父は「キカイダー」と呼ばれていたほど正確にスィングして、決めたところに、ちまちまと落とすゴルフだった。
小生は、身体で振るので、あちこちに飛んで、当たれば飛ぶ、当たらないと親父に叱られた

頭を動かすな
背中が曲がっている
グリップはやわらかく
スタンスが大きい
根性が悪い
膝が硬すぎる

もういい!好きにさせてくれ!
とオヤジの指導をやめた。なにか寂しそうだったが…

社会人になって大阪時代は、よく連れて行かれた。
白浜。茨木。城陽。賢島 和合

名門コースも多々行った。ワンバックの時もあった。

東京でも片道2時間とか1時間半とか…電車に乗って行った。
帰りは電車で寝た。

相変わらず下手だった。100を切ったのは数えるほどしか無い
大体があんな小さなボールを、あんな杖の先で打つ、なんという曲芸は出来るはずがない
サーカスじゃないのだ

だから、力を込めておもいっきり振り回す振り子打法(?)である
当たればホームラン、当たらないとスピンして後ろに飛んだ(?)

そして、いつも自嘲気味に言う
「4番、サード腹」と言って腹を突き出して、ティグランドに立った。
(スコアの良い順に打つ。”四番目の腹のつきだした奴”と言う意味
当時巨人の原監督は、サードを守っていた。)

 

自営業になって誰も誘ってくれないので自然と行かなくなった。
クラブも靴も物置でホコリをかぶっている

ところが、農家まわりをするようになって、
いつも雨の日は、作業小屋で家族揃って作業してたのが、親父だけいない

「どこへ行ったの?」と聞くと
奥さんは、苦虫を潰したような顔で「草刈り」と言いながらゴルフのスィングをした

雨の日は農家は休みである。ゴルフ場も客は少ない
そんなときは農家のゴルフ休日である

しかし、何となく違和感がある

 

これでいいのか?岩手山!

久しぶりに岩手町に行った。
岩手町は、岩手県岩手郡岩手町という住所なので「岩手の中心地」と言う噂があるが

「噂を信じちゃいけないよ」とリンダが言っている。(リンダを知らない人はワシに聞け!)
そうなのだ噂だけで、岩手の県北部のちいさな町である。
以前ニュースで”全国の新幹線で乗降客が一番少ない駅”と紹介されていた。
今でも、そうなのだろうか…

その岩手町は、野菜の産地である。
特に”玉菜”は、全国一の生産量と言って良い。
こちらの古い人(小生よりも頭の禿げ上がった皺が深い人)は
キャベツのことを「たまな」と言う
最初聞いた時は「何か?」と首を傾げたが、言い得て妙である。

しかし、その玉菜も、最近では玉になるが、昔は結球しなかったと言う
最近流行りの「ケール」が当初の姿だという
昔と言っても、1000年も前の大昔のことだ!
日本でも最近食べられるようになってきた。
最近と言っても、100年前ぐらいのことだ。
野菜の歴史のスパンは長い

戦前戦後、岩手町では貨車を満載にして「すみすご」に入れて出荷した
「すみすご」はワラで編んだ炭を入れるカゴである。
そんなニュース画像を見たことが有る。

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そんな岩手町の田中清憲は、この季節の風物詩の”物置にネット”を貼ってあった。
これは物置の中に、ツバメの巣ができているのである。
この時期に北上してきたツバメが、いつものところに巣を作り産卵をして子育てをするのである。
ところがそれを狙う、鳶や同居人がいるので、入らないようにネットをかぶせてあるのである。
こんなので突っ込んでくるだろう、と思うのは浅はかな人間だけである
鳶は賢いのである。同居人とは違う!
しかし、なんと優しいのであろう!この田中夫婦は…
トラ子や魔子様に見習って欲しいと切実に想う。

家の裏の畑に行くと、トマトのハウスの横に見慣れないものが植えてある

IMG_0013 IMG_0015アイスプラントである。
流行りものはやらない清憲であるが、面白がってやり始めたのか…
アイスプラントは、ここ5〜6年前から流行り始めた
葉っぱに氷の粒のようなものが着くのである。
なんでも南アフリカの植物だという
それをどうやって食べるのか?たぶんsaladである
なんでもsaladと言っておけば間違いがない。
外人は煮物やあえ物や、など喰わないからだ!
日本人は、なんと繊細な調理を考えだすのか…

 

岩手町の町並みはしばらく行っていなかったが、あまり変わっていなかった
ところがそれのアクセスが、バイパスが出来て一気に近くなっていた。
街は変わっていない。道は直線で短距離になった。
人口は減っている。生産量が落ちて、車も少ない。
新しい道路は、快適にスピードを出す。
ガソリンの消費が拡大し、事故が多発する。
こんなので良いのか?と岩手山に問う!

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ところが麦秋の岩手山も、道端にこんな看板を掲げられて予算の無駄遣いである。
(こんな看板アッキャしかみない!)

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これでいいのか?岩手山!

地方の塊

送別会である。
「会うは、別れの始まり」と言うナレーションのドラマが有った(?)
「愛別離苦」という仏教の言葉もある。
別れることは、寂しくて辛いものである。

しかし送別会が、こんなに明るくていいのか?
と言う送別会である。

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もーとんファミリーの穴田くんが東京へ帰った。
所詮東京生まれだから、凱旋だろう。それでいいのだ。
ド田舎で20年近く苦労した。その苦労がこれからの都会の仕事で報われるだろう
そういう意味では、今までの逆である

よく言う
「まちおこしには、わか者・ばか者・よそ者が必要だ」
なんでも苦にしない若いパワーと…
従来の発想とは違うばか者と…
地元の慣習にとらわれないよそ者…

そんな都会からやってくる人や、戻ってくる人を迎えた言葉である

しかし、世界を向いている都会には、地方を省みる優しさが無いといけないはずである
地方から都会へ行く若者は、それに慣れよう、純化しよう、というコンプレックスが邪魔をする
地方の都会化である。
しかし、ホントは都会も地方の塊なのである

300人いた高校の同級生達も、都会へ行ったのは約3分の1。戻ってきたのは半分
50人前後が都会から戻ってこれないというか、置き去りである
その子どもたちは、地方に田舎を持つ都会っ子である。
そして孫達は、帰るべき田舎のない都会っ子になってしまう。
そして労働の現場が海外へ行ってしまうことに寄って、高齢化した都会が生まれる

そんなところへ、コンプレックスを持たない都会の地方出身者(?)は貴重である
都会をかき回して、その渦を田舎まで振り回して欲しい。
そんな願いを込めた明るい送別会だった。

穴田光宏送別会in野菜畑150529

 

 

 

 

 

 

田植えⅢ

ようやく6月

岩手も、ほとんど田植えが終わった。
後は大面積の人たち(武田くんたち…)や、岩手県北部の一部は6月に入ってもやっているところがある
苗半作といい(また苗七分作という人もいる)育苗管理が終わって田植えがすんで
三日で活着すれば、後は待つだけ
と思っている人が多いが…

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6月からは、水管理が大変である
田んぼに水をはるのは、除草のためと、根の保温のためである
雑草は水の中では、そんなに大きならないが、一端!水面が低くなり
少しでも草の先端が水面から顔を出すと、するすると伸びる。
そうなると後は、稲との競争である。

だから代掻きが重要なのである。
田んぼを平らにすることで、水口と水尻の差を少なくするのが代掻きである。
これが苦手な農家が多いが、これができないと、あとあと除草で苦労する
また、根の保温である。最初に田んぼに流れこむ水温は15℃前後である。
稲の生育には25℃前後が望ましい
朝、冷たい水を入れ、日中太陽光で温め、その温水を夜まで引き伸ばすのが水管理である

どの時間帯に水を入れてどの時間帯に水を止め、出すか…。それも地域によって変わってくる。
沢水や湧き水を入れているところは、年中冷たい水であるから、
早朝に入れていくらでも早朝の太陽光で温度の上昇を目指すが、
水田を巡ってきた水を流し入れるところはぬるい水だから、水温で時間を設定しないといけない。

関東のコシヒカリはあまり美味しくないと言う
それは、水管理が難しいからである
日中の高温で水が日中50℃になるときもある。その温度がなかなか下がらないのである
水温を揚げないために水面を水草で覆っているところもある
(岩手は逆に水温を上げるために水草を取る)
だから関東の平野部では源泉掛け流しではないが、一日中掛け流しのところが多い
植物(稲)は、日中太陽光により葉っぱで光合成をして、養分を根に送る。
ところがあまりにも暑いと、根に送るよりも草体の維持に使われて根に送られないのである
だから暖地の米でおいいしと言われるものは少ない
だから一日の気温の較差が必要であり、美味しさにつながる
コシヒカリの名産地、魚沼は谷あいの尾根であり、夜は布団をかけて寝ないとさむいが日中は暑い。
その根を保温し、日昼間の気温較差を人工的に創りだすのが水管理である。

平成5年の大冷害のとき
多くの人は水で保温をした。ところが気温が17〜18℃で水温が15℃だったところがある
そこはかえって水を抜いたほうが良かった」。
また、いっぱい呑んで寝てから夜の11時頃水を入れ、朝4時に水を止めるという人もいる。
そのように水との駆け引きが重要なのである
昔は、その水が思うように入ってこないところに水争いがおきる
平成5年の大冷害のとき、岩手で水を止めて宮城で水不足になるという話を聞いた
また水需要の90%が農業用水で、あとの各5%が工業用水と飲料水だという話も聞いた
そして、水田から蒸発する水、雨となって水田に溜まる水、川に流れ海の注ぎ込み、蒸発して雨となる
水の循環が、われわれが生存する環境を造っているのである

貨幣経済では、自然環境は買えない

田植えⅡ

3000坪を使って、年間150万しか売上が上がらない
つまり6畳一間の1000部屋を一部屋年間1500円で貸しているのである
つまり一畳250円だ!
小生が学生の頃(40年前)でさえ、下宿は1畳1000円が相場だった!
先日、火事になった川崎の簡易宿泊所だって、こんな部屋代ではやっていけない
そんな田んぼに機械代金・肥料代金・農薬代金・油代・そして殆ど入っていない人件費がかかってくる。

いかに効率が悪い産業か…(例えが変!)

そんな土地利用なら田んぼを埋めて、イ◯ンに貸したほうが断然効率がいい
だから郊外に、どんどんショッピングモールができるのである(?)

なんだか話が飛んだ!

そんな効率悪い産業を、なぜ続けているのか…
赤字をどんどん生産しているようなものだ(アホノミクスに泣く、地方の中小企業のようだ)

そこで出てくるのが農協である。
ほとんど価値の無い田畑を担保にカネを貸す。
農家の手助けをすると言って作業受託をする
団体で圧力をかけて米価を上げる

効率化という名のもとに手抜き(?)の稲作を農協は勧める

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「苗半作」という言葉がある
一年の稲作は、苗作りにあるという意味である
良い苗ができたら、半分収量が決まったようなものであるという言葉である
その苗を、農家のために大量に生産して支給する。(農協の売り上げにつながる)
農家は、育苗管理をしなくていいから他に働きに行ける
(育苗管理は、家を空けられない。ハウスは閉めておくと、短時間に中は高温になる。
開け閉めを頻繁にしないといけない。湿度管理もしかり…)

大事な大事な年間半分の仕事を農協は肩代わりしてくれるのである。
これを農協は偉い!とみるか…
農家が手抜きをしているとみるか…

そして全中(全国農業協同組合中央会)はいう。
「国民の食糧を守る大事な仕事だ」と言って政治家に圧力をかけ補助金制度をつくる
その補助金が農協と農家に回る
だから一畳250円でその他の経費がかかってもやり抜けるのである(笑)

それだけではないが…

やはり、作るのが楽しいのである
作るのは楽しい、売るのは難しい

しかし、農家は本当に作っているのか?
それとも単に材料を組み立てているのか…?

その辺を判断できる人が…

 

武田くんは嘆く
留守にした時、ハウスが高温になり
「今年の苗は、油断していている内に焼いてしまった。どうなることか…」

田植え

昨晩、武田くんがきた。
アイガモ農法の武田くんである
市議会議員でも有る。
当店の生産者でも有る
米を持参してきた
冬は農協の肥料運びをやり、春夏秋は大面積の稲作をやっている
全部で25町歩ぐらいだろうか…

「田植えだから頻繁に持って来られない」
と言って

1町歩と言って分かる人は少ない。
1町歩は、10反歩だ。1反歩は300坪だ。だから3000坪である。
多分都会の人は、ウザギ小屋に住んでいるから3000坪と言うと想像できないだろう
通常は、東京ドーム何個分という表現をするのだが、東京ドームがどれ位面積があるのか不明なので

100坪の盛岡ドーム30個分だ(?)

以前と言っても、たかが20年前のことだが、田畑の売買に関係したことが有る
当時、一町歩の田んぼの相場は1000万だった。(盛岡近郊)
畑は300万ぐらいだっただろうか…(盛岡近郊)

ところが盛岡から片道1時間ぐらい行くと、畑は1町歩が30万だったり、ひどい奥地だと3万だったりした。
それで騙されたのが岩洞湖湖畔である。
将来、首都が盛岡から一時間の岩洞湖へ移るという可能性にかけて、タダ同然の土地が高い値段で取引された。
大手一部上場会社から大商社から。のべつまくなし買いまくった。
その土地は今、塩漬けである。

店の近くにも塩漬けの造成地がある。
将来宅地造成の許可が降りると言って買わされたのだが、
標高が高すぎて水道が設置できなくて許可がおりなかった。
毛皮を着た女性にサングラスを掛けた小柄なデブの二人と黒服の5人組が
「その造成地はどこだ?」と店に入ってきた。
ヤクザだ!
小生も負けるヤクザが出てきた。

そんなことがあって以来、不動産は、扱うのは止めた。と言うか
知識も金も無かったので、手を出せなかった(泣)

なんだか話が飛んだ!

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それで武田くんは、規模拡大の父親のせいで大面積の稲作をやる羽目になった
その一部と言っても15町歩だがアイガモ農法をやっている
これは手間がかかる。
田植えをすれば終わりではない。それから
アイガモが逃げないようにネットを張らないといけない
ところがアイガモは稲穂を食べるから、穂が出るまでしか田んぼの中で飼えない
15町歩の田んぼに、すべてネットを貼るのは1ヶ月かかる
つまり最後にネットは貼った時は、ネットをはずさないといけない、
と言う冗談まがいの状況に陥る(冗談だ!)

まして田植えは天気を見ながら、地温を高めて代掻きをしながら苗を植えていく
苗は3日で根付かないと収量が上がらない(健康に育たない)と言う。
十分に地温を高め、水で保温をし、水平に均して、浅く植えるのである。
これをトラクターと田植え機に乗ってやるのである。至難の業である。
順調に行くと三日で根が土に着く(活着という)
ところが寒かったり、水が浅かったり、深植えをしたり、すると何日もかかる
そして水が浅くなると、雑草が出てくる。
水面からちょっとでも葉先がでると、スィ〜と伸びてくるのである
油断も隙もない。
それを3000坪も草取りをするのである(間違い 3000坪×15)
都会の人はうさぎ小屋に住んでいるから、わからないだろうが
6畳一間が1000部屋分である((間違い 6畳×1000部屋×15)
一度6畳一間にゴミ箱を散らしてひろってみてほしい。どれだけ大変か…

ところがそれで米はいくらの売上が上がるかというと
せいぜい1町歩(3000坪)で、150万である。

これで飯が食っていけないだろう!
と多くの人は言う

全くであるが、いろいろと裏がある
その裏は…(続く)

店に行く時間だ。魔子様が叫んでいる「行くよぉ〜」

 

 

 

人口減

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そろそろ準備をしなければ…
以前はドラム缶を二つに割って、それが焼き肉のコンロだった
それが、何回もやるもんだから、すぐぼろぼろになる。

肉を焼いているのか?
炭を焼いているのか?
コンロを焼いているのか?

なんだかわからないのだ!

でもこれはすぐれもの
ガスボンベを二つに割って、作ったものだ。
ガス圧に耐えたものだから、十二分に耐熱構造である。
それに重い。ちょっとやそっとでは持ち上がらない

先日玄米を運んだら足元がふらついた
小生が農業に入った頃は玄米は60kg入りの袋だったが
だんだん農家も高齢になり、17〜8年前から米袋が30kg袋になった。
当時は、その軽さが物足りなかったが、
筋力が衰えた64歳にはこたえる。
30kgを抱えて、段差が登れないのである。(泣)

そんな体力不足ながら、農家に人が集まると言うと定番の焼き肉用の
頑丈なコンロの掃除を始めた
なんせ一冬、雪の下で眠っていたのである。

 

今週の金曜日は、モートンの葬式である
葬儀の司会は、肉食妻帯可の真宗大谷派のモヒカン副住職が勤める。

こんな案内をだした

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あの岩泉のもーとんファミリー穴田君が、妻の後を追って東京へ出稼ぎに行きます
すぐ戻ってくると言う確信を持って、歓迎会という名の送別会を開催いたします

平成27年5月29日(金)午後6時〜
八百よろず屋ちいさな野菜畑 こびる食堂
会費、3000円
飲み物持参

参加の方連絡ください

尚「セシウム牛を食べる会」の名簿よりBCCにて送信しました。
このほか、穴田くんに大変世話になった。と言う気持ちを少しだけ持っている人や
大きなお世話をしたけど、少しもお礼をしてもらっていない人や
顔も思い出せないけと、うまい飯を食うか?
と言う人も参加可能ですのでお声掛け下さい
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

また一人、岩手県の人口が減る(嘆)

 

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