ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

カテゴリーアーカイブ: 生産者と共に

あめ

暴風雨の予報であるが
外を見ると真っ暗だが、音だけはするが雨は見えない
木々が揺れている音がする。
雨が地面にたたきつけられる音がする

都会に住んでいた時、会社に行くのに土を踏む感覚は無かった
それどころか、雨靴を履く風習もなかった
なんせ踏みしめるのは、アスファルトと、ビルのコンクリートと、電車の鋼鉄(アルミ?)の床、だけだった。
雨は邪魔者だった。

雨の日は、傘を持っていくか?持って行かないか?だけの判断だった
大阪で会社勤めをしていた時、事務の女の子は、商店街のアーケードから地下鉄に乗って、勤めているビルの地下に続いているので
「雨の日でも傘はいらへん」と言っていた。
都会では雨は、厄介者である。

 

農業の世界に入って、雨音が聞こえると嬉しいとか、ほっとする感覚が生まれた。
「田植えは、雨に限る」という若い農業者もいた
”雨が音を遮り、集中出来るのだ”と言う
農家は、今稲刈りである。
雨は邪魔者である
せっかく水田から水を抜き、地面を乾かして、1トンもの収穫用機械(コンバイン)を入れるようにしたのに
また長雨が続くと、元の木阿弥、大きな機械が重量で沈み込み、土を踏み固めて大きな轍を作るからである

しかし、本来のコメは、できるだけ長く水分を続けて補給したほうが、味がいいという

作業性を取るのか、米の質をとるのか?
それぞれの水田の状況と考え方に寄る。

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ヴィヴィッド

取材が来た。
なんでも10月25日発行の雑誌らしい。
たぶん全国の本屋の平台に重ねられるのだろう!
と思ったが、見本紙を見たら岩手のことばかりである。
どうやら千葉の本屋には並ばないようだ

その雑誌の10月号は、新米特集である
新米のおにぎりの特集らしい
当店の「玄米おにぎり」と「赤飯おにぎり」を掲載するという
それとついでに、新米のご飯にかけて食べるもの!と言う

当店の自慢の生卵と、当店オリジナルの「たいこばん」を載せたいと言う
先日取材の約束をしていたが、鍼医での大出血で足首を血だらけにして中央病院にかけこんだせいで、キャンセルをした。
そのお詫びに、出来るだけのことをしてあげようと固く心に誓った
(誓わなくてもいいが、広告宣伝になるので頑張った?)

当店の卵は二種類ある。
うたがき優命園の自然卵と、同じ江刺の黄金卵である

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黄身の色がクリーム色の薄いのが、うたがき優命園の「自然卵」である
(ご飯に乗っけて醬油がかけてある)
白い茶碗に乗っているオレンジ色の卵が「黄金卵」である。

なぜ黄身の色が違うのか?
それは餌の違いである。
自然卵は、それこそ農場に自然に生えている緑餌をタップリと与える
黄金卵は、動けない金網のケージで育てられ配合飼料を与えられる。
緑餌には色といえば、葉緑素の緑が多い
配合飼料には、書いてはいないがパブリカのような赤い色素を含んだものが含まれている
(別に食品添加物として規制されているものではない)

ようするに自然卵は、そのへんに生えている自然の草を多給している
(その辺に赤いパブリカがイッパイ生えていれば、黄身はオレンジ色になるかも…)
通常売られている卵は、食欲をそそる、見栄えを良くする、ために赤い色素の添加物(?)を人為的に入れている
そして生産効率を高めるために、さまざまな工夫がなされている。

しかし、それぞれの卵にも言い分がある
個人経営の小規模農場の自然卵は、鶏が動き回るから腹が減り、エサ代がかかるから高価だ
企業経営の大規模農場の卵は、動けないように金網で大量に飼っているから安価だ

どちらを選ぶかは、消費者の勝手だが…
選ぶための情報だけは、提供しなければ…

 

生き物は、食べ物に影響されるのである
自分の子供を見てみたら、納得するだろう(?)
食品添加物多給の団塊の世代から生まれた子どもにアレルギー体質が多いのも…

食べ物は、すぐ影響を与えない
効率化・合理化の企業経営の農業は、団塊の世代から壮大な人体実験に入っている。
そして企業経営の農業は、枯渇する化石燃料のエネルギーで成り立っている。

倒伏

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津波である。
津波のような倒伏である。
稲の収穫間近の倒伏である

これは大変である
この倒伏した稲を、一株一株起こして鎌で刈る。
しかし、その穂は水に浸かって発芽してしまう
いや発芽しなくても未熟米で鶏のエサにしかならない。
倒伏させる人は、毎年倒伏させる
稲作が下手というか、興味が無いのだろう
というかスケベ根性がそうさせるのか…

 

つまり、一部が倒伏している場合は、”堆肥を其処においた。”
”肥料をこぼした”など限定した狭い倒伏であるが

このような大規模の倒伏は、肥料のやり過ぎ、時期の間違いである。
ようするに勉強もしていないのに量を取ろうというスケベ根性である。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という
頭を垂れた稲穂が、バランスを崩して倒伏するのである
頭を垂れるほど数多く重い籾を実らせ、それに耐える茎を作るのがイナ作技術である
それには途中の節間を詰まらせる(伸ばさない)肥料設計や管理をしないといけない。
それが篤農家の技なのである

ところが品種改良は、倒れにくい短稈を目指す。つまり草丈の短い稲をつくるのである。
篤農家の技はいらない。
昔の良食味の米は、ほとんどが茎が長い。コシヒカリ、ササニシキ、陸羽132、亀の尾等々
それを作りやすい短い茎に品種改良していったのである。
だから昔の品種をつくりこなす人は、少なくなった。
まして米価が安いからと、手を抜きながら高く売る手法だけがはびこる
技に対して対価を払うという発想はないのか?

 

美味しい文化

 

 

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久しぶりに鷲の尾に行った。
鷲の尾は、岩手ではだれでも知っている酒だ
ところが酒を呑まない人は誰もが知らないかも知れない

なぜ鷲の尾というのか?
岩手山は別名、巌鷲山という
雪が溶け始める頃岩手山に鷲が羽を広げたような雪形がみえる
「その時が種をまく時期だ」と教えてくれる雪形である
それから取った名前が「巌鷲山(がんじゅさん)」である
鷲型のしっぽの麓にある酒造りということで「鷲の尾」と名づけている

一升瓶で28万本しか作っていない小さな酒造会社である
盛岡の北の八幡平市にある。(もと西根町と言っていた)
盛岡と八幡平市の成人の人口が28万人だから、一人が年間一升呑めば、会社が成り立つという
盛岡周辺でしか販売しないという、昔からの遺訓を守っている小さな優良会社である。
グローバル時代のローカルの会社である

そんな会社の悩みは、早生の酒造米である。
米作りの盛んなところは多様な米を作っているが、岩手は飯米しか作っていない(というか作れない)
山田錦というポピュラーな酒米は、宮城が栽培北限だという
そこで鷲の尾では、早生の品種の飯米「はなの舞(山形の銘柄米)」を自家生産している
銘柄米(コシヒカリ。ひとめぼれ、あきたこまち)は高く売れるが、銘柄に指定されていないものは安く買い叩かれる。
(岩手はコシヒカリは銘柄米に指定されていないので、価格は安い。しかし、気候の関係で生産できない)
だから近隣の生産者に生産を委託すると、買い叩かれて農家は、わざわざ安値段のものを作るハメにな。
だから、農家に損をさせるわけには行かなということで自家水田で自家生産をしている

その水田を、疎植イナ作研究会が見学に行った
メンバーは、米どころの新潟・秋田・宮城の篤農家たちである
東京のコメ屋が頭を下げて取引をしている農家や、60kを10万円で売っている農家や、収量で日本一になった農家が集まっている疎植イナ作研究会である。
彼らは、かわいそうになるくらいビシバシと強烈に指摘した。
以前、研究会に岩手の農家を連れて行った時に、そのあまりにも強烈な意見に見学先の秋田の農家は泣きだした。それを見て、岩手の農家は、「恐ろしい」と言って、その研究会に出るのを辞めてしまった。
自然とともに生きている農家は、打たれ弱いのである

しかし、彼らの批判は当たらない。
なぜなら盛岡以北は20年前は「政府米」の産地である
政府米という言葉は、久しく使っていない
ようするに食糧管理法が有った時代、この地域は作った分だけ政府が買い上げていたのである。
だから量さえとれれば、よかった。
というよりも味の良い銘柄米は、収穫出来なかったのである。
それを政府が買い上げ、米屋に降ろす。米屋はそれを混米して販売していたのである
その混米は、「一年間を通して味を一定にする」ことが目的であった。
今量販店やドラックストアで販売している米は「原価を安くするためにする」混米である。
以前の目的と技術はぜんぜん違う

そんな政府米地帯になぜなったのか?と言うと
岩手山から吹き降ろす冷たい風と、岩手山の火山灰土の漏水田と、流れ込む水が伏流水の冷水温である。
つまり肥料をやっても、やっても効かないのである
そして頻繁に冷害に合う
それなのに米を作る
米をたべることは、この地域の、いや日本人の悲願だったのです

そうした努力により耕作不敵地にも米が作れ、食糧管理法で流通するようになり、
昭和30年後半に自給率100%を達成したのです
飯米も自由にならないところで、200年もの間、酒造りをしている
また酒も、つらい労働のあとの美味しい文化(?)である
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あと5年後

粗食研究会に参加した。と言うか事務局として段取りをした。
粗食は、幕内秀夫が流行らした言葉だが…

この粗食は、間違いで、本当は疎植である
要するに「疎らに植える(まばらにうえる)」と言う疎植である。
正式名称は「疎植イナ作研究会」という。
元宮城教育大学教授の本田強先生の主宰である。

教育大学で、なんで稲作なのだ?とお思いでしょうが
教育学部の技術家庭の先生教えるのに「栽培」という科目がある
それを教える先生である。専門は「稲作」である

昭和40年代は、密植だった。
「イッパイ植えてイッパイ取ろう」という発想だろうと思ったら、それなりの「松島理論」というのが有ったらしい。
それに異を唱えて本田先生が唱えたのが「疎植」である
しかし、よく考えて見れば光合成は、葉っぱで行われる。
光合成に必要なのは「光」と「二酸化炭素」である
二酸化炭素は空気中にまんべんなくあるが、「光」は影になったら当たらない
つまり、疎らに植えたほうが葉っぱに当たる光が多く(集中)なる

疎植のほうが、生産効率はいいはずだ!

というのが本田先生の言い分なのだ!
ところが多くの人は、稲の成長過程をみて密植のほうが良いと言う
つまり環境から見た成長と、内部から見た成長の見かたの違いなのだろう

まして農家は田植え直後の水田が青々として春風になびいていると満足する
ところが疎植は水面しか見えない、本数が少ないので水面が勝ってしまうのである。
平成5年の大凶作のとき、超疎植で試験栽培をしてみた
最初6月の初め頃、多く農家が通りすがりに笑ってみていた。
「なんだこの田圃は?単なる水張り減反か」と笑われたものだが
凶作が確定した8月後半は多くの人が見学にきた
隣の田んぼが、反(300坪)あたり1〜2俵だったのに、そこだけ6俵から7俵の収量を上げた
(岩手の反あたり平均収量約500kg(約8俵)

そのような実績が有っても、農家は変わらない。変われないのである。
それは、「まわりの人と同じことしなければ…」
と言うようするに金縛りのような地域社会が存在するからなのであろうと思っているが…
また、早生の品種をうえても、雀などの害鳥は、真っ先にそこを攻撃する
つまり周辺と違ったことをすると、自分のところにが害が及ぶという意味もある

そんなこんなで今まで多くの人が、周囲とは変わった農業に取り組んでこなかったが
今回の疎植イナ作研究会は、変わった。

自然栽培の阿部知里君と、自家採種の田村和大君の圃場を見学したのである

阿部知里くんは木村秋則さんの自然栽培を実践している

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田村和大くんは、昔の五百万石と言う酒米を生産している

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ふたりとも、周囲の田んぼと違う手法や品種で、勝負を初めているのである
ふと今までの農村社会のしきたりが、これからどんどん変わっていくのだろう

と思わせるような取り組みである。
新潟から宮城から秋田から、各地から集まってきた稲作専業農家は、圧倒されながら

「あと5年後が楽しみだ」と言って帰っていった。

今までのしきたりが変わっていくのか、変えていくのか…
そんな予感がする研究会であった。

このような新しい試みが、思いがけない結果を生み出すことが有る
20年前に産直を初め、その5年前にアイガモ農法を初めたように…
それから時代は、大きく変わった

冷製スープ

 

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加熱すると旨味がアップする
クッキングトマト「すずこま」、それに南蛮
どうしようもなく暑く、「食欲のない日。
ふと思い立って、
少し辛味のある冷製スープを飲みたい

ミキサーに、冷たい豆乳とすずこま。それに南蛮を一本。

みていた魔子様が
「なに?イチゴジュース?」
「いや、なに…」

ドロッとしたスムージーのようなボリュウムは絶品である。

お試しあれ!

「すずこま」東北農業研究センター育種開発
陸前高田より直送

 

政治は数だ!

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アイガモ農法の生産者の友人が占拠だという
国会の占拠か?と問うたら

市議会の選挙だという
そして集中砲火だという

「おまえか!戦争にいけ、というのは!」
「おまえだろう。戦争賛成というのは…」
出向いた先々で多くの人に言われると言う
「市議会と国会は違う!市民のために…4年間の実績を…」と言っても聞いてくれない

かわいそうに前回は楽勝だったが、今回は大苦戦らしい
なんだか短絡的ではないか?
と言っても当選すれば、党の政策が信認されたと中央の幹部はうけとる

そして何よりも民主主義といえ、
最後は議論を尽くされたという多数決主義でしか無い
「政治は数だ!」とオザワが言っていた。まさにその通りである
今回の地方自治体の選挙は、
国政がテーマなのか?
自治体がテーマなのか?
そしてその議員の活動で選んでいいのか?
党の政策で選ぶ壁なのか?

嘆かわしい問題だ!

 

おちゃんがグラスで…

亀吉ドンが、郵便物を送ってきた

なんだか”書いたものを読んでくれ”と言う

ぱっとみて放り投げた

「眠ろうとするトキ、おちゃんがグラスで…」
なんだこれは?眠るときはグラスを干してからにきまっているだろう

というわけで、おっちゃんはグラスを手放さないので

また読めない(?)

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なんだか知らんが、マメ科の木は役に立つということを言っているらしい
ところでマメ科の木は…

そういえば、ハギやサイカチや、ネムノキか…
まさに本物の有機農家は、きちんと植えている

しかし、ハンノキはマメ科と違うのか?

ちち

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当店のソフトが美味しいと以前から評判である。
別にたいしたことはない
しかし、ココにヒメられた秘密がある(?)

 

まず第一にソフトクリーム製造機が違う
岩手県内に多分2〜3台しかはいっていないだろう
海外のメーカーが製造した輸入機である。
だからなんだ?と言うわけではないが
ソフトクリームの中に細かわ泡がタップリと含まれているのでクリーミーである
その滑らかさは、10代の処女の肌のようである
60前後のばあばぁ〜と、一緒にせんといてくれ
(該当する年齢の人、読み飛ばしてください)
お店にとっては、空気もお金になる!

 

第二に、ソフトミックスが違う
ソフトクリームは、原材料は「ソフトクリームミックス」というの添加物だらけの原料をメーカーから購入する
それを使用するのでメーカーの違いこそあれ、大差がない
当店のソフトクリームは「ミックス」と「ミルク」のミックスである(?)
それも「ミックス」はアイスクリームのミックスを、ミックスしている
ミックスには、アイスクリームとアイスミルクとラクトアイスがある。
乳脂肪分で分けられるが、一番高脂肪(最高値の)のアイスクリームを使用している
他店のことは言わないが、安いところは、それなりである
当店のソフトは「250円」と安すぎるが、それは値段をつけた入道の気の弱さを反映している値段である。
当初は「150円」だった(大泣)
本来は「500円」ぐらいにしたい!と店主は思っているらしい

 

第三に味が違う。
ミックスしているミルクは「田野畑山地酪農研究会」の牛乳である
よく牛乳パックに、放牧している白黒のぶちの牛が書いてある
あれは嘘である。
ほとんどの牛は「舎飼い」と言って、一日中、牛舎の中で飼われている。
一日中だから、年中である。
牧場に放牧すると運動をしすぎて腹が減り、餌(飼料代)がかかるからである。
つまり餌を食って乳を出す、乳出し機械のようなものだ
余談=そして当然体内から出てくるから、出てきたばかりの乳は、温かいのである。
(冷蔵庫からだけ飲んでいる人は、牛乳は冷たいものと思っている)
余談2=また乳牛は、一年中乳を出していると誤解しているが、
人間と同じ乳の量が減るとまた種付けされるのである。
妊娠中は休みであるが、乳を出している時に種付けをされるのである
オスは羨ましいというか…メスは腹が引っ込むヒマもないというか…

一年中同じ餌(穀物や大豆主体)を食べているから同じ味であるが、
本来は草を食べて乳を出す機械(?)である。

夏になれば青臭い匂いが…
秋になれば紅葉の臭いが…
冬になれば枯れ草の臭いが…
春になれば希望の臭いが…

するのが普通の牛乳である、一年中同じ臭いというのは、「おかしい?}と思いわないといけない
おかしいと思わないほと飼いならされた人間たちが、一リットル198円の牛乳を飲む
山地酪農研究会の牛は、一年に4000kリットルしか乳を出さない
通常は”10000kリットルに挑戦”とか言う標語が畜産農協にはぶら下がっている

半分以下しか絞らないということは、あまり無理をしないということである
山地酪農研究会の牛達は、10年以上飼われるが
通常の牛達は、2年から3年でお役御免になり「国産牛肉」に化けて飼い慣らされた人間の口に入る。

人間でも児童手当をもらおうと、8人も9人も産む人がいたり
PTAで顔を売って選挙に勝とうと7人も子どもも産む人がいると聞いた
少子高齢化に悩む、経済優先の施策である(?)

だから(?)大地の臭いがこもって、その複雑高尚な味がする牛乳を太っ腹である半分も投入している
3分の1にしたいのだが、魔子様が許さない

 

第4の食育になる

ミックスには固まる添加物が入っているが、当店のソフトは、ミックスして半分しか入っていないのですぐ溶ける
子どもが遊び半分に食べていると、食べてるそばから垂れ下がってくる
だから子どもに集中力がつく

食べるときは、集中だ!という食育が集中してできる

 

第5にグローバルへの抵抗

当店のソフトを食べることにより、〇オ◯ショッピングモールのようなグローバル企業ではなく、
地域に根ざすローカル企業を結果として応援することになる
多くの産直に出荷している農家は、売上金をもって孫を連れ、イ◯ンにパンツを買いに行く
わしは◯〇〇に行ったことがない!

 

等々多々メリットがあるが、まだまだ書ききれない
みんなで行こう20周年
みんなで食べよう牛乳ソフト
(写真と文章は関係ありません。かわいい姉妹が食べていたので…)

提供は、盛岡のグローバル企業を目指すちいさな野菜畑でした

 

しょうげき

いよいよ夏本番が始まった。

岩手町の田中清憲は、最初に絹さやを出してくる。
いよいよ春野菜の出荷が始まったか…と言う思いだが

そろそろ夏野菜の本番というとレタスである。
これが大量に出てくる
これが売るほど有るのである
ところが売り切れないので、困るのである
毎年6月の悩みは、レタスの大量入荷である。

レタスを最初に見たのは、学生時代である
下宿に名古屋出身のテニス部のおしゃれな先輩がいた。
その先輩は、はやりのビートルズをヘッドフォンで聞きながら、パンをかじり、葉っぱに塩をふりかけてムシャムシャ食べていた
まだ酒を知らない頃、小学生か…(中学校の頃は試し呑みをしていた。内緒だ)
葉っぱは、生で食べるものではなかった。
どんな葉っぱであろうとも、おひたしか…漬物か…煮物だった。
と言って、葉っぱといえば、ポパイの「ほうれんそう」である。
いまこそ小松菜とか、山東菜とか、水菜とかいろいろあるが、
酒を呑まない頃は、”ほうれん草しかなかった。”と思う。
そんな時代に、葉っぱを生で食べていた。なんと貧しいのだ!
茹でる時間も鍋も無いのか…と一瞬思ったが、
そのパリパリ食べる音が、なんとも美味しそうだった。

それが玉レタスとの衝撃的な最初の出会いだった。

結球しないレタスは、奈良時代から国内で食べられていたと言う、その時は「ちしゃ」と言っていたそうだ
品種改良のせいで生まれた玉レタスは、明治維新で持ち込まれ、敗戦で進駐軍が広めたと言う
そして高度経済成長の波にのり、食事も欧米化して一般家庭まで広がったのが1960年代だという
都会では60年代中頃から流通していたのだろうが、小生の衝撃的な出会いは1969年だった。

そんなレタスの二回目の衝撃は

産直をやり始めた時、レタスが大量に出荷された。
国内の野菜の流通は、産地リレーである。
つまり、愛知のレタスが終わったら、長野のレタス、群馬のレタス、岩手のレタスと切れ目がなく続く
ところがその繋ぎ目にどんなことが有るかというと
次の産地のレタスが早く採れ始めると、前の産地が生産が遅れ、大量に余ってくる
そして契約している都会のスーパーは、契約とはいえ安値の方を買い求める
(スーパーは「売れ行きが悪くて…」と言い逃れをして契約を破棄する)
注文が浮いたレタスを地元の市場にだすと、量が多いので値段が暴落する。
(逆のケースもある。足りなくなって高騰する場合も…)
しかたなく畑でトラクター踏み潰すはめになる。(よくテレビで放映され賛否が渦巻く)
そして産地リレーを作った農林省は、潰した農家に補助金をだす

そんな仕組みになっている
だから産地リレーは、都会に野菜を安定供給するためであるし。地方の農家の生産を保証するためである
都会の人達は、そんなことを知らずに「踏み潰すのはもったいない」と言い「補助金だのみの農業はお荷物だ」と言う
すべて都会を中心に回っている農政のせいである

そんな農業でいいのか?

いや、こんな話ではない

その二回目の衝撃であるが、大量に出たレタスを
「いくらなんでも、こんなに売り切れない。一家族で2個も買ったら精一杯だ」と言うと
「おらだぁ〜、すお振ってくぅじゃ〜。なんぼでもへぇる(俺達は塩を振って漬物で食べれば、いくらでも体に入る」
と言う

エッ!レタスの漬物?

驚いたが、食べてみたら、さっぱりしてシャキシャキして美味しい
昔、塩漬けの白菜にご飯をくるんで食べるのが好きだったが、それと同じだ

これはいける

それから、大量のレタスは、漬物に限る
レタスは、今だけなので売り切らないと…
100円である。
漬けたものは200gで
生は2個で…

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