ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

カテゴリーアーカイブ: 生産者と共に

一本桜と…

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小生の一本桜はまだまだの感じだ
ちょっとしたスキマから見える借景だったので、
誰も気が付かない一人だけの一本桜だったが…

徐々に徐々に気がついてきたのか、
昨年は何人か眺めている人
近づいていく人
カメラを構えている人が多くなってきた

一人だけの一本桜が、多くの人の一本桜になってきた
これを個人の所有ではなく、「総有」というのだろう
多くの人が、その風景や自然財産を地域のものとして見守ることを…
たぶん持ち主もそれを狙って一本だけ残した(植えた?)のだろうか…

 

その一本桜を過ぎて、豆腐料理の田楽茶屋に豆腐の集荷に行った。
豆腐の消費量日本一の盛岡の豆腐屋でも、ちいさなところはどんどん店を閉めている
堅実にお得意様を大切にしてきた店も、お得意様の高齢化と、若年層の味の変化と、
大量生産の豆腐の価格競争と、垂れ流しのコマーシャルに耐え切れないのだろう
個人の努力では、どうしようもない世の中になってきた。

そんな田楽茶屋も、最近は惣菜料理に力を入れ始めた
パートが増えて、早朝からてんてこ舞いである。

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ふと思い立って「にんにく味噌」を購入した。
舌にのこる大蒜の味が美味い
しかし、魔子様は「臭いが…」と言って食べようともしない

自宅で湯豆腐を、にんにく味噌で食べたら、美味しかった
そうだ!こんな食べ方も有るのだ…

大量生産・消費に負けない
そんなあり方のヒントを得たような気がする

 

たねとり

久しぶりに外へ出た
というか、いつもの配達や集荷ではなく、他者との関係性の集まりだ(?)
食文化研究会である。
今日は種採り農家の田村和大さんの圃場見学である。

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彼は大震災の時に東京から戻ってきて農業を始めたと言う
そして種の大切さを知り、自家採種に取り組んでいる。

以前、遠野で加藤宏泰さんという農業高校の先生が中途退職して始めた農園が有った。
その農園で見た野菜は、なんの野菜かわからないものばかりだった。
それが種取り用に作っていた野菜たちであった。
大根も…牛蒡も…人参も…蕪も…
根菜はすべて根に栄養を蓄え、十分に肥大した後、茎を伸ばして花を咲かせ、種をつける
だから普通の大根は花を咲かせる前のみずみずしい大根足(?)のようなものである
花が咲いたあとに、種をつける姿は、多くの人が見たことがない

関係ないが昔「だいこんの花」という番組があった。
”大根の花は白い”というイメージしか残っていないが、確か向田邦子のドラマだったような気がする。
そのせいで白い花と言うのは覚えているが、見たことがない

蕎麦の花が白いのは当たり前にこの付近ではよく見る
しかし、森のそば屋の高家さんいわく
「あの白い花が、蕎麦の花です」と言ったら
女子大生が
「うどんの花は、どれですか?」と聞いたという
いかに農業と食が離れていったかの笑い話のような実話だ

 

それで種取りである。
今の時代、売られている種はほとんどがF1(えふわん)である
F1というと、フォーミュラーカーレースのように思う人が大部分だが、違う
F1は、中学生の時にメンデルの法則を習った人は知っているだろう
一代交配種である
つまり、F1はその殆どが自家採種して蒔いても、同じものが収穫できない
という一代限りの種である
これは種屋が儲かるために作ったのではない
どんどん育種して美味しいもの、多収穫のもの、病気に強いものなどなど改良を重ねた結果、作られた種である
結果としてその性格を受け継がれた二代目は蒔いてもその性質は受け継がれなかった
優れた親には、駄目な息子というではないか…(?)
トンビが鷹を生んだとか…

結果として毎年種を買わなくてはいけないことになり、種屋が儲かり、農家が経費がかかる構造になってきた
ただ、それだけではない
種を自家採種する技が継承されなくなってきた
それ以上に
遺伝子組換え作物などの種は特徴を継承されるので自家採種が禁じられる方向に向いてきた

今まで農業は経費がかからない仕事だった。
種は自家採種、肥料は人糞尿や草木灰。エネルギーは牛馬や人力で、熱源は天日乾燥。
それがF1の種を購入し、窒素・リン酸・カリの化学肥料を買い、トラクターを石油で動かし、ハーベスターで刈り取り石油で乾燥させる
すべて金が無いと生産できない構造になってきた
そして人々が必ず必要な食糧だから、安く単価は叩かれ、差額を補助金で補うという構造ができた

その一番の素が「種」なのである。
それが世界の大企業が特許や実用新案で自分のものにすることに寄って、
食糧が農業が人々のものではなく、企業の利益の道具にされてきているのである。

そういうことに果敢にチャレンジしたのか知らないが(苦笑)
自家採種で野菜を30種類近く栽培していると言う

彼とはここ数年の付き合いだが…
よく考えて見れば彼の父親との付き合いが古い。
同じ異業種交流会のメンバーだった。
そんな父親との付き合いで、彼が東京から帰ってきた時に、挨拶に来てくれた

しかし、もう帰ってきて5年、実家の圃場を自然栽培で、種取りや野菜栽培で立派なカタチが出来たものだ。
若いということは素晴らしい力を秘めている
ただただ感動と感心の一日であった。

苦味が全く無い、芽が出てきた春うらら

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小岩井蕪という名の原種

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調和

久しぶりに外に出た。
いや、外出ではない。外出なら、いつも出ている

ある会合というか…研修というか…講演会と言うか…
生産者に誘われたので。久しぶりに人が集まる集会に出た
狭い部屋に。ぎっしりと5〜60人ぐらいだろうか?入っていた。

遅れて行ったので…というよりも場所が不明確なまま行った。
いつもなら確認してから行くのだが、連絡は「第2会議室で行っております」と書いてあった
午前中そのビルの18階の”1804会議室”へ弁当の配達に行った。

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魔子様が「春らしくないから…」と言って
石鳥谷の熊谷哲の蕗の薹で、バッケ味噌(こちらの方言で、ふきのとう味噌)を作った。

その弁当の配達の帰り「第二会議室」という部屋を探してみたが、そこには無かった。
もう一度確認してみよう
と店に戻り、メールを確認した。
どうやらビルの会議室ではなく、運営団体が入っている場所の会議室らしい
そんなことがあって、遅れて行ったが

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話の内容は、自然栽培や自然とともに生きるようなことだった
自然は何もしなくても「調和」している
だから何もしなくても良い
化学肥料はもちろん、有機質肥料や堆厩肥なども他から投入することは、畑の調和を乱すことになる
そして自然栽培で作られたものを主体的に食べていれば…
身体の免疫力ができ
体内で元素転換がおこり、必要な物が創りだされる
病気は体調不良をの改善症状であるから、何もしなくていい

2時間半語られたことをこんなに短くしていいものか?と思うが
そんなふうに受け取った
ぎっしりの会場で、しきりと頷く人が大勢いた。
最近の農業の勉強不足なのだろうか?
最近もてはやされている「自然栽培の理論」なのだろうか…

頭で理解できなくても、現象がその通りになっていれば問題は無い
彼とその家族は40年間、その食事を続けて健康であると言う

ふと思った
小生も55歳までは暴飲暴食して健康だった。
55からの10年間が大病の連続だった(泣)

安く仕入れて高く売る

日曜日の夕方、生産者にメールをした。
「玄米を5袋!月曜日の夜に配達してくれ」
携帯メールは

相手はメールを受け取れないところにいます
センターでお預かりします

と返事が返ってきた
その日曜日の夜、ニュースが流れた。
”政権与党の党大会が行われた”と…
”そうか〜彼はそこに参加しているのか…
これでは月曜日の配達は無理だな…”

 

彼は、政権与党の県の幹部(青年局長)であるが、
農協の有るポジションは、それも兼ねるようだ。
組織の嫌いな小生は、詳しくは知らない
「シュンイチが好きだ。シンゾーは嫌いだ。シンジロウはすごい」と彼はいつも言う
人を対象に好き嫌いで決めている。で与党の政策や現状を批判すると
「国民のために政治をしなければ…」というが、具体的にどのような対応をするかは黙ってしまう

彼にとっては身の回りの市議会の問題が一番である
膨大な市議会の予算案に質問をしない議員が二人もいると憤慨し
自分は、うるさく質問をするので行政から嫌われると憤慨する

今の政治システムに巻き込まれて行政の言いなりにというか、
取り込まれていく限り先は見えない。そんな議員は、たんなる政治屋にすぎない
常に第三者的に離れて見ながら、思いを巡らしていくことが、いざというときに必要だ
いざ鎌倉は、そのうちに来る、絶対にくる。若者がこのまま黙っていないだろう
この政治システム、経済システムで続かない。と思う

と言うと
彼は。うなづきながらも同じことを繰り返す
「オザワはきらいだ。野党は野合だ。」
まるで生徒会の選挙のようである。

そんな彼は、商品を持ってくるたびに支払った金額から店の商品を買っていく。
そのへんは、よくわかっている。

ある農家は「産直の売上でイ○ンに買い物に行く」と言う
誇らしげに「○オ○の産直に出している」と言う。
地元資本の量販店ならしかたがないか…
大手量販店が「地元貢献」みたいなキャッチフレーズで地方の売上を中央に吸収していくシステムは
産直という地元の循環を目指すシステムと相反する
それがわかっていない

それと自分が高く売ろうとしているのだが、安く買いたい
自分の原材料は産直で高く売って、他の商品をスーパーで安く買う。それが良いと考えている
商売の基本は「安く仕入れて高く売る」ことだ。と思い込んでいるのである。

行政や大学は、一生懸命農家に「農業経営」を教えているが
経済の本質「循環」の精神を教えれば、地方経済は成り立つはずなのだが…

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月曜日の夜に配達を頼んだのは、大量に短角牛が残ったので、彼に買ってもらおうと思ったのだ。
彼は、子どもたちのために、いつも店内の肉を買い占めてくれる。
その辺の仕組みを、政治家を目指す彼は、よくわかっているのであった。
だから彼が大きくなってほしいと、期待するのである。

玉菜

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ザワークラフトを買ってみた
様々な付け合せとして食べたことはあるが、
ザワークラフトだけを!ということは記憶に無い

ポーランド産の輸入物だ

これだけたっぷりはいって一瓶190円である

瓶代が100円は、するのではないか?
輸入の運送代が90円ではないか?
販売しているスーパーの手数料が出るのか?

驚くと同時にポーランドの農民の辛苦を思った
世界各地の農民は虐げられているのだ
と思わせる値段だ
ひょっとして、瓶代は10円で運賃も10円でスーバーの手数料が170円で
農家には補助金が300円ぐらい入るのかもしれない(汗)

 

ザワークラフトにはキャラウエィシードが欠かせない
と書いてある
キャラウエィシードとは何者だ?
とあちこちを探したがどこでも売っていない

しかたなくネットで…と思ったら、
いつもカレーのスパイスを買っているネットで、販売していた
セリ科の一種だという

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爽やかで甘いという
爽やかというあじの感覚は、ミントのような感じか?
ポーランド産の輸入物には入っている様子はない

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この機械切りのような繊細な切り刻み方は、ザワークラフト用の機械だろうか
酸味と塩味のバランスが絶妙である
そしてマヨネーズとの相性も…
ザワークラフトはマヨラーの大好物かもしれない。

 

キャベツが大量に出荷された。
キャベツの夢を毎日のように見る
すこし漬けておいて日にちをずらすというような方法は…
キャベツを大量に食べる料理は…
といろいろ考え、つくり食べてみた
とんかつの付け合せが大量にでてきても五郎丸も嫌になるだろう
(五郎丸は成田に降り立った時に「とんかつが食べたい」と言っていた)

*玉菜は、こちらの農村の言葉でキャベツを意味します
言い得て妙です

下着

岩手町の田中清憲から面白い形の大根が届いた
人参にしろ、大根にしろ、牛蒡にしろ
土の中の物は、硬いものに当たると枝分かれして面白い形を作る
しかし、それは格外品となり、流通しない。
そんな格外品の展示即売会を開いたら客に受けるだろうか…
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面白いので醤油漬けにしてみた

醬油は当然、秘伝豆を使用した当店オリジナル醬油「醤次郎」である
それに穀物酢と砂糖を煮溶かして、人肌程度に冷めたときに漬ける
そうである
前に書いたBlogの「責任者出てこい」の加工方法である

人肌ていどに冷めるというのはなんとなく艶めかしいではないか?
そしてかぶるくらいにつけた結果が、こうである。
なんとなく恥じらいの処女の雰囲気

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そしてつけ汁の水分を飛ばして二回目のつけ汁でつけたら

なんと艶めかしい老婆の雰囲気IMG_0935

 

そんな大根で遊んでいたら
大根の一本漬けが届いた

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雪深い西和賀の一本漬けである
幻の漬物と呼ばれる一本漬けである

雪とともに詰めてあったが…
盛岡はまだ雪がない(積もっていない)
発泡スチロールに詰められた雪は、今年積もった沢内の雪だろうか…

*テーマと内容は、関係ありません

でてこい責任者

「料理本にはこういうことが多いのよね」と魔子さまは言う

大根の皮を向き、長さを半分、縦割りに4分の一にカットして、
鍋に並べて醬油を1リットル、味醂と酢を300CCいれて煮立てて人肌まで冷めたら
大根が隠れるくらいに冷めた醬油をかけるとある
大根は全部で5kgだという

大根の醤油漬けである

 

大根が大量に出てきた
市場に出しても値段がつかないのだろう
と言って当店でも手に余る
しかし、岩手の秋大根の旬はもうそろそろおしまいである
なんせ雪が降ったら掘り出せない
その前に土が凍る
早めに掘って早めに出稼ぎに出たい
と言ってもトラクターで踏み潰すのも忍びない
いくらかでも金に変えれれば…
と想いながら作業をしているのだろう
なんとか金に変えてあげたいと思っても
大根1本を家族4人が食べ切るには一生懸命に食べても一週間はかかる
大根ばかり食べているわけには、いかない(いかも、たべたい?)
しかし、もうすぐおしまいである
掘り出せなかった大根は、土の中で凍り、春には溶けて凍ってを繰り返して土に帰る
そして年末になると、千葉や、神奈川から新鮮な大根が溢れ出てくる

新鮮さでは負けるが、地元の食文化に根ざした農産加工という漬物を…
ようするに、タイミングをずらして販売するという東洋の魔女の時間差攻撃である(古い!)
それで古漬け、浅漬けと様々な漬物加工に取り組んでいるのだが…

料理本のとおりに実践すると
5kgの大根に1リットルの醬油をかぶるくらいにかけるのは至難の業である
でこぼこの大根の山に、裾野に醬油がかぶっているぐらいの量である
深い鍋だったらかぶるのだろうか…
大根の並べ方だろうか…
縦に並べれば…
様々に実践して研究して、アキラメかかって

おい!どうしたら良いのだ!

と魔子さに問うと
「料理本にはこういうことが多いのよね」と一言

全く不可解である
世の中の女性は、こんな理不尽な不正を是認しているのであろうか?
でてこい責任者!(怒り心頭)

少し頭を冷まして…
翌朝、鍋の蓋を取った
大根から水がでて、全てにかぶっていた

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それだったら、翌日は大根から水が出ますから、その時にかぶるように…
とか、なんとか書け!

 

 

 

 

 

 

 

 

八百屋が安い!

「電話があった」と魔子様
なんでも”銀杏を販売したい”という
「どこの生産?」と聞くと「盛岡の南だ」という

盛岡の南で銀杏を栽培している人と言うのは聞いたことがない
というよりも銀杏は。岩手は農作物として栽培しているのでなく
自家用として何本か植えている程度なのだが…

地元の産直で売れればいいのに…
わざわざ盛岡の北の当店に持ってこなくても…
何かあるのだろうか…一度話を聞こうと、
「ついでの時にサンプルを持って寄ってくれるように…」と伝えた

 

銀杏というのはせいぜい茶碗蒸しに入っている程度しか思いつかない
いや酒を呑むようになってから、焼いて塩を振って食べるというのを知った。
好物である
そういえば、大阪で御堂筋に植えてある銀杏を拾って歩いたことがある
東京から大阪に転勤した時の秋だっただろうか…
魔子様と一緒だった。
大阪にいた4年のあいだ、御堂筋を見下ろすビルに2年はいただろうか…
秋になると黄化した銀杏の並木と銀杏を思い出す。
懐かしい思い出だ


三連休のときに夫婦がやってきた
「銀杏を売りたい」という人だ
真面目そうな小柄な旦那と。ふてぶてして太めの女性の夫婦だった
「銀杏を30本程度栽培している。農協に出荷すると加工賃を引かれて手元にいくらも残らない」
だから自分で加工して売りたいという
男性はサラリーマンの土日百姓のようだ。
黙って入るが女性がどうやら加工をしているようだ
銀杏は拾うのは簡単だが、食べられるようにと言うか
あの売っているようの状態にするのが大変である

水にひたして果肉を腐らしてから取り出すと聞いた
臭いがスゴイとも

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その夫婦に取引条件を伝えて、
「銀杏は安定して入ってこないので、いくらでも…」と言うと
なんだか女性が、男性の脇腹をつっつき、帰りたそうな目つきで男性を見た
男性は小声で「持ってきた分だけでも…」と言っているが女性が拒んでいるようだ

結局、売りたいと言っておきながら、何もおかずに帰っていった。
魔子様が
「あの夫婦、売り場の銀杏を一生懸命見ていたわよ」という
売り場の銀杏は、市場から取り寄せたものである。
銀杏が今年は豊作で、暴落しているという

夫婦は先週、見に来て銀杏が出荷されていないから、置きたいと来たのだろうが
今週は市場から、やすい銀杏が大量に出てきていた
銀杏が出ていなければ、”高く売れるだろう”と思って持ってきたが、安いのがあったので帰っていったのだろう
確かに労力以上に安い価格では再生産の意欲がわかない
と言って、労力に準じた価格では、需要と供給のバランスが保てない
産直と市場流通の間では、このアンバランスがしょっちゅう起こる

生産者は安いだろうと「100円」の値段をつけるが
市場価格では供給過剰で「50円」の生産者価格しかつかない
消費者への販売価格は80円になる
つまり産直で100円だが八百屋では80円ということがよくある

産直が必ずしも安いとは限らないのである

楽しい時間

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本が届いた
内山節全集の第12回配本。
「時間についての十二章」である

なかなか読み切れないが、著作集における読者の想いが月報に載っている
その月報だけは、何回も読みなおして熟読する。
他の人はどう読んだのか?と。
今回の時間についての十二章の想いは、静岡の向笠安行である。
当店に置いてある「茶農家の飲み茶」を製造している茶園の園主である。
「農として変わってはならないものは何か」という題で書いてある

読んでみると

茶の栽培は、茶畑と同面積の茶草場というのがあり、茶草場で採れた草を茶畑に敷いていた
しかし、好況期に茶草場も茶畑に拡大して化学肥料の投入が飛躍して増えていき、
その頃から品質の低下や環境の悪化、経費負担が増えていった。

とある
以前と言ってももう二十年以上昔の話だが、東京の大きな公園で有機農業フェアーがあった
当時、農業初心者であった小生は、お茶を売っているブースに顔を出し
「お茶は、無農薬ですか?」と聞いた
そのブースのおっさんは
「お茶は、直接湯を注いで呑むものだから、農薬など使っていない」
と大見得を切った
”そんなものか?”と思ったが、あとでお茶ほど農薬を使うものはない、と知って唖然とした
平気で嘘をつく農家に…

やはり茶の生産にも農薬は窒素肥料の多投の時代があって、反省があるのだろう
向笠園のお茶は、内山さんの話によると
「気象条件や栽培状況をみながら管理しているから、うまくいくと無農薬のお茶ができる年もある」
と言う

「無農薬で作ってます」という言い方は、農業を知っているものには、ちょっと使えない(?)
なぜなら技術的に確立されたもの、例えば「いもちが発生しない処の米」ならいえるが
”野菜や果物などは、難しい”というか、病気や虫にやられた場合は、お手上げである
自然農薬とよばれるものも、効き目が安定しない
効くときもあるし、効かない時もある。
効かない時は、収入がゼロになることを覚悟をしないといけない。
「奇跡のりんご」はゼロの覚悟の中で切り抜けて行った人である。
あれが農業ではなく「哲学」である。

だから「無農薬です」と言う人は、よほどのことがない限り信用しない
今年の気象条件のなかで、たまたま出来た。
去年、除草剤をたっぷり撒いたから草が生えなかった
ういうことでしかない。

 

「時間についての十二章」は、以前読んで感銘を受けた
時間は平等ではない、田舎時間や工場の時間、めぐる時間など
縦軸の過去・現在・未来の時間、横軸の循環する時間など、いろいろとあると言う話だったような気がする
時間を個人のものにした近現代人の貧しさと言えるだろう

また読みなおそう。楽しい時間だ。

再会

フィリピンでポン引きをしていた頃
毎年1回一週間ぐらい、行った。泊まった。よく走った…高原がある

あの泣いた五郎丸も来た高原である
「泣くな五郎丸。2019は笑うジャパンだ(意味不明)」

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長野県の北東部にある高原である
ダボスがある高原である

ダボスとは何か?
ダボスとは地名である
世界のトップ経済人が集まる「ダボス会議」が開かれるスイスの地名である
なんでも保養地だという。
ところがフィリピンのポン引きをしていた頃は、丘の上に石が組まれた塔があって
みんな走って登って、それをダボスと呼んでいた。スイスの保養地に似せて…
そして言う
「一度でいいから、のんびりとダボスまで歩いて登りたい」

 

 

ふと夜中にワールドカップの試合を見ようと、日本薄謝協会からきたメールを見たら。
懐かしいダボスの有る菅平高原の「ちいさな旅」がオンデマンドで配信されるという
どう変わっているのだろう?と一番組108円を払って視た

 

懐かしい山々やトラクターやラガーマンが混在して走る道路、練習場やレタス畑が次から次へと出てくる
ナレーターは「昭和50年代からラグビーのメッカ…」と言っていたが、
小生らが通っていた昭和40年代なかごろから、もうホテルや旅館はだいたいがグランドを持ってラグビーチームの合宿を受け入れていたはずだ
しかし、当時はテニス部の合宿もあった。
ラグビーのメッカというよりも、合宿のメッカだったかもしれない。
グランドの行き帰りや、休憩時間はテニスコートの金網にへばりついて、スカートから伸びでたスラリとした足を眺めていたのである。(友人たちは…)
そんなことを思い出したら「診療所」がでてきた。
そういえばここもお世話になった。
4年生の最後の合宿。
最初の練習試合のファーストスクラムで大きな

「ボキッ」

と音がして肋骨が折れた
相手は美大のラグビー部の100kgはあろうかといデブのフロントロー(今はプロップというらしい)だ
そして車に乗せられ担ぎ込まれた診療所である。(当時は70kgの小生であった)
そこでは処置ができなくて、高原を降り下の街の大きな病院で治療をした
いやなに治療と言っても、ガムテープみたいなものをぐるぐると胴体に巻いて動かないようにするだけである
”これが骨折の治療か…”と不安げに思った。
「医師からは「動かさないように…」と指示命令されていたが
その後もグランドを走りまわっていたが…

そんなことを思い出しながら30分番組を見終えた。
そして最後のテロップをみると…

なんと「撮影 中◯拓◯」とあるではないか?

えっ!IMG_0320

 

 

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父は、どうしているのだろう?
息子は、こんなところにいたのか?
よく会合に親子揃って出てきていた。
もう10年以上前の話だ。

こんなところで再会するなんて…

 

 

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