ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

カテゴリーアーカイブ: 生産者と共に

バービル

久しぶりにバービルへ行った。
そういえば、いつも一戸だての小料理屋か、そば屋、焼鳥屋である。
バービルなんて言う所は、若いときに足繁く通ったモノだが…
最近は…記憶にない

薄暗い照明と、華やかな照明が混じり合って、なんとなく雰囲気を作り出すのだが…
こちとら明るいところで酒をちびりちびりやりながら、焼き鳥を頬張っていたほうが、楽しい(?)

昔は、ほとんどがボトルキープだったが…
今は飲み放題が多くなったので、そんな仕組みはないようだ(?)
最近行っていないので、わからん

しかし、ドリンクメニューを見て、驚く
ほとんどがソフトドリンクである
小生のような、癖のある酒を好む人間には…
ちょっと不向きだ

焼酎なら「芋」ビールなら「恵比寿」酒なら「わしの尾」ウィスキーは「バーボン」
それを、ちびりちびり、ぐいぐいやりながら、最後は、ぐびぐびになって‥

しかたがないので芋のお湯割りをグイグイと…
最後にハイボールをダブルで…
締めに、また芋のお湯割りを…

それでも締まらん
という訳で、ちょっと覗いた

マティーニを2杯。

そんな夜に決起集会だった

http://ringobatakedeconcert.blog.fc2.com/

江刺と江差

北海道に「江差追分」という民謡がある
そして江刺という地名が、岩手にはある。

江刺と江差、その違いはわからんが、多分アイヌ語が関係しているのだろう
(なんでも知らないことは、アイヌ語のせいにしておけば間違いはない。)

その岩手の江刺は、林檎と米の産地である。
江刺林檎・江刺の金札米として、高値で取引される

年末に仕入れた江刺林檎のコンテナを返しに、江刺に行った。
経費合理化のためプラスチックのコンテナに入れて、持って来たのだが…
返しに行く手間と時期が問題なのだ!
ちょうど桜の時期だったが、まだちょと早いか?と言うタイミングだった。

江刺は、遠野に似ている
こんな祠があると思うと…

深山に続く参道の階段を上って、本殿が見えない神社があり

禅宗であろうか、里山の斜面に広大な境内をもつお寺がある。

こんな江刺が、今「奥州市」という地名になっている
何度聞いても「奥州」という地名は、余りにも広すぎて、なじまないと思うのだが…

江刺、山里と里山が入り交じった、素敵なところである。

春が来た

店の土手にスノードロップが咲いた。
クロッカスもあちこちから顔を出してきた
水仙のつぼみが膨らんで、重そうに頭を垂れている

ばっけもあちこちに咲き誇っている
気温が五度を割る日がここ2〜3日続くという
それ以降は、もう本格的な春だ

寒さで、一週間ほど農作業がずれ込んでいる。
ここで一気に挽回するだろう

沢内は、これから種まきだという
まだ50センチも雪があると言う
まだ雪の下の大根を掘り出す作業をしているという
 

そんなところへ「葱苗はないか?」「里芋の種芋は?」
早すぎる。早すぎるのだが…

もうみな、待ちきれない春が来た

タケノコが届いた
と言うよりも、注文をしたのだが…
大分の藤沢ファームからである。

春の旬。たけのこである
タケノコは「筍」と書く
「竹」と「旬」が、組み合わさった漢字である。
旬は”しゅん”なのだが、「10日」:という意味もある
「10日で、竹になるほど成長が早い」からと言う

梱包をあけたら、暖かい。発酵しているのか?

早速、湯がいて灰汁を取り除く

「悪を取り除くのではない」取り除きたいのだが…
しかし、自分にとって都合の悪い悪ではなく、社会の害悪は…
そんな事を考えながら…

灰汁を取り除く

春の花見弁当のメニュー用の食材だ。
さて,何を作ろうか?(いや作らせるか?)

僻地手当

懐かしい言葉を聞いた。
「へきち」という言葉だ。

今も生きているのだろうか
北風土の佐々木社長が「みろ!望月なにがしという女優と山形町が映っているから…」
なんと戦後の昭和20年代だろうか?
ひょっとして40年代まで、こんな生活だったのだろうか?
と思わせる映像である

話は、稗と大豆しかつくれない山村の僻地で学校給食が行われたと言う話である

子ども達が持ってくるのは冷たいヒエメシ弁当
そしてそこに暖かい味噌汁の給食が開始された
何杯もお代わりして感動する子ども達

大人も、炭焼きをし、出稼ぎで金を貯めて「牛を飼いたい」と願う

映る映像は、畳もない土間で豆打ちをする風景
炭焼きを手伝う子ども達
学校で縄跳びで遊ぶ子ども達
まるで現代のミサイル発射国の風景である

ひょっとしてあの友人の牛飼いが、映っているのでは…
と眼を凝らしてみたが、

しかし、こんな映像をみたら、どんなことをしての食べていける
と思うのだが…
その前に体力が付いていかない

「僻地」懐かしい言葉だ
しかし、今でも教育界にあるのだろうか?僻地手当は?

戯言

「ホールドアップ未来」という番組が日本薄謝協会にあると聞いた
なんでもキャスターは「なんや ゆうこ」と言うらしい
こんな政治では「未来はお手上げだ」と、中年男性あこがれの”なんや、かんやと、ゆう”番組らしい

http://www.nhk.or.jp/gendai/yotei/

そんな番組へ「牛豚一家の貴方」が出るらしい。ひょっとして納品先として、うちも映るかも知れない。
http://www.protoscience.co.jp/iwashin/mooton/
4月10日の19時半が楽しみだ

と思ったら”牛豚一家の貴方”が言う
「あの時間帯は若者は見ない。せいぜい50以上の年寄りですよ」
そばにいた、”くろちゃん”と”きっしー”は、大きくうなずいた。
「7時のニュース、9時のニュースは、20代30代は見ない」と言う
そして「若者はインターネットニュースか、ニュース23だ」と言う

 

そういえば、そんな時間帯にサラリーマンは帰宅していない。
昔の小生も、だいたい帰宅時間は11時を過ぎて…呑めば午前様、時折朝帰り。
そんな生活だった。
20代30代は、仕事にのめり込んで行ったし、呑み方も中途半場ではなかった。
今の若者は、仕事にこき使われ、呑めば急性アルコール中毒
可哀想だ。

「それじゃー視聴率は低いな」と言ったら
「いや、ところが変なところから連絡があった」と貴方が言う
「録画の段取りをした」とニュージーランドの友人から電話が有ったという‥
日本薄謝協会は、世界に放映しているのだ!!

しかし牛豚一家は、東京にいる奥さんが7時ニュースに二回も取り上げられ、常連だ
今度は旦那が、7時半だ。

ちいさなところがきちんと脚光を浴びる時代にならないと‥

別途の話

少し強面の石田社長は言った
「四月に雪の上に雪が降ったのは、52年間で初めてだ。土の上に大量に積もったことは、何度もあるが‥」
「あしろ」は吹雪だった。

安比高原「あっぴこうげん」の北に、安代の街はある。

その街外れに、とてつもない豆腐屋がある。
「ふうせつ花」である。
http://fu-setuka.ashiro.net/index.html

こんな街外れに豆腐屋作ってどうすんだ!
おい1丁、千円の豆腐がこんなところで売れるのか?
などと疑問は次から次へと湧いてくるが‥

なんと言っても日本で一番売れている週刊誌「週刊文春」のベストテンコーナーで
冷や奴に向く豆腐のベストテンに入った豆腐屋である。(第4位だったらしい)

何回か石田社長を訪ねて訪れているが、具体的に詰めないといけないことがあって足を運んだら猛吹雪だった。

しかし、いつ来ても、店には客がいない。
当たり前だ。地元の人でなく地元の店や遠来の観光客が中心である。
多分、店はパフォーマンスなのだろう。田舎でも、こんな店が出来るという。
と言うか実は裏が工場である。店が併設してあるだけで工場が中心である。

店の中で一番高い豆腐が

  

「ふうせつ花」である。なんでも黄大豆を使っているという
その柔らかい舌触りと、大豆の香りと味がぷんぷんする最高の一品である。

猛吹雪の中、買ってきた豆腐にしてはちょっと高いが‥
別途の話が‥

乙女と野獣

沢内へ行った。豪雪の沢内である
しかし、桜咲く4月だ。

「そう、たいしたこと有るまい」と首をくくった。鷹をくくった(?)
結果、首をくくったようだ。ここは、別世界だ。

    

さすがに道路は完璧に除雪出来てる。
この除雪体制では、除染体制も、問題なかろう(?)
行きは、すいすい100km/時で、sawautihiwayである。

沢内を知らない人に、教えるが‥

ようするに岩手がインドだとすると、沢内はネパールである。
その向こうの中国は、秋田だ。

ちょっと大げさか?
すこし、小さく身近に言うと

県営球場が盛岡で、三ツ割の丘が沢内で、庄が畑が秋田だ!

余りにも身近すぎたか?

まぁようするに岩手と秋田の境の尾根に広がる細くて長い山村なのである。
だから日本海から湿った雪がぶち当たって、大雪を降らせる。
どちらかというと秋田の横手という豪雪地帯と同じ気候なのである
(ちなみに横手は、かまくらが有名だが、鎌倉は、よこてが有名ではない(?))

まぁどうでも良いことだが‥
何しに行ったのか?と言われると…
温泉に行ったのである。
奥羽山脈なので、温泉は豊富だ。

沢内は、純然たる山村の農村だが‥平成の大合併で湯田と合併して西和賀町となった。
この湯田がくせ者である。
向こうも、沢内がくせ者である。と思っているだろう
ようするに何も関連がない「ただ近くだ」という自治体が合併するとこうなると言う見本のようなモノである。
沢内は農山村。湯田は炭鉱と温泉。
つまり、乙女に襲いかかる野獣のような合コンである。
どちらが乙女で、どちがら野獣かは、読者の想像に任せる
結局、どちらも不満たらたらで、永遠に一体感が生まれない風土になってしまった。
選挙の度に、沢内vs湯田の戦いは、血で血を洗う戦いは悲惨を極める

そんなところで西和賀農民大学が開かれた。
終わったら友人と温泉に入って一杯やろう
と思って出かけたのである。

温泉も久しぶりだ。まして雪を見ながらの露天風呂である。
そうそう西和賀農民大学は、そもそも沢内のしかけた農民のセミナーである。
湯田には農民は、数少ない。
そしてこれが60回を迎えるという。講師は内山節。哲学者である。

せっこき

姫ニンニクとも、水耕ニンニクとも言うらしい。

ニンニクの一片を、水に浸けておくと徐々に根が出て葉が伸びると言う

本来は、薄皮を剝いて水に浸けておくのだが、この農家は「せっこき」で薄皮付きのまま水に浸けた

おかげで料理をするときに、薄皮を剝くと言う手間が必要である。

だから一株100円である。本来なら一片100円ぐらいの商品であるが‥

黒ニンニク生産のための副産物である。

これを天麩羅にして、ほくほくの揚げたてを食べながら呑むビールが旨い。

あぶらを売っていた

彼岸である。
春の彼岸は、売り物がない。
売り物があるか無いかで彼岸の善し悪しが決まるわけではないが‥
春彼岸は売上が上がらない

昨年は、それに震災が加わった。
しかし、その割りには売上が落ちなかった
そうだ米の買い占めが加わった。

と思って昔の売り上げ実績をみたら。結構売上が上がっている
今年の売上の倍は行っている
何を売り上げたのだろう?

彼岸の売り物は、切り花である
墓にお供えする切り花である。コレはお盆も、秋彼岸も同様である。
盛岡は、家の墓だけでなく、親戚や友人の墓まで廻るので、一人で結構切り花を買う
だから結構売上が上がるのであるが‥
春彼岸は,3月だから当然、溶けかかっていると言っても、雪があって寒くて、畑には何もない
しかたがないので、花の仲卸から分けて貰う。と言っても量は知れている。
3月は、何もないのだ。
秋に土の下や雪の下に保存していたものも、徐々に温かくなって、腐ってくる
種まきは、まだ早い。一部果菜類の種を蒔いているが‥
漬け物も、ほとんど食い尽くした。
せいぜいあるのは、柔らかくなった林檎。米・牛乳・卵・出し遅れた沢庵。

不思議だ。売上を上げるものが無いのに‥

そうか、「あぶら」を売っていた。あの頃は‥
そんな余裕が無いと行けないと言うことか?

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