ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

カテゴリーアーカイブ: 生産者と共に

いよいよ

「放射能を測ってくれ」と出てきた。

無造作に5〜6本ビニール袋に入っている。
いよいよ松茸のシーズンだ。

こういう仕事をするまで、松茸を食べたという覚えがない
というよりも「松茸は料理としてでてきたが、形がはっきりとしているものではなかった」

だから松茸の吸い物とか…土瓶蒸しとか…なんか薄っぺらなキノコのたぐいが入っていて
「松茸だ」と説明されたものを食べたような気がする
たぶん、それは多くの人がそうであろう

しっかりとした松茸の形をしたものを食べた記憶は、最近である
6〜7年前であろうか松茸の産地、岩泉の安家旅館である

短角と松茸を囲炉裏を囲んで
松茸は塩焼きで、酒を浴びるほど呑みながら、むさぼり食べた
至福の時間だった。

だいたいが匂いに敏感でない
つまり香りを感じないのである
だから松茸の香りというよりも、食感が重要だが…
あの食感は、忘れがたい。エリンギの食感に似ている
そんな印象を持ったのだが…

今年の松茸は、葛巻と岩手町と、とりあえずは北上山地から出てきた
今年は豊作か…

 

 

一堂に

岩泉に行った
(「祝炭」は、澤口先生が名づけた岩泉で焼いた炭である)
岩泉は、森と水の町と言う触れ込みである
本州で一番大きな町だという
なんと言ったって、当店から車で片道1時間半もかかる
床がぬけるほどアクセルをふかすと、1時間だという人もいる
他県なら隣の県、いや隣の隣まで行っている

岩泉は龍泉洞という日本三大鍾乳洞の一つがある
その龍泉洞を形成している石灰の山が宇霊羅山である
その石灰の山からしみだして流れてきた清水が滔滔と龍泉洞の中をながれてくる
そんな水が豊富な町であり、地目がほとんど「山林」という北上山地の真ん中の街である

そんな山の中の町で「手仕事市」が開かれた
声がかかったのだが…
手作りの商品とは…
人が手作りした商品は扱っているが
自分が手作りとは…

焼きとうもろこしは、半分手作りである
つまり玉蜀黍「とうもろこし」は生産者だが、焼くのは手仕事である
しかし、その時期に生産者から玉蜀黍が出てくるかどうかがわからない

それじゃ、おやきを…と思ったが
連絡が不十分で手に入らない

それじゃ〜、仕方ないので
「入道とお茶しませんか?」でいくことにした
つまり珈琲を挽いて淹れることを手作りしたのである
ちょうど囲炉裏のある部屋である。
湯をちんちんに沸かして、加湿器で出した
(副住職のダジャレである、加湿器→菓子付き)

他のメンバーは

陶芸だったり
ユニークなステッカーだったり

盛況だったのは手作りロウソクである
(今はろうそくと言わないでキャンドルというらしい)

どこかの家族が一生懸命作っていた

そんな二日間を呑みながら…浴びながら…すごした

久しぶりに岩泉の若い仲間と一堂に会した

ダイエット

 

先日、行った。

当然、なにもないで行くわけがない

盛金デモの帰りだ
 

いつも”鷲の尾金印のもっきり”を頼む
そして今日は
サーロインステーキ→北京ダック→フォアグラのポワレ→フカヒレのスープ
を注文しようとしたら、
「まだ食材が野菜畑から届いていない」と言う

しかたがないので

「さばの水煮」を頼む
「どうする?」と聞かれたので…
”ふた開けて、皿にぶちまけて、醤油をぶっかけて…”と言おうと思ったら
「大根おろしを、かけようか?」と言う

そんな上品な水煮を食べた


 

そんな上品な鯖の水煮を食べると「痩せる」という

さすがだ高田高校先見の明がある!

当店は、千葉産直サービスのさば水煮を販売している
そんな「さばの缶詰」は、もう在庫がなくなりつつあるという
秋サバが待たれる

 

ルージュ

店に向かっている途中の396号線で携帯が鳴った

”こまったなぁ〜後ろにパトカーが…”
運よくもらったゴールドカードを取り上げられても…
しかたがないので
車を寄せて止めた途端に切れた。
携帯の画面を見た
着信記録は、先ほど寄った「大和田」とあった
 

電話をかけると、すぐ出た。
「やっぱり、金返すから、
さっき持って行ったぶどう!
廃棄して処分してくれないか?
糖度は16〜7度あるんだけど…
酸が抜け切らない」

8月20日から出荷が始まると言っていた彼だが
一番最初のぶどうは雨続きで、糖度は出たが酸が抜けずに糖と酸のバランスが自分の思惑と違うようである
ここ2~3日の天気で良くなると思うのだが…
今年最初の出荷は、サニールージュである
種なしの赤ぶどうである。

大迫の大和田は、ワインを作りたいと言って大迫に戻ってきた若き中年である
学生時代はG大の農学部で過ごしたが、実家の旅館を継いでいた
それをやめて、また戻ってきた。
高齢化する大迫のぶどう農家の若き中年の担い手であるが、
独りなので手がたりず農協出荷と市場出荷しか今までしていない
そんな彼のぶどうを、店に並べようとしているのだが…
自分の名前をつけて売るとなると、慎重になるのだろう

他の産直とちがってちいさな当店は、個人が特定される
(他の産直は、あまりにも生産者が多くて個人が特定されないし、何回も行くところではない。
多くて週に一回、たまに寄る程度なので店との付き合いが深くない。
つまり「顔しか見えない産直」なのである。
当店ならば週に二〜三回、顔をみせる客もいる。
文句も評価も常に特定されて、すぐ言えるということだろう
顔も考え方もわかる産直のような店なのである
それが当店の強みなのだが…

これから出てくるのは、アーリースチューベン。ポートランド。ノースレッド。ピオーネ。紅伊豆。
ご存知キャンベル。ナイヤガラなどなど…

しんとして

松園夏祭りでトウモロコシを焼いた

里山生活学校でもトウモロコシを焼いた

岩手のトウモロコシの旬は、7月20頃から9月中頃までである
ところがお盆前が一番需要が多い。
いきおい生産もそこへ集中するのである。

トウモロコシというのは秋の食べ物と言うイメージがする
それは中学校の時に習った

 

しんとして幅広き街の

     秋の夜の

     玉蜀黍の焼くるにほひよ

啄木の「一握の砂」によるものだろう
それが農業に関わるようなって、夏真っ最中のお盆が最盛期というのが、今になっても違和感を覚える
暑いさなか、熱い焼きたてのトウモロコシを食べていいものか…
やはり長袖で、ちょっと肌寒い街角の屋台でボリボリと食べるのが似合っているような気がするのだが…
(たぶんこれは、その時の教科書の挿絵の影響ではないか?と思っている)

そのトウモロコシが、そろそろ終盤に入ってきたと田中清憲は言う
「今年は、豪雨で産地がやられてその需要が岩手町に回ってきて…足りないのですよ…
おまけに今までの味が評価されて、名古屋からも引き合いがきて…
そういえは昨日は遠野の業者が買いに来て…高い値段で取引されて、
虫食いなんかクレームの対象になってしまうので出荷も気を使います」と言う

そして「ほらこんな痕跡は虫が入った痕です」と見せてくれた

「しかし、これは気がつくほうが難しいのでは…」
「いやいやこのひげを引っ張ると抜けるのが虫が入ってます
でも、先端はすぐ分かりますが、胴体の途中で虫に入られるとわからないですね…」

 

トウモロコシは別名「畑ふさぎ」と言う
つまり空いている畑に植えて雑草が生えないように覆うのである
トウモロコシは成長が早く、雑草よりも先に伸びて雑草の光合成を妨げるのである
しかし、空いている畑というのは、一年中農業ができるところには少ない。
施設園芸などで、専業で食べていけるからである
まして土地利用型作物であるから反収が少ないので都市近郊ではやりたがらない
そうなると都市と離れて高齢化している中山間地が多い岩手のような土地柄であるところが、
そんな岩手のトウモロコシには特徴がある

「甘い」のである。糖度が高いのである
糖度が高いというのは、昼夜間の温度差があるということである
熱帯夜のような夜は、殆ど無い
朝晩は涼しいというよりも寒いぐらいである
植物にとって昼夜感の温度差というのは、昼の高温で成長し、低い夜温で成長を止めて糖度を蓄える効果がある
これが熱帯夜だと、一日中成長し続けて糖度を蓄える余裕がないのである

だから東北の野菜や米は糖度が高く、高い評価を得るのである
それに気がついた業者がどんどん東北に手を伸ばしてくる
昨今の異常気象も拍車をかけて農産物の需要も変化してきそうだ

コぉーさぁ〜ん

里山という言葉は、近代の言葉だと言う
昔からあると思っていたが…
里の人にとっては、身の回りの風景だから「山」と認識することもなかったのだろう
人間が関わりあって生まれた山だと言う

そして、大昔から様々に利用されてきた里山が
今の時代、一番放置されていると言う

そんな里山を取り戻そうという里山生活学校が「里山フェスタ」を開催した
のこのこと、とうもろこしを焼きに出かけた

集合時間に遅れて行ったので、テントも張っていない。
とうもろこしを焼くための炭も、おこせない
どうしたものか…とおもったら
カナちゃんが「高校生使って…」とボランティアだろうか人手を貸してくれた
テントを何とか張って、炭を起こそうと思ったら
着火剤を忘れてきた。
困った。以前、夏祭りに火をおこすのに1時間かかってしまった
この時間との戦いに、どうしようと
「君たち、火をおこすことできる?」と高校生に聞いた
「いやぁ〜やったことないです。うちわで仰ぐくらいの方法しか…」
そうだろう
今の子供達は、生活の中で火をおこすということもやったことがないのだから
単にボタンを押すと、加熱ができると言う生活の中で、火をおこすという技を覚えることは至難の技である
夏祭りの時は、着火剤が湿っていたから時間がかかった
ここ里山生活学校は、やはふんだんに乾いた薪が積んであった。
その細い枝を、ダンボールの切れ端と、新聞紙を組み合わせて何とか火がついた
しかし、里山生活学校にボランティアでくるような若者が、火を起こせないというのは…
そうすると普通の子どもたちは、おっとひどいのだろう(泣)

ようやく火がついた炭で焼き始めると
「いいにおい。いいにおい」と集まってくる
当然だ。とうもろこしではなく炭火に醤油をたらすと香ばしい匂いがたつ
その匂いで人を集め、売る。
声が出ないので、大声を張り上げられないから嗅覚に訴えるのである
しかし、独りである。金を受け取る。商品を売る。説明する。
そんな作業をしながら一日暑い中で立って売る
あとから気がついた
一回もトイレに行かなかった
昼食もとらない。飲み物は、持参した商品のラムネが三本。
ようやく三ケースのとうもろこしが焼きあがったのが終了間際

ふと気がついて周りを見渡した
仙台の名店「アルフィオーレ」が出店している
そこで「自分自身にご褒美を…」冷たいスパークリングワインと白ワインを…

さまざまな人に出会った
高校の同級生夫妻
映画監督
羊毛の作家
パーマカルチャの奥さん
はちみつの生産者
生産者の友人

久しぶりの出会いを満喫した一日だった
一日中、カナちゃんが、声があちこちから聞こえた

「コぉーさぁ〜ん」と…

20年近くの年月をかけて作った里山生活学校のコーさん校長は、大活躍だった
 

トゥーランドット

プッチーニとアマガエルである

プッチーニというのは、音楽家で一人いる
そうあの「蝶々夫人」のプッチーニである

その蝶々夫人がアマガエルを大変、愛したわけではないが…
手のひら大のカボチャにアマガエルが乗っかっている
手のひら大のカボチャが「プッチーニ」という名前なのである

なんとも可愛らしいネーミングではないか
最近小型のカボチャが大流行である
プッチーニは10年ぐらいまえに出てきた
その後、「坊ちゃん」「栗坊」「ほっこり姫」「朱姫」などなど

電子レンジでチンすれば食べられる
中身を詰めて一人前の料理ができる
などなどメリットは色々とあるが

一番良いのは、吊るして育てられるということである
カボチャは別名「畑ふさぎ」と言う
何も植える予定のない畑に植えるとその旺盛な成長で葉っぱが地面を覆うのである
それで雑草は光合成ができなくて、草が生えない
つまり手が回らない畑をとりあえずふさいでおく作物なのである
と言うことは広い面積を必要とする

それが小型カボチャの場合は

胡瓜の支柱にぶら下げて栽培できるのである

う〜ん、最近の農業は体力勝負ではない
頭を使わないと…

 

*ブログの題名はプッチーニのもう一つ代表作である
ただ、気に入ったからつけただけである(?)

嫁が来た

一升瓶を抱えて、出かけていった

彼は留守だった
手伝いの人だろうか?納屋で箱詰めの作業をしている女性は
「午前中から出かけていますから…すぐに戻ります。どうぞ…」と
よく農家にある土間の応接室セットに案内された

普段は散らかしている応接間が、なぜか小奇麗になっている
彼の奥さんは、確か入院中だ
歳を取ったお母さんは、家の中のことをするような年齢ではない
ふと家に女性が入った雰囲気を醸し出していた

帰ってきた彼は、開口一番
「いいところに来た!」と法事帰りなのか?
黒服に黒ネクタイで玄関に上がりながらこちらを見た
こころなしかその声は、弾んでいた。
家の中に入ろうとする彼に
「いいところ?」と声を掛けたが、
彼は聞こえないふりをして着替えに部屋に戻った
「いや近所の親父の葬儀で…」と戻ってきた彼は、そう言いながら封筒を差し出した

結婚式の案内状だった
息子に嫁が来たのだ
4月に入籍して、7月からもう家に入って手伝っていると言う
一部上場の企業に就職したが「農業をやりたい」と言っていた娘だという
最近、そういう女性が多い

単なる家族でも、他所から一人が家に入ることで様々な問題が起きる
まして先祖代々の係累の多い農家に入るのは、相当な覚悟がいるだろうし
迎える方もそれ相応の覚悟がいる

色々な農家から様々な話を聞いた
ご飯を家族から離れて土間で食べさせられた話
草刈り作業のときに小姑に鎌を隠された話
出かけたら家中に鍵をかけられ入れなかった話
そんな意地悪の数々を…

うまく行ってほしいなあ〜
農家の場合は「家を守る」と言う意識が強いが
「家族を守る」と言う意識とのバランスである
彼と息子が二人で「家族を守る」と言うバランスを発揮することだろう

しかし、農家に嫁のキテがないという中
小生の周りの農家には新婚さんが多い
やはり頑張っている農家には、来るのだ
「農業はダメだ」と言い続けている人には「嫁もダメなのだ」

かおしかみえない

先日、ある果実の注文をもらった
果実は季節性のものだから、すぐ売らないといけない
しかし、その農家は売り切れなかったのだろう
昨年のものを冷凍して持っていた

「いくらだ?」と聞いたら今年と一緒で「1000円だ」と言う
昨年のものと今年のものが一緒なのか?安くしろ!

と言うと「じゃぁ〜100円ダウンで…」と言う
いくら冷凍してあるとはいえ、その年月は風味・食感・栄養価ともに相当ダウンしているはずである
本来なら処分と言って廃棄しないといけないかもしれない
保管しておくと電気代がかかるからこの際処分するような安い値段でだしたら…
「やすかったら自分の家でジャムにしてたべるからいい」と言う
おまけに
「生産者の手間がかかっているから、消費者に教えてあげてほしい。安く売るのは、消費者を甘やかすのだ」
と抜かす

農家の納屋にはだいたい大きな冷凍庫がある
農作業が忙しいから買い物に行く隙がないという理由と
大量に買えは安いという理由である
しかし、その大型冷凍庫の下には何年も前の鮭やイカ、牛肉など
何時買ったのかもわからないものがギュウギュウに詰め込まれている
「冷凍しておけば長持ちする」という感覚である
しかし、それは一挙に急速冷凍して−30℃で保存した場合である
まず一挙の冷凍は普通の家庭用のいや業務用でも急速冷凍はできない
また最低−18℃で保管といいながらも開け閉めを頻繁にしていれば、その温度は保てない
冷凍しておけば長持ちするというのは、生に比較してと言うことであるから、
一年というスパンでは、風味栄養価食感すべて劣化しているのが当たり前である
それを十分に勉強もしないで、消費者に押し付け自分を正当化する
 

本当はこのような腹の中の農家が多い
「消費者のため」とかラジオやテレビの前で平気で言うが、実際の腹の中は「金儲けのため」である
どんよりとした眼の中にギラギラとした欲望が渦巻いているのである
そして頭を下げながら舌を出している

今の産直は、顔しかみえない関係である

 

 

 

 

種まき入道

シーダーテープというものがある

英語が苦手なわしでも知っている
「シード」要するに種子である

種子をテープに縫いつけてあるのである

何のために…

作業の効率化のためであるが
種子代の節約のためでもある

種まきは、辛い作業だ
腰をかがめて、一箇所に三粒づつ入れていく
(三粒は、一つは鳥のため、一つは虫のため、一つは人間様のため、と言う)
今の購入した大きなメーカーの種は、だいたい発芽率が80%以上である。
昔は、自家採種だったので発芽率が低かったのかもしれない
 

また葉物は、バラマキで落としていく
だから種子の量が半端でなく多かった

それが「種まきごんべい」と言う播種機が生まれた
これは回転する円盤にちょうど種が入るようなくぼみがあり
そこに種が入ってポツンポツンと落ちる播種機である
これで播種する量が限りなく少なくなった
 

それでも精度が低く、もっと高精度にしたのがシーダーテープである
シーダーテープを埋め込む播種機もある
こんどは播種する量が、またまた少なくなった
 

そして、もうひとつ今度はすぐれものである
これは新聞紙に埋め込んだ自作のシーダーテープである

有り余る時間と大量の労力を使って作った新聞紙シーダーテープである

自家採種の少ない量の種を、発芽率が低い種を使用する場合には、効率的かもしれない
冬場の仕事として…

働く場所の創造は、想像である

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