ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

カテゴリーアーカイブ: こびる食堂の秘密

羽釜炊き

こびる食堂で提供するご飯を、5分搗き”にした、
そのほかに選べるご飯として”玄米”も…
玄米と5分搗きの二本立てである。

朝定食の客が、お替わりをしてきた
一人の客は「家で玄米食べているから気にならない」といい
もう一人の客は「5分搗き?」と怪訝そうな顔をした
どうやら気が付かなかったようである。

心配していたが、そんなに問題は無いようであるが…
魔子様が
「ちょっと粘りがたらない」と言う
そう言われてみれば、そうかもしれない

まぁ〜すこし様子を見て反応を伺おう

 

今日は日曜日、雨がパラパラ降って曇り空の寒い日である。
薪ストーブが、嫌に暖かく感じる日だ。
午前中パラパラの客だった。
レジに立って在庫を調べていたらポツリポツリと食堂の客が入ってきたが、立て続けだったのでちょっと心配になった。
魔子様の声が聞こえる。
「ご飯がないので…」
梅さんが「麺類なら、すぐ出来ます」
魔子様が「ご飯がないので…」「ご飯がないので…」

あわてて厨房を覗いた。
「”ご飯が無い”という言い方はないだろう
”後、何分ほど掛かりますが、お待ちいただけますか?”といえ!」

魔子様いわく
「今、3合炊くようセットしたばかりで、
その3合でも足りないほど注文が入っている」

”唖然!”
日曜日の昼早くに、ご飯が無くなるなんてどんな量の管理をしているのだ。
日曜日は遅くまで客が来る。多少多めに炊いても問題はないのだが…
魔子様の心配性は「残ったら困る」のである

だから細かいロットで、何回も分けて炊く
しかし、羽釜のガス火だ。一釜炊くのに早くても小一時間はかかる。
一度に大勢の客が入ると、手に負えない
まして日曜日だと、家族連れが多い。
一家族で3合など、あっという間だ。

次から次へとやってくる客に、店頭売りの”玄米おにぎり”や”赤飯””玄米の炊き込みご飯”を勧めたりして、急場をしのぎながら

慌てて一升炊いた。
一升炊くのに一時間はたっぷりかかる
炊き上がった頃、潮がひくように客は消えた。

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メニュー

なんと言ったら良いのか
とりあえず仕事が遅い(泣)
能力の限界を感じている
もう人間をやめたい

そんな気がするこの頃だが
秋冬のメニューが今頃出来た

とりあえず

2016秋冬メニュー(案?)魔子様のチェックで変更有り(大泣)

まずは鏡を…%e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-17-6-53-33

 

泥出し

日曜日の昼過ぎ、電話がかかってきた

「あと2時間後、10人で食事に行きたいのですが…」
魔子様は、引き受けたという

あと2時間後は、3時だ。
いつもなら断る魔子様だが、売上が欲しくなってきたのだろうか…

ふと、いたずら電話を思い出した
大量に発注して、引き取りに来なかった寿司屋
通夜と聞いてでかけたら、そんな家はなかったというお寺
タクシー代わりに使われた救急車

それで「名前を聞いた?」と聞くと
「聞いた。雄牛という人よ」
そして魔子様は「予約席を作っておいてよ。
もう、ご飯が足りないから、一升炊いて…
おひたしの青物が無くなった。小松菜を出して…。」という

今、客がいるのに予約の席を作るなんて…
なんでも”せっかち”な魔子様である。
父親の血だろう。
父親は、ひとの家に着くと、すぐ
「早く帰ろう。早く帰ろう。」と言う
東京の下町の、せっかちな人であった。

さすがに、ラストオーダーの3時をすぎると食堂は誰もいなくなった
そこへ10人の客が来た。ばらばらである。
何がバラバラかというと、雰囲気である。
服装は当然だが、男女も半々。年齢も若い人は20代。歳をとっても60代初め。
ふと、リーダーと言う人が見えない。
ただ10人が、店に入ってきて、まとまった一箇所に座って、バラバラにメニューを見て、バラバラに注文して、店の中をバラバラに散開して見て回る。話し声は聞こえない。
買い物は土産風のもの「りんご」「かりん」「缶コーヒー」

そのうちの一人のおばさんがメニューを聞いてきた。
「芋の子定食って何?」
魔子様は一生懸命説明している「イモのコです」
説明に、なっていない。
「あのしと”芋の子”、知らなかった?」
「こちらの人では無いね…」

リンゴを買った若い女性客に「どこから…」と聞いた
「東京から…安家の泥出しに…」という

ふと駐車場を見るとマイクロバスが停まっていた。
なるほど寄せ集めの泥出しのボランティアチームだったのか…

しかし「泥出し」という言葉は最近になって聞くようになった。
以前は、なんと言っていたのだろう
いやひょっとして「泥出しボランティア」という言葉が、最近出来たのだろう
昔は、集落の結のなかで協同で助け合って泥出し作業をしていたのだが…
集落の若者が離れ、高齢化が進み、コミュニティが壊れ、その急遽の一時的な作業だけが残されて、被害の対応がそんな言葉を生んだのではないだろうか…

東京からわざわざ泥出しのボランティアに自分の休日に駆けつけるというのには、ただただ頭が下がる。
まだまだ日本も、都会も…見捨てたものではない。

バラバラに帰った10人の客に
ひたすらに「ありがとうございます」と頭を下げた。

しかし、岩泉に住むIターンの若者が言った
「なるべくして、なったのだ。早かれ遅かれ、山村は消滅に向かう、いずれそうなる。」
山村の再建は、難しい。

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はなちゃん

涙が止まらない本を読んだ
「はなちゃんのみそ汁」である
なぜか周りの人は「知ってる」「聞いたことがある」という人が多い

知らなかったのは、自分だけか…

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知らない人にあらすじを教える

新聞記者と音楽の教師が、乳がんを患って告知された後、結婚をした。
抗癌剤の副作用で子どもは出来ないと言われていたのが、
子どもを授かり、死ぬ気で産んだ子に「はな」と名付けた。
乳がんと闘いながら子育てをし、子どもに何を残してあげたいか?
それが自分で生きていける、食べていける「料理」であった。
はなちゃんが作る食事は、通っていた高取保育園(福岡)の玄米和食が基本になっていた
そしてその子が5歳のときに母は旅立った。。

と言うあらすじである。
涙なくしては読めない本である。途中で幾度も文字が読めなくなった。
こんなに涙もろかったのか?と自覚した

ふと、ここ数ヶ月、いろいろと悩んでいることが、この本を読んで解決したようが気がする
いや解決というのは、おこがましい。
方向性が見えてきた、ということだろう

まわりにはがん患者が多い。
亡くなった人も多くいる
ガンを抱えて生きている人もいる

以前は脳卒中が一番多かった
ガンは三番目か四番目だったが。寿命が伸びてトップに躍り出てきた
なんせ人間の寿命は120歳。その時の死因はガンである。という説があるくらいだ
寿命が伸びた分だけ、がん患者が増えるのは自然増である。
しかし、それだけではない。
我々団塊の世代周辺は、核実験の影響をモロに受けている
そして添加物だらけの食事や、化学調味料などの不自然な食材、そして外食産業のわけのわからん海外の原材料の影響
つまりガンにならざるをえないものを多く体内に取り入れ、そして体の外からも浴びている。
細胞が変形するガンにならざるをえない
だから我々世代は、それを従容として受け入れざるを得ないのだが…
ただ、次の世代にそれを引き継いで良いのか?

原発にしてもチェルノブイリやスリーマイル、福島の経験がありながら
そして何よりも核廃棄物の無害化が見えない形で再稼働や新規設置に動くべきなのか…
それは次の世代の人達が決めることなのである
今我々はさまざまな実験をして、次の世代の判断材料となるべきでは無いか…

それが食についても言える
食べ物は20年経って身体に影響を与えるという
有機の農産物という触れ込みで店を開いて21年(1996年)になる
開店したころ多くの人が店にやってきた。
「アトピーの医者を知りませんか?」
「アトピーの人の食べ物は…」
そう考えると、その20年前アトピーである原因の食があった。
つまり1975年頃、昭和50年ごろである。
それ以前は外食産業があまりなく、食事は米飯が中心で野菜が主体だった。
東北大学の農学部が1975年頃の日本の食事が一番バランスが取れていた。
という研究発表がある。

昭和50年頃から日本人の食事が変化してきたのである
その蓄積が、今の寿命や病気に多大な影響を与えているのではないか…
それを子どもや孫に引き継いではいけない。
僕ら団塊の世代が体験してきた反省を、しっかりと次の世代に反映させないと…

と大きな問題意識を持ちながら自分の非力を悟って

こびる食堂のテーマを決めた

子どもや孫に食べさせたい食事

二台

1台、大きめの圧力釜を購入した。
7.5合炊きだったのを、一升炊きを追加購入したのだ。

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羽釜でも三升炊きで”一升ごん合”炊いている。
やはり半分くらいの量を炊くのが一番美味しい。と言うか
無理なく炊けるような感じがする。

以前、品種の炊き比べをしたときに
各自が炊いて持ってくるということにした
有る人は、一升炊きに一升炊いてもってきた。
それはそれは、大変だった。

そういう意味で、まず道具を使いこなすと言うことを理解しなければ美味しさの追求は出来ない
7.5合炊きの圧力釜も、もう二年ぐらい使っているだろうか、相当使った。
一日三回炊いているから、年間で1000釜ぐらい炊いているだろう
一つの圧力釜で三回炊くと、4時間ぐらいかかる。
途中でいろいろな用事を挟むと、半日必要とする
昼食べに来た人に、持ち帰りの玄米を…と思っても昼過ぎに出来ては意味がない
それよりも、何によりも、バリエーションを増やしたいのである。

今炊いているのは、食事用の玄米と…持ち帰り用の玄米と…小豆を入れた赤飯と…三回炊いているが、
それに豆ご飯用の玄米、炊き込みご飯用…豆料理用…と、さまざまの活用方法がある
それを朝の早い段階で片付けるには、やはり二つは必要である

しかし、作ればいいというものではない。
作るということは楽しい。売るというのは難しい。
売らないと作れないのである。
多くの人は、作るのは難しいと思っているだろうが…
作るのは難しいが、楽しいのである。
そこには自分なりの創意工夫ができる。
だから農業は大変だ!大変だ!と思っている人が多いが
本当は農家は楽しいのである。
自然の中で自然とともに自分で創意工夫をして、どうしようもない天意のなかでモノができる
出来たものは失敗しても、天の恵みとして許される。
ただ問題は、それが金に替わる規格になっているか?ということである
ある農協の幹部が言ったという「農家に払っている金は、選別の手間賃である」
天の恵みで出来たものを農協の規格にそったものを選んでいるだけである。と言う
だから金にならない。
産直は、その農協の規格から逃れるので選ぶ率が高くなるので収入が多くなるのである
しかし、それによって農協の規格が有名無実となり、全体の相場が下がってくる。
自分で自分の首を絞めているようなものである。
まぁもっとも、人間の食べ物が高いというのが問題なのである。
「貧乏人は麦を食え」ではないが。まだ収入も少ない若い人が子どもを持つ。
そんな人達が安いものしか食べられないということが問題なのである
安いと言うのには様々な理由があるのだ(別に言う)

食べ物に値段の高低があって良いのか?

なんだか話がずれた
その圧力釜だが…
玄米が売れているなら良いのだが…
今まだ売れていない
一日の終りに、かならず残る
ただちょっと、さまざまな兆候が見えてきた

定食のご飯は「白米と玄米を選べます」と言うと「玄米を選択する人が断然多い
そして「オタクみたいに美味しく炊けないの?どうしているの?」
「オニギリ買ったけど美味しかった。残っているのなら全部買う」
「玄米ってこんなに美味しかったの?」
と語る人が、少なからずいる

そうなのだ、一回、食べてもらえばわかるのである。
売るのと同様、一回食べさせるのが大変なのである。
その美味しさが多くの人にわかったときに、一台では玄米を炊ききれない。
だから二台にした。

5年前

東北大学の研究グループが1975年(昭和50年)当時の食事が、健康に良いという発表をした

と言う記事があちこちに載っている

下記引用

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今回の実験では、年齢20歳から70歳までのBMI指数が24〜30以下の軽度肥満者(60人)と健康な人(32人)の計92人を対象に、1975年の日本食と現代の食事を食べてもらった。
1日3食28日間食べてもらったあとに、健康診断を行ったところ、1975年型食事を食べていたグループでは、BMIや体重が明らかに減り、悪玉コレステロールや糖尿病の指標となるヘモグロビンA1cが減少傾向を示す一方で、善玉コレステロールは増えたという。

 

また健康な人32人を現代食と1975年型の食事を食べる2グループに分けて実験した結果、1975年型の食事を食べたグループでは、ストレスが軽減されて、運動能力が良くなることがわかった。

 

実験で再現した1975年型の食事の特徴は、▽主菜と副菜を合わせて3品以上になるよう、さまざまな食材が少しずつ使われており、▽調理法では「煮る」「蒸す」「生」が多く、食用油を多用する「揚げる」や「炒める」は控えめだった。▽食材では大豆や魚介や野菜、果物や海藻、きのこ、緑茶を積極的に摂取しており、▽調味料では出汁や醤油、味噌、みりんなどの発酵系調味料が多く使われていたという。

 

実験を行った都築准教授は「約40年前の日本食が健康にいいと広めることで、現代の食生活を見直す食育に役立つことが期待できる」と話している。

以上引用

昭和50年前後が時代のターニングポイントではなかった?
と今にして思う
たぶんこの論文から出てきたのだろうが…
「昭和50年ごろの食事が脂肪とタンパク質のバランスが一番いい」と聞いた
それ以前は足りなくて、それ以後は多すぎると…

そういえば子供の頃思い出のメニューと言えば時折出てくるライスカレー
夜食で食べるインスタントラーメン
唐揚げとかは、無かったし
油料理と言っても天麩羅もときおり出てきたような気がするが記憶にない
おかずといえば、独りで一個は食べられなかった「納豆」と「卵」
何と言っても野菜の煮物やお浸し漬物、煮魚・焼き魚であって
魚の種類は…「塩引き」という「鮭」でしかなかった?「鱒かもしれない?」
そうそう母が作ってくれた小麦粉を揚げて砂糖をまぶした穴のあいていない「ドーナッツ」(ひょっとしたら揚げパンか?)
残ったご飯を乾燥させて揚げて砂糖をまぶしたものもおやつ代わりに食べた
そして果物といえば林檎とみかん。
バナナは夢の食べ物だった。
要するにご飯と味噌汁に、野菜と魚が主菜だったのである。

それが新入社員は49年入社だから、ちょうど50年前後である
自分で金を払って食事をするころと重なるが
吉野家の牛丼、ピザチェーン、どさん子ラーメン、餃子専門店など肉の油料理を食べさせるチェーン店が手てきた
たぶんそれまであてがわれた食事だったから、気が付かなかったのだろうと思うが…
散々食べ歩いたおかげで就職前は70kg前後だったのが一気に80kgを越えた

それから散々ダイエットを試した来たが
どれも効果があった試しはない
一時期効果があったのは30代初めて行った
奈良県信貴山の断食道場である。
10万の費用と、一ヶ月の時間を掛けて10kgの減量に成功した。
しかし。半年かけてそれは戻った(泣)

そして5年前の食道がんである
これは30kgの減量である。
96kgから66kgへ…
5年経過して、今も67〜8kgをキープしている
何と言っても、食道の縫い目が食事を通らなくしているのだ
「食道がんの手術」驚異のダイエットである

しかし、この東北大学農学部の研究は、ダイエットには大きな福音である。
当店の弁当や定食は、肉が少ないと言うか、バランスからいえば野菜の種類も量も多い
当店の定食弁当を、いつも食べることによって「痩せる」ということを、店に働く人が証明しているのだから…

よかった今頃にこの研究が発表されて…
これが5年前だったら…

まかないおこげ

玄米ご飯が、いつも大量に残る。
残ったのをお握りにして、豆蔵(秘伝豆の豆味噌)とみりんを混ぜ合わせ、葱と摺った白ごまを入れて温めたものを塗って焼き上げる。玄米味噌焼き握りである。
これは、これで評判がいい。
まとめ買いと言うか、出ていれば、まとめて買う人がいる
この味噌焼き握りが出来ないことが、最近多くなってきた。
玄米ご飯が、残らないのである。
imgp4366(復活した玄米塩にぎり)

以前は圧力釜で、玄米塩握りだけを作っていた。
玄米に塩を入れて炊き上げるのである。
評判が良かったが…
やはり定食に、玄米ご飯をだしたいと思って、塩を入れずに炊く方式にした。
ところが、玄米ご飯を頼む人が少なかった、というよりもいなかった。
いつもなんでも最初は、ゼロから始まるのである。
大量に残った玄米を、玄米味噌焼きおにぎりにしても売れ残った。
ようやく最近では、売れるようになってきたが…

定食の玄米も、徐々に徐々に、頼む人が増えてきた。
「こんな玄米を、自宅では炊けない」と言って…
玄米は固い。パサパサしている。というのが多くの人のイメージである。
やはり修行僧ではないのだから、美味しくないと続かない。
修行僧でも美味しく炊き上げていると言う寺も有る。
メクラの鍼医は、「五〇回噛めば、トロトロになるよ」と言うが
アキメクラの入道としては「すするようにご飯を胃袋に流し込んできた癖が抜けない」
すするようにとはいかないが、やはり柔らかくて粘り気が有って…
そんな玄米を炊き上げたいと研究に研究を重ねて三ヶ月、まだ今も研究中。

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客に問われたら
①玄米が低アミロース米「きらほ」を使用
②48時間の浸漬
③世界最高の2.44気圧の圧力釜。
と言うしかない。
細かいことは、まだ色々有るのだが…

ただ一番の問題はおこげである。

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数量を、きちんと測って、時間もタイマーをセットして炊いているのだが…
一番肝心な所、弱火と…弱火の時間の調整が難しいのである。
弱火が弱いと水分が多くなる、強いと焦げができやすい。
弱火の時間が短いと強くなる、長いとめためたになる。

その弱火と、弱火時間の最適がつかめない。
今のガス台では…

まかないに”おこげ”が、消える日が待ち遠しい。

やるのは私!

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そろそろ、こびる食堂も。秋のメニューに変えなければ…

そういえば朝定食も、ようやく定着してきた。
と言っても土・日・祝日だけであるが…
こんど三連休は、朝から昼過ぎまで客足が途絶えなかった。

「朝定食を、やろう」と言ったときに、或る人が「盛岡で朝定食は流行らない」と言った
なるほど都会なら出勤時間までぎりぎり寝ていて、着替えて駅で駅そばを食べるか…
会社に行ってから喫茶店でモーニング食べるか…
出張で上京してきたサラリーマンの朝定食などの需要があったが…

職住近接の地方、そして車社会の地方では、自宅で食べてくるのが当たり前である。
まぁしかし、やってみないとわからない
そのときは家庭の朝の食事という本が出ていて、子どもたちにひどい食事をさせているのが問題になったころである
やはり日本の定番の
「ごはんとお味噌汁、納豆や卵などのきちんとした材料を、丁寧に作った朝めしを復活させたい」
という思いもあった。
(余談だが、子どもが学校で「朝、何を食べてきたのか?」とアンケートが有ったという。
家の子供は、いつも、しっかりと御飯と味噌汁で育ててきた。
それが一番美味しいと言っていたのに…
アンケートには「パンとコーヒーと書いた」と言う。(-_-;)

朝定食のために早く出かけることに魔子様は抵抗したが、どうせ弁当を作るのに朝早く出てくる
ついでに用意をすればいいだけだ。と押し切った。
当初は、週に一人も来ない日があった。
ときたま二人連れがくる、長距離高速バスの運転手である
隣のバス営業所に長距離運転手の宿泊施設が有る
朝到着したバスの運転手は、いっぱい呑んで酒臭い息で朝定食を食べに来た。
朝の食事の後、寝て夜に起きてまた東京へ帰るのだろう。
そんな人が。ぽつりぽつりときていた。

誰だろうか?ある人が
「食に。あんまり興味を持っていない人が言うのだけれど…
”朝。盛岡駅についたらタクシーで、こびる食堂まできて朝定食を食べると良いよ”と言う人がいた」
と言う。
「ふ~ん、そんな噂があるのか…」と思いながらも朝定食の客は増えない。
それが、いつごろだろうか…
いつの間にか、朝定食の客からランチまで途切れることがなく客が続いた。
土・日・祝日である。子どもを連れた家族連れである。夫婦もいる。母と子もいる。
お年寄りをつれた夫婦もいる。
そうなのだ。沿岸や遠くの市町村から朝早く出てきたサラリーマンを予想していたが、
休日の朝の食事を、ゆったりと楽しむ家族の食事の需要だったのだ。

共稼ぎだったら連日の朝のバタバタした食事を、
週に一度、炊きたての香ばしい御飯に、かぐわしい味噌汁は、活力となるのだろう

さて新米の季節、新しい秋のメニューを提案しないと…

いつもの新米のお供定食に…
冷奴の新しい冬用のメニューを…
それから新しい丼ものを…

う〜ん!やりたものは色々有るが…
魔子さまは言う
「あんたは言えばいいけど、やるのは私よ!」

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母の時代

「考える人」という新潮社の季刊誌が有る。
特集で昨年夏号は「ごはんが大事」と言う特集である。
どうもこの手の…というか季刊誌・月刊誌・週刊誌で農業や食糧の特集を組まれると、買わないといけない。と言う気持ちにさせられる。
「すぐ消えて無くなる」という気持ちになるからである。
と言って、そんなに大層なことが書いてあることはない

そのままトイレに”積読”が関の山である。
しかし、ついつい見てしまう。
隅々まで見るわけでないが、やはりその時々で目につく記事や広告が違ってくる。

こびる食堂の悩みは、「旬」である。
「旬」のメニューを美味しい御飯と味噌汁とともに提供をする。というのがテーマである。
それがなんだか「卵」「納豆」「とろろ」に凝縮されて旬の小鉢が、ないがしろにされているような気がする。
と言って自分が調理するわけではない。魔子さまである。
そんなことを考えているから、この新書版の広告が目についたのだろう。

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新潮文庫「小林カツ代と栗原はるみ」料理研究家とその時代。である

本屋の棚に有ったのでつい手にとってパラパラとめくった。
なんというか近現代の女性史である。
ついつい歴史ものは買い求めてしまう。
現代が作られた原因は、その歴史にある。
その歴史は権力者ではなく大衆に有るのではないか…
そんなことを想いながら、テレビやラジオが出てきてから大きく替わった女性の生き方をリードした料理研究家という職業の変遷を書いた本である。と言って著者は小生が高校三年の時に生また昭和43年の生まれである。
やはり研究者といえ自分の生まれ育った時代のことが詳しいがそれより一昔ふた昔の時代は、それなりである。
しかし、料理の世界も、テレビ・ラジオが家庭に入ってから急激な変化を遂げた。マスコミの影響は激しく大きい。

やはり料理よりも家の変化なのだろうと思う
おさない頃、台所は北側の薄暗い場所にあった。
井戸も家の外に有った。
そのうちに井戸は家の中に入ってきてカメに水を汲み置き、風呂も便所も外に有ったのが中へ入ってきた。
女性が家事をする場所が、北側の寒々しい薄暗い場所だった。
昭和ヒトケタの母などはその時代に調理をしていた。
戦後世代ではないだろうか
家の南向きの場所に台所を!という声が上がったのは

その母の時代に流れた番組が「きょうの料理」である
今でも流れているがあの

チャンチキチャンチャンチャンタッッタ〜

あのテーマ音楽は耳から離れない
そして、あのまん丸の江上トミである
我々の時代は、料理といえば「きょうの料理」と「給食」と「ライスカレー」だった。
東京の下町育ちの魔子さまは「ライスカレー」は子供の頃食卓に上らなかった。と言う
我々の母の時代は粗食の中で、家事と高度成長期の労働力としてフルに働いていた時代だった。
そんな時代に生きた人たちが、終わろうとしている今である。

農家レストラン?

先日、行政機関から「こびる食堂の利用客数を教えてくれ」と言う連絡があった。
ふと、”なんだろう?”と思った
ひょっとしたら融資を依頼している金融機関からの調査だろうか?
それとも補助金の申請の参考資料か?
などと余計なことが頭のなかを駆け巡った。

よくよく聞いてみたら「農家レストランの利用者数の調査だ」と言う
こびる食堂が農家レストラン?

いぜんも産直と言うグループに入れようと言う行政の思惑があり
しつこく産直というククリに誘われた。
しつこく断ったが…

当店の売上は「農産物の販売」「食堂と弁当」「調味料という素材を活かす商品」
の三部門に分かれている。分けるほど大きくはないが…(泣)
(一部環境商品 シャボン玉石鹸等)

そんな中でこびる食堂を農家レストランというククリに入れて良いのだろか?
そんなことを思ったが、人にそう思われるのなら、
こちらの努力が足りないとだけだ

そこで確か「こびる食堂の求めるもの」を確か書き溜めていたと思ってファイルをめくった。
和食が世界遺産に選ばれた時に書いた文章が出てきた

2014年(平成26年)2月に書いた文章らしい

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こびる食堂の考える和食

 

「和食」が世界遺産になりました。

 

ちいさな頃、朝・昼・晩とご飯でした。
味噌汁がつき、漬物があり、塩漬けの魚や青物のおひたしがありました。
中学生の頃でしょうか?
時折出てきた麺といえば、「玉うどん」や茹でそばだけ、だったのに、

中華そばが出てきました。
同じ頃からちょっと前か、エスビーのカレー粉で作った自家製のカレーが食卓に登るようになりましたが、豚肉が入っているのはときどきで、魚肉ソーセージが入っているときもありました。そして時々失敗したのか、今でいうスープカレーのときも有りました。
そして高校を卒業して街ででると、ナポリタンというトマト味のスパゲッティが出てきたり、純喫茶というところで、トーストなどというものも
そういう意味では、昭和3〜40年代のころは、今の多様化する和食の大きな節目だったではないか?と思います。

 

多様化することによって家庭が父権主義の修行的な食事が、楽しい食事に変わっていったという良かった面もありましたが…

一方、楽しくて美味しいという食事が化学調味料や食品添加物によって変化を遂げ、また生産が遠いところで作られることに寄って、見かけの色や保存料で日持ちがして見た目がいいものが、どんどん増えていきました
それから聞いたことのない花粉症やアレルギーがどんどん増えていき、さまざまな規制によって、より一層の安全な食事がつくられるようになりました。
しかし、人間にとって食べ物とは、それから体を作りエネルギーを生み出す源泉でもあります。人間の身体は、水分とタンパク質で出来ております。
たんばく質を作り出すことのできない人間は、ほかから植物たんぱくや動物蛋白を取り入れ続けなければいけません。
動物タンパクは、すべて植物蛋白からつくられます、そういう意味では、植物が人間の体を作っていると言っても過言ではありません。

植物は、太陽光と水と二酸化炭素からブドウ糖を作り出し(光合成)根から吸われた窒素でタンパク質をつくりあげます。

水の循環(雨→地下水→川→海→雲→雨)や健全な土が必要なのです。

土は、有機物の塊です、植物や動物の死骸を分解する微生物が土を作ります。
無機物(石・金属・ガラス)は分解しません。また人工有機化合物(プラスチックなど)も分解しません。微生物によって分解した有機物が土を作り、また土は、固相・気相・液相の三相からなり、土の中にいる微生物に気相・固相は肥料や水を吸着して適宜に供給し、気相は空気を供給し微生物のバランスを保っております。

微生物が有機物を分解し、植物に供給し、それを食べた人間が出す糞を微生物が分解するという循環が成り立っております。

また空気も人間が吸うことに寄って二酸化炭素を発生させ、それを植物ブドウ糖と酸素と水に替え、また空気が作られるという循環になっております。

地球は閉鎖空間ですから、循環を考えなければ破綻してしまいます。
拡大だけでは行き詰まってしまうことは目に見えてしまいます

 

広がった食の空間も、もう少し基本に帰ってみようというのがこびる食堂のテーマです。

 

炊きたての御飯
出汁の香りのする味噌汁
旬という名の季節の小鉢
外国では食べない生卵や納豆の食文化
カレーや中華そばも和食になりました
そして野菜や豆やバランスの採れたメニューと
箸であちこちをつまむという口中調味という食べ方。 

一度、和食の食べ方を基本に戻って見たいものです

 

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