ちいさな野菜畑

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カテゴリーアーカイブ: お弁当と仕出し

さんさの弁当?

弁当の注文を一日一件にしぼっている。
どうしても朝定食とランチの準備の間に、弁当の製造は大量にはできない。

何軒も、弁当の注文を取っているところが不思議だ。
なぜなら昼食用の弁当は、時間が限られているからである。
早めに配達に行っても、まさか9時〜10時に昼食用弁当配達でもあるまい
こんな暑いときに、クーラーの聞いた部屋においてくれればいいが
無造作に、その辺に置かれ日には目も当てられない

そうなると、早くても11時前後
遅くなっても、1時半までぐらいだろう
二時間半の間に、どれだけ配達して回れるか…
都会なら良い
盛岡の場合は、南北20kmぐらいの距離がある。
大阪でいえば、梅田から阪神高速で芦屋へ行くような距離である。
東京でいえば、東京から横浜を首都高で配達して回るのである。

だから一日一件と、基本を決めている
しかし、どうしても注文を受けないといけない場合がある
それは、お得意さんである。
しょっちゅう注文をくれるところから電話があると断りづらい
それを契機に、他に流れる可能性がある
また個数が少なくて、まだ製造余力がある場合は、やはり売上は欲しい
そういうときは、配達場所が同じ方向なら(希望時間帯に配達できるなら…)受ける

しかし、今回は違った。
盛岡の北と南である。距離はそれこそ20kmはあった。
最初に注文をもらったのは12時15分の盛岡の南だった。
そのあと、急に飛び込んできたおなじみさんからの注文が11時半に盛岡の北だった。
45分の間に移動するのは難しい距離である。
しかし、真夏に車内で弁当を温めて走るのも問題だ。
やはり別々に配送しなければ…

そこで店に弁当を冷ましておいて

配達時間を少しずらして、なんとか対応したが
何かトラブルがあればすべてが狂う。
一日二軒は、受けるものではない。

しかし、盛岡はさんさ踊り真っ最中。
「さんさのランチは、客が入らない」と得意先のシェフが言う
店に客が入らなければ…弁当で稼ぐしか無い(泣)

 

 

びりょく

店に、いつも7時頃来ている。

本当はもっと早く来たいのだが、小生の朝の作業が遅いのか…
魔子様が、認知症の母親の世話が焼けるのか…

もう一つは、孫を保育園を送っていかないといけない。
娘夫婦の子供を7時開園の保育園に送ると、とうぜん7時以降の到着になる

その孫を送っていって7時半頃だろうか…店についた。
梅雨の雨の朝、アナベルの大輪の花が土手に咲き誇っていた。

駐車場には一台の車が…

誰だろう?と思っていると、女性らしい大きな甲高い声で

「すいませ〜ん、無断駐車して!
これから秋田・青森の友の会のメンバーと一緒に出かけるもので待ち合わせをしているのです」と
あれ懐かしい、Hさんの声が…。
相変わらず小柄ながら背筋がシャンとして天を向いて語りかけてくる

「友の会って…何?」
「羽仁もと子の考えに共感した人たちの婦人の友の読者グループ」という

そんなの知らない

全国友の会は1930年 羽仁もと子 の思想に賛同した女性たちによって生まれた団体です。
キリスト教精神に基づく愛と協力をモットーに 健全な家庭をはぐくみ
地域に働きかけ よりよい社会を創りたいと活動しています

よくわからないが、家事とか…育児とか…を勉強する全国にあるグループらしい
たしかHさんは、ガールスカウトの偉いさんで、障害者施設にも関係していて、NPOの理事もやっている女性活動家だ
「台風10号の復旧支援のために岩泉に行くところだという」

 

彼女とはPTAの友達である
初めて中学校のPTAに乗り込んだ時、(乗り込むという気概を持って取り組まないといけない事柄が有った)
孤立無援の小生に、応援してくれた女性が二人いる。そのうちの一人だ。
乗り込んで驚いたことにPTA幹部役員はかざりもの、他の役員は学校の親睦団体、多くのPTA会員は黙って三年すぎれば終わるという団体だった。
学校側は校長はPTA幹部の機嫌取り、先生たちはややこしい事が起きないように…黙って…という形ばかりの集まりだった。

これで子どもたちは良いの?と思ったが…

三年間役員に手を上げつづけ、”今まで自主的に手を上げた人はいない!“と言われたが
クラスの委員長までで、学年の委員長には選ばれなかった。
「あんたは、今頃出てきて…」と言われて
ようするにPYA役員は小学校からの仲良しグループだったのである。

集会で問題提起をしても、先送り。そして次回は無視。
呼び出されて行くと幹部が集まり「集会で喋るな!」と脅し
そんなときに集会で、「キチンと話を聞くように…」と声を上げ
その後もいろいろと相談に乗ってくれ、学校側に話をしてくれたのが一学年上のPTA学年長だったHさんだった。

さんざん三年間学校をかき回したが、結局、何も替わっていない。

学校は…組織は…堅牢である。
文科省。教育委員会、学校、PTA、

そして個人は微力である。ということを知った。

そんなことを思い出しながら、弁当の配達に豪雨の中、出かけた。
こんな雨の中、車の中で食べる弁当だという…

どこへ行くのだろうか…

 

 

 

 

 

 

 

配達

いつものことながら、弁当の配達には気を使う

今回は、初めてのところである

以前に行ったことは有るが、弁当の配達という用件では初めてである。

弁当の配達は、時間指定がある。

昼に食べるのに、2時頃の配達ではどうしようもない
最近、手広くやっている弁当屋は、最初2時間遅れで配達したという
文句を言ったら、お金を返したという
それでも繁盛しているようだが
金を返せばいい、と言う考え方は
商売の基本とちがうだろう、と思うのだが…
消費者も忘れる動物だから、それでいいのだという風潮なのだろうか…

いちど時間を大きく違えて、配達したことが有る
同じ名前だが、場所が違った。
気がついたときには、配達時間が迫っていた。
その場所に行くのに、あと小一時間かかる
電話をしようとしたが番号がわからない
慌てて渋滞の列に並んでイライラした
結局30分遅れたが、その後、そこからの注文は無い。

今回の配達は、森林公園だという
岩手県は、77%が森林という森林県である
市町村を冠した森林公園なら、あちこちにあっても不思議ではない

盛岡森林公園
滝沢森林公園
雫石森林公園などなど
いろいろな公園が想像されるが…
それに東西南北をつけたら。いくらでも創造できる

念のために電話をした
「国道4号線を北上して…」電話に出た女性は親切に道案内をしてくれた
「いやわかっているのですが、確認のための電話です」
と言うと
「それでは、気をつけておいでください」

やはりソコだった。
一度、関西の先輩夫婦を案内した処だった。
領収証の宛名が、隣町の農場の名前だったので一瞬、迷ったのだが…

 

 

 

ほろほろ

春である。
なんと言ったって、春である。
待ち焦がれていた春である

あっという間に桜は散り、
あっと言う間に水仙もチューリップも花びらがくすんだ。

そして時とともに気温が上がってくる
そして庭の垣根も新緑の若葉をつけはじめた
五加である。
五加と書いて「うこぎ」と読む
垣根の樹だと聞いた。

その若葉を熱湯で湯がいて、刻んだ味噌大根とくるみで和える
「ほろほろ」である

「ほろほろ」と言う”ふりかけ”になるのである。

岩手の春の味である。

ほろほろとは、南部藩の武士が食べようとしたら、箸からほろほろとこぼれ落ち、それをみて「ほろほろ」と呼んだという。

ホロホロ鳥とはちがうのだ。
ホロホロをふりかけた春の弁当である

 

 

ちがう文化

岩豆腐のカツを弁当に入れた。
普通の木綿豆腐は、よくやる。
岩豆腐は、たまたまである。
というか、何かに使う必要があって買ったのだが…不要になった。
田楽茶屋の名物豆腐である。

田楽茶屋のタマさんは、山形村の出身である。
山形村と言うのは、山形県にあると想っていた。
岩手町が岩手県に有るように…
ところが岩手県と青森県の県境の山奥だという
山を降りれば八戸港のそばである。
(今は久慈市に併合され久慈市山形町になっているが…)

そんな山奥で岩豆腐を作っていたという。
固い豆腐である。
多分、しょっちゅう作るものではないので
日持ちがするように作ったのではないか?と思うのだが…

 

幼いころ母親に言っていた。
「豆腐は固いから嫌いだ!」
木綿豆腐の布目模様のところが少し固い
それを言っていたのだ。
家族の笑い話になっている。
ただ”栄養豆腐”は好きだった。
”栄養豆腐”は、転勤して歩いた東京・大阪と探したが、どこにもなかった。
帰郷して、帰ってくるときの楽しみだった。
”栄養豆腐”とは、袋に入った豆腐だった。
木綿の布目がない豆腐だ
今でこそ充填豆腐とか、さまざまな工夫をして、さまざまな品種があるが…
当時は木綿と絹ごし、しかなかった。
いや絹ごしも、無かったかもしれない。
木綿豆腐と栄養豆腐だけだった。
栄養豆腐の袋の先を切って、押し出して温かいご飯にたっぷりとのせ、醤油をかけ回す。
それをぐちゃぐちゃにかき混ぜて口の中に放り入れて食べるのである。
冷たいご飯でもよかった。

そんな栄養豆腐のイワレをタマさんが教えてくれた。
「あれはね。八戸の漁師が漁に行く前に、袋に入れた豆乳を魚を入れておく氷の槽に入れておいて、
魚が取れたときに船の上で袋を切って豆腐と一緒に煮込んで食べたのが始まりで
八戸の文化なの…」と言う

 

固い岩豆腐をつくっていた山形村と、すぐそばの八戸で豆乳の塊のようなやわらかい栄養豆腐
隣り合った地域でも、風土によってできる文化のちがい
違いを認め合う文化が、今の時代に必要なのだ。

 

春がきた

「とうが立つ」と言う
「十が立つと、五は座るのか?」と言うオヤジギャグを一発

食用の草で花芽がすぎて、茎が固くなる事を言うらしい
茎のことを「薹(とう)」と言う。
五十過ぎた女性のことを(50にするか…40にするか…迷った)
「薹の立ったおばはん」というらしい。
一般には「盛の過ぎた女性」と言う意味らしい
私のまわりは”特殊”だから、そんな人はいない(断言)
みんな素敵に齢を重ねているお姉さまたちである。
(売上に響くから、ここ重要!)

 

その「薹」である。
春になれば「ふきのとう」である。
「蕨(わらび)や蕗(ふき)」と春の山菜の代表格に称せられるが
蕗は”薹”も、名前が売れている
ところが蕨(わらび)の「薹」は、聞いたことが無い。
何故だろう?考え始めたら眠れなくなってきた。
蕨に薹(「わらびとう」(花茎)は無いのだろうか…

ちなみにこちらの言葉で「蕗の薹」は「ばっけ」と言う
ネットでさがしてみたら、こんな文章を見つけた

引用 北のフィールドノートから…(http://snowmelt.exblog.jp/9955361/)
これらが何から由来するか。更科源蔵・光著のコタン生物記にはこうある。
「本州でもフキノトウのことをバッカイとかバッケイと呼ぶところがあるが、これは元来アイヌ語である。
パッカイ(破裂音筆者注)とは子供を背負うことで、フキノトウが雪の間から丸く花を背負うようにして出てくる姿に名づけたものである」とある。

そんな蕗の薹が、あちこちに出始めてきた。
それをこまめに摘んで石鳥谷の熊谷哲はパック詰にしてきた。

魔子さまは、その”春の苦味”を天ぷらに揚げ

久慈市山形町の短角考房北風土の短角牛を”春雨”とともに麻婆にし、
鹿児島の紫甘藷を”春巻”にした。

 

そして一品デザート
”さくら”のフィナンシェ」という焼き菓子を添えて

三寒四温の卒業式の弁当に
一足先に春が来た。

 

落書き

3月は弁当の注文が多い。
一番は、学校関係だ。
やはり送別会シーズンだからだろうか…

ワシなら「みんなで一杯やって!」と思うのだが
子供を持つ親としては、夜、抜け出すのは難しいのか…
そんなわけで、送別会や謝恩会用弁当の注文が、あちこちの学校から入ってくる。

サラリーマンの頃は、ほとんど学校は魔子様に任せていた。
魔子様も、他の人に任せて(?)ノータッチだった。

 

自営業を始めて
有る出来事で、中学校のPTAにかかわるようになったが…。
驚いた
ある母親に「今頃、出てくるなんて…」と面と向かって言われた。
なんと小学校から続くお友達グループが、中学校のPTAを仕切っていたのだった。
お飾りの父親のPTA役員、実質主導権を持った地元の小学校の母親グループ、事なかれ主義の学校幹部、そこへ単身乗り込んだ。
味方は、良識的なお母さんが2〜3人、それと移ってきたばかりの担任の教師と、クラスの子どもたちだけだった。
校内では難しいだろうというので外部に「子供の教育を考える会」を作って、会報誌を出したり、月に一度、他の学校の親との集まりを持ったり、退職した先生の本音の話を聞いたりと、店の仕事よりも熱中(?)した。
あまりにも騒ぎすぎ、PTA幹部に呼び出され囲まれ、吊し上げを喰ったこともある。
「こんど手を上げたら、叩き潰してやる」という脅しとともに…
そんなお飾りのPTAも、結局は親の見栄と、学校の体面と、文科省の本音のせめぎあいであった。
親は三年たてば卒業だから我慢、学校は静かにしていれば豊かな定年の学校幹部と、国を背負うという名のもとに軍隊養成を目指す文科省。
だれも、子供のことんなど考えていないのである。
卒業式にクラスの子供達から、手づくりの「感謝状」をもらったのが唯一の誇りだ。
もう20年前の事である。

最近、いい先生や、組合幹部と会うと、学校も変わったのか…
と嬉しく思う反面
反動が、森友学園を産んだのか?と考えることも…
我々が小学校5〜6年の頃、クラスの黒板に落書きをした
「安保反対」
教育勅語を暗唱するこの子らは、なんと落書きするのだろう?

たんじょうび

「誕生日おめでとう」
玄関にボール持って出てきた男の子に声をかけた
「いくつ?」と聞くと
指を四本出して突き出してきた。
「もうすぐ幼稚園?」と言うと、嬉しそうに顔をほころばせた

誕生日会の弁当をである
親せきが集まるのか…
仲良し友達が集まるのか

一つだけ子供用で、後は大人だと言う

 

なかなか違いが出せない
そこでメニューを…

しかし、ひらがな読めるかな?

新春の夢

年末に弁当の注文の問い合わせがあった。
年明け早々に40食だという。

当店は、消費者ニーズに懐疑的である
しかし、お客様のワガママには、できるだけ対応している(?)
魔子様は「40食は多いね…」と言って無言である。
こういうときは、あとでなんと言われようと押し切る
「注文!受けたよ!!」と言って…
「なんだかんだと言って…受けるのね」と言いながらブツブツ言う魔子様に注文書を渡す。

昨年から最低単価を上げた。
500円から700円である。
最低500円だと「配達付きのほか弁」と勘違いして注文をくれる。
注文はありがたいのだが、「配達」がメインになって弁当の評価があまりされない。
ようするに弁当担当が「焼肉弁当を選んだのか?」「焼き魚弁当なのか?」「幕の内なのか?「のり弁なのか?」
「まぜあわせで注文をしたのか…」それで頭を悩ます。

当店は「800円の弁当」と言うとそれなりに作る。
そして魔子様は、それなり以上に作ってしまう。
「原価が合わないよ!」ときつく叱っても
「手は抜けない!」と言い張る

 

若かりし頃、会社で電話がかかってくると
「三回ベルが鳴る前に電話を取れ!」と言われた。そして
「”こちらから掛けます”などと言うな!どこから電話だ!
遠方は電話賃がいくら掛かると思うのだ!すぐ出ろ!」と怒られた。
しかし「来客中は出るな!」と教わった。
わざわざ尋ねてきた人と向き合っているのに、割り込んできた電話に出るのは、来ている人に失礼だ。と言うのである。

それと一緒で、「朝定食」や「ランチ」で、わざわざ来店している客をそっちのけで、配達弁当を作っているのは申し訳ない。
だから弁当を、どんどん広げると、来店している人に申し訳ない
じゃ〜別会社で弁当事業を大きくして、人を雇って…、
規模拡大で… 原価を安く上げて…
と言うのが資本主義経済の拡大思考の発想である。
そうすると、資金が必要となり…、人件費がかかって…、経費が増えて…、競争が激化して…それに立ち向かうためにコンサルに相談して…
金融機関の餌食になり…と言う悪循環に陥る。

こちとらが狙っているのは、縮小経済の循環型の仕組みである。
その発想方法の原点が農業である。いや「農」か…
ようするに暮らしとしての…
営みとしての農である。
そして三ちゃん農業である。

もう若い人は知らないだろうが
昔の兼業農家は、オヤジが金を稼ぎに行って、残された爺ちゃん婆ちゃん、かぁちゃんで農業をやるという仕組みである。
ようするに、家で食べるもの、使うものは、すべて家族で作り、ほんの少しの現金収入でも一家が元気で仲良く暮らせると言う仕組みである。
そこには「原価計算」という仕組みがないのである。
働けば働くだけ、自然がお返しをしてくれると言う仕組みである。

そんな仕組みが、今の家族という単位で出来ないか?
という馬鹿みたいな、夢のような試みである。
新春に、ふさわしい試みである(?)

そんな試みは、新春に形として現れた。

配達をした某国立大学の芸術系の集まりの担当者がメールをくれた

「本日はありがとうございました。
参会者の皆から好評をいただきました。
毎年この時期に研究会を行なっていますが、弁当で感謝をされたのは初めてです。
私も嬉しくなりました。
お品書きなども添えられていて、真心が伝わるお弁当でした。
大変ありがとうございました」

お金ではない、感謝の気持ちが嬉しい。

がんばって

弁当の注文である
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なんだかいつも注文が来る
これで三回目だろうか…
名前が「タカダドウジョウ」と言う

道場だから、剣道か…柔道か…空手の…
いや「ミチバ」と読むのであろうか…
ひょっとして道場六三郎と関係があるのだろうか…
調理道とか…和食道とか…
なんだろうか…

そんなことを考えながら「待ち合わせ場所を…」ということで
そうなのである
弁当を”待ち合わせて渡す”と言う配達である
いつもというか…ほとんどが配達場所は恒久的な建物が指定される
ときおり、このように待ち合わせ場所に持参すると言う注文が有る

知らない土地で弁当を調達するのは大変だろうと
前もって注文して待ち合わせ場所に持参するのである
遠くから来るから盛岡の弁当事情はわからない
まして、どこが美味しいのか…
と言っても、”ほか弁”などのチェーン店ではせっかく盛岡に来た意味がない。
最初のときに、そんな期待に応えたのだろうか…
毎年、待ち合わせ場所を指定し、時間指定の弁当の注文の問い合わせがある

そういえば待ち合わせ場所と言っても時間も大切である
時間と場所がピッタリと合わないと偉いことになる
以前あったのは

「朝の6時にオニギリでいいから、60人分を河川敷の野球場に…」
というのがあった。朝6時にオニギリを配達するのは至難の業である。
なんせ起きるのが3時では遅い、2時頃起きないと…
その前後の用事を考えると、高い単価でも受けられない
「どうしても受けてほしい」と言う電話だったが…

よくあるのは駐車場での受け渡し
(知らないおばさんに”弁当の注文ですか?”と声をかけた)
ビルの入口での受け渡し
(入り口が二つ有って、お互いに違う入り口で待っていた)
カーナビに出てこない待ち合わせ場所
(カーナビは言う”目的地につきました。このへんです”と言うが見当たらない)

そんな数々の失敗を重ねて、選んだのは路上である。
「交差点を渡った所」

12時33分の新幹線でやってきた子どもたちは
待ち合わせ場所にバスに乗り換え、弁当を抱えてまた出発した

どうやら宮古へ復興支援で行くグルーブらしい
毎年、毎年、弁当の注文をくれる

担当者が「この弁当を楽しみにしているのです」と言う

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