ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

カテゴリーアーカイブ: ある日のちいさな野菜畑

就労支援

ツララが滴り落ちる。
「春になる証拠だ」と若い友人は言う

なるほど…

単純に薪ストーブの暖かい熱が、天井のない屋根を温め、雪を溶かし
滴り落ちてきた水滴が、凍ったのがツララと捉えていた。
そういえば…今頃にしかツララは見られない

屋根の上で溶けた水は、12月1月と厳寒のさなか
屋根を滴り落ちてくる間に凍ってしまう。
つまり、ツララになる前に屋根で凍ってしまうのである。
春になり、溶けた水滴が凍らないまま屋根から落ちてこないとツララにはならない

そんな春の予兆が見られる中、就労支援中の若者と老人ホームに「ひきうり」と言う販売に出かけた。
本来ならリヤカーとか軽トラで売りまわるのだが、冬場は暖かい老人ホームでの販売に切り替えたのだ。

商品は、約10万円分もっていく。
売れないものとわかっていても、枯れ木も山の賑わいだ。
みせなければ、売れない。

そんな中、豆を「青大豆(秘伝豆)」「くろまめ」「大豆」と3種類持っていった。
1kgづつである。
自炊の老人ホームであるが、“一人ぐらしでは、1kgは多いかもしれない”と思いながら…

比較的若い人だろうか…(と言っても60代後半だろうか…)
黒豆を1kg買った。1280円である。
そのほかに、お菓子や野菜など色々と買って
「2000円しか部屋から持ってきてない」と言いながら
計算したら2000円を超えていた。
「どうしよう。なにか返そうか…」と言う
小生が
「くろまめ1kgすぐ調理します?半分にしますか?」というと
「あら助かるわ。640円になったら後色々と買えるから…」と言う
1kgの豆を“計って半分にしよう”と思ったらハカリを忘れた。
しかたがない
レジ袋に半分だろうと思う量を二つに入れて、選ばせた。
「どちらか多いと思う方を選んでください。」
「えっ!悪いわね。こちらが重そうだわ…」
と言って、嬉しそうにニコニコ笑って、片方を取った。

販売は等価交換である
商売とビジネスは違う。
ビジネスという貨幣経済は、貨幣の価値で等価をはかる
関係性の商売は、気持ちではかるのである。

そんな事を引き売りという実体験の中で
若者に教えて行く
大事な就労支援と言う社会勉強である。

 

遊座

岩手は「どちら派?」と言われることがよくある

ようするに宮沢賢治と石川啄木である
同時代に生きた作家(?)芸術家(?)としてどちらが好きか?ということである

小生は昔は童話作家としての宮沢賢治はよく読んだ。
だけど、その意味がよくわからない。
いろいろと話を聞いていると、どうやらその物語に思いを馳せて想像するのが楽しいのだろう
だからさまざな賢治ファンがいて、さまざまな解釈が飛び交う。
石川啄木は、そのわかりやすい三行詩と覚えやすさで親近感を持った。

だから、どちらかと言うと「啄木派」である。

40代に農業の世界に入って玉山村の農家と、いろいろと付き合いがあった
玉山村は、何ヶ村が一緒になって村ができたが
その一つに啄木で有名な渋民村がある
何人かの農家は、「爺さんは啄木の同級生だ」と自慢げに話をしていた。
そんな農家に
「啄木は石をもて追われる如く故郷をでていったのだ!いつの間に故郷が啄木に媚を売ったのだ」と茶化す。

そうなのである。
あの岩手山や北上川を「ふるさとの山。ふるさとの川」と読んだ啄木には、味方はふる里の自然しかなかったのだろう

そんな寺の息子だった啄木と関係のある寺が二つある
生誕した「常光寺」そして、大きくなって移った寺が「宝徳寺」である。

宝徳寺の代々の住職の名字は「遊座」という
珍しい名前だ
高校のときに「遊佐」という先生がいたが、彼は数学で山形出身だった。
先日無くなったマナ自然食品のご主人は「遊座」という
奥さんは言っていた。
うちは「宝徳寺の長男の家系なの…」

どうやら啄木生まれた頃の話では、宝徳寺の長男が
「寺の跡目を継ぐか?」という問いに「継がない」というので

石川一禎が入ったという
一説によると啄木の学費を払うために寺の木を切って売ったために村人の怒りを買ったという
そして啄木一家が追い出された後「遊座」の次男の家系が、宝徳寺の跡を継いでいるという

 

面白い
こんなところで啄木との関わりが出てくるなんて…
そして「遊座昭吾」という有名な啄木研究家がいる。
国語の教師だったというが。
彼は宝徳寺の跡をついだ次男の孫だという
追い出した寺の跡目が、著名な啄木の研究家になっているとは…

これは啄木が学生時代に過ごした盛岡のある中学校の立志式の弁当である。

 

 

 

あたりまえだ

困っている。
なかなか売上が回復しない。
下げ止まらない。

原因は色々と思いつく。
一番は、代表の能力のなさである(代表は誰か?問わないで欲しい)

冬になって野菜が高騰して、誰も来なくなった。
当たり前だ。「産直」というイメージだと、冬場は商品が揃わない。
おまけに高騰だ。
低級ならまだ良いが高等である(意味不明)
「産直じゃない」と平成12年に「脱産直宣言」をしたのだが浸透していない
当たり前だ。そんなの誰も気にしていない。

未だにマスコミは「産直の小さな野菜畑」と字を間違えて言う
「ちいさな野菜畑」だ!と言っても治らない。
当たり前だ。そんな小さなことは…
「じゃぁー何なのですか?」とアナウンサーは問う

面倒くさいので「八百屋だ」と言うが…

こんなコンセプトがあるのだ

「八百よろず屋」と言う業種を作ったのだ

しかし、誰も気にしない。単なる産直だ。
だから冬は、沢庵しか買いに来ない。

沢庵で売上が達成できるか?
それで金融機関に言い訳ができるか?

と思う今日このごろである。

寒い。さぶい。寒すぎる。
体重が減るということは、筋肉が減るということだから…
痩せた骨に寒さが身にしみる。
ホッカイロを三つ貼り付けてもまだ寒い。

春が待ち遠しい。

 

*当店のたくあんは

砂糖不使用、着色料不使用、保存料不使用
小生が一生懸命漬けた愛の結晶である(?)

赤穂の天塩(塩分5%)と…
自家製新鮮米糠と…
三陸産の昆布…千葉産の唐辛子…
そして梔子の粉末である
(梔子を読めない人は「くちなし」と入力すると変換される)
そうそう昔、渡哲也の「くちなしのはな(?)」みたいな唄があった。
梔子はターメリックだと思っている人が多いが(小生)、違うらしい。
サフランの色素を含んで黄色になるようだ。

*先日、お客様から千葉の親戚に「本物の沢庵を贈りたいから…」と5本の注文を頂いた。

急募

ボランティア募集

1月24日水曜日11時〜12時

配達業務
当店から滝沢駅付近の15km往復(片道20分)
車持参、油自己負担、

御礼
ちいさな野菜畑こびる食堂「昼食券(コーヒー付き)」一食
有効期限平成30年12月31日まで

 

東京神田に「未来食堂」という食堂がある
「ただめしを食べさせる食堂が今日も黒字の理由」

と言う本を書いている。

以前から聞いていたが…
フェザンのサワヤで見かけたので買い求めた。

面白い。
若い人の発想である、そして他業種(IT業界)からの違う発想である。
ヒョとしてこれがこれからの中小企業の一つの経営形態になるのではないか?

人口減少社会である、
飲食業など人手不足である。
まして地方では売上が低迷する。
いかに経費をかけないで、少ない売上で利益を確保するか?

従来の発想から抜け出さないと、たぶん経営的には続いていかない。

これから景気が上向くという見通しがあればいいが…
たぶん地方の零細小売業や、小規模飲食業では難しいだろう
と言って、すべてがコンビニとチェーン店だけでは、情けないだろう

都会なら、まだこれから10年はまだまだ人口が増える可能性がある
地方はもうすぐ、いやもう始まっている減少社会である。

新しい発想を若い人から学ぶ必要がある。

上記の急募は、その発想からの新しい試みである。

四日間

年が明けて四日間が過ぎた。
夜中に起きて事務作業をし、太陽が昇り暖かくなったら店に行き、
普段できないことをすごして、指が、かじかんで動かなくなったら、
家に戻って酒で温め、風呂に入って早々に寝る。
と言う単純な四日間である。
思っていたことの80%ぐらいしかできなかった…

一番感じたのば、指先がもげるように痛いということである。
穏やかなあ正月だったが、真冬日にもならず日中は太陽も顔を見せた。
それなのに指先だけが、ジンジンと痛む。
もう指をちょん切ってしまいたいほどだが…
たぶん歳のせいだ。
毛細血管まで血が流れないのだろうか…
手袋を買ってはめても…
お湯で温めても…
指先が思うように動かない。
こういう処から年齢を感じる。

何をしたか?と問われると痛い。
事務作業は決算処理だし、店の片付けも普段できない整理整頓だ。
日常の中で断捨離をして、掃除を日々重ねて、ということが出来ていない証拠である。
まぁそれでも、新しい歳を迎えるという気分にはなるが…

しかし、唯一心残りは…
まだ賀状が書けていない。
そうなのだ自宅に届く賀状は良いが
店に届く賀状は、今日(5日)でないと受け取れないのである。
年末に「賀状入れのダンボール」を店の玄関に置いておくのを忘れた。
毎年のことなのに…「魔子様は何をしているのだ!」と人に責任を押し付ける(泣)

賀状は買ってあるが、8日までに出さないと「10円プラスしろ」と郵政省から通達が有ったという。
10円を馬鹿にしないで欲しい。
岩手県民130万人分といえば1300万円である。
岩手でさえも、小さな家なら土地付きで、二軒も買える。
盛岡市民30万人分なら、300万円である。
ホンダの冬にも強い4輪駆動のNボックスが2台である。

今話題の相撲でも

昔の話だが横綱北の湖が若い衆に
「これでアイスキャンディを買ってこい」と言って1万円札を出したと報道されていた。
今のモンゴル絡みのガチンコ相撲界でもアイスキャンディーは喰いきれないだろう(意味不明)

そんなこんなで4日間のツケが、この8日までの三日間の勝負につながってしまった。

反省!

 

(反省は戌でもできる?猿か?)
今年は何年だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

第一報

正月の引き売りという名前の老人ホーム販売は二週おやすみ。

1日(正月)と8日(成人の日)

なぜ成人の日が8日なのだ?
わけがわからん

とりあえず一回ごとに配るチラシを
今回はブログで公開

 

年始早々

元日から店に出ている。
店を開けているわけではないが…
少し模様替えをしようと思って…

元日、足りないものを書いにDIYの店に行った。
「二日から営業」の看板
仕方ないので近くで一軒だけ開いていた量販店に行った。
駐車場が満杯、すごい混みようだった。
年末商戦で売り切れたと思った商品も揃っている。
正月、家族でゆっくりしようという雰囲気ではない

と言う小生も、子どもも孫も魔子様も温泉であるが、
小生は部屋にこもり事務作業。あきたら店で仕事…
もったいないので暖房をする訳にはいかない。
指が、かじかんで動かなくなったら店から撤退。
家に戻ってBSでラグビーを見ながら、母の食事を作って風呂で温まり一杯やる
それが四日間つづく。

二日の母の夕食は、
ごはん、すまし汁、とろろ、牛蒡と人参のきんぴら、フキと野菜の煮物

こちとらは

息子がくれた純米酒「伯楽星」をひやで一合。お歳暮の缶ビールを500cc
芋焼酎のお湯割りを二杯。
あては、たっぷりのとろろと、ナンプラー入りの湯豆腐に海鮮唐辛子を掛けて
京都のお土産「ちりめん山椒」をつまみながら…

もう満腹で…何も考えられない

これで正月は仕事が終わるのか…
無事に5日8時に店が開けられるのか…

 

 

 

 

あけましておめでとうございます

年賀状をまだ書いていない。
「せっこき」をしている。
岩手の方言で、「なまけている」ということらしい

怠けているわけではない。”時間がないのだ”と言う言い訳をする。
「“時間がないというのは、能力がなくて時間が作れない”という事だ!と
魔子様に言いたいが、言えずに一年が過ぎた。
今年も自分だけは“時間がない“と言う言い訳をしないようにしたいと元日の朝固く誓った。」

とりあえず年賀状は購入してある。
後は来た人を精査して…(人種差別だ)
出す人出さない人を選別するのだ。(コレが難しい)

今まで、のべつ幕なし出してきたが、この選別をしてから出す枚数が少なくなった
とはいえ余ってしまって出すハメになるのが毎年のことである。
どうせ印刷だから、適当に…と言うが、それが出来ない

 

結婚当初は魔子様が一手に引き受けていた。
字がヘタなのである。自分で書いた字が読めないことがしばしばである。
勤めていた1000人規模の会社で三大悪筆と言われたことが有る
いまでも急いで書いた殴り書きのメモは読めない。
ゆっくり書けば読めるか?という事は聞かないで欲しい(泣)
だから魔子様の仕事だった。

ところが科学技術の発達の素晴らしさは、こんな夫婦の分担の仕事まで変えてしまった。30代後半から年賀状は小生の担当になった。
ワープロというのが出来たのである。
当時、「某○○○計算機にクリーンルーム用の遠赤外線基盤乾燥炉」納入したおかげで
画面に4行しかみえないワープロを購入させられたのである。
だから文意が途中変わってもわからない
何回も印刷して書き直して、日記を書いたり、新聞記事を写したりして遊んだ。
印刷は感熱紙だから、インクリボンは必要なかった。感熱紙が買ってあれば…
しかし、すぐ黒い文字は黄ばんだ。
ただタイピングは自己流であるが、ブラインドタッチは覚えた。
当時パソコンも出ていたが、パソコンのワープロソフトは使えなかった。
ワープロ専用機がどんどん進化を遂げていたのである
パソコンのワープロ機能が追いついてきたのは、それから10年後だっただろうか…
そんなワープロ専用機からパソコンの時代の転換期
いつの間にか夫婦の分担まで変わってしまった。
いま魔子様の年末は、”忙しい忙しい”と言いながら暇を持て余している。

母親は、文部省認定の毛筆とペン習字の二つの一級をもっている。
「公的機関の文字の認定は、文部省の一級が最高だ」と自慢げに母親が言っていた。
そんな母親もボケた。
ボケた息子は、最初から字もボケた。

年賀状をかかねば…
正月はこれでつぶれる。

善意の忖度

「火曜日しかいないので、火曜日必着ね!」
「はい!”火曜日必着”で出荷しました」と言って一週間前の火曜日に出荷した。

いまどき離島や沖縄ならいざしらず、国内でどんなところでも翌日には着くだろう
いや東北から関西だと二日かかる便もあるが…
一週間前に出荷すれば…
配達地域の営業所止めで荷物は保管されるだろう

そして当日の火曜日、客から電話がかかってきた。
「まだ着かない」
夕方暗くなった6時過ぎのことである

荷物は米を300kgである。
出荷を手配した業者は、
「大きい荷物なので…安い便を利用しました」と配慮を見せた
その安い便の現地営業所へ電話をすると
「配達先の山村へは、月・水・金の隔日しか行かない」という。
夕方6時現在、まだ荷物は営業所にある。
そして「火曜日着だと赤帽を頼まないと…」
「今から手配すると荷物は9時すぎの到着になる」と言う

先方は「着くまで待っている」
「出かけないといけないが、それまでは…
荷物の置き場所も指示しないと…
大きな場所をとるから…」と言う

 

最初出荷の指示をだすときに「火曜日しかいない。火曜日必着」と言って出した
そして一週間前の火曜日に「出荷しました」と言う出荷案内書が届いた。
心配になって、メールを打った。
「火曜日到着は、間違いないか?」
何回かやり取りがあって本人から「火曜日必着で出した」という確認が取れたが
なんとなく一抹の不安が残った。
それを飲み込んだのはもう何年も前から、
”この時期に出荷して着いている実績がある“と言う実績主義だ。

そして遅れた。遅れながら火曜日の夜遅くに着いたが…

300kgと言う荷物を送るのを宅配便のように考えてしまった当方と
いつも大量の荷物を送り慣れていない業者が。いくらでも安い運賃を…
と言う善意の仕事が結果的には迷惑をかけた。

つまり「米のような安いものを大量に運ぶには小さな運送会社に無理を言えば…安くなる。という経験から来る善意の忖度である。
そこには「前後は仕事が忙しいから火曜日しか受け取れない」という得意先の気持ちが蔑ろにされている。

得意先は言う
「運賃がかかっても、きちんと火曜日に着くほうがありがたい」

 

忖度は、経験でしか判断できない
モリカケ問題も、経験がなせる忖度なのだろう

 

緑花椰菜の旬

緑花椰菜の旬とは?
まず第一に「緑花椰菜」の漢字が読めない
これは、ブロッコリと呼ぶ
なんとなく漢字のイメージがブロッコリと言う感じだ。
カリフラワーは花椰菜と書く。
なるほど…なるほど…

そんな感じだが…
花と菜の間にある「揶」の字がわからない
久しぶりに漢和辞典を引いた。

木部の11画だ。読み方は「や」という
ヤシの木のことらしい
椰子と書くと「やし」と読める

「日本語は難しい。」と言うが、漢字は難しいが面白い。

この面白さは漢和辞典を引くということで発見されるが…

今の若い人達は、漢和辞典を引くということがあるのだろうか…
引き方も教えているのだろうか…
すべてパソコンで処理されているのかもしれないが…

 

つまりブロッコリは、 緑の花の椰子のような菜っ葉ということか…
そんなイメージだが…

緑花椰菜の旬は、「十二月の今だ!」と言う
そして産地は、北海道と愛知と埼玉だという
北海道で今野菜が取れるの?と思うのがあたりまえだろう
そうしたら春早く蒔いて、秋に収穫して11月には終了する栽培だという
全国各地でリレー栽培を仕掛けた農林省の仕業である

北海道が終わると愛知、そして埼玉と産地が移って年中ブロッコリーが食べられるという

「どれか野菜一種類を食べなさい」と言われたらブロッコリーを選べ

と言わるほど栄養価が高くバランスが優れておりますので年中食べられるのは嬉しいことですが…

やはり夏秋の栽培は無理があるようで、大量の農薬を必要とすると書いてありました。岩手の夏ほうれん草のように旬を外れた作物は、どうしても無理が出ます。

そんなブロッコりを、小さな頃食べた記憶がありません。
始めた食べたのが、おとなになってからだと思いますが…

レタスも学生時代に同じ下宿の名古屋の先輩がむしゃくしゃ食っているのを見て
たまげました。何だそれは…と

ほんの50年前は

冬の野菜は、大根・馬鈴薯・牛蒡・人参・玉葱・玉菜・白菜・菠薐草ぐらいしか無かったのです。

今は年中豊富にありますが…
おかげで「旬」が無くなりました。

「旬が無くなった」ということの検証は誰がするのでしょうか?

良かったのか…?悪かったのか…?

そんなことを引き売りのコラムに書きました。

カテゴリーアーカイブ: ある日のちいさな野菜畑

1 / 5912345...102030...最後 »