ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

カテゴリーアーカイブ: ある日のちいさな野菜畑

カーレース

出張である。
先日は、西へと西和賀にいった。
今回は北へ。軽米である。

正式には、九戸郡軽米町円子である。
いたるところに”九戸政実の生誕地”という看板がかかっている九戸村の先である。
円子というと、静岡の丸子が江戸時代から、とろろで有名であるが。
こちらは円子(まるこ)同じ呼び名だが…(?)

盛岡から北へ100kmある。車で1時間半から2時間の予定だ。
高速に乗れば早いが、それでも20分ぐらいの短縮にしかならない。
まぁ空いている田舎道だから高速のようなものだ。ネズミ捕りや白バイに見つからなければ…
100kmといえば東京から箱根付近まで、大阪でいえば梅田から姫路ぐらい間の距離である。
都会では長距離だが、田舎では曲がりくねっているが…大したことはない。
久しぶりの出張だから、事前の準備を万全にして出かけた。

“完璧だ”
余裕のある出発時間、心は浮き立った。
20kmほど走って、頭の中でシュミレーションをした。
あのコンビニで、添加物だらけのおにぎりを買って…
麦茶は持ってきているから…
ふと財布の中を想像した
そういえば、昨日の定休日に病院に行き薬局で「2700円!」と言われ
3000円を出した。300円の釣り銭をもらったが…

えっ?財布の中には300円しか入っていない?
そんなばかな?
高速を一部使う予定で、出かけたが…

信号で停まった時に、財布を調べた。
どうみても300円しか無い。これでは高速に乗れない
高速に乗れないなら時間がない。
余裕が、すばやく焦りに変わった。
昼飯も食っている暇ない。というよりも300円は使えない。
ナビの到着予定時間は、待ち合わせ時間の2分前を指している。
アクセル全開、ブレーキが見当たらない。

前の白い軽トラを車間を縮めて追う、軽トラは横に避けて前が空いた
軽の乗用車が前を塞ぐ、どんどん追い込んで後ろから煽る。
枯葉マークのセダンがのんびりと走る。警笛を鳴らしながら追いかける
どんどん抜かして、車をすすめる。
後ろから、追いかけてくるのがいる。
ふりむかないで、アクセル全開
いつの間にか振り切った。

なんとか待ち合わせ時間に着いた。(ホッ)
心臓に悪い!

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

帰りは余裕である。と思ったら、保育園の迎えの時間が迫っていた。
こんどは1時間半で、帰宅時間で混雑している街中を戻らないといけない

ここで大胆な判断をした。
オスプレイで行くことにした。
垂直離着陸である。
そんなバカな事はしない!出来ない

遠回りをすることにした。
混雑している街中を信号待ちして通るよりも、空いている田舎道を飛ばしたほうが早く着く。
もち時間は1時間。街中をいけば70km。回り道をすれば85km。さて、どちらがはやいか…

後は、アクセルが好調かどうか…
と思ったら前に、大きな車がいた。
長ボディーの4トントラックが、スピードは出しているのだが70km/Hぐらいだ
こちとら100km/Hは出したいのだ。
蛇行している先が見えない道は、追い越せない
ときおり対向車線に車が、ひょいとあらわれる
ようやく抜け出して…
と思ったら、後ろから黒のレクサスが追いかけてくる
「なんだあれは?覆面パトカーか…」と思いながら、後ろをチラチラ
ようやく早坂トンネルに入る

トンネルを抜けるとそこは高原であった
寒かった

高原の道なりの蛇行道路を…
車の底が抜けるほど、アクセルを踏み込む

レクサスは遅れをとる
「ざまぁ〜みろ!こちとらNボックス+だ!」
斜面が濡れている!すべる〜!
急カーブの連続だ!右に左に車輪が浮く!
体重で押さえつけるが、残念ながら体重が軽い
あの以前の100kgを超える体重が欲しい
と思いながら早坂高原を下った。

ふと後ろを振り返るとレクサスはいなかった。

店について魔子様は言う
「すぐ行くわよ。保育園の延長料金が取られるから…」

どちらを帰ってきても。同じ時間だった。
愛車のNボックス+は、湯気が立っていた…

せいじ5

”せいじ”が店に顔を見せなくなって、数日が経つ。
テラスで吐いて無断で逃げたことを悔いているのか…

しかし、店の前を平気で通る。
店に入るか?と思って魔子さまたちはヒヤヒヤしているが、どうやら坂道を下って下のスーパーへ向かっているようだ。
ほっとする反面、きちんと相談に乗ってやればよかったのか…

 

店の前を通りすがった”せいじ“を見て、「あれは乱暴者だ…」という老人がいた。
玉山から移ってきたらしく、近くの団地のバラックに住んでいるという。
隣近所とトラブルを起こして、乱暴狼藉を働くという。

以前、“せいじ”は、よく店に来ていた。
そんな人では、なかった。
牛舎の匂いをさせていた。
母親と一緒だったことも有る。
店のアンケートに答えて名前を知った。
その答えも、子供のような字と文章だったと魔子様は言う
久しぶりに来たら変わっていた。

畜産は、生き物を扱う仕事だから休みがない。
家族がいれば、なんとか交替交替でつなぐことができるが
独り身では、どうしようもない
ヘルパー制度などあるが、個人経営で資金的余裕が無いところは難しい
いきおい企業経営となるが、そうなると多大な設備投資を必要とする。
その回収のために効率的な肥育管理をしなければならない。
ようするに効率的に飼料を食べさせ、効率的に太らせるのである。
つまり運動はさせない。牛舎に繋ぎっぱなしである。
広い草原に放牧し、ゆうゆうと草を喰む牛のコマーシャルが流れているが
あのような風景は、夏の短角牛の放牧でしか見られない。
運動させると筋肉がついて食欲が増進され、脂肪(サシ)が入らないのである。
赤身肉を特徴とする短角牛は、それゆえ放牧が可能であり、地域の文化として残っているのである。
夏は短角牛は山へ上げ、人々は里では畑の作業をし、冬は短角牛を山から下ろし、蓄えた飼料をもとに肥育する。
これを夏山冬里方式という生活スタイルとなるのである。

それがグローバル経済とともに崩れてきた。
消費者にあまり人気がない赤身肉でも高値で流通し始めたのである。
牛肉であれば混ぜて加工してしまえば、なんでもいい。
とりあえず原材料が足りずに、商品が不足しているのである。
そうなると赤身の短角を子牛で大量に買い付けて大量に生産する方法が効率がいい。
ハム・ソーセージなどの肉加工も効率のいい原材料を求める
豚肉の消費が多い人口が世界一の中国も、牛肉にシフトしてきた。
奪い合いのなかで、個人の農家が子牛が手に入らなくってきた。
そして高齢化である。まして農家は単身の世帯が多い。

「これも時代の流れだ。」と片付けて良いものだろうか…
以前は学校の勉強ができなくても、やれる仕事があった。
今は、学歴が全てとは言わないが大きなウェートをしめる
最初から差がつき。チャンスを逃すと取り戻せない
「がんばれば報われる」新自由主義は、
がんばっても報われない社会に向かっているような気がする。

”せいじ”は、これから生活保護で、おしまいなのだろうか…
地域に根づいた生き方は、難しい時代になった。

せいじ4

”せいじ”は「たまご定食」から「牛丼」に変わった。

短角牛丼である。600円で短角の赤身肉を食べられる牛丼である。
いや赤身肉も、申し訳程度についているモツの牛丼である。
これがサーロインの牛丼なら、1000円は下るまい。
(サーロインを牛丼にするという試みは、もったいなくて思いつかないのだが…
金額も試算であるから適当だ!)
そのモツのフィレ(?)を圧力釜でやわらかくして、煮込むと絶品の牛丼が出来上がる。
それを一人前づつ小分けして冷凍すると、これまた熟成して○○家よりも旨い。

それを”せいじ”は、初めて注文した。
”おい!おい!定食みたいに牛丼は、お替わりできないぜ…”と思ったが、
もう大飯を食らうのを止めたのか…
今日も食べ終わったら、テラスでタバコを吸っている

しかし、お盆だ。
帰省客が、ひっきりなしに店内に入ってくる。
食堂は、すぐ満杯になった。
せいじが独りでテラスのテーブルを占領しているのか?と覗いたら
食堂や厨房から、見えない死角の大テーブルに座っていた。
まぁ、そこなら良いか…

 

いい場所を見つけたのか、翌日も、そこへ陣取った。
客からは見えない、厨房からも見えにくい。
食堂で「たまご定食」を食べ、その指定の影の席に移動する
これは長期体制になってきた。と思ったら

配達から返ってくると、せいじが店を出ていったという
まだ昼には程遠い10時過ぎだ…

何があったのだろう?自宅とは、逆の方だ。

そして座っていたその席のそばには、嘔吐したものが有ったという。
「食べ過ぎだ」と片付けをさせられた魔子様は怒って言う

 

”病気だ!”と思ったが…
高齢者・無年金・病気・単身世帯・定年
だれにも待ち構えている問題である。

ふと、今の”せいじ”の結果が、”せいじ”に現れているような出来事である。

翌日も、
その翌日も、”せいじ”は店に現れない。

入った?いつ入るの?

とうもろこしが、手に入らない。

「とうもろこしは、朝採りでないと…」といって求める人が多かった
そして「朝採りは農家直送でないと…」という売り方をしていた
20年前は産直の代表野菜である。

当時農家は、朝3時や4時ころからトラクターの灯りをつけ朝もやの中収穫していた。
朝食代わりに収穫作業をしながら、もぎ取ったとうもろこしを口にした。
収穫したては、ことのほか甘かった。
「とうもろこしは6時間で糖度が半減しますよ」と言って売った。
トラックで何時間もかけて運ぶ都会で売っているものや、
農協の倉庫や市場に積んで、仲卸から八百屋経由で売っているものは「粕」です、とも言った。

とうもろこしの時期は、みな産直に買いに来た。
それが「わかっている人だ!」と言う、とうもろこし好きの矜持だった。
それが手に入らない。

 

トウモロコシは世界三大穀物の一つである。
米、小麦、とうもろこしである。

いや間違えた。
生産量の順番は、「とうもろこし」「米」「小麦」の順番で、とうもろこしが頭一つ抜けている。
とうもろこしは、何と言っても「飼料」「搾油」「食糧」と用途が広い。
しかし、その殆どが飼料用である。
食糧と呼ばれるもの、はほんの数%しか無い。
これは南米とかが主食として食べているだけで、他では「動物の餌」である。
日本でも、スィートコーンと呼ばれている”人が食べる”ものは、ある。
量的には、僅かである。
田舎道を走っていると、背の高いとうもろこし畑が延々と続く風景がみられる。
殆どが、デントコーンと呼ばれる飼料用作物である。

むかし、農家が東京見物に行った。
お祭りの夜店で、焼きとうもろこしを買って食べたら、デントコーンだった。という笑い話が有る。
デントコーンは、とうもろこしの種別で「馬歯種」と言い、固くて人間の食用には適さない、馬の歯でしか噛み切れない(?)というもろこしである。
それを茹でてやわらくし、醤油を塗りたくって香ばしい匂いをつけ、都会の夜店では売っているのである。
ちなみに原価は、ほとんどゼロにちかい。農家が取り切れない、捨てるものを持ってくるのだから。

食用のスィートコーンは、収穫を逃すとすぐ固くなる。
糖度、つまり糖分を生育のエネルギーに替えてしまうのである。
だから収穫時期を逃すと、スイートコーンでも糖度もなく、固くて美味しくないものに変化する。
そして安い。他の作物とくらべても一反歩(10a)で5〜6万の収入である。(他の高額野菜の10分の一)
だから別名「はたけふさぎ」と呼ばれる。
つまり、余ったら何も植えていない雑草だらけの畑を見せたくないので「植えておけ」という程度の作物なのである。
すぐ”おがる(成長する)”ので、日光が地面に当たらない。雑草が生えない。(雑草が見えにくい)のである。

だから農業県岩手でも、とうもろこし畑をみたらほとんどがデントコーン畑であり、
スィートコーンを作付けしているところは少ない。

岩手県内で、スィートコーンの産地と言うと岩手町だけだった。
産直で「売れる」という評判が経つと増えてきた。
と言ってもたかが知れている。単価が安いからである。
人間は確実に安くても売れるという商品と。ひょとして10倍の値段で売れるかも…
と言うとどちらを作るだろか…
まして重労働であり、収穫の時期は、お盆と重なる。
お盆は、農家はほとんど本家であるから、各地に散った弟や妹が帰ってくる。
本家としての支度もある。
おまけに夏の収穫と秋の種まきが重なる。農家にとって一番忙しい時期である。
孫の手も借りたい。孫がいなかったら猫でも…猫がいなかったら、ヒアリでも…
そんなときに安い作物で忙しくしている場合か…
そして今、品種改良がどんどん進んでいる。
スィートコーンでも糖度が落ちない品種が出回っている。
無理して朝採りや、人手をかけなくても、機械で一斉収穫して量販店向けに売るという大量生産の手法が出てきてる。

人手をかけて収穫しても割に合わない作物を、手間がかかる産直向けに出す農家は多くはない。
そして昔からの人たちは高齢化している。
そしておまけに鳥獣害の被害である。
山にはエサがない。里に降りてきた熊・たぬきなどが、「ちょいかじり」をする。
「ちょいかじり」は、商品にならない。
丹精を込めて明日収穫しようという前の晩に一斉にやられた日には、トヨタの秘書を殴っても納まらない。
できたら”殴りつけたい”と広島二番煎じの棒読みのシンゾーを狙う長崎の人たちのようだ。
まして温暖化や集中豪雨で、何が起きてもおかしくない。

やはり、こういう作物は、「安いけど作って!お金出すから」と補助金を付けて作っていただく農林省があたっているのだろうか…
ヘイゾーの市場原理にまかせておくと、どんどん高額商品ばかりになって、エンゲル係数の大きな体しか生き残れない。

多様な作物が、多様な身体を作り、多様な社会づくりを、という入道の思惑とはちがう社会ができつつ有る。
毎日毎日飛び込んでくる客の声が。脳裏にこだまする

「とうもろこし入った?」「いつ入るの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

せいじ3

もうそろそろ現れて一週間は経つ。
定休日も来る。
雨が降った日も来る。
いつの間にか帽子と傘を持っている。

あいかわらず「たまご定食」と言って、朝早く食堂に座り
ゆっくりと30分以上かけて三杯たいらげ、納豆を追加発注して、途中で漬物を何回もお替わりして、お茶を飲み、トイレに行き、小一時間かけて食事を済ます。
その後は朝定食についているコーヒーを、テラスでゆっくりと飲み干して、じっとしている。

魔子様に「大盛りの丼でなく、普通の茶碗で出すように…」と指示をした。
魔子様は言う「あんた嫌いなんでしょう」

好きなわけはない。
「金をはらって貰えば、全て客か?」と思う

魔子様は、均一である。
誰にも優しい。誰にも同じ態度で接する。
(ただし小生以外だが…小生には、ことのほか厳しい(泣)
パチンコ狂いの白髪の老婆が、バス待ちに利用しても、お茶を勧め。話をする。
”バスに乗り遅れた”と言われて、タクシー代を貸す。
”なかなか返してくれない”と、泣きつくが…

”せいじ”の大盛り丼も「何回もお替わりするので、手間がかかるから…」と言う
「他の客の手前、特別扱いをする必要はない」と言って普通の茶碗に替えさせた。
それで三杯食べた。
ようするに、小さくても、大きくても三杯と。決めているようだ。

しかし、一日店にまとわりつく。
店内にいないときは、玄関脇のベンチで発泡スチロールを枕に寝ているか…
上の道路に上がる階段の途中に座り込んでいるか…
コンビニにビールを買いに行っているか…
そして、3時過ぎには消える

「悪女の深情け」という言葉があるが…
好意を持って店を利用してくれるのは、有りがたいが…
店の趣旨や、雰囲気にちがう形で利用されるのは、むず痒い。

 

昔、銀座で働いていたことが有る。
昭和通りに面した銀座8丁目のビルである。
真ん前に銀座第一ホテルが見えた。シティホテルだろうか…
高級ビジネスホテルという格付けだろうか…
よく出かけた。
時折、安酒屋で呑み疲れた翌日の午後、ホテルのロビーで昼寝をしようとした
当然、背広を着ていた。書類を開き、ビジネスマンが会議の前の下調べ風に装った。
すぐ眠気が襲ってきて、カクリとクビが落ちた。
途端に後ろから肩を叩かれて目が覚めた。
ふと見ると、誰もいない。
おかしい、何か通りすがりの人のものがあたったのだろうか…
また眠気が襲ってきて、カクリとクビが落ちた。
途端に後ろから肩を叩かれて目が覚めた。
ふと見ると、誰もいない。
おかしい、何か通りすがりの人のものがあたったのだろうか…

それが三回続いた。
これは、ホテルマンに監視されている。
たぶんホテルマンは、ホテルの雰囲気にちがう感じを持ったのだろう。

 

べつに客に危害を加えるわけではない
金は、きちんと払う。
着ているものは、いつも同じだ。
ただ一日、じっと店内をみて、じっとしている。
うつろな目でときおりテラスでタバコを吸っている。
じっと次の食事時間を待っている。

 

せいじ2

火曜日は、定休日である。
すこし暑かった。
早く店の仕事を片付けて、ビールを呑みながら自宅で書類の作成を…
と厨房の段取りをして…
ひょっとしたら”せいじ”が来ているか?
と思って、北側の玄関を覗いた。
玄関のガラスには「定休日」と、ご丁寧に二枚も貼ってある。
”せいじ“は、やはり玄関わきのベンチに腰掛けていた。
近所の人が
「夜中も街中を歩き回っている」と言う

昨日のご飯の食べ方といい、その後の店のうろつき方といい
食堂で飯が食え、店の中は日陰で休めて、お茶はある、トイレはある、時間をつぶすには、当店はもってこいである。

お金は…
レジで財布を開いたときに「万札」がちらっと見えたと麻子様は言う
当座の金は、有るのだろう

しかし、この暑さは…台風が接近しているという…
家はたしか…玉山と、言っていたような…
玉山の家は、どうなってしまったのだろう

玉山へ帰るのに…
以前は車で来ていたが…車はどうなってしまったのだろう

他人事ながら心配である
と言って店を開けて食事をさせるほどの時間的・金銭的・心理的余裕が無い
”せいじ”は、店の外のベンチと松園に続く階段とを行ったり来たりしながら
一日中 日陰を探し、座って汗をふいていた。

そのうちに見えなくなった。
定休日は、台風の雨が降る前の蒸し暑さを残して過ぎていった。

翌日魔子様に
「ひょとして朝早く、”せいじ”が食事に来るかも…」と噂をした
8時前には来なかった。
前に「朝食は8時からだ」と言ってあるからだろうか…
やはり、やってきたのは8時半ごろだった。
「たまご定食」と言う
もくもくと大盛り二杯を、たいらげて、
「納豆を…」と100円を出し単品でとり、最後の一杯を仕上げた。
朝定食のコーヒーをゆっくりと飲み、テラスでタバコを吸った。
それから前回と一緒だが、ちがうのは客が多かったので自分の落ち着いて座る場所がなかった。
店内をウロウロして、隅に隅にと席を求め、ついには店の外に出ていった。
しかし、それもすぐ戻ってきた。ランチタイムである。
注文したのは「中華ざる」だという
えっ!それで持つのか?

「中華ざる」というメニューは、盛岡独自のメニューである。
ようするに中華麺を湯がいて、ざるそばのざるに盛り、ざるそば用のタレで食べるのである。
盛岡の人は、他所にないメニューだと知らない。
盛岡以外の人は、「つけめん!のようなものだ」と勘違いする。
盛岡冷麺や、じゃじゃ麺、寄せ豆腐といい盛岡の食文化は奥が深いのである。

 

中華ざるを食べ終わったせいじは、また隅っこに座ったままじっと座っている
立ち上がって、入江くんの玄米せんべいを買い、お茶をすすってボリボリ食べていた
その後、店を出ていった。
3時食堂閉店を知っているのだろうか…

別に悪さをするわけではない
金は払う。
ただ、いつも一緒のみなりで…
それに、風呂も入っていないのか…
言葉は、もつもつと聞こえないように話し
店内をウロウロして商品を手に取り、自分が飲み食いする商品は買う。
営業を妨害するわけではない

ひょっとしてこんな人が都会のデパートには溢れているのでは…
定年になり、どこにも行先のない…家に一人でいても…
”せいじ”にとって野菜畑は…
田舎のデパートなのだろうか…

団塊の世代の定年後のすがたを、想像する

せいじ

”せいじ”が来た。
数年前、よく来ていた。
おふくろも連れてきた。
無口だが、必要なことは野太い声で語る。
顔を見れば、眼鏡の奥から知的な眼が見える。
普通の人だ。

普通でないのは、その食欲だ。
当店の定食のご飯は、食べ放題である。
羽釜炊きの今摺り米である。
”せいじ”は、こびる食堂を開いてから最高記録の7杯を食べた。
「昔、家で羽釜で炊いていた。懐かしい。美味しい」と言って…
それ以降、お替わりはするが7杯までは行かない。
というのも魔子様が、大量に食べる人には、丼でご飯を盛るようにしているからである
魔子様の目にかなった3人の常連客が、丼飯を食べる。

そんな”せいじ”が、久しぶりに顔を見せた。
初日は、昼前に入ってきて定食をたべ、お替わりせずに出ていった。
翌日は、朝7時半にやってきた。
魔子様が「8時からです」と言うと、食堂の受付の前で「たまご定食」と言って座った。
8時近くになって、魔子様が生卵の定食を差し出すときに「ごはん、お替わりできますよ」と声をかけた
”知っているはずなのに…“と思ったが
魔子様は“なんだか、知らないような素振りだ”と言う
”せいじ”は、丼で3杯お替わりをした。
どうやら生卵で1杯、つけもので1杯、味噌汁で1杯のようだ。
定食についている朝のコーヒーは、テラスで飲んだ。
それでも2時間ぐらいは、いただろうか…
そのうちに見えなくなった。何処かへ行ったのだろう
と思ったら、店の前のベンチに居ると言う
昼前に、また入ってきた。
店内をウロウロしてジュースを買い、テラスの日陰で飲んでいた。
昼に近くなると、こびる食堂の受付に来て

「たまご定食」と言う
慌てて魔子様が、ご飯を炊く。
”たぶん3杯食べるだろう。それには今のままで間に合うが、
後から来る客用に炊いて置かなければ…”
という読みだ

やはり丼で、3杯食べた、
生卵で1杯、つけもので1杯、味噌汁で1杯である。

一日に二回くる客は、いない。
しかし、その後は日陰のテラスでまた1時間、
店の玄関脇の日陰のベンチで2時間
夕方みたら、姿は見えなかった。

朝7時半頃から午後の3時過ぎまで、どうやら店のまわりにいたようである。
格好はジャージー姿だが、その上に着たチョッキのポケットが異常に膨らんでいる。
なんだか身の回りのものを詰め込んだような格好である。
年格好は、たぶん小生と一緒ぐらいだろう。
以前は知的な目も髭面にかこまれて、トローンとしていた。

近くの人が、
「この前も家の近くの塀に座っていたわよ」と言う

 

認知症が増えている。若年性認知症も増えている。
団塊の世代も、ほとんどリタイヤしている。
親の介護で離職した人たちが、職にあぶれている。
結婚してない単身世帯も増加していると言う
貧困率は16%と言うが、本当は20%を超えていると言う人もいる
”せいじ”のような人たちが、どんどん増えてくるのだろう

魔の7月

7月が本日で終わりだ。
7月は、いつも悩む。

売上が思うとおりにいかないのである。
7月は岩手の夏野菜の旬の始まりである。
野菜の種類は豊富に揃っている。
それで、いつも期待するのだが…

その原因がわかったのは…(原因だろうと、おもわれることが…)
店を開いてから4〜5年経った頃だろ〜

要するに岩手の旬は、農家だけでなく
家庭菜園にも来るのである。

5月は一番売上が上がる
その時期の売上の構成は、山菜と苗や種である。
その苗や種が7月に収穫時期を迎えるのである。

産直を始めた当初、ラジオの生放送が何度も取材にきた。
当時、街中の産直は珍しかったし、近くなので手軽に来てくれた。
5月に某IBCのラジオ番組が来たときに、
人気アナウンサーの大塚富雄アナにスタジオから聞かれた
「そんなに苗を売って、大丈夫なのですか?」と言う、
一瞬、言葉に詰まったことを思い出す。
”そうだ売上が…“

 

果菜類は多くの人が植えたい品種だろう
目に見える形で収穫できるのである
トマト・ナス・胡瓜
そしてオクラなどは、きれいな花が咲く

その果菜類は栽培が難しい。と多くの人が想っている
難しいのである。
難しいのは、取り続けることが難しいのである。
最初は、みんな生る。それから次に生らせる技がある。
そして病気が始まる。

7月は多くの家庭菜園で収穫できるが、8月になると収穫できなくなる
プロの農家は、それを乗り越えて(と言っても農薬散布だが…)9月10月と取り続ける

また7月の出始めは、みんな農家は売れてほしいから安値競争に走る。
つまり100均の八百屋になるのである。売上金額が上がらない
そして農家も取れ初めのおすそ分けで、親戚や田植えで手伝ってくれた人に、ただで配るのである。

先日も「5反歩ほどキャベツを作ったのだけど置いて欲しい」という定年帰農のひとがやってきた。
5反歩のキャベツは、だいたい2万個ぐらいだから…
つまり当店でも売りきれない数なのである
「今まで。どうしてたの?」と聞くと
「面積が少なかったから… 今年は、学校へ行って勉強してきたので…」
「昨年までは、ご近所に配って歩いたが… 今年は配りきれない」

本当に商売の邪魔をしているようなものだ。

だから7月は売上が上がらないのである。
しかし、売上が上がらない正当な理由があっても金融機関は許してくれない。

魔の7月が終わろうとしている。
これから苦難の8月が始まる(?)

ボカシ肥

発酵研究会が設立された。
発酵は、小生のライフワークだ。

何と言っても一生飲み続けている酒は、発酵のタマモノである。
「酒なくて何が己の命ぞや!」と宮沢賢治が唄ったと言う(フェイクニュースである)

酒だけではない。
あの好きで、たまらない納豆
オリジナルで二種類も作って、製造販売している
それだけではない、あの豆蔵(豆味噌)だ!
ようやく日の目を見て、追加、追加で年間安定供給販売ができた。
そして今、実践中の糠漬けである。
悪戦苦闘しながら、少し先が見えてきた。

すべて小生が手掛けた発酵商品である。

 

発酵という事象を知ったのはいつごろだろか…

カビを見たりは、幼い頃から知っている。
しかし、それは単なる黴「かび」だ。
それが「発酵」と言う現象だと認識したのは、40歳になって農業の世界に入ったときだろう。

当時「肥料をつくる」ということから入った。
“肥料は買うものだ“と思っていたのが、“肥料を作る“と言う
その作り方が、”土と米糠と、鶏糞や木くずを、微生物資材と混ぜ合わせて発酵させる“という農法だった。
それを大量に500kgとか1トン作るのである。
その材料をスコップで混ぜ合わせてかき回して積み上げて、上から毛布をかけると、温度が上がってくるのだ。

最初は、”まさか?”と思った。
その内に、毛布を取ると、もうもうと水蒸気を上げてその土の山が50℃〜60℃になるのである。
そしてその周囲には、かぐわしい匂いが漂う。
これが”ボカシ肥”と呼ばれるもので「発酵」だった。
この温まった土を乾燥させて、畑や田圃に散布して肥料とする農法だった。

頭のなかでは窒素やリン酸・カリの詰まった肥料を、きっちり蒔いて植物の生育を促すのが栽培だと思っていた。
その農法は、土の上に単なる土を蒔いて、成長するのを待つのである。
不思議だ?
しかし、それで良いとわかったのは、しばらくしたころだ。

植物の生育は、種のなかに初期生育の養分が詰まっている。
それが温度や水分などの初期条件が合えば、芽が出て根が出てくる。
そして芽が光合成をおこない、根は土の中から水分と養分を吸い上げて成長する。
その養分は土の中で有機質として存在しているのを微生物が分解して無機質として吸収するのである。
つまり微生物が分解するという工程が入るか入らないかで大きな違いが出る。
それが化学肥料主体の慣行農業と、有機農業の違いである。

有機農業には微生物が大きな役割を果たしている。
さまざまな微生物がバランスよく土の中にいることが良い土で
その良い土を作るために「土を発酵させて散布するのである」

つまり温度が上がった土は、微生物のかたまりであるし
温度が上がり蒸発する水分というのは、増えた微生物の呼吸である。

ボカシ肥と言う言葉は、この農法から生まれた
つまり発酵した土の塊が”ボケたような…、ぼぉ〜っとした発酵している”状態の肥料だったので
ボカシ肥」と言い始めたのである

 

土は多様性を持つ。
それを単一栽培で同じ微生物しかいないような土になると連作障害を引き起こす
そのために多様な微生物を大量に増やした土を散布することで、健全な土を作り、
食料生産を永続する農にするのが有機農業である。
付加価値で経済的価値を高めたり、安心安全の作物を作るのが目的ではない

それを理解していない人が多いのである。

 

発酵研究会は、どうやら発酵で工業生産をたかめ商品開発を目的にしているようだが…
小生の思いとは、ちょっとちがうが…
農業における…食料生産における…
ちいさな発酵を提案したいと思う

発酵研究会の記念講演は、○○の素の研究員の講演だった。
アミノ酸の発見と生産技術の歴史と、これからの技術革新と多岐にわたったが…

小生には、ちんぷんかんぷんだった。
帰り際に、有名や豆腐屋のオヤジは
「文科系も来ると言っていたが、理科系ばっかりだ」
と話がわからなかったと言う
良かった仲間がいて…(泣)

カテゴリーアーカイブ: ある日のちいさな野菜畑

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