想定外ということが、原発事故以来、常態化している。
どんな想定で、思わぬことが起こっているのか…考えてみた。

原発事故は、ここ100年の科学が想定しうる対策をしても、それ以上のことを
自然は引き起こすということであり
人間が操作するということは、そこに間違いが発生するということである
完璧な機械によるコントロールにしても、機械は壊れるという運命を持ち
壊れない機械は、摩耗しない素材で作らないといけない、
摩耗しない素材、それは魔法の素材である。
また人工知能で判断させるなら、そこに埋め込む知能は完全でないといけない
不完全な人間が、完全な知能を作り出すことは不可能である。
世の中には、完全な人間だと思いこんでいる頭のいい人が多いこと…

台風19号も自然災害に対して、科学が想定しうる対策をとっても
自然は、その対策を軽々と乗り越えた災害を与える
所詮、想定しうる対策と言っても、せいぜい気象の観測の100年の蓄積を元にした対策しか無い。
つまり地球46億年の歴史から、気象観測はわずか100年。
その他に地層や凍土、氷等から分析した想像でしかない。
できないのに想定することが、問題なのである。
つまり想定外が当たり前のなのである。

昔と言っても、電化製品が少なく、停電が当たり前の時代、薪や炭という燃料があり、仏壇にはロウソクと、部屋の隅には前に使ったランプもぶら下がっており、必ずラジオがあった。
そして天気予報はあまり当たらず、常に逃げる場所を確認して、子どもたちは枕元に、明日着る服とランドセルを置いて寝たものだ。
町には八百屋や魚屋、米屋、雑貨屋があって、それぞれに1週間ぐらいの在庫は持ち、なま物は保存する技もみんな持っていた。
たぶん想定していたのだろう、襲いかかる自然に自分たちはかなわないことを
そのころから、だんだん科学が進歩して、
自分たちは想定して動けると思い込んだ人が多くなったのかもしれない。

所詮、人間は浅知恵なのだ、と自然は証明しているのである。
だから努力して努力して、神に近づこうとするのが、人間のあり方なのかもしれない
しかし、それでも神になれないから、人間なのである。