母屋がある。
母が暮らしていたところだ。
いま母は施設でタンスが一個とベッドだけでシンプルに暮らしている
暮らしていた母屋の片付けが大変である。
何十年前のものが、積み重なってある。
母親に聞いても無駄である。
何を言ってもニコッと笑うだけである。

仕方がないので魔子様と一緒に片付けている。
片付けないと、後が入らない。
片付けると言いながら、ゴミ処理に出すのだが、
ゴミ処理が細分化されて、まごまごする。
「ほら”プラ”と書いてあるでしょう」と言いながら
「それは汚れているから、生ゴミよ」と指示される
全く最近のゴミ出しは、難しくてわからん。
人間のゴミは、簡単に見分けられるのだが…?

魔子様の東京の下町の実家などは、間違ったゴミを入れると、
ゴミ袋を開けて犯人を特定して追求するという。
そこまでは行かないが「あそこのうちは、だらしない」と言われるのがつらい。
と言いながら「これぐらい良いか…」とちょっと舌を出す。
しかし、新興住宅地などは町内会などに若い人が顔を出さないという。
そして町内会のゴミ当番もやらないという。
それでは、コミュニティはできるのか?
街の中が汚いと言って、行政にすべてやらせるのもコストが高くなるだけだ。
と言いながら自分も最近になって町内会長が誰か、見分けられるのようになった

しかし、紙と木と食べ物だけがゴミだった時代が懐かしい
その頃は「護美箱」だったのだろう
江戸末期や明治初期にきた外国人は、驚嘆したという
あまりにも、整然とした田舎や町を見て

「日本人は質素だが清潔であった」

軽くて安価なプラスチックなど素晴らしいモノを生み出しながら
その簡便さと大量生産で、我々は、川を森を海を汚してしまった。