「ついたち」になると、いつも思い出す。
「四月一日」という名前だ。
これは、若いときにタクシーに同乗したある合繊メーカーの担当者の名字だった。
タクシーの中で名刺を交換し、
「なんと読むのですか?」と聴くと
「わたぬき」と言った。
人生の中で出会った、変わった名前の筆頭である。

サンビルで喫茶店のマスターをやっていたとき
「”おじまさん”と、言うのですか?」と
 同い年ぐらいの品のいい奥様から問われた。
壁に「食品衛生管理者 小島」と書いてあったからである。
「よく読めましたね。普通、盛岡では”こじま”と言われますが…」
「わたしも”おじま”なのです?仙台出身なのですが…」
「僕も仙台ですが…、どこかで、つながっているかもしれませんね」
「仙台の岩沼の出身ですが…」
「そういえば中学の頃、家族で親戚の墓があると言って、岩沼の寺に墓参りによったことがある」
「ひょっとしたら、近いかもしれませんね」

以前は、知らない人と親しくなるのが苦手であった。
人見知りする質である。
今は、苦にならない。さまざまな事を言って共通項を探すことである。
様々なことを言うにしても、様々なことを知らないと言えない。
つまり、関係性を多く作るには、知ることである。
知らないことを、知ることは楽しい。
そうなのである。学ぶことは楽しいのだ。
今の学校は、楽しいのだろうか?
知りたいと思ったときに学べる、それが本当に身につくのだろう

今年始めてのとうもろこしである。
「どこ産?」と魔子様に聞く。「茨城産」という。
そうだよな。岩手産は、早い県南だって早生はまだ。7月の半ばだろう
最盛期は8月のお盆前だ。
しかし、北海道で啄木が「とうもろこしの焼くる匂いよ」詠んだのは10月頃だっただろうか?
何れにせよ旬は確実に前倒しになっている。

4月1日は綿抜というが、温暖化でわたぬきも早くなった(?)