ロングランの映画を見てきた。

サンビルで営業をやっていると、ほとんど興味あることができない。
一日、棒立ちで、ただただ時間がすぎるのを待つだけである。
時間がもったいないので、せっせとぬか漬けの研究に勤しむ。
しかし、そんなに技を極めても食べてくれる客が来なければ、単なる野菜くずである。

しかし、そんな日々から開放された。
ようやく一日フルに自分のために使うことができるのである。
サンビルでの営業を辞めたである。
とりあえず孫たちが来たので一日遊んだ。何年ぶりだろう。
そして本来は6月6日終了するはずだった「山懐に抱かれて」を見に行った。
盛岡の映画館にしては珍しく、延長延長でまだやっていたのである。
一日一回、朝の時間だけであるが、それでも50人ぐらいいただろうか?

あらすじ(公式ホームページから抜粋)

「みんなが幸せになる、おいしい牛乳をつくりたい」
山の牧場を切り拓く吉塚一家。
雨の日も雪の日も、泣いた日も笑った日も、
その歳月はいつも家族とともにありました。
美しくも厳しい岩手の自然を背景に綴る長編ドキュメンタリー

牧場俯瞰

岩手県下閉伊郡田野畑村に暮らす、5男2女・9人の酪農大家族。
一家が営むのは、一年を通して山に牛を完全放牧し、大地に生えるシバと自前で栽培する牧草だけを餌に牛を育てる“山地酪農”。自然の営みのなかから生み出される、その理想の酪農の実現を胸に、大学卒業後この地に移住した父・公雄は、山を切り開き、シバを植え、牧場を育ててきました。

プレハブの家でのランプ生活が続くなか授かった7人の子どもたちは、父の背中を追うように牧場を元気にかけまわり、手伝いをし、すくすくと育っていきます。夏には冬のための草を刈り、秋にはヤマナシの木に登ってその実をオヤツに、冬にはみんなで薪を拾い、春には仔牛が生まれる…四季の風景に彩られ、休むことのない牧場の暮らし。

一方、自然とともに歩む“山地酪農”ゆえの課題は、次々と一家の暮らしの前に立ちはだかります。
限りある乳量、広さに応じて決まっている牛の頭数、販売価格の調整…ジレンマと闘いながら試行錯誤を繰り返す日々は続きます。
みんなで囲む楽しい食卓、周囲の支え、成長した子どもたちと頑なな父との衝突と葛藤、そして仲間とともに踏み出したプライベートブランド《田野畑山地酪農牛乳》設立への挑戦、第二牧場への夢————。

山懐に抱かれて、365日24時間“いのち”と向き合いながら、愛情いっぱいに育まれるその営みを大切に綴りました。

彼との出会いは平成7年ごろだろうか?
まだ牛乳を作っていないころ、大学の教官の定年退官講義だったと思う。
たしか、共同経営(?)というもうひとりと一緒だった。
それからあちこちで出会い、牛乳を作り始め当店との取引をお願いした。
しかし、吉塚は頑固に断った。
最初にあったときの共同経営者(?)と取引をしていた小生には遠慮があった。
取引が始まって、たぶんヘルニアで自宅で横たわっていたときだろう、彼は見舞いに来た。
そして枕元に牛乳を置き、早く飲むようにせかした。
そのときもこちらの体を心配しているのではなく「牛乳」を心配しているのであった。「早く呑め」「早く冷蔵庫に入れろ」とうるさい。

そんな彼は、最初熊谷牧場の熊谷宗矩くんと一緒に配達に来て…
そのうちに熊谷宗矩くんと、長男の吉塚公太郎
長男吉塚公太郎と次男吉塚恭次の兄弟コンビになり
三男吉塚純平と変わっていった。

そして当店で盛岡の消費者との交流会を一年に一度やり、
そのうちに田野畑の現地で交流会と次から次へと…
消費者との交流を深めていった。

映画を見終わった人は、一様に「牛乳を飲みたい」と当店にくる。
本当は余分に置いておきたいのだが、そんなにはおけない。
たぶん一杯飲んで注文に至るのには時間がかかるだろう。

売るというのは難しいのだ。作るとは違う難しさがある。
だから車も、作るメーカーと、売る販社と2つに分かれている。
しかし、彼は、直接売るということをテーマにしていた。
だから当店など相手にしなかっただろう。
どんどん配達先は増え、田野畑と盛岡と往復200kmを週に何往復して彼は経済と引き換えに、幸せを届けたのである。
彼は、小利口に振る舞えなかったのである。
玄関先で「ご苦労さま!」「美味しかった!」「みんなどうしているの?」
と小さな会話が、大きな満足と幸せを生むのであった。

映画の中で彼は「俺は、お客と約束をしたんだよ」と怒鳴る場面があった。
そうなのである。彼は約束を守るという信念の人なのだ。
一人ひとりの客と向き合って約束を果たす。
このスタンスはすごい。
映画の中で眼鏡の奥からキラリと光る眼光が、その決意を物語っている。
お客にも、家族にも、猶原先生にも、彼は約束を守るという姿勢を貫いた人なのだ。
余人には真似のできないことをしてきたのである。