ようやく、冬のオリンピックが終わった。
あまり冬のオリンピックは、好きではない。
ジャンプなんか、自分があのスタートの位置に立ったら板を抱えて逃げ出したい。
クロスカントリーだって、あの距離をスキーで歩く(走る?)などというのは馬鹿らしい
坂を下って直滑降で落ちていく、こそスキーだ!と思うのだ
スケートは、元々あの細い刃で氷の上を立つ何ていう芸当は、出来ない
くるくる回ったり飛び跳ねたり、あのフィギャーと言う踏み潰されて泣いたようなスポーツもあまり興味がない(魔子様は見るのに一生懸命だ)

大体が東北の生まれで、冬のスポーツができないと言うのは自慢にならない
これは周りが雪に覆われ、それをかき分けて学校に行くというのが当たり前で、
雪や氷は邪魔と言う他に、何もない
雪や氷で”遊ぶ“と言う感覚が無かった。当時は…

だから社会人になって、スキーブームが起きて魔子様まで深夜バスに乗ってスキーに行ったというが、会社で誘われて、しかたなくスキーに行ってウィスキーを食らって寝ていたぐらいである。
スキーの服も、板も靴も自前で買った覚えがないし、今でも持っていない。

そんな自分が、感動を覚えた言葉がある。カーリングだ。
(これも好きでない。野球と同様時間がかかりすぎる。飽きて見ていられない)

テレビのニュースで凱旋報告会が流れていた。
酒を飲みながら、聴くともなしに聞いていると

 「私は7歳の時からカーリングを始めました。正直この町何もないよね(笑)この町にいても絶対“夢はかなわない”って思ってました。だけど今は、ここ(常呂町)にいなかったら(夢は)かなわなかったなって思ってます。子どもたちもたくさんいろんな夢があると思うけど、場所とか関係なくて、大切な仲間がいたり家族がいたり、どうしてもかなえたい夢があるとか、この町でもかなえられると思います。これからもよろしくお願いします」

こんなことを喋っていた。驚いた。
人口減少社会の大きな原因とヒントが隠されていた。

何もない町、大きくなったら都会へ出て…
と言って育てられ
”長男だから、いずれ戻ってこないと…”と言う想いを持って

そうなのである
戦後から高度経済成長、バブルと
都会へのあこがれと「田舎はなにもない」と言う言葉で育てられたのである
だから限界集落が生れ、都市への一極集中となり、地方の衰退が始まったのである

岩手は現在、125万人の人口が、後一回り(次の戌年)には90万人を割るという。地方の市町村の自治体は、人口を減らさないように人集めの競争で躍起である。

しかし、
そろそろ「地方には何もない」という思考を捨てたほうが良いのではないか…

ありすぎるほど豊かな自然があり、
そこから生み出される豊富な食べものが有り、
それと作り出す豊かな人々がいるのだから…

内山節の本に
山形県金山町の農林家の栗田さんの話が出てくる。
小さな集落は冬、雪に閉ざされ学校に行けない子どもたちは、分校に通う
そこで栗田さんは、冬だけ分校の教師を勤めた。
彼は、小さな集落での豊かな暮らしを語り、
教えられた子どもたちは、誰一人村から出ていかなかった。と言う

 

資本主義の拡大経済社会は、地方を衰退させる仕組みなのである。
そこから脱却しないと地方の人口衰退は止まらない