元日の朝、いつものように元朝詣りに行った
昔は家族総出で行ったものだが…

子どもたちが大きなって友人と出歩くようになり
魔子様も、ご利益がないので(?)いかなくなり
出かけるときも、起きてこない

ここは盛岡を見下ろす場所に立つ商売の神様だが、急坂だ
いつもは歩いていくのだが…
今年は、膝がおかしい
学生時代のラグビーで膝の靭帯のうち一本が切れていたようだ。
周りの筋肉が抑えていたので不自由は感じなかったが…
高齢化にともなって、筋肉が落ちたようだ。
膝が思うように動かない
まして3年前に化膿性脊椎炎で「絶対安静」の40日間ですっかり筋肉が落ちた。
本人の動きの感覚は、まるでピノキオ状態。
そんなわけで歩いていかない。
歩いていかないということは、神社のおふるまいのお神酒も呑めない。
呑まない元朝詣りなどあるか?
そんな正月早々の燃えるような葛藤の中で、車に乗り込もうと思ったら
雪が積もっている。
「雪をハカねば…」
と雪ベラを探して椅子の下に手を入れたら、何かおかしいものが手に触った。
なんと数ヶ月前に“落とした!“と思った「認め印」である・

これは正月早々縁起がいい。
「失せ物」が見つかった。

そして気持ちよくスイスイと神社の坂を駆け上がった
引いたおみくじは「大吉」だった。
素直に嬉しい。

昔。おみくじを引いて「凶」だったことがある。
そんなバナナ?と、また引いたら、また「凶」だった。
赤坂の豊川稲荷である。
と言って大凶事が有ったという想い出もない。

それ以来おみくじは信用しない(都合の良い解釈)
今回は信じる(都合の良い解釈)

しかし「失せ物ー”出てこず人の手に渡る”」と書いてある
これは無視。
つまりすべてのことは、自分に都合よく解釈するのが入道流である。