年賀状をまだ書いていない。
「せっこき」をしている。
岩手の方言で、「なまけている」ということらしい

怠けているわけではない。”時間がないのだ”と言う言い訳をする。
「“時間がないというのは、能力がなくて時間が作れない”という事だ!と
魔子様に言いたいが、言えずに一年が過ぎた。
今年も自分だけは“時間がない“と言う言い訳をしないようにしたいと元日の朝固く誓った。」

とりあえず年賀状は購入してある。
後は来た人を精査して…(人種差別だ)
出す人出さない人を選別するのだ。(コレが難しい)

今まで、のべつ幕なし出してきたが、この選別をしてから出す枚数が少なくなった
とはいえ余ってしまって出すハメになるのが毎年のことである。
どうせ印刷だから、適当に…と言うが、それが出来ない

 

結婚当初は魔子様が一手に引き受けていた。
字がヘタなのである。自分で書いた字が読めないことがしばしばである。
勤めていた1000人規模の会社で三大悪筆と言われたことが有る
いまでも急いで書いた殴り書きのメモは読めない。
ゆっくり書けば読めるか?という事は聞かないで欲しい(泣)
だから魔子様の仕事だった。

ところが科学技術の発達の素晴らしさは、こんな夫婦の分担の仕事まで変えてしまった。30代後半から年賀状は小生の担当になった。
ワープロというのが出来たのである。
当時、「某○○○計算機にクリーンルーム用の遠赤外線基盤乾燥炉」納入したおかげで
画面に4行しかみえないワープロを購入させられたのである。
だから文意が途中変わってもわからない
何回も印刷して書き直して、日記を書いたり、新聞記事を写したりして遊んだ。
印刷は感熱紙だから、インクリボンは必要なかった。感熱紙が買ってあれば…
しかし、すぐ黒い文字は黄ばんだ。
ただタイピングは自己流であるが、ブラインドタッチは覚えた。
当時パソコンも出ていたが、パソコンのワープロソフトは使えなかった。
ワープロ専用機がどんどん進化を遂げていたのである
パソコンのワープロ機能が追いついてきたのは、それから10年後だっただろうか…
そんなワープロ専用機からパソコンの時代の転換期
いつの間にか夫婦の分担まで変わってしまった。
いま魔子様の年末は、”忙しい忙しい”と言いながら暇を持て余している。

母親は、文部省認定の毛筆とペン習字の二つの一級をもっている。
「公的機関の文字の認定は、文部省の一級が最高だ」と自慢げに母親が言っていた。
そんな母親もボケた。
ボケた息子は、最初から字もボケた。

年賀状をかかねば…
正月はこれでつぶれる。