とうもろこしが、手に入らない。

「とうもろこしは、朝採りでないと…」といって求める人が多かった
そして「朝採りは農家直送でないと…」という売り方をしていた
20年前は産直の代表野菜である。

当時農家は、朝3時や4時ころからトラクターの灯りをつけ朝もやの中収穫していた。
朝食代わりに収穫作業をしながら、もぎ取ったとうもろこしを口にした。
収穫したては、ことのほか甘かった。
「とうもろこしは6時間で糖度が半減しますよ」と言って売った。
トラックで何時間もかけて運ぶ都会で売っているものや、
農協の倉庫や市場に積んで、仲卸から八百屋経由で売っているものは「粕」です、とも言った。

とうもろこしの時期は、みな産直に買いに来た。
それが「わかっている人だ!」と言う、とうもろこし好きの矜持だった。
それが手に入らない。

 

トウモロコシは世界三大穀物の一つである。
米、小麦、とうもろこしである。

いや間違えた。
生産量の順番は、「とうもろこし」「米」「小麦」の順番で、とうもろこしが頭一つ抜けている。
とうもろこしは、何と言っても「飼料」「搾油」「食糧」と用途が広い。
しかし、その殆どが飼料用である。
食糧と呼ばれるもの、はほんの数%しか無い。
これは南米とかが主食として食べているだけで、他では「動物の餌」である。
日本でも、スィートコーンと呼ばれている”人が食べる”ものは、ある。
量的には、僅かである。
田舎道を走っていると、背の高いとうもろこし畑が延々と続く風景がみられる。
殆どが、デントコーンと呼ばれる飼料用作物である。

むかし、農家が東京見物に行った。
お祭りの夜店で、焼きとうもろこしを買って食べたら、デントコーンだった。という笑い話が有る。
デントコーンは、とうもろこしの種別で「馬歯種」と言い、固くて人間の食用には適さない、馬の歯でしか噛み切れない(?)というもろこしである。
それを茹でてやわらくし、醤油を塗りたくって香ばしい匂いをつけ、都会の夜店では売っているのである。
ちなみに原価は、ほとんどゼロにちかい。農家が取り切れない、捨てるものを持ってくるのだから。

食用のスィートコーンは、収穫を逃すとすぐ固くなる。
糖度、つまり糖分を生育のエネルギーに替えてしまうのである。
だから収穫時期を逃すと、スイートコーンでも糖度もなく、固くて美味しくないものに変化する。
そして安い。他の作物とくらべても一反歩(10a)で5〜6万の収入である。(他の高額野菜の10分の一)
だから別名「はたけふさぎ」と呼ばれる。
つまり、余ったら何も植えていない雑草だらけの畑を見せたくないので「植えておけ」という程度の作物なのである。
すぐ”おがる(成長する)”ので、日光が地面に当たらない。雑草が生えない。(雑草が見えにくい)のである。

だから農業県岩手でも、とうもろこし畑をみたらほとんどがデントコーン畑であり、
スィートコーンを作付けしているところは少ない。

岩手県内で、スィートコーンの産地と言うと岩手町だけだった。
産直で「売れる」という評判が経つと増えてきた。
と言ってもたかが知れている。単価が安いからである。
人間は確実に安くても売れるという商品と。ひょとして10倍の値段で売れるかも…
と言うとどちらを作るだろか…
まして重労働であり、収穫の時期は、お盆と重なる。
お盆は、農家はほとんど本家であるから、各地に散った弟や妹が帰ってくる。
本家としての支度もある。
おまけに夏の収穫と秋の種まきが重なる。農家にとって一番忙しい時期である。
孫の手も借りたい。孫がいなかったら猫でも…猫がいなかったら、ヒアリでも…
そんなときに安い作物で忙しくしている場合か…
そして今、品種改良がどんどん進んでいる。
スィートコーンでも糖度が落ちない品種が出回っている。
無理して朝採りや、人手をかけなくても、機械で一斉収穫して量販店向けに売るという大量生産の手法が出てきてる。

人手をかけて収穫しても割に合わない作物を、手間がかかる産直向けに出す農家は多くはない。
そして昔からの人たちは高齢化している。
そしておまけに鳥獣害の被害である。
山にはエサがない。里に降りてきた熊・たぬきなどが、「ちょいかじり」をする。
「ちょいかじり」は、商品にならない。
丹精を込めて明日収穫しようという前の晩に一斉にやられた日には、トヨタの秘書を殴っても納まらない。
できたら”殴りつけたい”と広島二番煎じの棒読みのシンゾーを狙う長崎の人たちのようだ。
まして温暖化や集中豪雨で、何が起きてもおかしくない。

やはり、こういう作物は、「安いけど作って!お金出すから」と補助金を付けて作っていただく農林省があたっているのだろうか…
ヘイゾーの市場原理にまかせておくと、どんどん高額商品ばかりになって、エンゲル係数の大きな体しか生き残れない。

多様な作物が、多様な身体を作り、多様な社会づくりを、という入道の思惑とはちがう社会ができつつ有る。
毎日毎日飛び込んでくる客の声が。脳裏にこだまする

「とうもろこし入った?」「いつ入るの?」