ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

ひげき

西和賀に行った。久しぶりである。

「トンネルを抜けるとそこは雪国であった」

という小説の始まりは、西和賀の山伏トンネルにこそ、ふさわしい

無駄な公共工事には厳しい入道であるが、この山伏トンネルと、岩泉に向かう早坂トンネルは、
「なぜ?もっと早くに出来なかったのか?」と問いたい

このトンネルのできる前は、しかたなくつづら折りの坂道を上り下りした。
仕方なくである
できれば、上り下りしたくなかった
急坂のつづら折りだった。
崖の端に、道路がへばりついているような道だった。
雪の凍結した道ならば、ブレーキを踏んでも、ずるずると車が下がっていく
ハンドルがきかない、つづら折りだった。
たぶん大勢の人が、崖から落ちて亡くなったことだろう。

 

それでも、冬の間に何往復もした。
行く用事が、たくさんあった。
最近、行かない

用事が、なくなった

というよりも、用事を作らないようにした。
出歩かないで済むようにした
おかげで売上が減った。

出歩くと、売上が上がるが、経費もかかる。
用事も増え、仕事なのか?ボランティアなのか?
と深く考え悩む日々となる

 

それでも西和賀というか沢内は、好きなところだ。

沢内の代表的な風景だ
道なりの直線道路、奥羽山脈の頂上付近を走っているので低い山並みに見えるが標高は高い、
片側には防雪の柵、道路から離れた家、道路のそばにある作業小屋
秋田との境の豪雪地帯で、自然とできた風景なのだろう

最初に来たのは、小学生か中学生の冬休みの記憶がある。
オヤジは、建築現場の現場監督をしていた。
中学校の現場事務所に、大雪の中、二階から出入りしていた
道路には、垂直に雪の壁が立っていた。

いまでも名残りに二階の出入り口のようなものが家に、はりついている
そして除雪のためのスペースが、家と道路の間に広く設けられている。

昔は、陸の孤島と言われていた。
今、「除雪は西和賀を見習え!」と言われるほど、冬道はスムーズである
おまけに山伏トンネルも、あっというまに通り抜けることができる

 

無駄な公共事業が多いと言うが、必要な公共事業もあることは確かである
「最初に予算有りき」の公共事業に反対の声が出ると
元県職員は言う
「コレをやらないと、死人が出ますよ」と言うと
首長や議員は、「反対できない」と言う

沢内の歴史は
子どもが病気で背負って豪雪をかき分け麓の病院に着き背中から下ろしたところ、凍死していた
という悲劇を聞いた
「活雪(カッセツ)など雪をいかに利用するか…」で工夫をこらした故佐々木覓(元西和賀農協組合長)は言った
「条件不利益地帯と言う言葉は無い」という深い言葉を噛み締めたい

 

こんどは人口減少と高齢化する過疎地の山村という悲劇に、どう向き合うのか…
大きな発想の転換が求められるが…

いもち

滝沢の武田哲が、米の納品に来た。
合鴨農法の無農薬の米は、武田哲である。
なんと言ったって、安心感が有る。
「倉庫を見に行ったら在庫がなかった」ということは一度もない。
一度有ったが…
“家の人が、勝手に別の産直に出荷していた”と言う

まぁそれと、ある程度の量をやっているので融通が聞く。
そういう意味で、長い付き合いである。
本来は、量を多めに引き取れば良いのだが、米用の保冷庫が小さいのと、
市会議員をやっている彼は忙しいのに、その合間を縫って、たびたび足を運んでくれる
彼も、さまざまな問題を話す人がいないのかもしれない。
こちらも、さまざまな情報を得るのに好都合なのだが…
そして彼は、支払った米代金で、いつも大量に買い物をしていってくれる
そうなのである。産直という仕組みは、地域循環の基本なのである
多くの農家が産直の売上金をもって、大きなショッピングモールのイ○ンへ買い物に行く。
産直の意義を、わかっていない農家が、ほとんどなのである。
行くなとは言わないが、もうすこし考えて行動してほしいのもだ
地元の人が地元の産物を買って、経済を循環させようという試みを
一生懸命、中央に吸い上げられる仕組みに加担しているのである。
おまけにイ○ンの産直に客が多いからと言って出荷している農家もいる。
単に利用されているだけなのだが…

循環の仕組みをわかっている彼は、いつも閉店間際にやってくる。

今日も6時までの保育園の迎えに行く間際にやってきた。
「どうだね米は…」
低温の日照不足で、米の不作が伝えられる。
心配して聞いた…
「私の田んぼは、まだましですが、雫石は、ひどいですね…
あちらにも田んぼが有るのだが、周辺の田んぼは、相当”いもち”になっています」と言う。
「まぁこの雨で洗い流されたら良いのですが…」

「いもち」である。
低温で登熟や受粉を心配していたが、「いもちがひどい」という。
「いもち」は菌である。
浮遊して稲につき、葉の中や(葉いもち)穂の中(穂いもち)に入り込み細胞壁を破壊するという
減収だけでなく、食味にも多大な影響を与えるという

30年近く前、農業の世界に入った当時。
「いもちが、蔓延」と言うニュースを見た。
実感がわかなかった。
当時は、岩手山麓の玉山で稲作を合鴨農法で始めた時期だった。
「いもちってなんだろう?」というのが率直な感じだった。
農家の仲間と関東に稲作の勉強をしに言った。
そこには赤い田んぼが広がっていた

”いもちにやられた田んぼだ!”と言う。
なんの圃場か?小麦か?と思ったが、稲作だとは思わなかった。
農家の仲間も「初めてみた。」「驚いた。」と一様に言う
一緒に行った農家は、みな西根・玉山の農家である。
後から調べてみると、稲の大敵いもちは、通風を良くすることによってふせげると言う
菌を吹き飛ばす風が必要だという
つまり西根・玉山は、岩手山麓の吹き下ろしの風が、自然に吹く地帯である
だから「”いもち”を、見たことがない」と言うのである。

なるほど!コレを逆手に取って…
稲の大敵「いもち」が発生しない岩手山麓で除草さえできれば、無農薬米が可能だ
と初めたのが、合鴨農法である。

ところが場所によって谷あいや山陰などのところで空気が淀むところはいもちが発生する。
雫石は奥羽山脈や、低い連なっている山が風の流れをせき止めるので空気が停滞しやすいのである。
適地適作と言うが、地域にあう農法が必要なのである

ところが「合鴨農法で無農薬で作ろう」という西根・玉山の生産者は増えていない
当時、岩手県北部は火山灰土でリン酸の吸収が悪いため食味がよくなく、低温で生育に問題が有るので「政府米地帯」だった。
ようするに収穫さえすれば、すべて政府が買い上げる地帯だったのである。(岩手県北部。青森・北海道は…)
工夫しなくても、つくれば買ってくれる所があれば、煩わしいことはしないのである。

せいじ5

”せいじ”が店に顔を見せなくなって、数日が経つ。
テラスで吐いて無断で逃げたことを悔いているのか…

しかし、店の前を平気で通る。
店に入るか?と思って魔子さまたちはヒヤヒヤしているが、どうやら坂道を下って下のスーパーへ向かっているようだ。
ほっとする反面、きちんと相談に乗ってやればよかったのか…

 

店の前を通りすがった”せいじ“を見て、「あれは乱暴者だ…」という老人がいた。
玉山から移ってきたらしく、近くの団地のバラックに住んでいるという。
隣近所とトラブルを起こして、乱暴狼藉を働くという。

以前、“せいじ”は、よく店に来ていた。
そんな人では、なかった。
牛舎の匂いをさせていた。
母親と一緒だったことも有る。
店のアンケートに答えて名前を知った。
その答えも、子供のような字と文章だったと魔子様は言う
久しぶりに来たら変わっていた。

畜産は、生き物を扱う仕事だから休みがない。
家族がいれば、なんとか交替交替でつなぐことができるが
独り身では、どうしようもない
ヘルパー制度などあるが、個人経営で資金的余裕が無いところは難しい
いきおい企業経営となるが、そうなると多大な設備投資を必要とする。
その回収のために効率的な肥育管理をしなければならない。
ようするに効率的に飼料を食べさせ、効率的に太らせるのである。
つまり運動はさせない。牛舎に繋ぎっぱなしである。
広い草原に放牧し、ゆうゆうと草を喰む牛のコマーシャルが流れているが
あのような風景は、夏の短角牛の放牧でしか見られない。
運動させると筋肉がついて食欲が増進され、脂肪(サシ)が入らないのである。
赤身肉を特徴とする短角牛は、それゆえ放牧が可能であり、地域の文化として残っているのである。
夏は短角牛は山へ上げ、人々は里では畑の作業をし、冬は短角牛を山から下ろし、蓄えた飼料をもとに肥育する。
これを夏山冬里方式という生活スタイルとなるのである。

それがグローバル経済とともに崩れてきた。
消費者にあまり人気がない赤身肉でも高値で流通し始めたのである。
牛肉であれば混ぜて加工してしまえば、なんでもいい。
とりあえず原材料が足りずに、商品が不足しているのである。
そうなると赤身の短角を子牛で大量に買い付けて大量に生産する方法が効率がいい。
ハム・ソーセージなどの肉加工も効率のいい原材料を求める
豚肉の消費が多い人口が世界一の中国も、牛肉にシフトしてきた。
奪い合いのなかで、個人の農家が子牛が手に入らなくってきた。
そして高齢化である。まして農家は単身の世帯が多い。

「これも時代の流れだ。」と片付けて良いものだろうか…
以前は学校の勉強ができなくても、やれる仕事があった。
今は、学歴が全てとは言わないが大きなウェートをしめる
最初から差がつき。チャンスを逃すと取り戻せない
「がんばれば報われる」新自由主義は、
がんばっても報われない社会に向かっているような気がする。

”せいじ”は、これから生活保護で、おしまいなのだろうか…
地域に根づいた生き方は、難しい時代になった。

積算温度

天候不順である。低温が続くという。
稲は出穂から800度で登熟する。
品種に寄って800度から880度と差がある
ようするに積算温度とは、平均気温{=(最高気温+最低気温)➗2}の足し算である。

 

8月5日に稲の穂がでてきてそれから平均気温20度が25日続くと500度
9月に平均気温が15度が20日で300度
刈り取り適期は9月20日となる。

通常、8月の平均気温は岩手の場合25度ぐらいで9月は15度ぐらいだから
(ばくっとであるバクッと)出穂が8月10日でも9月20日ぐらいである

それが温度が低いと登熟まで時間がかかり、品質が悪化する。
93冷害と言われる1993年の大冷害は、岩手県北部は積算温度が800度もいかなかった。
つまり登熟しなかったのである

みのらない稲だった。

寒さの夏、平均気温がいくらになっているのだろう
今年も、おろおろ歩くのか…

 

せいじ4

”せいじ”は「たまご定食」から「牛丼」に変わった。

短角牛丼である。600円で短角の赤身肉を食べられる牛丼である。
いや赤身肉も、申し訳程度についているモツの牛丼である。
これがサーロインの牛丼なら、1000円は下るまい。
(サーロインを牛丼にするという試みは、もったいなくて思いつかないのだが…
金額も試算であるから適当だ!)
そのモツのフィレ(?)を圧力釜でやわらかくして、煮込むと絶品の牛丼が出来上がる。
それを一人前づつ小分けして冷凍すると、これまた熟成して○○家よりも旨い。

それを”せいじ”は、初めて注文した。
”おい!おい!定食みたいに牛丼は、お替わりできないぜ…”と思ったが、
もう大飯を食らうのを止めたのか…
今日も食べ終わったら、テラスでタバコを吸っている

しかし、お盆だ。
帰省客が、ひっきりなしに店内に入ってくる。
食堂は、すぐ満杯になった。
せいじが独りでテラスのテーブルを占領しているのか?と覗いたら
食堂や厨房から、見えない死角の大テーブルに座っていた。
まぁ、そこなら良いか…

 

いい場所を見つけたのか、翌日も、そこへ陣取った。
客からは見えない、厨房からも見えにくい。
食堂で「たまご定食」を食べ、その指定の影の席に移動する
これは長期体制になってきた。と思ったら

配達から返ってくると、せいじが店を出ていったという
まだ昼には程遠い10時過ぎだ…

何があったのだろう?自宅とは、逆の方だ。

そして座っていたその席のそばには、嘔吐したものが有ったという。
「食べ過ぎだ」と片付けをさせられた魔子様は怒って言う

 

”病気だ!”と思ったが…
高齢者・無年金・病気・単身世帯・定年
だれにも待ち構えている問題である。

ふと、今の”せいじ”の結果が、”せいじ”に現れているような出来事である。

翌日も、
その翌日も、”せいじ”は店に現れない。

入った?いつ入るの?

とうもろこしが、手に入らない。

「とうもろこしは、朝採りでないと…」といって求める人が多かった
そして「朝採りは農家直送でないと…」という売り方をしていた
20年前は産直の代表野菜である。

当時農家は、朝3時や4時ころからトラクターの灯りをつけ朝もやの中収穫していた。
朝食代わりに収穫作業をしながら、もぎ取ったとうもろこしを口にした。
収穫したては、ことのほか甘かった。
「とうもろこしは6時間で糖度が半減しますよ」と言って売った。
トラックで何時間もかけて運ぶ都会で売っているものや、
農協の倉庫や市場に積んで、仲卸から八百屋経由で売っているものは「粕」です、とも言った。

とうもろこしの時期は、みな産直に買いに来た。
それが「わかっている人だ!」と言う、とうもろこし好きの矜持だった。
それが手に入らない。

 

トウモロコシは世界三大穀物の一つである。
米、小麦、とうもろこしである。

いや間違えた。
生産量の順番は、「とうもろこし」「米」「小麦」の順番で、とうもろこしが頭一つ抜けている。
とうもろこしは、何と言っても「飼料」「搾油」「食糧」と用途が広い。
しかし、その殆どが飼料用である。
食糧と呼ばれるもの、はほんの数%しか無い。
これは南米とかが主食として食べているだけで、他では「動物の餌」である。
日本でも、スィートコーンと呼ばれている”人が食べる”ものは、ある。
量的には、僅かである。
田舎道を走っていると、背の高いとうもろこし畑が延々と続く風景がみられる。
殆どが、デントコーンと呼ばれる飼料用作物である。

むかし、農家が東京見物に行った。
お祭りの夜店で、焼きとうもろこしを買って食べたら、デントコーンだった。という笑い話が有る。
デントコーンは、とうもろこしの種別で「馬歯種」と言い、固くて人間の食用には適さない、馬の歯でしか噛み切れない(?)というもろこしである。
それを茹でてやわらくし、醤油を塗りたくって香ばしい匂いをつけ、都会の夜店では売っているのである。
ちなみに原価は、ほとんどゼロにちかい。農家が取り切れない、捨てるものを持ってくるのだから。

食用のスィートコーンは、収穫を逃すとすぐ固くなる。
糖度、つまり糖分を生育のエネルギーに替えてしまうのである。
だから収穫時期を逃すと、スイートコーンでも糖度もなく、固くて美味しくないものに変化する。
そして安い。他の作物とくらべても一反歩(10a)で5〜6万の収入である。(他の高額野菜の10分の一)
だから別名「はたけふさぎ」と呼ばれる。
つまり、余ったら何も植えていない雑草だらけの畑を見せたくないので「植えておけ」という程度の作物なのである。
すぐ”おがる(成長する)”ので、日光が地面に当たらない。雑草が生えない。(雑草が見えにくい)のである。

だから農業県岩手でも、とうもろこし畑をみたらほとんどがデントコーン畑であり、
スィートコーンを作付けしているところは少ない。

岩手県内で、スィートコーンの産地と言うと岩手町だけだった。
産直で「売れる」という評判が経つと増えてきた。
と言ってもたかが知れている。単価が安いからである。
人間は確実に安くても売れるという商品と。ひょとして10倍の値段で売れるかも…
と言うとどちらを作るだろか…
まして重労働であり、収穫の時期は、お盆と重なる。
お盆は、農家はほとんど本家であるから、各地に散った弟や妹が帰ってくる。
本家としての支度もある。
おまけに夏の収穫と秋の種まきが重なる。農家にとって一番忙しい時期である。
孫の手も借りたい。孫がいなかったら猫でも…猫がいなかったら、ヒアリでも…
そんなときに安い作物で忙しくしている場合か…
そして今、品種改良がどんどん進んでいる。
スィートコーンでも糖度が落ちない品種が出回っている。
無理して朝採りや、人手をかけなくても、機械で一斉収穫して量販店向けに売るという大量生産の手法が出てきてる。

人手をかけて収穫しても割に合わない作物を、手間がかかる産直向けに出す農家は多くはない。
そして昔からの人たちは高齢化している。
そしておまけに鳥獣害の被害である。
山にはエサがない。里に降りてきた熊・たぬきなどが、「ちょいかじり」をする。
「ちょいかじり」は、商品にならない。
丹精を込めて明日収穫しようという前の晩に一斉にやられた日には、トヨタの秘書を殴っても納まらない。
できたら”殴りつけたい”と広島二番煎じの棒読みのシンゾーを狙う長崎の人たちのようだ。
まして温暖化や集中豪雨で、何が起きてもおかしくない。

やはり、こういう作物は、「安いけど作って!お金出すから」と補助金を付けて作っていただく農林省があたっているのだろうか…
ヘイゾーの市場原理にまかせておくと、どんどん高額商品ばかりになって、エンゲル係数の大きな体しか生き残れない。

多様な作物が、多様な身体を作り、多様な社会づくりを、という入道の思惑とはちがう社会ができつつ有る。
毎日毎日飛び込んでくる客の声が。脳裏にこだまする

「とうもろこし入った?」「いつ入るの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆくすえ

孫との会話

「いいか、おじいちゃんとビールを一緒に呑もうな?」
「そうだ、小学生になったら、一緒にビールを呑もう。
中学生になったら酒だな!冷酒だ!
高校生になったらウイスキーだ。
ボウモアと言う旨いスコッチが有るのだ。
それをすこっちだけ!なんて…おじいちゃんギャグだ…」
「おじいちゃんは、中学生の頃、日本酒を飲んだのだから…」

寺の孫との会話

「いいか、入道が亡くなったら、一生懸命お経を上げるのだ。」
「お前のお父さんやお爺ちゃんは、タバコばっかり吸って上の空でお経を上げるから…」
「そうだ、般若心経も唱えておけ、いつ宗派が変わるかかも知れない。
賛美歌も唄えるようになったほうが…
いつ宗旨が変わるかもしれないかれ…」
「なんでも垣根を取り払ったほうが、身のためだ…」

 

他の孫との会話

「いいか、お父さんとお母さんに精一杯甘えておけ」
「なんせお前が結婚したら。
多分…自分の両親と、相手の両親と…、4人の面倒を見て、
老人ホームは満杯で、家で4人を見るような生活になるだろうから
今のうちに、元を取っておけ」

 

 

せいじ3

もうそろそろ現れて一週間は経つ。
定休日も来る。
雨が降った日も来る。
いつの間にか帽子と傘を持っている。

あいかわらず「たまご定食」と言って、朝早く食堂に座り
ゆっくりと30分以上かけて三杯たいらげ、納豆を追加発注して、途中で漬物を何回もお替わりして、お茶を飲み、トイレに行き、小一時間かけて食事を済ます。
その後は朝定食についているコーヒーを、テラスでゆっくりと飲み干して、じっとしている。

魔子様に「大盛りの丼でなく、普通の茶碗で出すように…」と指示をした。
魔子様は言う「あんた嫌いなんでしょう」

好きなわけはない。
「金をはらって貰えば、全て客か?」と思う

魔子様は、均一である。
誰にも優しい。誰にも同じ態度で接する。
(ただし小生以外だが…小生には、ことのほか厳しい(泣)
パチンコ狂いの白髪の老婆が、バス待ちに利用しても、お茶を勧め。話をする。
”バスに乗り遅れた”と言われて、タクシー代を貸す。
”なかなか返してくれない”と、泣きつくが…

”せいじ”の大盛り丼も「何回もお替わりするので、手間がかかるから…」と言う
「他の客の手前、特別扱いをする必要はない」と言って普通の茶碗に替えさせた。
それで三杯食べた。
ようするに、小さくても、大きくても三杯と。決めているようだ。

しかし、一日店にまとわりつく。
店内にいないときは、玄関脇のベンチで発泡スチロールを枕に寝ているか…
上の道路に上がる階段の途中に座り込んでいるか…
コンビニにビールを買いに行っているか…
そして、3時過ぎには消える

「悪女の深情け」という言葉があるが…
好意を持って店を利用してくれるのは、有りがたいが…
店の趣旨や、雰囲気にちがう形で利用されるのは、むず痒い。

 

昔、銀座で働いていたことが有る。
昭和通りに面した銀座8丁目のビルである。
真ん前に銀座第一ホテルが見えた。シティホテルだろうか…
高級ビジネスホテルという格付けだろうか…
よく出かけた。
時折、安酒屋で呑み疲れた翌日の午後、ホテルのロビーで昼寝をしようとした
当然、背広を着ていた。書類を開き、ビジネスマンが会議の前の下調べ風に装った。
すぐ眠気が襲ってきて、カクリとクビが落ちた。
途端に後ろから肩を叩かれて目が覚めた。
ふと見ると、誰もいない。
おかしい、何か通りすがりの人のものがあたったのだろうか…
また眠気が襲ってきて、カクリとクビが落ちた。
途端に後ろから肩を叩かれて目が覚めた。
ふと見ると、誰もいない。
おかしい、何か通りすがりの人のものがあたったのだろうか…

それが三回続いた。
これは、ホテルマンに監視されている。
たぶんホテルマンは、ホテルの雰囲気にちがう感じを持ったのだろう。

 

べつに客に危害を加えるわけではない
金は、きちんと払う。
着ているものは、いつも同じだ。
ただ一日、じっと店内をみて、じっとしている。
うつろな目でときおりテラスでタバコを吸っている。
じっと次の食事時間を待っている。

 

せいじ2

火曜日は、定休日である。
すこし暑かった。
早く店の仕事を片付けて、ビールを呑みながら自宅で書類の作成を…
と厨房の段取りをして…
ひょっとしたら”せいじ”が来ているか?
と思って、北側の玄関を覗いた。
玄関のガラスには「定休日」と、ご丁寧に二枚も貼ってある。
”せいじ“は、やはり玄関わきのベンチに腰掛けていた。
近所の人が
「夜中も街中を歩き回っている」と言う

昨日のご飯の食べ方といい、その後の店のうろつき方といい
食堂で飯が食え、店の中は日陰で休めて、お茶はある、トイレはある、時間をつぶすには、当店はもってこいである。

お金は…
レジで財布を開いたときに「万札」がちらっと見えたと麻子様は言う
当座の金は、有るのだろう

しかし、この暑さは…台風が接近しているという…
家はたしか…玉山と、言っていたような…
玉山の家は、どうなってしまったのだろう

玉山へ帰るのに…
以前は車で来ていたが…車はどうなってしまったのだろう

他人事ながら心配である
と言って店を開けて食事をさせるほどの時間的・金銭的・心理的余裕が無い
”せいじ”は、店の外のベンチと松園に続く階段とを行ったり来たりしながら
一日中 日陰を探し、座って汗をふいていた。

そのうちに見えなくなった。
定休日は、台風の雨が降る前の蒸し暑さを残して過ぎていった。

翌日魔子様に
「ひょとして朝早く、”せいじ”が食事に来るかも…」と噂をした
8時前には来なかった。
前に「朝食は8時からだ」と言ってあるからだろうか…
やはり、やってきたのは8時半ごろだった。
「たまご定食」と言う
もくもくと大盛り二杯を、たいらげて、
「納豆を…」と100円を出し単品でとり、最後の一杯を仕上げた。
朝定食のコーヒーをゆっくりと飲み、テラスでタバコを吸った。
それから前回と一緒だが、ちがうのは客が多かったので自分の落ち着いて座る場所がなかった。
店内をウロウロして、隅に隅にと席を求め、ついには店の外に出ていった。
しかし、それもすぐ戻ってきた。ランチタイムである。
注文したのは「中華ざる」だという
えっ!それで持つのか?

「中華ざる」というメニューは、盛岡独自のメニューである。
ようするに中華麺を湯がいて、ざるそばのざるに盛り、ざるそば用のタレで食べるのである。
盛岡の人は、他所にないメニューだと知らない。
盛岡以外の人は、「つけめん!のようなものだ」と勘違いする。
盛岡冷麺や、じゃじゃ麺、寄せ豆腐といい盛岡の食文化は奥が深いのである。

 

中華ざるを食べ終わったせいじは、また隅っこに座ったままじっと座っている
立ち上がって、入江くんの玄米せんべいを買い、お茶をすすってボリボリ食べていた
その後、店を出ていった。
3時食堂閉店を知っているのだろうか…

別に悪さをするわけではない
金は払う。
ただ、いつも一緒のみなりで…
それに、風呂も入っていないのか…
言葉は、もつもつと聞こえないように話し
店内をウロウロして商品を手に取り、自分が飲み食いする商品は買う。
営業を妨害するわけではない

ひょっとしてこんな人が都会のデパートには溢れているのでは…
定年になり、どこにも行先のない…家に一人でいても…
”せいじ”にとって野菜畑は…
田舎のデパートなのだろうか…

団塊の世代の定年後のすがたを、想像する

翻訳希望

学生時代の就活で、商社に決まった時、慌て英字新聞を取り始めた。
英語は、中学一年から習っている。
読むのは、得意である。
しかし、書いてある文章の意味は不明である。

要するに英単語は、想像しながら発音できるが、意味は辞書を引かないとわからない。
恥ずかしながら、中学・高校・大学と10年間勉強して、その程度なのである。
だから就職が決まってから、23歳で中学生用の英字新聞から初めたのである
たしか…毎日ウィークリーだったような気がする。
それでも、なんとかなった。
就職した商社は、繊維専門商社だった。と言っても半分は非繊維部門があった。
英語ができるやつは、繊維貿易や鉄鋼や食品、化成品などの非繊維部門へ。
英語は喋れないが、関西弁がペラペラの口だけ達者なやつは、繊維部門と言う配属だった。(だろう?)
なんと言ったて関西弁は、繊維業界の公用語なのである。

東北弁と関西弁と標準語と、三つの言語を自由自在にあやつり、
ときおり片言の英単語と、飲み屋で使う中国語を駆使するバイリンガルの小生は、
英語を使用しない繊維部門へ配属された。

何度も英会話に挑戦したが。一度アメリカに行ったときに
ホテルのフロントで、レンタカーを借りた。
レンタカーを置いてある場所を尋ねると
そのフロントのホテルマンは
「ホテルグランツ! ダウンステア! ターンライト!」と言う
ようするに
「階段を降りて、右へ曲がったところに、ホテルグランツがあるから…」
ホテルグランツと言う旅館の隅にでも車がおいてあるのか?と思ったら
そこへ行くと「Garage」があった。
そのホテルマンは、ドイツ系アメリカ人で「Garage」をドイツ訛りで発音したのである
そのときに、きっぱりと英会話を習熟することを決別した。
現地に来なければ、会話に慣れないと…(泣)

だからそれ以降、常に英語とは関わらない、ちがう世界に生きてきた。
それなのに、若い女性から、「この新聞を読んで!」と貰った。
ジャパンタイムスである。
社会人になったときに、同僚の非繊維部門のやつらが、
みんな小脇に抱えて電車の中で、これ見よがしに読んでいた新聞である。
その日刊英字新聞ジャパンタイムスという全国紙に、田野畑山地酪農研究会が、大きく取り上げられていた。

見出しは Grassfed cows making slow but steady progress, delicious milk

「ゆっくりとした着実な進歩を遂げている草刈り牛、おいしいミルク」
グーグルの自動翻訳サービス。無料だからこんな程度なのか?

 

草を喰む牛は、ゆっくりと着実な歩みで美味しいミルクを作り出す。

記事の内容は、不明である
だれか?翻訳希望!

月別アーカイブ : 2017年8月

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