ある会合に出た。

会合に出ると、ほとんど自分よりも年下である。
仕方なく自己紹介で年齢を言う
それは「年上だから尊重しろよ!」という意味ではない
「年上なので、新しい言葉を知らないから、わかりやすく言って欲しい」というお願いなのだ
そして「若い人の考え方や風潮を勉強している」という意味もある

そこで二人の子を持つ若い母親が、連れてきた自分の子どもたちを見つめて言った。
「この子達の食事を、これからず〜っと作らないといけないと思うと憂鬱になる」

”えっ!”と思ったが…
そういえば魔子様も新婚のときは「子どもはいらない」「料理は苦手」と言っていた
それがあっという間に「旦那はいらない」「弁当は得意」という風に変わってしまった。
すべて”子どものため”である。
女性は変わる。変わらないのは男かもしれない。

しかし、料理は面白い。
と言うか…母の朝食を作ることを始めた。
今までは、”朝食をそんなに食べない“と思い、
スープぐらいだったのを、きちんと朝食にしたのである。

最初はパンが好きだという母親のためにパンと生野菜サラダにスープだった。
パンはライ麦パンやハード系のパンなどにチーズやハムを挟んで…
ところが残すことが多い。
パンが好きだというのも、菓子パンのようである

しかたなく、玄米に変えたが玄米は残す
すこし固かったようだ。

最終的に基本は、白米と味噌汁、野菜と玉子焼きに魚、煮物にした。
90歳の母は、ほとんどきれいに食べてくれるようになった。
だんだん幼い頃に戻ってくるのだろう
やはり昔食べた食事がいちばんと言うスタイルになった。
いや昔食べた食事の、豪華版だろう

白米をたらふく食べられる時代ではなかった。
味噌汁も具は、豆腐か青菜に限られていた。
野菜も、ホウレン草やキャベツぐらいで、品種もそんなに無い
魚だってほとんどが塩びきと呼ばれる”塩漬けの鮭”ぐらいだろう
“塩びき”がつけば良い方で、卵などめったに食べない。
納豆は漬けた青菜を増量して、醤油をたっぷりかけて食べたようなものだ。

そういう意味では「胡瓜・トマトの生野菜にドレッシング」
「キャベツ・人参・ピーマンのオリーブオイル炒め」
「蒸し野菜」など豊富な野菜料理と、まるまる一個の卵を組み合わせた朝食は
戦前からみたら豪華な朝食だろう

母は、いつも言う
「こんなにしてもらって、ありがとう」
どうやら、母の弟(小生のおじさん)と間違えているようである
喜ばれる。それが作ることが好きになる一歩である。