店に、いつも7時頃来ている。

本当はもっと早く来たいのだが、小生の朝の作業が遅いのか…
魔子様が、認知症の母親の世話が焼けるのか…

もう一つは、孫を保育園を送っていかないといけない。
娘夫婦の子供を7時開園の保育園に送ると、とうぜん7時以降の到着になる

その孫を送っていって7時半頃だろうか…店についた。
梅雨の雨の朝、アナベルの大輪の花が土手に咲き誇っていた。

駐車場には一台の車が…

誰だろう?と思っていると、女性らしい大きな甲高い声で

「すいませ〜ん、無断駐車して!
これから秋田・青森の友の会のメンバーと一緒に出かけるもので待ち合わせをしているのです」と
あれ懐かしい、Hさんの声が…。
相変わらず小柄ながら背筋がシャンとして天を向いて語りかけてくる

「友の会って…何?」
「羽仁もと子の考えに共感した人たちの婦人の友の読者グループ」という

そんなの知らない

全国友の会は1930年 羽仁もと子 の思想に賛同した女性たちによって生まれた団体です。
キリスト教精神に基づく愛と協力をモットーに 健全な家庭をはぐくみ
地域に働きかけ よりよい社会を創りたいと活動しています

よくわからないが、家事とか…育児とか…を勉強する全国にあるグループらしい
たしかHさんは、ガールスカウトの偉いさんで、障害者施設にも関係していて、NPOの理事もやっている女性活動家だ
「台風10号の復旧支援のために岩泉に行くところだという」

 

彼女とはPTAの友達である
初めて中学校のPTAに乗り込んだ時、(乗り込むという気概を持って取り組まないといけない事柄が有った)
孤立無援の小生に、応援してくれた女性が二人いる。そのうちの一人だ。
乗り込んで驚いたことにPTA幹部役員はかざりもの、他の役員は学校の親睦団体、多くのPTA会員は黙って三年すぎれば終わるという団体だった。
学校側は校長はPTA幹部の機嫌取り、先生たちはややこしい事が起きないように…黙って…という形ばかりの集まりだった。

これで子どもたちは良いの?と思ったが…

三年間役員に手を上げつづけ、”今まで自主的に手を上げた人はいない!“と言われたが
クラスの委員長までで、学年の委員長には選ばれなかった。
「あんたは、今頃出てきて…」と言われて
ようするにPYA役員は小学校からの仲良しグループだったのである。

集会で問題提起をしても、先送り。そして次回は無視。
呼び出されて行くと幹部が集まり「集会で喋るな!」と脅し
そんなときに集会で、「キチンと話を聞くように…」と声を上げ
その後もいろいろと相談に乗ってくれ、学校側に話をしてくれたのが一学年上のPTA学年長だったHさんだった。

さんざん三年間学校をかき回したが、結局、何も替わっていない。

学校は…組織は…堅牢である。
文科省。教育委員会、学校、PTA、

そして個人は微力である。ということを知った。

そんなことを思い出しながら、弁当の配達に豪雨の中、出かけた。
こんな雨の中、車の中で食べる弁当だという…

どこへ行くのだろうか…