アラスカからの交換留学生だという若い外人を紹介された。
「有機農業に関心がある」という

“アラスカで農業?”と思ったが
「平均温度が15℃以上になる期間は何ヶ月有るか?」と問うと
「3〜4ヶ月有る」と言う
「それでは一作しかできないね…」
「ハウスで…白夜を利用すれば…二作、三作も…」と言う

白夜で十分な太陽光が確保できるのであろうか?
と素朴な疑問をもった。

植物は水と温度があれば…と言うが15℃以上にならないと微生物が動かない
低温や高温で動く微生物もいるが、一つの微生物があればいいというものではなく
さまざまな微生物がバランスよく活動しなければ、土の中から有機質を分解し吸収できない
それと光合成である。二酸化炭素と水。それに太陽光が大きく関与する
それが極北の地アラスカで十分に供給できるのであろうか…

そんな思いを持ち、ふと喋りながら日本の有機農業の経緯(歴史とはいいがたい)を話してみた

戦前は化学肥料が若干あったとしても基本は糞尿を利用した稲作畑作であり残飯養豚・庭先養鶏の循環型農業であった。
しかし、食料自給はできていない
戦後化学肥料がどんどん入って機械化が進み、農村に人手がいらなくなり都会へ出た人たちで高度成長がなしとげられ
そこへレイチェルカーソンの「沈黙の春」有吉佐和子「複合汚染」などで公害問題が騒がれ、持続可能な土作りということで第一次有機農業ブームが起きた。
その後第二次有機農業ブームは食品汚染である。添加物だらけの食品があふれそれをただす安心安全の農業として有機農業ブームがもてはやされた。
そして第三次有機農業が現在である。
拡大経済が行き詰まりを見せ、先行き不安の中で就農して豊かに暮らす生き方として地域の人達とつながる有機農業を目指す若者が増えてきた。

たぶん大雑把に分けて三回のブームが有ったのではないか?と思う

それぞれに当時の社会のさまざまな問題を解決するために有機農業が言われてきているのが、
根源的に農業が社会のあり方と深く関わっているからだろうと思う

江戸時代まで社会の変化は緩やかであったが。明治の欧米文化の導入で早くなり、戦後の科学技術の発展で躍進を遂げ、変化のスピードが俄然早くなった。
それに対して「原点に戻ろう」と言うブレーキが、有機農業であったと思う
その原点というのは「循環」である。
唯一太陽から届く光エネルギーを利用して地球という閉鎖空間で循環しなければ続いていかない。

だから有機農業は付加価値産業ではなく、基本的な仕組みである。
いまの政府との唱える大規模農業は、。化石燃料をベースにした先行き不安の農業である。
ただ、それは間違いだとはいえない。
様々な変化する条件で、生き残る多様な農業が必要だからである。

 

そんなことをアラスカの学生に、出ない声で過呼吸になりながら小一時間も話をしてしまった。
疲れた…
しかし、話すことは自分の考えをまとめる上で大切なことだ。
主観的であろうと…一方的な見方であろうと…
訂正すれば良いのである
国会と違って偽証罪には問われない(?)