「生が良いですか?」「火入れが良いですか?」と突然、若い彼は聞いてきた。

大酒飲みだが、実のところ微細なうまさの違いを知らない。
日本酒は冷なら純米酒、熱燗なら醸造用アルコールが入っていても良い。

そんな感覚だが…

若い頃、酒なら何でも良かったが…
コジャレた酒が出回る頃には、辛口が…
齢を重ねるにしたがって甘口でも…まぁまあぁ〜と、なり

今は肴に合わせて…
天気に合わせて…
酒なら要するに、なんでも良いのだ!

「生か?」「火入れか?」と言う選択を尋ねられたのは初めてだろう
彼の作ったコメで仕込んだ酒である。「与右衛門」というブランドなのだが…


彼は「亀の尾」という米を作っており、それを酒米として納め杜氏としても働いている

数年前だろうか…
彼が店に来て「夏はコメを作り、冬は杜氏としてはたらく、そんな生き方をしたい」と言ってきた。
それ以前に、彼の奥さんが店には出入りしていたのだが…
二人揃って会ったことは、記憶にない

真面目で、ひ弱そうな感じで…大丈夫か…と思ったが…
着実に有機農家で研修し、ようやく一人で田んぼをやるようになって見に行った。
ひどい田んぼだった。雑草が…
「これを物にするには3年ですまないだろう…」と思うような田んぼだった。
普通は、集落で良い田んぼは、すぐ近くの人が借りてしまう。
新規就農者には、悪い田んぼしか回ってこないのである。

しかし、彼は辛抱強く田んぼをモノにした。
そして思った通りに造り酒屋に持ち込んで酒にした。
それも昔の品種「亀の尾」である。

稲は品種改良が、どんどん進んで、食味がよく、量産できて、作りやすい品種開発が進んでいる
そのなかで「作りやすい」と言うのは、草丈が短いのも一つの特徴である
「垂れるほど こうべをたれる稲穂かな」という言葉は、実のたっぷりはいった稲穂の表現であるが、入りすぎると倒れるである。
倒伏は、モミが発芽して、米にならない
だから試験場は、草丈の短い米を開発しているのだが…
それにともなって草丈の長い昔の米を作りこなす技を持つ人が少なくなった
作りこなそうという気概を持った農家も少なくなった。

彼は草だらけの田んぼで「亀の尾」を作りこなした。
その「酔右衛門」である。

生でも火入れでも良いのだ…

暑い定休日、締め切った精米室の掃除をして汗をかき
シャワーを浴びてグラスで一献

あの雑草だらけの田んぼを思い、
数年前のひ弱な彼が、たくましい身体になって作った酒を味わった

「豊かさ」とはこんな事を言うのであろう

定休日の夕方の幸せである