最近、若者と出会うことが、よくある
出会うことなら、人が大勢集まるところへ行けばいい
出会って、じっくりと話をすることである
いろいろと考えさせられることが多いが、
自分の若い時代、こんなにしっかりとした考え方を持っていただろうか…

とおもわせられる

 

物覚えついたときは、貧しい時代だった。
まわりが、みんな貧しかったらから引け目は感じない
それ以上に、貧しい子がいっぱいいた。

パンツを履いてこなかった子がいた
身体測定のときに素っ裸で体重計に載せられていた
弁当を持ってこれない子もいた
もちろんテレビもない。
小学生になって近所のテレビを持っている子の家にみんなで見に行った。
服はお下がりが当たり前、男兄弟がいない小生はいつも新しかった。
それが逆に気恥ずかしかった。
中学生の頃オリンピックが有って、テレビが家庭に入ってきた。
そのころから高度経済成長だったのかもしれない

中学生になって通学に変速自転車を、かってもらった。
ラジオの代わりにステレオが入ってきた。
オヤジがオートバイから、車に変わった。

新しいものできて、どんどん手に届くような値段になり
ものが豊富に行き渡るようになって

ものを買うために競争をして
いい学校に入って良い会社に入って、出世をする
競争に破れた人たちも、それなりの受け皿があった。
そして、それなりの敗者復活戦があった。
という高度成長の価値観の中で育った。
農業も食料自給の収量競争から、機械化の効率競争に入った。

 

今の社会は、単なる競争である。
勝っても安泰にはならない
いつ追い落とされるかわからない
落ちたら復活戦はない。

そんな社会で最初から競争に入るのではなく
地道に農業に根ざすという事を目指す若者が増えているのではないか…
農業は自然との共存である。農業は付加価値競争ではない。
そんな若者に自分ができることは何か…

失敗を話しすることでしかない。
成功は、つかの間の夢である。