今日は母の誕生日だ。7月4日、干支はうさぎである。
アメリカの独立記念日である。
もう満で90歳になる。
認知症であるが、見た目はそんなふうでもない

しかし、テープレコーダーである。
同じことを、1分おきに繰り返す。ちがうことを喋ったとしてもいつのまにかもとへ戻る。
しかし、テープレコーダーも、今の時代、誰も知らないのか…
中学生の頃である。テープレコーダーを家で買った。
パソコンのプリンターぐらいの大きさ(?)と言っても年々小さくなるから、大きさを伝えるのは難しい。

有るグループで「ダウンサイジング」という言葉が飛び交っていた。
多分小さくすることを意味しているのだろうと思うが、モノを小さくするということが、大きな金儲けにつながるのだろう
小さくすることで数多くモノを置けるので一杯買えるということだろうか
そういえば八百屋では、雨の日に大きな野菜(キャベツ・白菜など)の値段を高く設定すると言われた
雨の日は傘を持つから大きなものを買うと数を買わない。一人あたりの単価が低くなる、と言う

それと一緒か?

話が、どんどんそれた

 

それで母の誕生日だ。
親兄弟の誕生日は、全て知っている。
そういえば干支も知っている。
自分の子供も…

祖父母は知らない。姉妹の伴侶も知らない
孫も怪しい。

やはり一緒に暮らして誕生祝いをして
それが質素な料理でも、貧しいプレゼントでも一緒に暮らしたアカシなのだろう

それが家族の誕生日も…
親の干支も知らないという人が増えた。

家族のつながりの問題なのか
あまりにも増えた祝祭日の影響なのか…

楽しいことが多いことが豊かなことではない
貧しさや、惨めさや、苦しさに耐えることや、乗り越えることも人生を豊かにすることではないか…

もう今は90歳の母と、じっくりと想い出を話すこともない。
たぶん書道と出会った60代70代が一番幸せだったのかもしれない
そのことだけをテープレコーダーのように繰り返す。