ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

魔の7月

7月が本日で終わりだ。
7月は、いつも悩む。

売上が思うとおりにいかないのである。
7月は岩手の夏野菜の旬の始まりである。
野菜の種類は豊富に揃っている。
それで、いつも期待するのだが…

その原因がわかったのは…(原因だろうと、おもわれることが…)
店を開いてから4〜5年経った頃だろ〜

要するに岩手の旬は、農家だけでなく
家庭菜園にも来るのである。

5月は一番売上が上がる
その時期の売上の構成は、山菜と苗や種である。
その苗や種が7月に収穫時期を迎えるのである。

産直を始めた当初、ラジオの生放送が何度も取材にきた。
当時、街中の産直は珍しかったし、近くなので手軽に来てくれた。
5月に某IBCのラジオ番組が来たときに、
人気アナウンサーの大塚富雄アナにスタジオから聞かれた
「そんなに苗を売って、大丈夫なのですか?」と言う、
一瞬、言葉に詰まったことを思い出す。
”そうだ売上が…“

 

果菜類は多くの人が植えたい品種だろう
目に見える形で収穫できるのである
トマト・ナス・胡瓜
そしてオクラなどは、きれいな花が咲く

その果菜類は栽培が難しい。と多くの人が想っている
難しいのである。
難しいのは、取り続けることが難しいのである。
最初は、みんな生る。それから次に生らせる技がある。
そして病気が始まる。

7月は多くの家庭菜園で収穫できるが、8月になると収穫できなくなる
プロの農家は、それを乗り越えて(と言っても農薬散布だが…)9月10月と取り続ける

また7月の出始めは、みんな農家は売れてほしいから安値競争に走る。
つまり100均の八百屋になるのである。売上金額が上がらない
そして農家も取れ初めのおすそ分けで、親戚や田植えで手伝ってくれた人に、ただで配るのである。

先日も「5反歩ほどキャベツを作ったのだけど置いて欲しい」という定年帰農のひとがやってきた。
5反歩のキャベツは、だいたい2万個ぐらいだから…
つまり当店でも売りきれない数なのである
「今まで。どうしてたの?」と聞くと
「面積が少なかったから… 今年は、学校へ行って勉強してきたので…」
「昨年までは、ご近所に配って歩いたが… 今年は配りきれない」

本当に商売の邪魔をしているようなものだ。

だから7月は売上が上がらないのである。
しかし、売上が上がらない正当な理由があっても金融機関は許してくれない。

魔の7月が終わろうとしている。
これから苦難の8月が始まる(?)

川の流れ

あちこちで大雨の被害が続く
大雨が降るのは、アタリマエのことと思う
今までの歴史上、最大の大雨などという記述は無い
たかが100年ぐらいの気象観測では、何千年前の実態を予想するのも難しい

なぜ被害が大きくなるのか…
素人が考えてみた

まず被害と言うのは、人間が作ったものや利用したものが破壊されること(使えなくなること)である
そもそも大昔は、人間が作ったものなど殆どなかった。
自然のまえに畏怖するだけで、被害に合わなかった、
そして被害に合わないだろうと思わるところに人工の建造物(?)を作った。
多分高台に…

食糧を採取時代、人間は、もともと高い尾根を移動して歩いたと言う
栽培という農耕を知った人間は
安易に食糧を得よう(悪知恵が働いて…)と栽培を初めて、水辺に移り住んできた
度々、洪水や津波にあって徐々に高台に戻されてきた。
しかし、忘れる動物である人間は、再び水辺に戻ってきた。
しかし、山から水を利用して木材を運び、建造物を作ってきた人間は、
山を、とことん利用してきた。
暖房(薪・炭)・エネルギー(製塩。製鉄)・建設資材・枕木
それが石油や科学技術の発展に伴い利用価値が少なくなってきた。

 

その山が荒れている
朽ちた木・台風の倒木が禿山から滑り落ちるように川に流れ込む。
手がかけられない捨て間伐材…
それだけでないだろう、河川にすてるゴミなどが流れてくる

山をとことん利用しているうちは良いのだが…
山の価値がなくなった(木材の下落)とたん、朽ちた木や捨て間伐、が溜まってきた。
東日本大震災のあと、山菜採りに行った人が言う
「倒れている木を乗り越えて、山菜を取りに行く体力がない」
倒木だらけで山が荒れていたと言う。それを、出したという形跡もない。
登山道は整備しただろうが、山の中は倒れた木が折り重なっている

それに河畔林が、殆ど消えた。
むかしは、土手の代わりに河畔林がある風景があった。
河原に木が、生えているのである。
そこへ、流木が引っかかった。
その河畔林は、水を流すの邪魔だと法律で伐採するようになったと言う

水が直線的に流れていく。
河川工学では、水底もコンクリで固め。直線で一気に海に流すと言う近代的水の流れが主流だという
戦国時代の河川管理は、曲線の流れや、石であちこちに流れをぶつけ、流れる速度遅くしたと言う

また橋は丈夫なコンクリで固めて作られた橋である。
昔は土橋や木橋で、流れてきたものを絡んで一緒に流れたという
そこには自然には逆らえないと言う思想があった。

近代科学は自然を克服しようという思想が見え隠れする。

 

台風10号の被害にあった人は言う
「橋に木が引っかかって、両側から水が溢れ、あっという間に水浸しになった」

追伸

岩手大学演習林の山本准教授によると

「今回の流木被害は、流木に根がついていることから根こそぎ土砂崩れの状態で流れて行った。杉だから、広葉樹だから、根が浅い、深いと言うのは関係がない。」と森林総合研究所が発表した。。

文中に憶測で書いた部分がありますので訂正します。

夏バテ

友人が店を閉めた。
街中のビルの一階。一等地だ。
前の店が閉店してから、リニューアルした店だが…
三年持たなかった。

飲食業は、立地が第一と言う。
当店のように郊外型で団地が直ぐ側に有るが…

歩いてくるには遠い。
車で来るほどではない。
と言っても、自転車は坂道がきつい

と言う条件は、店周辺の人にとっては出かけにくい

「賑やかな街のビルの一階」に…と思っても、多分競争相手が多いだろう
ましてランチタイムは、一気だ。
友人の店もランチに70人が食べに来るという
1時間の間に、集中して対応しないといけない。
従業員の数がいる。数だけでなく慣れた人でないと…
人件費はかかり、コスト競争が激しい。
ランチは売上で、利益は夜に…と思っていたら、夜はガラガラだという
都会と違って地方は、みな通勤は車だ。
ノミュニケーションで「ちょっと一杯」と言う人は少ない。

このまえ盛岡駅が、リニューアルオープンした。
駅のリニューアルではなく、駅ビルのリニューアルである。
「ちょいのみ」の店が、数多くできたという。
駅からバスで帰る人。駅から電車で帰る人。待ち合わせの人。観光客…ビジネスマン…
そんな人が結構いるようだ。
街中よりも駅周辺というのも、酒を呑ませる店の立地にはおもしろそうだ

 

しかし、夏場は客が入らない。
いったい何を食べているのだ!
みんな家でソーメンを、すすっているのか?

そうしたら日本人は夏場の基礎代謝量が落ちるという。
冬が上がり、比べて夏は8%ダウンするという。
基礎代謝が減っているのに「夏こそ栄養を!と言う食べ方」は夏ブトリの原因です。
道理で「夏痩せ」とか「食欲の秋」とかいう言葉が言い伝えられる。

夏は食欲が減って当たり前、
売上が8%ダウンするのは当たり前だ!と言うのは乱暴か…
もっとも8%以上ダウンするのだが…

 

こびる食堂からの連絡
だし定食はじめました。
するする、するすると、ご飯が入ります。
夏バテ防止に、夏野菜をたっぷりと食べましょう。
夏を乗り切るために…(?)

 

花椰菜

花椰菜が余った。
花椰菜である。英語ではカリフラワーと言う

さてこれをどう利用しようか…

毎日毎日残った野菜の処理を考える
基本的には食べられる部分を残して様々な調理に利用するのだが…

八百屋の場合は、多種で家庭に比べて一個一個の量が結構多い
コレが農家なら一種類で量が多い。
農家の場合は、大量に漬け込んで古漬けなのだが…
八百屋の場合は、古漬けなら桶を置いておく場所がない

知人の八百屋は、いつも白菜はキムチ漬けか…
胡瓜は辛子漬けだ。
チョロチョロ残ったのは自分の家で食べる
だからエンゲル係数が低くなる(?)

産直場合は大変である。

自分たちの産直は、持ち込んだ人が引き取るから良いが
と言っても。在庫を引き取って持ち帰るのは面倒くさいから
店の外で、納品にやってきた生産者と物々交換である。

一番困るのは小生の様はところである。
委託と仕入と二種類あると、仕入れた分はもったいないからなんとか商品化しないとロスになる。
また委託でも、のこった商品は生産者が「お店で使ってくれ!」と言う。

他に利用できるものなら良いが…
カリフラワーだ
英語の名前は良いが…
和名では仮の花か?

しかたないのでちょっと湯がいて、極辛のカレー粉をまぶした。

う〜んいける
カレーの辛さと、サクサクの食感がいい感じだ。

売れないか…
売れるか…
とりあえずこびる食堂で食べさせてみよう

 

ボカシ肥

発酵研究会が設立された。
発酵は、小生のライフワークだ。

何と言っても一生飲み続けている酒は、発酵のタマモノである。
「酒なくて何が己の命ぞや!」と宮沢賢治が唄ったと言う(フェイクニュースである)

酒だけではない。
あの好きで、たまらない納豆
オリジナルで二種類も作って、製造販売している
それだけではない、あの豆蔵(豆味噌)だ!
ようやく日の目を見て、追加、追加で年間安定供給販売ができた。
そして今、実践中の糠漬けである。
悪戦苦闘しながら、少し先が見えてきた。

すべて小生が手掛けた発酵商品である。

 

発酵という事象を知ったのはいつごろだろか…

カビを見たりは、幼い頃から知っている。
しかし、それは単なる黴「かび」だ。
それが「発酵」と言う現象だと認識したのは、40歳になって農業の世界に入ったときだろう。

当時「肥料をつくる」ということから入った。
“肥料は買うものだ“と思っていたのが、“肥料を作る“と言う
その作り方が、”土と米糠と、鶏糞や木くずを、微生物資材と混ぜ合わせて発酵させる“という農法だった。
それを大量に500kgとか1トン作るのである。
その材料をスコップで混ぜ合わせてかき回して積み上げて、上から毛布をかけると、温度が上がってくるのだ。

最初は、”まさか?”と思った。
その内に、毛布を取ると、もうもうと水蒸気を上げてその土の山が50℃〜60℃になるのである。
そしてその周囲には、かぐわしい匂いが漂う。
これが”ボカシ肥”と呼ばれるもので「発酵」だった。
この温まった土を乾燥させて、畑や田圃に散布して肥料とする農法だった。

頭のなかでは窒素やリン酸・カリの詰まった肥料を、きっちり蒔いて植物の生育を促すのが栽培だと思っていた。
その農法は、土の上に単なる土を蒔いて、成長するのを待つのである。
不思議だ?
しかし、それで良いとわかったのは、しばらくしたころだ。

植物の生育は、種のなかに初期生育の養分が詰まっている。
それが温度や水分などの初期条件が合えば、芽が出て根が出てくる。
そして芽が光合成をおこない、根は土の中から水分と養分を吸い上げて成長する。
その養分は土の中で有機質として存在しているのを微生物が分解して無機質として吸収するのである。
つまり微生物が分解するという工程が入るか入らないかで大きな違いが出る。
それが化学肥料主体の慣行農業と、有機農業の違いである。

有機農業には微生物が大きな役割を果たしている。
さまざまな微生物がバランスよく土の中にいることが良い土で
その良い土を作るために「土を発酵させて散布するのである」

つまり温度が上がった土は、微生物のかたまりであるし
温度が上がり蒸発する水分というのは、増えた微生物の呼吸である。

ボカシ肥と言う言葉は、この農法から生まれた
つまり発酵した土の塊が”ボケたような…、ぼぉ〜っとした発酵している”状態の肥料だったので
ボカシ肥」と言い始めたのである

 

土は多様性を持つ。
それを単一栽培で同じ微生物しかいないような土になると連作障害を引き起こす
そのために多様な微生物を大量に増やした土を散布することで、健全な土を作り、
食料生産を永続する農にするのが有機農業である。
付加価値で経済的価値を高めたり、安心安全の作物を作るのが目的ではない

それを理解していない人が多いのである。

 

発酵研究会は、どうやら発酵で工業生産をたかめ商品開発を目的にしているようだが…
小生の思いとは、ちょっとちがうが…
農業における…食料生産における…
ちいさな発酵を提案したいと思う

発酵研究会の記念講演は、○○の素の研究員の講演だった。
アミノ酸の発見と生産技術の歴史と、これからの技術革新と多岐にわたったが…

小生には、ちんぷんかんぷんだった。
帰り際に、有名や豆腐屋のオヤジは
「文科系も来ると言っていたが、理科系ばっかりだ」
と話がわからなかったと言う
良かった仲間がいて…(泣)

母の朝食

ある会合に出た。

会合に出ると、ほとんど自分よりも年下である。
仕方なく自己紹介で年齢を言う
それは「年上だから尊重しろよ!」という意味ではない
「年上なので、新しい言葉を知らないから、わかりやすく言って欲しい」というお願いなのだ
そして「若い人の考え方や風潮を勉強している」という意味もある

そこで二人の子を持つ若い母親が、連れてきた自分の子どもたちを見つめて言った。
「この子達の食事を、これからず〜っと作らないといけないと思うと憂鬱になる」

”えっ!”と思ったが…
そういえば魔子様も新婚のときは「子どもはいらない」「料理は苦手」と言っていた
それがあっという間に「旦那はいらない」「弁当は得意」という風に変わってしまった。
すべて”子どものため”である。
女性は変わる。変わらないのは男かもしれない。

しかし、料理は面白い。
と言うか…母の朝食を作ることを始めた。
今までは、”朝食をそんなに食べない“と思い、
スープぐらいだったのを、きちんと朝食にしたのである。

最初はパンが好きだという母親のためにパンと生野菜サラダにスープだった。
パンはライ麦パンやハード系のパンなどにチーズやハムを挟んで…
ところが残すことが多い。
パンが好きだというのも、菓子パンのようである

しかたなく、玄米に変えたが玄米は残す
すこし固かったようだ。

最終的に基本は、白米と味噌汁、野菜と玉子焼きに魚、煮物にした。
90歳の母は、ほとんどきれいに食べてくれるようになった。
だんだん幼い頃に戻ってくるのだろう
やはり昔食べた食事がいちばんと言うスタイルになった。
いや昔食べた食事の、豪華版だろう

白米をたらふく食べられる時代ではなかった。
味噌汁も具は、豆腐か青菜に限られていた。
野菜も、ホウレン草やキャベツぐらいで、品種もそんなに無い
魚だってほとんどが塩びきと呼ばれる”塩漬けの鮭”ぐらいだろう
“塩びき”がつけば良い方で、卵などめったに食べない。
納豆は漬けた青菜を増量して、醤油をたっぷりかけて食べたようなものだ。

そういう意味では「胡瓜・トマトの生野菜にドレッシング」
「キャベツ・人参・ピーマンのオリーブオイル炒め」
「蒸し野菜」など豊富な野菜料理と、まるまる一個の卵を組み合わせた朝食は
戦前からみたら豪華な朝食だろう

母は、いつも言う
「こんなにしてもらって、ありがとう」
どうやら、母の弟(小生のおじさん)と間違えているようである
喜ばれる。それが作ることが好きになる一歩である。

盛岡の幸せ

冬は湯豆腐・夏は冷奴
コレが夕食の定番である。
何と言っても、それ以上腹に入らないのである。

 


朝出かけるときに昆布を一枚、鍋に放り込んで水を入れる。
帰ってきたら、とりあえず鍋に火を入れて煮立たせる。
そこで火を止めて、豆腐を半丁。5分。
5分の間に薬缶で湯を沸かし、熱燗を…
5分立ったところに、熱燗と湯豆腐が揃い踏み
熱々の燗酒と、ほろほろの湯豆腐が出来上がる

コレがスムーズにいかないと、一日が終わった気がしない
イライラして人に当たる(摩子様のときが多い)


朝、木綿豆腐の三分の一を、奴専用の丼に入れてラップをして冷蔵庫に入れる
帰ったら、おもむろにラップを剥がして、その時々のドレッシングを取り出し
ドレッシングは凝る。

岩塩にオリープオイル
オイスターソースに青じそ
梅酢にいりごま
玉葱とホワイトソース
ベーコンと黒胡椒
……

そして缶ビール(発泡酒とも言う)のプルトップを引き抜く

コレがスムーズにいかないと、一日が終わった気がしない
イライラして人に当たる(摩子様のときが多い)

二人暮らしだから当然魔子様しかあたり用がない。

 

年間に豆腐を多分180丁は食べるだろう

朝食にも…
店の昼食にも…
テーブルに豆腐が上がる場合があるから…

 

盛岡は豆腐の消費量が日本一だという
それは300g計算で年間100丁食べるという

小生のは田楽茶屋の木綿豆腐だ
田楽茶屋の木綿豆腐を知ってるかい?
なんと450gあるのだ
それがなんと140円という、すぐれものだ
それを年間180丁だから、300g換算だと…
いっぱいだ!腹いっぱい!

そしてすべて手づくりなのだ
だから時折、固かったり柔らかめだったりすることもある
それはタマ母さんの愛嬌で、カンベンだ

 

だいたいが豆腐が手づくりでなくて、何が子作りなのだ(意味不明)
昔は町内会に一軒、豆腐屋が有ったのだ。
昔、高校生時代に住んだ北上は、学校へ行く坂道の途中に豆腐屋が有った
今の盛岡にも、ラッパを吹いて自転車に乗っけて売りに来る豆腐屋がいる。
そんな身近な豆腐屋が、都会には無いという

なんと不便な…なんと暮らしにくい場所なのだ。
隣に豆腐屋が有る幸せ。盛岡の幸せである。

そういえば湯豆腐に敷いた昆布を、魔子様は「冷凍で取っとけ」と指示された。
そんな冷凍昆布を、鰹節と煮て御飯のお供に…

日本酒と醤油と豆板醤で辛めで煮詰めてビールのお供に…

盛岡の夏の幸せである。

鉢の皮

大雨である。豪雨である。滝のように流れてきた。
表現が、皆一緒だ。
酔っ払って結婚式の帰りに寄った合鴨稲作農家の武田哲は、

「見ました?結婚式場のそばの中津川!
もう水面が、土手すれすれで、今にも溢れそうで…
気が気でなくて…」

結婚式どころではなくて
たらふく呑んだらしい(?)
中津川沿いの今流行の結婚式場、ハウスウエディングに呼ばれたらしい。

大雨は店にも浸水してきた。

雨樋が壊れているのか…
ものに雨が落ちて水が入ってくるのか?

そのたびに修理するのだが、また新たに浸水箇所がみつかる

 

店の地名は「三割鉢の皮」という珍しい名前だ。
「三割」は、岩手由来の名前だ。
大きな岩が三つに割れた場所という…(大きな岩が三つ有る、三石という神社がある)

〜〜〜〜ブログ引用〜〜〜〜〜〜〜
昔、「羅刹」という悪い鬼がいて、里を荒らしまわっていたそうです。そこで、里の者たちは、この神社の神様に悪い鬼を捕まえてくれるようにお願いしました。
この三ツ石の神につかまった鬼は、大石に縛り付けられ、もう悪さはしないということを誓わされます。その証拠にこの大石に手形をつけて、二度とここには来ないと誓ってこの地を去ることになりました。
大石に手形をつけたことから「岩手」の地名が、「もう二度と来ない」と言ったことから別名「不来方(こずかた)」とも呼ばれるようになりました。

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そして「鉢の皮」と言うのは
鉢の皮(表面)。つまり鉢用の土が取れるところ、つまり粘土質の土地柄であるという

粘土質なのである。

まだ今のところは良いが、以前の店は、ビニールハウスだった。
市街化調整区域で基礎を打つ建物が建てられなかった。
地面に太いパイプを差し込んで表面をならし、床用のビニールを敷いただけの施設だった。
当然、夏は強烈な暖房がきき、冬は酷寒の日々が続いた。
農作物が悪くならないように外に冷蔵庫を置き、朝夕と出し入れをしなければならなかった。

そして大雨が降ると、水が周辺からなだれ込んできた。

粘土質だから、浸透しないのである。
おかげで春先の雪解け水や、今回のような大雨のときは水深20センチぐらいのときも有った。
店内は長靴で歩かないといけなかった。
それに比べれば…

天国のようなものだ!

大雨になると前の店と「鉢の皮」の由来を思い出す。

月別アーカイブ : 2017年7月

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