寿司を食べに行った。
寿司は好物である。

最近、外食をしていない。
そうなのだ。一人前が食べられないので誰かと一緒にいかないともったいない。

大きな男が独りで入ってきて「子供用のカレー!」とか、「お子様ランチ」を頼むのは気が引ける。
たまたまテレビで野菜料理のバイキングが有った。
なるほど、そこなら高いが魔子様と一緒なら残り物は片付けてくれる。
そしてどんな野菜料理がでてくるのか…参考になるか?

と思って出かけたのである。
ところが店はしまっていた。定休日なのである。
週初めは、土日営業の飲食店は休みのところが多い。

そこでそのそばにある「カレーの有る回る寿司屋(?)」に行ってみたのである。
入店するなり店員は「初めてですか?」と聞く
どうやら二人の格好は、いつも利用しているようには見え無いらしい

そういえば回る寿司屋は、子供が小さい頃に2〜3回行ったことが有る。2〜30年前だろうか…
そのころと大分様子が変わっていた。
なんと言ったって皿にドームがついているのだ
その皿を取り出すのにテクニック(?)が要るのだ。
何回も取りはぐれた(泣)
そして注文は、画面をタッチするのだ。
それがわからない魔子様は回っているものしか食べることができない
一生懸命周りを見渡すが、みんな簡単に食べている!
これでいいのか?

 

初めて寿司というものを食べたのは、子供の頃だ。
酔っ払って帰ってきた父が「寿司折り」を持って帰ったきた。
朝目覚めて、冷たい寿司を食べた。
それでも「美味しかった」
美味しくてもっと食べたいと思ったが
何を食べたのだろう?

高校を卒業し、家を出ると言うときに寿司屋に連れてもらった。
カウンターに座った。
何を注文していいのかわからなかった。
何を食べたのか?記憶にない。

大学のときはOBに連れて行ってもらった。
貧乏学生は「寿司屋」なんかに入れなかったが…
「ホルモン屋や養老乃瀧、こ汚い小料理屋」といろいろと連れて行った貰ったが、「寿司屋」に連れていってもらえるのが、一番の楽しみだった。
しかし、一年に一度か二度である
何を食べたか忘れた。

 

会社に勤めるようになって「回転寿司」ができた。
たまたま通勤路にできた。
勇気を出して独りで入った。
何を食べたか忘れた。

 

家族ができて、何回か回転寿司にいった。
子どもたちは回っている寿司よりも、デザート類をとった。
「ちがうのを取りなさい」としかった

家の近くに「寿司屋」できた
たまたま同級生の妹がやっているという
そこで初めて寿司屋の常連になった。
そこで初めて職人の技というものを知った。

寿司屋は、寿司職人の技を見るものである。
廻る寿司は、形を作っているだけである。
ふと「職人の技」というものが「効率」という科学技術で、ないがしろにされているのだろうか?
それも社会の進歩だとしたら、
「進歩することが良いことなのか?」と言う検証が必要だ。

「技というのは人が神に近づく努力のたまもの」ではないか?
そんなことを考えた

 

鮪ばかり食べ終わった後、魔子様は
「なんだか、薄いね」と言う

薄ぺらな世の中になった。