たぶん!自分のコンプレックスは、ここに有るのだろう
と66歳も半ばの春を迎えて思った。
アクセントである。

アクセントは高低である。強弱でない。

と昨年亡くなった元アナウンサーの前田正二は書いてある。

え?「強弱」と「高低」と、どう分けるの?

そして前田正二は、強弱と高低を聞き分けられる人は、少ないと言う

本が好きで、ずっと活字中毒で生きてきた。

娘が「子供を本好きに育てたい」と言っているが、本好きにするには親が本を読んであげなければ…
と思ったら、前田正二は、「耳に貯金を…」と呼びかけている
つまり、多くの文章を読んであげることだと言う

そういえば子供の頃、母親は布団に入ってよく本を読んでくれた。
貧乏だったからだろうか…
読む本が無くなると、百科事典の歴史人物の項目まで読んでくれた。
おかげで歴史好きになり、吉川英治などの時代小説が好きだった。
ただ難点が一つ、おもいおこせば、多分「仙台弁のアクセント」で読んでくれたのだろう

小学校4年のときに岩手県北上市に転校してきた。
仙台弁を笑われた。
「まぁぜろ〜」と遊びに仲間に加わることを仙台弁でこういった。
ところが北上弁は「かぁ〜ぜろ」といい、仙台弁を
「んなぁ〜、おなごど混ざるのか?(おまえ女と混ざるのか?)」と卑猥ではないが、そんな意味で囃された。
そのころである
テレビが各家庭で入ってきて、NHKのアナウンサーのスマートな言葉が流れてきた。
当時、集団就職で金の卵ともてはやされた東北の子どもたちは、「ズーズー弁」と、からかわれてきた
小学校でも「標準語で話しましょう」と言う運動が流行った。
標準語とは「NHKのアナウンサーの言葉だ」と…(都会へ出て馬鹿にされないように…)
言葉でなやんでいた自分は、すぐに標準語と呼ばれる言葉を覚えた。
仲間内では北上弁を…
家では仙台弁を…
あらたまったところでは標準語を…
なんと三つの言葉を自在に操っていたのだ。

それから家を出て大学へ行くと、入ったラグビー部は関西弁だった。
三重や名古屋、大阪、兵庫、徳島、高知など関西地方で厳密には一人ひとり言葉が違うのだろうが
とりあえず圧倒された。あの関西弁の大声の迫力に。
必然的に関西弁と呼ばれる言葉が身につき、就職した先が繊維専門商社だった。
繊維業界は、標準語が関西弁だった。
東京にいても関西弁を使い、大阪ではもちろんコテコテの関西弁である。
大阪の飲み屋で「どこの出身見える?」と聞くと大体が「関西の人?」と言われる
それだけ染まってしまった。

盛岡に帰って気がついた
北上弁と違うことに…
盛岡のほうが、なんとなく柔らかいのである。
南部藩主の奥さんが京都から来ているせいだと、ものの本に書いてある。
盛岡の言葉も、いいものだ…

と思いながら、前田正二の本を読んでいたら

アクセントは強弱でなく高低だ。と言う
さまざまな言葉の環境で暮らしてきたために
言葉を覚えるのが精一杯で、アクセントやイントネーションまで覚えていないことに気がついた。

魔子様は東京生まれである。
いつも食事のときに小生に言う
「あんた!アクセントが違うよ。橋でなくハシ!

たぶん「こんなアクセントやイントネーションでは人前で話すな!」と神様は。言葉を奪ったのかもしれない(泣)

 

追伸:
小中高と一緒の友人がいる。いつのまにかアナウンサーになっていた。
子供の頃、北上弁で話していたのが、なぜか標準語(共通語)になっている
油断も隙もない。