『手術中は、動けないからね」と手術の説明をした医師は、言った
「咳をしたかったら、手を挙げて…トイレに行きたかったら手を挙げて…眼球に注射針を刺したままストップをしますから…」
と恐ろしげなことを言って…白内障の手術は
「3月11日午後3時から」と決まった。

昨年秋から、変な黒い蚊のようなものが飛ぶ。
本を読むと老眼鏡が曇っているのか、字がかすむというか、曇りガラスを通して字が見える
パソコンも、モニターが一分かすんで読めない。
呑みに行ったみかんやでmicannに「白内障だね」と言われて安心した
これが緑内障だったら偉いことだ
白内障は、簡単な手術で治ると聞いていた。

先日も佐藤政行の社長が「いやぁ白内障を手術すると感動するよ。わたしゃ15年ぐらい前で…。片目だけ、本当は両目をしないと行けないのだが…」
みんなが言う。白内障の手術は、社会が明るくなる。何でこんなのを早くしなかったのだ。社会はこんなに明るかったのだ。
その感動の白内障の手術を中央病院の4階眼科病棟で、3月11日午後3時に待っていた
「今日は、早く進行しているようだから、15分ぐらい早くなるかも…」
と言いながら看護婦は、ホウレン草に味の素をふるように何回も点眼薬を差していった。
「これは殺菌の…」「これは麻酔が入ってます…」

「そろそろ手術室から、お呼びが掛かるかもね」
「もうすこしで…」
「そろそろ…」

と言いながら、それは来た。
6人部屋の二人のベッドの携帯が鳴った
ピーピーピー「緊急地震速報」である

そして

ごお〜

横揺れの大きな揺れ
通りの方に大きく傾く建物。
そして、反対側に反動で大きく揺れる

長い。なが〜い。揺れ、ベッドにしがみつくモノ
看護婦が、病室に入ってこようとして、逆方向に持って行かれる

しばらく、それが続いただろうか?
揺れが少し落ち着き
一斉に、ベッドの脇のテレビをつけた
「震度6強」が見えた
震源地がなかなか表示されなくて、余震が続く

そのたびに看護婦達の叫び声と
眼科は小児科と一緒の病棟なので、子ども達の叫び声が混じる
以前入院していた時にも、地震があった。
看護婦は「震度7まで耐えられるように設計していますから…」と言い放った。
もう中央病院は、小生の庭である。なんでも知っている。

そのうちに「一部屋にテレビは一台にしてください。自家発電に切り替わりましたので…」
しかたなく、長老らしき人だろうか…隣は宮古の人だろうか…、
そのテレビを遠くから眺めていると…
なんだか川のようなものを家か船か…登ってくる。
「えっ〜なんだ、あの絵は…」
宮古から来ていると言う年寄りは、ぼつりと
「宮古だ」と言う

次から次へと衝撃的な映像を見たような気がするが…
とりあえず動転して、
”これは普通ではない、とりあえず病院を出ないと…”

そこへ眼科の医者が
「こういう状況では、手がぶれて手術ができませんので中止します」と
「外出していいですか?」「外出許可を出します。必ず戻って…」

人を受刑者みたいに…言う

とりあえず病院を出た地震から1時間も経っていただろうか?
病院の前の通りは薄暗く、街路灯も信号も、消えている

バイパスは信号がないので交差点は混雑。
工事中に落盤事故を起こしたという北山バイパスを、おそるおそるくぐって

ろくに飯を食っていない、と言うよりも飯が食えない身には、歩くのがふらふらでつらい
身体に力が入らない、足があがらない、前に行かない。

ようやく通じた電話で店から迎えに来て貰った。
真っ暗な店に着いたのは5時半だった。

6年前3月11日のブログをコピペした。
風化させないために…
自分にとっては、1.17の神戸の大震災は妹が、神戸に住んでいた。
3.11は、内陸であったが当事者であった。
この二つの自然災害は、風化しない。自身の問題として体験したことだから…

自身の問題となっていないとこに、風化はある。
原発の再稼働のように…
政治家は、自分の問題として想像することが求められる
多くの政治屋は、想像力が欠如している。