ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

流通不全

値上げを言ってきた。
仕入先からである。
「こんどから値上げをするので見積書を持参する」
もう一軒な
「家族経営的なものから、企業経営に大きく変更するのでこれを機会に採算を見直したい」
そんな話だ

「値段を上げる」というのは、なかなか難しい。
積み上げて値段が合わないから値段を上げる
というのでは、積み上げたものが妥当なのか…という問題が有る
それ以上に、なぜ上がるのか?という説明が必要である。
そして、徹底して無駄を省いた合理化を実行しているのか?

生産者が直接に消費者に販売しているのなら、双方が駄目ならやめる、了解なら上げる。
ということで良いのだろう
しかし、仲介の労を取る者(野菜畑)にとっては、双方(仕入先とお客)の納得を得なければ子供の使いである

仕入先が、”そんなのめんどくさい、嫌ならやめたら”というのも一つの方法である
大きなメーカーや流通は、そのように彼らのシステムを押し付けてきた。
ちいさなメーカーや流通は、その間隙をついて商売を広げてきた。

「産直」もそうである
ちいさなときは、それぞれのお客にきちんと対応してきた。
値段は感覚である。(相対のおまけがあった)
大きくなると、大量の商品を並べてお客が選ぶという対応になった。
値段も、あくまでも相場である。(一方的な値付けである)
当店のような”中途半端な流通”は、値上げに対して対応を間違えると、その存在価値が疑われる。

農家のために…生産者のために…
ということで始まった産直も、これだけ地方経済が悪化していると
農家ほど…生産者ほど…安定しているものも、ないのではないか
何と言っても働く場所があり、食べ物があるのだから…

 

朝、店に通う道で、乳母車にゴミの袋を積んでゴミ出しをしている一人暮らしだろう老婆がいる。
だれも面倒を見てくれないのか…
弁当屋からいつも二食の弁当をかかえて変える老人がいる、朝昼兼用と夜の分だろうか…
市場からでる残り物を販売している店に、群がる客がいる。
標準年収以下といわれる貧困率が16%だという。
ひょっとして、それ以上にいるかもしれないと言う。

農家は、長い付き合いだから、その暮らしぶりは、ある程度予測がつく
しかし都会の人は、壁一枚隔てて隣は何をする人ぞ?だれも知らない。

政府や日銀は2%の物価上昇というが、それが貧困の解消にどんな意味を持つのか…
一つ一つの値上げに何故?という強い疑問を持たないと、野放しになってしまうのではないか…
農家の生活と…お客の生活と…お互いの理解がないと…
それを取り持つ(?)のが流通なのか…

流通不全

と言いながら、消費税アップの納豆の値上げがなかなかできない。
毎日食べるものだから…(泣)

 

うめはる

「昔、繊維業界に勤めていた。」と言うと、人はある程度納得する。
ところが「ファッション業界に勤めていた」と言うと、驚く。
ジッと、上から下まで見て…
”そのセンスで…”と心のなかで、つぶやいているのが聞こえる

最初に勤めたところが「商社」なのである
「商社」と言っても”総合商社化”に乗り遅れた「老舗の繊維専門商社」である。
多くの新入社員が、繊維に配属された。
英語ができそうなやつは、繊維貿易へ
まるっきり英語が話せなさそうな顔をしているやつは、国内繊維へ

国内繊維でも、身体や、声の大きな体育会系は、大阪へ
ちょっと神経質なおぼっちゃん風は、東京へ配属された

何と言っても大阪の繊維業界は、ヤクザである
「繊維で一人前になったら商売は一流だ!」と言われていたが
今にして思えば。「山口組」で若頭になるようなものだ
そういえば先輩たちもヤクザのような人ばかりだ。(Blogを読んでいないと思うから言うが…)
女子社員は、すべてヤクザの情婦のような感じだ(感じだ!たぶん!)
最初は東京へ配属されたが、やはり間違えたのか?すぐ大阪に転勤になった。
大阪は、水を得た魚のように動き回った。

あるとき「横縞のボーダーが曲がった」というクレームが付いた
丸編であるから螺旋上にボーダーができあがる。それを切り開いて糊ではっつけて伸ばすのである。
反物のときは真っ直ぐである。縫製している最中に、徐々にもとに戻ってくる。
今はなくなったが、昔、わきで縞模様がずれているシャツをきていたやつが多い。
だから大きな縞模様はできなかった。というよりもメーカーは嫌がった。
「縞が曲がった」とクレームがついて販売員が一緒に行ってくれ!と言われた
一緒に行った。
担当の人が出てきて、ネチネチと嫌味を言った。
すぐ言った「当たり前や!こんなんは曲がるもんや!」と言うと
相手は驚いて黙った。
すこし大声だったかもしれない。
すこし声が低かったかもしれない。
すこし語気が荒かったかもしれない。
顔が歪んでいたかもしれない。
眉毛が逆だっていたかもしれない。
右手が内ポケットのピストルを触っていたかもしれない。
交渉は、最初が肝心である。

無事にクレームは解決した。(相手が黙ったので…)
あとから販売員が言った
「あの人もう連れてきていらん」とトランプ(?)のようなことを云われたらしい。

そんな大阪の繊維業界から東京へ転勤になった。
東京は「ファッション業界」と言う。場違いのところへ来てしまった。
なんと言ったって、キンキラキンの女の子ばかりである
と思ったら、当時は黒と白のファッションだった。
マンションメーカーと言われるマンション一室で、デザインをおこし、
縫製業者に委託し、ちいさなブティックに卸すところが一杯あった。
そんなところのデザイナーと商売するのに、自身の服にセンスが無いので困ったが
当時は白黒だったので、これ幸いとヤクザルックにした。
ダークスーツにピンストライブである。
しかし、商売はカラーコォーデネートである(?)
「流行色協会の色を参考に…」と言っても、ちんぷんかんぷんである
そんななか記憶に残っているのは「うめはる」という言葉である。
「うめはる」と言うのは「梅春」と書く。
春よりも早い季節、真冬が終わった頃である。
ようするに1月2月に店頭に並べる商品群や、その色である。
年末セールが終わり、消費が冷え込む1〜2月、
暖かくなって出歩くようになって購買力も回復する3月から4月の春。

そんな1月2月の梅春は、商売も停滞する。
毎日食わないとやっていけない人間も、冷蔵庫にある買いだめ他正月の残りを漁って過ごす日々である
岩手の八百屋も新鮮なものは無い。下りものばかりである。
あるのは沢庵、それさえも昨年の秋は不作で早々に終わった。

次にでてくる山菜まで、じっと我慢の梅春が続く。

 

 

たんじょうび

「誕生日おめでとう」
玄関にボール持って出てきた男の子に声をかけた
「いくつ?」と聞くと
指を四本出して突き出してきた。
「もうすぐ幼稚園?」と言うと、嬉しそうに顔をほころばせた

誕生日会の弁当をである
親せきが集まるのか…
仲良し友達が集まるのか

一つだけ子供用で、後は大人だと言う

 

なかなか違いが出せない
そこでメニューを…

しかし、ひらがな読めるかな?

すすむ

またまた金沢から、かぶら寿しの詰め合わせをもらった
その中に”ふぐの子糠漬け”が入っていた。
ぬか漬けにこっている入道としては、是非賞味しなければ…

それよりも久しぶりに、フグを食べてみたかったのである
フグを食べなくなって、久しい。
子供の頃から、フグは猛毒という認識があった。
青年になっても食べたことはない。
だれだか歌舞伎役者があたって死んだという話もあった。
社会人になっても、食べたことはない。
それが一変したのは、ひれ酒である
いや、ひれ酒と共に、”てっちり””てっさ”を食べる20代中頃の大阪時代である
道頓堀に安いフグ屋が、軒を連ねていた。
東京では高級料理だったので驚いた。

香ばしいひれ酒と、淡白なてっさを食べた。
あまりにも淡白すぎて、美味しいと思ったことはない
これが高級フグか…とB級フグ屋で思った。
フグよりも、ひれ酒だった。

てっちりも、鱈鍋とどう違うのか…と思った。
味覚音痴を自認した。

それが東京へ転勤して、両国のフグ屋へ行った
「厚く切ってくれ!」と、接待先の得意先の人が言った
”薄く皿の模様が見えるように着るのが技だ!”と一般的に言う
その店は、厚く切った。カツオのように…
喰いごたえが有った。そのボリュウムと濃い味は。インパクトが有った。
まるで白鳳と入道のガチンコ勝負のような、一方的な負けだった・

それ以来、てっさは食べたことがない。あの味にまさるものは無いからである。
しかしヒレ酒は美味しい。ストーブの上でヒレを炙り、チンチンに熱くした燗酒に入れる。
ふうふういって、アチアチと言いながら喉に流し込む。
あの香ばしいかおりが、鼻から、喉から、口の周りにまとわりつく。
至福のひとときである。

安いものが好きなのである。昔から…

そして、いつもは、”ふぐの子”など口に入らぬ
いつも口に入れるのは、
海辺の育ちの魔子様が嫌う「生臭い!生臭い!」という

”ししゃもの子供”である

しかし、ふぐのこ糠漬けは
塩と糠と糀を用い、伝統の技法にて2〜3年発酵させ、毒を消し旨味を引き出した。
昔ながらの保存食で塩辛さが特徴です
とある
塩辛いのである。特別に…
酒が…ご飯が…なんでも…すすむのである。

ぬか

レジにたって、食事を済ませた客と会話をする
こびる食堂で野菜天ぷら定食を頼んだ客だ。
ご飯が切れて、だいぶ待たせてしまった。
家族連れで四人、幼い二人の子は就学前だろうか…

「待たせて申し訳ありませんでした」
「いえ大変美味しかった」
「天ぷらも…炊きたての御飯も…」
「いつもは、ご飯を食べない子どもたちがお代りをした」
と言いながら
「ぬか漬けも、美味しかった」と言う

ふとみたら漬物コーナーに、最後になったので残ったぬか漬けを並べた
べつに「ぬか漬け」と表示したわけではない
食べて「ぬか漬け」とわかったようだ…

「関東の方ですか…」
「ええ転勤で…」

「ぬか漬け」を分かる人は、盛岡には少ない
”酸味”が有るから、ちょっと過ぎた塩漬けのような感じがする。
以前、盛岡の某生協で「ぬか漬け」を売っていた。
買い求めて、熱燗のお供に”ぬか漬けきゅうり”を添えた。
塩漬けだった。まわりには、それらしく糠がくつけられていた。

東北の人は、ぬか漬けを知らない。
そういう文化ではないからである。
ぬか漬けと言うのは、コメ糠がふんだんに有り、温度が高い等土地柄でないと、そのような文化は育たない
そして自宅に人がいて、しょっちゅう手をかけて育てるという、ところでないと…
ちなみに”ぬか漬け”と検索すると、九州の福岡がネットではでてくる
九州の文化なのかもしれない

つまり、温度が低く、
農作業や山仕事で、朝、出ていったら昼しか…
いや弁当を持って、夜しか帰ってこない東北の田舎ではなかった文化である。
そして玄米を供出する東北では…

「江戸わずらい」という言葉がある。
江戸時代、参勤交代で江戸に行く武士がかかる病気であると言う
身体がだるくなり、脚がむくみ、食欲がなくなるという。
結果、死に至るケースも有るという。
それが故郷にもどると、不思議に治ると言う
白米を多食する江戸の武士にだけ起こる病気である(とは後世にわかった)
脚気である。ビタミンB1の不足である。
商人などの住民には少なかったのだろうか…
ぬか漬けを食べている庶民には…

さて大分、ぬかもゆるくなってきた。
当店の糠を炒って、塩を足し、唐辛子を放り込んで、今回はわかめの粉を入れてみた。
さてさて味は…

最後の新年会

いわて食文化研究会の新年会が当店のこびる食堂で開かれた
代表である岩手大学の副学長菅原悦子教授の挨拶と、元スコーレ校長の宮本副代表の乾杯で始まった

”食べる会としては人数が多かった”という田沢事務局長の話だった。

 

飲物は

ベアレンの生ビール(クラッシク)の予定だったが、サーバーの部品が見当たらないので、瓶ビールに…
(クラッシックとシュバルツにアルト)
亀ヶ森醸造所のシードルと微発泡ワイン二種
わしの尾の陸羽132号の冷酒と熱燗
岩泉のじっちゃばっちゃ
本物のジンジャーエール
岩手町遠藤幸悦と盛岡筒治万里子のリンゴジュース
大迫の大和田博の濃厚キャンベルジュースとコラボジュース

料理は
旬のウドの豆味噌(豆蔵)マヨネーズ和え
短角牛の中華いなきび和え
里芋のエゴマあえ
紫甘藷の春巻き
田楽茶屋豆腐の白和え
宮古の牡蠣と寒締め菠薐草のオリーブオイル炒め
山形村の貴重な短角牛のもつ煮
葛巻みち草の驛の保存食、蕨・蕗の煮物
岩泉の寒干し大根の含め煮
ジビエ(鹿肉)のステーキ
自家製本格ぬか漬け
無農薬玄米きらほおにぎり
打ち立て手打ち濃厚つゆ温そば

一つ一つ意味といわれがあるが…

一つだけ紹介
ジビエ(フランス語で野生の肉)鹿肉
ハンター作家村井直衛さん(地上文学賞受賞)の仲間の撃った肉(紫波町産)
彼の小説は、農産物がイノシシや熊、鹿等の被害に悩む農家と自然保護との摩擦の中で
悩む行政の取り組みを紹介している。

それを元フランス料理のシェフ(マクロビのウサギボタニカ)の福士正巳シェフに食べごろに下ごしらえ(掃除)してもらい、
彼のおすすめで、オリーブオイルとバターを掛けながら焼いた。

放射能検査は10ベクレル
思ったより少ない。

 

人間と野生動物との共存
企業畜産の問題。
従来の獣食文化の保存
狩猟の技の継承
原発における科学技術と農業問題

さまざまな問題が、この一品には含まれている

差し入れ
葛巻森のそば屋の高家さんから
「薪」の差し入れが有った・
最高級のナラの尺五寸の薪である。
「最高級の薪」という言葉は、今は通用しないか…(都会では…)

追加:事務局次長の中村氏持参
サンマの飯寿司(東山町)
(米の保存ではなくサンマの保存のために米を利用した
米は食べない、サンマだけを食べると言う)

陸羽132号が4本(四升)空いた。(唖然!)

ピノキオ

テレビが取材に来た


広告宣伝費を計上できない…
営業マンを雇えない…
中小零細企業にとって

取材は有りがたい。

もう22年前になるだろうか?
テントハウスでオープンしたての時、新聞の折込チラシを配った。
7月初めに「街中産直オープン」というテーマだった。
慣れていない初めての小売業で、来客の多さに右往左往した。
しかし、それは3日と続かかなかった。

それから苦悩が始まった。
なぜ客が来ないのか?
どうしてリピーターが、ないのか?

悩みに悩んでいた時期に、イベントを企画した
「コーンフェステバル」と名を打って、”朝採りとうもろこし”を売る企画だった。
8月はじめの土・日だった。
土曜日は、冷たい雨の降る日だった。
客は少なかった。
そこへ投げ込みをした効果なのかテレビ局が、取材に来た。
そして客が来ない中、たまたま買いに来た人をインタビューして帰った。
その夜ニュースで流れた。

よく日曜日、農家の”とうもろこし”を集めて店に帰ってくると
行列ができていた。
その日は、片道30kmの産地を3往復してトラックで荷物を運んだ。
それから順調に売上が伸びてきた。

テレビは、あなどれない。
なんと言ったって映像と一緒だ。
映像は、見た瞬間、視覚と聴覚で強烈なインパクトを与える。
わしの顔と一緒だ!

それから、マスコミと仲良く付き合うことにした。
しかし、最近は影響が少ない。

テレビ放映されても、雑誌や新聞、ミニコミ誌で紹介されても
その効果が長続きしない。
あふれる情報に、選択の幅が広がりすぎているのだろうか
そして、次から次へと情報が過多になり、情報が古くなりつつある

だから大手メーカーのように次から次へとCMを替えて
次から次へと新しい製品を出していかないと…

しかし企画力もない宣伝費も計上できない、営業マンもいない
零細中小企業は、太刀打ちできない。

そんななか今回は、魔子様の手俳優と
インパクトの有る小生の顔で勝負の予定だが…
カットされるかもしれない!なんと言ったって

アップに耐える顔ではないのだ!

 

 

VEND

浅田次郎のエッセイを読んでいる。
なんでも日本航空の機内誌に連載したものだとう。
浅田次郎は、「壬生義士伝」が映画化されたときから、読み始めた。
壬生義士伝は盛岡を題材とした映画だから!と勧められて見に行った。
久しぶりの映画館で、その小ささに驚いた。
それまでは高倉健の「鉄道員(ぽっぽや)」をテレビで見たような気がする

 

読み始めたと言っても熱心に読んでいるわけではない
目についたものを、ちょと読む程度である。
このエッセイは、たまたま時間が有ったので上盛岡のさわや(本屋)で手に取った
ハマってしまった。
この中で浅田次郎の娘が「岩手医大」だと書かれ、そのために盛岡に何度も行く機会があり
「盛岡をテーマにした小説を…」ということで”壬生義士伝”が生まれたと言う逸話が書かれていた

浅田次郎は、ちょうど一年下である。同世代の作家である。
だからエッセイの中で書かれている昔のことがよく分かる

やはり小生と一緒で英語には苦労したらしく、JALの機内誌らしく海外旅行のことがよく書いてあるが
通訳といつも一緒だ。
ペンクラブ会長も務める大作家だから、編集者も一緒の大旅行のようだ…

そのエッセイの中で「EVER VENDING STORY」というテーマが有った。
この意味が、わからない。
高校のときに買い求めた古いエッセンシャルの辞書を引いた。
「辞書を引く」という言葉は死語になったのか?
今、辞書などという本(?)は使わないのか?
パソコンで入力すると、すぐ翻訳されるのでは無いだろうか?
そんなことを思いながら、時代遅れのおっさんは、辞書を引いた。
なんとVENDは「売る」という意味だった。
売るという英語は「SELL」しか知らない。
なんと貧困な英語力なのだ(泣)

そしてVENDING MACHINEは、自動販売機だという
エッセイは日本に自動販売機が多い。海外ではほとんど見当たらない。ということを書いてある
そしてコミュニケーションを取らないで買い物ができることの疑問を投げかけていた
なるほど!そうだ!そうだ!と思いながら自分の英語力なさを嘆き、

それだけではない。
冷たく、熱いものが出てくる自動販売機が、どれだけ電力を食うか?
日本に自動販売機が、なかりせば原発は必要ないと言う人もいる

便利な自動販売機が、どれだけのデメリットをもたらしているのか…
考えさせられる

当店は街道沿いに有るために、さまざまな自動販売機の業者がやってくる
すべて断っている。
売上だけで考えて良いはずはないのだ!

と言いながら、赤字に悩む毎日である

月別アーカイブ : 2017年2月