3月は弁当の注文が多い。
一番は、学校関係だ。
やはり送別会シーズンだからだろうか…

ワシなら「みんなで一杯やって!」と思うのだが
子供を持つ親としては、夜、抜け出すのは難しいのか…
そんなわけで、送別会や謝恩会用弁当の注文が、あちこちの学校から入ってくる。

サラリーマンの頃は、ほとんど学校は魔子様に任せていた。
魔子様も、他の人に任せて(?)ノータッチだった。

 

自営業を始めて
有る出来事で、中学校のPTAにかかわるようになったが…。
驚いた
ある母親に「今頃、出てくるなんて…」と面と向かって言われた。
なんと小学校から続くお友達グループが、中学校のPTAを仕切っていたのだった。
お飾りの父親のPTA役員、実質主導権を持った地元の小学校の母親グループ、事なかれ主義の学校幹部、そこへ単身乗り込んだ。
味方は、良識的なお母さんが2〜3人、それと移ってきたばかりの担任の教師と、クラスの子どもたちだけだった。
校内では難しいだろうというので外部に「子供の教育を考える会」を作って、会報誌を出したり、月に一度、他の学校の親との集まりを持ったり、退職した先生の本音の話を聞いたりと、店の仕事よりも熱中(?)した。
あまりにも騒ぎすぎ、PTA幹部に呼び出され囲まれ、吊し上げを喰ったこともある。
「こんど手を上げたら、叩き潰してやる」という脅しとともに…
そんなお飾りのPTAも、結局は親の見栄と、学校の体面と、文科省の本音のせめぎあいであった。
親は三年たてば卒業だから我慢、学校は静かにしていれば豊かな定年の学校幹部と、国を背負うという名のもとに軍隊養成を目指す文科省。
だれも、子供のことんなど考えていないのである。
卒業式にクラスの子供達から、手づくりの「感謝状」をもらったのが唯一の誇りだ。
もう20年前の事である。

最近、いい先生や、組合幹部と会うと、学校も変わったのか…
と嬉しく思う反面
反動が、森友学園を産んだのか?と考えることも…
我々が小学校5〜6年の頃、クラスの黒板に落書きをした
「安保反対」
教育勅語を暗唱するこの子らは、なんと落書きするのだろう?