「昔、繊維業界に勤めていた。」と言うと、人はある程度納得する。
ところが「ファッション業界に勤めていた」と言うと、驚く。
ジッと、上から下まで見て…
”そのセンスで…”と心のなかで、つぶやいているのが聞こえる

最初に勤めたところが「商社」なのである
「商社」と言っても”総合商社化”に乗り遅れた「老舗の繊維専門商社」である。
多くの新入社員が、繊維に配属された。
英語ができそうなやつは、繊維貿易へ
まるっきり英語が話せなさそうな顔をしているやつは、国内繊維へ

国内繊維でも、身体や、声の大きな体育会系は、大阪へ
ちょっと神経質なおぼっちゃん風は、東京へ配属された

何と言っても大阪の繊維業界は、ヤクザである
「繊維で一人前になったら商売は一流だ!」と言われていたが
今にして思えば。「山口組」で若頭になるようなものだ
そういえば先輩たちもヤクザのような人ばかりだ。(Blogを読んでいないと思うから言うが…)
女子社員は、すべてヤクザの情婦のような感じだ(感じだ!たぶん!)
最初は東京へ配属されたが、やはり間違えたのか?すぐ大阪に転勤になった。
大阪は、水を得た魚のように動き回った。

あるとき「横縞のボーダーが曲がった」というクレームが付いた
丸編であるから螺旋上にボーダーができあがる。それを切り開いて糊ではっつけて伸ばすのである。
反物のときは真っ直ぐである。縫製している最中に、徐々にもとに戻ってくる。
今はなくなったが、昔、わきで縞模様がずれているシャツをきていたやつが多い。
だから大きな縞模様はできなかった。というよりもメーカーは嫌がった。
「縞が曲がった」とクレームがついて販売員が一緒に行ってくれ!と言われた
一緒に行った。
担当の人が出てきて、ネチネチと嫌味を言った。
すぐ言った「当たり前や!こんなんは曲がるもんや!」と言うと
相手は驚いて黙った。
すこし大声だったかもしれない。
すこし声が低かったかもしれない。
すこし語気が荒かったかもしれない。
顔が歪んでいたかもしれない。
眉毛が逆だっていたかもしれない。
右手が内ポケットのピストルを触っていたかもしれない。
交渉は、最初が肝心である。

無事にクレームは解決した。(相手が黙ったので…)
あとから販売員が言った
「あの人もう連れてきていらん」とトランプ(?)のようなことを云われたらしい。

そんな大阪の繊維業界から東京へ転勤になった。
東京は「ファッション業界」と言う。場違いのところへ来てしまった。
なんと言ったって、キンキラキンの女の子ばかりである
と思ったら、当時は黒と白のファッションだった。
マンションメーカーと言われるマンション一室で、デザインをおこし、
縫製業者に委託し、ちいさなブティックに卸すところが一杯あった。
そんなところのデザイナーと商売するのに、自身の服にセンスが無いので困ったが
当時は白黒だったので、これ幸いとヤクザルックにした。
ダークスーツにピンストライブである。
しかし、商売はカラーコォーデネートである(?)
「流行色協会の色を参考に…」と言っても、ちんぷんかんぷんである
そんななか記憶に残っているのは「うめはる」という言葉である。
「うめはる」と言うのは「梅春」と書く。
春よりも早い季節、真冬が終わった頃である。
ようするに1月2月に店頭に並べる商品群や、その色である。
年末セールが終わり、消費が冷え込む1〜2月、
暖かくなって出歩くようになって購買力も回復する3月から4月の春。

そんな1月2月の梅春は、商売も停滞する。
毎日食わないとやっていけない人間も、冷蔵庫にある買いだめ他正月の残りを漁って過ごす日々である
岩手の八百屋も新鮮なものは無い。下りものばかりである。
あるのは沢庵、それさえも昨年の秋は不作で早々に終わった。

次にでてくる山菜まで、じっと我慢の梅春が続く。