友人から貰い物だ
最近、貧乏になってきたせいか…
貰い物が多くなった

「ほんの気持ち」が嬉しい
「酒の…」と言っていたので「酒か?」と思って開けたら
手づくりのパンと、鶏が入っていた

手づくりのパンは、魔子様が早速切り分けて口に放り込んだ。
「うまい」というより、作り慣れた人のパンだ。上手だ!旨い!

 

そして鶏である。
これを内臓の部分に何か入っているに違いない
解体するには…
やはり解体学校に入って勉強しないと…(と昔は思った)
今はネットで調べられる
もも・手羽・胸・乳・尻と切り開いて行くが、包丁が問題だ
(あこがれの乳はない、哺乳動物ではない)
この手の肉は、洋包丁で良いはずなのだが…
その包丁が切れない洋包丁なのだ
毎日、きっちりと研いでいない
仕事と一緒で、行き当たりばったりである。
バサバサの、ばらばらの肉塊が出来た。
しかし、口に入れると香ばしくて塩気が強くて旨い
なるほど「酒のあて」である。

 

彼と「売る」ということを話した。
もともと農業は原始時代から自給自足だった。
それが物々交換になり、貨幣経済になった。
しかし、日本の隅々まで貨幣経済が行き渡ったのは、つい最近昭和50年代である
山形の知人は、少年の頃、軽トラで売りに来る人と「米と魚を交換した」と言っていた
1930年の恐慌は、岩手の山奥では、だれもそんなことを知らなかったと言う
貨幣経済は、浸透していなかったのである。

ところが貨幣は、その手軽さから、そして保存性から可及的速やかに広がって行ったのである。
何と言っても、持っていて腐らない

食べ物は、どんどん腐る。
腐るから、本来はいる分しか作らなかった
それが武士が生まれ、都市と農村に分離してから、武士や都市のぶんまで作らないといけなくなった。
徴税や貨幣目当てに…
以前は不足していたから、ほとんど作ったものは供給された
昭和30年台に米が完全自給された。
その後、農産物も余剰ができ「売る」ということが重要視された
卸売市場法は、昭和30年代だった。

そして飽食の時代は、輸入農産物と大量生産技術によって余剰のものを「売る」ということが技となり。力となった。
小生22歳のときの、「卒論」と言う丸写しのレポートは「流通業に卸売は必要か?」で商社に入社した。
そして45年後の結論は

「作るのは楽しい。売るのは難しい」
「良いものはい売れるではなく、売れたものが良いものである」

 

少し端折って書いた

詳しく書きたいが…今は時間がない。後からじっくりと書こう!