年末に弁当の注文の問い合わせがあった。
年明け早々に40食だという。

当店は、消費者ニーズに懐疑的である
しかし、お客様のワガママには、できるだけ対応している(?)
魔子様は「40食は多いね…」と言って無言である。
こういうときは、あとでなんと言われようと押し切る
「注文!受けたよ!!」と言って…
「なんだかんだと言って…受けるのね」と言いながらブツブツ言う魔子様に注文書を渡す。

昨年から最低単価を上げた。
500円から700円である。
最低500円だと「配達付きのほか弁」と勘違いして注文をくれる。
注文はありがたいのだが、「配達」がメインになって弁当の評価があまりされない。
ようするに弁当担当が「焼肉弁当を選んだのか?」「焼き魚弁当なのか?」「幕の内なのか?「のり弁なのか?」
「まぜあわせで注文をしたのか…」それで頭を悩ます。

当店は「800円の弁当」と言うとそれなりに作る。
そして魔子様は、それなり以上に作ってしまう。
「原価が合わないよ!」ときつく叱っても
「手は抜けない!」と言い張る

 

若かりし頃、会社で電話がかかってくると
「三回ベルが鳴る前に電話を取れ!」と言われた。そして
「”こちらから掛けます”などと言うな!どこから電話だ!
遠方は電話賃がいくら掛かると思うのだ!すぐ出ろ!」と怒られた。
しかし「来客中は出るな!」と教わった。
わざわざ尋ねてきた人と向き合っているのに、割り込んできた電話に出るのは、来ている人に失礼だ。と言うのである。

それと一緒で、「朝定食」や「ランチ」で、わざわざ来店している客をそっちのけで、配達弁当を作っているのは申し訳ない。
だから弁当を、どんどん広げると、来店している人に申し訳ない
じゃ〜別会社で弁当事業を大きくして、人を雇って…、
規模拡大で… 原価を安く上げて…
と言うのが資本主義経済の拡大思考の発想である。
そうすると、資金が必要となり…、人件費がかかって…、経費が増えて…、競争が激化して…それに立ち向かうためにコンサルに相談して…
金融機関の餌食になり…と言う悪循環に陥る。

こちとらが狙っているのは、縮小経済の循環型の仕組みである。
その発想方法の原点が農業である。いや「農」か…
ようするに暮らしとしての…
営みとしての農である。
そして三ちゃん農業である。

もう若い人は知らないだろうが
昔の兼業農家は、オヤジが金を稼ぎに行って、残された爺ちゃん婆ちゃん、かぁちゃんで農業をやるという仕組みである。
ようするに、家で食べるもの、使うものは、すべて家族で作り、ほんの少しの現金収入でも一家が元気で仲良く暮らせると言う仕組みである。
そこには「原価計算」という仕組みがないのである。
働けば働くだけ、自然がお返しをしてくれると言う仕組みである。

そんな仕組みが、今の家族という単位で出来ないか?
という馬鹿みたいな、夢のような試みである。
新春に、ふさわしい試みである(?)

そんな試みは、新春に形として現れた。

配達をした某国立大学の芸術系の集まりの担当者がメールをくれた

「本日はありがとうございました。
参会者の皆から好評をいただきました。
毎年この時期に研究会を行なっていますが、弁当で感謝をされたのは初めてです。
私も嬉しくなりました。
お品書きなども添えられていて、真心が伝わるお弁当でした。
大変ありがとうございました」

お金ではない、感謝の気持ちが嬉しい。