ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

効率的老化

先日テレビで見た。外山滋比古である。
30年を掛けて200万部売れた!という文庫本のニュースである

100万部売れたらミリオンセラー(大ヒット)だと言うのに、
その2倍200万部を30年もかかったと言う。
しかし、30年でも売れればいい。売れないで消えていく本がいかに多いか…

この本は、確か買ってある。と思って手を出さなかった。
多分、買ってある。
今までに買っていないと思って家に持ち帰ると有った。
それが、二回や三回どころではない
同じ本を、三冊買ったことも有る。(魔子様には内緒だ!シッ)
三冊目を本棚を整理して見つけたときには、あまりにも記憶力の悪さに泣けた。

この本は、絶対に買ってある。
だから30年間買わなかった。買わない訳がない。
そして読まなかった。読まない訳がない。
しかし、気になっていた。
なんと言ったて、「さわや書店の松本大介」

もっと若いときに読んでいれば…

と言う言葉が帯に書いてある。

覚悟した。
多分、本棚を整理すれば2~3冊出てくるかもしれない。
しかし、読まなければならない。
なんとしても今、読まなければ…

本を開くのが恐ろしかったが…
最初のページで引き込まれた

 

グライダーの話だ。
機械工学でも、流体力学でもない
教育の話である。学びの本質である。
飛行機は自力で飛ぶことができる
グライダーは自力で飛ぶことが出来ない
つまり、日本の教育は(学びは…)
学校と言う人間養成所でグライダーと言う、
自分で考える力を持たない人間を量産している
自分で考える飛行機型人間を、作ることができない
人間は本来、両面の機能を持っているのに…
これからグライダー型人間にエンジンを搭載して飛行機型人間を作るにはどうしたらいいのか…
グライダー人間では、コンピュターに取って代わられる。

と第一章から手厳しい。
しかし、これは30年前の文章であるが、
30年経って今のコンピューターは将棋界・囲碁界の名人をなぎ倒し、飛行機型に近づいてきている。恐ろしいことである。

 

そして今朝は、第三章「朝飯前」を読んだ。
ようするに「朝飯前」と言う言葉は、「簡単だ」という意味に取られるが

朝のほうが頭脳が明晰であり事柄がよくはかどる。
と言う意味だという。
それは作者も体験して実感していると言う
だから朝飯前の時間を長く取ることが有意義な時間活用方法であると説く。

早朝に起きて一区切り着いたら朝飯を食って寝る、
目が覚めたら、本を開いてまた朝めしを食う
ようするに二度朝飯を食っている間に時間は夜になるという
朝飯前の時間を、いかに取るかが工夫のしどころである。

なんだか自分の生活と一緒だ
朝2~3時に起きる。
ネットサーフィンや、本を読んだりしていると、
いつの間にか腹が空き4〜5時ごろ朝めしを食う
食べると必然的に眠くなる。軽く睡眠をして6時に起きて店に行く。
店で怒涛のような午前中の時間を過ごし、午後になると眠くなる。
ちょっと一休みすると、もう閉店時間である。
それから翌日の段取りをすると、もう夕食の時間である。
気がついたら、テレビの前で盃を抱えて、ニュースを見ていた。
それが終わると朝飯前の熟睡に入る

これが、ここ5年ぐらいのスタイルである、
それ以前は、朝型であるが、ここまで徹底しなかった。
しかし、このスタイルは時間が早く過ぎる
あっという間に60代も後半に突入である。

効率的に時間を過ごすことが効率的に老化すると言う実践的体感である。
しかし、もう一冊本棚の片隅に有るだろうという想いは消えない

 

遍歴

もう10年以上になるだろうか…
パソコンをウィンドゥズからマックに変えた

友人の強い勧めである。
彼は「絶対にマック」と言って譲らなかった
ウィンドウズで使用していたソフトも色々とあった
一番大切だったのは、FAXのソフトだった。
パソコンでFAXを書くと、ボタンさえ押せば飛んでいく(?)
だんだん不精になってきて、プリントアウトして、またFAXまで行くのが面倒だった
それがMACによって、できなくなった。当時MACのソフトは少なかったのである。
その次に大切だったのは、「筆まめ」と言うウインドウズの年賀状ソフトである
これは重宝していた。はがきが来るたびに個人情報をこまめに更新していた
誰がいつ亡くなったのか?転勤の年や移転の年、奥さんの名前、子供の名前、さまざまま情報を打ち込んでいた
それが使えないようになった(当時筆まめはMAC版はなかった)

MACの住所録ソフトは使えなかった。いや使いづらかった。
慣れた筆まめから替わるのは難しいものが有った。
それでも、なんとか使用していた。
何と言っても「ワープロ」を購入するまで。手書きの年賀状は魔子様の担当だった。

 

3つめに移ったセラミックスメーカの会社で
カシオ計算機からクリーンルーム用の遠赤外線乾燥炉の注文を取った。
その縁で、カシオのワープロを買う羽目になった。
30年前の30代後半である。
ディスプレーが、3行のワープロである。
それでブラインドタッチを一生懸命練習した。
最初に就職した商社では海外部門の同期生は、みなタイピングが出来ていた。
そういえば和文タイプや英文タイプと言うタイピストの職種があった。
毎日、日記を書き、新聞記事を写し、手紙を書いて、練習をした。
ようやくブラインドタッチができるようになったころ、ワープロからパソコンに替えた
最初は東芝のダイナブックである。全然使えなかった。
当時ワープロ専用機のほうが、使い勝手が数段上だった。
どんどんパソコンが追いついてきて、そしてソフトの多さでウィンドウズ派が多数を占めた。

MACを勧めた友人は、理科系だった。
こりかたまった理科系である。
理科系は合理的に考えると思っていたが、彼は違った
多分オウム真理教にも理系の頭がいいやつが入っているのは、このようなやつがいるからか…と思っうほどである
なんせ自分が信じている宗教を「科学的な宗教だ」と言ってはばからないやつだった。
いろいろと世話になったので、彼の顔も建てないと…と変なところへ気を使ってMACに変えた
前述のFAXが賀状ソフトの件で使いづらかったが、なんとかMACも追いついてきた

 

今年は、9月に義母が亡くなった。
「喪中欠礼」葉書を出さないと…と思いながら、いつでもできると思って延ばし延ばしにしてきた
年末になり切羽詰まって、慌ててMACの住所録ソフト「宛名職人」を立ち上げた
一年ぶりに使用するので、使い勝手がわからない
ようやくなんとかプリントアウトまで漕ぎ告げた

今年入手したプリンターは、無線ランで動くプリンターで安く入手した
これに葉書を大量につぎ込んでプリントアウトした

葉書が曲がった。曲がっても良い。裏面が印刷できれば…
曲がった葉書は、プリンターに吸い込まれていかない。
慌てた、一生懸命に曲がったハガキを逆にしたが、戻らない。
どうやら葉書を乾燥させて曲げているので、湿らせないと戻らないという
そうするとインクが滲む可能性がある
しかたがない、厚いカタログに挟んで、30kgの米俵を2袋のせて、一晩。
びくともしない。
こんなバナナ

二日目も椅子を載せて水を入れたやかんを乗せて押しつぶした。
びくともしない

三日目に葉書の先端を曲げて吸い込みやすようにするというアドバイスを見つけた
ようやく入った。
その瞬間「イエローのトナーを交換してください」と言う表示が出た
イエローのトナーは、熊谷文房具(店のそば)では売っていない。

ネットで取り寄せる羽目になった。

お陰でスタートしてから1週間近くかかってしまった。
出来上がった「喪中欠礼」は曲がっていた。

そして賀状が元日に着くという締切の日に「喪中欠礼」葉書が完成した。(泣)

最後に…
その賀状を出し忘れて、車の中に放り込んである。

一つだけ置いてください

ようやく売れてきた。秘伝豆の塩豆である。

以前から列車の社内販売で売れているというのは聞いた。
しかし、それはビールのつまみであり。狭い密閉空間で、それしかない状況での販売である
ようするに購入目的と販売意識がイコールである。

一般に店を持った小売業の場合は、何を求めてきているのか?わからない
夕食の原材料なのか…
一品惣菜なのだ…
いや明日のもてなしの肉なのか…

小売業の売り方は、
多くのお客様が求めているものを提供すると言う手法が一つとしてある。消費者ニーズと言うやつである。
そして、もう一つは店としての提案である。

店としての提案がなければ、多くの客の求め(消費者ニーズ)に従って、いたずらに品数が増えて行く
おおきなショッピングモールが、それである。

ちいさな小売店は、狭い顧客のニーズに応えるか
それとも店独自の提案で、その提案が好きな人が集まる
という風に仕組んでいくか…

いづれにせよ、拡大経済のシステムが基本に有って、外れた販売手法をしていかないと生き残れない
その外れた販売手法が曲者で、それによっては先行き怪しくなるのである。
当店は提案型の小売業である

当初は安心の地産地消を提案し、地産地消が蔓延したなか食と農の一体化を提案し、そして今、農業と福祉で共生の地域を提案している。
その根底にあるのは、先人が食べ続けてきた食文化である。

「豆と雑穀」の南部の国と言われる
豆は、米が不作のときは飢餓を救い、根っこは田んぼのあぜ道をささえ、枝葉は牛馬の餌となり、たんに食べるだけでなく、発酵させて、さまざまに利用してきた。
そして豆と小魚で、日本人はカルシュウムを補ってきたのである。

秘伝の塩豆は、大量の熱湯に泳がせ、塩と煮干しを粉にして、ふりかけた古来の食べ方の原点である。

若い背広を着た青年が買っていったら、先輩から「もっと買ってこい」と言われた
主人にビールのつまみと買ったら”大好評”だった
子どものそばに置いたら、いつの間にか「空」になっていた

意識して食べるものではなく、置いてあるとポリポリ食べるものです。
そばに、一つだけ置いてください。

みそ考

客に言われた
「ここにくれば…生きてる味噌が売っていると思って…」
「ほらスーパーの味噌は微生物を殺しているでしょう!」
「アルコールなどを添加して…」

そんな質問されて答えた
「アルコールは微生物を休ませているだけで…
袋を開けて開封すると、活動を始めますよ」

「生きている味噌というのは、このように袋に穴が開いて…」
味噌の袋の丈夫に空気穴のようなものがついているものがある
あれは、味噌の中の麹菌を活性化させるための空気孔である

 

しかし、話し始めて自分でも疑問が湧いてきた
いや疑問を解決はしていたのだが、時間が経つとあやふやになってくる

そういえば10年以上前だ。味噌の学習は…
あらたな製造方法や、保存方法が出来ているのか…

そんなことを想っているところへ

大黒味噌醤油の坂本社長がやってきた。
大量に出てきた秘伝豆のC品を味噌にできないか?と呼んで見てもらったのである

彼は言う

「味噌を保存するには、空気穴を開けるか?酒精(アルコール)を添加するしか無い。
空気穴で麹菌を活かすが、熟成が進む
酒精(アルコール)は麹菌は休むが、熟成は進まない。
完全に麹菌を死滅させているのは、”だし入り味噌”
これは麹菌が生きていると出汁を餌にして出汁の効果がなくなってしまう。
麹菌を死滅させるのは90℃で20分」

 

麹菌の死滅まで覚えていなかったが、再度学習をした
坂本社長は言う
「オタクの味噌は、本当に美味しい」
「秘伝豆を近くの農家に作らせればいいのに…
醤油なんかやめて豆味噌だけに特化したら…」

味噌は、コメ味噌・豆味噌・麦味噌と麹をどれに付けるか(?)によって区分けされる
稲作地帯はコメ味噌
麦作地帯は麦味噌
米が取れないところは豆味噌

豆味噌は北東北と八丁味噌などの中部地方の一部である
麦味噌は、今は九州などの暖地である。
多くのところが米に麹菌をからませたコメ味噌である

 

最初に質問された客に
「おすすめの味噌は?」と聞かれたので
「出身は?」と聞きかえすと
「関東です」というので
空気穴のついた安代の”もとみや”の米味噌を勧めた

豆味噌の豆蔵は懐かしい味で当店でも大好評であるが、
馴染みのない人にとってはすこし塩辛いかもしれない

おまえだバカ

11月2日の判決から…もう一ヶ月が過ぎた
控訴期限が2週間だから、あとはもう先方から5000円の請求が来るだけだろうと…

思うのは、アタリマエのことである。
そこへ控訴状が着いた。

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驚いた。まだやる気か…
法律に詳しい知人に聞くと、判決が相手に届いてから2週間だという
よくわからないが…
たぶん控訴期限になにか細工でもしたのだろうか

相手が控訴理由書に書いて有ることは、でたらめである
というか…非常識の限りを書いてある

 

しかし、控訴理由書を読んでいると、こちらが極悪人の嘘つきのように書いてある。
だんだん腹立たしくなってきたし、情けなくなってきた。
こんな嘘つきに時間を掛けて付き合わないと正義は守れないのか?

やはり事は公にして、こんな農家もいるのだ!ということを訴えていかないと
他の真面目な農家まで同じ目で見られる
しかし、ひどい

内容は同じことの繰り返しである
新しいことは何もない。

「裁判所の認定が間違えている」

と言う一方通行だ
「一般的」などという言葉を使っているが、彼に言う一般的は自分の思いだけであって

一般的には通用しない

たぶん金銭的(こんどは28000円の請求だ)に合う合わないではなくて
こちらの言い分が彼の癪に障ったのだろうか

 

検査料を10000円請求は、市民測定500円の

20倍に当たるボッタクリ料金だ

と言う。検査料金の相場の10000円と市民測定の500円の違いがわかっていない

ビジネスの慣例(社会通念)にそぐわない謝り

お前の社会通念とはなんだ!教えろ!

とりあえず金額の多寡ではないだろうが…
「信義誠実違反」まで書かれて

そしてその他の項に

被控訴人は社会通念を無視して債務不履行を起こした。
測定依頼客に精神的金額的に損失を与えても、反省・償いの気持ちがうかがえない。
社会が乱れます。
今後このような事件が起きないことを願っています。

と結んで有る。

おまえだ!バカ!

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追伸

「おまえだ!バカ!」は、「名誉毀損で訴えられる」とある人が言った

小生は訴えられるなら「個人情報保護法違反」

「秘密情報漏えい罪ではないか?」と思う次第です

 

あおまめぶんか

秘伝を茹でた

「茹でる」というのと「湯がく」というのはどう違いが有るのだろう

時間の問題なのだろうか?
この場合は湯がくのだろう
そして秘伝とは何?

正確には秘伝豆という青豆を湯がいたというのであろう
その調理方法は…(調理と言うほどでもないが…)

一晩水に浸して十分に水を吸わせて、大量の熱湯で3分。
そのあと30秒は泳がせておく。

この文章で調理作業ができる人は、まれである。
一晩と言うのは何時間だ?8時間か?12時間か?
十分に水を吸った状態と言うのはどの状態をいうのだ
大量とは豆の量に対して何リットル?
熱湯とは、何度から熱湯なのだ
泳がせるとはクロールか?平泳ぎか?

などと理科系の素人は、こんな疑問が、ふつふつと湧き出て前に進めない
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ところが文化系の素人は、やってみないとわからない
と言う。それでやってみた。

今回の秘伝豆は青い。いや”碧い(あおいと読ませる)”
なんで、こんなに色が違うのか?
すぐに、こんな疑問にぶつかって作業が頓挫する

たぶんクロロフィル(葉緑素の影響)だろうか?
黒豆もアントシアニンの影響かもしれない

大豆には、黄色豆・青豆。黒豆。茶豆とカラフルな豆がある
黄色豆を白豆ともいい、一般的大豆だ
この大豆は国の責任において育種管理しているという
そのほかカラフル大豆は民間育種である。
あまりにもカラフル大豆は、さまざまな種類と色があるから管理しにくいのであろうか?

大豆は種子更新がかんたんにできる
要するに収穫した大豆を播種すれば良いのである
だから農家の納屋に地大豆と呼ばれる、だいだい受け継がれてきた青豆や黒豆がある
栽培し続けることに寄って色が変わってきて、大きさが小さくなって…
そのうちに興味を持って選抜していくと違う大豆が出てきたりして…
変化を遂げて農家に残されていく

だからミヤギシロメやナンブシロメ、タチナガハ、リュウホウなどという
黄色大豆(白大豆)は国が管理して更新用の種子を生産している。
秘伝豆や鞍掛豆、丹波の黒豆や黒千石などと名前がついている色大豆は民間の会社が管理しているのである。
それを農家で種子を更新しないで代々栽培していると、元とは違うものが受け継がれていく。

そこで、この秘伝豆だが…
碧色があまりにも鮮やかである
これは収穫時の違いだろう
大豆は十分に枝葉が枯れ上がったときに収穫する。
それを一歩手前で収穫すると、色が残る
ところが一歩手前というと、まだ十分に実が熟さない段階での収穫となる

そこで
色を取るか?
色は、商品としての見栄えにつながる。
大きさを取るか?
大きさは、収量につながる。

その選択が売り先によって決まる。
販売店は商品が映える色が優先だが
金が動く農家は大きさが優先である

そういえば有る豆腐屋は、色の濃い青豆を中国産の5〜6倍で購入しているという。
大豆の値段は、海外産との差を補助金で埋めているが、埋まらないほど収量が少ない。
もともと大豆は、日本ではあぜ道の補強(根を生やして土を押さえる)のためや、空いている畑に植える豆で、
牛馬を飼っていない農家では、味噌ぐらいしか作らなかったのかもしれない。

それが貨幣経済のお陰で、脚光を浴びてきている
大豆は、農家に代々残る地域に根付いた文化なのである。

ちじょう

「チジョウ」と言うと、チジョウレンコン(痴情怨恨?)のたぐいか?と思われそうだが

「地上」という雑誌が有る。聞きなれない雑誌である。

これは農協が、農家向けに出している月刊誌である。
もう古い。ワシよりも古いかもしれない。

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だいぶ前の話だが、親しくしている佐賀県の農民作家山下惣一さんは、直木賞を逃した。
その直木賞候補になった山下さんは「地上の文学賞を受賞した」と言う
農民文学の登竜門であるという地上文学賞を村井直衛さんが受賞した。

 

以前、入道の独り言に”ハンターというブログ”を書いた。そのハンター”村井直衛さん”である。

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村井さんに最初に見せられたのは、岩手の小説の同人誌「北の文学」である。
岩手の文学界の大御所がずらりと並ぶ雑誌である。

そこに書いてあった村井さんの小説に驚いた
こんな視点もあったのか?と
工業製品は、さまざまな問題を科学的に一つづつ解決して完璧な製品に仕上げる
農作物を作るという農業にも、さまざまな問題が有る
しかし、自然とともに有る農業は問題を解決できない
それは折り合いをつけると言う解決策しか無いのである

その一つが鳥獣害である。
クマも…シカも…カラスも…スズメも…
農作物(食糧生産)にとっては、害であり、問題でしか無い
しかし、自然にとっては(この言い方が良いのかどうかわからない)
同じ環境に暮らす同じ動物なのである
それを人間の都合で問題点除去という「駆除」は、あまりにも傲慢ではないか?

そんな人間の傲慢さと、反省を描いているような小説である
この分野は、彼にしか書けない
三人(井出孫六・長谷部誠・平岩弓枝)の小説家から選ばれた受賞作のハンター小説「山際」は必読に値する。

当店の本棚においてありますので是非、お読みください

農家の方は、お手元の「地上1月号」をお読みください。
取っていない方は、すぐ家の光協会から取り寄せてください。

安全と安心

レンコンは多くの人が食べたことが有る
いや食べたことのない人を探すのは難しい

しかし、レンコンが蓮の根っこだとわかっている人は案外少ない
レンコンという実が、ぶら下がっていないから、余り見たことがない。
リンゴのように枝にぶら下がっていれば、身近なものに感じられるだろうが…

レンコンは蓮根である。
蓮の根っこである。水田地帯を車を走らせると蓮の花が咲いている沼が有る
沼に蓮の花を咲かせているのではなく、蓮の根を栽培しているのである。

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岩手でも、あちこちにチラホラとある

そんな岩手で、若者が蓮根を栽培しはじめたと聞いた。
蓮根の産地は、近くは茨城である
遠くは佐賀に産地があり、その他にちいさな産地が点在している。
蓮根は放射能に汚染されやすい野菜である。
泥の中の栽培だから、流れ込んだ水に含まれる放射能や、汚染された溜まったドロ、そして蓮根自身が吸収しやすい性質をもっているのだろう。
茨城の蓮根は、国の決めた基準以下だが、若干放射能が検出されるものがある。
自然の中で栽培されるものであるから、全量検査は難しい。
出荷元では、せいぜい測定下限値を低めに設定してスクリーニング検査をしているのだろう
蓮根は、さまざまな薬効が有り、すべての部分が利用されている多機能野菜である。

地元で生産されて且つ、安全なものを扱いたいと言うのは、販売をしている者にとっては当たり前のことだろう
そんなところに、これ幸いと若者が持参してきた

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掘り出したばかりの蓮根。

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洗った蓮根

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切った蓮根

念のために当店の食と農の情報室で放射濃度検査をした。
国の食べ物の放射能基準は100ベクレル以下だが、若者の蓮根は5ベクレル未満だった。
量として計測できた数値ではない。
これが難しいところだ。
そんな微量の数字だが、気にする人は気にする。
これから数値は、年とともにどんどん下がっていくだろう
きちんと観察して情報を開示して行こうと若者と話をした

わからないまま食べるのと、わかって食べるのと安心感は違う
それを繋いでいくために流通は有る。

先日、たらの芽で栽培沙汰になった農家は
「放射能は終わった。検査なんか関係がない」などという人との関係はつなぐ意味がない。
そこには安全もとめるシステムだけで、安心はない。

紹介セール中

玄米を主役にしようと想っている。

自分だけの気持ちだ

このごろ美味しく炊ける確率が高くなってきた
いままでいい加減なものを出していたのか…
とおもわれそうだが、
そこそこのものは、提供できていた
しかし、安定しない
玄米を炊くだけに専念できればいいが…
その他の用事が山ほどある

ふと目を離す瞬間に、ちょっとしたミスが起きる
というか勘違いがおきる
そのミスや勘違いを修正できるのが職人技というものだろう
その粋にはまだ達しないが、近くまでは来ている

やはりコツは「弱火の火の加減である」
圧力を高いままに保つ弱火の加減と時間が「もちもち」の玄米をつくる。毎日毎日4釜を炊き上げて練り上げた結論である。

そんなモチモチの玄米を炊き込みご飯にしたらどうか…

玄米の炊き込みご飯

こんなのはどこにもない
当店自慢の一番だしと、出汁醤油に赤穂の天塩、人参と牛蒡に田楽茶屋の手揚げを切り刻んで…

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最後に秘伝豆をちらす

餅米を入れた炊き込みご飯の玄米版

これは旨い

只今、紹介セール中

会いたかった

街を走っていると、街角から素晴らしい岩手山が見える

岩手山は
南から見ると母親らしく優しいゆったりとした印象だが
東側から見ると端正なすっきりとした山容を見せる
そして北側から見ると荒々しい男性的な…父親のような

一つの山で場所によって見方が違い、それぞれにその姿が好きだと言わせる。imgp4986

いつも東側からみているが、時折北側からみる
南側からは、あまりみたことがない

車を走らせていると、ふと素晴らしい南側の岩手山が見えた
慌てて車を止めて写真を撮ろうとすると、後ろの車も停まった
見ていると三脚を取りだそうとしている。

同じことを考えている

そんな坂道をノボリきったところに墓地が有る
市民墓地である。imgp4990

近くへ来たときは、かならず寄るようにしている
なんせ知っている人が、三人も眠っている。

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ひとりひとり思い起こしながら探し歩いて見つけた。

案外、記憶というのはいい加減なものだ。
見つけるのに時間がかかった。

そろそろ雪だ。
雪に埋もれて見えなくなるのだろうか…

そのまえに一度会いたかった。

 

月別アーカイブ : 2016年12月

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